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ACT.1  出会い
あれから3年後の2月。高3になった葵は自由登校になり、家で寛いでいた。
「はぁ〜。」
葵はテレビを見ながら、深い溜息を着いた。
「何大きな溜息吐いてんの?幸せが逃げちゃうよ。」
隣にいた葵の幼馴染、美佳がこたつでミカンを頬張りながら言った。
「だってぇ。」
葵はこたつに突っ伏した。
「そりゃ弟たちがこんなんなっちゃったら、そうなる気持ちは分かるけどね。」
美佳はテレビを指差した。あの双子の弟たちは、3年経った今では何と人気アイドル歌手になっていた。
ブラウン管の中で歌い、踊り、笑顔を振り撒いている。
「でもスゴイ人気だーね。この2人。」
「うーん。」
美佳の言葉に唸る葵。
「もー。日に日に元気なくなるねぇ。」
美佳が突っ伏している葵の頭を撫でる。
「・・・。」
「あんまし帰って来てないんでしょ?双子ちゃん。」
美佳の問いに頷く。
「仕方ないさね。あんだけ人気ありゃ。学校行って即仕事ってカンジなんでしょ?でもそのおかげで、葵のバイトの量が減ったんじゃない。」
そうなのだ。葵は弟たちを育てるため、高校が終わるとバイトに明け暮れた。ある時はファーストフード店、またある時は花屋、ファミレス、家庭教師、ベビーシッターなどのバイトをしていた。
「まーね。今は花屋だけだけど。」
今は弟たちのおかげで生活には困らない程度にはお金は入ってくる。
「さーてと。そろそろ晩御飯、作らなきゃね。」
葵はノビをして立ち上がった。
「美佳も食べてくでしょ?」
「うん。」
返事すると同時に美佳の携帯電話が軽快に鳴る。
「何?電話?」
葵はエプロンを掛けながら台所に立つ。
「ううん。メール。」
美佳は親指で携帯を操りながら答える。
「あー。やっぱいいや。葵。今日は夕飯作んなくていいよ。」
「え?何で?」
冷蔵庫を覗いて、夕飯を決めていた葵が振り返る。
「合コン行こう!合コン!」
「え?合コン?」
「そ、合コン。」
美佳がニヤリと笑った。

「ちょっと。なんであたしまで?」
美佳にメイクアップされ、服まで着替えさせられた葵が抗議する。
「いいじゃん。たまには。18なのに、彼氏の1人もいないのって、あんたぐらいだよ?」
「いいよ。彼氏なんて。」
美佳に引きづられながら、葵がふくれる。
「何言ってんの?あの弟クンたちも手ぇ離れたことだし。」
「まだ離れてないよ。」
「自分で稼いでるんだから離れてんじゃん。」
「・・・。」
美佳の強引さには呆れて物が言えない。
「着いた!」
美佳に引っ張って来られた先はカラオケボックスだった。
「ここですんの?」
「そう。さ、行こう。もうみんな来てるはず。」
そう言いながら美佳は葵を引きづりながら、はりきって店に入っていった。

2人が部屋に入るともう盛り上がっていた。
「遅いよぉ。美佳。」
美佳のクラスメートが入ってきた美佳に声をかける。
「ごめん。ごめん。葵連れて来るのに、時間かかっちゃって。」
「え?」
「ほら、葵。早く。」
美佳に急かされ入口に立っていた葵が部屋に入る。
「珍しい。葵が来るなんて。」
クラスメートの女の子たちが驚き見る。
「ムリヤリ連れて来られたの。」
葵はしかめっ面をして答える。
「まぁまぁ、そう言わず。今日は楽しもう?」
「うん。」
「とにかく座ったら?」
やり取りを見ていた合コン相手の男が声をかける。
「そーね。」
葵は入口近くの空いている席に座った。美佳はいつの間にか男の間に入っている。
「何か飲む?」
葵の隣に男が座りながら、メニューを見せる。他のみんなはカラオケに夢中である。
「じゃ、ウーロン茶。」
「OK。ウーロン茶ね。」
そう言うと男は他の人にも尋ね、壁に掛けてある電話で注文を始めた。
「葵も何か歌えば?」
さっき話していた彼女、里美が誘う。
「じゃーさ。aiko歌って!」
美佳がリクエストする。
「OK。」
と言って里美は勝手にaikoの曲を入れる。
「ちょ、ちょっとあたし、歌うなんて・・。」
「いいから。歌ってよ。ね?」
里美に強引にマイクを渡され、歌わざるを得なくなる。一旦歌い出すと、周りがシンとなった。葵の歌声は一流のアーティストのようだった。澄んだ美しい声。みんなが聞き惚れた。
「すごーい。葵って、歌上手いねぇ。」
歌い終わった第一声は里美の感激の声だった。
「ありがとう。」
照れながらマイクを置く。
「ねぇ。キミ、葵ちゃんって言うんだ?俺、相川弘樹。よろしく。」
注文を取ってくれていた男が、葵に近づく。
「はぁ。」
寄って来る男を避けながら、頭を下げる。
「歌上手いね。俺、感激しちゃった。」
「・・・ありがと。」
『この人は苦手なタイプだ。』と葵が確信する。その時、誰かの携帯が鳴る。
「あ、ごめん。あたしだ。」
美佳は電話に出るため、部屋を出た。しばらくすると、美佳が部屋に顔を出す。
「葵。はい。弟クンから。」
「え?」
美佳に携帯を渡され、葵は外に出た。
「もしもし?」
『あ、葵?』
「快?どうしたの?仕事は?」
『それよりどこにいんだよ。家に電話しても留守電だし。』
「ごめん。美佳にむりやり引っ張られて・・。」
『今から迎えに行くから、場所言え。』
なぜか命令口調な快人に葵が少しむっとする。
「なんでそんなに偉そうなの?」
『いいから。早く言えって。』
何やら急いでいるような雰囲気に、葵は現在位置を伝えた。
「でもどうしたの?何かあった?」
『あとで説明するから。じゃーな。』
「あ、ちょっと!快?」
そう言ったにも関わらず、電話は切れた。

「弟クン。なんて?」
電話を美佳に返すと同時に質問される。
「よく分かんないけど。今から迎えに来るって。」
「何で?」
「分かんないまま、電話が切れちゃって・・。」
「ねぇ。葵の弟っていくつ?」
「里美、狙ってんの?」
隣の娘に突っ込まれ、どぎまぎする。
「違うよ。気になったから聞いてみただけじゃん。」
「中3だよ。」
「中3?ガキじゃん。」
「何?弟ってシスコン?」
男共が好き勝手並べ立てる。
「かもね。葵が弟育ててんだもんね。」
「美佳!」
つまらないのか、美佳が意地悪く言う。弟が迎えに来る=葵が帰ってしまう、からだ。
「え?なんで?」
「親、離婚でもした?」
バカな男は墓穴を掘った。
「両親とも、死んじゃったから。」
シーン。
「あ、でもそれも何年も前のことだから。気にしないで。」
「大変なんだ。葵チャンって、結構苦労人なんだね。」
相川が葵の肩に腕を回す。葵は男から離れようとした。そのとき、部屋のドアが勢いよく開いた。全員、ドアに目をやる。
「葵。行くぞ。」
そこにはサングラスをかけ、明らかにテレビの衣装を着た快人が立っていた。快人は葵の肩に手を回している男に気付いた。それから奪うようにして葵の手を引っ張る。
「時間、ねーんだ。さっさとしろ。」
「ちょ、快!待ってよ。あ、ごめんね。みんな。」
「バイバーイ。」
里美が呟くように言う。全員、呆気にとられていた。

