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STAGE 1  序曲  1-4

 翌日の放課後。その日の授業が終わったバンドメンバーは、いつもの教室に集まっていた。
 ここはもう使われていない教室で、バンド練習をするために教師の許可を得て借りている。だが、練習時間よりもトランプ等で遊んでいる、もとい勝負している方が多い。しかもその勝負に負けた者が全員にジュース等を奢るという罰ゲーム付きだ。
 大抵負けるのは雄治と相場は決まっているが、毎日一回は必ず勝負する。しかし昨日の一件もあり、今日は確実に雄治の奢りが決定していた。なので今日は勝負ではなく、完全なる遊びである。
 しかし現在教室には、樹里、雄二、虎太郎の三人しかいない。
「拓実、遅いなぁ」
 生徒会室に行ったっきり戻って来ない。
「しょーがねーべ。涼が出れるかどうかセンコーに掛け合ってんだから」
 雄治が手持ちカードを出しながら言った。
「そうだけどさ」
 樹里はむくれた。
 昨日貴寛が言っていた一件が気になり、生徒会長である拓実が教師に相談してみることになった。ややこしくなったらいけないので、今日は拓実一人で掛け合うことになっている。
「涼も来ないし……」
「それこそしょーがねーべ。今日はバイトなんだろ?」
「むー」
「ノド渇いた……」
 虎太郎が呟く。
「そうだね。雄ちゃん。ジュース買って来て」
「へいへい。何にしやしょう?」
 雄二は机の上のトランプをかき集めながら、聞いた。
「オレンジジュース」
 虎太郎がリクエストすると、雄二は意地悪く笑った。
「お前好きだな。オレンジジュース。そんなに飲んでたらオレンジみたいな顔んなるぞ」
「ウソツキ」
 冗談なのに素で返されてしょんぼりする。
「……樹里は?」
「あたしスポーツドリンク」
「了解」
 二人のリクエストを聞くと、雄治は教室を出て行った。
 樹里はふと窓の外を覗いた。見たことのある後ろ姿に窓から身を乗り出して叫ぶ。
「ハルー」
 その声に気づいた晴樹が振り返る。樹里が手を振ると、晴樹は大げさなくらいに手を振り返した。
「ハルー。今から練習?」
「そー」
「じゃあ、終わったらでいいから後で吉岡君たちと一緒に上がってきてー」
「へ?」
 樹里がなぜそんなことを言うのか分からなかったが、言う通り練習が終わってから、恭一たちと樹里が待つ教室へと向かうことにした。


 教室に行くと樹里と虎太郎と雄治の三人がいた。
「あれ? 三人だけ?」
「涼はバイトで、拓実は昨日の一件を先生に確かめに行ってる」
「ふーん。あ、連れて来たよ」
 晴樹が後ろを振り向くと、恭一たち三人は入口で固まっていた。
「どうしたの? 入ってきたら?」
 樹里に声をかけられ、ようやく三人は教室に入って来る。
「で? 何?」
「これこれ」
 じゃーんと樹里が出したのは、クッキーだった。
「クッキー?」
「そう。おととい焼いてたの忘れててさ。昨日家に来てもらった時も出すの忘れてて。だから食べてもらおうと思って」
「これ、樹里ちゃんが作ったの?」
「そうだよ」
 陽介の問いに満面の笑みで答える。それを聞いた三人は我先にとクッキーを口に入れた。
「「「うーまい!」」」
 三人は樹里の手作りということとそのクッキーが見かけに違わず美味しいことに感動した。
「良かった。どんどん食べてね」
 褒められて嬉しくなった樹里はクッキーを勧めた。
「樹里」
「あー。拓実、お帰り」
 ようやく拓実が帰ってくる。雄二が声をかける。
「どうだった?」
「おい。やべーよ。このままじゃ」
 拓実は頭を抱えた。
「ヤバイって? どうゆうこと?」
「やっぱりダメだって」
「えー? 何で?」
 拓実の答えに納得の行かない樹里が、眉をしかめる。
