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ACT.3 卒業
2月末。葵は高校の制服を着て、台所に立っていた。「あれ?葵ちゃん、今日学校?」 同居している香織が問う。 「はい。明日卒業式なので、今日は予行演習なんです。」 「そうなんだぁ。」 しばらくの間があった。 「そういやさ、葵ちゃん、保護者いないんじゃない?」 「・・ええ。でも、担任とかクラスメートは事情知ってますから。」 「ねぇ。あたしが行ってあげようか?」 「え?・・・そんなの、悪いですよ。」 「えー。いーじゃん。決まりね。」 「え?ちょ・・待って・・。」 「ほらほら。早く行かないと、遅刻しちゃうわよ。」 香織に勝手に決められ、葵は仕方なくそのまま学校に向かった。 「んじゃ、早速服買いに行かなきゃね。ね、龍哉。」 龍哉は何も分からず笑っていた。 「葵。香織さん、まだ居候中?」 学校に着くなり、美佳がそんな話を振る。 「うん。」 「あんたも人良すぎるよ。どんな人かも分からない人、居候させるなんて。」 「だって、弟たちが尊敬してる先輩の彼女だよ?それに見たら分かるもん。どんな人かなんて。」 「あっそ。じゃあ、葵には香織さんはいい人に見えたのね。」 「美佳にはどう見えたのよ。」 「そりゃ、悪い人とは思わなかったけど。」 「でしょ?」 「でも一緒に住むってのはどうかと思うけど?」 「そう?あ、ほら、集合かかってるよ。」 葵は美佳を促し、体育館へ向かった。 その頃、香織さんは・・・。 「龍哉ぁ。こっちのがいいかしらねぇ?」 ベビーカーに乗せた龍哉と共にデパートにいた。 「え?明日卒業式なん?」 仕事帰りに日向家に寄った龍二は出されたお茶を飲みながら聞き返した。 「はい。」 「だからね、あたしが保護者代わりに行ってあげるって言ってたの。」 「おー。そりゃ、ええな。」 「ええなって、簡単に言うなぁ。」 透が呆れながら言った。 「なんやねん。透。反対か?」 「反対ってわけやないけど、イキナリ香織が現れたら、担任とか驚くやろ?」 「そりゃそうやけど・・・」 「でももう服買ってきちゃったもん。ずぇーったい行くもん。」 「酔ってんな、香織。」 子供のような駄々をこねる香織に龍二はストップをかけるが、香織は拒絶した。もう既にビールの空缶が三本転がっている。ちなみにすべて香織が飲んだものである。 「酔ってへんわぁ。ほら、龍二も飲めぇ。」 「関西弁出だした。」 「完璧酔ってんな。」 昔から香織を知っている龍二と透は溜息を吐いた。 「あ?なんや?二人でぇ。ほらぁ、飲め。」 香織は二人にお酒を勧める。 「あのなぁ。俺ら、明日も仕事やねんぞ。」 「知っとるわ。ええやないか。飲めぇ。」 ハイテンションになる香織は誰にも止められない。 「驚いたやろ?香織の変貌ぶり。」 ダイニングで飲んでいる三人を背に向け、武士がおつまみを持ってきた葵に言った。葵は頷いた。 「今日は皆さんが久しぶりに来られたから、テンション高くなっちゃったんでしょうね。」 「にしても明日葵ちゃんの卒業式行くって駄々こねてる割に、明日のこと全く考えてへんよな。」 慎吾はおつまみを食べながら言った。 「確かに。」 「あの人、二日酔い出えへんらしい。」 亮がポツリと言った。 「そうなん?」 「でももう歳も歳やしな・・。」 「そこ!武士、何か言った?」 武士の呟きに香織は即行で反応する。 「何でもありましぇん。」 恐怖で日本語がおかしくなる。 「あっそ。武士、飲んでるか?」 「飲んでまーす。」 武士は持っていたビールの缶を掲げた。 「慎吾は?」 「俺も飲んでまーす。」 慎吾もビール缶を掲げる。 「亮は?」 「おい、亮は飲まれへんって。」 即座に龍二がつっこむ。サスガ大阪人と葵は内心思った。 「何で?」 「まず、未成年やし。んでもって、めっさ酒弱いし。」 龍二が理由を述べる。 「そっか。葵ちゃんは。」 「いや、だから葵ちゃんも未成年やって。」 「あ、そっか。」 「夫婦漫才みてぇ。」 二人のやり取りを見て武士が呟く。 「んじゃ、かおちゃんがボケで龍二がツッコミ?」 慎吾が楽しそうに言う。 「そりゃ、香織が酔ってるときやろ。普段は逆やん。」 「そっか。」 「納得すんなよ。」 武士の言葉に納得した慎吾を亮がツッコむ。 そんなこんなで夜は更けていった。 翌朝。葵はいつものように朝食の準備をしていた。昨晩は飲み明かしたらしい香織は龍二によって部屋に連れて行かれていた。五人は結局また日向家に泊まった。ちなみに香織が使っているのは客間である。 「葵ちゃん、いよいよ卒業式だね。」 起きてきた直人が牛乳を取り出しながら言った。 「そうだね。」 「どう?」 「どうって・・。やっとって感じかな。」 「いろいろあったもんね。」 「そうね。」 「はよ。」 快人が欠伸をしながら入ってくる。 「「おはよ。」」 二人でハモる。 「何話してたんだ?」 「いよいよ卒業だねって。」 「あ、そっか。今日か。」 疲れのせいか、ボケボケしている。 「ボケてんなぁ。」 「っるせー。」 直人に笑われ、快人が怒る。 「ほら、早く食べなさいよ。遅刻するよ。」 「「はーい。」」 二人は返事して席についた。 「いっただきまーす。」 箸を取り、食べ始める。 「で?結局どうなったの?」 「何が?」 イキナリの質問に葵は聞き返した。 「香織さん、行くの?卒業式。」 「さぁ?」 よくよく考えると昨日の時点で香織が行くと言い張っていただけであって、行くことは正式には決まっていない。 「さぁって・・。」 「でもホントは俺が行きたいよ。」 直人は葵を見た。 「何で?」 「だって葵ちゃん、答辞読むんでしょ?」 「誰に聞いたの?」 慌てる葵。質問した後、すぐに犯人に気づく。 「美佳チャン。」 やっぱり・・。そんな情報をばらすのは美佳以外考えられない。 「ったく、おしゃべりなんだから。」 「あら。じゃあ、なおさらあたしが行かなきゃね。」 ふと声がしたほうを見ると、昨日飲んでいたとは思えないほどさわやかに香織が立っていた。 「香織さん・・。」 「おはよー。皆さん。昨日は見苦しいとお見せしまして・・。」 香織は龍哉を抱いたまま一礼した。どうやら龍哉の泣き声で起きたらしい。目覚まし代わり・・。 「覚えてるんですか?」 「おぼろげにね。」 香織はダイニングの椅子を引いて座った。 「答辞を読むなんてすごいじゃない。ここはあたしがしっかり見届けないとね。」 「でも龍哉クン、どうするんです?式の間、ぐずるかもしれませんよ?」 「大丈夫。龍二たち、今日は仕事お昼からなんだって。」 楽しそうに言う。ということは、預けていくらしい。 「何時からだっけ?」 「九時半からです。」 「じゃあ、それまでに行けばいいのね。」 「はい。」 「んじゃ、葵ちゃん。俺たち先行くね。」 「うん。行ってらっしゃい。」 「おはよ。葵。」 「おはよ。」 「答辞、頑張ってね。」 「ありがと。」 クラスメートに激励される。 「葵、香織さん、ほんとに来るの?」 「みたい。今朝、直が答辞読むってばらしちゃって、余計に・・・。」 「そっか。大変ね。」 「あのね、他人事みたいに言うけど、美佳が直人にばらしたんでしょ。」 「あはは。」 「ったく。」 