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ACT.2 友愛
 十一月半ばのある日。学生時代からの友人である平野知華からメールが入った。
『元気? 今度村西がこっちに来るらしいんだけど、久しぶりに飲み会やらない?』
 村西とは学生時代の男友達で、男女関係なく交流があった一人だ。今は地方で仕事をしているらしい。その彼がこっちに来るとなれば、仲が良かったグループが飲み会を開かないわけがない。
 予定の日付を見ると、金曜の夜だった。仕事が定時に終われば問題ない。
 美奈子は早速参加のメールを返信した。

 いつぶりだろうか? 学生時代の友人と会うのは。
 卒業してから、会う機会も少なくなりしばらく会っていなかった。それでもこっちにいる知華ともう一人の友人とは時々会っている。彼女も結婚式に来てもらえる予定だったのに・・・・・・。
 暗い方へ考えが及んでいる事に気づき、美奈子は頭を振る。
「楽しみだな。飲み会」
 美奈子は予定を手帳に書き込み、その日を心待ちにした。

 それから一週間後の十二月直前の週末。美奈子は仕事を早めに終わらせると、待ち合わせ場所に向かった。
 そこには既に知華が来ていて、美奈子を見つけると手を振ってくれた。
「おーい。こっちこっち!」
 知華に言われ、美奈子は小走りに彼女に近づく。隣には同じく学生時代からの友人である野田諒介もいた。眼鏡をかけた優等生タイプの諒介と見かけは派手な知華は一見正反対なタイプなのだが、意外と考え方が似ているらしく、二人はとても仲が良い。
「知華! 野田くんも久しぶり」
 美奈子が近づくと、二人は笑顔になった。
「良かった。案外元気そうじゃない」
 知華はそう言って、美奈子の頬に優しく触れる。その手が温かくて、何だかくすぐったい。
「急、だったもんな」
 状況を知っている二人は美奈子を気遣った。その優しさに胸が温かくなる。
「ごめんね。心配かけて」
 そう言うと知華は首を振った。
「美奈子のせいじゃないでしょ」
 優しい言葉に泣きたくなる。
「お! みんな揃ってんな」
 聞き覚えのある声が頭上で響く。美奈子が振り返ると本日の主役、村西慶一郎がいた。
「よっ!」
 相変わらず彼は元気よく、風貌も変わっていなかった。短い黒髪と長身はやはり彼のトレードマークで、違うとすれば、それは彼がスーツを着ていることぐらいだろう。
「村西! 元気だった?」
 最初に声をかけたのは知華だ。
「おうよ。みんなも元気だった?」
 聞き返され、三人で頷く。
「んじゃま、寒いし、とっとと店行こうか」
 そう言うと知華は先頭を歩き、慶一郎と話ながら予約している店へと向かった。
 美奈子の隣には必然的に諒介がいる。
「江藤。もうだいぶ落ち着いたのか?」
 気遣う声が優しい。
「うん。てかまだ実感なくって」
「そうか」
 慶一郎はそれ以上聞くのを躊躇った。
「何か・・・・・・気を遣わせてごめんね」
「え? あ、いや。そんなこと・・・・・・」
「今日はさ、せっかくみんな揃ったんだから、何も考えずに楽しもうと思って。だから、気を遣わなくていいからね」
 美奈子の言葉に諒介は驚いたように目を見開いた。しかしすぐに穏やかな笑顔に変わる。
「お前も無理しなくていいからな」
「うん」

