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エピローグ
8月18日。葵の誕生日でもあり、葵の両親の命日でもあるこの日に亮と葵は籍を入れた。
亮の希望で亮が日向の籍に入ることになった。今まで使っていた性には、亮にとって忘れたい過去があると気づいた葵はそれを快く了承した。
亮がこの日に籍を入れたかったのは、親の命日であるこの日を葵にとってただ辛いだけの日にしたくなかったからだった。

この日、亮は仕事だったのだが、空き時間に抜け出して、二人で役所に届けた。

婚姻届が無事に受理されたその夜。
「「「おめでとー。」」」
メンバーが日向家に駆けつけ、二人を祝った。
「ありがとう。」
「亮くんがこの家に住むんだっけ?」
美佳が給仕をしながら問うと、武士が叫んだ。
「え?!そうなん?」
亮は無言で頷く。
「親が折角残してくれた家だし。葵出てったら、俺らだけんなるし。」
「そうなると家にホント誰もいなくなっちゃうからね。」
快人と直人が事情を説明した。
「そっかぁ。」
「新婚なのに、邪魔者がいてアレだけど。」
直人が小さく呟く。
「まぁ俺ら自分の部屋に居ることが多いし、そのうち出て行くだろうからさ。」
「え?出て行くの?」
快人の言葉に葵が反応する。
「俺らだっていつかは一人立ちするんだよ。」
「いつまでも葵ちゃんに甘えてられないしね。」
そういう二人は幾分大人に見えた。
「そっかぁ。」
しゅんとする葵の頭を亮が優しくなでる。何だかその光景に場が和む。
「そんないつ出て行くかなんて今話さなくてもいいでしょ。今日はお祝いなんだから。」
美佳が言うと、全員気を取り直す。
「んじゃ、乾杯すっか。」
武士がグラスを掲げる。
「待って。香織さんがまだ来てない。」
葵の言葉に全員が見渡す。確かに来ていない。
「龍二、何か聞いてへんの?」
慎吾に聞かれるが、龍二は首を傾げた。
「特には。」
「おかしいな。香織、こういうときこそ一番にいるのに。」
透がそう呟いた時だった。ものすごい足音が近づいてきて、リビングの扉を開けた。
「香織。」
「何やってたん?もう始めるとこやってんで。」
香織は龍哉を抱いたまま、龍二に詰め寄った。
「龍二。」
「な、何や。」
今まで見たこともない恐ろしい形相に流石の龍二もたじたじだった。
「できた。」
「へ?」
何のことか分からず、マヌケな声が出る。
「赤ちゃん!2ヶ月だって!」
「それって・・・。」
突然のことで、龍二は頭がなかなか回らない。
「もちろん、龍二の子よ。」
「「「おめでとーーーーー!!!」」」
聞いていた周りが拍手をしてお祝いを言う。それでやっと龍二の止まっていた思考が動き出す。
「や、やったー!」
香織を思わず抱きしめるが、香織に抱かれていた龍哉が苦しがるのに気づき、すぐに離れる。
「やったな。龍哉。弟か妹ができるんやで。」
「おとーと?いもーと?」
意味が分からず、龍哉は首を傾げた。龍二は龍哉を抱き上げた。
「そうや。お兄ちゃんになるんやで。」
「おにーちゃ?」
それでもまだよく分からないようだ。龍二は龍哉の頭を撫でた。
「んじゃま、ダブルでおめでたいってことで。」
武士は仕切り直してグラスを持った。全員がグラスを取る。
「かんぱーい。」
カチャンとグラスが音を立てた。

「お祝いに託けてただ自分らが飲みたかっただけちゃうか。」
飲むだけ飲んでぶっ倒れた面々を見て、亮が毒を吐く。
「まぁいいじゃない。久しぶりでしょ。ゆっくりするの。」
「まぁな。」
葵にそう言われると認めるしかない。
未成年の快人と直人は適当に抜け出し、明日の準備をしてもう部屋で寝ている。倒れた人たちにタオルケットをかけ終わり、葵はダイニングに座っている亮の元へ戻った。
「亮くん。」
「ん?」
急に葵が改まる。
「これからよろしくお願いします。」
深々と頭を下げられ、亮は焦った。自分も急いで立ち上がり、一礼する。
「こちらこそお願いします。」
二人は何だか妙に照れて、目が合うと噴出してしまった。


翌日。マスコミ宛にFAXが流された。
「この度、皆様に報告したいことがあります。
BLACK DRAGONのヴォーカル、亮は結婚しました。相手は以前週刊誌に載った彼女です。
彼女は女性嫌いだった僕に初めて"愛する"ということを教えてくれました。そしてぽっかり開いていた心の穴を彼女が埋めてくれました。
僕がいろんな歌を歌えるようになったのは、彼女が傍で笑顔で支えてくれたからです。
一時は彼女を守るために、彼女と距離を置きました。彼女を失うかもしれない状況になり、僕には彼女が必要なのだと、やっと気づきました。そして彼女も同じ気持ちで居てくれたと分かり、ずっと傍に居ることを誓いました。
二人で話し合った結果、彼女の誕生日である8月18日に入籍しました。
これからの長い人生、彼女と共に歩んで行きたいと思います。   BLACK DRAGON 亮」

このニュースで、いろんな意見が飛び交った。ファンの間では『許せない』と言う意見もあったが、亮の変化を感じ取っていたファンは『それで亮が幸せになるなら』と祝福してくれた。
連日お祝いが事務所にたくさん届いた。
「龍二んとき以上やな。」
透が呆れ混じりに言う。嬉しいことだが、物凄い量に圧倒されてしまう。
「そろそろ家パンクすんちゃうか?」
「葵が整理してくれるから大丈夫。」
「あっそ。」
武士の嫌味が全く通用しなかった。隣で聞いていた透が思わずプッと笑ってしまう。
「透。笑うなやっ。」
「でもま、よかったやん。亮。」
透は武士をかわし、亮の肩をポンと叩く。
「さんきゅ。」