「ちょっと。快。なんでそんなに怒ってんの?」
「別に。葵が男とどうこうしようが関係ないけど!」
「やっぱり。合コン行ってたのが気に入らないんでしょ。」
図星な言葉に快人はそっぽを向く。
「安心して。あたし、あーゆーとこ好きじゃないから。今日だって美佳にムリヤリ連れてこられたみたいなもんだし。逆に快人が迎えに来てくれて助かった。変な男が絡んで来るんだもん。まいっちゃうよ。」
快人はそっぽを向いたままだった。
「快人。ありがと。」
そう言うと快人は小さく「おう。」と言った。
「でもさ、何で呼び出したの?」
「行けば分かる。」
快人はそれだけしか言わなかった。

「ちょっと、美佳。葵の弟って何者?」
2人が出て行ったあと、部屋の中はパニクっていた。
「何者って?」
美佳は飽くまでしらを切る。ここでバレてしまっては大問題になるだろう。
「だって。何かかっこよくなかった?グラサンしてたから、顔はよく分かんなかったけど。」
「顔?顔は葵に似てるよ。兄弟だかんね。」
美佳があっさりと言い放つ。
「でも中3なのに、なんであんなカッコしてんの?」
男が聞く。
「さぁ?好きなんじゃないの?」
「苦労してる割に高そうな服着てたじゃん。」
「もらいもんじゃないの?ってゆーか、なんで弟の話んなってんの?もーつまんないから帰る。」
「え?美佳?」
美佳はすくっと立ち上がって、合コン会場を後にした。

車に乗り込むと、直人と運転席にマネージャーが待機していた。
「よかったぁ。」
「え?何が?」
葵が溜息を漏らしたので、直人が尋ねる。
「だって快人、何にも言わないんだもん。もしかして直人に何かあったのかと思った。」
「何かあったら言ってる。」
「じゃ、なんで教えてくれないの?」
葵の反論に、快人がそっぽを向く。
「あのね。葵ちゃんの助けが欲しいの。」
代わりに直人が答える。
「あたしの助け?」
「そう。」
「ってーか、携帯くらい持てよな。今日は美佳と一緒だったからよかったものの。」
快人がむすっとしたまま言う。
「だって、いつもは家にいるもん。今日はたまたまじゃん。」
「こうゆうことがあるから持てって言ってんだろ?」
「何よ。電話なんて滅多にしてこないくせに。」
そう言うと快人はまたそっぽを向いた。

なんだかんだで目的地に到着。着いた先はテレビ局だった。
「ここ?」
「そう。」
「こっちだ。」
快人を先頭にスタジオに入る。そしてある部屋の前に立つと、なぜか赤ん坊の泣き声が聞こえてきた。
「え?赤ちゃん?」
「快人です。姉を連れてきました。」
そう言うと、ドアが開いた。
「やっときた!」
部屋から出てきた男がすがるような目で葵を見る。葵たちが部屋に入ると、5人の男が寄ってたかって赤ん坊を泣き止まそうとしていた。
「貸してください。」
見るに見かねた葵が手を差し出す。赤ん坊を抱いていた男が葵にそっと渡す。
「よーしよし。どーしたのかなぁ?」
葵は赤ん坊をあやし始めた。そしておもむろに机に寝かせる。
「やっぱりオムツか。」
葵は手際よくオムツを替え始めた。少し泣き止んだが、しばらくしてまた泣き出した。
「ミルク、いつやったんですか?」
「昼ぐらいかな・・。」
尋ねられ、赤ん坊を抱いていた男が答える。
「じゃ、お腹空いたんだね。」
そう言うと、葵は赤ん坊を直人に預け、ミルクを作り始めた。その手際のよさにまたしても感動を覚える一同。自分たちはミルクをやるのにも、オムツを替えるのにも悪戦苦闘していたからだ。
「よし。直人、貸して。」
葵は空いていた席に座り、ミルクをやり始めた。勢い良く飲む赤ん坊。
「よっぽどお腹空いてたんだね。」
ミルクを飲み終わった赤ん坊にゲップさせ、抱き直すと、赤ん坊は落ち着いたのか、眠ってしまった。
「すげ。」
「なんでこんなに慣れてんだ?お前らの姉貴。」
「あ、ベビーシッターやってたんです。」
葵が赤ん坊を寝かせながら、答える。
「直人、助けってこのこと?」
葵が小声で聞くと、直人は笑って頷いた。
「でも助かったわ。ホンマに。一時はどうなるかと思った。」
赤ん坊を抱いていた男がほっと胸を撫で下ろした。
「ったく。父親のクセに情けないなぁ。」
「慎吾だって情けなかったぞ。」
「あのぉ・・。」
葵が会話に入る。
「話が見えないんですけど・・。」
「ああ。ごめんごめん。まず自己紹介せなな。俺らはBLACK DRAGONっていうバンドなんやけど、俺がリーダーでベースでこの子の父親、龍二。んで、このちっこいのが・・。」
「慎吾。ギタリストです。」
隣にいた可愛らしい男の子が割り込む。
「あ、俺、武士。ドラムね。」
そしてまた肩までの髪を後ろで束ねている男が後ろから割り込む。
「キーボードの透です。」
めがねを掛けた真面目そうな男がぺこっと会釈する。
「あれ?亮は?」
「さっきまでいたのに。」
「ったく。あいつは。あ、もう1人いるんやけど、またどっか行ったみたいや。そいつがヴォーカルなんやけど。あと、あそこの目付きが悪いやつが俺らのマネージャーの響な。」
「・・・1つ聞いていいですか?」
葵は聞くのを躊躇っていたが、龍二は先を促した。
「うん?何でも聞いて。」
「この子の母親は・・・?」
葵の言葉の瞬間、バンドのメンバーが顔を見合わせた。
「あの・・言いたくないならいいです。」
他人には聞かせたくない事情があるのかもしれない。
「母親はな、俺にこの子預けていなくなった。」
しばらくの沈黙の後、龍二が言った。
「いなくなった?」
葵は思わず聞き返す。
「そう。だからこの子がホントに龍の子かどうか、分からんけどねぇ。」
慎吾が割り込む。
「おい。」
龍二に睨まれ、慎吾が後ずさる。
「・・・連絡とかできないんですか?」
「ついてたら苦労しない。」
龍二は煙を吐きながら言う。
「あの・・じゃ、この子の名前は?」
「龍哉だ。」
「そろそろスタンバイお願いしまーす。」
龍二が答えたと同時にスタッフの人が呼びに来る。
「はーい。」
慎吾が返事する。
「葵ちゃん、だっけ?悪いけど、見ててくれん?生放送だから1時間で終わるから。」
「いいですけど・・。」
「よかった。んじゃ、よろしく!」
そう言うと、バンドのメンバーと快人、直人が出て行った。

取り残された葵は楽屋に置かれているテレビでその番組を見ていた。
『お待たせしました。eyesのお二人です。』
司会者が紹介すると、快人と直人が会釈する。黄色い声援が飛ぶ。
(よくやるよ。)
あまりの変わり様に溜息を吐く。司会者と楽しく会話し、ステージで歌って踊っている。
そして番組はそのままCMに入る。
『次はBLACK DRAGONのみなさんです。よろしくお願いします。』
番組が始まり、司会者が紹介すると、黄色い声が飛び交う。さっきのメンバーに加え、いつの間にか消えていたヴォーカルの亮がいた。亮は一言も話さなかった。代わりにリーダーの龍二と慎吾が司会者と会話している。龍二は見た目恐いが、根は良い人かもしれない。慎吾は明るいキャラクターでバンドのマスコット的存在だ。武士も慎吾と同じく明るく楽しい人だ。透は大人しく真面目なカンジがする。一見浮いてるようだが、彼がいることによりまとまっているのかもしれない。亮は・・何となくだが、何か自分の中に封じ込めているものがありそうな気がした。
そんなことを思っていると、歌に入った。ロックな音楽。葵はお世辞にも良いとは言えなかった。葵にとってノイズにしか聞こえなかった。掻き鳴らされるエレキギター。打ち鳴らされるドラム。振動が伝わってきそうなベース。不思議な感覚になるキーボード。そして、自分自身を痛めつけているようなヴォーカル。
「喉、痛めそう。」
歌が終盤に差しかかった頃。
「ふぇ。」
と龍哉が泣き出す。
「どうしたの?大丈夫よ。よしよし。」
葵は泣き出した龍哉を抱きかかえた。しばらく抱いて揺すると泣き止んだ。こんな小さい子だが、母親がいないことに不安を感じているのかもしれない。葵は龍哉を抱きしめた。