 お店はよくある居酒屋で、知華が予約してくれていた。案内された席には、美奈子と知華、向かいに慶一郎と諒介が座った。
「三時間飲み放題で三千円! 安いっしょ?」
 そう言いながら、知華はメニューを取り出す。
「一応このコースにしたんだけど良かったかな?」
 メニューに書かれたコースを見ると、デザートを含む十一品が出てくるようだ。
「十一品もついて三千円?」
 慶一郎が確認すると、知華は頷いた。
「そうだよ」
「やっす!」
 確かに安いと思う。知華はこうして安いのにボリュームがあるメニューがある店を探してくるのが上手い。なのでいつも集まる時の幹事は知華なのだ。
「じゃあとりあえず飲み物頼もう」
 知華はドリンクのメニューをみんなに見せた。
「やっぱ最初は生だろ」
 慶一郎がそう言うと諒介も頷く。
「俺もそれでいい」
「美奈子は?」
 知華に振られ、美奈子はメニューに目を通した。ビールが苦手な美奈子はカクテルにした。
「じゃあピーチウーロン」
「おっけ。すいませーん」
 知華が店員を呼び、注文をする。店員は注文を受けると、飲み放題とコースの説明をして下がった。
「それにしても久しぶりだな。元気だったか?」
 慶一郎は三人の顔を見ながら訊ねる。
「おう」
「毎日忙しいけどねー」
 諒介は短く答え、それを補うように知華がそう言った。
「江藤は? 仕事忙しい?」
 話を振られ、美奈子は頷いた。
「うん。年末だしね」
「やっぱりどこも年末は忙しいのかー」
 改めて確認するように慶一郎は言葉を吐く。
「今日は仕事でこっちに?」
 諒介が慶一郎に尋ねると、「そうそう」とめんどくさそうに頷いた。
「まぁおかげでみんなと会えたから良かったけどさー。明日も少し仕事してそのまま帰るから、今日じゃないとダメだったんだよ」
「なるほどね」
 何だか不思議な感覚だ。あの頃とメンバーは変わっていないはずなのに、それぞれが各自の仕事と生活をしている。同じ大学に通っていたあの頃とは何かが違う。
 それが時の流れというヤツなのだろうか。
「何か不思議だなー。学生んときと変わってないようで、何か違うもんな」
 美奈子は驚いて顔を上げた。今、自分が考えていた事と同じ事を慶一郎が口走ったからだ。
「同じ事思ったわ」
 知華が苦笑しながら告白する。
「俺も」
 諒介も笑った。
「実は、私も」
 美奈子がそう言うと、四人は顔を見合わせて笑った。やっぱり変わってない。
「なんだ。本当はあんま変わってないのかもな」
 慶一郎の言葉に三人は笑いながら頷いた。

 お酒が来ると、早速乾杯をして飲み始めた。そのうち料理も運ばれてきたので、四人は料理を食べながら近況報告を始める。
 それは仕事のことだったり、今の生活のことだったり。本当に当たり障りのない会話だった。
 どことなく胸が苦しくなってくる。知華と諒介はもしかして自分に気を遣っているんじゃないだろうか?
 もしかして自分は来ない方が良かったのではないか?
 そんな思いが頭のどこかで渦巻いている。
 笑顔の裏を詮索する自分に気付き、自己嫌悪に陥った。
 きっと三人はそんなことを思っていない。そう自分に言い聞かせる。
「美奈子? 大丈夫?」
 急に知華に声をかけられ、美奈子は顔を上げた。
「もう酔った?」
 知華は意地悪く笑う。その笑顔は学生時代と変わらず、優しい。
「ううん。何か懐かしくなっちゃって」
「そう? あ、もう空いてるじゃない。次、何頼む?」
 知華はメニューをもう一度美奈子に見せた。
 そうだ。こんなことで俯いてたら余計に気を遣わせてしまう。美奈子は気持ちを入れ替え、今この時間を楽しむことにした。
「じゃあ・・・・・・カシスオレンジ」
「おっけー」
 知華は再び店員を呼び、グラスが空になった四人分の注文をした。