「怒んないでよぉ。」 「葵、先生呼んでるよ。」 「分かった。」 葵は教室を出て行った。 卒業式は何事もなく、無事に終わり、教室には卒業生とその保護者が集まっていた。そこでひときわ目立っていたのは、他の保護者よりはるかに若い香織だった。 「誰の保護者だ?」 そんな声が教室中に広がっていた。担任も気になり、香織に話し掛けた。 「失礼ですが・・・。」 「はい?」 「あの・・・誰の保護者で・・・。」 「あ、あたしは、日向葵の親戚の者です。」 「日向の?」 担任は葵の方を向いた。葵は苦笑いをする。 「葵の親戚?」 「まじかよ。」 「美人〜。」 「そうですか・・。」 担任はそれ以上何も聞かず、教壇に戻った。 放課後。外に出たクラスメートたちはこぞって葵と写真を撮りまくった。それはほとんどが男子であり、葵はもちろん香織目当てでもあった。 「葵、モテモテじゃん。」 美佳がからかい口調で言う。 「やめてよ。どうせ香織さん目当てなんだから。」 「葵、一緒に撮ろうぜ。」 「ほら、お呼びだよ。」 美佳が葵の背中を押す。 「ハッシー、あたし撮ってあげるよ。」 「サンキュ。」 通称のハッシーと呼ばれたクラスメートは美佳にカメラを渡した。 「ハイ。撮るよぉ。もうちょっとくっつきなよ。」 ファインダー越しに美佳が言うと、ハッシーこと橋本と葵は照れたように近寄った。 「撮るよぉ。」 「俺さ、お前のこと、結構好きだったんだ。」 「え?」 突然の告白に葵は驚いた。 「葵、笑えー。」 美佳が叫ぶ。葵は笑顔を作ったが、自分では妙な作り笑いになっていると思った。 「いやぁ。美男美女カップルじゃん。」 周りにいたクラスメートが橋本の肩を叩いた。ちなみにこの橋本という男は美形の部類に入るヤツで、女の子にもかなりモテる男だった。 「写真、できたら持ってくよ。花屋のバイト、続けるんだろ?」 「あ、うん。」 葵はどう反応していいか、分からなかった。橋本は告白などしなかったかのように振舞ったので、逆に動揺してしまっていた。 「橋本。こっち来いよぉ。」 「うん。じゃ、またな。」 「うん。」 返事を聞かないまま、橋本は他のクラスメートの方へ行ってしまった。 「どうかした?葵ちゃん。」 様子がおかしいと気づいた香織が声をかける。 「告白、されちゃった・・。」 「え?」 「さっき写真撮る時。」 「今の子に?」 葵はこくんと頷いた。 「やるじゃん。レベル高そうよ。今の子。」 香織は葵の肩を叩いた。 「香織さん、サスガにお目が高い。」 美佳が話に入ってくる。 「今のは橋本新一と言いまして、顔、頭、運動神経、どれもよくて、一、二年の時には、葵と一緒に学級委員、さらに三年になると、生徒会長にまでなった、学年一イケてるイイ男なんっすよ。」 「ホントに?やったじゃん。イイ男ゲット!」 「どうなのよ。葵。ハッシーのこと、どう思ってるの?」 「どうって・・友達だよ。」 「友達ぃ?葵、正直に言いな。ハッシーのこと、一瞬でもカッコイイって思ったことあるでしょ?」 「そりゃ、あるけど・・・。それとこれとは関係ないじゃない。」 「ちょっと日向。」 葵が反論していると、名前を呼ばれる。葵が振り返ると、橋本ファンクラブの女どもだった。 「顔、貸しな。」 葵は一人で人気のない体育館裏に連れて来られていた。一人で来たのは、葵の意思だった。最後の最後に美佳や香織を巻き込みたくなかったのだ。 「あんたさぁ、橋本君と仲良いからって図に乗ってんじゃないよ。」 別に図に乗ってるつもりはない。 「あんたみてるとさ、むかつくんだよね。」 イジメの典型、むかつくらしい。 「何か言えば?言いたいことあるんなら。」 葵は何も言わず、何も反応しなかった。 「それがむかつくんだよ!」 リーダー格の女が殴りかかろうと、手を挙げた。殴られる、と葵は目をつぶった。 「あれ?」 痛みが襲ってこない。葵がゆっくり目を開けると、目の前に橋本がいた。 「あのさ、最後の最後にこういうのしたら、折角の感動の卒業式が嫌な思い出になっちゃうじゃん。」 橋本は女の腕を抑えていた。 「橋本君、なんで・・?」 「なんで?俺が聞きたいよ。なんで葵が君たちに殴られなくちゃいけないの?」 橋本の質問に女どもは答えられなかった。 「言っておくけど、俺が勝手に葵のこと好きなだけで、葵は関係ないからね。今度こんなことしたら、俺が許さないから。」 橋本はにこっと笑ったが、目は笑っていなかった。女どもは身震いした。 「葵、大丈夫?怪我とかない?」 「うん。新ちゃんが助けてくれたから。ありがとう。」 「・・・どういたしまして。」 葵の笑顔に橋本はノックアウトされる。 「葵、大丈夫?」 美佳と香織も駆けつける。 「うん。新ちゃんが助けてくれたから。」 「そっか。間に合ったんだ。ハッシー走るの速いんだもん。ついてけないよ。」 「ねぇ。関係ないけどさ、なんで美佳ちゃんはハッシーって呼んでるのに、葵ちゃんは新ちゃんなの?」 香織はふとした疑問を聞いた。 「ああ、あたしと新ちゃんは幼稚園の時、一緒だったの。小・中と離れてたんだけど、高校でまた一緒になって・・。だからあたしは幼稚園の時から呼んでる新ちゃんで・・・。」 「あたしは高校から一緒だから、他の子も呼んでるハッシーって呼んでるの。」 葵と美佳が分けて説明する。 「ふーん。美佳ちゃんは幼稚園、違うかったの?」 「うん。お嬢様は幼稚園なんて行かないわよ。」 妙に偉そうに言う美佳に葵がツッコむ。 「ママと離れるのが嫌だったのよねぇ。」 「ち、違うわよ!行きたくなかったの。」 「ふーん。意外と甘えん坊サンなんだぁ。」 香織が意地悪く笑う。 「おお。水嶋の意外な過去。」 「橋本!」 皆にからかわれ、美佳がずっと反論していた。 「ほぉ。葵ちゃん、告られたんか?」 帰宅してすぐに香織は龍二に早速新一のことを話した。ダイニングの椅子に龍二と香織が座り、葵は昼食の準備をしていた。 「そうなの。それが結構イケててさ、かわいい系の顔なのよ。で、幼稚園の時に既に友達で、高校で再会したんだってぇ。」 「お前も好きやな。他人の恋愛事情。」 「だって楽しいじゃん。」 「おばちゃん街道まっしぐらって感じやな。」 リビングの方で寛いでいる武士がボソッと言う。 「武士、何か言った?」 「いえ、別に。」 「でも返事してへんねやろ?どうすんねん。」 「写真、できたら持ってくるって。」 「家に?」 「ううん。多分バイト先。」 「そっか。で、何て返事するんや?」 「龍二も興味津々やないか。」 透が呆れる。 「似た者同士ってことやん。」 慎吾が小声で言う。 「聞こえてんで。そこ。で?どうすんや?」 「どうするって。今までそういう目で見たことないし・・。」 「ねぇ。龍二、聞いてよ。それがさ、他の子にも告られたらしくてぇ。」 「香織さん!」 すべてバラそうとする香織を制するが、止まらない。止まるはずがない。 「結局何人に告られてんや?」 「最低十人くらいでしょ?」 香織が当てに来る。葵は曖昧な返事をした。 「さぁ?」 「えー。教えてや。気になるやんか。」 いつの間にか武士が移動してきて葵の背後から肩を抱いた。 「内緒。」 葵は教えなかった。これ以上からかわれたくない。 「けちぃ。」 武士は口をとんがらせた。 