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ACT.6 DIVE
そしてLUCKY STRIKEのステージが始まる。誠人がマイクを持った瞬間に客は大いに盛り上がる。「LUCKY STRIKEです!盛り上がっていこうぜぃ!!」 誠人の言葉に客が一体感が生まれる。 「すご・・・。」 奈月はステージ袖でそれを見ながら、不安に押し潰されそうになった。成り行きとは言え、こんな素人の自分が出ても大丈夫なんだろうか?しかも最後の曲に。 『大丈夫や。奈月。』 ふと彼の声がした。その声に勇気を取り戻す。 「見とってや。駿。」 いよいよ奈月の出番になる。奈月は今にも飛び出してしまいそうな心臓を押さえた。 「みなさーん。楽しんでるかーい?」 誠人の呼びかけに客が歓声で答える。 「楽しんでくれてるみたいで良かったです。今日はスペシャルなゲストをお迎えしてます。ただ初めてライブに出るらしいので、温かい目で見てあげてください。ではご紹介します。黒川奈月ちゃんでーす。」 誠人の紹介で奈月が袖から出てくる。観客から拍手が沸き起こる。武人はここぞとばかりに人一倍拍手をした。 「こんばんは。初めまして。黒川奈月と申します。今日は突然ライブに出ることが決まって、かなり緊張しています。さっき誠人くんが言ったように、初めてステージで歌うので温かい目で見てやってください。これから皆さんに聞いてもらうのはsparkleの『[キミヲオモウ]』のアレンジバージョンです。それでは聞いてください。」 奈月は隣の圭吾と目配せした。他のメンバーとも目配せする。奈月は大きく深呼吸した。 「明けない夜など決してないよ ただ一つだけ君に誓う 例え 生まれ変わったとしても きっと君を見つけ出すよ」 奈月のアカペラが店内に響く。店にいた観客全員がその歌声に吸い込まれる。圭吾のギターが加わる。 「沈む太陽に 溜息する君 夜が怖いと 震える君は 初めて僕に 弱さを見せたね 傍に居ることしか できないけど」 奈月の歌は会場を包み込んだ。観客の誰もが、奈月の歌声に引き込まれていた。 (うわ。すご・・。) 秀一は開いた口が塞がらなかった。歌っている奈月はいつもとは違うイメージだ。 (カッコいい。) 素直にそう思った。それと同時に嫉妬心が生まれる。 (俺もステージに立ちたい。) そんな欲に駆られる。今はまだ無理だとしてもいつかは・・・。 武人はと言うと、違う意味で嫉妬に駆られていた。 (奈月ちゃんが・・・。手の届かない存在になっちゃう・・・。) デビューするわけでもないのにそんなことを考えていた。 (いいな。奈月ちゃんと一緒にステージに立ちたい・・。) 武人は指をくわえて見ていた。 「明けない夜など決してないよ ただ一つだけ君に誓う 例え 生まれ変わったとしても きっと君を見つけ出すよ」 奈月は歌いきりると、バック演奏を聞いた。さっき合わせた時は、自分に余裕がなかったので、ちゃんと聴けなかったが、今ゆっくり聴いてみると心地よい音色だ。 演奏が終わると、会場は拍手の嵐に包まれた。奈月は照れくさい気持ちで一礼した。 「ありがとうございました。」 奈月はそのままステージ袖に戻って行った。 「奈月ちゃーん。ありがとぉーーーーー。」 誠人が袖に向かって言うと、拍手は更に大きくなった。 「よかったよぉ。奈月ちゃーん。」 袖に戻ると、武人が腕を広げて待っていた。そのまま奈月に抱きつく。大きな身体で押し潰されそうになりつつも、緊張の糸が切れた奈月は無意識に武人によりかかった。 「ホント、すごかったよ。カンドーした。」 里佳が武人の後ろから声を掛ける。 「そお?」 武人がくっついたまま、奈月は答えた。 「うん。・・・・ちょっと、あんた!奈月ちゃんから離れなさい!」 なぜか里佳が怒る。 「ヤダ。」 武人が小さい子のように反抗する。 「いい加減にしろ。」 秀一が武人の顔面に手をおき、奈月から引き離す。 「むー。」 