「OBは基本的に出られないって決まりだからって」
「決まり? 去年と一緒かよ」
 雄治が言葉を吐き捨てるように言った。去年もその一点張りで、結局何も進展しなかった。今年も同じパターンであることにメンバーは思わず溜息を漏らした。
「でもどうすんだよ? 貴寛の言う通りじゃねーか」
 晴樹が聞くと、樹里が溜息のように言葉を漏らした。
「どうするったって……手がないよ」
「去年は結局、樹里がベースボーカルやったんだったな」
 樹里の言葉に続くように雄治が言った。
「今年もそうするしか……」
「ダメ!」
 拓実が諦めかける言葉を言うと、樹里が怒鳴った。
「今年は絶対五人で出るの!」
「何こだわってんだ?」
 樹里があまりにこだわるので、拓実が質問する。
「だって今年で文化祭終わりなんだよ? それにうちは五人が揃ってバンドなんだよ? それなのにメンバーが揃わないなんて……。五人じゃなきゃ意味ないよ」
 樹里は泣き出しそうだった。
「樹里の気持ちも分かるよ。でも……結局無理じゃないかと思う」
 拓実が樹里を説得する。
「でも! 諦めらんない。去年だってギリギリまで交渉したじゃない。今年も交渉してみる!」
「樹里」
 拓実の説得には応じず、樹里は意地になっているように見えた。
「みんながやらなくても、あたしはやるから」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「拓実……」
「そうだよ。俺らだってできれば五人でやりたいって思ってる」
 雄治が樹里の肩をポンと叩いた。
「ボクもそう思う」
 虎太郎が続く。
「みんな……」
 自分ひとりじゃないと感じ、樹里は嬉しくなった。
「あのさ……」
 今まで置いてきぼりだった晴樹が口を挟む。
「ん? 何? ハル」
「先生は『OBは基本的に出られないって決まりだから』って言ってたんだろ? 『基本的に』ってことは特例もあるってこと?」
「あっ。そっか」
「なるほどね」
 晴樹の言葉に何となく突破口が見えた気がする。
「でもその特例ってのが何か分かんないとどうしようもないよね」
「がんばれ。生徒会長」
 考えるのを諦めた雄治が拓実の肩を叩く。
「お前もちっとは何か考えろよ」
「頭脳は拓実専門じゃん」
 頭の良い拓実にすべて押し付けようとする魂胆が見え見えである。
「とにかく練習だね! 拓実も来たことだし、そろそろやる?」
「涼がいないけど」
 晴樹が言うと、樹里は笑った。
「いなくても大丈夫」
 拓実がギターを抱え、虎太郎と雄治も自分の楽器のスタンバイをする。そして樹里はベースを抱えた。
「アレね」
「アレな」
 アレで通じるのがすごい。雄治がカウントを取り、カウントに合わせ樹里のボーカルから入る。
「すげ……」
 初めて間近で見た恭一が呟く。やはりこんなに間近で見るのと、文化祭のステージで見るのとでは迫力が違う。
 曲が終わると、恭一たちは思わず拍手を送った。
「すげー。かっこよかった!!」
「カンドーした!!」
「俺たちのダンスの曲作ってくれ!!」
「え?」
 最後の恭一の言葉に一同驚く。
「恭一。また変なこと言い出すー」
 要は呆れていた。
「あ、うん。いいよ」
「ホント?」
 樹里の即答に恭一が喜ぶ。
「いいのか?」
「そんな簡単に決めて」
「大丈夫だよー」
 口々に言うメンバーに樹里が笑う。
「どうせ依頼きたのが初めてだから、舞い上がってんだろ」
「うっ」
 拓実に図星を指される。流石幼馴染でバンドメンバーなだけある。
「いいじゃん。別にみんなに迷惑かけるわけじゃなし」
「いいよ。でも途中で放り出すなよ」
「うん!」
 兄のような口ぶりで拓実が言うと、樹里は嬉しそうに頷いた。
(カワイイ)
 樹里の笑顔にダンス組四人はメロメロになった。
