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ACT.2 すれ違い
芹華との待ち合わせの日。哲哉はギリギリまで仕事をしていた。「哲哉。お前、今日待ち合わせしてんちゃうん?」 遼平に言われ、ハッとした。時間は、午後4時半。待ち合わせ時間は5時。ここから30分の場所で待ち合わせをしていた。 「そろそろ行かなきゃ。」 哲哉は慌てて支度をした。 「気をつけてけよ。」 慌てる哲哉に遼平が声をかける。 「分かってるって。」 笑顔で答える。妙な緊張が走る。芹華に何を言われても動じないようにしよう。哲哉はメールをもらってから今日までに幾分かの覚悟は決めていた。 「大丈夫だって。譲もそう言ってたやん。」 そんな哲哉の様子を見て、響介が明るく肩を叩く。確かに譲にそう言われたが、不安は消えなかった。 「哲。急ぎすぎないでね。」 譲は一言だけそう言った。 「えっ?それってどういう・・?」 「慌てなくても芹華はちゃんと待ってるから。」 譲の言葉の真意が分からなかったが、哲哉はスタジオを後にした。 いつもならバイクか車を使うのだが、今日は何だか歩きたい気分だった。歩きで30分。少し遠い気もするが、気持ちを落ち着けるためなら、それも短く思えた。その日は雨だった。傘を差して歩いた。通り過ぎる人は、誰も哲哉だとは気づかない。知名度が低いと言うこともあるのだろう。それが哲哉には救いだった。こんな時に、誰か知らない人に笑顔を向けることなんてできない。それが自分たちのファンだったとしても。 その頃、芹華は既に待ち合わせ場所にいた。帽子を深めにかぶり、待ち合わせの喫茶店で待っていた。周りは誰も芹華とは気づいてないようだ。注文したコーヒーを飲みながら、哲哉を待っていた。少し早く来すぎたかもしれない。まだ約束の時間まで30分近くある。しかし全てを話すとなれば、気持ちを落ち着けないといけない。30分は短い気がした。 哲哉は何となく時計を見た。 「やべっ。」 もうすぐ5時だ。のんびり歩きすぎたのかもしれない。少し急がなければ。哲哉は急ごうと、変わったばかりの青信号に向かった。 「えっ。」 哲哉は一瞬何が起こったのか分からなかった。信号無視をしたバイクが哲哉に突っ込んできた。逃げる間もなく、哲哉は宙を舞った。バイクはそのまま逃走した。雨が打たれながら、打ち付けられた携帯電話に手を伸ばす。 『芹華に連絡しなきゃ・・。』 力を振り絞り携帯電話に手を伸ばすが、届かぬまま、哲哉はそこで力尽きてしまった。 芹華はいつまで経っても現れない哲哉を心配していた。 『必ず行く』 メールにはそう記されていた。時間が経つほどに不安になってきた。もしかして自分の方が飽きられたんじゃないかと不安に思う。まさか忘れてることはないだろう。いつもなら約束の時間に遅れてくることなんてないのに。芹華は携帯を取り出し、哲哉の携帯にかけた。しかし電源が切られているのか、電波が届かないのか、応答しなかった。仕方なく遼平に電話をかけた。 『もしもし?』 珍しく一発で出た。今日は仕事だと聞いていたが。 「あ、遼?ごめんね。今大丈夫?」 『あぁ。どした?』 「哲哉がまだ来てないんやけど・・。もうそっち、出たよね?」 『とっくに出たで。歩いてくって言ってたから、ちょっと時間かかってるのかもしれんけど・・。ってまだ着いてないのおかしいよな。』 遼平も待ち合わせ場所を知っているようだ。 「もう少し待ってみる。ありがとね。」 『おう。』 そう言って電話を切った。時間がかかりすぎていることに芹華は嫌な予感がした。