「で? みんなどうなんだ? 浮いた話の一つや二つ、ないのか?」
 慶一郎がそう言った瞬間、三人の顔が曇る。しかし慶一郎は空気が読めない男なので、そんなことに気づくはずがない。
「・・・・・・ないよ! そんなの」
 知華が笑って誤魔化す。
「えー? そうなんか? 会社の同僚とかと合コンとかやんねーの?」
「やらないよ」
 二人が会話している中、美奈子は再び黒い物に包まれる感覚がした。
(ダメだ・・・・・・。変な顔したらみんなに心配かけちゃう)
 そう言い聞かせて、平静を装うとする。
「何だよ。諒介は?」
「俺もねぇよ」
 諒介が冷たく答えると、慶一郎はまた不機嫌そうに顔を歪める。
「江藤は?」
 慶一郎はきっと何も考えずに話を振った。それは分かっているのだが、何だか上手く声が出てこない。
「あ、あたしも・・・・・・ないよ」
「あれ? そうだっけ?」
「馬鹿」
 慶一郎の言葉に、諒介が冷たく言い放つ。それと同時に、我慢できなくなった美奈子は立ち上がった。
「江藤?」
 突然立ち上がった美奈子に慶一郎が声をかける。
「ごめん。トイレ」
 美奈子はそう言うと、席を外した。
「あれ? 不機嫌?」
 慶一郎は美奈子の背中を見送りながら呟く。
「ハァ・・・・・・あんたホント空気読めないよね」
 知華は頭を抱えた。空気が読めない男だとは知っていたが、ここまで酷いとは情けない。
「つーか馬鹿だろ」
 諒介はやはり突き放した。
「へ? 俺、何か変なこと言った?」
 その言葉に二人が脱力する。
「馬鹿だとは知ってたがここまでとはな」
「ホント酷すぎる」
 諒介と知華の言葉の意味が分からず、慶一郎は余計に混乱した。
「え? え?」
 未だに分かっていない慶一郎に二人は再び呆れる。
「ホントにまだ分かんないの?」
 知華に駄目押しされるが、どう考えても思い当たらない。
 慶一郎の様子を見て、諒介と知華は目で会話をした。
「ちょ! 二人共何だよ! 俺の何が悪いんだよ!」
「お前は超が付く馬鹿だな」
 諒介は冷たく言うと、慶一郎の目が潤んだ。
「もう忘れたの? 美奈子の婚約者、亡くなったの知ってるでしょ?」
 知華の言葉に慶一郎は一瞬固まる。止まっていた思考が動き始めると、自分の言動の最低さにようやく気づいた。
「・・・・・・ああー!!」
 大声で叫んでしまい、隣にいた諒介に後頭部を叩かれる。
「うるさい」
「やっべー。俺また空気読んでなかった!」
「今更気づいても遅いけどな」
 諒介にそう言われ、慶一郎は一気に青ざめた。
「どうしよー! 謝っても許してもらえないかな?」
「分からんけど、江藤のことだから・・・・・・」
「帰るって言い出すかもね」
 諒介の言葉を知華が継ぐ。
「うわー。超やっべー」
「とりあえずどうやったら許してもらえるか、足りない頭で考えるんだな」
 諒介はそう冷たく言い放つと、ようやく来たお酒を少し口に含んだ。

 手洗い場の鏡に映る自分を見つめる。
 何て酷い顔をしているんだろう。今にも泣き出しそうで、情けない顔だ。
 大丈夫だと思っていた。話を振られても笑顔で対応できると。
 それなのに今の自分は何だ。笑顔で返すどころか、情けない醜態を晒しただけじゃないか。
「・・・・・・馬鹿みたい」
 思わず自分を罵る。無理してここへ来て、せっかく集まったみんなに気を遣わせて、何をやってるんだろう?
 やっぱり来なければよかった。
 今更後悔したって遅いことは分かってる。だけどそう思わずにはいられない。
 空気を悪くしてしまった以上、自分がいてはダメだ。

