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ACT.8 Top secret
ある日の放課後。今日はバイトなので、早く帰らなければと門をくぐった時、奈月は呼び止められた。振り返ると武人がこちらに向かって走って来ていた。
「おいらも店行くよ。」
「何か見るもんでもあるん?」
「まぁ色々ね。そういや、奈月ちゃん制服のまま行って大丈夫なの?」
「あー、ちゃんと着替え持ってきとるから大丈夫やで。」
奈月は着替えが入った鞄を武人に見せると武人は納得した。

二人は電車に乗り、M駅で降りた。駅から出て、店の方へ歩き出した時だった。
「あ!!お前らっ!!」
と後ろで叫ぶ声がした。振り返ると、あっと言う間に五、六人の男たちが奈月たちを取り囲んだ。
「何?」
奈月も武人も一瞬のことに状況を把握できずにいた。
「お前ら、覚えてないとは言わさんぞ。」
一人の男がこっちを睨み付けてきていた。どっかで見たことあるような、ないような。
「武ちゃん、覚えとる?」
「いや、全然。」
二人のやり取りに、男はキレる。
「てめぇら・・・。」
どんどん真っ赤になっていく顔を見て、武人は思い出した。
「あー。学校まで来て奈月ちゃんにこてんぱんにやられたヤツだ。」
でかい声で過去の失態をバラされ、男は更に顔が真っ赤になった。恥ずかしかったのか、怒ってるためかは定かではない。
「あぁ。あの雑魚。」
奈月の納得の仕方は、完璧に火に油を注いだ。
「今日こそは決着つけてやる!」
「決着ついてるのにしつこいのはお前らだろ?」
「うるさいっ!」
武人のツッコミに男が吼える。
「どうする?奈月ちゃん。」
「どうするも何も・・・ねぇ?」
奈月と武人は目配せをした。やってもいいが、こんな街中でやる訳にはいけない。
「何やってんだ?」
突然声がしたので、全員が驚いた。声のした方を見ると、長身の青年がこちらを見ていた。
「楽しそうだな。武。俺も混ぜてくれよ。」
彼は冷ややかな目で男たちを一瞥した。その目で背筋が凍った男たちは情けなくもさっさと退散して行った。
「悪いな、沙紀。」
武人の言葉に、奈月は耳を疑った。今【沙紀】と言わなかったか?
「お前が敵を作りすぎなんだよ。」
沙紀は呆れたように武人を見やった。口調からして二人は友達なんだろう。
「あ、奈月ちゃん。紹介しとくね。彼が噂の沙紀くんだよ。」
武人に言われ、我に返る。間違いない【沙紀】って言った。
「噂って何だよ。」
「まぁまぁ。こっちが奈月ちゃんね。神谷に新しく入ったバイト。」
武人に紹介され、奈月は頭を軽く下げた。
「あー。誠一さんが言ってた・・・。よろしく。」
沙紀に言われ、奈月も「よろしく。」と返した。
「もしかして沙紀も今からバイト?」
武人の質問に沙紀が頷く。
「奈月ちゃんとバイト被るの初めて?」
「そうだな。」
武人と沙紀が会話をしながら歩き始める。奈月も二人の後ろを付いて歩く。
何か不思議な気分だ。女の子だと思っていた人が男の人だった。別に男女で差がある訳じゃないが、何だか複雑だった。
沙紀は武人と同じくらい長身で、綺麗な顔立ちをしていた。髪は光に透けると青く見えた。そういう色に染めているんだろう。左耳にピアスが二個。兄、一真と一緒だ。確かベースをやっていると言ってた。彼はどんなベースを弾くんだろう?
「ね、奈月ちゃん。」
「え?」
会話に参加していなかったのに、突然武人に振られ、驚く。
「俺たちバンド組んだんだよね。」
「あ、うん。そう。」
何故か変にぎこちない返事をしてしまう。
「三ピースだろ?あと一人は?」
「ギターだよ。奈月ちゃんがベースヴォーカル。」
「へぇ。」
沙紀は奈月を見やった。つい変な愛想笑いを浮かべてしまう。
「音合わせとかは?」
「こないだやった。意外と息ぴったりだったよ。それに奈月ちゃんの歌唱力はその前に実証済みだったし。」
「実証?」
武人の言う意味が分からず、沙紀は聞き返した。
「うん。LUCKY STRIKEのライブで飛び入り参加したんだよ。」
「へー。どうせあのバカの思いつきだろ。」
沙紀の毒々しい言い方に、武人が苦笑しながら頷いた。
「そだよ。」
「相変わらずだな。」
口調からして、LUCKY STRIKEのメンバーを知っているようだ。
「てかさ、沙紀。まだケンカしてんの?」
「別にケンカしてる訳じゃねーよ。あいつのバカさ加減に呆れてるだけだ。」
奈月には事情がよく分からなかったが、どうやら誠人とケンカしているようだ。【バカ】で誠人だと分かるのもどうかと思う。
「沙紀もまこちゃんも意地っ張りだからなー。」
「るせ。」
そう言うと沙紀は、さっさと店に入って行った。
「奈月ちゃん、あいつ口悪いけどイイヤツだからね。」
耳打ちされ、奈月は「うん。」と頷いた。

