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STAGE 1 序曲 1-3
「樹里!」
晴樹は樹里の家に勝手に上がり、樹里の部屋の扉を開いた。
「びっくりしたぁ」
部屋では樹里と雄治と虎太郎の三人がコンポでさっきのCDを聞いていた。
「樹里、お前知ってたか?」
「何が?」
「写真が売られてるぞ」
晴樹の言葉に、樹里は首を傾げた。
「写真?」
「ブロマイドだよ。一枚百五十円で」
「買う人いるんだぁ」
樹里は妙なところで感心している。
「いや、そうじゃなくて……。それから、三千円以上買ったら、写真集とかも買えるってとかって……」
「誰から聞いたの? そんな話」
突然の情報に、樹里は苦笑して聞き返した。
「要が持ってた」
「バラすなよ」
「うぉ」
気が付くと晴樹の後ろに要たち三人が立っていた。
「ごめん。樹里ちゃん。勝手に上がって来ちゃって」
恭一が謝ると、樹里は首を振った。
「いいよいいよ。それよりそんなとこ立ってないで、こっち入ったら?」
樹里は入口に立ち尽くしている三人を迎え入れた。
「樹里! そいつらが持ってんだぞ。写真とかCDとか」
「だからバラすなって」
陽介が晴樹の頭を小突く。
「いーじゃん。そんくらい。こいつらん中で、樹里はアイドルなんだから。なぁ?」
雄治のフォローに三人は頷くしかない。
「でも写真なんてどこで手に入れたの?」
「多分、写真部……」
樹里の質問に三人はもごもごしながら答えた。
「写真部?」
その答えに樹里は首を傾げた。
「さーってと、おいらはバイト行くべ」
雄治が不自然に立ち上がる。
「お待ち!」
樹里はガシッと雄治の服を引っ張った。捕まれば最後。逃げられない。
「そういや、最近写真部によく行ってたヨネ」
珍しく虎太郎が口を開いた。
「雄ちゃん?」
樹里がにっこりと笑う。しかし目は全く笑っていない。
「ハハッ」
雄治は力なく笑った。次の瞬間、観念した雄治は樹里の目の前で合掌した。
「わりぃ! 樹里! おいら今月金欠でさぁ。お前の写真高く買ってくれるっつーからつい……」
「つい……じゃないでしょ! どーゆーことよ! 仲間を人に売るなんて信じらんない!」
樹里はとっても怒っていた。当然のことだ。
「この際、全部吐いちゃえば?」
晴樹は雄治の肩を叩いた。この調子だと余罪はたっぷりとありそうだ。
「スマン! 虎太郎の写真も売った!」
「ええっ!」
全員が驚くが、晴樹はやっぱりと溜息をつく。
「拓実や涼も売ったんだろ?」
晴樹がツッコむと、雄治は土下座した。
「ごめんなさい!」
「信じらんない。呆れて物も言えないわ」
樹里も溜息をつく。
「そしてスマン! ハルも売った!」
「なっ、俺もかよ! 俺のなんてよく買ってくれたな」
思ってもみなかった展開に、自分のことのようには感じられなかった。
「アホか。お前、意外と人気あんだぞ」
「そーゆう問題?」
雄治の言い分に、恭一がツッコむ。
「これでようやく分かった。最近、バイト代で新しいドラムセット買ったって言ってたけど、本当は写真売ったお金だったんでしょ?」
「うっ」
樹里のツッコミに、雄治は顔を歪めた。どうやら図星らしい。
「やっぱり」
「肖像権とかあるんだからさ、半額は俺らのだよな」
自分も関わったことが分かった晴樹が訴える。そういう問題でもないような気がするが、誰もツッコまなかった。
「だね」
「ん? 虎太郎、何やってんの?」
頷いた樹里の後ろでゴソゴソしている虎太郎に晴樹が話し掛ける。
「ホーコク」
よく見ると虎太郎は携帯をいじっていた。
「報告?」
晴樹が首を傾げると、虎太郎は笑顔で言い放った。
「タクミとリョウに送信カンリョー」
「げっ」
その言葉に雄治の顔が引きつる。
「雄治。ここで正座」
樹里に命令され、雄治は渋々座った。
「吉岡君たちはくつろいでていいからね」
「う、うん」
樹里の意外な一面を見て、恭一たちは戸惑った。樹里はそう言うと、晴樹たちの飲み物を取りに一階に下りて行った。
「なぁ。ハル。樹里ちゃんって、意外と普通なんだな」
「普通って? 樹里のイメージってどんなの?」
恭一の言葉に晴樹が問う。ずっと一緒にいるので、みんなのイメージが分からない。
「何て言うか、もっとお嬢様的というか、近寄りがたそうな感じだと思ってたんだけど、そうでもないって言うか……」
「近寄りがたい?」
意外なワードが出てきたことに、晴樹は驚いた。
「放つオーラが他の女子とは違うというか……」
陽介が言葉を付け足す。何となく分かる気もする。
「お前ら、見かけに騙されちゃダメだ」
雄治が樹里に言われた通り正座をしたまま、会話に入ってきた。
「あいつはな、見かけはカワイイが、怒るとすんげぇ怖いんだ! そらぁもう、血の雨が降るくらいにな!」
「雄治が怒らすようなことばっかしてっからじゃん」
晴樹がすかさずツッコむと、虎太郎も頷いた。
「ジュリ、ボクには優しいヨ」
「俺にもだ。お前だけだよ。樹里によく怒られてんのは」
「そ……ですね」
二人にそう言われ、雄治は何も言えなくなった。するとその時、階段をバタバタと駆け上ってくる足音がした。
「おい。雄治! どういうことだ?」
「てめぇ。何してんだ! ゴルァ!」
