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ACT.1 離れていくココロ
それから数年後。哲哉の所属するバンド、STATIC SPARKSはプロデビューし、忙しい日々を送っていた。もちろん、彼女である芹華も同じく忙しい生活を送っており、2人は同じ都内に居てもなかなか会える機会がなかった。それでも哲哉はマメに連絡を取っていた。付き合っている事はバレてはいけない。なるべく感情を出さないように哲哉は努力していた。
仕事場で会うこともあった。芹華もタレント業を少しずつ始め、テレビ局でたまたま会うこともあった。高校が同じだったと言うことや、バンドのドラマーである遼平と幼馴染と言うことも、世間は知っていた。しかし仕事場で会ったとしても、怪しまれないようにお互いあまり話さないようにしていた。会ったとしても挨拶程度で終わる。本当はもっと一緒に居たい、と言う感情を哲哉はいつも押し殺していた。
ある日、たまたまテレビ番組の収録でテレビ局を訪れた際、芹華に会った。いつものように挨拶と2,3の言葉を交わすだけだった。でも哲哉は腑に落ちなかった。芹華の様子が何だか変だった。伊達に5年近くつき合っていない。
「なぁ。芹華の様子何か変やったよな?」
芹華の幼馴染でもある遼平が話しかけてきた。
「遼もそう思った?」
「ああ。何か元気ないってか、変って言うか。」
「俺も思った。」
「なぁ。メールでもしてみたら?」
遼平の勧めで、哲哉はメールをしてみた。数分後戻ってきた返事はそっけないものだった。
『大丈夫だよ。気にしないで。何でもないから。』
返事を遼平にも見せる。
「素っ気無いなぁ。」
「まぁ、本人が大丈夫言うてんねんから、大丈夫やろ。」
哲哉はそう言いながら携帯を閉じた。そう言いながらも気になった。本当に何でもないのだろうか?それなら別にいい。でももし何かに悩んでるなら、自分には打ち明けて欲しい、そう思った。

それから1ヶ月が過ぎた。バンドはアルバム制作に入るため、今までより忙しくなる。その前に芹華に会いたかった。哲哉はなるべく予定を芹華に合わせるようにして、何とか会える日ができた。
その日はいつものように、一緒に食事をして、人気のない場所を2人で歩いた。いつもと変わらないデート。しかし、芹華の様子がいつもと違う。いつもはよくお互いの近況を話合い、励ましあっていた。今日の芹華は黙り込み、何か他の事を考えているような感じだった。
「芹華。どうかしたん?」
哲哉が話しかけると、芹華は立ち止まった。哲哉も止まる。
「あのね・・。」
少しの沈黙の後、芹華が口を開く。
「ん?」
哲哉は耳を傾けた。芹華は下を俯いたままだった。
「もう・・やめにしない?」
「え?何を?」
芹華の言葉の意味が分からず、思わず聞き返す。
「お互い・・忙しいし・・うちら・・傍に居ない方がいんだよ。」
「え?何言ってんや?」
哲哉の頭はパニックになっていた。突然何を言い出したのか、分からない。
「別れよ?」
「え?・・芹華・・?」
哲哉は驚く気持ちを落ち着けた。
「別れる・・って・・どゆこと・・?」
「もう・・嫌なの。付き合ってること・・隠したり・・お互い・・仕事忙しくて会えない・・。」
「それでも・・俺らやってきたやん!」
「もう無理だよ!」
哲哉には芹華の目に涙が溢れているのが見えた。必死で堪えてるのが分かる。それを見て、哲哉は何も言えなくなってしまった。
「さよなら。」
芹華は必死に言葉を搾り出し、哲哉の横をすり抜けた。
哲哉は、芹華を追いかけることができなかった。何が起きたのかさえ、よく分からなかった。