武人が唸るが、誰も気にしない。 「ありがと。秀ちゃん。」 「いえいえ。でもさ、ホントにすごかった。練習風景ずっと見てたけど、ステージで歌う奈月は全然違ってた。上手く言えないけど・・・。感動した。」 秀一の素直な感想に奈月は照れた。 「ありがと。でもなぁ、歌ってる時不思議と緊張せんかったんよ。いや、したんやけど。心地いい緊張感やった。」 「うん。楽しそうだったよ。」 里佳が笑う。しばらくすると、メンバーが帰ってきた。 「お疲れぇーーー。」 誠人が大声を出すと、それに続いてメンバーが「お疲れぇーーーー。」と叫んだ。メンバーは奈月とハイタッチをしながら楽屋へ戻って行ったので、武人たちも一緒に楽屋に戻ってきた。 奈月の顔はすっきりしているように見えた。本当に楽しそうな奈月を見て、秀一は更に嫉妬心に駆られた。自分もステージに立ちたい。今ギターをやっているのは、中途半端な気持ちからではない。いつか自分も多くの人たちの前で演奏をしたいと思っているからだ。歌わなくてもいい。ただ演奏がしたい。ギターでなくてもいい。ベースでも、ドラムでもいい。ギターができれば何でもできる気がするから。 「あーーーーーー。」 いきなり里佳が叫んだ。 「何?」 びくっと反応した武人が聞く。見ると里佳は携帯の時計と睨めっこをしていた。 「帰ったら9時じゃん。」 「そうだねぇ。」 「ノンキに言わないでよ。明日早いのにぃ。早く帰んなきゃ。」 武人のノンキな返しに里佳が早口で言う。 「あ、俺も帰んなきゃ。親が心配するといけないから。一応遅くなるとは言ってるけど。」 秀一も腕時計を見ながら言った。 「奈月ちゃんは?」 武人に聞かれ、奈月は考えた。今帰っても、どうせ仕事で一真はいない。 「うちはどうしょうかな・・・。」 「まだ大丈夫なら打ち上げ行く?」 智広に誘われ、奈月は驚いた。 「打ち上げ、あるん?」 「知り合いの店で軽いヤツね。帰りは遅くならないうちに送ってくから大丈夫だよ。」 兄たち以外の打ち上げに参加するのは初めてだ。参加したい衝動に駆られる。 「行ってみたい。」 「なら決まり!」 「んじゃおいら秀たち駅まで送ってくる。」 武人が名乗りを上げる。 「奈月ちゃん、またねー。」 「またね。」 里佳と挨拶を交わし、奈月は嬉しさを噛み締めていた。女の子の友達ができるなんて思っていなかった。あきらにしても里佳にしてもサバサバした自分とよく似た性格だからかもしれない。 「あ!!」 突然圭吾が叫ぶ。隣にいた誠人が尋ねる。 「どした?圭ちゃん。」 「武のやろう。逃げやがったな。」 この後、機材の片付けがある。メンバーは力持ちの武人を頼りにしていたのだった。 「あいつも賢くなったのか・・・。」 幸介が呟くと、智広が即否定した。 「たまたまだと思う。」 「あいつはバカだがタイミングがいいんだ。」 圭吾の言葉に一同納得した。 (なんちゅー言われよう・・・。) 傍で聞いていた奈月は武人の言われように思わず合掌していた。 奈月も一応機材の片付けを手伝った。と言っても女の子扱いされまくり、軽いものしか運ばなかった。 「持とうか?」 重そうに淳史が運んでいるのを手伝おうとすると、すぐに拒否された。 「これめちゃくちゃ重いんだぞ!無理に決まってるだろっ!!」 「いや、二人で持った方がええって。」 奈月が軽く反対側を持つと、淳史の顔が強張った。急激に重みが減り驚いた。 「おま・・なんで・・・。」 「うち、これでも鍛えてるからコレくらい軽いって。」 それを見ていた智広が大爆笑した。 「あははははは!!」 「てめぇ!!智広、後でぶっ殺す!!」 あまりにも豪快に笑われ、淳史はぶち切れそうだった。しかし機材を持っているので殴りには行けない。 「お前、奈月に鍛えてもらえば?」 後ろから冷徹な圭吾の声が聞こえてきた。淳史はワナワナと震え出した。 「お前ら全員大っ嫌いだぁっぁあああ!!」 「はいはい。片付け、早く済ませようね?」 幸介が笑顔で淳史の肩を叩く。笑顔だが目が笑っていない。 