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STAGE 1  序曲  1-5

 翌朝。一時間目、ホームルーム。この日のホームルームは、文化祭の準備だ。これから数ヶ月それである。ちなみに晴樹、樹里、沙耶華、虎太郎、貴寛、そしてダンス組三人が同じクラスだ。
「何でうちのクラス、劇なんだろう?」
「劇なんて演劇部に任せときゃいいのにね」
 沙耶華と樹里が呟く。ちなみに二人は小道具係だ。衣装は洋裁の得意な女子が担当している。特に樹里は手先が不器用なので、衣装を作るなどとんでもないことだった。
 一方晴樹たちは大道具で背景のセットを作っている。
「貴寛、ハマリ役だね」
 衣装合わせをしている王子役の貴寛が二人の視界に入る。
「ってか、ちょっとナル入ってるよね?」
「そうかも」
 本人が聞いたら怒りそうだが、第三者から見てそう思った。衣装合わせをしている女の子はとても楽しそうだった。恐らく彼女たちも貴寛に好意を持っているのだろう。
「樹里、沙耶。そこ、危ねーぞ」
 晴樹の声に二人が後ろを振り返ると、ジャージ姿の晴樹が大きなダンボールを抱えていた。中身はセットを作る道具だ。
「あ、ごめん。邪魔して」
「いいけどさ。どうしたんだ? 二人とも」
「ごめん。貴寛、見てたの」
 樹里の言い方に晴樹は少しムッとした。ただの嫉妬である。
「貴寛、ナル入ってると思わない?」
 それを察したのか、沙耶華が言葉を付け足した。
「ナル?」
 晴樹は貴寛を見た。ちなみにこの『ナル』というのは『ナルシスト』の意味である。
 貴寛は仮縫い状態の衣装を着て鏡の前で、じっくりと自分を見ていた。
「仁科くん。今度こっちの着てみて」
 衣装班の女の子が次々衣装を持ってくる。
「衣装あんなにいらねーだろ」
「遊ばれてんだって」
 晴樹のツッコミに樹里が答える。
「なあ。俺らがやる劇って何だっけ?」
「美女と野獣」
「野獣ってあんな衣装着るのか?」
「あれは違うと思う」
 あれは飽くまでも衣装班の着せ替え遊びだ。こんなに人気のある貴寛が王子役なのだ。ベル役は女子たちの間でかなりの激戦を引き起こした。結局は男子によるオーディションが開催されたが、男子受けのいい女の子が票を稼ぎ、見事ベルの座を奪い取った。
 そんな争いには樹里や沙耶華は参戦しなかった。そんな些細なことが晴樹には妙に嬉しかった。
「そういや、虎太郎見なかった?」
 ダンボールを床に置き、晴樹は辺りを見回した。
「虎太郎ならあそこに……」
 沙耶華が指さした方向を見ると、すやすやと気持ちよさそうに眠っている虎太郎が目に入った。
「こら! 虎太郎! 起きやがれ!」
 晴樹は大声で叫びながら虎太郎を起こした。樹里と沙耶華はそれを見て笑った。


 それから数週間後。期末テストも終わり、生徒たちはようやく本格的に文化祭の準備を始めた。
 晴樹たちの高校の文化祭は毎年大盛況である。それは何と言っても、『バンドコンテスト』と『ダンスコンテスト』があるからだ。これらのコンテストに出るのは、大抵プロを目指している人たちが参加するので、かなりレベルが高い。
 当日のコンテストは一般人を含めた見学者が審査員となり、予選と同じく投票する。学校の入口の門で色の付いた紙切れを二枚もらう。一枚はバンドコンテスト用、一枚はダンスコンテスト用と色分けされており、見学者が聞いて(もしくは見て)いいと思ったバンド若しくはダンスチームの名前が書いてあるボックスにそれぞれ紙を入れる。これで投票完了。それを生徒会と実行委員会が開票し、文化祭終了後に結果を校舎内に張り出し、放送で案内するシステムになっている。
 しかし優勝したからと言って、特に賞や賞品などはないのだが、レベルの高い戦いなので、参加者は優勝できたことだけで感慨深いものなのである。しかもこのコンテストがきっかけでプロデビューした人たちもいるのだ。コンテストはまさに学校公認のオーディションみたいなものでもあった。
「あー。雨だ」
「またかぁ」
「梅雨なんだから仕方ないじゃん」
「そりゃそうだけどさ」
 ここ連日降り続く雨にバンドメンバーはうんざりしていた。しかも学校側との交渉は捗らず、困難を極めていた。そしてダンスチームも外で練習ができず、樹里たちの練習場に溜まっていた。そんな中、樹里だけが机に向かって黙々と何かを書いていた。
「樹里は何やってんだ?」
 晴樹が覗き込む。
「作詞」
 樹里はウォークマンで繰り返し音源を聞き、ノートに言葉を書いていた。
「作詞ってこうやってするんだぁ」
 要が興味津々で樹里に近づく。
「やり方は人によるけどね」
 樹里はそう言って笑った。その時、教室の扉が勢いよく開いた。
「大変! 大変!」
「どうしたの? 沙耶」
 息を切らして沙耶華が駆け込んでくる。
「大変なのよ!」
「だからどうしたの? 沙耶。落ち着いて」
 樹里は沙耶華を落ち着けようと肩を叩いた。
「山本さんが怪我したって」
「えー?!」
「それホント?」
 晴樹は沙耶華の言葉を聞き返す。ちなみに山本さんとは熾烈な争いを見事勝ち抜いてベル役を勝ち取ったクラスメートである。
「うん」
「何で?」
「事故に遭ったみたい。幸い怪我程度で済んだんだけど」
「だけど?」
 沙耶華の言い方に引っかかった樹里は聞き返してみた。
「骨にヒビが入ってるみたいで。完治するのに二ヶ月かかるんだって」
「二ヶ月って事は、文化祭出られないってこと?」
「そう」
 樹里の問いに沙耶華は頷いた。練習はおろかこのままだと本番も危うい。
「またあの死闘が繰りかえされんのか」
 恭一がうんざりする。
「いっそのこと樹里がやれば?」
 雄治が他人事のように言う。
「無茶言わないでよ。あたしはバンドで手いっぱいなんだから」
「樹里!」
 今度は拓実が駆け込んで来た。
「え? 何?」
「来い」
「え?」
 拓実は樹里の手を取ると、そのまま走り出した。呆気に取られていたメンバーも二人を追って教室を飛び出した。