「でもま、その中の本命は新ちゃんやろな。」 龍二がまとめる。 「やっぱ龍二もそう思う?」 香織が楽しそうに言う。 「おうよ。だって一番仲良かったんやろ?そいつに決まりやろ。」 「亮は?どう思う?」 慎吾が隣に座っている亮に問う。 「さぁ?そんなん葵の勝手やん。ほっといたれよ。」 「冷たいなぁ。」 冷たく言い放ったが、亮の内心は複雑だった。 「で?どうなん?返事は?」 武士が葵にまとわりつく。 「内緒。」 「いいじゃん。教えてよぉ。」 武士は葵に抱きついた。 「ちょ・・武士く・・。」 「教えないと離さないもんね。」 「分かった。教えるから!」 そう言うと武士はすぐに離れた。 「新ちゃんのことは、友達としか見れないから、断ります。」 「えぇ?」 葵の意外な答えに一同驚く。その中で亮が妙な安堵感を持った。 「葵ちゃん、何でよ。もったいないよぉ。おいしいじゃん。」 香織が一番に抗議する。 「香織さん・・・。」 「だって、これだよ?妻夫木君も真っ青のいい男。」 香織は携帯を取り出し、いつの間にか撮った橋本の写真を葵に見せた。 「いつの間に・・。」 「どれ?」 武士と龍二が覗き込む。 「おお。ええやん。人良さそうやし。」 「やんな。これ、フるの?」 「だって、友達としか見れないし、彼氏って言うより、親友って感じだから・・。」 「そっかぁ。もったいないなぁ。」 香織は溜息を吐いた。 「もったいないって、香織。好みやった?」 武士が意地悪く笑う。 「好みって言うより、弟的な感じかな?」 「弟かぁ。そうやんな。年下やもんな。」 「でもあんたは年下大好きよね。」 香織が意地悪く笑い返す。 「あはっ。バレた?」 そう言って武士はまた葵に抱きついた。 「ちょ・・武士く・・。」 「何やってんの?」 ふと声がした方を見ると美佳が呆れた顔で立っていた。 「おお。美佳ちゃん。うぃっす。」 「うぃっす。」 武士のいきなりのフレンドリーな挨拶をすかさず返せれるのは、美佳だけかもしれない。 「どうかした?美佳。」 武士の腕を振り解きながら、美香に話し掛けた。 「あ、うん。じゃーん。早速現像してきちゃった。」 そういうと美佳は写真屋の袋を取り出した。 「はやっ。」 「うん。出してもらってきたから。」 「誰に?」 ふとした疑問を慎吾は問いながら、ダイニングに移動して来た。 「ん?あたしのアッシーに決まってんじゃん。」 偉そうに言う。 「アッシーじゃなくて、お手伝いさんでしょ。」 葵が訂正する。 「細かいこと言わない。」 図星だったらしい。 「なぁなぁ。早よ、見して。」 武士がうずうずしている。 「分かってるって。」 美佳が袋をひっくり返した。 「やだ。これ文化祭の時のじゃん。何で混ざってんの?」 バサっと落ちてきた写真はかなり大量だった。 「だって、文化祭の時、全部使い切ってなかったんだもん。」 「あれ?何これ?コスプレ?」 武士が文化祭の時の写真を取り上げ、二人に聞いた。 「違うよ。劇、やったの。うちのクラス。」 「そうそう。結構好評だったんだ。葵がジュリエットで、このハッシーがロミオ。美男美女で盛り上がったんだ。」 「でも大変だったんだよ。バイトのシフト、組み直さなきゃいけなかったし、減らしたし。」 「いーじゃん。終わったことでしょ。それにこの役、葵じゃないと無理だったし。」 「なんで?」 二人の会話に慎吾が入る。 「これ、英語劇だったの。いくらうちのクラスが英文科だからって、こんな台詞覚えられないしね。」 「嫌な役、全部押し付けたくせに。」 「英語でやったん?すっげー。」 武士と慎吾が感心する。 「透と亮も来てみろよ。葵ちゃん、めっちゃカワイイで。」 武士に誘われ、透と亮もダイニングにやって来る。 「卒業式の写真は?」 「こっち。」 一同は写真に夢中になっていた。葵はふと肩を叩かれた。 「何?」 振り返ると、亮がコンロを指差した。葵は慌てた。 「きゃー。火かけっぱなしぃ。」 葵は急いで火を消した。 「葵ってしっかりしてるようで、抜けてんのよね。」 美佳がしみじみと言う。 「けなしてんの?」 「まさか。褒めてんのよ。」 あっさりと言う美佳を葵は恨めしげに見た。 「ほら、ご飯、先食べたら?できたんでしょ?」 美佳は写真を片付け始めた。 「美佳ちゃん。あっちで見よ。」 香織は興味津々だった。 「食べないの?」 「うん。あとで食べる。あの五人とは一緒に食べると食欲そがれるから。」 確かにあの食べっぷりを見てるだけで、胸焼けしてくる。 「失礼なやっちゃな。」 龍二がツッコむ。 「ま、気持ちは分かる。」 一番普通の透があっさりと言う。 「はい。どうぞ。」 葵が用意したのは、雑炊だった。溜まっていた冷やご飯を手っ取り早く処分する方法である。 「うまそぉ。」 「いただっきまーす。」 五人は揃ってそう言うと、葵が装ったご飯を一気に掻き込んだ。その勢いに葵は圧倒されてしまう。 「あの・・そんな急いで食べなくても、ちゃんとおかわりあるから。」 そう言っても勢いは止まらなかった。 「葵ちゃん。そんなのほっといてこっち来なよ。」 「でも・・。」 「大丈夫。勝手に食べてるから。」 透がそう言ったので、葵はリビングに移動した。 「あー。うまかった。」 「ごっそさん。」 見事に雑炊をたいらげた五人は満足そうだった。 「あ、せや。葵ちゃん。昼から暇?」 龍二にイキナリ予定を聞かれる。 「はい。今日はバイトないんで。」 「んじゃ、一緒に来るか?」 「え?」 「何で?」 葵より香織が反応する。 「優人が連れて来いって今朝連絡あってな。」 「優人?」 「俺らのカメラマン。んでもって葵ちゃんの従兄妹。」 「あ!優人って、優人兄?帰ってたんだ。」 美佳が反応する。 「そ。こないだ久しぶりに会って・・。でもなんであたしを?」 「さぁ?来てのお楽しみとか言うてたで。」 「優人のことや、モデルでもさせる気ちゃうか?」 透が予言する。 「ありえる。」 葵は呟いた。 「ま、だとしても楽しそうやん?行こうで。」 「で?今日は何の撮影?」 香織が口を挟む。 「何やったっけ?」 「リーダー。しっかりせーよ。」 武士が唸る。 「今日は今度出す写真集の撮影やろ?」 透も溜息混じりに答える。 「そーやったっけ?」 「そーや。」 「やって。」 「写真集なんて出すの?」 「おう。デビュー三周年やからな。」 「中途半端。」 「それ、関係ないから。」 香織と透が同時にツッコむ。 「昨日と逆でしょ?」 慎吾は苦笑しながら、葵に言った。葵も頷く。 「でもその撮影にあたしは必要ないんじゃ・・。」 「優人の考えることはよく分からん。とにかく一緒に来てな。」 「はぁ。」 と言うわけで、葵は五人と共に撮影のスタジオに来ていた。 「いらっしゃい。葵。」 来て早々、葵は優人に熱烈歓迎を受ける。 「お前、会う度に抱きつく気か?」 龍二が冷めた目でツッコむ。 「これが俺の愛情表現。」 「あっそ。」 「優兄。あたし、何したらいいの?」 「もっちろん、モデルさんだよ。」 「ビンゴ。」 武士が叫ぶ。その瞬間、他の五人は笑った。 「何が?」 一人状況を飲み込めない優人が聞き返す。 「透の予感、的中したなぁって。」 「は?」 「いや。えーから、えーから。葵ちゃんはどないしたらえんや?」 