でも・・どこかで寄り道をしてるのかもしれない。知り合いにあって、そこで話しているのかも。電源が入ってないのは、きっと仕事のとき切ってそのまま忘れているからかもしれない。 『きっとそう。』 芹華は自分に言い聞かせるようにそう思った。 しばらく待っても現れなかった。 『まさかどこかで事故にでも遭ってるんじゃ・・。』 ふとした不安が過ぎる。その時。 「芹華ちゃん?」 声をかけられ顔を上げた。見ると、噂にもなったあの俳優、坂井賢太郎だった。 「坂井さん。」 サングラスと帽子を被っているが、芹華には分かった。 「どうしたの?こんなとこで。誰かと待ち合わせ?」 「えぇ・・まぁ。」 芹華は言葉を濁した。 「もしかして・・彼氏とか?」 その言葉に芹華は動揺した。坂井は芹華の目の前に座った。 「やっぱそうなんだ。」 意地悪く笑う。芹華はうつむいたままだった。 「で?彼氏は?」 「まだ来てません。」 「待ちぼうけ?」 「彼は・・必ず来ます。」 芹華は確信をこめて言った。哲哉が約束を破るハズがない。 「へぇ。信頼してるんだ。」 坂井は意地悪く言った。芹華は苦手だった。この意地の悪い笑顔が。何だか笑顔が胡散臭い。それに比べて哲哉は、まるで子供のように顔をくしゃっとさせて笑う。本当に純粋な笑顔。芹華は哲哉の笑顔が好きだった。 「ねぇ。待っても来ない彼氏より、俺にしない?」 坂井はコーヒーカップにかけていた芹華の手を握った。その瞬間、芹華は鳥肌が立った。すぐにその手を振り解く。 「しません!」 芹華はそう強く言って、伝票を取り、さっさと店を出て行った。 「強がっちゃって・・。」 坂井は意地悪く笑った。 芹華が店を出ると同時に、携帯電話が鳴った。着信を見ると遼平からだった。もしかして哲哉と連絡取れたのかも。そう思い、急いで電話に出る。 「もしもしっ!」 『芹華。大変だ。哲哉がバイクに轢かれたらしい。』 「え!?」 思わぬ言葉に芹華は言葉を失った。 『俺たちも今から行く。芹華拾ってく。あの店に居るんやろ?』 「うん。今お店出たとこ。」 『分かった。道路から見えるとこに居れ。』 「うん。」 そう言うと電話は切れた。芹華は混乱した。どうしてこんなことになったんだろう?どうして哲哉が事故に・・。連絡がなかったのは、やっぱり事故に遭ってたんだ。どうしよう・・。自分のせいだ。自分があんなこと言い出さなければ、今日哲哉はココに来ることもなかった。当然事故にも遭わなかった。芹華は少し錯乱状態になっていた。その時、目の前に見覚えのある車が止まった。 「乗れ。」 遼平だった。助手席に乗り込む。遼平の運転が荒いことを知っている芹華は条件反射的にシートベルトを締める。 「事故に遭ったってどういうこと?」 芹華は泣き出しそうになっていた。 「バイクに轢かれたって・・。」 電話で聞いたことを繰り返す。 「詳しいことは聞いてねぇよ。さっき俺らも警察から連絡あったんやから。」 遼平が答える。芹華の震える肩を後ろに座っていた鷹矢が抑える。 「大丈夫だよ。芹華。」 鷹矢の声にただ頷くしかできなかった。 その頃、坂井は遼平の車に乗り込む芹華を目撃していた。 「ふーん。そゆことか。なるほどねぇ。」 坂井は意地悪く笑った。 病院に着いた一行を、先に着いていたStatic Sparksのマネージャーの木村が出迎える。 「哲は?」 遼平が第一声を放つ。 「今は安静にしてる。命には別状ないそうよ。ただ・・。」 「ただ?」 「意識がまだ戻ってないの。」 メンバーは固まった。まだ意識が戻っていない。不安が過ぎる。 「バイクに轢かれたって?」 今度は響介が問う。 