奈月たちが店に入ると、沙紀と誠一が話していた。こっちに気づくと、沙紀はさっさとロッカールームの方へ行ってしまった。
「おかえり。奈月ちゃん。」
「ただいまです。」
いつしか家のような感覚になっていた。
「沙紀に外で会ったんだってね。」
誠一に聞かれ、奈月は頷いた。さっき沙紀と会話してたのはそのことだろう。
「対面したとこ見たかったなー。」
「え?何でですか?」
そう尋ねると、逆に聞き返された。
「何のために今まで性別言わなかったと思ってるの?」
確かに今まで誰も【彼】とか性別を示唆するような言葉を言わなかった。
「わざと言わなかったんですね。」
「当たり前じゃん。奈月ちゃん、女の子だと思ってたでしょ?」
図星を付かれ、奈月は恥ずかしくなりながらも頷いた。
「やっぱりねー。で、どうだった?初めて会った感想は?」
「感想も何も・・・。」
「何やってるんすか。」
いつの間にか戻ってきた沙紀が誠一を睨んでいた。
「また俺で遊んでるんっしょ?」
「やだなー。人聞き悪い。楽しんでるんだよ。」
「同意語です。」
はっきりきっぱり言う誠一にズバッと沙紀が突っ込んだ。
(ええコンビやな・・・。)
「奈月ちゃん着替えて来な。今親父いないから。」
「はい。」
誠一の言葉に安心してロッカールームへ向かう。店長がいると、心置きなく着替えられない。どうにかして覗こうとする店長を縛り上げ見張ってもらわないと、安心できないのだ。

着替えて戻ってくると、武人が何かを買っていた。
「武ちゃん何買ったん?」
興味本位で尋ねると、武人は袋を見せた。
「ドラムのスティック。昨日張り切って練習してたら折っちゃってさ。」
「折ったん?」
武人があっけらかんと言うので、奈月は驚いた。
「ちっとは加減しろ。」
沙紀が冷たくツッコみながら、勘定を済ませる。
「まぁそんなもんだって。晋平もよくやる。」
誠一が苦笑しながらフォローする。
「ライブ中折れたってのは聞いたことあるけど、練習中折ったのは初めて聞いた。」
沙紀が呆れている。奈月も同感だった。
「ドラムが破れなかっただけマシじゃね?」
「そうそう破れるもんじゃねぇよ。」
やっぱり沙紀がツッコむ。どうやら彼はツッコミらしい。周りがボケだらけなせいかもしれない。
「んじゃ俺練習行って来る。」
誠一がエプロンを外し、レジカウンターに置いた。
「いってらっしゃい。」
沙紀がカウンターに置かれたエプロンを畳みながら見送る。
「あ、誠一さん。忘れ物!」
奈月はカウンターに置かれていた見覚えのあるCDを見つけ、店を出ようとする誠一を呼び止めた。奈月が持っているCDが目に入り、誠一はこちらに戻ってきた。
「ありがと。奈月ちゃん。」
CDを受け取ると誠一は店を出て行った。
「アレ何?」
気になった武人が尋ねる。
「デモ音源。」
この間直哉たちが持ってきたものだ。今日、レコード会社に送るとか言ってた。
「聞いたの?」
武人の言葉に奈月は頷いた。
「どんなだった?」
興味津々に聞いてくる武人に奈月は、数日前に聞いたあの音を思い出した。
「バックはすごい爆音に近いロックなんやけど、直哉さんのヴォーカルがめっちゃ澄んでて、一見アンバランスみたいやけど、すごいバランスがええ。不思議な感じやけど、聞いとって心地よかった。」
「へー。おいらも聞いてみたいなー。」
「武、聞いたことないっけ?」
沙紀に聞かれ、武人は「いんや。」と首を振った。
「ライブは行ったことあるけど、音源としては聞いたことない。」
「俺もない。」
「うちはライブ見たことない。」
武人と沙紀の言葉に続けて奈月が言う。でも、と続ける。
「でも基本は変わらんと思う。誠一さんたちが今までやってきたこと全部出しとると思うから。」
「そうだな。いい返事もらえるといいな。」
まるで自分のことのように話す武人に奈月は笑顔で頷いた。

武人が帰ってから、沙紀とどんな会話をしていいのか分からず、奈月は黙々と仕事をしていた。
「これ確認しといて。」
「あ、はい。」
奈月は渡された伝票を受け取り、床に置いてあるダンボール箱を開けた。中身を伝票と照らし合わせてチェックする。
「えーっと・・・奈月・・だっけ?」
突然名前を呼ばれ、奈月は立ち上がった。そう言えばちゃんと自己紹介していなかったと気づく。
「あ、はい。黒川奈月です。」
「梶原沙紀です。武と同い年だっけ?」
「はい。」
「じゃあ俺の二個下か。ベースヴォーカルだっけ?」
確認され、頷く。
「バンド経験は?」
「ないです。」
そう返事すると、沙紀は驚いた顔をした。
「マジか?」
「は、はい。」
「よくOKしたな。ベースヴォーカル。」
確かに自分でもかなり無謀な気はする。
「それは・・・成り行きで・・・。三人しかおらんから、どうしてもヴォーカルが兼用せなあかんくて・・・。」
「まぁ、それならそうなるか。」
そう聞くと、沙紀も納得したようだった。
「梶原さんは、ベースなんですよね?」
「沙紀でいいよ。まぁ俺も成り行きに近いけどな。」
「成り行きでベースになったんですか?」
そう聞くと、沙紀はフッと笑った。
「元々できたのはギターなんだけど、ベースのがかっこいいかなーって。」
「なるほど。」
「納得したし。」
「え?」
沙紀の呟きの意味が分からず聞き返した。沙紀は意地悪く笑った。
「嘘だよ。確かにベースはかっこいいと思ったけど、それだけじゃない。」
ちょっとした意地悪をするのは、誠一とよく似ていると思った。
「じゃあ何が動機なんですか?」
何だか悔しくて尋ねてみる。沙紀は少し渋ったが、口を開いた。
「俺、影響受けたバンドがあって、そのバンドのベースがすげー心に響いてきて、俺もそんなベースを弾けるようになりたいなぁって思ったんだよ。」
「影響受けたバンドって?」
思わず聞いてみる。沙紀は一瞬奈月の顔を見て、すぐに逸らした。こういう話は何だか恥ずかしいらしい。
「sparkle。」
「え?」
まさかその名前が出ると思っていなかった奈月は驚いた。
「sparkleだよ。俺がバンドやろうと思ったきっかけになったのも、俺がベース弾き始めたのも。」
「そう・・・やったんですか。」
奈月は驚きを隠せなかった。奈月の反応に、沙紀は何だか急に恥ずかしくなってきた。
「何だよ?」
「あ、いや、あの・・・。その・・・びっくりして。」
奈月の言葉に「何で?」と返す。奈月は少し躊躇いがちに口を開いた。
「うちも一緒やったから。うちが音楽に興味持ったんは、sparkleの音楽に影響されたからなんです。」
それは嘘じゃない。もちろん兄のバンドだからというのが一番の理由だが、それには触れないようにする。
「そっか。やっぱりロック好き?」
そう聞かれ、奈月は少し考えた。
「そうですね。よく聞くジャンルはロックかも。」
そう返事すると、沙紀が少し笑った気がした。