 その時、突然思い切り教室の扉が開いた。
「樹里!」
「あれ? 沙耶。風邪、治ったの?」
「治った」
「授業出てなかったよね?」
「だってさっき来たもん」
 樹里のツッコミにあっさり答える。
 突然入って来た彼女は高井沙耶華。樹里の唯一の女友達である。幼稚園の頃からの幼馴染で、もちろん晴樹とも幼馴染である。彼女は風邪をこじらせ、ここ数日休んでいたのだった。
「聞いたよ。涼くん、また出られないかもしれないんだって?」
「誰から聞いたの?」
「貴寛」
 その名前を聞き、樹里は溜息をついた。
「そうなんだよね。昨日貴寛に言われて、今日拓実が先生に聞きに行ったらやっぱりそうなんだって……」
「じゃあ、今年も状況的に難しい訳か」
 樹里の言葉に、沙耶華も溜息をついた。
「高井って樹里ちゃんと仲良かったんだ?」
「うわっ! びっくりした」
 要が話し掛けると沙耶華は驚いた。どうやらダンス組のメンバーは沙耶華の視界に入っていなかったらしい。
「そんなに驚かなくても」
「気づいてなかったんだな」
 雄二が笑う。
「要、知らんかった? いっつも沙耶と樹里、一緒にいるぞ」
 晴樹に言われ、要は考えてみた。そうだったような気もする。
「お前どうせ樹里しか見てなかったんだろ」
「あ……はは……」
 陽介に指摘され、要は乾いた笑いを浮かべた。
「まぁ、樹里のが目立つしね。あたしが地味だから」
 沙耶華は自嘲した。
 長い黒髪が綺麗な樹里とは対照的に、沙耶華は長い髪を二つに分けてみつあみし、更には眼鏡をかけている。地味と言えばそうである。
「いや、そんなことは……」
 要がフォローしようとするが、沙耶華自身はあんまり気にせず話題を戻した。
「いいのよ。気にしないで。それよりどうすんの? 涼くんが出られないんだったら、また樹里がベースやらなきゃいけないんでしょ?」
「それは今考えてない。今年こそ説得して、五人で出るのが目標だから」
「ノンキなこと言ってぇ。去年説得できなかったんだから、今年できるわけないでしょ?」
 沙耶華の言い分はかなり現実的だった。
「でもやってみなきゃ、分かんないでしょ? 何もしないで諦めるのは納得いかないもん。それに、今年は最終手段があるんだから」
「最終手段?」
 沙耶華が聞き返すと、「そう」と短く答え、樹里は拓実の腕に自分の腕を絡めた。
「生徒会長様がいるからね。いざとなったら、生徒会長命令でなんとかなると思うのね?」
「だから俺が言ったってしょうがないだろって。バンドメンバーなんだし」
 拓実は樹里の絡み付いている腕を払った。
(何てもったいないことを)
 樹里に思いを寄せるダンス組四人は拓実を恨みの目で見た。一瞬殺気を感じたらしいが、拓実は動じなかった。
「何で?」
 樹里は拓実の言葉に納得せず、聞き返した。
「拓実はバンドメンバーだから、この件に関しては権限は持てないはずだよ。職権濫用になるっしょ?」
 沙耶華が代わりに答える。
「それじゃあ、どうしたらいいの?」
「それを考えるんだろ」
 樹里の問いに拓実が答えた。
 その時再び扉が開いた。一斉に全員が見ると、そこにいたのは生徒会の後輩だった。全員に見られて驚いた後輩は驚いたが、すぐに目的の人物を見つけると声をかけた。
「会長」
「何?」
 拓実がノンキに聞き返す。
「何って。会長こそ何やってるんですか? 今日は文化祭の会議でしょう?」
「ああ。そうだっけ?」
 どうやらバンドのことで頭がいっぱいだったらしい。
「そうですよ。みんな待ってるんですから、早く来てくださいよ」
「はいはい」
 拓実はゆっくり立ち上がり、「じゃあな」と出て行った。
「後輩も大変だね」
「うん」
 樹里の一言に全員が頷いた。
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