「ええ。目撃者の話だと、変わったばかりの信号に哲哉が飛び出して、そこに信号を無視して突っ込んできたバイクにはねられたそうよ。」 「で?轢いたやつは?」 「そのまま逃走。」 「ひき逃げ!?」 マネージャーの答えに遼平が素っ頓狂な声を上げる。木村は人差し指を唇につけ、静かにと合図しながら続ける。 「今のところね。警察が追ってるわ。目撃者の証言と、現場に残った痕跡で。」 その時、メンバーに隠れるような位置にいた芹華に目が留まる。 「芹華さん。」 不意に呼ばれ、芹華は頭を上げた。 「辛いこと言うけど、もう哲哉には会わないでくれる?」 「えっ?」 突然のことに芹華はパニックになっていた。 「なんでやねん!」 遼平が講義する。 「今回の事故、別に貴女が悪いわけじゃないけど。貴女に会いに行こうとして事故に遭ったの。」 「芹華が悪いみたいやないか。」 木村の言葉に、遼平が怒る。 「遼平。ちょっと黙ってて。」 そう言ってもう一度芹華に目を向ける。 「貴女の名前にも傷が付くわ。そうでしょ?」 納得させるように言う。芹華はうつむいたままだった。しばらくの沈黙の後、芹華は顔を上げた。 「分かりました。もう・・哲哉とは会いません。」 「芹っ。」 芹華の言葉に一同驚く。 「賢いわね。」 「最後に一度だけ・・哲哉に会わせて下さい。」 芹華は涙を堪えながら言った。 「でも意識戻ってないわよ?」 「いいんです。会わせて下さい。無事な姿を見たいだけですから。」 「分かったわ。こっちよ。」 木村は芹華を哲哉の病室まで案内した。メンバーも2人について行った。 病室で横たわる哲哉にはたくさんの点滴の管が腕についていた。芹華はその姿を見て、居たたまれなくなった。堪えていた涙が溢れ出す。 「ごめん・・ごめんね・・哲哉。」 芹華はそう言いながら哲哉の手を握った。微かに動いた気がしたが、意識が戻るわけじゃなかった。 「ごめんね・・全部うちのせいやね・・。」 哲哉の頬をなでる。そしてゆっくり哲哉の唇にキスをする。 「もう苦しめないから。今までありがとう。ごめんね・・。」 そんな芹華をメンバーは暖かく見守った。芹華の決断を誰にも止められなかった。せめて哲哉の意識が戻っていれば。それだけが悔しくてならなかった。芹華はゆっくりと手を離した。 「さよなら。哲哉。」 そう言って芹華は病室を後にした。 誰も芹華を止めたりしなかった。できなかった。メンバーはただただ病室で立ち尽くしているだけだった。誰もがどうしたらいいのか分からぬまま、ベッドに横たわる哲哉を見つめていた。 目を開けると、見たことのない天井が見えた。 「あ、目ぇ覚めた?」 声のした方を向くと、鷹矢が覗き込んでいた。 「鷹・・?何で・・。ココどこ・・?」 「ココは病院。哲哉、昨日バイクに跳ねられたろ?」 鷹矢に言われ、記憶を辿る。芹華との待ち合わせに遅れそうになって、変わったばかりの信号を飛び出した時、バイクが突っ込んできた。あぁ・・それで病院か。あれ・・?何か大切なことがあったような。 「あっ。」 哲哉はガバッと起き上がった。 「おぃ!何やってんねん!起きたらあかん!」 遼平がなだめる。 「芹華っ!芹華は!?」 哲哉はものすごい勢いで遼平の肩を揺らした。メンバーは何も言えなかった。 「だから急ぎすぎたらダメだよって言ったのに。」 溜息を吐きながら譲が口を開く。 「もう芹華には会えないよ。」 「え?」 あまりにも直球な言葉に哲哉は頭が真っ白になった。 「どゆことだよ!」 「木村さんが・・会っちゃダメって・・。」 鷹矢が続ける。 「はぁ?」 哲哉はキレそうな勢いで聞き返す。 