novela 【つばさ】エントリー作品−   

モドル | ススム | モクジ

  act.5 進行と逆行 5-3  

 翌日の昼休み。健太は翼を呼び止めた。
「何?」
 笑顔でそう聞かれると、どう切り出していいのか悩む。
「話がある」
 そう短く告げ、誘導して、二人は今は誰も使っていない教室に入った。
「何? 話って」
 翼は屈託のない笑顔で尋ねてくる。
「お前は……優……木元さんのこと、どう思ってるんだ?」
 そう聞いて、健太は『しまった』と思った。あまりにも唐突に核心に触れてしまった。
 翼を見ると、やはりきょとんとしている。
(しまった……直球過ぎた)
「好きだよ」
 後悔してるとあっさり答えが返ってきた。一拍遅れて、その返事に気づく。
「え?」
「もちろん、友達としてね」
 翼はそう付け加えた。
「だけど、この先どうなるか分かんないよ。俺はまだ転校してきたばかりで、木元さんのことよく知らないし。だからもしかしたらもっと好きになるかもね」
 翼は屈託のない笑顔でそう言った。その無邪気さに殺意が湧く。
「でも何でそんなこと聞くんだ? あ、もしかして、高村って木元さんのこと……」
 そう言われた瞬間、健太はどうしようもない恥ずかしさに見舞われた。
 そりゃあれだけ直接聞けば、誰だって気づくに決まってる。自分が悪いのだが、それどころじゃない。
「ああ、そうだよ! 俺は優子のことが好きだよ! 悪いかよ!」
 半ばムキになってそう言い返すと、翼はプッと笑った。
「何だよ。笑ってんじゃねぇよ」
「ごめんごめん。あまりにも素直すぎて……」
 翼はそう言いながらも笑っている。なんだかやっぱり恥ずかしくなって、顔が真っ赤になったことに自分でも気づいた。
「でもさ、そのことどうして本人に言わないの?」
 一頻り笑った後、翼がそう突っ込んでくる。そりゃ言いたい。言ってすっきりしたい。
「言えるわけねぇよ。まだあいつには……」
「まだ? 何かあるのか?」
 言葉の端を捕らえられ、健太は口をつぐんだ。
「おーい。高村ぁ?」
 黙り込んだ健太の目の前に、翼の顔が現れる。
「お前には関係ねぇよ」
「何だよそれー。呼び出しといてそれはないだろ」
 翼の言い分はもっともなのだが、これ以上情報をこいつに漏らしてたまるかという気持ちの方が遙かに勝っている。
「まぁ話したくないなら、それでいいんだけどさ。……これだけは言っておくよ」
 そう言いながら、翼は健太に向き直った。
「俺はお前の味方でもあるから」
「は?」
 突然の脈略のない台詞に健太は思わず顔をしかめた。
 だけどその真っ直ぐな瞳に、瞬間身動きが取れなくなる。
「俺は高村とも友達になりたいんだよ」
 そう言って翼は笑う。
「お前は既に大勢の友達がいるだろ」
 ついこの前転校してきたとは思えないほど、翼の周りにはいつもたくさんの人がいる。
「うん。だけど、俺は高村とも友達になりたいんだ」
 その真っ直ぐな言葉に、健太はどう返せばいいのか、分からなくなる。
「ダメかな?」
 まるで子犬のような目で見られては、突き放すことなんてできない。
「……友達は言葉で作るもんじゃねぇよ」
 そう言うと、翼は笑った。
「あぁ、そうだな」

 二人が空き教室を出て、渡り廊下に出た時だった。目の前を何かが通過した。
「え? 優子?」
 その瞬間、翼が彼女を追いかけ始めた。健太が驚いて出遅れていると、後ろから谷沢由美と中田真由子が優子を追いかけてきた。
「あ、委員長! 木元さんはどっちに?」
 由美に話しかけられ、ようやく二人に気づく。
「あっち……ってか今翼が追いかけてったけど……」
「そう……」
「何があったんだ?」
 そう聞くと、二人はお互いの顔を見合わせて黙り込んだ。
「何だよ。黙ってたら分からないだろ? 言いたくないことか?」
 健太の問いに、由美が顔を上げる。
「委員長。後でもいい? 今は木元さんを追いかけないと……」
「あぁ、そうだな」
 上手くはぐらかされたと思ったが、とりあえず優子を追いかけて行くことにした。

「待って!」
 後ろで誰かに呼ばれた気がした。それでも優子は気づかないふりをして走り続ける。
 行く宛なんて、全くない。だけど、なぜか足は止まらない。
 どうしようもなく、怖くて堪らない。
 嫌な過去が、蓋をしたはずのあの黒い過去が、染み出てくる。
 このまま、誰も知らない、誰もいない遠いところへ行けたらどんなにいいだろう。
 視界がぼやける。
 そう、大好きだった母の元へ行けるなら、どれだけ幸せだろう。
 もうすぐ校門だ。ここを飛び出せばきっと……。
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