龍二が優人の肩を叩いた。 「うん。とりあえずあっちに衣装用意してあるから、着てきて欲しいんだけど。あ、その前にちょっとこっち来て。」 そう言って優人は六人をスタジオの中に案内した。 「あれ?どこ行った?美咲ぃ?」 「美咲?」 六人は眉を顰めた。 「あ、いたいた。美咲、こっち。」 優人は誰かを見つけ、手招きした。 「優人。これでいいの?」 「うん。カワイイカワイイ。」 美咲と呼ばれた背の高い女性が現れた。 「おい。優人。誰や?」 「あ、そうそう。この子、俺のフィアンセ。川嶋美咲。」 「はじめまして。」 美咲は深々とお辞儀をした。 「川嶋・・。」 「美咲・・・?」 龍二と透が呟いた。それに美咲も気づき、顔を上げる。 「美咲?あ、やっぱり。」 「俺や。俺。覚えてるか?」 透と龍二はどうやら美咲を知っているらしい。 「あれ?知り合い?」 「え?」 優人に聞かれたが、美咲は二人がよく分からなかった。 「俺やん。龍二。こっちが透。」 「えー!龍ちゃんと透くん?」 「せやせや。懐かしいな。」 「背、相変わらずでかいな。」 「透クン。一言多い。」 美咲はむすっとした。 「何?知ってんの?龍二たち。」 武士が問う。 「知ってるよ。こいつ、小学校一緒やってんもん。中学ん時、転校してもーたけど。」 「そうやったん?」 「何だ。世間は狭いな。」 優人が笑う。他の皆も笑ったが、葵と亮は笑わなかった。 『フィアンセ?いつの間に?』 葵は妙な嫉妬を覚えた。それに亮も気づいた。 「こいつな、今モデルしてて、今回の撮影にも参加してもらうんだ。」 「参加って・・。」 優人の言葉に四人は亮を見た。 「大丈夫。亮がらみはないから。そのために葵、連れて来てもらったんじゃん。」 「楽しそうだな。お前。」 「楽しいもん。」 優人の言葉に一同溜息を吐いた。 「ってか、美咲と龍二たちが友達だったとはな。撮影も捗るか。」 「おい。こら。」 龍二は優人の首根っこをつかんだ。 「お前、何か企んでるやろ?」 「た、企んでないよ。」 「じゃあ、何で目が泳いでんだ?あ?」 「龍二、ヤーサンだよ、それじゃ。」 透がツッコむ。その横で美咲が笑っている。 「変わってないね。二人とも。」 美咲に笑われ、二人はお互いの顔を見合わせ苦笑した。 「んで?今回のコンセプトは何?優人センセ。」 武士が話を戻す。『今回の』と言ったのは、写真集の中でもいろんなテーマごとの写真をちりばめる、というものだからだ。数ヶ月前から写真集の撮影は行なわれている。 「今回はズバリ癒し系!」 優人は人差し指を突き出した。 「癒し系?」 五人は首を傾げた。 「そう。といっても五人がそれぞれ違うイメージで撮ろうと思ってる。」 「ねぇ。慎吾クン。写真集ってBLACK DRAGONのだよね?」 葵は確認の意味を込めて近くにいた慎吾に聞いた。『敬語は止めて』と言われたので、なるべく普通に話すよう心掛ける。 「うん。」 「何か優兄の写真集みたくない?」 「そうかも。ほとんど優サンの好きなようにやってっからね。」 「それじゃ、やっぱ優兄の写真集みたいだね。」 「あはは。でも俺たちは結構優サンの気まぐれ好きやし、やってて楽しいし。出来上がったもんも自分が思ってたのとは全然ちゃうかったりするからね。俺は別に優サンの写真集ってカタチんなってもええねんけどね。」 「そうなんだ。」 「葵。美咲、紹介する。日向葵。俺の従兄弟。」 「初めまして。」 「初めまして。」 お互い一礼する。 「早速着替えてきて。みんなも。」 「案内するよ。こっち。」 「あ、はい。」 葵は美咲に付いて奥の着替え室の方に向かった。 しばらくして葵と美咲が戻ってくる。二人とも同じデザインの白いワンピースを着ている。 「おんなし服やのに、着る人ちごたら、イメージちゃうねんな。」 龍二がしみじみと言う。 「それ、褒めてんの?けなしてんの?」 美咲は龍二の言葉に引っかかったようだ。 「褒めてるに決まってるやん。」 「どうだか。」 「まぁまぁ。二人とも似合ってるよ。葵、こっち来て。」 優人がなだめる。 「圭ちゃん。こっちが俺の従兄弟の日向葵。葵、こっちがヘアメイク担当の戸田圭介。」 「初めまして。」 戸田は右手を差し出した。 「初めまして。」 葵も右手を差し出し、握手をした。 「圭ちゃん、ずるい。葵ちゃんと手ぇつないだりして。」 「握手だろ。」 武士のボケに戸田はツッコんだ。 「圭ちゃん、圭ちゃん。」 今度は慎吾が入ってくる。 「ん?何?」 「葵ちゃんはね、ナントeyesのお姉さんなんだよ!」 「知ってる。」 あっさりと返され、慎吾は口をとんがらせた。 「えー?何で知ってんのぉ?」 「俺、eyesのヘアメイクもやってんもん。いっつも姉ちゃんの話ばっかしてて、写真も何回か見せてもらったから、顔知ってる。」 「あ、そうだったんですか。いつも愚弟どもがお世話になってます。」 「いえいえ。」 葵は慌てて一礼すると、戸田が笑った。 「で?快人たち、何て言ってたん?葵ちゃんのこと。」 武士が興味深げに訊く。 「えーっとな。ちっちゃくて、かわいいけどしっかりしてて。でもどっか抜けてて。優しくて、他人のことには敏感なくせに、自分のことには鈍感で。器用なようで不器用で。守ってあげたくなるタイプなんだけど、いつの間にかこっちが守られてたり。お姉ちゃん、っていうより、お母さんってカンジがする、って言ってた。」 「恥ずかしい・・。」 葵は顔を赤らめた。 「だから、会うの楽しみにしてたんだ。」 戸田はそう言って葵に笑い掛けた。葵も照れ笑いをした。 「んじゃ、圭ちゃん。葵、よろしくな。他の五人はこっちで着替えて。」 優人が言うと、五人はぞろぞろと優人に付いていった。 「んじゃま、ここ座って。」 「はい。」 葵は戸田の言うがまに椅子に座った。 「いやー。久しぶりに女の子の肌に触るから、緊張すんなぁ。」 「それ、どういう意味?」 声がして見ると、美咲がこっちを見ていた。 「さっき、あたしのメイクしたときは、そんなこと言わなかったじゃない。」 「キミは女の子、じゃなくて『女性』でしょ。」 「上手いこと言うわね。悪かったわね。女子高生じゃなくて。」 「んなこと言ってないじゃん。」 「あの・・あたしも女子高生じゃないですよ。」 「え?」 「今日、卒業式でしたから。」 「そうなんだ。おめでとう。」 「あ、ありがとうございます。」 「でもまだ十八とかでしょ?若いなぁ。」 美咲は溜息を吐いた。 「美咲サンは龍二サンたちと同い年ですか?」 「一応ね。」 「一応って。」 戸田が呆れ果てる。 「じゃあ、あんまり変わんないじゃないですか。」 「嬉しいこと言ってくれるわね。」 「葵ちゃん。あんま言うと調子乗っちゃうよ。」 「圭介ちゃん?何か言って?」 「いえ。何でもないです。」 葵はその怒り方が、誰かに似ていることに気づき、吹き出した。 「何かおもしろいことあった?」 戸田に訊かれ、葵は笑いをこらえた。 「いえ、香織さんて人と、同じ怒り方するなぁと思って。」 「香織?香織って仁科香織?」 「ええ。そうですけど。」 美咲が詰め寄ってきたので、葵は驚いた。 「何?美咲、知ってんの?」 「知ってるも何も、幼なじみよ。」 「へぇ。」 「でもなんで、葵ちゃんが知ってるの?」 