翌日からアルバム制作に入るため、STATIC SPARKSのメンバーは東京を離れて、田舎のスタジオで合宿していた。
哲哉は昨日よく眠れず、自分がどうやって家まで帰ったのかさえ覚えていなかった。ボーっとしている哲哉に遼平が指示を出す。
「哲。ボーっとしてんやったら、詞でも書け。」
「・・うん・・。」
力のない返事だったが、哲哉はペンを握った。目の前の紙に言葉を綴った。他のメンバーも曲作りに専念していた。
手が止まった哲哉を見つけた遼平は、哲哉の前にある紙を手に取って読んだ。それを読んで、遼平は悟った。
「哲。昨日何かあったんか?」
遼平は隣に座った。他のメンバーも気になったのか、哲哉の詩を読んだ。そこに綴られているのは、まさしく今の哲哉の心境だった。
「『傍にいないほうがいい』 君が別れを切り出す
信じられない僕は 君の涙の真意(いみ)を知る由もなく」
キーボードの譲が歌詞の一部を読み上げる。
「君って・・芹華サンやんね・・・?」
ギターの響介が確認するように問う。
「てことは・・芹華に・・言われたってこと・・?」
ボーカルの鷹矢が誰に問うでもなく言う。
「哲哉、何があったか言うてみ?」
遼平が促す。仕方なく、哲哉は昨日芹華に言われたことを話した。メンバーは黙って聞き入った。
「じゃあ・・一方的にってことか?」
全てを聞いた遼平が確認するように尋ねる。哲哉は黙って頷いた。
「『僕が君を好きなだけ 君の重荷が増えるなら
君を想う心に鍵をかけよう
もう二度と開かぬように・・・』
って・・哲哉はそれでいいの??」
譲がまた歌詞の一部を読んで、尋ねた。
「分からない。」
哲哉は短く答えた。
「でも・・芹華の重荷になるくらいなら、このまま別れた方がいいんだよ。」
呟くように言った。
「なーんかそれ、間違ってる。」
遼平が否定する。
「お前は、哲哉はどうなん?このままホンマに別れても、後悔せんの?」
改めて聞かれ、哲哉は迷った。
「俺は・・。」
どうしたい?自分に問いかける。あまりにも急なことで現実的に思えなかった。でも・・このまま終わってしまうのは嫌だ。
「俺は・・このまま終わりにしたくない・・。」
ポツリと言った自分の言葉が、哲哉の心に染み入った。
「なら、お前から動け。」
そう言いながら遼平が机の上に置いてあった哲哉の携帯電話を取り上げた。哲哉は遼平から携帯を受け取ると、芹華にダイヤルした。もちろん、つながるなんて思っていない。芹華はどうせ仕事だろう。しばらくして留守電に切り替わる。哲哉はメッセージを吹き込んだ。

芹華は仕事の合間に留守電を聞いた。正直メッセージを聞くのは辛かったが、芹華は意を決してボタンを押した。
『芹華。俺、哲哉。昨日の話、ちゃんとしたい。芹華の予定に合わせるから、都合のいい日教えて。俺、納得してないから。ちゃんと話合いたいから、連絡ください。』
哲哉ははっきりした口調だった。芹華は携帯を閉じた。確かに一方的過ぎたかもしれない。でも複雑だった。
「芹華、休憩終わりだぞ。」
「あ、はい。」
芹華は携帯を閉まって、仕事に戻った。

数日経っても芹華からの返事が来なかった。哲哉は不安が募るばかりだった。何度連絡を取ろうとしても留守電だったり、メールを打っても返事が来なかった。
一週間経ったある日、遼平が痺れを切らした。
「おい。哲、来い。」
「え?」
遼平は哲哉の手を引っ張って車に乗せ、合宿所から連れ出した。
「どこ行くんや?」
「決まってるやろ!」
遼平はシートベルトを締めた。哲哉もそれに習って締める。遼平の運転が荒いのは昔から知っている。
