novela 【歌】エントリー作品−

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 例えば綺麗な夕陽を見た時。例えばほんの些細な事で嬉しくなった時。例えば誰かの言葉で胸を痛めた時。ふと頭の中に浮かぶ言葉やメロディーを紙に(したた)める。
 よく「どうやって詞や曲を書くの?」と聞かれるが、うまく説明できない。ただ頭の中に浮かぶのだ。少なくとも俺はそうやって書いている。

 俺の名前は斉藤(かける)。十九歳。普通の大学生。将来の夢はミュージシャン。
 高校の時に音楽に興味を持ち、大学に入ってからは友人たちと路上ライブをするまでになった。歌うことは好きだった。自分が作った曲を大勢の人に聞いてもらえることが嬉しかった。仲間たちとワイワイするのも楽しかったし、嫌なことがあっても歌うことで忘れることができた。
 でもいつしか歌うことが辛くなってきた。何故かは分からない。急に自信がなくなったのだ。こんな歌を他人に聞かせていいのだろうか? 俺の声は・・・・・・届いているのだろうか?

「・・・・・・る・・・・・・? ・・・・・・翔?」
 声をかけられ顔を上げると、幼馴染で親友の田辺和弥が立っていた。同じ大学の学生である彼も学食を食べに来たらしい。和弥は俺の隣にドカッと座った。
 外は夏真っ盛りで、焦げ付くような太陽の日差しが地面を照り付け、蝉がけたたましく鳴いている。
「どうしたんだ? 元気ないな」
「俺・・・・・・分かんないんだ」
「何が?」
 俺の言葉に、何のことか分からない和弥が聞き返す。
「歌うことの意味」
「歌うことの意味ねぇ・・・・・・。確かに難しいな」
 和弥は溜息と共に言葉を吐き出した。
 そもそも『歌うことの意味』なんて、無いのかもしれない。ただ歌いたいから歌う。それだけなのかもしれない。
「曲が・・・・・・書けないんだ。今まで何でもない時でもふと浮かんだメロディーも詞も・・・・・・全然浮かばないんだ・・・・・・。歌おうとすると、声が出なくなる」
「そりゃスランプだ」
 あっさりきっぱりはっきりと言い放つ。ここまではっきり言ってくれると逆に気持ちいい。
「もしかしたらお前が『歌うことの意味』を見つけた時にまた歌えるようになるかもな」
「歌うことの・・・・・・意味・・・・・・」
「辛いかもしれないけどさ、音楽から逃げるなよ」

 和弥の言葉が頭の中でリピートしていた。
『音楽から逃げるなよ』
 うん、分かってるよ。
 だけど書けないんだ。あんなに泉のように湧いてきた言葉も、メロディーも、今じゃ全く浮かんで来ない。どんなに綺麗な景色を見ても、どんなに嬉しいことがあっても。俺は今までどうやって曲を書いてたんだろう? どうやって歌ってたんだろう?

 路上ライブには相変わらず参加していた。歌うことが辛いので、一緒にライブをしている友人の曲をギターで伴奏していた。
 今までは歌うことで精一杯だったが、演奏だけになり、少し余裕が出てきた。いつもは見えていなかった俺たちの曲を立ち止まって聞いてくれる客を見渡してみた。と言っても四人くらいだが。それでも十分嬉しかった。
 いつも来てくれる人は決まっていた。仕事帰りらしいサラリーマン、高校生くらいの男の子二人、そして毎回来てくれている俺と同い年くらいの女の子。
 彼女には見覚えがあった。最初にここでライブをした時も、聞いてくれた子だ。初めての客にドキドキしながら歌った覚えがある。そしていつも最後まで聞いてくれる。毎回来てくれる彼女が妙に気になった。

 それから俺は彼女を目で追うようになっていた。ほとんどは一人で聞いてくれていたが、時には女友達と一緒に聞きに来てくれた。
 彼女を見つける度、嬉しくなっている自分が居た。いつからか、ライブをしながら彼女を探すようになっていた。
 俺はいつの間にか、名前も知らないその女の子に恋心を抱くようになっていた。