「今事情があって、うちに住んでるんです。」 「「ええー!」」 葵の言葉に美咲だけでなく、戸田も驚いた。 「香織って龍二が探してた彼女だよね。」 「ええ。」 「探してた?」 美咲は事情を知らないらしい。そこで葵が簡単に経緯を説明した。 「なるほどね。で、やっとくっついたんだ。あの二人。」 「ええ。」 「ほー。龍二も大変な恋愛してたんだ。」 戸田は葵のメイクをしながら、聞いていた。 「あたしが転校する前、もうつきあってんのかと思ってたのに。」 「いつ転校したんだ?」 「えーと、中学校に上がる前。」 「それから連絡とかは?」 「全然。あたしの親、死んじゃってから親戚たらい回しだったから、それどころじゃなくて・・。」 そう言った美咲は苦笑した。葵も戸田もそれ以上深く聞けなかった。 「何よ。しんみりしないでよ。今はちゃんと自立してるんだから。」 美咲はむっとしたように言った。 「そっかぁ。香織、葵ちゃん家にいるんだぁ。」 「あの・・いつでもうち、来てください。香織さん、たいていは家にいるんで。」 「そっか。子育てせんといかんもんな。」 「子育て?子供いんの?」 戸田の言葉に美咲が飛びつく。 「あれ?知らんかった?なぁ、葵ちゃん。そうだろ?龍二が面倒見てた子供って、香織って人の子供なんだろ?」 「ええ。まぁ。」 戸田にはちゃんと事情を説明していたらしい。 「うそっ。香織ってばいつの間に母親んなってんのぉ?これは一回会って話さなくちゃね。葵ちゃん、今日の撮影終わったら、行ってもいい?」 「ええ。良いですよ。多分、龍二サンたちも来られると思いますし。」 「じゃ、よろしくね。」 美咲は葵の手を握って、確認した。 「はい。」 「できたかーい?」 陽気な声がこだまする。 「優人!今日、葵ちゃん家に行くことになったから。」 「え?」 美咲の突然の言葉に優人は驚いた。 「いつの間に仲良しに?」 「龍ちゃん、香織、葵ちゃん家に住んでんだって?しかも子持ちなんだって?」 「なんだ。聞いたのか?」 「聞いたよ。しっかり。というわけで、今日は葵ちゃん家に行くことになったから。」 「はえーな。おい。」 美咲は行動力のある人なのだと、一同確信した。 「そーと決まったら、さっさと撮影しちゃうわよ。ほら、優人。早く。」 美咲は優人を急かした。 「あ、うん。圭ちゃん、葵のメイクは?」 「終わったよ。」 「んじゃ、葵も来て。」 優人に続いてぞろぞろとスタジオの方へ移動する。スタジオにはごく少数のスタッフしかいない。男性しかいないせいか、葵と美咲が現れると、視線が二人に釘付けになる。 「なんか、恥ずかしい。」 「そお?あたしは嬉しいけど。」 恥ずかしがる葵とは対照的に美咲は意気揚揚としていた。 「美咲は昔っから目立ちたがりやったもんな。」 透が笑う。 「何よ。悪い?」 「んなこと一言も言うてないやん。」 透の言葉を美咲は不審な顔で見た。それを気にせず、優人は話し始めた。 「えーっと。今日のテーマはさっきも言ったけど『癒し』。そこで重要になってくるのは、美咲と葵だ。二人は五人それぞれの生活の中で現れる女神みたいなイメージね。」 「「女神?」」 美咲と葵が顔を見合わせた。イマイチよく分からない。 「まぁ。大体はこんな感じ。」 優人はラフスケッチを見せた。しかしラフすぎて余計分からない。 「優人。ワケ分かんない。これ。」 美咲は眉間にシワを寄せて言った。 「確かに。」 葵も頷く。龍二と武士が覗き込む。 「いつもながら素晴らしい絵やな。」 「それより早よ撮った方がえんちゃう。説明聞いてたら、余計ワケ分からんようなるわ。」 武士の言葉にメンバーはうんうんと頷く。どうやらいつものことらしい。 「んじゃま、美咲と龍二入って。」 優人がカメラをいじりながら、指示を出す。葵は他の四人と共にその様子を後ろのほうで見ていた。 「葵ちゃん。はい。ジュース。」 「ありがと。」 慎吾にジュースを手渡される。葵は撮影の様子に見入っていた。感覚が鋭いのか、龍二と美咲は優人が思い描いていた通りの動きをする。優人は無心でシャッターを切っている。いつも見せる表情とは全然違う。葵の見たことのない表情。 『知らない人みたい。』 葵はどことなく寂しくなった。 「なぁ。葵はあいつのこと、好きなのか?」 「へ?」 不意に亮に質問され、焦った。 「あいつって?優兄のこと?」 葵が聞くと、亮はこくんと頷いた。 「まさか。何で?」 「婚約者って紹介されたとき、ショック受けたような顔してた。」 亮に見透かされているような気がして、葵は驚いた。 「そ・・かな?確かにショックだったよ。イキナリ従兄妹に婚約者紹介されたらね。」 「それだけ?」 亮に突っ込まれ、葵は少し考えた。 「どうなんだろ?自分でもよく分からないの。優兄のことは好きだけど、それは単に家族の中の『好き』なのか、恋愛の『好き』なのか・・。でも・・たとえ恋愛の『好き』だとしても、それはただの『憧れ』だったと思う。だから聞いたときは確かにショックだったけど、今は落ち着いたから、そうでもないかな?」 「そお。」 「でもよく分かったね?あたし、そんなショック受けた顔してた?」 葵の質問に亮は頷いた。 「亮クンってば、よく見てるね。」 葵はそう言って笑った。葵は特に深い意味なく、そう言ったが、今度は亮がドキッとした。 「よし!OK!じゃ、次。葵と亮、行くか?」 優人に声をかけられ、二人はセットの中に入った。 「意外と早く終わったね。」 葵の顔をいじりながら、戸田が言った。 「そうですね。」 「葵ちゃん、何かやってた?写真、撮りなれてる気がしたんだけど・・。」 「小さい時から優兄のモデルやらされてたから・・。」 「なるほどね。」 戸田は笑った。 「それだけ?」 美咲が突っ込んで聞く。 「え?」 「葵ちゃん、カワイイから学校内のアイドルだったんじゃないの?」 「そ、そんなことないですよ!」 美咲のイジワルな言い方に、慌てて否定する。 「美咲もイジワルだな。」 戸田が呆れる。 「別にイジワルで言ってんじゃないもん。」 美咲は悪びれた様子はなく、そう言った。 「おーい。帰る準備できたかぁ。」 メイク室の外で龍二の声がする。 「入って来い。」 戸田が返事する。すると、龍二が部屋の戸を開けた。 「あれ?葵ちゃん、来た時と違う。」 慎吾が気づく。 「カワイイだろ?」 戸田が自信作と言うように笑う。凝った髪型に、ナチュラルなメイク。 「思い切り圭介ちゃんのオモチャだな。」 優人が呆れる。 「さーてと、葵ちゃん家に行きますか。」 美咲が立ち上がる。美咲に続いて一行は葵の家に向かった。 出迎えた香織は固まっていた。 「香織ぃ。久しぶりぃ。」 「え?」 「あたしだよ。あたし!美咲だよ。」 「えぇ!美咲?うそ。何でここにいるの?」 美咲は香織にこれまでの経緯を話した。 「そっか。にしても世間って狭いねぇ。」 「ホント。びっくりしたよ。スタジオ行ったら龍ちゃんと透くんがいるんだもん。」 「龍ちゃんだって。カワイイ。」 武士がプププと笑っていると、龍二がギラっと睨んだ。武士はすぐに縮こまった。 「仕方ないじゃん。小学校の時のあだ名なんだから。」 美咲がフォローする。 「でも透は透ちゃんじゃなくて、透くんだったやん?」 