沙紀は武人とは正反対で、感情をそのまま表に出すことはなかった。しかし、音楽の話をしている時は何だか楽しそうだった。あまり笑わず、とっつきにくいと思われた沙紀だったが、音楽という共通の話題では会話が弾んだ。

「そろそろ閉めるか。」
沙紀が時計を見てそう言った。いつの間にかもう閉店時間になっていた。結局店長も帰ってこなかった。
「店長、どこ行ったんですかね。」
「どうせパチンコだろ。若しくはスロット。」
「やっぱり。」
あの人は経営者として何かが欠落している気がするが、誰も何もツッコまなかった。恐らく面倒くさいのだろう。
「あ。でも鍵は?」
奈月はいつも誠一と一緒なので、いつも誠一が戸締りしてくれていたのだった。
「俺持ってる。」
沙紀がじゃらっと鍵を見せた。沙紀は一人で店にいることもあるらしく、合い鍵を持たされているらしい。
「たっだいまぁー。」
突然能天気な声が店内に響き渡る。
「・・・・。」
その声と相反するかのように沙紀がしかめっ面をしている。奈月も呆気に取られ、開いた口が塞がらなかった。
「いやーごめんねー。お店空けちゃってー。あ、これあげる。」
沙紀が渡されたのは板チョコだった。
「あ、奈月ちゃんはこれね。」
と奈月に渡されたのはポテトチップスだった。
「店長・・・これ・・。」
奈月が恐る恐る訊ねる。
「パチンコの景品だろ。」
沙紀が頭を抱えた。
「なんで分かったんだ?」
店長が不思議そうな顔をして訊ねる。
「いつもじゃん。」
沙紀が即答する。
「もしかしてずっとパチンコやってたんですか?」
「んー。そーね。」
奈月の質問に店長は笑顔で答えた。沙紀が呆れているのが、奈月には分かった。
「いつものことだ。ほっとけ。帰るぞ。」
片付けを終わらせた沙紀がロッカールームへ向かう。
「あ、うん。」
「沙紀クン、冷たい・・・。」
寂しげな声を出す店長は、見事に二人に無視された。

帰り道。日は長くなったと言っても、もう薄暗くなっている。沙紀は帰る方向が同じだと、奈月を送ってくれた。
「沙紀くん、学校は・・・?」
会話に事欠いてこんな話題を振った。
「行ってない。って言うか辞めた。」
「辞めた?」
思いもしない返答に奈月は驚き、思わず聞き返した。
「ああ。俺のやりたいことと違った。」
「やりたいことって?」
そう尋ねると、沙紀は空を見上げた。
「まぁ未だによく分かってないけどな。」
何かの専門学校みたいなところに行っていたのだろうか?
「音楽は違うんですか?」
奈月が聞くと、沙紀は首を傾げた。
「どうやろ?今はやってるけど、先のことが分からん。」
その瞬間の沙紀の寂しげな顔を奈月は見逃さなかった。何か言おうとするが、言葉が出てこない。
「で?お前の家ってどこ?」
「あ、あそこのマンションです。」
奈月は数軒先のマンションを指差した。
「いいとこ住んでんじゃん。」
「兄貴の家で、今居候なんです。」
「そっか。大阪から出てきたって言ってたもんな。」
どうやら誠一から奈月の話は色々聞いていたらしい。
「にしても俺ん家と近いな。」
「え?どこですか?」
「あそこ。」
沙紀は奈月の住むマンションの三軒先のアパートを指差す。
「世間って狭い・・・。」
「ほんとにな。」
そんな他愛もない話をしていると奈月のマンションの前に着いた。
「んじゃ、お疲れ。」
「お疲れ様です。送ってくださってありがとうございました。」
「いいよ。帰り道一緒だし。じゃ。」
そう言うと沙紀は自分のアパートの方へ歩き始めた。奈月もその姿を見送りマンションへ入った。

そして日曜日。今日も武人の家のガレージを借りて練習をする。今回も智広と淳史がアンプをセットしてくれていた。今回二人は自分たちのバンドの練習に出ている。ちなみに彼らはスタジオを借りているらしい。
「イキナリ合わすん?」
奈月がベースの調節をしながら、聞いた。ドラムを軽く叩いていた武人が唸る。
「うーん。どーっすっかなぁ。」
「二人は全部演奏できるようになったの?」
秀一に聞かれ、二人は頷いた。
「一応。」
「うちも一応。ベースはやり始めたばっかやから、あんま上手くないよ。」
「そんなもんだって。俺だって独学だし。」
秀一が笑う。
「まぁ間違ってもいいから一応通しでやってみようか。」
武人が提案すると、二人は頷いた。
武人がカウントを取り、演奏が始まる。バラードなのでしっとりと。イントロを無事に乗りきり、ヴォーカルが乗る。
そして三人とも自分の演奏でいっぱいいっぱいのまま演奏が終わる。
「・・・どうやった?」
ヴォーカルとベースにいっぱいいっぱいだった奈月は二人に尋ねた。秀一と武人は顔を見合わせた。
「俺、いっぱいいっぱいだった。」
武人が恐る恐る漏らす。
「俺も・・・。」
秀一も苦笑いを浮かべる。
「実はうちも・・・。」
奈月がそう言うと、三人は思わずプッと笑った。
「最初はそんなもんだよね。」
秀一が笑いながら言うと、二人も頷いた。
「もう一回合わせてみっか。おいらさっき何回か間違えちった。」
エヘヘと笑いながら武人が言う。
「俺もだよ。武、カウントお願い。」
再び武人がカウントを取る。
今度は少しリラックスしている気がする。自然とギターのメロディとドラムのリズムが耳に入ってくる。もちろん、お世辞にも上手いとは言えない。けど奈月には心地よい音だった。