「亮。どうしたんや?さっき急におらんようなって。」
楽屋に戻る時、武士が亮に尋ねた。
「別に。」
「まーまー、亮が女の子苦手なのは今に始まったことちゃうやん?」
慎吾が後ろから武士に声をかける。
「そーやけどさ。」
武士は納得できないようだった。
「お前、まだ根に持ってんの?」
龍二が亮の横に付く。
「別に根に持ってるわけじゃ・・。」
「でも意識はしてんやろ?やから、今でも女の人が苦手・・。」
亮は龍二の言葉に俯いた。
「でもな、俺、少ししか葵ちゃんと話してへんけど、あの子は他の子とは違うで。」
「かわいいしね。」
いつの間にか慎吾が隣にいた。それはあまり関係ない気がするが、あえて言わない。
そんなこんなで楽屋に到着。ドアを龍二が開ける。メンバーが中に入ると、葵は寝かしていたはずの龍哉を抱いていた。
「あれ?起きた?」
一番に入った武士が尋ねる。
「いえ。ちょっとグズっただけです。今はもう眠ってます。」
見ると龍哉は葵の腕の中で気持ち良さそうに眠っている。
「やっぱ葵ちゃん、慣れてんやな。俺が抱いてもあんま寝んかったのに・・。」
「じゃあ、今は泣き疲れて寝てるんじゃないですか?」
龍二の言葉に葵が返す。
「案外、葵ちゃんのことママだと思ってんのかもよ?」
慎吾が冗談めいて言う。すると葵は自嘲するように笑った。
「それはないですよ。こんな小さな子でも自分の母親ってやっぱ分かりますから。」
「それにしても、母親、まだ見つからへんのか?」
武士が隣にいた龍二に問う。
「探してはおるけどな。」
龍二が答える。
「探してもらってる、やろ?」
透が訂正する。
「細かいこと言うな。」
龍二はふと葵を見た。不思議そうな顔をしているので説明を加える。
「そいつの母親をな、連れの探偵に探してもらってんねん。」
「連れに探偵がいるなんて、龍二ぐらいやね。」
慎吾が呆れながらつっこむ。周りもうんうんと頷いている。
「じゃあ、母親が見つかるまで預かってるんですか?」
「あいつは両親とここ数年会ってないらしいし。預かるのはええけどさ、俺たち、こういう仕事やん?マネージャーに頼もうと思ったら、独身のヤローしかおらんし・・。」
「悪かったな。」
横で聞いていたマネージャーが睨みつける。龍二はそれを無視し、続ける。
「葵ちゃん来てくれてホンマ助かった。誰1人として子育て経験したことないし。」
「あ、あたしでよければ、預かりますよ。・・バイトの時間は難しいかもしれないですけど。」
「バイト、してんの?何時ぐらいやったら空いてる?」
「バイトは大体午前中なんで、昼からなら・・。」
「それで十分。その間は、何とかスタッフに見てもらって、あとは葵ちゃんに預けた方が安心できる。」
龍二の言葉に周りが頷いた。その時、楽屋のドアをノックする音がした。
マネージャーがドアを開けると、そこには快人と直人がいた。マネージャーは2人を楽屋に入れた。
「あ、快。直。終わったの?」
葵が声をかけると2人は頷いた。
「もしかして帰っちゃう?」
慎吾が葵に問う。
「え、はい。」
「えーつまんなーい。」
突然、慎吾が駄々をこねだす。
「慎吾。わがまま言わない。」
透が母親のようになだめる。
「だってぇ。子供の面倒見るだけ見てもらって、はい、さよならってあんまりやん。」
「確かに。」
武士が頷く。
「んじゃ、どっかでご馳走しますか。」
「サンセー。」
龍二の提案に慎吾が手を挙げる。
「この大人数で?」
透がつっこむ。
「・・・目立つな。」
「目立つ。」
龍二の言葉を追いかけるように武士が呟く。
「んじゃ、とりあえず俺と葵チャン、2人きりで行きますか。」
龍二が葵の肩を抱く。慌てる葵。
「え?あの・・ちょっと・・。」
「ずるーい。龍二だけぇ。」
慎吾が文句を言う。
「俺の子を見てもらったんやで。俺が行かんでどうする。」
「それにしても快人も直人もおるんで?」
武士が入口に突っ立っている2人を親指で示す。
「あ、それじゃ!うち、来ます?」
葵が発言すると一瞬静かになった。
「大したもの、できないですけど・・。」
葵が付け足すと、その場にいた男2人(慎吾と武士)は喜び狂った。
「マジで?」
「久々の手料理♪」
「おい。待て。それじゃ、お礼にならんやん。」
龍二がつっこむと、2人は我に帰る。
「そっか。」
「いいんですよ。いつも快人と直人がお世話になっていますし。」
「葵ちゃんがそう言うなら・・・。」
「んじゃ、今度奢るから。」
と言うわけで、あっさりと日向家へ行くことが決定した。

BLACK DRAGONの5人と快人、直人、葵の3人はそれぞれ、マネージャーの車に乗ることにした。
そしてBLACK DRAGONの車内では、1人むすっとした男がいた。
「亮。何、むすっとしてんねん。手料理やで。手料理。」
隣に座っている武士が声をかける。亮は窓の外を見たまま、返事もしない。
「武、ほっとけ。」
龍二に言われ、武士は話し掛けるのをやめた。

そして葵たちの車。
「なぁ。葵、いいのか?あんなこと言って。」
快人は溜息混じりに言った。
「え?何が?」
龍哉を隣に乗せてあやしながら返事する。
「だから、みんなにご馳走するなんてさ。」
「大丈夫よ。あ、松木さん。ちょっとそこで降ろしてもらえます?」
「はい。」
「?何で降りるんだ?」
「ちょっと買出し。2人は先帰って、みんなに家に入ってもらってて。」
「俺、荷物持ちで降りるよ。」
直人も葵に続いて降りる。
「あ、直人。これ。」
快人は直人に帽子を渡した。
「さんきゅ。」
直人は帽子を受け取ると、深く被った。
「あ、葵。これ、どうすんだよ。」
快人は龍哉を指差した。
「これって・・。」
葵が呆れる。
「よく寝てるから、連れて帰って、寝かせといて。」
「俺が?」
「他に誰がいるのよ。」
「まっちゃん。よろしく。」
「ええ?」
快人は運転席に乗っているマネージャーの松木の肩をポンっと叩いた。

