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ACT.4  スキャンダル
翌朝。双子を見送った後、香織と葵は寛いでいた。
「昨日龍二サン、来なかったの?」
「うん。何かね、仕事で遅くなるからって。」
「そうだったんだぁ。」
龍二が日向家に寄らないのは珍しい。香織が日向家に住むようになってほとんど毎日来ていた。
「龍二も律儀よね。毎日寄らなくっても大丈夫なのに。」
香織は冷めた表情でコーヒーをすすった。
「香織さん。素直じゃないなぁ。」
葵は洗い物を済ませ、自分用にコーヒーを入れた。
「何よ。」
むすっとした表情で聞き返す。
「ホントは来てくれて嬉しいくせに。」
「そ、そんなこと・・。葵ちゃんだって亮来てくれて嬉しいくせに。」
香織がどうだ、と言わんばかりに言い返す。
「な、なんで、そこで亮クンが出てくるの?」
葵が聞くと、香織はにやっと笑った。
「図星。」
葵の目の前に人差し指を突き出した。
「話をすりかえないでよ。」
葵は顔を逸らし、コーヒーをすすった。
「まぁまぁ、照れんなよ。」
「香織さん、酔っ払いじゃないんだから。」
「あ、そういやさ、橋本クンだっけ?来た?」
「あ、いえ。まだ・・。」
「そりゃそうか。昨日の今日だもんね。」
香織の言葉に頷く。
「やっぱさ、ふっちゃうの?」
「うん。だって友達としか見れないのに、付き合うとかって相手に対して失礼かなぁって。」
「まー、そうかな。」
葵の言葉に香織も納得した。

そして葵はバイトに出かけた。今日は九時〜五時までの一日仕事だ。
「おはようございます。」
「おはよ。葵ちゃん。」
花屋の店長が挨拶し返す。
「葵ちゃん。早速だけど、これやってくれないかな?」
「ハイ。」
葵は急いで店のエプロンをつけ、店長の近くに向かった。
「これ、お客さんからの依頼。誕生日プレゼント用に花束作ってって。」
「相手は?」
「男の子から女の子へ。」
「好意を抱いてるカンジですか?」
「そうだねぇ。じゃないと、なかなか花束なんて贈らないだろう。」
「ですね。予算は?」
「五千円以内。」
「ふむ。」
店長から条件を聞くと、葵は店内の花を見渡し、おもむろにその辺にある花を選び出した。
「いつもながら手際いいねぇ。」
店長の誉め言葉は集中している葵には聞こえていなかった。
五分後。
「店長。こんなもんですかね?」
葵は出来上がった花束を店長に見せた。
「おお。いいんじゃない?予算は?」
「低予算に押さえました。」
「よしよし。あ、もうそろそろ取りに来るころかな?」
店長が時計を見る。
「すいません。」
「いらっしゃいませ。」
ちょうど客が来たので、葵が出る。
「あの・・花束、取りに来たんですけど。」
「あ、お待ちしておりました。」
接客したと思われる店長が出てくる。
「葵ちゃん。さっきの。」
「ハイ。」
葵は先ほど作り上げた花束を持って現れた。
「こんな感じでいかがでしょうか?」
「うわ。スゴイ豪華っすね。」
思っていたものより豪華な花束が出てきたので、客は驚いた。葵が見た限り、客は大学生らしく、背が高いさわやか青年だった。
「あの、よかったらカードを沿えてみます?」
葵は店の中に案内した。店の隅っこにあるテーブルに置いてあるカードを選ぶよう促し、そこでメッセージを書くように勧めた。その間に葵はレジに行き、会計をする。
「カード、書きました。」
「じゃあ、花束につけときますね。」
葵は預かったメッセージカードを花束に刺した。
「あの・・代金は・・。」
「三八〇〇円です。」
「え?これがですか?すっげ。全然そんなに安く見えない。」
「ありがとうございます。」
葵にとってそれは極上の誉め言葉だった。
「じゃあ、はい。」
「ちょうどお預かりします。」
「ありがとう。」
「ありがとうございました。」
客にお礼を言われ、葵は嬉しかったのか、お辞儀をしながらお礼した。客も葵の作った花束に感動したのか、スキップしそうな勢いで店を後にした。
「今回も気に入ってもらえたようだね。」
「はい。」
店長の言葉に葵は元気よく返事した。葵にとってこれほど嬉しいことはない。客が自分の作った花束に感動してくれる。それだけで、葵は満足だった。
「葵ちゃんの花束、好評なんだよ。巷では恋愛成就するって言われてるらしいから。」
「ええ?そんな噂まであるんですか?」
「ああ。百合が言ってたよ。」
「あはは。」
葵は乾いた笑いを浮かべた。百合とはこの花屋の娘で、快人たちと同い年である。もちろん、快人たちのことは店長たちも含めて知っているが、葵に支障がないように黙っていてくれるのだ。

そんなこんなで夕方になり、葵のバイト終了の時刻も迫っていた。
「葵。」
不意に呼ばれ、入り口を見ると橋本が立っていた。
「あ、新ちゃん。いらっしゃい。」
そうは言ったものの、今朝の香織との会話が耳に残っていたので、妙な空気が流れた。
「あ、これ。写真、できたから持ってきた。」
橋本は封筒を差し出した。
「あ、ありがと。」
葵は受け取ると、中身を見た。たった二日前のことなのに妙に懐かしい。
「葵。考えてくれた?あのこと。」
「うん・・。あのね。もうすぐバイト終わるから、ちょっと待っててくれる?」
「分かった。じゃあ俺、あの喫茶店にいるから。」
橋本は三軒先の喫茶店を指差した。
「分かった。」
葵の返事を聞くと、橋本は喫茶店のほうに歩き出した。
「何?葵ちゃん。かしこまって。」
一部始終を見ていた店長が葵に声をかける。
「何でもないです。」
「何でもないって・・・。そんな風に見えなかったけど・・。」
店長の言葉もかまわず、葵は仕事に戻った。橋本は学校帰りによくここに顔を出したりして、葵の事を気遣っていた。それを知っている店長は、おかしいとは思ったが、特に何も聞こうとはしなかった。

葵は仕事を終え、喫茶店へ急いだ。
「お待たせ。」
「おう。」
葵が駆けつけたとき、橋本はコーヒーをすすっていた。
「ごめんな。何か焦らせたみたいで。」
「ううん。全然。」
その時、ウエイトレスが水を持ってやってくる。
「あ、ホットコーヒー。」
注文すると『かしこまりました』と言ってウエイトレスが下がった。
「写真、ありがとね。わざわざ持ってきてもらって。」
「ううん。全然。家から近いし。」
葵は話をどう切り出せばいいのか、迷った。沈黙が流れる。そうこうしているうちにウエイトレスがコーヒーを持ってくる。葵は気持ちを落ち着けようと、コーヒーを飲んだ。
「あの・・ね、新ちゃん。」
「ん?」
「あたし、ずっと考えたんだけど。」
「うん。」
「やっぱり新ちゃんのことは友達としか見れない。・・・だからごめんなさい。」
葵は頭を下げた。
「やっぱりね。」
「え?」
意外な反応に葵は驚いた。
「葵、全然俺のこと見てくれないんだもん。脈なんかないって分かってたよ。」
「新・・。」
「葵さ、好きな人とかいないの?」
「え?あ、うん。」
「そっか。でも俺、見込みない?」
「分かんないよ。そんなの・・。」
「だよな。ごめんな。葵を困らせようと思ってたわけじゃないよ。でも俺は本気でずっと葵のことが好きだったんだ。」
葵はどう答えていいか分からず、とりあえず頷いた。
「恋人にはなれなかったけど、友達ではいてくれる?」
「そんなの、当たり前だよ。」
葵はうつむいていた顔を上げた。
「新ちゃんは、男友達の中では一番の親友だもん。」
「そりゃ嬉しいや。」
橋本は笑顔を浮かべたが、葵には痛々しく見えた。
「ごめんね。新ちゃん。」
「何謝ってんだよ。謝んなよ。みじめになるだろ?」
「ごめ・・。」
「だから、謝んなって。俺もごめん。葵に変な気、遣わせて。」
橋本の言葉に葵は首を横に振った。
「あ、そうだ。これ、ついでに水嶋にも渡しといて。」
橋本はもう一つ封筒を渡した。おそらく美佳が写っている写真だろう。橋本は結構マメなのだ。
「うん。ありがとう。」
「今度さ、うまいもん、食わせてよ。」
「うん。またみんなで鍋パーティしようよ。」
「そりゃいいな。」
話題はいつの間にか違うほうへ流れていた。
そしてしばらく話していた葵はふと自分の腕時計を見た。
「あ、しまった。もうこんな時間。ごめん。夕飯の支度しなきゃいけないの。」
「おお。主婦は大変だのぉ。」
「他人事みたいに言わないでよ。」
「他人事だもん。」
「そうだけどさ。うちにはお腹空かした弟たちが待ってるからね。ごめんね。先出るけど。」
そう言いながら葵は財布を取り出そうとしていた。
「あ、いいよ。ここは俺のおごり。」
「え?でも・・・。」
「いいから。おごるよ。そんかわし、うんまい料理食わせてよ。」
「分かった。ありがとね。」
「おう。」
「じゃあ、またね。」
「おう。またな。」
そう言って葵は去っていった。
「はぁ。やっぱし、ちょっと辛いかなぁ。」
橋本は冷えてしまったコーヒーを飲み干した。