「それで?芹華は?」 「昨日、お前がまだ意識戻ってないときに会いに来て、別れを言ってた。『今までありがとう。ごめんね。さよなら。』って。」 遼平の言葉に哲哉は愕然とした。 「嘘・・やろ・・?」 哲哉が動揺しているのが手に取るように分かる。 「哲哉。」 譲が話しかける。 「こうなった以上仕方ない。」 「え?」 譲の言葉に一同驚いた。何を言い出すんだと全員が注目した。 「まだ完全に終わったわけじゃない。哲哉はどうしたい?」 「どうって・・。そりゃこんな形で終わらせたくない。俺はまだ芹華のこと好きやし。」 「そう。なら大丈夫。」 「?どゆことや?」 譲はいつも不思議なことを言う。 「そのままの意味や。大丈夫。今までやってきたやろ?」 譲の言葉の真意は分からない。でも、譲の言葉は何だか信頼できた。 「目が覚めたのね。」 マネージャーの木村が入ってくる。 「もう彼女には会っちゃダメよ。」 念押しをする。哲哉は黙りこくったままだった。 「分かってるの?彼女が悪いわけじゃないけど。彼女に会いに行こうとして事故に遭ったなんて・・マスコミには言えないでしょ。」 この調子だとどうにか嘘で誤魔化したらしい。 「彼女の名前にも傷が付くわ。今はお互い、大事な時期なんだから。」 溜息を吐く様に言葉を吐き出した。 「それから、合宿だけど、急遽イギリスになったわ。」 「え!?」 メンバー一同驚く。 「社長がお怒りよ。ベースが弾けなくなったらどうすんだってね。退院したらすぐイギリスに発つわ。皆も準備しときなさい。」 それだけ言うと木村は出て行った。 「イギリスって・・。」 「ますます芹華に会えんやん・・。」 「それが狙いやろ。」 最後の遼平の言葉に一同納得してしまった。哲哉は呆然としていた。 3日後、哲哉は退院した。ただ足にギブスを巻いているが、他は検査の結果異常がなかった。哲哉は家に戻り、メンバーに手伝ってもらいながら荷造りをした。これから2ヶ月ほど日本には帰れない。ただ1つ気がかりなのは、芹華に会えないこと。連絡を取ろうとしても、取れなかった。必ず留守電になり、メールは返ってこなかった。 「哲。芹華と連絡取れないん?」 「うん。」 遼平の言葉に哲哉はあっさりと返事した。 「そう。」 何も言えなかった。哲哉の中でどう処理したのか分からないから、余計なことも言えない。 空港で哲哉は最後の電話をかけた。やっぱり留守電になっていた。仕方なくメールをする。 『今度日本に帰るのは恐らく2ヵ月後。それまでにもしもう芹華に気持ちがないなら、もう俺は何も言わない。でももし・・ほんの少しでも気持ちがあるなら、待っててほしい。俺は未だ芹華が好きだ。』 送信し終わり、哲哉は携帯の電源を切った。そしてメンバーと共に、搭乗手続きを済ませ、飛行機に乗り込んだ。 芹華はメールを見て、溜息を吐いた。全て自分のせいだ。哲哉にあんなこと言ったから。それさえなければ、あの日哲哉は事故に遭うこともなかった。携帯を握り締め、芹華は街中をボーッと歩いていた。 ドンッ。 「あ、ごめんなさい。」 肩がぶつかり、謝る。 「いや。こちらこそ、すいません。よそ見してて。」 芹華は相手の顔を見て驚いた。 「あっ!!遠野先輩!?」 「え?あ、芹華ちゃ・・?」 遠野の口を、芹華は慌てて塞いだ。 「ごめん。びっくりしちゃって。」 芹華は芸能人であることに気づいた遠野が謝る。 「いえ。ところで、先輩ココで何やってるんですか?」 「あぁ。俺のイマカノがさ、こっちで働いてるんだ。んで、今日俺休みだから会いに来たって訳。」 「なるほど。