「だって香織が龍ちゃんと透くんって呼んでたから、それが移っちゃったの。」 慎吾の問いに答える。 「そうだっけ?」 「そうだよ。」 惚ける香織に美咲が強調する。 「いつの間に呼び捨てんなったんだろ?」 本気で悩む香織。 「中学くらいちゃうか?俺が龍ちゃんって呼ぶのやめろって言ってからちゃう?」 「そうだったかなぁ?」 「かおちゃん、記憶喪失?」 慎吾が真顔で聞く。 「んなわけねーべ。」 「そうかも。」 武士のフォローの甲斐なく、本人が認めてしまった。 「ご飯できましたよ。」 葵がキッチンから声をかける。 「ごめん。手伝いもしないで。」 美咲が葵に声をかける。 「いいえ。野菜切ってお鍋で煮込んだだけですから。」 今日もお鍋だ。寒いのでみんなはそれで満足だった。ダイニングだけでは狭いので、リビングとダイニングに別れる。ダイニングには葵、双子、亮、優人、の五人が、リビングには香織、美咲、龍二、透、武士、慎吾の六人が座った。龍哉はリビングの方でぐっすり眠っている。 「みしゃきぃー。」 離れてしまった彼女の名を呟く。 「優兄、情けない声出すなよ。」 「だってぇ。」 快人の冷たい一言に優人が泣きそうな声を出す。 「いーじゃん。今日ぐらい。久しぶりの再会なんでしょ?」 直人がなだめる。 「うー。」 「ベタ惚れだね。優兄。」 葵が苦笑する。亮は葵の顔を見た。それに気付いた葵は照れたように笑った。 『苦笑いや・・・。』 「にしても優兄に婚約者がいるとはねぇ。」 快人が鍋を突付きながら感心した。 「だよな。写真しか興味ないのかと思ってた。」 直人も鍋を突付く。 「そんなことないよ。」 「でも浮いた話、全然なかったじゃん。」 「うっ。」 快人に言われ、言葉に詰まる。 「で?いつ知り合ったんだよ。」 「十七の時。」 「え?」 思わぬ返答に葵と双子が聞き返す。 「そんなに驚かなくても。」 「だって・・優兄が十七って、六年も前?」 「知り合ったのはね。」 直人の言葉に付け足しておく。 「初めは全然知らないコだったんだ。街で偶然見かけて・・それまで人物の写真って家族とか以外、あんま撮ったことなかったんだけど。美咲を見て、すっごくかっこよくて・・。」 「ってことは、元はナンパ?」 「言い方ひどいな。」 快人の言葉に優人は苦笑した。 「でもま、そんなもんだろな。初めは嫌がられたよ。でもどうしても彼女を撮りたいって思って。猛烈にアタックしたんだ。」 「撮れたの?写真。」 「もちろん。最後は俺に根負けしてな。」 「それってもしかして卒業前に入選したっていう・・。」 「ピンポン♪よく知ってんね。葵は。」 「でもあれ、結局俺たち見てないよな。」 「うん。最後まで見せてくれなかった。」 双子が頷きあう。 「そうだっけ?」 優人が惚ける。 「そうだよ。恥ずかしいからって見せてくれなかったじゃん。」 快人はまだ根に持ってるらしい。 「分かった。今度見せてやるよ。」 優人は苦笑いを浮かべた。 そんなこんなで夕食も終わり、談笑に入る。美咲と香織は相変わらず昔話に花を咲かせている。優人も龍二や透たちと酒を酌み交わす。ちなみに快人と直人は明日も学校のため、さっさと自室に行ってしまった。 「世間って狭いよなぁ。」 「ホンマ。」 「まさか龍二たちと美咲が幼馴染とはな・・。」 「でもどうやって優人と知り合ったんや?まさか高校の同級生とかちゃうやろ?」 「違うよ。あたし高校行ってないもん。」 「そうなんや。」 「うん。親戚たらい回しだったからね。一刻も早く自立したくて。」 「苦労してんのね。」 「苦労なら葵も負けてないよな?」 突然優人に振られ、葵は驚く。 「あたしは別に・・。」 葵はそう言ったが、優人が何かを察したのか、葵を引き寄せ抱きしめた。 「優兄?」 「ごめんな。傍にいてやれなくて。」 優人の言葉に葵は胸が締め付けられた気がした。 「な、何言ってんのよ。優兄は夢のために仕方なかったじゃない。それに・・恋人じゃあるまいし・・。」 葵は優人の腕を振り払う。 「そりゃそうだけどさ。」 葵に冷たくされ優人はしょんぼりした。 「もう済んだことだし。それに快人や直人がちゃんと傍にいてくれるから大丈夫だよ。」 葵は微笑んだ。優人はそれで立ち直ったが、亮には妙に痛々しく見えた。 「よし湿っぽい話はおしまい!とりあえず飲むぞぉー。」 美咲はビールを掲げた。 「おつまみ、作ってきますね。」 葵はそう言ってキッチンに向かった。亮もキッチンへ向かう。 「何か飲みモンない?」 「あ、冷蔵庫にジュースが入ってるよ。」 「ん。」 亮は勝手に冷蔵庫を開け、ジュースを取り出す。もう何回も家に来ているので、亮にとって自分の家よりも居心地が良かった。 「亮クン、何か食べる?」 「うん。」 「何がいい?」 「つまみ系。」 「じゃあ、みんなの分と一緒に作っとくね。」 「ん。」 亮は返事をすると、リビングの方には戻らず、ダイニングの椅子に座った。 「あれ?向こう行かないの?」 つまみを作り終わった葵は亮に気付いた。 「だって・・。」 亮はそう言って、香織と美咲を見た。どうやらまだダメらしい。 「そっか。あ、じゃあ、これ分けとくね。」 そう言って作ったつまみをリビング側と亮の分に分けた。亮の分を目の前に置き、リビングで飲んでいる大人たちにおつまみを差し入れた。亮は葵がそのままそこに座るのかと思ったが、葵は戻って来た。 「何か向こう人口密度高くて、暑いね。」 そう言いながら葵は、冷蔵庫から自分用のジュースを取り出し、亮の目の前に座った。思わぬ展開に亮は驚いた。まさか戻ってくるとは思わなかったからだ。何を言っていいか分からず、沈黙が流れる。 「あ、そうそう。写真集、何か楽しみだね。」 話題を見つけた葵が話し出す。 「自分が出るから?」 「んー。それはいいんだ。別に・・。」 恥ずかしいのか、葵は目を逸らした。 「そうじゃなくてさ。テーマごとに写真、撮るんでしょ?そのコンセプト自体が楽しそうじゃない?」 「そうか?」 「亮クンは楽しくなかったの?」 「仕事やから。」 「えー?でも撮られるの、嫌いじゃないでしょ?」 「それは自分やろ?」 「うっ。ま、嫌いじゃないけど・・。」 二人の会話は弾んだ。 「ね、龍二。見て見て。葵ちゃんと亮、いい感じじゃない?」 「ホンマやな。」 「亮が楽しそうや。珍しいもん、見たわ。」 武士が眉をひそめた。いつも仏頂面だが、ほのかに笑っている・・気がする。 「意外と葵ちゃんが亮の心、開いちゃうかもね。」 「やな。亮、葵ちゃんだけは大丈夫やからな。」 「何?何の話?」 美咲が二人の間に入る。 「何でもないわよ。ほら、今日は飲むんでしょ?」 香織は美咲のビール缶を指差した。 「おうよ!再会記念にね。」 「美咲サン?明日も仕事なんだから、ほどほどにね。」 優人が止めるが、美咲の暴走は止まらなかった。 翌朝、葵が目覚め、リビングに入ると、酒に倒れた大人たちがいた。 「あらら。」 二日酔いになっているだろうと、簡単に予測がつく。リビングを一通り見渡すと亮が隅っこで小さくなって寝ている。 『何かカワイイ。』 葵は亮が小さくなっているのを見て、微笑んだ。この部屋自体、暖房を入れてあるので、風邪をひく確率は少ないが、亮があまりに隅っこで寝ているので、葵は毛布を持ってきてそっとかけた。 