「・・・・はい。」 淳史は大人しく片付けを再開した。 「で、結局うちもステージに上がることんなって・・・。」 「そりゃ観に行きたかったな。」 パソコンに向かって何やら仕事をしているらしい一真に、奈月は今日一日のことを話した。長くて短い一日だった。 打ち上げから帰って来ると、もう0時を回っていた。とりあえずシャワーを浴びて、明日の準備をしながら話していた。 「お兄ちゃん来たらパニックなるって。」 奈月がそう言うと、一真は笑った。 「で?曲は?何やったん?」 一真に聞かれ、奈月は一瞬間を置いた。すぐに返事が返ってこないので、一真はディスプレイから奈月に目線を移した。視線を感じた奈月は、恥ずかしそうに答えた。 「[キミヲ・・オモウ]の・・・アレンジ・・バージョン・・・・。」 その言葉に一真は一瞬止まった。まさか自分たちの曲をやってるとは思わなかったのだ。 「え・・?ホンマに?」 聞き返され、奈月は俯き加減に頷いた。 「アレンジってすごいやん。奈月がやったん?」 「大体は・・・。やけど、ギターの圭吾くんと二人でやったって感じかな?」 「へー。アレンジかぁ。どんな感じにやったん?」 一真は仕事をそっちのけで、奈月に向き直った。奈月はアレンジを思い出しながら説明する。 「えっと・・・。サビをイントロに持ってきて、アカペラで歌って、1番のサビまでギターだけ。それから音を重ねてく感じ。」 「ええやん。即興でやったとは思えんな。」 一真に褒められ、奈月は照れた。 「シンセで補助したから、聞ける音にはなってたと思う。やけどやっぱりもうちょっと煮詰めたかったなって気はある。」 その言葉に一真は驚いた。バンドを組んだこともない妹の口からそんな言葉を聞くとは思わなかったのだ。 「奈月さ。」 「ん?」 「バンド組みたいとか思う?」 一真の突然の問いに、奈月は少し考えた。 「どう・・・やろ。正直よう分からん。『音楽やりたい』って気持ちはあるけど、それがバンドなんか、それ以外なんか、分からん。」 「そっか。」 奈月の答えを聞いて、何だか複雑な気持ちになった。それがどうしてなのかは分からない。 「あ、もう寝なきゃ。」 奈月は携帯の時計を見て、呟いた。一真がパソコンの時計を見ると、1時を過ぎていた。 「ホンマやな。」 「お兄ちゃん、まだ起きてるん?」 「あぁ。これやって寝るわ。」 一真はまたパソコンに向き直った。 「そう。無理せんでね。おやすみ。」 「おやすみ。」 翌日の昼休み。それはあまりにも突然のことだった。 「え?何って?」 驚いた奈月は秀一に聞き返した。 「だからさ。俺たちで、バンド組もうって言ってるんだよ。」 「バンド組んでどうすんの?」 あきらは昼食を食べながら冷めたツッコみをした。ちなみにここは屋上である。 「そりゃ、いつかは音楽で飯食ってけたらなぁって・・・。」 「そうは言ってもそんなに甘くないでしょ?」 「そりゃそうだけどさ。あきらだって夢あるっしょ。」 あきらの的確な指摘に秀一はしょんぼりする。 「そりゃ、夢はあるけど・・・。」 あきらも指摘され、声が段々小さくなっていた。 「おいら、ドラムしかできないぞ。」 「知ってる。」 昨日の智広たちの会話でそれは知っている。 「んじゃ秀は何やるんだ?」 武人に聞かれ、秀一は考えた。 「俺?俺はやっぱギターかなぁ。」 「じゃあ、奈月がヴォーカルか?」 2人の会話を聞いてあきらが結論を下す。 「え?」 突然自分の名前を出され、奈月は驚きのあまり顔を上げる。 「うん。それは決定事項で・・・。」 秀一が頷く。 「え?ちょ、ちょう待ってよ。やること決定なん?」 「「うん。」」 やる気満々の秀一と武人が答える。するとあきらが自分も入れられたらたまらないというように口を挟んだ。 「あたしパスね。あたしはカメラマン志望だし、音楽のことは一切分かんないから。それに武とは死んでも一緒にやらない。」 「しょんなー。」 武人が情けない声を出す。 「うん。そう言うと思った。」 