「ただいまぁ。」
葵はリビングに駆け込んだ。
「あ、おかえり。」
見るとキッチンの方に香織がいた。
「何してんの?香織さん。」
「ん?夕食、今日はあたしが作ろうと思って。いっつも葵ちゃんにやってもらって悪いから。」
「え?でも・・・。」
「大丈夫よ。葵ちゃんみたいに上手くないけど、食べられる料理は作れるから。葵ちゃんはゆっくり休んでて。」
香織は葵をダイニングに押しやった。葵は渋々リビングのソファに座る。
「その代わり、龍哉が起きたらお願いね。」
「ハーイ。」

一時間後、いい匂いが漂ってきた。
「お、うまそうな匂い。」
快人と直人が家に帰ってくる。
「おかえり。」
「あれ?」
キッチンにいた人物がいつもと違うので、二人は驚いた。
「あれ?香織さん?」
「何してるんっすか?」
「何って、夕食作ってるのよ。」
「え?」
「何よ。その反応。大丈夫よ。葵ちゃんよりおいしいものは無理かもだけど、一応は食べられるから。」
「いや、そういうわけじゃ・・。」
二人は焦った。
「ほら、二人とも。着替えてきなさい。」
葵はクスクス笑いながら、二人に話しかけた。
「ハーイ。」
二人は天の助けとばかりに葵の言葉に従った。
「カワイイ。」
二人の行動に香織は笑った。
「香織さん、もうできたの?」
「うん。だけどもうちょっと待っててね。」
「何か手伝おうっか?」
「いいわよ。あとスープだけだし。」
葵はソファからダイニングを見た。すでにおかずができあがっているらしい。
しばらくして双子が降りてくる。
「葵ちゃん、できたよ。」
「ハーイ。わー、おいしそう。」
葵がダイニングに行くと、そこにはハンバーグとサラダとスープが並べられていた。
「基本的なヤツしかできないけど・・。」
「めちゃくちゃうまそう。」
「ほんと。」
「あんまり褒めないでよ。恥ずかしいじゃない。ほら、座ってよ。食べよ。」
香織はご飯をつぎながら、三人を促した。三人は席に着いた。
「では、いただきまーす。」
葵の言葉に双子が続く。
「はい。どうぞ。」
香織はそう言いながら、三人を不安なまなざしで見た。三人は早速ハンバーグを口に入れた。
「・・どお?」
「おいしい!」
「マジうめぇ!」
「うん。おいしい。」
三人が同じように反応する。
「良かった。」
香織はほっと胸をなでおろした。その時、チャイムが鳴った。
「龍二さんかな?」
葵が立ち上がり、壁のチャイム用のカメラを見る。
「やっぱりそうだ。」
葵はそう言うと、玄関に向かう。
「いらっしゃーい。」
葵は笑顔で出迎えた。
「よお。」
龍二は笑顔で答える。
「あれ?」
葵は龍二の後ろにいる人物を見つけた。
「亮くん、いらっしゃい。」
「ちす。」
短く返事する。いつも来ている龍二はさっさと行ってしまっていた。
「あ、入って。」
葵が促すと亮も家に入った。
「うまそうだな。」
龍二は食卓に並んでいる食事を見て言った。
「来るんなら、来るって言ってよね。」
香織がプンプンと怒った。
「なんでお前が偉そうなんや?」
「今日は香織さんが作ったんですよ。」
葵が笑いながらフォローする。
「へぇ。珍しい。」
いつもは葵が作るのを知っていたので、龍二は笑った。
「香織さん、多めに作ってるでしょ。」
葵はキッチンを見やった。ボールの中にハンバーグの材料があるのを発見したのだ。
「つ、作りすぎたのよ。どうせ、龍二来るだろうと思ったし。」
香織は言い訳のように言った。
「予想的中やん。」
「あ、葵ちゃん。いいのよ。あたしやるから。」
葵が残っている材料でハンバーグを焼こうとしたのを、香織が止める。
「でも・・。」
「いいのよ。葵ちゃんは座って食べてて。」
香織が葵の代わりにキッチンに立つ。
「何か珍しいモン見た気ぃするわ。」
龍二は香織の料理する姿を見て、笑った。
「龍二の分、いらないわね。」
香織が冷たく言い放つ。
「げ。そんな殺生なこと言うなや。俺、めっちゃ腹へってんねんで。」
龍二の言葉には香織は無反応だった。しばらくして、皿を二つ持ってダイニングに現れる。
「龍二。言っておくけど、あたし料理くらいちゃんとするのよ。ここに来てからは葵ちゃんに甘えて何もしてなかったけど・・。」
「へいへい。」
龍二は軽く返事をする。そして早速ハンバーグに箸を入れる。
「お、うめぇ。なんだ。香織、結構やるなぁ。」
「ハンバーグくらい作れるわよ。」
龍二の誉め言葉を素直に受け取らない。
「そういや、昨日は遅くまで仕事だったんですね。」
葵は龍二に話しかけた。
「お・・あ、まーな。」
龍二はあいまいな返事をした。いつもならここで愚痴がこぼれるのだ。葵は首をかしげた。よく見ると亮の様子もおかしい。葵は触れてはいけないことだと思い、つっこんでは聞かなかった。

「にしても亮も一緒に来るとはねぇ・・。」
食後のコーヒーを飲みながら香織が言い放った。双子は明日に備えて、もう寝る準備をしている。
「来ちゃ悪いか・・・。」
ボソっと反撃する。
「悪かないよ。」
さらっと言い返す。
「葵ちゃんに会いに来たんでしょ?」
さらりと言う香織に亮は焦る。
「な・・!」
「照れない、照れない。」
「何の話?」
デザートの用意をしていた葵は話を聞いていなかった。
「あー、あのね・・。」
葵に話そうとする香織を亮はにらみ付けた。
「・・何でもない。」
香織は話すのをやめた。
「?」
クエスチョンマークを飛ばしながら、葵はデザートをみんなに振る舞った。
「甘くないし、お酒も入ってないからね。」
甘い物が苦手の龍二と、お酒が苦手な亮に配慮したデザートだった。
「いやーん。めっちゃうまー。」
香織は一口食べ、幸せそうな顔をした。
「よかった。」
自分が作ったものをこうして喜んでくれるのは、とても嬉しい。
「おぉ。これなら食える。」
甘くないデザートに龍二は喜んだ。
「な、亮。」
龍二が珍しく満面の笑顔で亮に話しかけた。
「うん。」
亮は短くうなずいた。その様子を見て、葵は妙にほっとした。