哲哉は薄々気づいていた。向かっている先がどこなのか。でも複雑だった。連絡がないのは、きっと忙しいからだと決めつけていた。連絡が取れなくなるほど不安になった。本当に自分に愛想が尽きたのかもしれない。芹華にもしはっきり『嫌い』と言われたら・・。自分は立ち直れないかもしれない。芹華は初恋の人だった。きっと本人は会ったことすら知らないだろうけど。
それは哲哉がL.Aへ行く前の話。まだ小学校低学年の頃。学校に行く以外は家に缶詰にされ、遊ぶことさえ許されなかった。毎日毎日勉強の日々。そんなある日、哲哉は家を抜け出した。哲哉には友達と言うものがいなかった。公園で楽しそうに遊ぶ子達の中に入りたかったが、どう声をかけたらいいか、分からなかった。そんな時、芹華が声をかけてくれた。
「一緒に遊ぼう。」
たった一言で、とても嬉しくなったことを今でも覚えてる。
「名前は?」
それが哲哉が発した言葉だった。
「芹華。萩原芹華。」
そう言ってにっこり笑った。とてもかわいくて、哲哉は胸がときめいた。
「君のお名前は?」
「哲哉・・。」
「テツヤくんね。」
そう言って、芹華は哲哉の手をとって、他の子たちが遊んでいるところまで連れて行ってくれた。彼女が居なかったら入れなかった友達の輪の中に入ることができた。今まで友達が居なかった哲哉には最高の出来事だった。しかし、哲哉はすぐお手伝いさんに見つかってしまった。すぐに連れ戻され、それからは抜け出すことさえできないくらい厳しくなってしまった。もう一度逢いたいと思っていたが、その後、親と共にL.Aで住むことになり、もう二度と逢えないと思っていた。
15のとき、親元を離れ、日本に戻った。もう親の敷いたレールを進むのに嫌気が刺していたのと、彼女に逢えるかもしれない、という淡い期待を抱いていた。
高校に入学し、哲哉は目を疑った。新入生歓迎の親善試合で、芹華がバスケットボールを持って走っているのが見えた。あの頃の面影が少し残っていたので、すぐに分かった。名前を聞くと案の定、芹華だった。たまたまだったが、芹華の幼馴染だった遼平と仲良くなり、少しずつ芹華のことを知るようになった。バスケ部にもスカウトされ、あっさりと入った。彼女のことをもっと知りたいと思ったから。ある日、朝練をしていると、彼女が現れた。まさかと思ったが、それから彼女と毎朝練習するようになった。練習の合間の休憩でお互いのことを話した。彼女のことを知るほどに、彼女に惹かれていった。好きだと自覚するのに、そんなに長い時間はかからなかった。そんな時、彼女はバスケ部のキャプテンだった遠野と付き合い始めた。本人から3ヵ月の期限付きだと聞かされても、哲哉は複雑だった。遠野と付き合っている、それが哲哉を苦しめた。好きなのに「好きだ」と言えないもどかしさ。もし遠野を本当に好きになったらどうしようという焦りの気持ちがあった。この気持ちを言葉にしたいけど、できない。3ヶ月は哲哉にとって、長く辛いものだった。3ヵ月後の遠野の卒業式。哲哉は遠野に意を決して、芹華が好きだと伝えた。遠野の「がんばれ」と言う意味が分からなかった。
それから半年経ち、哲哉はやっとのことで、想いを言葉にした。芹華は驚いた顔をしながら、それでも「好き」だと言ってくれた。本当に天にも昇る思いだった。
それまで哲哉は「好き」という感情がどんなものなのか分からなかった。芹華は飽くまで『初恋の人』だった。彼女が居るだけで幸せな気持ちになった。彼女の笑顔が冷たかった心を癒してくれた。『芹華とずっと一緒にいたい。』その気持ちは嘘じゃない。遠距離を経験しても今までやってこれたのは、お互いの気持ちがまだお互いに向いていたから。でも・・別れを切りだした芹華の心にはもう自分は居ないんじゃないか。そんなことを考えるようになっていた。