何度か練習しているうちに少しずつ音が合うようになってきた。
「だいぶ合うようになってきたな。」
秀一も途中から随分と余裕が出てきたようだ。
「音が素人なのはしゃーねーしな。」
武人はノビをしながらそう言った。それには奈月も秀一も納得した。
「後はどこまで完成度上げれるかやね。」
奈月が言うと、二人は「そうだな。」と頷いた。
「そのうちオリジナルとか作れたらいいんだけどねー。」
武人が言うと、秀一も頷いた。
「そういや武って前のバンドで曲とか作ってたの?」
「いや、全然。」
秀一の問いにはっきりきっぱりと答える。
「そんなきっぱりと・・・。」
「て言うかそんな本気でやってた訳じゃなかったし。コピーやりつつ、オリジナルは他のメンバーが作ったのをちょこちょこやってただけ。」
「そっか。」
「秀ちゃんは曲作った事あるん?」
奈月に聞かれると、秀一は首を横に振った。
「いや、作ろうとしたことはあるけど、メロすら浮かばなかった。」
「そっかぁ。まぁオリジナルは追々ってことやね。」
「奈月ちゃんは作った事ないの?」
不意に武人に聞かれ、奈月はふと思い出した。
「作った事・・・はある・・。」
「え!?」
「そうなん?!」
奈月の言葉に二人は驚いた。
「やけどもう忘れた。」
「えー。」
「ホントは覚えてるんじゃないの?」
秀一が意地悪く聞く。
「ホンマに覚えてへんって。それに曲って感じやなかったし。」
「詞は書ける?」
不意に武人が尋ねる。
「んー・・。書いた事はないけど。それがどうかしたん?」
「いや、やっぱ詞ってヴォーカルが書いた方がいいのかなぁと思って。」
武人の言葉に奈月はふと衛のことを思い出した。確かsparkleの曲は衛が全て作詞をしていたはずだ。
「そういうバンドもあるし、曲書いてる人が書くってバンドもあるよ。」
秀一が補足する。
「奈月ちゃんはどっちがいいと思う?」
「どうやろ?やってみんと分からんってのが正直なとこ。」
「まぁそらそうか。」
奈月の言葉に武人は納得した。
「とりあえずはコピー完成させたいよな。オリジナルはもう少ししてからのがいいかも。」
「そうだな。」
秀一が言うと、武人は頷いた。
「曲作り自体は今からやってても別にええかもね。」
「何で?」
「最初っからそんなすぐに曲作れんやろうし、時間もたっぷりあった方が余裕持って作れるやろ?」
「じゃあ曲は各々作ってみるって方向でいいかな?」
秀一が言うと、武人が立ち上がった。
「え?おいらも作るの!?」
「そりゃぁね。誰がどんな曲を作るのかって言うのは、一応確認しておきたいし。無理に一曲作らなくてもワンフレーズだけでもいいし。」
秀一の言うことは納得せざるを得なかった。
「まぁそういうことならがんばるけど・・・。」
「何かバンドっぽいね。」
ふと奈月が笑う。その言葉に思わず秀一と武人がハモる。
「「だって俺らバンドじゃん。」」