「ん・・。」 『あ、起こしちゃったかな?』 しかし、亮は起きなかった。葵は起こさないようにそっと立ち、キッチンに向かった。 しばらくすると、まだ学校が残っている双子が起きてくる。 「いーよな。高校は。卒業式早くて。」 快人があくびをしながら文句を言う。 「とか言いつつ、ホントはまだ卒業したくないくせに。」 直人がイジワルく言う。 「何言ってんだよ!お前。」 「ハイハイ。ケンカは後にして。早くご飯食べなさい。」 葵は母親口調で二人に言う。双子は大人しく、朝食を食べ始めた。 「にしてもすごいな。あの後、宴会しまくったんだな。」 快人はふとリビングの方を見て言った。いろんなところにビールの缶が転がっている。 「大丈夫なんかな。みんな今日、仕事あるんだろ?」 「多分ね。」 「でも亮クンは飲んでないんだろ?」 「多分ね。」 直人の質問も快人の質問も適当にあしらった。 「葵サン。冷たいなぁ。」 「そんな事ないわよ。ほら、早くしないと遅刻しちゃうよ?」 「げっ。もうこんな時間。行くぞ、直。」 「え?あ、うん。」 「慌ててたら事故に遭うわよ。」 「大丈夫だって。」 「あ、こら!快人、弁当忘れてる!」 「あ、わりぃ。」 快人は戻ってきて、葵から弁当を受け取る。 「いってきまーす。」 「いってらっしゃい。」 葵は玄関まで見送る。 「まるで戦争ねぇ。」 「あ、香織さん。起きてたんですか?」 「今しがたね。葵チャン、その敬語、どうにかならない?」 「え?」 「いいのよ。今はあたしがお世話になってるんだし・・。敬語、あんまり好きじゃないから。」 「はぁ。」 「あーあ。昨日はちょっと飲みすぎたかしらね・・・。」 香織は伸びをした。その割に全然普通だ。 「龍二たち、起こさなくて良いのかしら?」 香織は寝っころがっている龍二をつついた。 「そう言えば何時から仕事とか言ってなかったですね。」 「うん。」 その時、電話が鳴った。葵が出る。 「はい。日向です。」 『あ、松木です。』 「いつもお世話になります。」 『こちらこそっ。』 その口ぶりから電話の向こうでお辞儀をしている姿が思い浮かんで、葵は思わず笑った。 「どうかされました?」 笑いを堪えながら葵が訊ねる。 『ああ。あのですね。そちらにB・Dのメンバーお邪魔してませんか?』 「あ、いますよ。五人とも。」 『ああ・・やっぱり・・。』 松木の声は泣きそうだった。 「どうかなさったんですか?」 『あの・・仕事・・入ってるんですけど・・。あ・・。』 『もしもし?響だけど。』 「あ、お世話になってます。」 松木の電話を取り上げ、B・Dのマネージャー、響が電話口に出た。 『こちらこそ。あのさ、葵チャン。』 「はい?」 『そのバカども、起きてる?』 「いえ。寝てます。」 『葵チャン、蹴ってでもいいから龍二起こして。』 「蹴ってですか?」 葵がちらっと龍二を見ると、香織がそれに気付く。香織は龍二を指差して小声で「起こすの?」と聞いた。葵がこくんと頷くと、香織はおもむろに立ち上がった。 次の瞬間。 ドスッ。 葵は受話器を持ったまま、放心した。香織はなんと龍二を思いっきり足蹴にしていたのだ。普通するだろうか?仮にもこの人が好きでたまらないと言っていたのに・・。 『もしもし?葵チャン?』 「あ、はい。」 『龍二、起きた?』 「あ、はい。今・・。」 香織に思い切り蹴りを入れられ、咳き込みながら起き上がる。 「ってぇ。何すんねん!」 龍二がどなると、香織は無言で葵を指差した。 「あ?」 目つきの悪い龍二に睨まれ、葵は固まった。まるで蛇に睨まれた蛙状態である。 「あ・・あの・・響サンから・・。」 『お電話です。』と言う言葉が出なかった。龍二に受話器を突き出した。事体を把握した龍二はおもむろに時計を見た。 「やっべ!」 龍二は時刻を確認すると、さっさと立ち上がり葵から受話器を受け取った。 「もしもし?」 『何やってんだ!入り時間過ぎてるぞ!』 「わっりー。すぐ行くからよ。」 『あったりまえだ。バカ。』 「ひでぇ。」 『さっさと来い。』 そう言うと電話は切れた。 「はぁ――。」 龍二は大きな溜息と共に受話器を置いた。 「香織。起こすの手伝ってくれ。」 「うん。」 龍二と香織は他の四人を起こし始める。葵は一人キッチンで何やら作っていた。 「起きろ。亮。」 龍二は隅っこで寝ていた亮を引っ張り起こした。 「響から電話あった。」 龍二がそう言うと、四人は時計を見て顔が青くなった。 「げ。ヤバ。」 「そういや、優人と美咲は起こさんでええんか?」 「さあ?」 透に問われ、香織が首を傾げた。 「一応起こしとくか。」 龍二が優人を起こし、香織が美咲を起こす。 「美咲、今日仕事は?」 「今日は午後から・・・。」 寝ぼけ眼で答える。 「優人、お前仕事は?」 「え?あ・・今何時?」 「八時ちょっと過ぎ。」 「げっ。」 優人は思い切り起き上がった。 「うおっ。」 あまりに思い切り起き上がったので、もう少しで龍二に頭突きしそうだった。龍二は間一髪でよけた。 「やっべ。今日、九時入りだった。」 まだ寝ぼけている目をこすりながら言った。 「どこ?」 「Dスタジオ。」 「ちょうどいい。俺らも乗せてって。」 「龍二。無茶言うなよ。俺の車五人乗りだ。」 ちなみに昨日B・Dのメンバーは響に送ってもらったのだった。 「じゃあ、お前走ってけ。」 「アホか。」 「それよりいいの?早く行かないと九時になっちゃうよ?」 香織が他人事のように言う。 「げっ。」 優人はさっさと立ち上がり、洗面所へ向かう。 「どうやって行くの?優人の車に乗れないんでしょ?」 伸びをしながら起きた美咲が問う。 「んー。どーすっべかなぁ。」 昨夜は響に送ってもらったのだった。 「響サンに迎えに来てもらったら?」 香織は騒ぎで起きてしまった龍哉をあやしながら言った。 「そういや迎えにくる気配なかったなぁ。」 龍二はさっきの響の電話の態度を思い出していた。 「いいよ。タクシーでも拾っていくから。」 透が割って入る。 「タクシー、呼びましょうか?」 葵が言うと、龍二が断った。 「いや。いいよ。無理やり乗るから。」 「え?」 「ヤダよ、俺。ぎゅうぎゅう詰めでスタジオ行くの。」 武士が唸る。 「うっせー、文句言うな!」 龍二が武士を一喝する。 「あ、そうだ。車、借りてきます。」 「え?」 葵はみんなが止める術もなく、家を出て行った。 「車・・借りてくるって・・どこで?」 一同不安がっていたが、葵はすぐに戻ってきた。 「外に車、回してもらったんで、それ使ってください。」 葵の言葉に首を傾げながら、一同外に出る。 「あ、美佳ちゃん。」 慎吾が美佳を見つける。 「おはよーございまーす。」 朝からハイテンションな美佳が挨拶する。 「おはよ。何で、美佳ちゃん?」 さっぱり読めない龍二が首を傾げた。 「車。持ってきました。」 「え?美佳ちゃん、免許、持ってたの?」 「まさか。」 慎吾の問いをあっさりと否定する。 「じゃあ誰が・・・。」 「そんなのお手伝いさんに決まってるじゃない。」 あっさりと返され、返す言葉もない。 「さい・・ですか・・。」 「ちなみに誰のお車?」 武士が恐る恐る問う。 「うちの兄のよ。でも大丈夫。ちゃんと許可得てるから。」 