翌日。葵はバイトに出ていた。今日は一日仕事だ。
「あーおーいぃぃ!」
突然大声で名前を呼ばれ、葵は声のした方に顔を向けた。
「美佳!どうしたの?」
美佳は息を切らせて、店に入ってきた。
「たっ、大変!大変なの!」
「落ち着いて。何がどうしたの?」
葵は美佳を落ち着けようと肩を叩いた。
「こ、これ。これ見て。」
「週刊誌?」
美佳がこんな雑誌を持っているのは珍しい。
「ほ、本屋で見つけたの!コレ!この記事!」
美佳はあるページを開いて、葵に見せた。
「?」
葵は開かれたページに目を走らせた。
「!」
葵は自分の目を疑った。そこには龍二と美咲が宝石店にいる写真が数枚載せられていた。
「な、何これ?どういうこと?」
「それはこっちが聞きたいわよ。」
葵に美佳が返す。
「これ・・香織さんに見せない方がいいよね・・。」
「あたしは見せるべきだと思う。」
葵の意見に美佳が反対意見を述べる。
「でも・・こんなの何かの間違いだよ・・。」
「そうかもしれないけど。でも、香織さんは知る権利あるでしょ。」
「龍二さんに確かめた方がいいよ!」
葵は泣きたい気持ちだった。こんな記事、嘘に決まってる。
「葵・・。」
「だって昨日龍二さん、相変わらず香織さんと龍哉くんの様子見に来てたもん!この記事がホントなら、そんなことしない!それに・・。」
「それに?」
葵は詰まった。声が出ない。妙に悔しい。こんなデタラメな記事、誰が書いたんだろう?
「葵!大丈夫?」
泣きだしそうな葵を美佳が支える。
「とにかく、この記事、香織さんには見せない方がいいよ。」
やっとのことで、声を絞りだした。
「分かった。葵がそういうなら、そうする。」
美佳は何かを察したのか、葵の意見に従うと言った。
「でもね。いつかはバレちゃうよ?香織さん、家にいるんだったら、テレビとかで・・・。」
「!」
美佳の言うとおりだ。記事が出たってことは、もしかしたらテレビでも放映されるかもしれない。それが例えデタラメであったとしても。何てったって龍二は人気バンドB・Dのリーダーだ。マスコミの格好の獲物だ。
「どうしよ・・。美佳・・。」
「葵。今から確かめに行こう。」
「え?」
「テンチョー。大事な用できたから、葵連れてくよー。」
「ええ!」
美佳の言葉に店長が困惑する。
「ちょ・・美佳!」
「刻一刻を争う事態でしょ。この店、どうせ暇なんだから、葵いなくっても回せるわよ!」
「美佳ちゃーん。」
ヒドイ言われように、店長が泣きそうになる。
「ほら、行くわよ!」
一度言い出したら聞かない美佳に葵は連れだされた。

「龍二。これはどういうことだ?」
B・Dのマネージャーである響は、珍しく怒鳴り声を上げた。
「知らんって。」
「よりによってこんな写真撮られるなんてねぇ。」
事情を知っている武士は、雑誌をつまみ上げた。
「はぁ・・・・。」
響は深いため息を吐いた。
「撮られた人も問題だけど、場所も問題だねぇ。」
透はあっさりと冷静に言い放った。
「場所が場所だもんねぇ。」
「バーカ。」
慎吾の言葉の後に亮がボソッと言い放った。
「亮・・てっめぇ・・・。」
「落ち着け。撮られるお前が悪いんだから。」
透にあっさりそう言われ、龍二は言い返せなくなった。
「相手も相手やんなぁ。ご愁傷様。」
武士は雑誌の写真に向かって合掌する。今頃この写真を見たであろう優人が半狂乱になっていそうだ。
「あっちも大変やけど・・。香織知ったらどうなるだろうねぇ。」
透が意地悪く言う。のしかかる現実を予想し、龍二は悶絶した。
その時、部屋の電話が鳴った。ココは事務所の中の一室だ。響が出る。
「はい。・・・・え?・・・あ。いや。通して。」
響の表情が変わったのを五人は見逃さなかった。
『誰か来た!』
そう直感した。もしかして香織にバレてしまったのだろうか。それで乗り込んで・・・。
いくら怒ってもそこまでするだろうか?
いろいろな推測が飛び交う中、ドアをノックする音が聞こえた。
「・・どーぞ。」
代表して響が返事する。五人は息を飲んだ。これから始まるかもしれない修羅場を想像して・・。
「たのもー。」
入ってきたのは美佳だった。五人は拍子抜けする。
「ご、ごめんなさい。忙しいのに。」
葵は美佳とは百八十度違った態度で話した。
「いや・・。で、どうかした?」
龍二の問いに美佳は雑誌の記事を突き出した。
「ぶっ。」
龍二は吹き出しそうになった。
「タイミングいいねぇ。」
武士は苦笑した。
「これ、どういうことですか?」
美佳の目は怒っていた。龍二はその背後に香織がいる気がした。
「どーゆーって・・。」
「香織さんがいるのにこの写真はどういうことですか?」
珍しく美佳が怒っている。
「龍、説明せずにおれんようなったな。」
透が苦笑した。
「ハァー。」
龍二は短くため息を吐いた。そして持っていたコーヒーを一気に飲み干す。
「まぁ、2人とも座りぃ。説明するから。」
葵と美佳は言われたとおり、椅子に座った。
「これから話す事、香織には内緒やで。」
そう言ってから、龍二は説明を始めた。

その頃香織はというと。
「ふぅ。やっと龍哉寝てくれたわぁ。」
ぐずっていた龍哉をやっとの思いで寝かしつけ、一休みしようとソファに腰かけた。何となくテレビをつける。
『・・・人気ロックバンドのBLACK DRAGONのリーダーである龍二さんとモデルの川嶋美咲さんが仲良く買い物をしていた、という宝石店がこちらです。』
テレビから流れてくる声に香織は耳を疑った。今の時間帯、ワイドショーをやっているのは分かる。でも今聞こえた名前は・・?
「龍・・二・・?」
香織はTVを食い入るように見た。
『これは週刊夕日が報道した物で・・。』
テレビには週刊誌の写真が映し出された。そこに映っていたのは紛れもなく龍二と美咲だった。変装しているが、それくらい分かる。
「な・・んで・・?」
声にならない。どうして二人が?美咲には優人という婚約者がいるのに。香織は気持ちを落ち着けようと深呼吸した。
「嘘よね・・何かの間違いよ・・きっと・・。」
香織はそう自分に言い聞かせた。
『二人は幼馴染だったそうですが・・。』
香織はリモコンを取り、テレビを消した。
「はぁ・・。」
意味もなくため息を吐く。相手が美咲だから、まだ嘘だと思える。何かの間違いだと。美咲は優人という相手がいるからだ。でも、もし相手が全く知らない人なら?龍二は優しいから、自分を受け入れてくれた。でも本当は別に好きな人がいたっておかしくはない。
「・・・っ。」
涙が頬を伝う。胸が苦しい。自分は必要とされるだけの価値がない人間・・。葵たちも優しいから自分たちをココに置いてくれている。香織は眠っている龍哉の顔を覗きこんだ。何も知らずに幸せそうに眠る我が子・・・。自分は誰にも必要とされなくてもいい。それは自分の今までのツケだ。でも龍哉は・・彼には何も責任はない。話が飛びすぎなことは分かっているが、悪い方に考え出すと止まらない。
香織は溢れる涙を必死で抑えた。