 美奈子が席に戻ると、待っていましたと言わんばかりに慶一郎が立ち上がり、頭を下げる。
「江藤。ごめん!」
 突然謝られ、美奈子は驚いた。
「変な話、振っちゃって・・・・・・」
「そんな・・・・・・私も気まずくさせちゃったし・・・・・・」
 美奈子は慌ててそう返す。その瞬間、一気に静かになった。
「・・・・・・とりあえず座ったら?」
 知華の言葉で我に返る。慶一郎は素直に席に着いたが、美奈子は座ろうとしなかった。
「ごめん。私、帰るね」
「え?」
 美奈子の台詞に驚いたのは、他でもない慶一郎だった。
「何で? 何で帰るんだ?」
「せっかく誘ってくれたから来たんだけど、私……体調悪くて……。ちょっとお酒入って余計気分悪くなったから・・・・・・」
 見え透いた嘘は知華と諒介には見破られるだろう。だけど、こうでも言わないと帰る理由にならない。
 瞬間、知華と諒介が目で会話をしたことに美奈子は気づいた。
「分かった。一人で帰れる?」
 知華の問いに頷く。
「うん。タクシーでも拾って帰るよ」
「そう。気をつけてね」
「うん。ありがとう。それから、村西くんごめんね。せっかくこっちに来たのに」
 そう言うと、まだ納得の行かない顔をしていた慶一郎だったが、珍しく引き下がった。
「ううん。俺も変な話してごめんな。気をつけて・・・・・・」
「ありがとう。これ」
 美奈子は財布から一万円札と五千円札を取り出した。
「今日は私の奢り。だから、みんな楽しんでね」
「美奈子。多いよ」
 一人三千円なのだから、三千円多いことになるが、美奈子は首を振った。
「ううん。いいの。どうせ二次会とか行くでしょ。足りないかもしれないけど、使って」
 そう言うと、ようやく知華は納得した。
「分かった。じゃあご馳走様」
「ありがとうな」
 知華と諒介がお礼を言う。慶一郎は出遅れたと思い、慌てて口を開いた。
「ゴチ! ありがとう。また来るとき連絡するよ」
「うん。じゃあ、みんな楽しんでね」
 美奈子はそう言って別れを告げ、一人店を後にした。

「何で止めなかったんだよ」
 美奈子が帰った後、やっぱり納得していなかった慶一郎が文句を言う。
「止めたって、気分悪いのに楽しめないでしょ」
 知華はそう言いながらコースの料理を取り分けた。
「体調悪いとか嘘だろ?」
 慶一郎が珍しく言い当てたので、二人は驚く。
「よく分かったな」
 諒介がそう言うと、慶一郎はムッとした。
「俺だってそれくらい分かるよ」
「珍しい・・・・・・」
 知華に言われ、更にムッとする。
「何だよ。俺のこと下に見過ぎじゃね?」
「当たり前だろ」
 あまりにもあっさりきっぱり言われたので、慶一郎は何も言い返せなくなる。
「まぁとにかく。これ以上、ここにいたって、美奈子は気にしてるだろうし、空気も悪いままだと思ったのよ。だから今回はしょうがないでしょ。誰かさんのせいで空気悪くなったんだから」
 知華の言う事が正論過ぎてやはり反論できない。
「だな。俺も帰らせて正解だと思うよ」
 諒介は相変わらずクールにお酒を飲んでいる。今は切り替わって焼酎だ。
「俺・・・・・・どうしたら許してもらえるのかな?」
「許す許さないの問題じゃないだろ」
 間髪入れない諒介の言葉が胸に刺さる。
「こればっかりは時間しか解決してくれないのよ」
 知華の言う事も分かる。だけど、煮え切らない気持ちが渦巻いている。
「とにかく気持ち入れ替えて楽しもう? せっかく集まったんだから」
 知華の言葉に、二人は頷いた。

 美奈子は一人、街を歩いていた。週末の今日は、飲み会が多くあるらしくどの店も同じように混んでいる。人がたくさんいて、うるさいくらいだ。
 それなのに、いや、だからこそ余計に孤独を感じるのかもしれない。
 彼らは楽しそうに笑っているのに、自分はこんなにも泣き出しそうだ。
 胸が苦しい。息ができない。
 頭の中に浮かぶのは、もう戻っては来ない彼の変わらない笑顔。
 こんなにも鮮やかに思い出せるのに、もうその温もりを感じることも、手を握ることも、抱きしめることもできない。
「・・・・・・っ」
 溢れてきた涙を必死に抑える。こんなところで泣いたって、どうにもならない。
 早く家に帰って、熱いお風呂にでも入って、寝よう。
「美奈子さん?」
 突然声をかけられ、美奈子は驚いて顔を上げた。
「やっぱり。偶然ですね」
 そこにいたのは、忠和だった。
「後藤さん・・・・・・」
「どうかされたんですか?」
 すぐに心配される。自分はそんなに酷い顔をしているのかと改めて気づいた。
「あ、いえ・・・・・・」
「そうですか?」
 納得しない顔をした忠和だったが、すぐに笑顔に切り替わる。
「そうだ。美奈子さん、お時間大丈夫ですか?」
「ええ・・・・・・」
 頷くと、忠和の優しい笑顔が更に緩んだ。