「哲。」
不意に話しかけられ、哲哉は我に返った。
「何・・?」
「こんなこと言うの、変だけどさ。」
「うん?」
「もし本当に芹華が『別れたい』って思ってたとしたら、どうする?」
遼平は現実的な質問をした。哲哉は少し悩んだ。
「俺・・『好き』とかそういう感情、知らんかったんや。」
突然話が変わった気がして驚いたが、遼平は黙って聞いていた。
「親は・・俺のことお手伝いさんに押し付けて、親の愛とか・・そういうのがどんなものかも知らんかった。・・初めて芹華に会ったとき、多分芹華は知らんやろうけど・・可愛いって思ったのと同時に・・今まで味わったことないような気持ちになったんや。」
「芹華にいつ会ったんや?」
遼平の問いに、哲哉は初めて会った時のことを話した。
「へぇ。じゃあ芹華が初恋か。」
遼平の問いに、哲哉は頷いた。
「初めてなんや。ずっと傍に居たいって思った人は芹華しかおらん。芹華は俺に愛すること、教えてくれた。だから・・不安なんや。」
「不安?」
「俺のこと嫌いになったのか、とか・・そういうこと考えちゃって。俺・・もし芹華に面と向かって『嫌い』なんて言われたら、立ち直れないかもしれない。」
「哲・・。」
遼平はかける言葉を見つけられなかった。哲哉のこんな姿を見るのは初めてだ。いつも堂々としているのに・・芹華に冷たくされたら、こんなに弱くなってしまうのか。遼平は居たたまれない気持ちになった。
「着いたぞ。」
遼平が車を停めたのは、あるテレビ局だった。哲哉は降りて遼平に付いて歩いた。
「ホンマに居るん?」
「木村さんに聞いた。」
木村さんとはStatic Sparksのマネージャーである。哲哉は遼平についてテレビ局の中に入った。遼平はマネージャーに聞いたスタジオへ向かった。そっとスタジオを覗く。そこには番組のリハーサルをしている芹華の姿があった。バラエティ番組なのか、色んな人が居る。お笑い芸人、タレント、女優、俳優。そしてモデルの芹華。芹華を見つけたが、哲哉は複雑な思いだった。
「休憩入りまーす。」
ADの声が響く。
「ほら、哲。行って来いよ。」
遼平が急かすが、哲哉は一歩を踏み出せなかった。
「せーりかちゃん。」
哲哉が渋ってるうちにその場にいた俳優に話しかけられていた。
「あれ、誰・・?」
芸能界に疎い哲哉は遼平に聞いた。
「あぁ。最近人気出てきた俳優や。名前は確かぁ・・坂井賢太郎。」
坂井賢太郎。哲哉は名前を心の中で繰り返した。楽しそうに笑う芹華。別れを切り出したあの時の芹華はもういない。いつもの明るい芹華だ。哲哉は胸の奥が痛んだ。
「遼・・。帰ろう。」
「え?」
「もう・・いいよ。」
哲哉の声のトーンに、遼平は何も言えなくなった。
「余計なお世話やったな。」
遼平の言葉に哲哉は横に首を振った。
「ええねん。いつかはこうなるって分かってたから。」
2人は再び合宿所へ戻った。

それから1ヵ月が過ぎた。合宿も一時中断し、メンバーは都内で仕事をこなしてた。そんな時。
「大変!大変!!」
譲が慌てて入ってきた。
「どしたん?」
ギターをいじってた響介が顔を上げた。
「これ!!」
譲は持っていた週刊誌をメンバーの前に広げた。そこには芹華のスキャンダルが写っていた。
「これ・・芹華やん!」
驚いた遼平が素っ頓狂な声を出した。哲哉は意外と冷静に見えた。
「坂井・・賢太郎・・?」