あ、こんなとこじゃなんなんで、どっかお店入ります?」 「うん。」 2人は近くのカフェに入った。席について注文をする。 「久しぶり、やね。」 遠野がまず口を開く。 「そうですね。先輩が卒業して以来やから・・もう6年も経つんですね。」 「んむ。って、敬語に戻っとるし・・。」 遠野は脱力した。 「あっ。」 芹華はしまったというような顔つきをした。2人は高校時代付き合っていた。3ヶ月という期限付きで。遠野から告白し、芹華は一度は断ったものの遠野の想いを受け止めた。しかし、3ヶ月経って気づいた。自分は遠野ではなく哲哉に惹かれていた。もちろん、遠野が嫌いというわけじゃない。遠野よりも哲哉に惹かれた。そのことを遠野に告げると、遠野はあっさり身を引いた。あれからもう6年が経過している。時の流れは早い。 「いいよ、別に。それより、すごいね。街中、芹華ちゃんだ。」 遠野は笑いながら運ばれてきたコーヒーに口をつけた。 「いえ。別に・・。」 「照れちゃって。・・それより、赤樹とは未だ続いてんの?」 その質問に芹華はどう答えたらいいのか分からなかった。 「もしかして・・別れたとか・・?」 芹華は動揺した。 「ごめん。変なこと聞いて・・。」 「いえ。あの・・実は・・。」 芹華は遠野に全てを話した。別れを告げたこと、まだ哲哉に言ってないことがあること。事務所に会うなと言われていること。 「そっか。で、赤樹は海外行っちゃったって訳か。」 芹華はこくんと頷いた。 「で、芹華ちゃんはどうしたいん?このまま別れるん?」 「あの時、別れるって言ったこと、後悔してるんです。一度は別れようって思ったんですけど・・でもやっぱりうちは・・哲哉のことが好きなんです。」 芹華は泣き出しそうだった。胸が痛い。あの日に巻き戻せるなら、戻りたい。 「それが芹華ちゃんの本心なんやな。」 確認するように遠野が言う。芹華は深く頷いた。 「なら、大丈夫やと思うで。芹華ちゃんがそうならきっと向こうも同じ気持ちやと思う。でも、お互いちゃんと話さんと気持ちは伝わらんよ。誰も心ん中なんて読めんのやし。事務所とか他の事は関係あらへん。」 遠野の言葉が胸に響いた。 「芹華ちゃん。後悔してんねんやったら、赤樹が戻るまでにちゃんと自分の中でまとめといたら?話したいこと。」 「そう・・ですね。」 芹華の中でどこか覚悟が決まった。全てを話そう。 「先輩、ありがとうございました。何か・・すっきりしました。」 「そぉ?よかった。・・んじゃ俺の頼み聞いてくれる?」 「はい?」 遠野はペンと手帳を取り出した。 「サインくれ。」 「えっ?」 芹華は驚いた。手帳とペンを差し出される。 「いいですけど。」 「いやぁ、悪いなぁ。俺の今の彼女が芹華ちゃんのファンでさぁ。」 「そうなんですか。」 芹華は手帳にサインした。そこで気づいた。付き合ってたこと、言ったんだろうか? 「俺がさぁ、芹華ちゃんと付き合ってたってこと、全然信じてくれんくってさ。高校一緒だったってのは知ってるけど。」 「そうなんですか。」 芹華は笑った。 「ひっでぇよ?『あんたが芹華ちゃんに相手されるわけないじゃない』ってさぁ・・。」 遠野の話を聞いて、芹華はホッとした。遠野と別れた時は、今までにないくらい切なく暗い顔をしていた。今は明るく、前のように話してる。今の彼女と上手く行ってることを知って、芹華は嬉しくなった。 「先輩、今度彼女紹介してくださいね。」 手帳を返しながら言う。 「おぅよ。死ぬほど喜ぶべ。」 遠野は手帳をしまった。そして連絡先を交換して、2人は分かれた。 それから一週間経った。