 二人がやって来たのは、韓国料理屋だった。忠和は仕事終わりだったようで、これから食事をするとのことだった。
「すみません。食事に付き合わせてしまって・・・・・・」
「いえ」
 向かい合って座ると、忠和の顔がよく見えた。相変わらず柔らかい笑顔だ。
「ここのキムチ鍋、そんなに辛くなくて美味しいんですよ」
「そうなんですか?」
 忠和の笑顔につられて、自然と笑顔が零れる。
 たわいもない会話をしていると、鍋が運ばれて来た。ぐつぐつとよく煮えている。
「本当に美味しそう」
「早速いただきましょう」
 忠和はそう言って、お皿に取り分けてくれた。
「ありがとうございます」
 美奈子はお皿を受け取ると、よく煮えた野菜を口に運ぶ。
「本当に美味しいです」
「良かった。どんどん食べてください」
 忠和に進められ、美奈子の食も進んだ。さっき少し食べてはいたものの、暖かい料理が胃の中に入ると、何だかホッとする。
「そう言えば今日は秘書さんいらっしゃらないんですか?」
 いつも後ろに付き添っているイメージがあったのに、今日はいない。
「あぁ。斎木には別の仕事をさせているので。今日は私一人で取引先に行っていたんです」
「そうだったんですか」
 秘書とはまともに会話をしたことがないが、斎木という名前だと言う事は知っている。彼は寡黙で何を考えているのかその表情を読むことすらできないほどのクールな人だ。忠和とは対極にいる感じがする。
「それより、もう落ち着きましたか? 光俊のこと・・・・・・」
 気遣う声に我に返った。
「そう・・・・・・ですね。やっぱり実感がないです。未だに・・・・・・帰ってくるような気がして・・・・・・」
「私もです。こればっかりは時間が解決してくれるのを、ただ待つしかないみたいですね」
 忠和はそう言って苦笑する。美奈子も頷いた。
 この人にだけは、素直でいられる自分がいる。不思議だった。それは同じように大切な人を亡くした者同士の、妙な繋がりのせいかもしれない。
「今日はお一人だったんですか?」
 忠和は聞くのを躊躇いながら、訊ねた。
「いえ。本当は・・・・・・友人達との飲み会があったんです」
 その言葉に忠和は驚いた。
「え? 大丈夫なんですか? 戻らなくて・・・・・・」
 美奈子は苦笑して頷く。
「逃げて来たんです。私」
「え?」
 言葉の意味が分からず、忠和は聞き返した。
「光くんが亡くなったこと、知っている仲間だったんですけど。途中で思い出してしまって・・・・・・。何だか胸が苦しくなって・・・・・・。逃げるように店を出て来たんです。みんなに心配かけたくなくて。でも余計に心配をかけてしまって・・・・・・」
 別れ際の知華達の顔を思い出す。口ではああ言ってくれたけど、やはり心配していた。
「大丈夫ですよ」
「え?」
 忠和の意外な言葉に、美奈子は俯いていた顔を上げた。
「だって、仲間、なんでしょう? 美奈子さんのことを、きっと私よりよく知っている仲間でしょうし。心配するのは、大事に思われてるからですよ」
 その言葉が暖かくて、胸の奥でつかえていた物が取れたような気がした。
 そうだ。そんなことくらいで友達を辞めるなんて言い出すような人たちではない。
「逃げたくなる気持ちもよく分かります。それもよく分かっているからこそ、何も言わずに送り出したんじゃないんですか?」
 確かにあんな分かりやすい嘘、見抜けないはずはない。きっと気持ちを汲んでくれたのだ。
「ええ。そうだと思います」
 そう言うと、忠和は優しい笑顔を見せた。
「なら大丈夫ですよ」
 その笑顔と言葉が、心の奥に染み渡る。何故か忠和が言うと本当に大丈夫だと思える。
「はい」
 美奈子は笑顔で頷いた。