「・・というわけや。」
一通りの説明を受けた二人は目が点になっていた。
「・・それで、美咲さんと・・?」
葵の問いに龍二が頷く。
「はぁーーー。」
意気込んでいた美佳は机に突っ伏した。
「ね、美佳。やっぱり誤解だったでしょ?」
「そうだとは思ったけどね。龍二さんがフタマタ掛けれるような人じゃないってのは分かってたし。」
「美咲だって優人って相手がいるしね。」
透が苦笑する。
「んでも二人きりで行ったのはマズかっったなぁ。」
武士は雑誌を見ながら言った。
「は?」
武士の言葉に龍二が聞き返した。
「美咲っちゃんと二人で行ったんやろ?」
「んなわけない。」
武士の問いかけに龍二が首を振る。
「も一人おったで。」
龍二は雑誌の写真を見直した。そしてある人物を指差す。
「ほら。」
全員目を疑った。かすかではあるが、もう一人映っている。
「あはは・・。」
武士が乾いた笑いを浮かべた。
「アホらし・・。」
透が毒づく。
「美咲にお願いしたときに、付いてきたんだよ。」
龍二が憮然とした態度で説明する。
「・・・優兄・・。」
葵は頭を抱えた。映っていたのは紛れもなく優人だった。
「何で優人っち映ってへんねん。」
武士は思わず写真に突っ込んだ。
「龍二と美咲ちゃんのが話題性があるからやろ。」
慎吾があっさりと言い放つ。優人は有名ではあるが、海外の知名度に比べ、日本の知名度はまだ低い。(龍二と比べてだが。)
「おい。龍。やべーよ。」
「ん?」
「テレビでやってる・・。その話題。」
「げ。」
透は何となくつけたテレビから目を動かすことなく、龍二に報告する。龍二もテレビを見る。
「マジ・・かい・・。」
龍二は頭を抱えた。雑誌を見なくてもテレビを見る可能性が高すぎる。もうすでに見てしまったかもしれない。
「マズイねぇ。香織、今ネガティブ思考やから。」
透はソファに持たれた。
「う・・。」
透の言葉が突き刺さる。
「・・心の準備してからって思ったけど・・早めに言った方がええな・・。」
「てか今日言え。」
「ぶっ。」
あっさりと言い放つ透に龍二は吹き出した。
「てめっ。他人事だと思ってっ・・。」
「じゃあお前の早めっていつや?」
「うっ。」
そう言われると言い返せない。
「あっ。あたし、先帰ります!」
「え?」
急に言い出した葵に全員が振り返る。
「香織さん、今家に龍哉くんと二人なんです。だから・・・。」
葵は口ごもった。以前の行動から考えると、香織は家を出るかもしれない。
「お、俺も!」
「龍。その前にやることあるだろ?」
響がぴしゃりと言った。
「こっちのが先や!」
龍二が言い返す。
「その前に電話してみれば?」
美佳は携帯を取りだした。
「あ、そっか。」
いなければ誰もでないはずだ。
「あたしがかけます。」
葵はそう言って美佳の携帯を受け取る。自宅の番号を打つ。数回のコールが鳴る。
『ハイ。日向です。』
出た声は確かに香織だった。
「あ、香織さん?葵だけど・・。」
『葵ちゃんかぁ。誰かと思った。どうかしたの?』
「あー、えっと・・。」
何を話すか決めていなかった葵は言葉に詰まった。
「今日の晩御飯何がいいかなぁって。」
当たり障りのない会話をする。
『えー。何だっていいわよぉ。葵ちゃんの料理おいしんだから。』
香織は語尾にハートマークが付くような口調だった。
「あはは。じゃあ適当に見繕って帰りますね。」
『うんうん。待ってるわぁ。』
電話を切った葵は、香織の声が妙に明るいと思った。
「おったんか?香織・・。」
「はい・・。」
龍二に聞かれ、葵は短く答えた。
「?葵チャンどうかしたんか?」
様子がおかしい葵に気づいた武士が声をかけた。
「妙・・だったんです・・。」
「妙?」
「妙に明るいというか・・普段よりテンション高いというか・・。」
「・・・もしかしてもう知ってるじゃ・・。」
透が仮説を立てる。それならわざと明るく振舞っているのかもしれない。
「っ。響、キー貸せ。」
「あ?」
乱暴な口調に響が片眉を上げる。
「早くっ!」
「分かった。だけど行くのは龍二だけだ。他のヤツラはちゃんと仕事やれ。」
「えー。」
慎吾が嫌そうな顔をする。付いてって修羅場を見たいのだ。
「早く仕事終わらせれば、早く見に行けるぞ。」
透が耳打ちする。
「頑張る!」
慎吾は拳を握った。
「龍二もがんばってね。」
慎吾はひらひらと手を振った。
「言われなくても!」
龍二は親指を立てた。
「葵ちゃん、美佳ちゃんは一緒に戻るか?」
「そ・・ですね・・。」
「席は外しますけどね。」
「なら一緒に来て。」
「龍二、裏から出ろよ。」
外はもうマスコミが張ってるかもしれないのだ。
「分かってるって。」
そう言うと三人は部屋を出た。
「大丈夫かぁ?」
「あいつの心配より、自分の心配したらどうや?」
透は譜面で武士の頭をぺしっと叩いた。
「って。」
「お前のリズムが決まらんとどうにもならんのやぞ。この曲。」
「わーってるよぉ。」
「んじゃスタジオに移動すっか。」
「あいぉ。」
残った四人は同じビルのスタジオの方に移動した。

「ただいま。」
葵はいつもと変わらずリビングに入った。続いて龍二も入る。美佳は外で待機している。
「おっかえりぃ。」
明るく答えた香織は入り口にいるもう一人の人物を見て、少し固まった。少なくとも葵はそう思った。
「あ、そこで会ったの。」
葵はわざとらしく言葉を付け加えた。
「あ・・そ・・なんだ。」
『香織はもう知っている。』
龍二はそう直感した。
「あ!買い忘れちゃった。ちょっと買って来ますね。」
葵はわざとらしいと思いつつ、部屋を出た。
しばらく沈黙が流れる。
「あのさ・・香織。」
「あ、コーヒーでも飲む?」
香織は思いだしたかのように申し出る。
「あ・・ああ。」
香織はインスタントコーヒーを二人分入れ始めた。龍二はダイニングの椅子に腰掛けた。
「・・テレビ、もう見たんか?」
「え?」
香織の動きが一瞬止まる。
「見たんやな。」
龍二の問いに香織は頷いた。
「あれは・・。」
「デタラメって言うんでしょ?」
龍二の言葉を遮るかのように香織が口を開いた。
「分かってるわよ。だって美咲には優人くんがいるんだし。何か事情があって一緒にいただけでしょ?」
香織はまるで自分に言い聞かせているかのような口調だった。
「香織。」
「あたしが疑うって思った?」
香織はにこっと笑った。コーヒーを龍二の前に置く。自分も椅子に座る。
「・・・。」
香織の問いに答えられない。少しでもそう思っていたからだ。
「分かりやすぅ。」
香織は意地悪く笑った。
「お前こそ疑ったやろ。」
「そりゃ一瞬はね。」
あっさりと答えられ、龍二は拍子抜けした。
「でもあんな真実味のない話より、あたしに言ってくれた龍二の言葉を信じることにしたの。」
香織が真剣にそう言ったので、龍二は何だか照れくさかった。
「龍二、照れてる。」
香織は赤くなった龍二の頬をつついた。
「っるせ。」
小さく言い放つ。
「・・・ホンマはもーちっとしてから言おうと思ってたんやけどな・・。」
龍二はそう前置きを言った。香織の手を握る。
「結婚しよう。」
「へ?」
思ってもみない言葉が龍二の口から出たので、香織は思考が停止してしまった。
「・・・な、何言って・・?」
「俺、本気や。ずっと前から・・子供んときから、香織が好きやった。」
真剣な眼差しに香織は圧倒された。
「な・・そんな急に・・・。」
「急やない!俺、ずっと言おうと思ってた。でも・・なかなか言い出せんかった・・。」
龍二は上着のポケットを探った。
「コレ。」
龍二は小さな箱を香織に差し出した。
「・・あたしに・・?」
「他に誰がおんねん。」
龍二は照れたように言った。香織はゆっくりと箱を開けた。中にはかわいらしい指輪が入っていた。
「香織の好みってか女の好みなんて分からんから、それで美咲に見てもらってたんや。マサカそれを写真撮られるとは思わんかったけどな。」
香織は涙が込み上げてきた。
「もう一回言うで。俺と・・結婚してください。」
龍二はまっすぐ香織を見て言った。
「・・あたし・・なんかでいいの・・?」
「お前じゃなきゃあかんねん。」
龍二の言葉に、香織は大粒の涙を流した。
「あたしも・・龍二じゃなきゃ・・。」
「じゃあ・・。」
香織はこくんと頷いた。龍二はホッと胸をなでおろした。香織の左手を取り、指輪を薬指にはめる。
「よろしく。」
龍二はぺこっと頭を下げた。
「こちらこそ。」
香織は涙を拭きながらにこっと笑った。

「あーあ。つまんねーの。」
龍二から響に電話があり、スタジオに残っていた四人に吉報が入った。龍二のプロポーズを香織が受けた、とのことだった。その現場を見たかった慎吾はブーたれていた。
「しゃーないべ。てか丸く収まってよかったやん。」
武士が慎吾の肩を叩いた。
「そうやけどさぁ・・。」
慎吾は府に落ちないと言う口調だった。
「式とか挙げるんかな?」
「さぁ?どうやろ?」
「籍だけって気もするな。」
「お前らくっちゃべってないで、さっさとやれ。」
響に言われ、四人はさっさと仕事に戻った。

「良かったね。香織さん。」
事の経緯を香織から聞いた葵が笑顔でそう言った。龍二はとっくに仕事場に戻っていた。
「うん。」
香織は幸せそうに頷いた。
「あーあ。かっこよすぎるわ。龍二さん。」
美佳は話を聞いていて、龍二の潔さに惚れたようだ。
「龍二があんなクサイ台詞を言うとは思わなかったわ。」
香織が照れ隠しのように言った。
「嬉しいくせにぃ。」
美佳は肘で香織を小突いた。
「式とかはどうすんの?」
「うーん。分かんない。けど、多分籍だけかな?龍二も忙しいだろうし。」
「ツアーやってるもんねぇ。」
「そうそう。」
美佳の言葉に香織が頷く。葵は一人府に落ちなかった。