「返すの遅くなっても大丈夫?」 今度は龍二が問う。 「大丈夫。うちの兄、車をバカみたいに持ってるから。」 にっこりと笑って返す。 「さいですか・・。」 そう、美佳の家はお金持ちだった。一同はそれを再確認した。 「こんなとこでボーッと突っ立ってたら、余計響サンの雷が落ちるわよ。」 香織の突っ込みでようやく五人は動き出す。 「悪いな。美佳ちゃん。車、借りるよ。」 「どうぞ。でも運転は透サンね。」 にっこりと龍二を否定した。 「龍二サン、運転するとき人が変わるってラジオで言ってたもんね。」 「あっ・・。」 そうだった。美佳はB・Dのファンだった。そういう細かい情報も入っているのだ。美佳に言われたとおり、透が運転席に座る。 「あ、待って。亮クン。」 「ん?」 車に乗り込もうとする一団の最後尾にいた亮を葵が呼び止める。 「これ。みんなで車の中で食べて。」 そう言って葵は亮に紙袋を渡した。思わぬことに驚く。 「優兄も。」 葵は優人にも同じ袋を渡した。 「ほら、さっさと行かないと遅れるよ!」 見送りに出てきていた美咲が動かない優人の背を押した。 「亮。早く乗れ。」 「うん。」 急かされた亮も車に乗り込んだ。 「いってらっしゃーい。」 残された女四人は車二台を見送った。 「亮。何渡されたんだ?」 亮が手に持っているものに気づいた武士が問う。 「車ん中で皆で食べろってさ。」 亮は紙袋を開けた。 「おお。うっまそぉ。」 亮が紙袋の中を広げると、サンドイッチとおにぎりが敷き詰められている弁当箱が出てきた。ついでにお茶も出てくる。 「お。いい匂い。」 助手席に乗っていた龍二が鼻をクンクンさせる。 「はい。」 亮は二つある中の一つの弁当箱を龍二に渡した。 「さんきゅ。」 「おお。うまいっ。」 早速サンドイッチを食べた武士が唸る。 「いいよなぁ。葵チャン。」 「何が?」 武士の言葉の意味が分からず、亮が聞き返す。 「何がってお前。葵ちゃんはぁ、かわいくて、面倒見がよくて、料理がうまくて、気が利いて、非の打ち所がない女の子だってことやん。」 「要するに理想の女の子ってことやろ?」 龍二がおにぎりを片手に説明した。 「そ。」 「じゃあ、武士の好みのタイプは葵ちゃんかぁ。」 「前から言ってるやん。」 慎吾の言葉に武士が突っ込む。 「亮はどうや?」 「え?」 自分に話が振られ、驚く亮。 「昨日、話してたやん。ええ感じで。」 「・・・。」 武士に指摘され、亮は固まった。 「何固まってんねん。なぁ、葵ちゃんのコト、どう思ってんねや?」 隣に座っている武士は亮の肩を組んだ。 「葵は・・・イイヤツ。」 「なんじゃそら。そんなこと分かってんねん。好きか嫌いか聞いてんねやんか。」 「そりゃ好きか嫌いかっていや、好きの部類には入るんちゃうか?」 龍二が助け舟を出す。 「ええやないか。そんなん、聞かんでも。」 「でも・・・。」 「お前はいろいろ詮索しすぎ。ちっとは人の気持ち考えたれや。」 龍二に言われ、武士は黙り込んだ。 「わりい。」 そういうと武士は詮索するのを止めた。亮は自分に問い掛けていた。 『葵のことをどう思ってるんやろ?』 移動中、ずっとそのことが頭の中を回っていた。 「そういや、龍二。」 「ん?」 撮影の合間、透にいきなり話し掛けられる。 「香織と結婚せーへんのか?」 「ぶっ。」 龍二は飲んでいたコーヒーを噴出しそうになる。 「きたないなぁ。」 「お前がイキナリ変なコト言うけんやろ?」 かろうじて飲み込んだが、咳き込んだ。 「だってさ。もう葵ちゃんとこに居候してから1ヶ月以上経ってんねんで?いつまでも他人の葵ちゃんに迷惑かけるワケにはいかんやろ?」 「そりゃ、分かってるけどさぁ。」 「ちゃんとケジメつけろよ。」 「分かってるよ。ただ・・もう少し・・。」 「何だよ。」 「とにかくちゃんと俺なりにケジメつけるからよ。」 「それならいいけど。あんまり香織待たせるなよ。」 透はそう言うと立ち上がって、他のメンバーと話し始めた。 「ったく。分かったような口利くなよ。」 龍二は溜息を吐いた。 その頃日向家では、香織と美咲が朝食を済まし、寛いでるところであった。ちなみに葵はバイトに出かけてしまっていた。 「ねぇ、香織。」 「何?」 「龍ちゃんと結婚してないの?」 「え?」 思わぬ言葉に香織は驚いた。しかし美咲の目があまりにも真剣だったので、香織はすべてを話すことにした。 「してないわよ。」 「何で?子供いるのに・・。まさか芸能人だから?」 「違うわよ。そんな理由じゃない。」 「じゃあ、何で?」 美咲は納得が行かなかった。 「この子は・・龍哉は・・龍二の子供じゃないの。」 「え?」 思いもよらぬ告白に美咲は混乱した。 「え?何?どういうこと?じゃあ、誰の子よ。」 「昔付き合ってた男。」 そして香織は洗いざらい全部話した。 「でも龍二はこの子を自分の子だって言ってくれたの。嬉しかった。」 「で・・でも何で結婚しないの?それってプロポーズみたいなもんじゃない!」 「美咲。あたし、今すごく幸せなの。」 「え?」 「龍二が傍にいてくれて、葵ちゃんには住む場所も提供してくれて。これ以上何かを望んだりしたら、罰が当たるわ。」 「香織・・・。」 「いつまでも葵ちゃんのお世話にはなれないことは分かってる。もう少ししたら、龍哉を保育園にでも預けて働きに出ようと思ってる。」 「それって・・。」 「龍哉はあたしが育てる。」 「香織・・。」 香織の言葉に美咲は何も言えなかった。 「おー。美咲。何や。お前もここで仕事か?」 美咲はスタジオで偶然龍二と居合わせた。 「龍ちゃん、ちょっとこっち来て。」 「お?」 美咲は龍二の首根っこをつかんで歩き出した。 「な、何やねんな。美咲。」 二人は誰もいない会議室へ入った。 「どういうつもり?」 「は?」 イキナリ怒られたので、龍二はなぜ怒られたのかが分からず首を傾げた。 「何怒ってんねんな。」 「龍ちゃんはどうしたいの?」 「だから何がやねん。」 「香織のことよ。」 あたりまえだ、という口調で美咲は言い放った。 「そりゃ・・ちゃんと考えてるよ。」 口ごもりながら答える。 「考えてるだけじゃダメ!ちゃんと言葉にしたり、行動で示さなきゃ、分かんないでしょ?」 「分かってるよ。そんなん。・・でもどしたんや?イキナリ。」 「さっき香織に全部聞いた。」 「全部って?」 「龍哉クンのことも香織の過去も。」 「ああ。」 龍二は頭を掻いた。ばれてしまったのか・・。 「香織は自分で龍哉クンのこと育てるって言ってる。働きに出て、葵ちゃんの家から出るって。」 「え?そんなこと言うたんか?あいつ。」 「そうだよ。何でだか分かる?龍ちゃんが何にも行動しないからだよ?あたしが言うの、お節介だって分かってるけど、でもどうしてもこれだけは言いたかったの。」 「え?」 「はっきりしろ!男だろ?」 美咲はバンっと机をたたいた。男顔負けの迫力に龍二は押された。 「はぁ。もう少ししてからって思ってたんだけどな・・。」 「え?」 美咲には龍二の溜息混じりの言葉の意味が分からなかった。 「美咲、今日仕事何時に終わる?」 「そんなの分かんないわよ。」 撮影は長引く可能性だってあるのだ。 「ちょっと頼みたいことがあるんやけど。」 「?」 |