「すみません。またご馳走になってしまって・・・・・・」
 店を出ると、美奈子は謝った。
「何言ってるんですか。私が誘ったんですから」
 そう言って忠和は笑う。
「何かいつもご馳走になって・・・・・・。ありがとうございます」
 お礼を言うと、忠和は嬉しそうに顔を綻ばせた。
「こちらこそありがとうございます。また是非お食事しましょう」
「はい」
 二人は広い車道がある道へと出た。
「この後どうされますか? タクシーで帰ります?」
 忠和に聞かれ、美奈子は頷いた。
「ええ。そうですね」
「タクシーを拾えるところまで行きましょうか」
「はい」
 二人はタクシーの停留所になっている場所まで歩くことにした。

「あーあ。せっかくの飲み会だったのにな・・・・・・」
 慶一郎は間延びした声で愚痴を言う。
 三人はコースを楽しみ、先ほど店を出て来たばかりだ。
「お前が言うな」
 諒介にツッコまれるが、物ともしない。
「で? この後どうすんの? カラオケでも行く?」
 知華が次のプランを提案すると、慶一郎は嬉しそうに挙手した。
「はーい! カラオケでいいでーす」
「切り替え早いな」
 諒介は呆れて慶一郎を見やる。マイペースにも程がある。
「この辺でカラオケ屋って・・・・・・国道沿いにあったっけ?」
「そうだな」
 知華に聞かれ、諒介は頷いた。一番近いのはそこだが、週末なので混んでいそうだなと内心思った。
「じゃあとりあえずそこ行ってみようか」
「らじゃー」
 知華の提案に、慶一郎は楽しそうに歩き始めた。
「あれ?」
 ふと諒介の視界に入った人物に驚く。
「江藤じゃね?」
 諒介が指を指した方向を二人が見やった。
「ホントだ」
「誰だよ、あれ」
 確かに美奈子がいた。それはまだいいとして、隣に誰かいる。慶一郎は瞬間不機嫌になる。
「何で・・・・・・帰るって言ったじゃん」
 静かな怒りを宿したような言い方をする慶一郎を知華がなだめる。
「途中で知り合いに会ったのよ。きっと」
「それにしたって・・・・・・あんな顔してたのに・・・・・・」
 泣き出しそうな顔で店を出た美奈子は笑顔になっていた。
 慶一郎の胸の中で沸々と何とも言い難い気持ちが沸き上がってくる。
「あ、村西! どこ行くの?」
 突然歩く速度が上がった慶一郎を呼び止めるが、聞く耳を持っていない。慶一郎はどんどんと美奈子に近づいていく。
 知華と諒介はお互いに顔を見合わせ、すぐに慶一郎を追った。