「どうした、翔。ずいぶん嬉しそうだな」
 構内で出会った和弥が声をかけてくる。俺は「まぁな」と曖昧に返事をした。
「見つかったのか? 『歌うことの意味』」
 和弥に聞かれ、思い出す。俺はそれをまだ模索している途中だった。
「・・・・・・それは・・・・・・まだよく分かんない。でも・・・・・・歌えるかもしれない」
「いいじゃん。そうやって思えるようになる、何かがあったんだろ?」
 意地悪く聞いてくる。俺は初めて和弥に彼女のことを話した。和弥は俺の話を黙って聞いてくれた。
「へぇ。じゃあ翔は、彼女に恋してんだな」
 和弥の言葉に俺は照れながら頷いた。改めて言われると、やっぱり恥ずかしい。
「がんばれ。俺は応援してるからさ」
 和弥は俺の肩をポンッと叩き、励ましてくれた。何だか心強かった。

 彼女をライブ中に見つけると、不思議と歌が歌える気がした。友人たちに混じって、一曲、また一曲と元のように歌えるようになっていた。自分でも呆れるくらい単純だと思う。
 そうだとしても、それで良かった。また歌えるようになるなんて思っていなかった俺は、再び歌うことに喜びを見出せるようになっていた。
 『歌うことの意味』は相変わらず良く分からないが、歌えることがとにかく嬉しかった。そしていつしか再び曲が書けるようになっていた。

「最近翔の曲、恋愛系が多いなぁ」
「誰かに恋してんじゃねーの?」
 一緒に路上ライブしている友人たちは流石に鋭かった。俺は「まぁな」と言葉を濁す。
 これ以上言うと、何を言われるか分からない。それでもしつこい奴は適当にあしらった。

 今日も彼女はいつものポジションで俺たちの歌を聞いていた。彼女を見つける度に募る彼女への想い。恥ずかしくて声もかけられない。
 俺の声は、想いは、届いてるんだろうか?

 曲も詞も彼女を意識して書くことが多くなった。名前も知らない彼女に向けて書くなんて、自分でも馬鹿げてると思ってる。更には曲で想いを伝えようとするなんて、無謀なことは分かってる。
 だけど臆病な俺は、こうするしか伝える方法が浮かばなかった。それから俺は仲間が居なくても一人で毎日路上ライブをするようになった。いつからか明日になることを心待ちにしていた。毎日彼女に会いたくてライブをしていたのかもしれない。

 その日も彼女はいつものように俺の歌を聴いてくれていた。少し距離を置いて、ずっと俺の歌を聴いてくれた。何曲か歌った時だった。ふと彼女を見ると、泣いているようだった。
 何で泣いてるんだろう? 駆け寄って抱きしめてあげたくなった。だけどそんな勇気も無く、俺はただ彼女のために歌い続けた。できるなら彼女にこの気持ちが届いて欲しい。
 彼女は泣きながらも、俺の歌を聴いてくれた。いつの間にか彼女の涙は乾いていた。

 自分の曲で泣いていたのか、辛いことを思い出して泣いていたのかは分からない。とにかく彼女が気になった。話しかける勇気さえあれば・・・・・・。
 でも彼女に冷たくあしらわれたらどうしよう、なんて心配もしてしまう。あの時もし駆け寄っていたとしても、自分は何ができたんだろう? 泣いてる理由なんて聞ける訳ない。でもここで悩んでても仕方ない。
 だから明日もまたライブをやろう。彼女はきっと聴きに来てくれる。彼女の為に歌おう。

 いつしか彼女のためにライブをするようになっていた。夕暮れから始めるライブは終わる頃には夜になっていた。会社帰りのサラリーマンや帰宅途中の高校生、色んな人が止まって聴いてくれるようになった。
 その数は日々増しているような気がした。だけど俺は相変わらず彼女のためだけに歌を歌い続けていた。
 彼女はいつも少しだけ距離を置いて最後まで聴いてくれていた。彼女を見つけると嬉しくてテンションが上がって、気合が入った。
 拙い俺の歌を聴いてくれている。それだけで本当に嬉しくて、歌に力が入った。