秀一は少なからず予想していたようだ。 「じゃあ、3人ってこと?」 「そうなるねぇ。」 武人が秀一に問う。 「じゃあ、秀がギターでおいらがドラムで、奈月ちゃんがヴォーカルってことか?」 「ベースはいるんじゃないの?」 あきらが弁当箱を片付けながら言う。 「そうやねぇ。」 「誰か引っ張って来る?」 話はどんどん進められている。 「ちょっと!」 急に奈月が割り込む。 「うち、まだ決めてへんよ?勝手に進めんといて。」 「え?」 奈月の思わぬ反応に秀一は唖然とした。奈月ならすぐに乗ってくれると思ったのに。 「もう少し考えさせて。返事はそれからでもええ?」 「う、うん。」 「先行くね。」 奈月はそう言うと、荷物を持って下りて行った。 「あれ?奈月ならすぐOK出すと思ったのに。」 秀一は首を傾げた。 「それだけ真剣に考えてるってことだろ?」 「俺だって真剣に考えてるよ。」 あきらの言葉に秀一はむっとした。 「分かってるよ。でも奈月の場合、今日今すぐ返事しろって言われてもできんだろ?」 あきらの言うことも一理ある。秀一は黙り込んだ。 「ま、どっかの馬鹿は一瞬で決めたけどな。」 あきらは武人をチラッと見た。 「へっ?俺?」 一応あきらの視線に気づいた武人が自分を指差す。あきらは答えず、片付けた弁当箱を持って立ち上がった。 「あたしも先行ってるよ。」 あきらも下に下りて行ってしまった。 「秀。どうすんだよ。」 武人が不安そうに問う。 「どうするたって・・・。返事待ちっしょ。」 「でもよく思いついたな。バンドなんてさ。」 武人の言葉に、秀一は苦笑した。 「俺、いつかは組みたいって思ってたんだ。でもなかなかそんな仲間なんて見つからなくて、あきらめかけてたんだ。けどさ、昨日奈月の歌声聞いて、『これならイケる』って思ったんだよな。奈月ならすぐ賛成してくれるって思ったし。」 「でもま、唐突過ぎたかもな。」 的確な武人の突っ込みに何も言えなくなる。 「分かってんだ。突然言ったってすぐ返事くれるワケじゃないって。けど、俺、どうしても奈月とやりたいんだ。奈月となら何でも出来る気がする。」 不安になった武人は、思わず秀一に大事なことを聞いた。 「・・・秀。もしかして奈月ちゃんのコト、好き?」 「うん。」 きっぱりはっきりうなづかれ、武人はショックを受けた。 「がーん。」 「あ、いや。好きって言うのは友達の『好き』だよ。」 誤解させたと気づいた秀一は、慌ててフォローをした。 「なんだ。そっか。」 武人はホッと胸を撫で下ろした。 「秀まで奈月ちゃんのこと好きだったらどうしようかと思った。勝ち目ないもんなぁ。」 「なんで?」 「だって頭いいし、ルックスも性格もいいじゃん。俺、頭わりーし、顔も性格もめちゃめちゃいいってわけじゃないし。あきらや里佳にはバカにされるしさぁ。」 それはちょっと違う、と秀一は思った。 「そんなにさ、自分のこと悪く思わなくてもいいんじゃない?」 「ほえ?」 「武には武のいい所があるんだし。」 「例えば?」 そう聞かれ、秀一は一瞬悩んだ。 「・・・街で困ってる人がいたら、助けてるじゃん。俺、勇気ないから、そうゆう人に声かけられないんだ。だから進んでやってる武を見て、優しいとも思うし勇気あると思うよ。」 「そ・・かな。」 褒められ、武人は照れ笑いを浮かべた。 「うん。だからさ、あんまり自分を責めんなよ。」 「そうだね。・・・でも俺にとったら秀も優しいヤツだと思うよ。」 「え?」 「慰めてくれてありがと。人の気持ちを楽にできるのってすごいと思うよ。」 武人は笑った。秀一は思わぬ言葉に戸惑ったが、素直にそう言われて、とても嬉しかった。 「あ、そろそろチャイム鳴るよ。秀、教室戻ろ。」 「ああ。」 2人は立ち上がり、それぞれの教室に戻った。 奈月はその日1日、秀一に提案されたことを考えていた。 (秀ちゃんはきっと本気。うちにも夢がある。けど、秀ちゃんの期待通りに歌えないかもしれん。