「江藤!」
 突然呼ばれ、顔を向けると、慶一郎が立っていた。
「あ、村西くん」
「どういうことだよ」
 その言い方に怒りがこもっていることに気づく。
「どういうって・・・・・・村西くん、何で怒ってるの?」
 そう聞かれても慶一郎は自分でもよく分からないのだから、答えられるはずがない。
「何だよ・・・・・・もう新しい男作ったのかよ」
 慶一郎は忠和の顔を一瞥し、美奈子に向き直った。
「え?」
 何を言われているのか分からず、美奈子は反応ができない。
「何、言ってんの?」
 辛うじてそう聞き返した。
「江藤がそんな女だなんて思わなかった!」
 何故軽蔑されたのか分からず、美奈子はただ呆然としている。
「君・・・・・・」
 忠和が口を挟もうとしたその時、鈍い音がしたと同時に慶一郎が吹っ飛んだ。
「え?」
 忠和も美奈子もその目に映った映像が信じられず、固まる。
「ってー! 何すんだよ!」
 吹っ飛ばされた慶一郎は、その吹っ飛ばした相手を睨み付けた。
「ああん?」
 逆に睨み返され、慶一郎は萎縮した。
「野田くん・・・・・・」
 慶一郎を吹っ飛ばしたのは紛れもなく諒介だった。
「お前は何を言うとんじゃ。空気読めんのも大概にせーや」
「・・・・・・キレてる・・・・・・」
 やっと追いついた知華が呟く。諒介は普段こそ標準語だが、一旦キレると関西弁が出る。そして大抵キレるのは慶一郎に対してだった。
 それをよく知っている慶一郎は関西弁が出た瞬間、おとなしくなる。
「大体江藤が帰らなあかんくなったんは誰のせいやと思てんねや? それを棚に上げてようそんなこと言えるな」
 そう言われると言い返せない。慶一郎は俯いたままだ。
「それに江藤の話も聞かんと何で新しい男やって分かるんや? 仮にそうやったとしても、お前が口出しすることちゃうやろ」
「の、野田くん、もういいよ」
 美奈子がそう言うと、諒介は責めるのを止めた。
「村西くんも立って」
 そう言って手を差し出すと、慶一郎はばつが悪そうに顔を背ける。
「立て」
 諒介の一言で、慶一郎は怯えながらゆっくりと立ち上がった。
 そして、諒介は忠和に向き直り、頭を下げた。
「すみません。この馬鹿が変なことを言って・・・・・・」
 驚いていた忠和もようやく我に返り、首を振る。
「いや、私は別に・・・・・・。それより美奈子さんに謝った方が・・・・・・」
 そう言われ、諒介は頭を上げて美奈子に向き直った。
「ごめんな。江藤。こいつだけは縛り上げて東京湾にでも沈めるわ」
「そ、そこまでしなくても・・・・・・」
 そう反応すると、知華が割って入る。
「そうだよ。馬鹿は死んでも直らないから無駄よ」
「ちょっ!」
 知華のキツイ一言に慶一郎も思わず輪に入った。
「プッ」
 不意に吹き出した声に気付き振り返ると、忠和が口を押さえて笑っていた。四人の視線がこちらに向いていると気づいた忠和は、笑いを堪えながら口を開く。
「あ、すみません。仲がいいなぁと思って・・・・・・」
 その言葉に、四人は思わず顔を見合わせる。瞬間、笑いが零れた。
「そうだ。美奈子、こちらの方は?」
 ようやく知華が忠和のことを尋ねる。
「あ、この方は後藤忠和さん。光くんの、大学時代からの親友なの。さっきばったりお会いして・・・・・・」
「そうだったんだ。初めまして。平野知華です。美奈子の大学の友人なんです」
 知華は改めて忠和に向き直り、一礼した。
「初めまして」
「野田諒介です。お見苦しいところをお見せしてしまいました」
 諒介も挨拶をして一礼する。忠和は慌てて首を振った。
「いえいえ。こちらこそ誤解させてしまって・・・・・・」
「いえ。元凶はこの馬鹿ですから。慶、ちゃんと謝れ」
 諒介はまだふてくされている慶一郎を忠和の前に引っ張った。嫌々ながらも忠和の前に立たされた慶一郎は忠和の顔を一度見上げてから、頭を下げた。
「すみませんでした。俺の早とちりで・・・・・・」
「いいですよ。むしろ私には光栄でしたよ。勘違いされて」
 そう言って忠和は柔らかく笑う。その笑顔にホッとする。
「私よりも謝る相手がいるんじゃないですか?」
 忠和にそう促され、慶一郎はようやく気づいた。
「あ。江藤・・・・・・」
 美奈子に向き直ると、頭を下げた。
「ごめん。変なこと言って・・・・・・。俺・・・・・・」
「酔ってたんだよね」
「え?」
 思わぬ切り返しに、慶一郎は顔を上げる。
「村西くん、酔うといつも変なこと言うんだから。だから気にしてないよ」
 美奈子の優しさに慶一郎は胸が苦しくなった。こんないい子なのに、何であんな勘違いをしたのか、自分が恥ずかしい。
「ホント、ごめん。さっきも俺、江藤に酷いこと・・・・・・」
 店でのあの一件だって、自分のせいだと十分分かっている。自然と目線が下がった。
「だから、気にしてないって。顔を上げてよ。ね?」
 美奈子は優しく慶一郎の腕に触れると、慶一郎はようやく顔を上げた。
「これから皆さんはどこか行かれるんですか?」
 話の決着がついたと思った忠和はそう切り出す。
「あ、はい。カラオケに行こうかなって。後藤さんもいかがですか?」
 知華が答え、忠和を誘った。
「いえ。私は・・・・・・。明日も仕事がありますし」
 忠和がやんわりと断ると、知華は残念そうな顔をした。
「そうですか。では、またぜひ一緒に」
「ええ。もちろんです。・・・・・・美奈子さん。食事に付き合わせてすみませんでした」
 そう言われ、美奈子は慌てて首を振る。
「あ、いえ。私の方こそ・・・・・・。ありがとうございました。あのまま一人で帰っていたら、こうしてみんなと会うことも、仲直りすることもなかったですから」
 美奈子の言葉に、忠和は嬉しそうに笑った。
 空気が穏やかになっていくのを、全員が感じた。
 それは忠和がいるからなのかもしれない。彼の放つ雰囲気は柔らかく、温かい。
「では、私はこれで」
 そう言って忠和が去ろうとするので、美奈子は頭を下げた。
「はい。お気を付けて。今日はありがとうござました」
 忠和は再び柔らかい微笑みを美奈子へ向けると、他の三人にも軽く頭を下げ、タクシーを拾うために歩いて行った。