「ええ!マジでぇ?葵チャンとこ行っちゃダメなのぉ?」
慎吾は思わず叫んだ。
「当たり前だろ。この状況で日向家に行ってみろ。格好のマスコミの餌食だ。」
確かにそうかもしれない。
「これからしばらくはあの家に出入りするのは、極力避けた方がいい。龍二の誤解も解けてないしな。」
「会見でも開いちゃえば?」
「大げさにしてどうする。」
「ぬー。」
意見を却下された武士が膨れる。
「人の噂も七十五日って言うし!」
「そんなに待てるかぁ!」
武士の言葉に慎吾が怒鳴る。
「慎吾が怒ってどうする。」
透に冷たく突っ込まれる。この場で叫ぶとしたら、龍二が適切だ。
「あの記事に関しては事務所で処理してるが・・。本人からの報告もあるだろうしな。」
響は龍二を見た。
「ああ・・。」
龍二は短く返事した。

その日の夕方、龍二の署名が入ったFAXがマスコミ各社に送られた。夕方のニュースの話題をかっさらったのは言うまでもない。
『ある写真で、世間の皆様をお騒がせしたことを、深くお詫びいたします。彼女は小学校の頃からの友人です。今回彼女と宝石店に行ったのは、指輪を買うためでした。しかし、相手は川嶋美咲ではなく、彼女とも小学校からの友人であり、私の幼馴染でもある私の彼女です。私の彼女を驚かそうと事前に指輪を買いに行ったのですが、それまでそんなものは買ったことはなく、彼女の好みもロクに知らなかったので、友人である川嶋美咲に頼み、一緒にお店まで行ったのです。そのおかげで、彼女の好みに合う指輪も見つけることができました。
世間の皆様には、更に驚かせることになってしまいましたが、私、BLACK DRAGONのリーダーであり、ベーシスト、龍二はこの度結婚することになりました。まだ籍も入れていません。本当は籍を入れてから皆様にお知らせしようと思ったのですが、今回誤解を生んでしまったので、このような形でお知らせすることになりました。度々お騒がせしてしまい、深くお詫びいたします。    BLACK DRAGON 龍二』

「結婚の発表までしてる・・。」
ニュースを見た双子が呆気に取られている。
「・・あのアフォ・・。」
香織は照れているのか、怒りなのか、顔が真っ赤になっている。
「でもどっちにしてもばれるじゃん。」
快人があっさりと言う。
「そらそうだけど・・。まだ籍も入れてないのよ?」
「気が早いと言うか・・。」
直人も呆れている。葵は苦笑した。
「でも結婚したら、香織さんと龍哉くん、出て行っちゃうんだよねぇ。」
「そらあねぇ。」
葵の言葉に、香織が頷いた。それがいつかは分からないが、妙にしんみりする。
「でもそうなったらこの近くに家借りてもらうわ。」
香織が明るく言い放った。
「え?」
「だってさ、ほとんど仕事で龍二は家にいないのよ?ってことはあたしは家に龍哉と二人きり。そんなの寂しいじゃない。この近くなら、葵チャンとこに入り浸れるし。」
うしし、と笑う。
「そうだね。そうしてもらおう。」
葵も笑顔で答えた。
「龍二さんも大変だな。」
双子がささやき合ったのに、二人は気づいていなかった。

「何も結婚の報告までしなくていんでね?」
武士は頬杖をつき、テレビの方を向いたまま言った。
「どうせバレるんやし、ホンマのコト言うた方がええと思ってな。」
龍二は吸っていたタバコの灰を落としながら言った。
「式とかせんの?」
慎吾がジュースを飲みながら問う。
「籍だけやな。ホンマはウェディングドレスとか着せてやりたいけどな。」
「じゃあ着せてあげればええやん。」
あっさりと慎吾に返され、龍二はつんのめりそうになる。
「アホか!どんだけ仕事あると思ってんねん!」
仕事の量を考えると、確かに結婚式を挙げる時間などなさそうだ。
「うーん。やっぱムリやなぁ。」
慎吾はカレンダーとにらめっこしながら言った。もうすぐ全国ツアーが始まる。悠長なことは言っていられない。
「まぁ、香織もそれでええ言いよるしな。」
龍二はタバコの火を消した。
「さってと、続きやるべ。」
龍二は伸びをしながら、立ち上がった。メンバーもそれに従った。

「え?どうゆうこと?」
葵は突然の電話に驚いていた。電話の主は武士からだった。
『だから〜、俺たちで龍二たちの結婚式やらんかって・・。』
「え?でも・・。」
葵はリビングでテレビを見て笑っている香織を横目で見た。
『葵ちゃん、そこ誰かおる?』
「あ、はい。」
『香織ちゃん?』
「ええ・・。」
『場所移動できる?』
「はい。ちょっと待ってください。」
『うぃ。』
葵は保留ボタンを押して受話器を置いた。
「ちょっと上行きますね。」
「あ、ごめん。テレビの音大きかった?」
「いえ。ちょっと込み入った話っぽいので。」
葵はごまかした。
「そうなんだ。いってらっしゃい。」
香織は電話の相手が誰か分かっていないようだった。葵はホッと胸を撫で下ろした。そして葵は自室の子機を取った。
「もしもし。お待たせしました。」
『いやいや。今誰もおらん?』
「自分の部屋に来たから・・・。」
『そかそか。何か移動させて悪かったな。』
「いいえ。それはいんですけど・・。ところで、結婚式やるって?」
『そうそう。龍二たちは挙げるつもりないっぽいけどな。やっぱ一生に一度んことやし、小さくてもええから、形だけでもしてあげたいって思ってさ。』
「なるほど。でも何であたしに?」
『葵ちゃんなら話に乗ってくれるって思ったから。』
率直に言われ、葵は何だか照れた。
『あかんかな?』
「ううん。いいアイデアだと思います。あたしもちょっと引っかかってたんです。結婚式挙げないのかなって。香織さん、割り切ってるみたいだけど、やっぱウェディングドレスとか着たいだろうし・・。」
『やんな!よかった。葵ちゃんも同じコト考えてたんや。』
武士は手放しで喜んでいるみたいだった。
「あ、このことって、他に誰か知ってる人いるんですか?」
『まだ皆には言うてへん。まぁ多分、皆も賛成してくれると思うけどな。』
「ですね。どこでやるかとか・・いつやるかとか・・具体的に決めないと・・・。」
『んだなぁ。まぁとりあえずメンバーにも話してみるわ。日程とかも大まかに決まったら連絡する。』
「はい。美佳に会場聞いてみますね。」
『たっのもしー。早かったら明日連絡するよ。多分夜になると思うけど。』
「はい。明日バイトですけど・・夜なら大丈夫かも。」
『葵ちゃん、携帯持ってなかったっけ?』
「・・持ってないです・・。」
『そっかぁ。どうしよっかな・・。』
「じゃあ、ちょっと美佳に聞いてみます。」
『んじゃあ、連絡取れる言うたら、おいらにもっかい電話ちょうだい?』
「ハーイ。」
そして電話は切れた。
(結婚式かぁ。)
葵は何だかわくわくした。自分のことのように楽しみだった。早速持っていた受話器を取り上げ、短縮番号を押した。
『もしもし?』
意外と早く出た。
「あ、美佳?今大丈夫?」
『うん。どしたの?こんな時間に。』
「ちょっとね・・。」
そう言いながら、葵はさっきの電話の内容を話した。
『何それ?おもしろそう!』
思った通り、美佳は乗ってくれた。
「でね。武士クンが、詳細決まったら教えてくれるらしいんだけど。」
『OK、OK。式場の手配とかはあたしがしてもいいし。』
「うんうん。明日多分細かいコト決めると思うんだ。」
『うん。明日は何も予定ないから大丈夫よん。』
「よかった。あたし、昼間バイトだけど、多分夜になると思うって言ってた。」
『分かったー。』
「でも、もしかしたら昼間かもしれないんだよね・・。」
『葵、携帯持ってないじゃん。』
「だから、美佳の携帯教えてもいいかなぁ?」
『別にいいけど。葵も携帯持った方がいいよー。今時持ってないの、葵くらいだよ。』
「だって普段の生活にいらないもん。」
『ハイハイ。そんなコト言ってたら、時代に乗り遅れるよー?』
「いいわよ。別に・・。」
『あはは。まぁ、本人がいいならいいや。んじゃ、寝るねー。』
「うん。おやすみぃ。」
『おやすみー。』
葵は武士に折り返し電話をかけた。
『早いなぁ。葵ちゃん。』
「あはは。美佳、もう寝るとこだったみたいなんで。」
『ほぇー。もう寝るんか?早いなぁ。』
「早いって、もう十一時来てるんですよ?」
『夜はこれからやで!』
「何言ってるんですか・・?」
葵はちょっと呆れていた。
『スマン。というか気にすんな!』
「・・はい・・。とりあえず美佳の許可もらったんで、電話番号言いますね?」
『あー。ついでにメルアドも・・。』
「はい。」
葵は美佳の携帯番号とメールアドレスを武士に教えた。
『サンキュー。とりあえずメール送っとくなー?』
「はい。お願いします。」
そうして電話は切れた。