哲哉は、イギリスで曲作りをしながら、レコーディングという繰り返しを送っていた。時差があり、芹華のスケジュールも分からないので、下手に電話できずにいた。 『声だけでも聞きたい。』 そうずっと思っていた。叶わぬ思いは曲調にも表れていた。 「哲哉ぁ、もっと明るい曲書いてよぉ。」 アレンジしようとした譲がキーボードの前に座って文句を言う。 「あぁ・・ごめん・・。」 「哲哉、ずっと暗いというか切ない曲しか作ってないじゃん。」 鷹矢も溜息を吐きながら言う。 「哲哉の気持ちも分からんでもないけどなぁ・・。」 響介だけが擁護するように言った。メンバーも分かってはいることだった。芹華と連絡を取ることができない哲哉の気持ちも。だけど、遼平はぶち切れた。 「いい加減にしろや!」 哲哉の前にズカズカと向かう。胸倉をつかむ勢いで怒鳴る。 「こっちに居る間は、連絡取れないのは仕方ないだろ!分かってることウジウジすんな!!哲哉はそんなやつじゃなかったやろ!!」 遼平の言葉が哲哉の胸に突き刺さる。ウジウジしても仕方ないことは分かってる。 「お前、芹華ともう一度やり直したいって思うならなぁ、芹華のために曲を作れ。」 「え?」 思ってもみない事に哲哉は驚いた。 「それなら書けるやろ?お前が今芹華に対して抱いてる気持ち、全部吐き出せばいんだよ。詞も、曲も、お前が芹華をどれだけ想ってるかが伝わるように書けよ。それまで外出禁止。」 「遼平・・それやりすぎじゃ・・。」 鷹矢が口を挟む。 「るせー。これくらいしねーと、ずっとウジウジしてるままやぞ。こいつは。」 鷹矢にそう言うと、もう一度哲哉を見た。 「ええな?分かったな?絶対書けよ。」 「う・・うん。」 哲哉が頷くと、遼平は別部屋へ行ってしまった。 「遼なりに心配してんやって。哲のこと。」 響介が哲哉の肩を叩きながら言った。 「え?」 「遼平、憧れてるんやって。哲哉がずっと芹華サンだけを想ってること。そんな恋してみたいって、前酒に酔ったとき言ってた。」 「遼平が・・そんなこと・・・?」 「2人が幸せそうにしてるの見て、笑ってたよ。自分も幸せみたいな顔してた。」 譲が付け足す。 「やからさ、もう落ち込んでる哲哉を見たくないんだよ。あいつ、他人のことホンマ興味ないくせに、お節介みたいなこと色々してたやろ?」 響介の言葉に、哲哉は遼平の行動を思い出していた。芹華に会うために連れ出してくれたのも、芹華に会うように説得したのも、遼平だった。確かにいつもは口が悪くて、意地悪だけど、本当に自分たちのことを心配してくれてることが分かった。 「響介は・・みなみと離れてて・・寂しくないん?」 ふと響介の彼女のことが気になった。彼女は高校の同級生で同じクラスだった。響介と彼女、みなみも結構長く付き合っている。それに今彼女は地元で働いているので、遠距離恋愛だったりする。 「ん?おいら?そりゃ寂しいよ。んでもさ、一番おいらのこと応援してくれてるのってみなみだし。みなみはおいらが頑張ってるのが一番嬉しいって言ってた。だから、何があっても頑張ろうって思ってる。」 響介は笑顔で言った。哲哉と芹華もそんな関係だった。向こうも頑張ってるから自分も頑張ろう。お互いを励みに頑張ってきた。でも今は・・そうじゃないかもしれない。だとしても、哲哉は決めた。 「俺、書くよ。遼平が言ってた曲。」 メンバーはきょとんとした。 「俺の中でまだ終わってないから。俺の想いを知ってもらいたいから。」 そう言って哲哉は自分のギターを抱え、別室へ向かった。 それから哲哉は人が変わった様に曲作りに専念した。もちろん他の曲も作ったり、レコーディングをこなしてた。 |