最近になって沙紀とバイトがかぶることが多くなった。それは沙紀の他のバイトの状況によるのだろうが、何度か話しているうちに先輩後輩ではなく、友達関係のような感覚になっていた。
「そういや、まだオリジナルやってないの?」
唐突に聞かれ、奈月は一瞬驚いた。
「オリジナルはまだ・・。一応作ってみようってことにはなったんやけど、皆作った事なくて全然・・・。」
「なるほど。」
沙紀はチラッと奈月を見た。
「お前はどんなんが書きたいんだ?」
不意に聞かれ、少し悩む。
「そうやなぁ。ノリがええやつかな。ライブできるみたいな。」
「それ作ったとして、ベース追いつくの?」
「うっ。」
痛いところを突かれる。沙紀はクスクス笑っている。
「何笑っとん!」
「いやぁ、素直だなぁって思って。」
笑いながら奈月を見ると、奈月はジッと沙紀を見つめた。
「な、何?」
突然見つめられ、沙紀は動揺した。
「いやぁ、沙紀くんも笑うんやなぁって。」
「どういう意味だ。」
大きな手で顔面を掴まれる。
「ちょ!いたたたたたた!!!」
沙紀の得意のアイアンクローが炸裂し、奈月はもがいた。
「仲いいねぇ。」
いきなり店長がにょきっと生えた。その瞬間に奈月は沙紀から解放される。
「店長。そんなに仲間に入りたいですか?」
沙紀が右手をワキワキとさせる。
「ひっ!俺は遠慮しとくよ!」
店長は一目散に逃げて行った。
「沙紀くんはどんな曲書くん?」
ヒリヒリする頭をさすりながら、奈月が聞いた。
「俺は・・ロックがベースかなぁ。後はたまにバラード。」
「沙紀くん、バラード書くん?!」
意外な台詞に奈月は思わず大声で聞き返した。
「どういう意味かな?」
また右手が顔を狙っている事に気付き、奈月は避けた。
「いや、ほら!どっちかって言うとハードロック系なイメージやん?」
慌てて取り繕う。
「まぁ大体はそうだけど、俺だってバラードくらい書くって。」
そう言いながら、沙紀は伝票整理を再開した。
(あれ?もしかしてスネたんかな・・・。)
「スネた?」
そう聞くと、沙紀は呆れたようにこっちを見た。
「何で俺がスネんだよ。」
(スネとるくせに。)
そう思いながらも口にはしない。沙紀のアイアンクローは痛過ぎる。
「あ、そうや。聞きたかったんやけど。」
「ん?」
「沙紀くんとこのバンドって作詞はヴォーカルがしよるん?」
「んー。今のバンドは曲作った人が書くって言うスタイルかなー。たまに共作みたくなる場合もあるけど。前のバンドはヴォーカルが全曲書いてた。」
「ふーん。やっぱそうなんや。」
「急にそんなこと聞いてどうした?」
「うちはどういうスタイルなるんかなぁって思って。・・・てかさ、沙紀くんも作詞したりするん?」
そう聞かれ、沙紀は頷いた。
「あぁ。もちろん曲書けば詞も書く。」
「見たい!」
「は?」
突然の奈月の申し出に沙紀は驚いた。
「沙紀くんが書いた詞、読んでみたい!」
「ヤダ!」
間髪入れず、沙紀が叫ぶ。
「えー。ケチケチせんと見せてや!」
「ぜってーヤダ。」
沙紀は思ったよりガンコだった。
「ケチ。」
「ケチで結構。」
「あはははははははは。」
突然豪快な笑いが入ってきた。
「あ、誠一さん。おかえりなさい。」
豪快な笑い声の主は誠一だった。
「何笑ってんっすか。」
「いやぁ兄妹みたいだなぁって思って。」
笑いを堪えながらそう答える。
「何の言い合いしてたんだ?」
「『沙紀くんが書いた詞見せて』って頼んでんのに、見せてくれないんですよ。」
奈月がぷぅっと怒りながら言う。
「沙紀のバラードは名曲揃いだよ。」
「何教えてるんっすか。」
誠一に変な事を言われ、沙紀が思わずツッコんだ。
「聞きたい。」
「ダメ。」
奈月の言葉に間髪入れずに沙紀が答えた。
「えー。」
「大体ライブでもないのに自分の曲披露するのは恥ずかしいんだって。詞なんて特に。」
「そんなもんなんですか?」
沙紀の言い分が気に入らないのか、奈月は誠一に聞いた。
「うーん。まぁ確かにね。曲としての詞はいいけど、普通に読むには恥ずかしいよね。特にバラードなんて。」
「何でそんなバラードゴリ押しするんっすか・・・。」
明らかな悪意が見える。
「まぁライブとかあれば見に行くといいよ。」
「あ、そっか。そうします!」
沙紀は思った。この二人に抵抗しても無駄だと。
「あ、いらっしゃいませー。」
ちょうど客が入ってきた。接客は奈月に任せ、沙紀は商品の整理を始めた。
「なぁ、沙紀。お前奈月ちゃんのことどう思ってるんだ?」
誠一がなぜか興味津々で聞いてくる。
「どうって・・・妹?」
「むー。そうか。」
「何で納得しないんですか。」
腑に落ちない誠一に沙紀は溜息をつく。
「誠一さん。」
「ん?」
「あいつ何であんなに寂しそうなんですかね?」
そう聞くと、誠一はニヤッと笑った。
「沙紀。やっぱ奈月ちゃんのこと・・。」
「どうせ誠一さんだって気付いてたんっしょ?」
そう言うと、からかう気が失せたのか、まぁねと認めた。
「何か時々ふと寂しそうな顔になるよなーって言うのはね。」
「本人には聞けないっすけどね。」
「そりゃね。」
沙紀の言葉に苦笑する。
「でもさ俺は、人間誰しも人には言えないような悩みの一つや二つはあると思うんだ。それを解決するのは自分自身しかいないとも思う。」
確かにそうだ。誠一の言葉は正しい。
「だけど女の子はガラスなんだよ。」
「ガラス?」
誠一が突然不可解な事を言い出す。
「そう。精神面では女の子のが強いと思うよ。でも肉体面では俺らより遥かにもろい。大切にしないと壊れちゃいそうじゃん?だから俺は女の子には優しくしないとダメだと思うわけよ。」
誠一の理屈は何となく分かる。
「数十キロあるアンプを一人で難なく運ぶような子でも?」
もちろん奈月のことだ。
「もちろん。それに奈月ちゃんの場合、全部自分に溜め込もうとしてるようにも見える。たまには吐き出さないと、そのうちきっと本当に壊れる。」
誠一の脅しにも似た言葉に沙紀は思わず奈月を見やった。確かに今は元気そうだ。笑顔もいつも通りだし、接客も言うこと無しだ。もし、誠一が言うように容量(キャパ)超えて壊れでもしたら・・・。
「まぁそうならないように、俺たちがなるべくフォローしような。」
「はい。」
誠一の提案に素直に返事した。


それから数日後。奈月はいつものように登校した。
「おはよ。奈月。」
「おはよー。」
あきらに途中で声をかけられ二人で教室に向かった。
「おはよ。」
「「おはよ。」」
教室に入ると秀一に声をかけられる。
「あれ?奈月、顔色悪くない?」
「え?そう?」
秀一に言われ、あきらと顔を見合わせた。
「あー。確かに。顔色悪いよ。」
二人に言われ、奈月は悩んだ。別に気分が悪いわけでも、風邪などを引いたわけでもない。むしろ健康だ。
「そう?うちは健康そのものなんやけど。」
「まぁ朝だからかもな。あんま無理せんようにな。」
「うん。」
秀一に注意され、奈月は素直に返事した。