なら、うちは辞めといたほうがえんかな?) そう思って奈月は頭を横に振った。 (ううん。うちは?うちはやりたい。あの日、誓ったように。でも・・・。) 奈月の心は整理されないまま、帰宅した。いつものように夕食の準備に取り掛かる。 (もしやるとしても、いろいろお金かかるよなぁ。練習場だって必要やし。お兄ちゃんに相談してみよかな?やけど、反対されそう。) そんなことをぼんやり考えていると、一真が帰ってきた。 「ただいまぁ。」 「あ、おかえり。今日は早かったね。」 「ああ。それより奈月、ちょう来てん。」 一真が手招きする。奈月はリビングに移動し、一真の前に座った。一真は鞄から取り出したCDをデッキにセットし、再生ボタンを押した。ピアノのイントロが流れ、続いて衛の歌声が流れる。 「あ。これ。」 確か冬休みの時に、レコーディングしていた曲だと気づく。 「奈月がレコーディングんとき立ち会った曲。」 やっぱりそうだった。だがどことなく違う感じがするのは、あれから録り直しでもしたのだろうか。 「この曲のタイトルって何?」 「DIVE。」 DIVE。潜水。飛び込む。 複雑な思いが奈月の胸に渦巻く。 「お兄ちゃん。バンド組んで良かったって思う?」 突然の質問に、一真は驚いた。 「何や、急に。・・・そやなぁ。結果的には良かったかな。」 「結果的には?」 聞き返す奈月の言葉に頷く。 「俺がバンド組んだんは、高校ん時が最初やけど、最初は音楽で飯食ってけるなんて思ってへんかった。どっちかってーと、趣味やったしな。sparkleに入って、衛が『プロんなろう』て言うた時も、そんなんできる訳ないやんって正直思ってた。別に俺ら順風満帆やった訳やないしな。」 一真は苦笑した。デビューに至るまでの苦労話なら一晩以上かかるだろう。 「今こうしてバンドとか好きなことやれるって、すんげー幸せなことなんやと思う。」 兄の幸せそうな顔を見て、奈月も何だか幸せな気持ちになった。だが、不安は消えない。 「そっか・・・。バンド組むときって、不安はなかった?」 「そりゃあったで。今でもな。」 「今でも?」 意外な答えに奈月は驚いた。 「てかプロんなってからのが、不安だらけかもな。俺らがええって思っても、商品として見た時に全然あかんかったりな。けど、怖がってばっかりやったら、何も前に進まんからな。怖くても不安でも、挑戦した方が絶対ええし。」 「そっか。そうやんね。」 奈月が一人で納得しているのを見て、一真は気になりようやく尋ねた。 「さっきから何やねんな。何かあるんやったら、相談くらい乗るで。」 一真の言葉に、奈月は俯いていた顔を上げ、一真の目を見た。 「今日ね、バンドに誘われたんよ。」 「え?」 思わぬ話に、一真は驚いた。 「返事は?何て言うたん?」 「まだしてへん。」 奈月はまだ迷っているんだとすぐに気づいた。 「メンバーは?決まってるん?」 「誘ってきたは秀ちゃん。一緒に委員長してる天野秀一。多分、ギターになると思う。あとドラムが武ちゃん。湊武人。試験の日、帰りに絡まれてた人。」 奈月の説明で、その2人が誰なのか何となく分かる。 「やるとしたら3人か?」 「うん。今んとこ。」 奈月は俯いたままだ。一真は頭をかいた。 「なぁ、奈月はどうしたいんや?やりたいん?やりたくないん?」 一真に問われ、奈月は少し悩んだ。躊躇いがちに口を開く。 「やり・・たい。どっちかって言うとやりたい。」 「なら何を迷ってるんや?」 一真に聞かれたが、上手く言葉にならない。必死で言葉を探した。 「分からんけど、不安、なんやと思う。バンド、組んだことないし、ホンマにうちでえんかなって思うし・・・。」 奈月が不安に思うのも分かる。 「お前が不安なんは、よう分かるで。やけど、その秀一ってヤツは『奈月がええ』って言うたんやろ?それやったら後はお前次第なんちゃうん?」 一真の言葉に、何だか勇気が沸いた。 「そう・・・やんね。うち、やってみたい。挑戦してみる。めちゃめちゃ不安やけど、やってみたい。