そして快人は龍哉と共に先に家に着いていた。後ろをつけてきていたBLACK DRAGONの車も止まる。
「ねぇ。葵ちゃんと直人は?」
2人が降りるところを見ていた慎吾がすかさず問う。
「買出しっす。何か足りないものがあるらしくて。あ、どうぞ。」
快人は玄関のドアを開けた。そのあとから5人の男がぞろぞろと付いていく。その後ろからマネージャーの松木が龍哉を抱いて入ってくる。
「へぇ。結構広いんだ。」
「広くないっすよ。そう見えるだけです。あ、そこ座ってください。」
快人はみんなをリビングに通し、ソファを指差す。
「オヤジ、左官サンで、自分で勝手に家造っちゃったんっすよ。」
「すげーオヤジやな。」
唖然とする5人をよそに快人は、松木を案内し龍哉を寝かせる。
「何か悪かったな。」
「え?」
龍二が快人に近づいて謝る。
「何言ってんすか?」
「だってさ。子供見てもらってたのに、さらに飯まで・・・何かやっぱ悪かったかなって。」
「そ、そんな。」
快人は慌てて首を横に振る。
「姉はこうやって誰かに飯食わせるのが、好きなんすよ。昔から。だから付き合ってやってください。」
龍二は他のメンバーと顔を合わせた。
「それでいいんなら・・・。」
メンバーは納得し、勧められたリビングで寛ぐ。
しばらくして2人が戻ってくる。
「急いで作るんで、ちょっと待っててくださいね。」
葵はエプロンを着けながら、リビングに声をかける。
「今そんなにお腹減ってないから大丈夫。」
慎吾が優しく返す。葵も笑顔で返した。
「あれ?松木さんたち、帰っちゃったの?」
葵が聞くと快人が頷く。
「うん。明日のスケジュール言ったら帰った。響サンも送ってきたら、帰っちゃったみたい。」
響とはBLACK DRAGONのあの目つきの悪いマネージャーのことである。
「そっかぁ。一応2人の分も買ってきちゃったんだけど。ま、いっか。」
そして葵たちは夕食を作り始めた。

1時間後。リビングにもいい香りが広がっていた。その香りに誘われるかのように、みんなのお腹が鳴り出す。
「お待たせしました。」
葵に呼ばれ、5人はぞろぞろとダイニングに向かった。そこには5人用のテーブルにどこからか持ってきたテーブルが継ぎ足されていた。(そこだけテーブルクロスの模様が違うのだった。)その上には所狭しと料理が並んでいた。
「すげー。」
目の前に広がる料理に一同感動を覚える。
「大したもん、できませんでしたけど。」
「いやいや。十分やって。これだけできりゃ。」
毎日ロケ弁やコンビニ弁当ばかりの5人にとってはご馳走である。早速席に着く5人。
「いただきまーす。」
「どうぞ。」
その言葉を聞いて一斉に食べ始める。葵は一瞬止まっていた。快人と直人は知っていた。この5人の食欲が半端ではないことを。そのために品数より、量を多めに作ったのだが。想像を絶する勢いで食べる5人に葵はただただ呆然とするばかりであった。

「はぁー。うまかった。」
慎吾が満腹になったお腹をさすりながら溜息を吐いた。
「ごちそうさまでした。」
透がまるで何かのお手本のように行儀よく手を合わせる。それを見た他の4人もつられて
「ごちそうさまでした。」
と手を合わせた。それを見た葵は笑いながら
「お粗末さまでした。」
と答える。ちょうどみんなが食べ終わったので、快人が食器を片付け始める。直人と葵も片付け始める。
「あ、何か手伝おうか?」
透が尋ねる。
「いいえ。お客さんは何もしなくていいですよ。」
葵がにっこりと答える。
「葵ちゃんさ、そのカッコ、もしかしてデートでもしとった?」
武士の質問に葵が焦る。
「違いますよ。これは、幼馴染の子にムリヤリ・・・。」
「え?そうなん?じゃ、彼氏とかは?」
「いないですよ。そんなの。」
葵は苦笑した。するとその質問をした武士が目を輝かせる。
「はーい!はいはい!俺、立候補してもいい?葵チャンの彼氏に。」
武士が手を上げ、葵に迫る。
「え???」
困惑する葵。
「やめろ。葵ちゃん、困ってんやろ?」
龍二が制す。
「えー。だってこんな俺の理想のタイプにあてはまってんの、葵チャンくらいしかおれへんのに。」
「お前の理想が高すぎやねんって。」
龍二にツッコミを入れられる。一同、大爆笑。
「直人。あたし、着替えて来るね。」
「うん。」
「え?何で?そのカッコ、かわいいのに。」
武士が残念がる。
「でも着慣れてないから、何か変な感じがして・・。だからやっぱ着替えてきます。」
そう言うと葵は2階に着替えに行ってしまった。
「あー。俺、変なこと言っちゃったかぁ?」
武士が泣きそうな声で隣の透に尋ねる。
「いつものことやろ?」
素っ気なく返される。
「透クン。相変わらず毒吐くねぇ。」
ショック倍増した武士が嫌味を言っても透は動じない。そんなやり取りを見ていた亮は、おもむろに立ち上がった。
「どした?亮。」
龍二に声を掛けられ、亮は振り向きざまに言った。
「帰る。」
「帰るって、おい。」
「せめて葵チャンにお礼言ってから帰れば?」
「あ、亮サン。待ってくださいよ!」
快人が止めに入るが、亮は無視し、そのまま部屋を出て行った。