午前中、奈月は特に異常なく授業を受けた。
そして昼休み、奈月たちはいつも通り屋上でお昼を取ろうと、屋上に向かっていた。屋上に続く階段を上っている途中、一瞬奈月の目の前が暗くなった。
「危ない!」
両隣を歩いていた武人と秀一が後ろに倒れた奈月の背中を受け止めた。
「ちょっと奈月ちゃん、大丈夫?」
武人が支えながら、奈月の体を起こす。
「あー、ごめん・・。何か急に目の前が真っ暗に・・・。」
「眩暈?」
秀一に尋ねられ頷く。
「やっぱ保健室行ったほうがいいんじゃない?」
あきらの言葉に奈月は首を振った。
「大丈夫やって。ちょっと眩暈しただけやもん。」
「でも朝から顔色悪いんだぞ。」
秀一にそう言われるが、奈月は笑った。
「大丈夫やって。あかんくなったら自分でちゃんと保健室行くから。お腹空いたし、お昼食べよ。」
奈月がそう言うので、とりあえず三人はお昼を食べることにした。

「奈月、詞書ける?」
突然秀一に振られる。
「へ?詞?」
「うん。詞。歌詞。」
「書いた事ないから分からん。」
「そっか。」
奈月の返答に秀一は残念そうに言った。
「もしかして曲もうできたん?」
奈月が目を輝かせる。
「いや、まだ完成はしてないけど・・。ある程度は。」
「すごいやん!」
「てか早いな、秀。」
武人も驚いている。
「まぁ作詞は曲できた段階で皆に聞いてもらって、OKが出てからでもいいんだけどね。」
「そやねぇ。」
「秀が書けばいいんじゃないのか?」
ふとあきらにツッコまれる。
「いやぁ。俺文才ないから。」
「大丈夫、こいつよりある。」
秀一の言葉にあきらが武人を指差した。
「ひでぇ!確かに秀には劣るだろうけどっ!」
あきらの言葉に反発するが事実なので、あまり強く言えない。
「あははは。」
「秀も笑うな。」
豪快に笑われ、武人は顔を真っ赤にした。
「うちもがんばらななぁ。」
「おいらも。全然メロディ浮かばないし・・・。」
奈月の言葉を引き継ぐように武人が呟いた。
「とりあえず出来た曲からやっていくっていう方向でいいよね。」
「そだね。」
少しずつだけど、動き始めた。それだけで何だかワクワクしてくる。
「よーし!俄然やる気出てきた!」
奈月は急に立ち上がった。
「あ、バカ。急に立ち上がるな。」
秀一に言われたが、時既に遅し。奈月はまたしても目の前が真っ暗になった。全身の力が一気に抜ける。
「奈月ちゃん!」
呼ばれた声がした気がした。そのまま奈月は倒れこんだ。

ギリギリセーフで武人が奈月をキャッチする。
「ナイスキャッチ。」
「武にしては上出来だ。」
あきらはこんな時にも冷たい。
「ちょっと奈月ちゃん!大丈夫?」
開かない目に武人が心配そうに覗きこむ。
「もしかして・・。」
秀一が奈月のおでこに手を当てた。
「熱あるみたいだ。武、奈月を保健室に。」
「ラジャ。」
武人はそのまま奈月をお姫様だっこをして立ち上がった。

「過労ね。」
保険医にそう言われ、三人は驚いた。
「過労!?」
「風邪ならもっと兆候があるはずでしょ。咳とか鼻水とか。」
確かに風邪なら本人が気付くだろうし、奈月のハードな生活を考えると過労だと言われた方が納得できる。
「まぁこのまましばらく休ませて、早退させた方がいいわね。本人が起きたら私が説明しておくから、鞄だけ取ってきてくれる?」
「ありがとうございました。」
三人は言われた通り、保健室に奈月を残し、教室に戻ることにした。
「それにしても過労とはねぇ。」
「忙しいのは分かってたけど、そこまで根詰めてたなんてね。」
「まぁ過労なら休ませておけば治るでしょ。これからはそんな根詰めないように注意しておけば大丈夫だろうし。」
あきらの言葉に二人は頷いた。

奈月が目を覚ましたのはそれから三十分後だった。
「あれ?」
「起きた?」
保険医が気付き、こちらに近寄ってくる。
「何でうちここに・・・。」
「過労で倒れたのよ。湊くんたちが連れてきてくれたの。」
そう言えば昼休みに気を失った気がする。
「あなた少し熱があるみたいだから、今日はもう帰りなさい。担任には事情を話してるから。お家の人に迎えに来てもらう?」
「あ、いえ。一人で帰れます。」
奈月はゆっくり体を起こした。どうせ一真は仕事だし、抜けられないだろう。
「そう。鞄は新堂さんが持ってきてくれたから。これね。」
保険医に鞄を手渡され、奈月は学校を早退した。