鷹矢が読み上げたその名前に哲哉は動揺した。記事には2人で仲良くとある店に入って行ったということを書いていた。譲は控え室のテレビをつけた。今の時間、ワイドショーをやってる。丁度その俳優と芹華の話題だった。お互い、今売れてきているので、ワイドショーで取り上げられるのだ。例えそれが嘘であっても。テレビでやってる内容は、週刊誌の記事とほぼ同じだった。
「芹華・・。他に好きなやつができたから・・。」
哲哉は呟くように言った。
「哲。そうと決まったわけちゃうって!」
響介が励まそうとする。
「ええねん。薄々感じてた。」
今ではすっかり芹華からの連絡が途絶えていた。何故突然別れを切り出されたのか、分からないまま。譲は突然携帯電話を取り出した。メンバーが呆気に取られてる間にダイヤルをして電話をかけた。
「あ、もしもし。芹華さん?」
メンバーはどよめいた。丁度休憩中だったんだろうか?電話が1回でつながるのは珍しい。
「元気ー?」
譲は他愛のない挨拶から入った。
「でさー、あの週刊誌とかテレビでやってるのって噂だよねー?」
『直球かよ!!』と全員心の中で突っ込んだ。
「やっぱりねぇ。ありがとー。忙しいのにごめんねぇ。」
哲哉は思わず代わろうとしたが、譲に制される。
「んじゃまたご飯でも行こうね。」
譲はそう言って電話を切った。全員が注目する。
「やっぱりね、噂だって。」
譲は第一声そう言った。
「あの坂井って人とご飯食べたのは本当だけど、他にもいっぱいいたって。」
一同、ホッと胸を撫で下ろす。そんなことだろうと予想はしていた。でもやっぱり本人から聞いた言葉が信じられる。
「それに、哲哉と芹華は大丈夫だよ。」
譲が予言する。譲の言葉は不思議と当たる。
「諦めないで。」
よく分からないが、諦めないように勧められる。
ふと遼平は思い立ち、別部屋に移動した。携帯の短縮ダイヤルを押した。
『もしもし?』
しばらくして相手が出る。
「遙、ごめんな。今大丈夫?」
相手は妹の遙だった。
『うん、大丈夫。』
「もしかして何か知ってるかと思ってさ。」
遼平は哲哉と芹華の1件を話した。
『芹姉・・そんなこと・・。』
「何か知ってっか?」
『・・・本当は・・誰にも内緒なんだけど・・。実は・・・。』
遙の口からとんでもない事実を聞いた遼平は驚いた。
「そっか。だから・・。」
『だと思う。芹姉・・何も言ってないの?』
「うん。・・ありがと。分かった。」
『お兄ちゃん・・どうするの・・?』
「2人の問題やからな。ちょっと突付くくらいにしとくわ。」
『そう。何か進展あったら教えてね。』
「おう。ありがとな。」
そう言って電話を切った。

遼平は今度は1人で芹華に会いに行った。仕事が終わる時間を見計らい、マンションに待ち伏せした。
「遼平!どうしてここに・・。」
「どうして・・って・・。お前、大事なこと哲哉に言ってないやろ。」
「っ!どうして・・。」
「遙に聞いた。お前なぁ、哲哉がどんだけ傷ついてると思ってんねん!」
遼平の言葉に芹華は何も言えなかった。
「哲哉・・ずっとお前の連絡待ってるんやで?理由ぐらい言うてやれや。」
芹華は俯いたままだった。
「お前がどうしても別れるって言うならそれをちゃんと理由つけて哲哉に言うたれ!そうじゃなくても・・。ちゃんとお前の気持ち、哲哉に伝えろ。」
「哲哉は・・そのこと・・。」
「俺は言ってない。遙に聞いて俺しか知らない。」
「そう。」
「とにかく、ちゃんとお前の口から伝えろ。余計なお世話ってのは分かってるけど・・。もう・・あんな哲哉の姿見てらんねぇよ。」
遼平は哲哉の姿を思い出し、居たたまれなくなった。
「遼・・・。」
「とにかく、ちゃんと伝えろよ。」
