novela 【つばさ】エントリー作品−   

モドル | ススム | モクジ

  act.4 そして、彼女の事情 4-2  

 走って走って、追いつかれないように走って。
 気づくと、いつの間にか駅に着いていた。
 真由子は息を切らしながら、駅前の広場のベンチにゆっくりと腰を下ろす。
 夕方のこの時間は、やはり学生が多い。広場を通って駅へ向かう人の中に、楽器を持って広場で演奏を始めるストリートミュージシャンが混じり始めた。
 いつもは気にも留めないのに、今日は何だか目につく。
 あんなに一生懸命歌っているのに、立ち止まって聴く人は少なく、無視されていく。それなのに、あのストリートミュージシャンたちはそんなことお構いなしに歌い続けている。
 どうして歌い続けられるのだろう? 歌が好きだから?
 だけど……好きだけじゃダメだってことは、痛いほどよく分かる。
 こんなに好きなのに、どうして彼は自分を見てくれないんだろう?
 話しかけて、返事をしてくれても、目線はいつもあの女に向いてて、こっちを見てくれない。
 あんな女のどこがいいのか、さっぱり分からない。
 根暗でいつも下ばかり向いてて、かわいくもなくどちらかと言えば地味で。
「ハァ……」
 どんなに思っていても伝わらない。
 あいつをイジメれば、気が晴れると思った。あいつが学校に来なくなれば、彼はこっちを見てくれると思った。
 だけど誤算があった。イジメても気分は晴れない。どれだけイジメても、あいつは学校を休まなかった。
 高校に進学すれば、もうあいつに会わなくて済むと思った。彼が行く高校をリサーチして受けた。
 ここでも誤算があった。その高校には、あいつもいたのだ。それを知ったとき、愕然とした。
 そして気づいた。彼はあいつを追って来たのだと。それが分かった瞬間、ただ悔しくて、悲しくて。
 こんなに思ってるのに、どうして伝わらないんだろう?

 ふと顔を上げると、彼、高村健太が目に映った。姿を見た瞬間、嬉しくなる。
「……っ!」
 立ち上がり、声をかけようとした瞬間、あいつが目に入った。高村健太の幼馴染みである、木元優子。
「な……んで……?」
 それしか言葉が出てこない。どうしてあいつが一緒に帰ってるんだ?
 優子は健太の鞄を持ち、まだ松葉杖をついて歩いている健太をフォローするように隣を歩いていた。
 頬に一筋涙が流れたことに気づいたが、そんなの構っていられない。
 真由子はただ二人が駅舎へと歩いていくのを、見ていることしかできなかった。
 二人は真由子の視線など気づくはずもなく、通り過ぎていく。
 さっきまでざわついていた音が全く聞こえない。叫ぶように歌っているストリートミュージシャンの声さえ、耳に入ってこない。遮音された、別空間にいるような感覚になる。
「どうして……」
 自分の声だけがやけに響いた。
 溢れてくる涙を抑えることなんてできない。ボロボロと涙が零れ、地面へ落ちる。
 本当は分かってる。どんなに思っていても、彼は自分じゃないあいつが好きで、それはどんなに頑張っても変えようのない事実だって。
 どうしてこんなに好きなんだろう? どうして彼だったんだろう? 自分だってよく分からない。
 ただキッカケはとても些細で、彼がすごく優しかったから。意地っ張りで強情な自分に、優しく声をかけてくれたから。
 ただそれだけで、いつの間にか気になって、いつの間にか好きになってた。
 だからすぐに気づいた。彼があいつを好きだって。分かってて、こんなに好きになってた。
 彼じゃない、他の誰かを好きになれば、楽になれるのかな?
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