(熱あるのかなぁ・・。やっぱりちょっとしんどいや。)
だるさを堪えながら、奈月は門を出て駅に向かった。しばらくぼけっと歩いてると、後ろから声がした。
「よー。ねーちゃん、学校は?」
「サボリ?なぁ、なら俺らと茶でも飲まない?」
典型的なナンパである。昼間っからやることないのだろうか?
(ムシムシ。)
それでこそ体がだるくてしんどいのに、こんなヤツらの相手なんてできるわけない。
「あ、無視?」
「なぁ、俺らとお茶一杯だけでも付き合おうよ。」
男が奈月の腕を掴む。
「ちょう離してーや!」
奈月が振り解こうと思っても振り解けない。そのうちに頭がフラフラしてきた。
(ヤバい・・・。)
そう思ったとき、声がした。
「おい。何やってんだ?」
「ああ?」
その声の主を見て、奈月はすがるように叫んだ。
「沙紀く・・。」
その辛そうな声に沙紀はただ事ではないと気づいたようだ。
「嫌がってんだろ。離してやれ。」
飽くまで冷静に落ち着き払っている。
「てめぇはなんだ?」
「お前らに関係ないだろ。そいつに手ぇ出したら、容赦しねぇぞ。」
そう言った沙紀の冷たい視線に男たちは「すみませんでした!」と蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
「大丈夫か?」
「うん。ありがと。」
奈月は安心からか力が抜け、倒れそうになった。慌てて沙紀が近寄り、支える。
「どうした?顔色悪いぞ。」
「過労・・・やって。」
「過労?!」
数日前、誠一と言っていた事が本当になってしまった。沙紀は思わず唇を噛んだ。
「家に帰るんだろ?送ってくよ。・・・単車でも大丈夫か?」
奈月はこくりと頷く。
「じゃ、ちょっと待ってろ。」
沙紀は奈月を塀に寄りかからせ、急いでバイクを取りに行って戻ってくる。
「お前、大丈夫か?顔、赤くなってきてるぞ。」
「え?」
ぼけっとした声で返事する。
「ちょっとおでこ貸してみ。」
沙紀は奈月の額と自分の額をくっつけた。明らかに奈月の体温が高い。
「・・・熱出てんじゃねーか?」
「ほえ?」
返事が曖昧になってきた。早く家に帰って寝させないと、意識がなくなる。
「とにかく乗れ。家まで送ってやる。あ、これかぶれ。」
「うん。」
奈月ががボケっとしているので、沙紀がヘルメットを被せる。先に自分が乗り、奈月を後ろに乗せる。
「ちゃんと捕まってろよ。」
「うん。」
奈月は沙紀の体に腕を絡ませる。沙紀はエンジンをかけ、いつもよりゆっくりめに走り始めた。

奈月は段々しんどくなっているのか、背中に寄りかかったままになった。時間が経つ程、不安になって来る。このまま奈月の腕の力がするりと抜けて、落ちてしまわないか。沙紀は更にスピードを落とした。
しばらく走ると、自分が住む街に入った。沙紀は少しホッとする。
更に数分走り、奈月の住むマンションの前に到着する。
「おい。着いたぞ。」
「あー。ありがとー。」
奈月はいつもよりもゆっくりとした口調で喋った。ゆっくりと降りる。まだ何とか意識はあるようだ。自分でヘルメットを外し、沙紀に返す。
「はい。ありがと。ごめんなー。通りがかっただけやのに。」
「そんなことはいんだけどさ。大丈夫か?さっきより熱、上がったんじゃないのか?」
さっきより明らかに顔が赤い。しかもいつもしゃきっとしている奈月と違い、今は何だかふにゃっとしている。
「そー?でも大丈夫やて。家に帰って寝るだけやから・・・。」
「っておい!言ってる傍から倒れかかってんじゃねーか!」
奈月は言葉を語り終わらないうちにふらっとなり、沙紀が慌てて支える。
「全然大丈夫じゃねーじゃねーか。・・・しゃーねーな。部屋まで付いてってやるよ。」
「あ・・り・・がと。」
奈月は熱で息を切らしながらお礼を言う。
「大丈夫か?熱、上がってんじゃねーか?」
「かもね。」
奈月は苦笑いをした。
「とにかく早く家に入ろう。お前、しんどいだろ?」
沙紀の問いに奈月は頷いた。

「何階?」
エレベーターに乗り込んだ沙紀が奈月に問う。
「8階。」
言われた通りボタンを押す。
「しんどいなら、俺に寄りかかっとけ。」
奈月はその言葉に甘えて沙紀に寄りかかった。沙紀が後ろから支える。
一瞬、沙紀の温かさが一真とダブった。大きな手。いつも自分を支えてくれている手だ。
「・・・お兄ちゃ・・・。」
「え?」
奈月の呟きと同時にエレベーターが到着する。
「着いたぞ。」
奈月は支えられながら玄関の前に立つ。
「ここか?」
「うん。」
「鍵は?」
「ここ。」
奈月は制服のポケットから鍵を取り出す。
「貸せ。開けてやる。」
沙紀は奈月から鍵を受け取り、玄関の扉を開ける。自分の家とは全く違う空間が広がる。
「あ、上がって。」
奈月はフラフラになりながら、沙紀を促す。
「あ、うん。」
沙紀は言われたとおり部屋に入る。部屋はかなりきれいだった。いつも奈月が掃除してるんだろうか?
「奈月の部屋は?」
「あっち。」
奈月は玄関入ってすぐの部屋を指差す。沙紀につれられ、部屋にやってくる。女の子にしてはシンプルな空間だった。しかし奈月らしい気もした。
「体温計は?着替える間に取って来るよ。」
「えっと・・・奥がリビングなんやけど、そこのテレビの隣の棚の上。」
「分かった。」
沙紀は一旦部屋を出る。奥のリビングに入ると、これまたシンプルな家具でまとめられた空間が広がる。奈月もその兄貴もシンプルな部屋が好きなのだろうか?
「テレビの隣の棚・・・。」
リビングダイニングで、対面キッチンだった。リビング側にテレビ台とオーディオ機器、ソファが置いてある。テレビの隣にある棚に耳かきや爪切りや体温計が鉛筆立てのような箱に立てられてある。ふと見るとソファの前にあるテーブルの上にきちんとリモコンが整理されていた。奈月がやっているのか、兄貴がやっているのか知らないが、結構几帳面な兄妹だと思う。
「奈月、入ってもいいか?」
「ええよ。」
部屋に入ると、もう奈月は着替え終わりベッドに寝そべっていた。
「ほら、一応計っとけ。」
体温計を受け取り、計り始める。数分後、計り終わった体温計を沙紀に渡した。
「さ、三八度?」
沙紀は体温計の数字を見て驚いた。
「ほえ?」
熱でうなされている奈月はもはや日本語を理解できていなかった。
「いいから寝てろ。」
沙紀は奈月を寝かせ、蒲団を掛けた。奈月は目を閉じるとすぐに眠ってしまった。
(疲れてんだろうな。)
いつか誠一に奈月の生活を聞いたことがある。自分よりも多忙な生活だった。こんな華奢な体でどうやってこなしてるのか、すごく不思議だった。やっぱり彼女は女の子だ。誠一が数日前言った言葉が頭の中でこだまする。
『女の子はガラス。大切にしないと壊れちゃうんだ。』
「ガラス・・・か。」
沙紀は奈月の寝顔を見ながら呟いた。