翌日。葵はいつものようにバイトに出かけた。朝から夕方までが今日のバイト時間だ。
「ありがとうございました。」
葵は丁寧にお辞儀をした。店に戻りかけたその時
「葵!」
「美佳。」
美佳が店に入ってきた。
「連絡きたの?」
「うん。集まってちょっと打ち合わせしたいらしいんだけど・・。葵、いつ終わる?」
「んっと五時終わり。」
「おけー。後一時間か。ちょっと聞いてみるねー。」
「うん。」
美佳は手慣れた手付きでメールを打ち始めた。
「いつ見ても早いね・・。メール打つの。」
「慣れよ、慣れ。葵も携帯持ったらこれくらい簡単にできるようになるわよ。」
「あはは。」
葵は苦笑した。確かに携帯を持った方が便利なのだろうが、自分は家とバイト先くらいしかいないので、別に必要性がない。一人で買い物行くのも近所のスーパーくらいだし、大概美佳と行動を共にしているので、緊急の場合は、美佳の携帯にかかってくる。電話自体あまりしないので、家の電話で間に合っているのだ。
「きたきた。」
美佳は早速メールを読む。
「仕事終わるのが向こうは六時くらいなんだって。調子がいいと、って書いてる。」
笑いながら美佳が言う。
「六時か・・。」
夕飯の支度をしなければいけない時間だ。
「今日双子は?」
「ああ。今日は直で行くって。」
「そっか。なら、家に香織さんだけ?」
「うん。」
「うーん。どうするかねぃ。」
「都合よく龍二さんが食事でも誘い出してくれたらいんだけどなー。」
「それだっ!」
葵の発言に美佳が何かを思いついたようだ。
「え?」
美佳は再びメールを打つ。
「何?美佳。」
不安そうに葵は尋ねた。
「ふふ。香織さんを家から連れ出す方法よ。」
美佳はニヤニヤと笑った。

「タケ、さっきから誰とメールやってん?」
「女子高生。」
慎吾の問いに、武士はあっさりと答えた。
「ウソつくなっ!」
慎吾は携帯を取り上げようとするが、武士の方が遥かに背が高いので、全く届いてない。
「ウソちゃうもん。」
悪びれもせず、武士はそう言いながら、淡々とメールを返している。
「あー、女子高生ちゃうな。こないだ卒業したや。」
「まさか・・・葵ちゃん!」
慎吾の言葉に、亮が動揺した。
「残念でしたぁ。葵ちゃんは携帯持ってませーん。」
「むー。」
「美佳・・。」
亮がぼそっと言った。
「うぐっ。」
図星だった武士は、言葉に詰まる。
「えぇっ!美佳ちゃん?何で?」
「何でって。昨日言ってたやん。おいら。」
「けっこ・・もごっ。」
大声で言いそうになった慎吾の口を武士が塞ぐ。
「アホかっ。バレたら意味ないやんけ!」
「ごめ・・。」
「ったく。んで、連絡取るために携帯交換したんや。葵ちゃん介して。」
「ふむふむ。そういう事か。」
慎吾は納得したようだった。ちなみにこの部屋には、龍二はいない。龍二は別部屋で雑誌のインタビューを受けている。
「にしても今時携帯持ってないの、珍しいな。」
透は落ち着き払って、コーヒーをすすりながら言った。
「やんなぁ。素朴でいいっちゃいいけど・・。」
武士が頷く。
「亮は携帯持っとっても使わんけどなぁ。」
慎吾は亮がほったらかしている携帯をいじった。
「必要ねーもん。」
「かかってくる専用やもんね。」
慎吾は亮の携帯の電話帳をこっそり覗いた。
「亮クン・・。」
「ん?」
「コレ・・いくらなんでも少ないよぉ。」
なぜか慎吾が泣きそうになっていた。
「何が?」
「電話帳の登録件数・・。」
入っているのは、B・Dのメンバーとマネージャーの響、事務所、事務所の社長だけだった。
「うげっ。少なっ。」
武士が覗きこみ、思わず叫ぶ。
「ほっとけ。」
亮はあっさりと言った。別に電話なんて必要ない。携帯だって持たされてるだけだ。電話で話すような友達なんていない。登録している人たちだって、必要以外かけてこない。メンバーがたまに『飯食いに行こう』と誘うだけだ。メールだって、やらない。響がスケジュールをメールで送ってくるだけだ。
「なぁ。美佳ちゃんがさぁ、龍二が香織ちゃんを連れ出すように仕向けろやってさ。」
急に武士が話題を変える。
「仕向けるったって・・。」
「今日は双子いないんだけど、それだと香織ちゃんが一人になっちゃうからやって。」
武士は付け足して言った。
「いつものパターンやと、仕事終わったら葵ちゃん家行くよなー。」
慎吾の呟きに、全員が頷く。
「俺たちもとりあえずついてって・・。そこで二人で食事してくるように仕向けるとか?」
「そうやなぁ。それが自然かなぁ。」
「明らかに不自然。」
亮が冷たく言い放つ。
「・・まぁ、急に二人で食事してこいっつっても、不自然やな。」
「お食事券が当たったとか・・。」
慎吾が急に口に出す。
「それだ!」
武士はメールを打ち始めた。

「ぷっ。」
着たばかりのメールを開いた美佳は思わず噴出した。
「何?どしたの?」
「これ。」
美佳は笑いを堪えながら葵にメールを見せた。
「ぷっ。」
葵も噴出す。
「小学生かっての。」
美佳は笑いながらメールを返信した。

「おっ。早いなぁ。」
メールの受信音を聞き、武士はメールを開いた。
「・・・。」
「なした?」
慎吾は横から画面を盗み見た。
「・・。武、何て美佳ちゃんに何て打った?」
「『お食事券持ってない?』」
「小学生かよ。」
透が溜め息を吐いた。
「そら『何それ?』って返されるよ。」
慎吾も呆れる。
「てかさ。電話した方が早いやん。」
透がようやく突っ込む。
「それだ。」
武士は今思いついたかのように言う。3人は頭を抱えた。

「うわっ。びっくりした。」
いきなりの着信に美佳は驚いた。
「もしもし?」
『もしもーし?俺、武士だけど。』
「うんうん。で、さっきのメール何?」
早速美佳が本題に入る。
『ごめんごめん。あのさ・・お食事券が当たったとか何とか言って、龍二たち外に出せないかな?』
「それで『お食事券』か。」
美佳は笑いながら納得した。
「おけ。手配してみるわ。」
『おお。そんな簡単に手配できるんか?』
「あたしを誰だと思ってるの?」
女王様のような口調だが、武士は褒めちぎった。
『ははぁ。女王様ぁ。美佳様。さすがっ。』
「ぶ。何それ。」
冷ややかな返しに武士はしょんぼりした。
『そんな冷たく言わなくても・・。』
「冗談よ。とにかく手配してみるから。手配したらメールでもするね。」
『おっけ。待ってるぅ。』
甘えた声で返事する。
「キモイ。」
『ええっ。』
美佳のズバッという言葉にショックを受ける。
「あはは。冗談だって。んじゃ一旦切るね。」
『はーい。』
一旦電話を切り、美佳はアドレスを検索しだした。
「はい、お茶。」
「ありがとー。」
葵は店の奥に美佳を通し、お茶を出した。美佳はお茶を一口飲んで、携帯の通話ボタンを押した。
「もしもし?ごめんねー、仕事中に。」
美佳が電話の相手と話し出した。
「葵ちゃん、ちょっと来て。」
葵は店長に呼ばれ、店の方へ出た。