「お前本当にそれでいいのかよ」
 和弥はいつものようにお茶を差し出してくれた。俺はありがたく受け取り、口を付けた。
「何が?」
「何がってお前なぁ。彼女に気持ち伝えなくていいのかって聞いてんだよ」
 和弥は俺の隣に腰を下ろした。ココは和弥のアパートだ。俺はライブ終わりにココに来るのが日課になっていた。
 毎日毎日、彼女が今日も聴きに来てくれたと(きっと呆れるほどにやけた顔で)報告しに来るのだった。和弥はいつも黙って優しく微笑みながら俺の話を聞いて相槌を打ってくれていたが、今日は違った。
「気持ちね・・・・・・」
「好きなんだろ?」
 聞かれ、俺は頷いた。
「好きだよ」
「だったらどうして・・・・・・伝えようとしないんだ?」
 和弥には俺の行動が理解不可能なのかもしれない。俺を見ていて歯痒くなったのだろう。
「俺は・・・・・・見てるだけでいいんだ。彼女が・・・・・・ライブに来てくれるだけで・・・・・・」
「本当にそれでいいのか? 後悔・・・・・・しないのか?」
 和弥の言葉に俺は頷いた。でも正直怖かったのかもしれない。もし彼女に気持ちを打ち明けて、拒否されて、ライブにも来なくなってしまったら・・・・・・。そんなの嫌だ。
「分かったよ。お前がいいなら、これ以上何も言わない」
 和弥の言葉が優しく心に響いた。何だか突然すべてをさらけ出したい気分になった。
「怖い・・・・・・のかもしれない・・・・・・」
「怖い?」
「もし彼女に気持ちを伝えて、拒否されて、ライブにも来なくなってしまったらって考えて・・・・・・。名前も知らないのに・・・・・・好きだなんて言えないよ」
 俺の声は自分で分かるくらい震えていた。和弥は俺の肩をポンッと優しく叩いた。

 本当なら彼女に気持ちを伝えたい。だけど臆病な俺は伝えられない。
 頭の中でループする複雑な思い。明日になるのが、少し怖い。
 和弥の家から戻る途中、俺はずっと考えていた。
 何となく空を見上げると、星が所狭しと輝きを放っていた。田舎だから見られる星空なのかもしれない。この星空を見ていると、自分がどれだけ小さい人間なのかを思い知らされる。何でこんな事でこんなに悩んでるんだろう?
 ふとそんな思いが過ぎる。溜息を吐き、俺は右肩にかけていたギターを背負い直し、また一歩を踏み出した。

 一人暮らしの俺の家は相変わらず物が散乱していた。片付けなきゃいけないと言う意識はあるんだが、なかなか片付けられない。
 俺はギターを立てかけ、少し部屋の掃除をすることにした。やりかけの課題、本、脱ぎ散らかした服、音楽CDに譜面、書きかけの歌詞などが散乱している。
 よくもまぁここまで広げたものだと自分で感心する。夜も遅いのであまりうるさくしないようにしながら、片付けを進めていた時だった。
 ふとメロディーが浮かんだ。浮かんだメロディーを口ずさみながら、本を本棚に戻していたが、途中で手を止める。
「これ・・・・・・いいかも・・・・・・!」
 俺は片付けを途中で止め、立てかけてあったギターをケースから取り出す。五線紙を急いで取り出し、浮かんだメロディーをギターで確認しながら書き留める。
 その作業を繰り返しながら、何となくだが曲が完成する。
 今度は詞だ。この調子のまま作詞をすればいい曲が書けるかもしれない。俺は時間も忘れて曲作りに専念した。

 曲を書き上げたのは朝だった。今まで作ったことのない曲ができた・・・・・・気がする。
 やりきった! がんばった、俺!
 前傾姿勢でずっと譜面を書いていたので、背中を思い切り後ろに伸ばし、そのまま床に寝転がる。窓から明るい太陽の日差しが優しく降り注いでくる。とても爽やかな気分で、いつの間にかそのまま眠りについていた。