「あれ?亮クン。帰っちゃうの?」
ちょうど下りてきた葵に呼び止められる。一瞬、止まった亮だが、振り向かずにそのまま玄関に向かう。
「ちょ、ちょっと待って。」
葵は思わず腕を掴んだ。
「まだデザートが残ってる!」
そう言うと葵は亮の腕を引っ張った。
「帰るのは、デザート食べてからでもいいんじゃない?」
そう言って葵は笑った。亮は一瞬、何が起こっているのか、分からなかった。
「あれ?亮。連れ戻されたの?」
部屋に入ると既にリビングで寛いでいた慎吾に笑われる。
「珍しいな。亮が女の子の言いなりんなってる。」
武士は目を丸くした。
「はい。ちょっと座っててください。」
そう言いながら、葵は5人が寛いでいるリビングに亮を座らせた。葵は双子が片付けをしているキッチンに向かう。
「亮。大丈夫か?」
龍二が俯いている亮に話し掛ける。実は亮は『女恐怖症』だったりする。特に集団で寄ってこられたりすると、鳥肌が立ってしまったり、ひどいときには吐いてしまったりするのだ。龍二の問いに、亮は顔を上げ頷いた。
「・・・。」
亮の反応に龍二は驚いていた。いつもの反応と違うのだ。いつもなら吐き気をもよおすぐらい気分悪そうなのに・・・。もしかしたら・・。淡い期待を葵に抱く。
「はーい。お待たせしましたぁ。」
そう言って葵はデザートを持ってきた。
「これは?」
「レモンムース。食事を作る前に作ってたの。ちょうど食事が終わった頃に冷えてるように。」
そう言いながら、葵が亮の隣でデザートを配る。それにしても暖房が効いた部屋で冷たいデザートを食べるのは、何とも快感である。ちょうどよく冷えており、このレモンのすっぱさがさわやかになる。
「おいしー。」
「サイコー。」
慎吾と武士が続けざまに叫ぶ。
「良かった。・・・亮クン、どお?」
イキナリ話し掛けられ、亮の動きが止まる。
「おいしい?」
その問いにとりあえず頷く。
「良かった。」
葵は嬉しそうに笑った。亮は恥ずかしくなったのか、俯いてしまった。
その時、龍哉が泣き始める。葵は率先して立ち上がり、龍哉を抱き上げる。
「ホンマにオカンみたいやなぁ。」
慎吾がぽつりと言う。
「でもまだ若いよな?」
透が尋ねると、葵は笑った。
「一応、女子高生です。」
「え?そうなの?」
慎吾が驚く。
「うーん・・・18?」
武士が年齢を当てに行く。
「大正解。」
「え?それじゃぁ、亮と同い年やん?」
慎吾がなぜか嬉しそうに言う。
「そうなんですか?」
葵が聞き返すと、龍二が答えた。
「俺と透と武が同い年で23。慎吾が22。亮は18。」
「結構バラバラなんですね。」
「やろ?このバンド、最初は俺と透と、あと俺らの同級生やったんや。まずギターが抜けて困ってた時に透の後輩だった慎吾が入ってきて、しばらくしてドラムがやめて、俺のツレだった武士が入って。ヴォーカルが抜けて困ってた時に、俺がその頃バイトしてた先の後輩だった亮が歌ってるのをたまたま聞いて、スカウトしたんや。」
「へぇ。」
葵は龍哉をあやしながら、話に聞き入った。
「でも亮が入ってきてから、話が上手い具合に進んじゃって。5人であんまりやってないうちにデビューが決まって・・・。」
「今に至ると。」
慎吾の言葉の続きを武士が言う。
「へぇ。でも快人たちもそんなもんでしたよ。元々2人ともダンスが好きで、ブレイクダンスとか公園で練習してたら、スカウトされたんだっけ?」
葵は端の方に座っている弟たちに尋ねた。
「そう。あんとき確かダンスの大会が学校内であって、その練習してた時だったよな?」
快人が思い出しながら、直人に尋ねた。
「そうそう。でも俺らの他に何人かいたのに、俺らだけ声掛けられて・・・。」
「周りの反感買ったんだよな。」
快人が溜息をつきながら続きを言った。
「でも俺は嬉しかったよ。認めてくれたんだって思った。」
直人が嬉しそうに言うと、快人も頷いた。
「ま、それは確かだな。」
「でも歌はあんまし得意じゃないんだよね。俺たち。」
直人が苦笑いしながら言うと、快人が頷きながら言った。
「そうそう。どっちかってーと、葵のが上手いもんな。」
「ほお。」
龍二が興味深そうに聞く。
「やだっ。ちょっと何言ってんのよ。」
葵が照れる。
「それはぜひ聞きたいなぁ。」
龍二が意地悪く笑う。
「ほんっと下手ですから!」
葵が訂正する。その時、ドサっと言う音がした。
「亮?」
隣にいた慎吾が倒れた亮を揺する。
「葵ちゃん、もしかしてかるーくお酒入っとる?」
龍二がレモンムースのカップを指差しながら尋ねる。
「ウィスキーが1,2滴。」
葵は何が起きたか分からず、龍哉を抱いたまま立ち尽くしていた。
「やっぱり。」
龍二が深く溜息をついた。
「こいつな、酒にめっちゃ弱いねん。アルコール類、ちょっとでも入ってたらこうなる。」
龍二は倒れている亮を指差した。
「すいません・・知らなくて。」
「葵ちゃんが謝ることないよ。お酒に弱いこいつが悪い。」
慎吾はそう言いながら、倒れている亮の鼻をつまんだ。
「死ぬよ?」
透が止めに入る。
「こうなると朝まで起きへんしなぁ。」
武士が頬杖をついたまま言う。
「でもどうやって持って帰るん?俺はムリ。」
慎吾がお手上げのポーズをする。
「持って帰るじゃなくて連れて帰るだろ?」
透に訂正される。
「この場合、物と同等。」
慎吾があっさりと返す。
「あの・・じゃあ、ここで寝かせててもいいですよ。」
葵が会話に入る。
「でも・・・。」
慎吾が申し訳なさそうに言う。
「部屋だってありますし・・・。」
「・・・何か悪いね。お世話になりっぱなしや。」
龍二が苦笑する。
「全然。この家、あたしたち3人しかいないんで、たまには大人数っていうのもいいかなって。」
「んじゃ、お言葉に甘えて。こいつ、置いてくわ。」
龍二が立ち上がろうと姿勢を変える。
「もう帰るんすか?」
快人が尋ねると、龍二は立ち上がりながら頷く。
「だってもうこんな時間だろ?それにお前ら明日も仕事あんだろ?」
「そりゃ・・。」
「いい子はもう寝るんだな。」
時計を見るともう12時近い。龍二は葵から龍哉を受け取ろうと近寄る。
「あ、明日も仕事なんですか?」
「うん。そーや。」
葵の問いに龍哉を受け取りながら答える。
「じゃあ、亮クンはどうするんですか?」
「マネージャーにでも連れにこさすよ。」
龍二の抱き方が悪かったのか、大人しく寝ていた龍哉が泣き出す。
「何で?」
龍二は龍哉の顔を見る。
「龍二の顔が怖いんちゃう?」
武士がからかう。
「抱き方かなぁ?」
葵がもう一度龍哉を抱くと、泣き止む。
「なんで?」
龍二はもう一度同じ言葉を呟く。
「龍二サン、もしかしてここ数日寝てないんじゃ・・。」
近くで見て気づいた。龍二の目の下にうっすらとクマができている。
「あ?まーな。こいつ、夜泣きするし。」
龍二が苦笑する。
「じゃあ、今晩あたしが龍哉クン預かりますよ。」
「それじゃあ、葵ちゃんに悪いやん。」
「だってこのままだと、龍二サン、いつか倒れちゃいます!」
葵は本気で龍二の心配をしていた。あれだけ人気のあるバンドのリーダーなのだ。ヘタすればメンバーよりも多く働いてるかもしれない。それに加えて慣れない育児とくれば、いつ倒れてもおかしくはない。
「あ、だったら龍二サンも泊まればいいじゃないっすか。部屋ならあるんだし。」
快人が提案する。
「それいい!」
直人が同意する。
「でも・・・。」
龍二が渋っていると、慎吾が近寄って来る。
「龍二。今日は葵チャンたちに甘えたら?最近龍二、俺らより仕事してんねやろ?今日ぐらいゆっくり休んでも罰あたらへんやろ?」
「慎・・。」
「慎吾の言う通り。葵ちゃん、悪いけど龍二と龍哉の面倒・・あ、亮も。今日だけ見ていただけますか?」
透が礼儀正しく葵に頼む。
「もちろんです。」
葵が笑顔で答える。
「よろしくお願いします。」
透は頭を下げた。
「大げさなやっちゃな。」
龍二が溜息をつく。
「龍二サン。風呂入れたんで、入ってください。」
直人がリビングに入ってきながら言う。
「気が利くな。」
「いつの間に。」
龍二の言葉とは反対に武士が呟く。
「ほら、入ってきなよ。」
慎吾が突っ立っている龍二の背中を押す。
「おう。じゃ、お言葉に甘えて。」
そう言うと龍二は直人に案内されて、風呂場へ消えた。
「あいつの悪い癖。しんどい時でも、無理しすぎる。」
透は龍二の背中を見ながら呟く。
「え?」
隣にいた葵が聞き返す。
「あいつは弱音吐くとこ、見たことないんや。幼馴染やのに。」
透は苦笑した。気を利かせた快人がホットコーヒーを入れ、みんなに振舞う。葵は龍哉を寝かせ、透と共に席につく。
「俺と龍二は家が近所で兄弟みたいに育ったんや。龍二はいわゆるガキ大将みたいなヤツで。でも弱い者イジメするんじゃなくて、どんなヤツでも面倒見る兄貴みたいなヤツで。だから龍二のこと慕ってる後輩はたくさんいる。だからかな?弱いトコ、誰にも見せたことないんだ。俺にもね。」
透はコーヒーを一口飲む。
「そういや、そうやな。」
武士が頷く。
「俺、昔散々悪いことやってたけど、龍二のおかげで戻ってこれたもんな。そんときから龍二は強いんだってイメージあるし。そのイメージ、全然崩れない。」
「俺も。変な奴らに因縁つけられて襲われた時も、龍二が助けてくれた。いっつも龍二に助けてもらってる気がする。」
慎吾が俯きがちにそう言う。透がその後に続く。
「今、一番まいってんのは龍二だと思う。仕事、忙しくなってる上に、香織・・・龍哉の母親が理由も言わずに姿消すし。慣れない育児も加わって、リラックスなんてできないんじゃないかって、心配してたんだ。でも、俺、何したらいいか分かんないし、龍二は何にも言わないし。さっき葵ちゃんが言ったみたいにいつか倒れちゃうんじゃないかって。でも今日の龍二見てたら、安心しました。葵ちゃんが龍哉の世話してくれるし、美味いご馳走にデザートまで食べさせてもらって。今日、葵ちゃんに出会ってよかった。」
「そ・・そんな、あたし何もしてません。子供好きだし、お料理だって、あんなに美味しそうに食べてくれて。あたしの方こそ、よかったです。皆さんに来ていただいて。またぜひいらしてください。いつでも腕、揮いますから。」
「ありがとう。」
透がにこっと笑う。
「さてと。そろそろおいとましようか?」
透はコーヒーを飲み干し、武士と慎吾に話し掛けた。
「そうやね。」
「おおきにな。葵ちゃん。」
「明朝、迎えにきます。龍二にそう、伝えておいてください。」
「はい。」
そういうと、3人はそれぞれの家へと帰って行った。