五時過ぎ。
「お疲れ様でしたぁ。」
「はい。お疲れー。」
そして葵は店を出た。美佳は電話を終えると、葵に家に戻っておくように言って、店を出て行った。
とりあえず、そのまま家に戻る。
「ただいまぁ。」
「おかえりぃ。」
リビングには龍哉をあやしている香織がいた。
「あれ?今日は買い物してこなかったの?」
「う・・うん。美佳がしなくていいって・・・。」
「へぇ。お嬢様のおごりでどっか行くとか?」
「いや・・それは・・・。」
葵は言葉を濁らせた。
「違うの?」
「多分・・。」
「ふーん。そかあ。」
ちょっと残念そうに香織は言った。起きた龍哉をあやす。
しばらくすると美佳がやってきた。
「香織さーん。」
「ん?どした?」
「じゃーん。」
美佳は香織にチケットを渡した。
「お食事券??」
香織はクエスチョンマークを飛ばしながら聞いた。
「うん!知り合いがくれたんだぁ。だからさ、香織さんと龍二さんで行ってきなよ。」
「え?でも・・。美佳ちゃんがもらったんでしょ?」
「細かいこと気にしない!あたしはいつでも行けるんだし。龍二さんとの結婚祝いだと思ってさ。」
「いいの・・?」
「いいの!」
美佳は半ば強引に香織にチケットを渡した。
「でも龍哉が・・。」
「龍哉くんなら葵とあたしで見てるから大丈夫よ。」
美佳は親指を立てた。
「じゃあ・・お言葉に甘えます。」
香織の言葉に美佳と葵はにっこり笑った。

「今思ったけど・・。俺ら葵ちゃんたちと会うの禁止されてなかったっけ?」
慎吾がふと思い出したように言う。
「げ。そだった・・。」
武士が唸る。
「大丈夫だよ。今回は変装して行くんだから。」
車を運転していた透が後ろの2人に言う。
「そだった。」
「大丈夫かなぁ。美佳ちゃんたち。」
「大丈夫やってメール着たやん。」
武士は慎吾に携帯を見せた。
「せやけど・・。」
「龍二、ちゃんと場所分かったんかなぁ・・。」
武士は話題を龍二に戻した。
「場所、美佳ちゃんにファックスしてもらったから大丈夫やろ。」
透があっけらかんと言う。
「そだよ。亮じゃあるまいし。」
「どういう意味だ。」
黙って聞いていた亮が慎吾の言葉にトゲトゲしく答える。
「だって亮、めっさ方向音痴やんか。」
意地悪く後ろから助手席に座っている亮のほっぺたをつつく。やめろ、と亮は手を振り払った。
「さてと着いたぞ。」
透は3人に降りるように促した。

「ごめんなぁ。急にこんなこと頼んで。」
「いやいやぁ。お安い御用だよ。」
B・Dのヘアメイク担当の戸田圭介は4人を部屋に入れた。
「圭介っち、ええとこ住んでるやんけ。」
武士が部屋を見渡して言った。
「君たちには負けるよ。」
皮肉を言ったが、武士には通じてなかった。
「早速やけどええかな?」
透が本題に入る。
「まかせとけ。」
圭介はにっこりと笑った。

「遅いなぁ。何してんだろ。」
美佳は時計と睨めっこしていた。ここは美佳の親戚の高級料理店だ。ついでに言うと香織と龍二もここで食事をしている。お座敷なので、会う確率は少ない。
「まぁまぁ。ゆっくり待ってればいいじゃない。」
葵が美佳をなだめる。
「だってさぁ。龍二さんと香織さん、とっくに食事してるのよ?なのにあの4人が来ないってどゆことよ?」
「事情が変わったのかもしれないでしょ。そんなに心配なら電話でもしてみたら?」
葵は美佳の携帯を指差した。
「・・。そね。」
美佳が携帯を取り上げたその時だった。
「遅くなってごめんなぁ。」
と言いながら武士たちが入ってきた。
「ホントに遅いよ。」
と言いながら美佳が入り口に目をやると、4人は普段とまったく違った格好をしていた。
まずいつもはメガネをしていない武士がメガネをかけていた。髪型もアレンジされている。亮は帽子を深々とかぶっていた。慎吾はバンダナを巻き、透の髪はオールバックになっていた。
「どしたの?みんな・・。」
全員が変装しているのを見て、驚いた美佳が一言言った。
「いやぁ。今回の龍二の件で、ホンマは葵ちゃん達に会うの禁止食らってるんや。」
武士は笑いながら事情を説明した。
「そなの?」
「いらんスキャンダル起こすなってさ。で、いくら美佳ちゃんの知り合いのお店でも変装くらいはした方がいいかなぁと・・。」
慎吾が言を次ぐ。
「そっかぁ。龍二さんのとき大変だったもんねぇ。」
美佳は溜め息を吐きながら言った。慎吾たちはうんうんと頷く。
「早速料理持ってきてもらうように言ってくるわ。」
美佳が席を立つ。
「にしても美佳ちゃんホンマにお嬢様やってんな・・。」
高級料理店を営んでいる親戚がいるなんて普通では考えられない。
「うん。でも美佳、お金持ちってこと鼻にかけないでしょ?」
全員頷く。
「だから冗談だと思ってた。」
周りを見渡しながら武士が言った。葵がクスッと笑う。
「葵ちゃんと美佳ちゃんっていつからお友達?」
ふと慎吾が質問する。
「うーん。生まれた時からかなぁ。」
「うわぁ。じゃあ姉妹みたいなもんじゃん。」
「うん。美佳以上の友達はいないの。」
「へぇ。ええね。そゆの。」
武士がにっこりと笑った。そうこうしていたら美佳が戻ってくる。
「さてと。本題入りますか。」
6人はおいしい料理に舌鼓を打ちながら、打ち合わせをした。

5月某日。いつになく晴天。香織はいつもの龍哉の泣き声ではなく、朝の光に目を覚ました。
「うー。何時・・?」
香織は枕元の上に置いてある時計に目をやった。時刻は8時過ぎ。龍二と籍を入れ1ヵ月。久しぶりに実家に帰り、結婚の報告をしたのがその数週間前。折り合いが悪かった家族は、結婚をあっさりと承諾した。恐らく龍二をよく知っていたからだろう。両親に龍哉は龍二との子と話した。そして龍二と一応は同じ家に住んでいるが、新婚生活とは程遠い生活を送っていた。相手がトップアーティストである限り、平穏な生活は送れないことは分かっている。龍二たちは昨日レコーディングのためだとか言って山奥の合宿所へ缶詰になりに行った。香織はゆっくり身を起こし、顔を洗いに洗面所へ向かった。
(今日はとりあえず食料買いに行って・・それから葵ちゃんとこにでもいようかなぁ・・・。)
顔を洗った香織は鏡を見ながらお肌のお手入れをする。化粧をしようとファンデーションの蓋を開けた時、電話が鳴る。
(誰だろ?)
朝早くに電話してくるなんて・・。香織はナンバーディスプレイを見て、安心して電話を取る。
『おはようございます。』
「おはよう。」
電話の向こうで明るく挨拶する声は紛れもなく葵だった。
『起こしちゃった?』
「ううん。さっき起きてお化粧しようとしたところ。」
『よかった。香織さん今日暇?』
「ええ。別に予定入ってないけど?」
『ちょうどよかったぁ。ちょっとお出かけしない?』
「お出かけ?」
『そう。気晴らしに。美佳のお兄さんが車出してくれるって。』
「へぇ。遠出するの?」
『いつもよりは遠くにお買い物でも行かないかなぁと。』
「いいわねぇ。何時にそっち行けばいい?」
『用意ができてからでいいよ。何時くらいになりそう?』
「そうねぇ・・。」
香織は頭の中で予定を立てた。まず化粧して、朝ご飯を食べ、龍哉を着替えさせて、日向家へ向かう。
「早くて1時間後くらいかな?」
『はーい。じゃあ待ってます。』
香織は電話を切った。早速パンを焼き、その間に着替えと化粧をする。パンが焼きあがると、インスタントコーヒーと共に食べる。食べ終わると口紅を塗る。そうこうしていると龍哉が起きた。
「今日はご機嫌ね。龍哉。」
笑っている龍哉に微笑みかける。
「あー。」
ママの顔を見て喜んでいる。
「龍哉もお着替えしましょうねー。」
機嫌のいいうちにさっさと着替えさせる。すべての用意を済ませると、香織は龍哉を連れて日向家へ向かった。