「ちょっと拓実? どこ行くのよ?」
 樹里が話し掛けたが、拓実は無言で走り続けた。
 そして樹里が連れて来られたのは、樹里たちのクラスの教室だった。
「貴寛。連れて来たぞ」
 拓実はそう言うと樹里を前に出した。
「え? 何?」
 樹里は状況が飲み込めなかった。それは晴樹たちも同じだ。
「貴寛、どういうことだ?」
 晴樹が尋ねると、貴寛は晴樹や樹里を見回した。
「山本さんが怪我したって言うのは?」
「沙耶から聞いたけど……」
 貴寛の質問に樹里が答える。
「樹里、五人でコンテスト出たいって言ってたよな?」
「うん」
 貴寛の主旨がよく分からず、とりあえず頷く。
「条件を受け入れてくれるなら、涼さんが出るの、許可するよう掛け合ってもいい」
「え?」
「じゃあ……涼も出られるのか?」
 晴樹が思わず会話に入る。この件に関しては生徒会長の拓実ではなく、副会長の貴寛に権限があるのだ。
「そうだ」
「条件は?」
 樹里が恐る恐る尋ねる。何だかとっても嫌な予感がする。
「ベル役、引き受けてもらうってのは?」
「は?」
 樹里たちは思わず聞き返した。周りのクラスメートもざわめく。
「ちょっと待ってよ。仁科君。藍田さんにやってもらわなくても、あたしたちがいるじゃない!」
 熾烈なバトルに参加したクラスの女子たちが言い張る。確かにベル役をやりたい人がたくさんいる。わざわざ樹里にやらせるのは、納得がいかない。
「でもね。山本さんが出られない今、ベル役ができるのは樹里しかいないと思うんだ」
 貴寛はやんわりと女子たちを突き放した。
「でもあたし、コンテスト出るから、手いっぱいなんだけど」
「ほら、本人もそう言ってるし。あたしたちの中から選べばいいじゃない」
 樹里が言い返すと、女子たちはそれに便乗した。
「でも俺は樹里がいいんだ」
 何とも恥ずかしいセリフを公衆の面前で堂々と言うのはどうかと思う。
「条件は悪くないと思うけど? この条件飲んで、五人で出るか。それとも条件を飲まずに、四人で出るか。どっちか決めてよ」
 貴寛の笑いに晴樹は少々怒りを覚えた。
(こいつ。樹里に近づこうとしてわざとやってんな)
 でもこの条件を飲んだとしても、確実に涼が出られるとは限らない。しかし条件を飲まなければチャンスはなくなる。何とも卑劣なやり方だ。
「さあ。どうする?」
 考える樹里に貴寛が問う。樹里はしばらく悩み、目線をキッと上げた。
「分かった。やる」
「そりゃあ、嬉しいな」
 貴寛が満面の笑みを浮かべる。女子たちは腑に落ちない様子だった。当然だ。拓実や雄治も納得していない。
「でも絶対に五人が出られるようにしてよね!」
「分かってるって」
 念押しの樹里に軽く返事した。
「樹里」
 拓実が樹里に心配そうに話し掛ける。どうやら拓実はこの話を知らなかったらしい。
「大丈夫。そんな顔しないでよ。あたしなら大丈夫だから」
 樹里はそう言って笑っていた。
 しかしこの後起こる事件のことは誰一人として予想もしていなかった。
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