3人を見送った後、しばらくして龍二が出てきた。
「はー。いい湯やった。サンキューな。直人。」
「いえ。」
「じゃ、2人、どっちか入ってきな。」
「ウィース。」
2人は返事すると、自室へと戻って行った。
「龍二サン、ビール飲みます?」
葵が冷蔵庫から、缶ビールを取り出す。
「気が利くな。」
直人に言った同じ台詞を言う。缶ビールを受け取ると、早速開け、飲む。
「はー。うめぇ。」
「それ、直人が選んだんですよ。さっき買い物行ったとき、龍二サン、ビール好きだからって。」
「ええ弟やな。」
「ええ。」
葵は龍二の隣に座った。
「何か、ホンマお世話になりっぱなしやな。・・・そのついでって言ったら何なんやけど、頼みがあんねん。」
「何ですか?」
「こいつ・・亮のこと、なんやけど・・。」
「亮クンがどうかしたんですか?」
「こいつ、極度の女嫌いって言うか、恐怖症で。近寄ってこられただけで鳥肌立ったり、集団になると吐き気もよおしたりするんや。でも、葵チャンがさっき亮を連れて来たとき、そんな様子全然なくて。もしかしたらこれを機に克服できるかもしれないって思ったんや。だから・・その・・迷惑じゃなかったら、亮のこと、友達にしたってくれへんか?」
龍二の言葉を聞きながら、葵は透の言葉を思い出していた。
『龍二はいわゆるガキ大将みたいなヤツで。でも弱い者イジメするんじゃなくて、どんなヤツでも面倒見る兄貴みたいなヤツで。』それはつまり、人のことばかり考えて、自分を二の次にしてるってこと。葵は龍二に微笑んだ。
「そんな、頼まれなくても、あたしは皆と友達になりたいって思ってます。龍二サンや、透サン、武士サンに慎吾サン。もちろん、亮クンとも。・・・それに龍二サン、今は他の人のことより、自分のこと心配してください。透サンたち、心配してました。いつか倒れてしまうんじゃないかって。でも弱いトコ、全然見せないから、どうしたらいいか、分からないって。龍二サンはもっと人に頼ってもいいんじゃないですか?肩張って、自分1人で頑張ってても、辛いだけですよ。」
葵の言葉は胸に突き刺さる感じがした。確かに、今まで弱いところを誰にも見せないようにしていた。もし弱音を吐けば、もっと弱くなってしまうと感じていたからだ。辛いと思ったことはたくさんある。でもそれを和らげてくれていた人がいた。・・・今は、何処にいるのかさえ、分からないが・・・。
「そうかもしれへんな。」
龍二が呟く。しばらくして葵が口を開く。
「あたしがそうだったから。両親が死んじゃった時、『あたしが弟たちを守らなきゃ』って思ってたんです。必死でバイトして、学校の勉強もして。でもある時、倒れちゃったんです。過労で。病院に運ばれて、その日だけ入院したんですけど。弟たち、びっくりしてました。目を開けたとき、2人が心配そうに覗き込んだ顔、今でも覚えてます。『葵ちゃんまで死んじゃうかと思った』。それが直人の第一声。快人は『バカか』って、怒ってました。『俺たちだってもう何もできない子供じゃないんだから、葵1人で全部背負わなくていい。今度は俺たちも一緒に頑張るから、1人で無理しないでくれ。』快人はそう言って、あたしの手を握ってくれました。・・・嬉しかった。肩の荷がずっと軽くなりました。その直後です。あの子たちが芸能界に入ったのは。あたしが、必死でバイトしなくてもいいように。でも本人たちは『自分たちのやりたいことやってるから、全然辛くない』って。成長したんだなって思います。もうあたしがいなくても大丈夫なんじゃないかって。」
葵の笑顔は寂しそうだった。
「でもそれは、葵チャンが頑張って来たからちゃうかな?そういう姿見てきたから、あいつらもがんばらなって気になったんちゃう?倒れるまで頑張ってたから、その気持ちが2人に通じたんやないかって思うで。」
「そうだといいな。あの子たちより、あたしは両親と過ごす時間があったから、たくさん甘えれたけど、2人は甘えられなかった。だから、あたしが両親の分まで、あの2人を守って、助けて、愛してあげたいってそう思うんです。恥ずかしくて、そんなこと、2人には言えないですけど。」
葵は照れ笑いした。
「通じてると思うで。あの2人、俺たちに姉貴の自慢ばっか言うんや。嬉しそうにな。だから、どんな姉ちゃんなんやろって、めっちゃ気になってた。今日初めて会ったけど、2人が自慢すんの、分かる気ぃするわ。」
「ありがとうございます。」
褒められて、照れる葵。しばらくの沈黙の後、ビールを一口飲んだ龍二が言葉を出す。
「龍哉の母親、香織って言うねんけどな、俺の幼馴染やってん。透とも仲良くてな。いっつも3人でつるんどった。・・・・でも、いつからか、あいつのことよう分からんようになった。傍にいるって思たら、するりとかわされていなくなってまう。今かて、子供ほったらかしでどっか行ってしもたし・・・。正直俺、もう・・どうしたらええか分からへん。」
龍二はビールの缶を握りしめた。そして今、初めて他人の前で弱音を吐いた。葵は驚いた。どうして自分に打ち明けてくれたのか、分からなかったからだ。葵は言葉を探した。
「でも・・龍二サン、捜してるんでしょ?その香織さんって人を。探偵さんが見つけてくれるまで、待つしかないんじゃないですか?それが、今の龍二サンにできる精一杯のこと、なんですよ。」
葵の言葉に少し救われた気がした。葵は言葉を続ける。
「それに、香織さん、近くにいる気がするんです。」
「え?」
意外な言葉に龍二は驚いた。
「子供をほったらかしてって言いましたけど、それも何かの事情があると思うんです。だって、お腹痛めて産んだ子ですよ?可愛くないはずないじゃないですか。龍二サンに預けたのだって、きっと龍二サンなら面倒見てくれるって思ったからだと思いますよ。子供のこと、一番大事にしてくれるって思ったんじゃないですか?現に龍二サン、いつ見つかるか分からない人の子供の面倒、見てるし。普通、そこまでしないですよ。気休めかもしれないですけど、子供を心配しない親なんていないと思うんです。だから、香織さんも、そう遠くへは行ってない気がするんです。」
「ありがとうな。葵チャン。」
「え?」
「気休めでも嬉しいわ。・・・でも正直、見つからんかったらどないしようとは思う。このまま見つからんかったらって・・。」
「ダメですよ。そんなこと、考えちゃ。一旦悪い方に考え出すと、落ち込むだけです。もっと良いほうに考えないと!」
葵の言葉はなぜか説得力があった。やはり、両親を一度に亡くしたという経験をしてるからだろうか。
「せやな。」
龍二はそう言って笑うと、ビールを一気に飲み干した。
「ありがとう。うまかった。」
「いいえ。」
「ほな、俺、休ましてもらうわ。」
「はい。おやすみなさい。」
そう言うと、龍二はさっき直人に案内された部屋へと向かった。