日向家の前には一台のワゴン車が停まっていた。スタンバイオッケーの葵と美佳が出てくる。
「来た来た。そろそろ来るころだと思った。」
「今日はお誘いありがとね。」
香織はにっこりと笑った。
「いえいえ。香織さん、かばん後ろに積むから貸してぇ。」
美佳が手を出す。
「じゃあこれだけお願い。」
香織は二つあるバックの一つを渡した。
「香織さん、これがうちの兄貴。」
「おはようございます。」
美佳の兄、美波が挨拶する。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします。」
そう言って香織は深々と頭を下げた。
「さぁさぁ、そんな丁寧な挨拶はこれくらいにして、さっさと行こう。」
美佳は香織の背中を押した。香織は龍哉を抱き上げた。
「香織さん、ちゃんと龍哉君の席、あるからね。」
葵の言葉の意味がよく分からなかったが、中にはちゃんとベビーシートがあった。車は3列シートになっている。一番後ろに龍哉と香織、2列目に葵と美佳が乗る。美波はベビーカーをたたんでトランクに乗せた。
「しゅっぱーつ。」
美佳はとっても楽しそうに叫んだ。

午前9時。B・Dのメンバーは、ちょうど朝食を取っていた。
「なぁ、龍。」
「ん?」
ガツガツ食べているメンバーをよそに透が口を開く。
「今日ちょっと時間ある?」
「へ?」
「ちょっと付き合ってほしいんやけど。」
「?」
龍二は透の突然の申し出が何なのかよく分からなかった。

「美佳ちゃん、葵ちゃん?ここどこ?」
数時間車に揺られ、香織が連れてこられたのは、山奥の小さな教会だった。
「どこって教会。」
美佳があっさりと答える。
「今日はお買い物って言ってなかった?」
朝言っていたことを確認する。
「あれ、嘘です。」
今度は葵が答える。
「嘘ってのは分かるけど・・。」
香織は頭を抱えた。なぜこんなとこにいるのかが分からない。
「・・・ここで何があるの?」
やっと言葉を出す。
「決まってるじゃん。結婚式だよ。」
美佳が楽しそうに言う。
「誰の?」
「香織さん。」
「え?」
あっさり言われ、香織は混乱した。
「あっ、あたし!?」
香織の叫びに美佳と葵が頷く。
「ほら、香織さん。さっさと行くよ。」
美佳は香織の腕を引っ張った。葵が龍哉をベビーカーに乗せ、美波は車を駐車場に置きに行く。
「ちょっ、ちょっと待ってよ!美佳ちゃん!!」
引っ張られながら香織は叫んだ。
「結婚式って・・龍二も来るの!?」
「当たり前でしょ。1人で結婚式できないでしょ?」
「でも龍二は・・合宿に・・。」
「手配済み。」
美佳はにっこり笑った。香織は苦笑いを浮かべた。

その頃龍二も同じ場所に連れて来られていた。
「お前ら、騙したな。」
「失敬な。」
龍二はブスっとした顔で鏡の前に座っていた。周りにはメンバーが勢ぞろいしていた。
「怒んなよ。お前のためだけじゃなくて香織ちゃんのためでもあるんだから。」
B・D専属のヘアメイク担当の戸田圭介は、龍二の髪をセットしながら言った。
「そら・・分かるけど・・。」
香織のために式を挙げたいと思っていた龍二にとって、この企画は『してやられた』という感じだった。
「だったら俺に一言言ってくれても良かったのに・・。」
龍二は呟いた。式をするなら、自分も何かしたかった。
「龍二の事も驚かせたかったからさ。」
武士が答える。メンバーはいつの間にか既に礼服を着ていた。鏡越しに龍二はメンバーの顔を見た。自分の事のように喜んでくれているのが、よく分かる。
「おおきにな。」
龍二は照れながら鏡越しにメンバーにお礼を言った。

「香織さん、キレー。」
葵と美佳はドレスアップした香織を見て、絶賛した。
「ありがと。」
純白に身を包んだ香織は照れながら言った。
「龍二さん、惚れ直すよぉ。」
美佳が茶化す。
「やめてよ。」
その時ノック音が聞こえた。
「どぞー。」
美佳が返事する。入ってきたのはB・Dメンバーだった。亮は相変わらずいなかったが。
「おぉ。香織ちゃん、キレーやなぁ。」
武士が開口一番に褒める。
「ありが・・。」
「馬子にも衣装ってなぁ・・。」
ゴンッ。
武士の余計な一言に龍二がゲンコツを落とす。
「ってぇ。」
武士は涙目になりながら、頭をさする。その様子を葵と美佳は笑いながら見ていた。
「ひでぇ。葵ちゃんも美佳ちゃんも笑うなぁ。」
「だって・・。」
葵が笑いを堪えながら堪えようとする。
「コントみたい。」
美佳が笑いながらもきっぱり言う。
「あふ・・。」
「あれ?2人、おそろい?」
慎吾がふと気づく。葵と美佳は香織が着替えている間に、着替えとメイクを済ませていた。
「うん。そだよー。かわいいでしょ?」
美佳はそう言いながら、クルッと回った。2人はミニスカートのワンピースのドレスを着ていた。葵がワインレッド、美佳がインディゴのドレスだった。
「ミニスカ・・。」
今にもじゅるっと言う音が聞こえてきそうな武士を透が抑える。そして皆に合図を送り、部屋を後にする。

「透、どして外出たん?」
慎吾が問う。
「あの2人、何も話してなかったろ?俺たち邪魔かなあと。」
「あ、そっか。」
そう言えば龍二は固まってたし、香織も照れているのか俯いていた。
「あの2人、結婚しても変わらんねぇ。」
武士は苦笑した。
「お前は確実にオヤジ化しとるけどな。」
透が冷ややかに言う。
「ひっでぇ。」
葵と美佳はコントのようなやり取りを笑いながら見ていた。

「びっくりさせられちゃったね。」
葵たちが出て行った後、香織が沈黙を破る。
「やな。」
龍二は短く答えた。
「あたしなんて朝、葵ちゃんから電話があって、『買い物行こう』って言うから付いて来たのに、着いたら教会なんだもん。びっくりしちゃった。」
香織の言葉に龍二も笑う。
「俺も、今朝透に付き合って欲しいって言われて、来たらここやってん。」
「聞いた?この企画、武士が提案したんだって。」
「そなんか?」
「聞いてなかった??」
香織の問いに龍二は頷く。
「武士、何だかんだ言って龍二になついてるもんね。」
香織は笑った。
「せやな。」
同い年なのに舎弟みたいに思えてくる。
「龍二。これからもよろしくお願いします。」
香織はそう言ってお辞儀をする。龍二は慌てた。
「こっ、こちらこそ。」
龍二の慌てぶりに、香織は思わず噴出した。龍二はコホンと咳払いをする。
「香織。綺麗やで。」
龍二の不意の言葉に香織が照れた。
「ありがと。」
香織は満面の笑みで微笑んだ。

式は滞りなく行われた。本当に小さな教会で、参列者はB・Dメンバーとマネージャーの響、葵、美佳、美波、後から合流した快人と直人、マネージャーの松木、優人と美咲、圭介を含むB・D専属スタッフ数名、それと龍哉だった。
「おめでとう。」
「おめでとー。」
ライスシャワーを浴びながら、龍二と香織は教会から出てきた。本当に2人は幸せそうだった。
「投げるよぉ。」
香織は背を向け、後ろに向かってブーケを放り投げた。
ポスッ。
「あ・・。」
見事ゲットしたのは、何と亮だった。それを見た武士と慎吾が大笑いした。
「ぶぁははははははははは。」
「何で亮やねん。」
「良かったな。次の花嫁は亮だ。」
透が意地悪く亮の肩を叩きながら言った。亮は眉を寄せた。ふと葵と目が合う。亮は特に何も考えずに葵にブーケを渡す。
「え?」
葵は突然ブーケを渡され困惑した。
「やる。」
短くそう言う。
「ありがとぉ。」
葵は笑顔でお礼を言った。思ってもみなかったその笑顔に亮はドキッとした。
「いいなぁ。葵。」
美佳がうらめしそうに言う。葵は「いいでしょ。」と見せびらかせながら答える。そんな2人を亮は何となく見ていた。
「・・透。今・・笑わんかった?」
武士は隣にいた透に耳打ちした。
「・・微かやけど笑ったな。」
透も亮を見て頷く。メンバーは今まで誰も亮の笑顔を見た事がなかった。一番長く付き合っている龍二でさえ見た事がなかった。その亮が微笑った。・・これは周囲の人間にとって驚くべきことだった。
「葵ちゃんマジック?」
武士は不思議に思いながら呟いた。
「案外そうかもしれんな。」
2人はそんな亮と葵を見つめていた。