「いい人そうじゃない」
 忠和が帰ると知華が開口一番そう言った。
「雰囲気が光くんに似てるでしょ?」
 美奈子の言葉に、知華はゆっくりと頷く。
「後藤さんとは連絡取ってるの?」
 知華に質問され、美奈子は頷いた。
「うん。時々ね。『ご飯食べに行きませんか』って誘ってくださるの。忙しいのに、わざわざ時間を空けてくださって」
「そっか。美奈子が思ったよりも元気そうだったのは、後藤さんのおかげだったのかもしれないわね」
 知華の言葉に、素直に頷く。実際そうだと自分でも思う。
 一人じゃ抱えきれない苦しい気持ちを、彼になら素直に吐き出すことができた。それを窘めることをせずに、ゆっくりと包んでくれると分かっているから。
「はっくしょい!」
 突然空気を壊す壮大なくしゃみが聞こえた。何かと思えば、慶一郎が鼻をすすっている。
「ごめん。早くどこか入ろう?」
 美奈子が口火を切ると、二次会の話に戻った。
「カラオケ、美奈子も行くでしょ」
「うん」
 正直歌うのは得意ではないが、みんなが楽しんでいるのを見るのは好きだ。
 四人は国道沿いにあるカラオケボックスへと向かった。

 流石に週末ということもあり、混んでいたものの、案外すんなりと部屋へ通された。
「よーっし! 歌うぞー!」
 慶一郎は早速デンモクを取ると、慣れた手つきで曲を入れ始める。諒介もパラパラと歌本をめくり始めた。
 知華は歌本を美奈子と見ながら、話しかけた。
「ねぇ美奈子」
 呼ばれ顔を向けると、知華はいつになく真剣な顔をしていた。
「何があっても、私は美奈子の味方だからね」
 突然、何故そんなことを言うのか分からない。だけど、その言葉に勇気づけられた。
「ありがとう」
 何だか泣きたくなってくる。こんなに優しくて、温かくて、心強い仲間が、自分の傍にいてくれることが本当に有り難い。
「よし。歌うぞ」
 早速入れた音楽が流れ出し、慶一郎はマイクを手に立ち上がった。
「江藤」
 隣に座っていた諒介に呼ばれ、美奈子が顔を上げると、諒介はいつになく優しい笑顔をこちらに向けていた。
「俺も、味方だからな」
 どうやらさっきの知華の言葉が聞こえていたらしい。
「うん。ありがとう」
 諒介は慶一郎を見やると、口を開いた。
「あいつも馬鹿で空気読まないヤツだけど、本当はすごく江藤のこと心配してんだぜ」
 そう言われ、美奈子も慶一郎を見やる。彼はノリノリで歌っていて、こちらが何の話をしているのか気づく様子もない。
 確かに空気読まなかったり、自分勝手に行動したりして、いつも諒介に怒られる。だけどそれだけ行動力は人一倍良くて、誰よりもみんなのことを思っていることを美奈子は知っている。
「うん。分かってるよ」
 そう言うと、諒介は満足そうに笑った。