そう言うと、遼平は去っていった。芹華は哲哉の様子を聞いて動揺した。

その帰り道。車を運転していると、フロントガラスにポツポツと水滴が落ちてきた。
「ちっ。雨かよ。」
雨になると渋滞になりやすい。降り出した雨にイラつきながら、信号待ちをしていると、どこかで見た姿が視界に入った。信号が変わり、その人物に近づくように車を路肩に停める。
「哲。」
呼ばれた人物は上げていた目線をこちらに向けた。
「どした?こんなとこで。」
「いや・・。別に。」
本人はそう言ったが、哲哉が見ていたものですぐに分かった。それは芹華が所属しており、遼平の母親のブランド会社の広告ポスターだった。遼平の母親はデザイナーで、有名なブランド会社の社長でもある。高校時代、よくモデルをやらされた。
「芹華・・見てたのか?」
「すごいよな。芹華。」
哲哉は力なく言った。街中には芹華のポスターが溢れていた。かっこよくて、綺麗なのに飾っていない。それにしゃべってるとおもしろい。そんなキャラクターが受け、バラエティなどにもよく出ていた。
「とにかく・・乗れよ。風邪引くぞ。」
その言葉に哲哉は車に乗り込んだ。哲哉の様子からまだ哲哉は芹華を想っていると確信した。でも、あのことは言えない。芹華本人の口から言わなきゃ意味がない。
「すごいよな・・。俺なんかが釣り合う訳ないよな。」
哲哉は自嘲したように言った。遼平は黙って聞いた。
「俺・・ずっと芹華の背中追いかけてた。1つ上だけど・・芹華はずっと俺の先を歩いてる。そんな芹華と俺が釣り合う訳ないよな。」
Static Sparksはプロデビューしたとはいえ、まだまだ世間では知られていない。少しずつ知名度はアップしてきたかもしれないが、芹華と比べたらまだ全然だ。遼平はこの前の哲哉の詩を思い出した。
『僕より先に歩く君 いつも君の背中を追いかけてた』
この詩の意味を少し理解した気がする。哲哉はずっとこんな気持ちだったんだろうか?確かに上京したのも、デビューしたのも芹華の方が先だ。哲哉はいつも落ち着いているので、不安なんてないと思っていた。こんなに落ち込んだ哲哉を見るのは初めてだ。高校から一緒だったのでその前の哲哉のことは知らない。今まで一度もこんな姿を見たことはなかった。遼平は正直羨ましかった。哲哉のように一人の人をこんなにも好きになったことなんてなかった。
「俺・・もうダメかも・・。」
「弱気んなんな!」
遼平はカツを入れた。
「お前・・遠距離でもちゃんとやってきたやん。そんなあっさり終わってしまってええんか?」
遼平の言葉に、哲哉は何も言えなかった。終わらせたくない。でも、芹華が終わりと思ってるなら終わらせるしかない。
「今日、芹華に会ってきた。」
その言葉に哲哉は驚いた。
「え?」
「芹華にも、ちゃんと話つけるように言ってきた。もう一度、今度はちゃんと2人で話し合うんや。」
「でも・・。」
「でもじゃない。余計なお世話かもしれんけど。俺・・正直お前らのこと羨ましかったんや。離れててもお互いのこと信頼してて。理想のカップルだと思った。だから・・こんな形で終わるのって何か悲しい。」
「遼・・。」
「だから・・ちゃんと話し合って来い。」
「うん。」
遼平の言葉に哲哉は頷いた。

その頃、芹華はソファに腰掛け悩んでいた。このままじゃダメだ。そう思った芹華は携帯を取り上げた。久しぶりにメールを送る。スケジュールを見て、場所と日時を送信する。日時は数日分送り、スケジュールが空いている日を聞いた。数分後、哲哉から返信メールが返ってくる。
『必ず行く。』
日時を指定し、そう短く書かれていた。芹華は携帯を握り締めた。