 何処かで何かが鳴っている。これは・・・・・・携帯電話だ。
 俺は寝惚け眼でジーンズのポケットに入れたままだった携帯をストラップを掴んで引っ張り出した。着信を見るといつも一緒に路上ライブをやっている仲間からだった。寝転がったまま電話に出る。
「・・・・・・もしもし・・・・・・?」
『生きてるかー!?』
 第一声にそれはないと思う。気持ちよく寝ていたのに、と不機嫌になりながら応答する。
「何だよ。気持ちよく寝てたのに・・・・・・」
『あれ? じゃあ、お前今日ライブ来ねーの?』
「え? 今何時!?」
『とっくに五時だよ。いつもの場所にお前居ないからどうしたんかと思ってさ』
 友人の言葉に俺はガバッと勢いよく起き上がった。何てことだ。寝過ごした。
「い、今から行く! 場所確保しといて!!」
『分かった。先やってるよ?』
「うん。すぐ行くから」
 俺は電話を切り、洗面所へ走った。顔を洗い、服を着替える。
 ギターをケースにしまって立ち上がると、今朝書き上げた譜面が目に入る。それも掴んで、俺は家を飛び出した。

 いつも路上ライブをしている駅前までは走って十分程度の場所だ。自転車があればいいんだが、この間パンクしたまま修理し忘れている。
 ギターを担いで走るのは、疲れるので途中で歩き始めた。駅の近道である川の土手の一本道を譜面を見直しながら歩いていた。
 まだ日は高いが、人が多いことに気づく。この道は人通りが少ないはずなのにと顔を上げると、浴衣を着ている女性が多かった。
 あ、そうか。今日は花火大会だ。この土手は一番よく見える場所だから、場所取りに来てるんだな。
 そう思いながら、目線を前方に移すと見たことのある人物が目に入った。彼女だ。見間違うはずない。今日はライブじゃなく花火を見るのか。
 そんな事をふと思った時、彼女の隣の人物が目に入る。背の高い男の人だった。目線をずらすと彼女と手を繋いでいるのが見えた。一瞬どういうことか飲み込めずにいた。
 次の瞬間、俺は一目散に来た道を戻っていた。頭が真っ白だった。とにかく走った。行くあてもなくただ無意識に走っていた。人ごみに逆らって、俺は走り続けた。

 気が付くと、和弥のアパートの前に居た。部屋のドアをノックすると、すぐに和弥が出てきた。こんな時間に現れた俺を見て驚いた顔をしながらも、部屋に入れてくれた。
 俺はいつものように和弥の部屋に入り、いつもの場所に座った。和弥は何も言わずいつものようにお茶を出してくれた。
 しばらくは何も言えなかった。何から話せばいいのか分からなかった。ただ頭が真っ白だった。だが和弥は何も聞いて来ない。それが救いだった。

「・・・・・・彼女を・・・・・・見たんだ・・・・・・。ライブに・・・・・・行く途中で・・・・・・」
 しばらくしてポツリポツリと話し始めた俺の言葉に、和弥は耳を傾けてくれた。
 俺はただ見たままを話した。ショックでちゃんと話せているのか、何を言ってるのかさえ自分でもよく分からない。だが、和弥はそんな俺の話を黙って聞いてくれた。
 話し終わると、和弥は俺の肩を優しく叩いた。それで俺はようやく和弥の顔を見た。
「でも・・・・・・それでも・・・・・・彼女に言いたいこと、あるんだろ?」
 和弥の言葉がぐるぐると頭の中を回った。
 言いたい・・・・・・こと? 彼女に? 何を? 気持ち? 今更言える訳ない。じゃあ何を伝えたらいい? 彼女に。
 目線を上げると、和弥は優しく微笑んでいた。
(あぁ・・・・・・そうか)
 俺はゆっくりと立ち上がり、ギターを背負った。
「ライブ・・・・・・行って来る」
「いってらっしゃい。気をつけてな」
 和弥に見送られながら、俺はまた駅前のライブ場所へ向かった。