翌朝。龍二は窓から差し込んでくる光で目が覚めた。久々にぐっすりと熟睡できた。いつもよりも気持ちよく目が覚める。ベッドの中で伸びをし、しばらく天井を見つめる。ボーっとした頭で昨日のことを思い出す。そう、ここは後輩の家なのだ。葵たちに勧められ、結局泊まらせてもらった。おかげで快眠できた。美味い料理を食べさせてもらい、慣れない子供の世話から解放され、温かい湯船にゆっくり浸かり、温かい蒲団で寝かせてもらった。これ以上の幸せがあるだろうか。龍二はふと時計を見る。
「9時前か・・。」
そろそろ起きなければ。今日の仕事は10時半からだ。足もないので、迎えに来てもらわなければ・・・。
龍二はベッドから立ち上がった。ひんやりした空気が全身を覆う。
「さっみー。」
2月なのでサスガに寒い。龍二は昨日直人に借りたパジャマを脱いだ。
「オヤジのなんですけど。サイズ、合うと思うんで。」
そう言って手渡されたパジャマはきれいにたたんであった。まだ捨てられないのだろうか。ふとそんなことを考えながら腕を通すと、案外ぴったりだった。
「オヤジでけぇ。」
思わずそう言った。そう、龍二は長身なのだ。ちょっとやそっとで自分のサイズに合う人なんていない。そう言うと、直人は嬉しそうに笑った。
「そうなんですよ。オヤジ、背だけは高くて、左官なのに足場歩きにくいって言ってました。」
直人の笑顔は嬉しそうな反面、淋しそうだった。3年経っているとはいえ、親の死とは受け入れにくいものなのかもしれない。
龍二は自分の服に着替えると、お礼も込めて、パジャマをたたんだ。そしてベッドを直す。ふと、タンスの方に目をやると写真が飾られてあった。昨日は眠さが勝っていて、全然回りを見ていなかったが、ここはどうやら親の部屋らしい。今でもまるで主がいるかのように、綺麗に掃除してある。葵がしているのだろうか。龍二は写真を手に取った。家族5人の写真。5人とも笑顔だった。
「葵ちゃん、おかんそっくりやな。」
瓜二つでまるで姉妹のようだ。直人も快人も今より顔が幼い。確かにオヤジは背が高く、他の4人よりも1人だけ頭が飛びぬけていた。龍二は写真を元に戻すと、部屋を出た。

「あ、おはようございます。」
リビングに下りると、葵が明るくあいさつする。
「おはよ。」
「眠れました?」
「おう。ぐっすりとな。」
そう言いながら、ダイニングの椅子に座る。
「よかった。あ、朝食、和食で良かったですか?」
「ああ。何でも。」
いつもは朝食を取らないのだ。だから洋食でも和食でもどちらでもいい。
「良かった。うち、父が和食派だったんで、今でも朝食は和食じゃないとしっくりこなくて。」
そう言いながら、葵はおわんに味噌汁をついだ。
「亮は?」
「まだぐっすり寝てますよ。そこで。」
葵は味噌汁を龍二の前に置き、リビングを指差した。
「まだ起きんのか、あいつは。」
呆れた龍二は溜息を吐いた。
「いいじゃないですか。疲れてるんですよ。きっと。」
「で?快人と直人は?」
「もう学校行きましたよ。」
「あ、そっか。」
忘れていた。2人はまだ中学生だ。葵も高校生だが、もう自由登校なのだ。
「はい、どうぞ。」
葵はついだばかりの炊き立てご飯を龍二に手渡す。そして葵も自分の分をつぎ、席に着く。
「あれ?まだ食べてへんかったん?」
「はい。弟たちいると、ばたばたしてるんで。」
「ふーん。あ、今何時?」
「9時10分ですけど。」
「そろそろ起こさなな。」
そう言うと、龍二は立ち上がり、亮のいるリビングに向かった。
「おい。亮。起きろ。」
龍二は亮の体を揺らした。しかしびくともしない。
「亮!起きろ!」
耳元で叫んだが、眉根を寄せるだけで、起きる気配はない。
「ったく。あ!」
龍二は思いついた。
「葵ちゃん。悪いけど、こいつの耳元で『起きて』って囁いてみて。」
「え?」
龍二の真意が分からないまま、葵は席を立ち、言われた通り亮の耳元で囁く。
「亮クン。起きて。」
すると、亮はビクッとなったかと思うと、イキナリ目が開いた。そして、急いで起き上がる。
「起きたか。」
してやったりの顔で龍二は鼻で笑う。亮はそんな龍二を睨みつける。
「なんや?その顔は。ほら、顔洗って来い。葵チャンが朝飯作ってくれたで。」
その言葉に亮は今頃葵の存在に気づく。思わず葵の方を振り返る。
「俺・・なんで・・。」
「昨日、キミ、葵チャン特製レモンムース食べて寝ちゃったんでしょ?」
龍二が呆れながら、溜息を吐く。亮は頭の整理がようやくついたのか、龍二に言われた通り顔を洗いに洗面所へ向かった。