怖がってたら、何もできんもんね。」 奈月が明るい笑顔を見せた。一真も自然と笑顔になった。 翌日。早速奈月は秀一に返事をした。 「昨日言うてたバンドのことやけど。」 「うん?」 「うちでええんやったら、やるよ。やらせてください。」 そう返事すると、秀一の顔がパァと明るくなった。 「ホントに?よかった。奈月いなかったら、バンド組むのやめようかと思ってたんだ。」 「そうなん?」 思わぬ言葉に奈月は苦笑した。 「うん。何しろ俺は奈月の歌声に惚れた1人だからね。」 「大げさやな。」 奈月が笑うと、秀一が真顔で返事した。 「大げさ違うよ。里佳だって、武だって奈月の歌声に感動してたもん。」 「ホンマにぃ?」 疑いの眼差しを向けると、秀一は至って真面目に頷いた。 「ホントだって。それに俺の大好きな曲のイメージ崩すことなく、歌ってたもんな。」 「そーかなぁ?」 褒めちぎられると、嘘っぽく聞こえる。だが、嬉しいことには変わりない。 「そうやって。俺、羨ましかった。奈月みたいにステージに立ちたいって本気で思った。」 秀一の目は真剣だった。その言葉に、奈月も気合が入る。 「がんばろうね!」 奈月はガッツポーズをした。 「おう。」 秀一も同じようにガッツポーズをした。 昼休み。例のごとく、奈月、あきら、秀一、武人の4人で屋上で昼食を食べていた。 「そっか。んじゃ、奈月ちゃんもやるんだ。バンド。」 武人は弁当(重箱並)を一気に食べ、更に購買部で買ったパン(3個目)を食べていた。 「うん。」 「昨日、何かあった?」 あきらが横から入ってくる。 「え?何で?」 「昨日結構悩んでたみたいだったからさ。意外と早く答え出たんだなぁって思って。」 あきらの言葉に、奈月は苦笑した。 「ああ。昨日は・・・勇気がなかったんよ。」 「勇気?」 「うん。ホンマにええんかな?って。誘ってくれたん、めっちゃ嬉しかったけど、同時に臆病になって。」 「今は吹っ切れたってこと?」 秀一が訊ねる。 「うん。思い切って挑戦してみようって思って。」 「そっか。」 奈月の笑顔に、3人は安心した。 「ところでパートはどうなるん?」 あきらがツッコむ。何だかんだで興味はあるようだ。秀一はその言葉を受け、奈月の方へ向き直った。 「そのことだけど、ヴォーカルは奈月でいい?」 「え?あ、うん。」 歌うのは好きなので、奈月は快諾した。その返事を聞いて、秀一はホッと胸を撫で下ろした。 「良かった。あとギター、ベース、ドラムか・・・。俺がギターで武がドラムで決定で、あと1人ぐらいは欲しいよな。」 秀一は考え込んだ。 「ベースか・・・。」 奈月が呟くと、あきらがさも当たり前かのように口を開いた。 「奈月がベースヴォーカルやりゃいいんじゃね?」 「お前なぁ、簡単に言うけど難しいんだぞ。ベースヴォーカルって・・・。」 「そうなのか?」 武人の言葉にあきらがあっけらかんと言い放つ。 「ええよ。」 「え?」 奈月が突然返事をしたので、一同驚いた。 「ええよ。ベースヴォーカルでも。」 「だけど難しいって・・・。」 「どっちにしてもベースはいるやろ?当分3人でやるんやったら、ベースヴォーカルしかないやん?」 奈月の言葉に秀一も武人も動揺した。 「そりゃ、やってくれたら嬉しいけど・・・。ホントにいいのか?」 確認するように秀一が尋ねる。 「うん。でもやるからにはちゃんとやる。中途半端にはやらんから、安心して。」 奈月の言葉に秀一と武人は顔を見合わせた。 「じゃあ、大変だろうけどよろしく。」 秀一が右手を差し出し、奈月と握手をする。2人の手の上に武人の右手がかぶさる。 「がんばろう!」 「「おう!!」」 その晩から、奈月は一真にベースを借り、練習を始めた。ギターよりも弦が太くて硬い。練習はギターに比べて大変だった。それでも何だか楽しかった。基本的な事しかまだできないが、少しずつ弾けるようになるのが楽しくて仕方なかった。 一真が仕事から戻ると、一真に少しずつ教わりながら練習する日々が始まった。 |