「よ。新妻さん。」
「何それ。」
葵は思わず噴出した。店の外には新一が立っていた。
「またびっくりしたよ。今度は結婚だなんてさ。」
結婚の件は美佳が伝えたようだった。
「まぁあたしもびっくりしたんだけどね。」
「何じゃそりゃ。」
葵の言葉に新一は笑った。
「でもま、葵が幸せになるならいいよ。・・あいつに泣かされたら言えよ?俺がぶん殴りに行ってやるから。」
「あはは。ありがと。」
「そう言えば式とか挙げるん?」
「亮くんの仕事が一段落してから身内だけでね。」
「そっか。」
「あ。新ちゃんも来る?」
「俺身内なん?」
葵は笑いながら頷いた。その左手の薬指に光る指輪を見つけ、新一は複雑な思いで笑った。


仕事が一段落した10月のある日。龍二と香織が結婚式を挙げたあの教会で、葵と亮が結婚式を挙げた。
参列したのは龍二の時と同様、身内のみだった。仲人は龍二と香織が務めた。

「今回のドレスも美佳ちゃんデザインなんやろ?」
「まぁねぇ。」
武士に聞かれ、美佳は得意そうに言った。
「すごい綺麗やん。」
透に褒められ、美佳は照れた。
「ありがと。」
「やっぱりブーケはヒマワリか。」
龍二の言葉に美佳が頷く。
「うん。あ、でもブーケは香織さんデザインだよ。」
「そうなん?」
「香織、そんなんできたん?」
一気に視線が香織に向き、香織はムッとした。
「何よ。あたしがやったらおかしい?」
「いや。そうちゃうって。」
「葵ちゃんにちょこちょこ教わってたのよ。ブーケに限らずね。」
「なるほど。」
「龍二ん家にあるリーフは香織作?」
何度か飲みに行ったことがある透は思い出した。
「そうよ。龍哉に触られるとぐちゃぐちゃになっちゃうから、なるべく高いところに置いてるけどね。」
「その集大成があのブーケか。」
武士はもう一度花嫁が持つブーケを見た。ドレスと相まって綺麗だ。それよりも葵は綺麗だった。
「葵、幸せそうでよかった。」
「亮、幸せんなってよかった。」
美佳の言葉と同時に武士が言う。ハモったので、二人は目を合わせ思わず笑ってしまった。


葵と亮が教会から出てくる。二人の幸せそうな顔を見て、皆も幸せな気持ちになった。
「行くよー。」
葵がヒマワリのブーケを投げた。それを見事にキャッチしたのは美佳だった。
「お。美佳ちゃん、やったやん。」
武士に言われ、複雑に笑う。
「へー。次は美佳ちゃんかぁ。」
慎吾がニヤニヤしながら、美佳と武士を見る。
「な、何?」
「べーつにー。」
二人の仲を疑っている慎吾は、わざとらしく言った。
「ジンクス、意外と当たるからな。」
透が何かを見透かしたように呟く。
「そういや、香織のブーケ取ったの、亮やったよな?」
武士が気づく。
「それを葵ちゃんに渡してん。」
慎吾が付け足す。それを聞いて龍二がニヤニヤと笑う。
「美佳ちゃん、がんばれ。」
「なっ。何言ってるんですかっ。一度当たったからって二回目が当たるとは限りません。」
美佳はプイッとそっぽを向いた。
「わっかんないよー。」

ゴンッ。

ニヤニヤと言う慎吾の頭に香織のゲンコツが落ちる。
「ってー。あにすんだよー。」
「式も終わったから控え室戻るよ。」
「はーい・・。」
ブツブツ言いながらも、慎吾をはじめ、みんなが香織の後について行く。
(香織さん・・・みんなのお母さんみたい。)
美佳は何だか微笑ましく思った。


「ハネムーンなしでホントによかったの?」
相変わらず家で家事をこなす葵に美佳が問う。
「うん。式、挙げてくれただけでも嬉しいし。・・・それにまた今年も海外でレコーディングするらしいから。」
「それについてくんだ?」
葵は嬉しそうに頷いた。
「美佳も行くでしょ?」
「んー。あたしどうしようかなぁ。」
「えー。何で?」
悩み始める美佳に葵は驚いた。いつもならついてくるのに・・。
「だって新婚さんの邪魔じゃない。」
「そんなことないよ。」
葵がそう言うと、しばらく考え口を開く。
「なら行こうかな。」
「うん!」
葵は飛び切りの笑顔で頷いた。
「あ、そろそろ始まるんじゃない?」
美佳がテレビの電源を入れる。スクリーンに映し出されたのは、ある音楽番組だ。今日この音楽番組にBLACK DRAGONが生出演する。
「相変わらずかっこいいね。」
美佳の言葉に葵は「うん。」と嬉しそうに頷いた。


亮の女嫌いは少しずつよくなっているようで、何度か接したことのある女性なら、普通に話せるようになっていた。それでもまだ人ごみなどには慣れないが、葵が居ると発作も起きなくなっていた。

これからどうなるかなんて全く分からない。それでも支え合える二人だから、素敵な仲間も助けてくれるから、きっと乗り越えて行ける。不思議とそんな自信が湧き上がってくる。

そしてバラードを全く歌えなかった亮が、自ら作った愛の歌を歌えるようになるのは、もう少し先のお話。