亮は鏡の中の自分を見つめた。何だかスッキリしている気がする。昨日までだるかった体が気持ちいいくらいに軽い。
「葵・・・か・・。」
彼女の名を呟く。龍二の言う通り、あの子は他の子とは何か違う気がする。なぜなのかは分からない。亮は視線を下に落とした。 小さく溜息を吐く。今日もまた1日が始まる。亮にとってそれはただ疲れるだけのことに過ぎなかった。この道に進んだのは、龍二に勧められたから。ただそれだけ。巻き込まれたとも言う。歌うのはキライじゃない。むしろ好き。でも満たされない思いがあった。喉を潰しそうな声で歌うのは、本当は自分がどうしたいのか、何のためにココにいるのか、何で生きてるのかさえ分からないからだった。何度死のうと思ったことだろう。その度にことごとく龍二に邪魔された。どうして死なせてくれなかったんだろう?俺は生きてる価値のない人間なのに。
亮はもう一度鏡を見た。大嫌いな自分の顔。長く伸ばした前髪で隠しても、それは変わらない。
「雑音だらけだ。」
亮はまた呟く。何もかもが鬱陶しい。亮はいつもの発作に似た現象に襲われた。耳鳴りがする。頭がガンガンする。
亮はその場にうずくまってしまった。
「亮クン?大丈夫?」
ふいに声がした。入口の方を見ると、葵が心配そうに立っていた。
「どうしたの?気分悪いの?」
葵は近寄って、亮の前に屈む。
「大丈夫?」
亮は不思議な感覚に襲われた。さっきの頭痛がなくなったのだ。耳鳴りも。葵の声ですべて綺麗に消えてしまった。
「もう・・大丈夫。」
亮はそう答えると、ゆっくり立ち上がった。葵も一緒に立ち上がる。
「遅いから心配してたの。倒れてんじゃないかと思って。」
「そ。」
葵の言葉に素っ気なく返す。亮は不思議で仕方なかった。なんで耳鳴りがしなくなったんだろう?今まで誰が声をかけてくれても、それは雑音にしか聞こえなかったのに。
「おう。やっと来たか。遅いから先食べてんで。」
リビングに入ると、ダイニングの方から龍二の声がした。
「うまいで。朝飯。お前も食わしてもらえ。」
ダイニングでご飯を頬張りながら龍二が促す。すると、いい匂いにつられたのか、亮の腹の虫が思いっきり鳴いた。
「亮クンも座って。すぐ用意するから。」
亮は大人しく言われた通り座った。
「はい。どうぞ。」
葵は味噌汁とご飯を亮の目の前に置く。
「・・・いただきます。」
小さく言う。
「どうぞ。」
葵が笑顔で答える。
「そういや、葵ちゃんさ、今日の予定は?」
不意に龍二が質問する。
「特にないです。バイト、今日は休みなんで。」
「じゃあさ、一緒に現場来て、龍哉の面倒見てくれへんかなぁ。」
「いいですけど。」
「別に現場来なくてもいんちゃう?」
亮が冷たく言う。
「何言うてんねん。子供のお守り押し付けといて、家におらすなんて、そんなん葵チャンがつまらんやん。」
「龍二がやろ?」
亮は呆れたようにつっこんだ。
「・・・。」
図星を突かれた龍二は黙ってしまった。
「図星。」
亮はそう呟き、味噌汁を飲む。そのとき、けたたましい足音がリビングに向かってくる。
「葵!」
リビングのドアを勢いよく開けたのは、美佳だった。
「美佳?どうしたの?息切らせて。」
どうやら家から走ってきたらしい美佳に葵が近づく。
「聞いて!取れたの!取れた!」
美佳は興奮していた。
「何が?」
「BLACK DRAGONのライブチケット!2枚!葵も行くでしょ?」
「え?BLACK DRAGON?」
「そお。大変だったんだよぉ。これ、取るの。ファンクラブの先行発売とはいえ、電話さえなかなか通じないんだから!やっとつながったと思ったら売り切れてたりさ。今回やっと手に入ったの!絶対行こう!」
美佳の興奮は頂点に達していた。
「う、うん。」
葵は美佳を落ち着けようとさせながら、龍二たちを見た。それに気づいた美佳も葵の視線を追う。
「やぁ。」
龍二が笑顔で挨拶する。
「え?」
美佳は一度葵に視線を戻し、もう一度見る。
「え-----------っ!」
美佳は叫んだ。その声で龍哉が驚いて泣きじゃくる。葵は龍哉を抱き上げた。
「え?子供?」
「美佳。落ち着いて話聞いて?」
「これが落ち着いてられますか!何でいるの?本物がっ!それにっ、その赤ちゃんは?」
「だから、落ち着いてってば。」
葵は美佳に昨日の経緯を話した。
「ふーん。大体の経緯は分かったけど。でもちゃんと言ってよね。心臓に悪いから。」
「だって午前中に美佳が来ると思わなかったんだもん。」
いつも来るとしたら、葵のバイトが終わった午後か夕方だ。
「美佳チャンだっけ?」
「あ、はい。」
龍二に声を掛けられ、驚く。
「ま、快人と直人のことも知ってると思うから分かってるとは思うけど。俺らがここに来たことは秘密ね。」
龍二は人差し指を口に当てた。
「あ、はい。」
「それともう1つ。龍哉の事もまだ誰にも言わんでくれへんかな。こいつの母親との話が済むまでは。」
「はい。分かりました。」
美佳は素直に返事した。そのとき、玄関のドアベルが鳴った。
「はーい。」
葵は龍哉を抱いたまま、玄関に向かう。
「おはよぉ。」
玄関を開けると、慎吾が元気良く挨拶をした。
「あ、おはようございます。」
「龍二たち、準備できてる?」
「あ、呼んで来ますね。」
そう言って葵はリビングに戻ろうとした。そのとき、勢い良く亮が飛び出してくる。
「うわっ。」
ぶつかりそうになりながらも、何とか止まる。
「どうしたの?亮クン。」
「やっぱダメだ。」
「え?」
そう言うと亮は逃げるように洗面所の方へ走って行った。
「龍二サン。何かあったんですか?」
リビングに入り、亮の行動について問う。
「ああ。いつもの発作だ。」
「発作?」
「そ。ほら、あいつ極度の女嫌いやろ?触るんも近寄るんも、一緒の場所におるんもダメなんよ。」
龍二は人指し指でバッテンを作った。
「でも昨日は・・・。」
そんな気配はなかった。葵が隣に座っても発作らしいことは起こらなかった。
「ああ。なんでかあいつ、葵チャンやと平気みたいやな。」
「もしかして、あたしのせい?」
美佳が不安になる。
「ああ。気にせんといてや。女の子やったら誰に対してもなんねん。だからスタッフとかも全員男。むさくるしゅーてかなわんわ。」
龍二は溜息を吐いた。
「へぇ。そうなんですか。あ、そう言えば葵。誰だったの?」
「え?ああ。そうそう。慎吾サンが迎えに来られてますよ。」
「慎吾?ああ。そっか。もうそんな時間か。」
龍二は時計を見た。
「で?亮は何処行った?」
「洗面所みたいですけど。」
「そっか。じゃあ、葵チャン悪いけど、亮、呼んで来てもらえる?龍哉と俺は先に車乗っとくから。」
「はい。」
葵は龍二に龍哉を渡すと、洗面所へ向かった。

亮は洗面台に突っ伏していた。
「やっぱ無理か。」
亮は淡い期待をしていた。葵に反応しない自分を見て、もしかしたら病気が治ったのかもと内心喜んでいた。この体質のせいでみんなに迷惑をかけている。それが自分の中で許せなかった。皆優しいから何も言わないけど、迷惑に違いない。自分が情けなくなる。大きく溜息を吐く。
「大丈夫?」
その声に、思わず顔を向ける。そこには心配そうに見ている葵の姿があった。
「何とかな。」
亮は顔を背けて言った。
「慎吾サンが、迎えに来てるよ。」
「もうそんな時間か。」
呟くと亮は洗面台から顔を上げた。
「大丈夫?顔色、悪いみたいだけど。」
「大丈夫。」
そう言うと亮は葵の横をすり抜け、玄関に向かった。葵も追いかける。
「飯、ありがとな。」
「え?」
靴を履きながら、背中越しに亮が呟く。靴を履き終えると向き直り、葵と向かい合う。
「飯、うまかった。ありがと。」
照れたようにそう言うと、亮は玄関を開けた。葵は訳が分からぬまま立ち尽くしていた。
しばらくすると、慎吾が戻って来た。玄関で立ち尽くしている葵を発見する。
「葵ちゃん、何やってんの?」
「え?何って?」
「一緒に行くんやろ?」
「え?」
いつの間にそうなったのだろう。確かにそんな話を龍二がしていたが、結局どっちなのか、分からなかった。
「待ってるから、準備してきて。あ、それと、なるべくボーイッシュなカンジでね。」
そう言うと、慎吾はさっさと車に戻って行った。葵も着替えに自室に上がろうと、廊下を歩いていると美佳に呼び止められた。
「葵。どうなってんの?葵も一緒に行くの?」
「なんかそうみたい。」
「いーなぁ。あたしも行きたい。」
「いーなぁって、あたしはベビーシッターで行くんだよ?」
「そりゃ、分かってるけどさ。」
「今日はとりあえず、諦めて。ね?」
「葵にそう言われると、諦めるしかないじゃない。」
美佳が膨れっ面をする。
「ごめんね。今度ご馳走するから。」
「ホント!絶対ね。」
「うん。」
「着替えて来るんでしょ?早くしないと、皆待ってるよ。」
「そうだね。」
葵は急いで自室に戻ると、着替えと用意を済ませて下に下りてきた。そして待っていた美佳と一緒に玄関を出る。そこには、1台の車が止まっていた。ワゴン車の後ろの席から、メンバーが顔を覗かせている。葵を見つけると、急いでドアを開けた。
「狭いですけど、どーぞ。」
一番手前に座っていた慎吾が車から降り、葵を促す。
「失礼します。」
葵はそう言って車に乗り込む。そして慎吾が乗る。美佳に気づいた慎吾が声をかける。
「葵ちゃんの友達?」
「・・はい。」
不意に質問され、驚く。
「ごめんな。今日は葵チャン貸してな。」
慎吾は片手を自分の顔の前に立て、ごめんなさいのポーズをした。
「・・・。葵の貸し代は、高いですよ。」
「はう。」
美佳の切り返しに一同笑う。(亮は除く。)
「そろそろ行かんと、間に合わんぞ。」
マネージャー響の言葉に一同我に帰る。
「じゃ、そういうことで、またね。」
慎吾は明るくてを振り、ドアを閉めた。葵も慎吾の後ろから手を振る。美佳は車が見えなくなるまで見送った。