意外と冷静な表情の拓実と今にも怒りが爆発しそうな涼が入ってくる。いや、もう爆発している。
「二人とも、ケンカするなら外でやってよね」
飲み物とお菓子を手に入ってきた樹里に諭される。
「俺たちの写真を写真部に売ってたって本当なのか? 樹里、虎太郎」
拓実の問いに樹里と虎太郎は頷いた。
「ちなみにおいらも被害者です」
晴樹も挙手する。
「どうしてお前はそうやって勝手なことするんだよ!」
涼が雄治の胸倉を掴んで怒鳴る。
「涼、もういいよ。しょうがないよ。売っちゃったもんは」
拓実が涼を抑える。
「拓実……」
雄治がホッとしたのも束の間だった。
「ま、これからしばらくは俺らの言うこと聞いてもらって、ジュースも全部おごりな」
「し、しばらくっていつまで?」
拓実の言葉に恐る恐る問う。
「そりゃ、飽きるまで」
拓実は満面の笑みでざっくりと宣告した瞬間、雄治が凍りついた。
「あ、オチた」
雄治は涼に胸倉をつかまれたまま、魂が抜けていた。
「拓実が怒ると一番怖いの知ってるくせに」
樹里が溜息をつきながら、恭一たちの前に持って来た飲み物を出す。
「それより涼。バイトじゃなかったのか?」
雄治を無視し、拓実が問う。
「そうだよ。バイト抜けて来たんだよ!」
怒りながら答える。
「俺に怒んなよ」
「涼、はい。お茶」
樹里に差し出された冷たいお茶を、一気に飲み干すと、空になったコップを返した。
「んじゃ、俺、戻るわ。あとよろしく」
「行ってらっしゃい」
全員で涼を見送る。涼は嵐のように帰って行った。
「拓実は? 生徒会の仕事、もう終わったの?」
「ああ。帰り道でメール見たから」
拓実の答えに、樹里が納得する。
「ところで吉岡たちは? どうしてここにいるんだ?」
拓実が珍しい客人に目を向けた。
「あ、ハルについて来ちゃって」
恭一が何故か恐る恐る答える。
「ま、そのおかげで雄ちゃんが自白したんだけどね」
「こいつら、樹里のブロマイド買ってたんだ」
晴樹がまたしてもバラす。
「ま、樹里は校内のアイドルだからな」
「そうなの?」
拓実の言葉に樹里が聞き返す。
「知らなかったのか?」
「うん」
樹里はコクンと頷いた。本人の耳には情報は入らないのだろうか?
「お前の写真やらグッズやら、めちゃくちゃ売れてるらしいぞ」
「何で拓実そんなこと知ってんの?」
晴樹が問うと、拓実が頭を抱えた。
「生徒会室になぜか樹里のグッズがある」
「ってことは、生徒会の誰かが樹里のファン?」
「っていうより、俺を除いた男子生徒会員全員だな」
拓実の答えに全員が納得する。
「何それ。あたし、全然得してないんですけど」
話を聞いていた樹里が抗議する。
「ま、それは明日抗議しに行くってことでさ。でもまさか俺のまで売られてるとは思わなかった」
拓実はそう言いながらベッドの上に堂々と座った。
「それより、俺だよ。びっくりしたのは。俺のまで売ってるとはな。まだ要とかなら分かるけどよ」
「は? 俺?」
晴樹に突然話題を振られ、要は驚いた。
「あー、要くんかっこいいもんねー」
樹里に言われ、要は照れ笑いを浮かべる。すると恭一と陽介に睨まれ、愛想笑いに変わった。
「そう言えば、ダンスってどうなったの?」
「あ」
樹里に聞かれ、晴樹はようやく思い出した。
「そういや、ほったらかしで来ちゃった」
「いいよ。どっちにしても今日はもう練習する気ないし」
恭一が出されたジュースを飲んだ。
「にしても樹里ちゃんの部屋、広いなぁ」
陽介が辺りを見渡した。樹里の部屋は優に十畳ある。しかも置いている家具もシンプルなので、でかい図体をした男たちが数人いても余裕なのだ。
「樹里ん家は金持ちだかんな」
ノンキにお菓子を食べながら晴樹が答えた。
「お金持ちってほどじゃないけど……」
樹里が訂正する。
「指揮者の父親とバイオリニストの母親だからねぇ」
「そうなの?」
晴樹の言葉に陽介たちが驚いた。
「うん。だからうち、両親が家にほとんどいないの」
そう言えば、勝手に家に上がった時、一階には人の気配がなかった気がする。
「じゃあ、樹里ちゃん。家で一人?」
「ううん。二個上に兄がいるの。だから兄と二人暮らし」
「そうなんだ」
樹里の話を初めて聞く三人は感心した。
「知らなかったのか?」
「うん」
晴樹の問いに三人が頷く。
「なんだ。樹里のファンって言っても、あんまプライベートなことは知られてないんだな」
拓実があっさりと言う。そう言われると何も言い返せない。
「拓実、言い方がイジワル」
樹里がツッコむが、拓実は謝る気はないらしい。
「んで、こいつはいつまで寝てるんだ?」
拓実は足元に転がっている雄治を軽く蹴った。しかし全く起きる気配がない。
「完全に寝に入ってる」
晴樹は雄治を覗き込んで言うと、樹里たちは呆れた。
「いいよ。ほっとけば。そのうち起きるでしょ」
それがそうでもなかった。結局、皆が帰る頃になっても起きなかったので、仕方なく晴樹と拓実が起こす。
「んあ? 何? 朝?」
「アホか」
「帰るぞ」
晴樹と拓実にののしられ、雄治はブーたれながら起き上がった。
そして三人は藍田家を後にした。
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