どれくらい眠ったのだろう。奈月はいい匂いに目が覚めた。
「ん・・。」
「あ、起きた?」
ちょうど部屋に顔を出した沙紀が尋ねる。
「何かいい匂い・・・。」
寝ぼけ眼で呟く。
「あ、勝手に台所借りた。食うか?今できたんだけど・・。お粥。」
「うん。食べる。」
奈月はゆっくり起き上がった。
「大丈夫か?」
沙紀は食器をテーブルの上に置きフォローに回った。
「うん。」
「熱いから気をつけて食べろよ。」
沙紀はお粥を茶碗につぎ、奈月に渡す。
「ありがと。」
奈月は嬉しそうに茶碗を受け取り、食べ始めた。さっきより顔色が良くなっている気がする。
「あちっ。」
「大丈夫か?」
「うん。おいし。ありがと。」
何度も言われるお礼の言葉に思わず沙紀は照れた。
「あ、そう言えば熱は?」
沙紀は体温計を奈月に渡し、茶碗を預かった。
「あ、でも今食べたからちょっと高いかも。」
「かもな。」
沙紀も思わず笑った。
計り終わった体温計を沙紀に渡し、奈月は再び茶碗を受け取りお粥を食べ始める。
「三十七度七分・・・。ちょっと下がったか。」
しばらくすると、ガチャっと玄関の扉を開いた。
「あれ?奈月帰ってるんかー?」
(げっ。ヤバッ。)
今日に限って何故に一真の帰りが早いんだ。
「奈月ー?」
部屋を覗いた一真は驚いた。自分の家に見知らぬ男がいることと奈月がパジャマ姿でいることに。
「あ、お兄ちゃ・・・。」
奈月はそっと沙紀を見た。
(か、固まっとる・・・。)
沙紀は驚きすぎて、固まっていた。目の前には尊敬するベーシスト黒川一真がいるのだ。思わず自分の目を疑った。
「く、な、なんで?」
沙紀はその時気づいた。もしかして奈月の兄があの黒川一真?確かに苗字は一緒だ。
「奈月、誰?」
一真は部屋の入り口で立ち尽くしている。
「あー、えっと・・・。」
奈月は沙紀と兄を交互に見ながら説明し始めた。
「しょ、紹介するね・・。こちらは・・うちのバイト先の先輩で・・梶原沙紀くん。」
「あ、どうも。」
沙紀はなぜかかしこまり、正座で挨拶をする。
「こっちは・・・うちのお兄ちゃんで・・・知っとるとは思うけど・・・。」
そう言うと沙紀は深く頷いた。
「す、sparkleのベースの・・・。」
「正解。」
沙紀の言葉に一真が頷く。
「きょ、兄妹?」
「そ。」
沙紀は驚きを隠せない。一真は意外と冷静だった。
「マジで?」
「マジなんです。」
小声で問う沙紀に、奈月が返す。
「ところでこの状況は?」
やっと一真が質問する。
「あ、うち、学校で倒れちゃって、先生に言われて早退したら・・・帰り道に絡まれて・・・。」
「俺がその現場に居合わせて・・・この近所に住んでるんで、とりあえずここまで一緒に帰って来たんですけど。熱があったんで、とりあえず寝かせてその間にお粥作ってたんです。」
沙紀は奈月の言葉を引き継いで説明した。
「そっか。それは迷惑かけたな。」
「あ。いえ。」
一真がやっと部屋に入って来て、奈月の近くに座る。
「お前、熱あんの?」
一真は奈月の額に自分の額をくっつけた。
「ホンマや。結構熱いな。」
「でも熱下がった方やで。」
「まぁどっちにしても寝とけ。」
奈月を寝かせると、しばらくして寝息が聞こえてきた。
「沙紀・・・くんだっけ?」
「はい。」
一真は奈月の寝顔を見つめたまま、声をかけた。
「俺がこいつの兄貴やって黙っといてくれる?」
「え?それはいいですけど。・・・でもなんで?」
一真は顔を沙紀に向けた。
「俺が兄貴だなんてバレてみ?こいつが普通に生活できんくなるやろ?」
「そ、ですね。」
確かにそうかもしれない。だから奈月は兄貴の事は何も言わなかったのだろう。
「やから頼む。・・・あ、それと頼みついでにもう一つ。」
「何ですか?」
「初めて会ったキミにこんなこと言うのはおかしいんかもしれんけど。俺、ツアーとかでこの家空けることが多いやろ?やからそういう時、こいつの力になってやってくれる?」
「はぁ。別にいいですけど・・・。」
そう言うと、一真はホッとした顔をした。
「よかった。実はそれだけが気掛かりやってん。友達もできたみたいやけど、実際俺は会ったことないし。こいつも意地っ張りやからな。今日、キミに会えてよかったよ。」
そう言って微笑んだ一真の顔はテレビで見るよりもかっこよく見えた。