「お、翔。遅かったな」
「ちょっとな・・・・・・。・・・・・・花火大会だから、やっぱ人少ないな」
 いつもよりは人が少ない気がする。仲間は「あぁ」と頷いた。そして次は何を歌うかを相談していた。
 その間に俺は一曲歌うことにした。ギターを取り出し、歌い始める。
 初めて路上ライブで歌った曲。緊張して声が出なかったことをふと思い出す。あの頃から彼女はライブに来てくれた。俺は声を張り上げて歌った。あの頃ちゃんと歌えなかった歌だが、今は緊張もなくなった。声も出るようになったと思う。毎日ココでライブをしている成果だろう。
 彼女は今頃彼氏と花火を見ているのだろうか。そんなことを考えながら、友人たちと何曲か歌っていた時だった。
 ふと目線を上げると、浴衣姿の彼女を見つけた。もちろん隣には彼氏らしき人が居る。仲良さそうに話している姿に、胸がチクッと痛んだ。
「なぁ。次・・・・・・今朝作った曲、やっていいかな?」
「おー。新曲か。聴きたい! やっちゃえ、やっちゃえ」
 友人たちは快く承諾してくれたので、俺は譜面を広げた。自分で作った曲とはいえ途中で間違う可能性もある。そんな恥ずかしい間違いしたくない。友人たちは広げた譜面を覗き込んだ。
 俺は深呼吸をして、ギターを抱え直した。イントロを弾き、歌い始める。
 伝えられない想いを歌にして、俺は彼女に向けて歌った。本当はアップテンポな曲なのだが、気分でバラードにしてみた。
 歌詞も今朝書いたものとは変えて歌った。彼女に伝えたい想いを詰め込んで歌った。・・・・・・多分・・・・・・気づいてはもらえないけど。
 正直、泣きそうだった。今まで毎日ライブができたのは、彼女のおかげだったから。淡い期待を抱きすぎていた。彼女ももしかして俺と同じ気持ちなんじゃないかって。馬鹿だよな・・・・・・俺。

 歌い終わった俺は、その場を離れた。彼女の元へ向かう。彼女は驚いた顔をしていた。
「あの・・・・・・いつも・・・・・・聴きに来てくれてありがとう」
 突然こんな事を言われたら、きっと誰だって驚くだろう。一拍置いて彼女が返事をする。
「ううん。ちょうど学校の帰り道なんです。貴方の歌に凄く勇気付けられました。嫌なことがあっても忘れられたし、貴方の歌がすごく心地が良かったから。こちらこそありがとう」
 初めて聞く彼女の声はとても優しく胸に響いた。彼女は笑顔でそう言ってくれた。
「・・・・・・拙い曲ばっかりだけど・・・・・・また聴きに来てくれますか?」
「もちろん。毎日楽しみにしてるの。これからもがんばってください。応援してます」
 彼女の言葉に胸がいっぱいになる。涙を堪えながら、俺は無理やり笑顔を作った。
「ありがとう。がんばっていい曲作ります。さっきの曲はいつも来てくれる君に書いたんですよ」
 そう言うと、やはり彼女は驚いていたが「ありがとう」とお礼を言ってくれた。
「これからもよろしく」
 俺が右手を差し出すと、彼女も右手を差し出してくれた。握手を交わし、俺はライブに戻った。まだ未練が残ってる。早く彼女に声をかけていたら何か変わってたのかな?

 空が花火に彩られる。帰り道、色鮮やかな花火を横目に歩いた。未消化な想いが胸に残っている。込み上げて来る涙を堪えながら歩いた。
 あんなにも待ち望んでいた明日が、今までと違う明日になる。
 きっと彼女は相変わらず俺の歌を聴きに来てくれるだろう。だけど俺は・・・・・・。
 ふと目線を上げると、目の前にいつの間にか和弥がいた。
「ちゃんと伝えられたか?」
 和弥の問いに、俺は頷いた。すると和弥は俺の隣に来て、肩を組んだ。
「そうか。頑張ったな」
 和弥の優しい声に、今まで堪えていた涙が溢れた。和弥は俺に肩を貸してくれた。人目も気にせず、打ちあがる花火に照らされながら俺は今までにないくらい泣いた。

 きっと明日も俺は歌うだろう。
 だけど今度は彼女のためじゃない。『歌うことの意味』を見つけるために歌うんだ。
 明日も、明後日も、明々後日も。だからせめて今日だけは涙を・・・・・・。




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毎回見に来ていた女の子の視点。