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ACT.9 スランプ
葵と亮が週刊誌に載って以来、響から事情を聞いた葵はメールすらも自粛するようになった。亮が送ればそれなりに返事は返ってくるのだが、前のように頻繁にメールをしなくなった。「なーんか・・日に日に元気なくなっとりますな。」 肩を落としている亮を見て、武士が言った。 「しょうがないやろ。せっかく日本に戻ってきたってのに葵ちゃんと会えんのやから。」 龍二が溜息混じりに言う。 「そうやけどさぁ。ちょっとくらい会ってもかまんと思うけどなぁ・・。」 「大事にしたくないんだろ。」 透も亮を見つめながら言った。 「どうにかならんもんかね?せっかくいい感じだったのにさ。」 「こればっかりはなぁ・・。」 一同溜息を吐いた。 その頃の葵も亮と同じく日に日に元気をなくしていた。 「葵ちゃん、大丈夫かなぁ・・?」 キッチンでいつも通り料理をしている葵を見ながら、直人が呟く。 「うーん。アメリカ行く前より落ちてるな・・。」 「どうにかなんないのかなぁ・・。」 「ちょっとくらい会っても大丈夫だと思うけどなぁ・・。」 「ねぇ、亮さんもきっと同じだよね?」 「ん?あぁ、そりゃそうだろ。」 端から見れば両想いなのだが、お互い恋愛経験が少ないため、周りが突付かないと動かないように見える。 「龍二さんたちに相談してみよっか?」 「そうだな。」 直人の意見に快人は頷いた。 双子は何とかBDメンバーと接触しようとしていたが、お互い仕事のスケジュールがなかなか合わずに、会えないでいた。 そんなこんなで2週間が過ぎたある日、双子はやっと慎吾にスタジオの廊下で出会った。 「慎吾さん!」 「お。双子ー。」 そんな呼び方はないだろう、と一瞬突っ込んだが、それよりも大事な話を始める。 「慎吾さん、時間空いてます?」 「うん。大丈夫やで。」 3人は人が来ないような場所で話した。2人は葵の様子を慎吾に伝えた。 「うーん。やっぱ葵ちゃんも元気ないのかぁ・・。」 「そうなんです。このままじゃ葵ちゃんがかわいそうで・・。」 「うちの亮も元気ないねん。アルバムがもうすぐ発売されて、その後ツアー控えてんのに、大丈夫かなぁって。」 「ツアー・・。」 ツアーとなったら、それこそ葵と亮の接点がなくなってしまう。 「しかも電話もダメってのが痛いよなぁ。せめて葵ちゃんの元気な声聞けば、亮も元気になると思うんやけど。」 慎吾は頭を抱えた。 「そうなんですよね・・。」 「このまま黙って見てる訳にもいかんし。俺も葵ちゃんに会えないしなぁ・・。あ・・龍二なら会えるか。」 既に既婚者の龍二は、香織や龍哉と共になら日向家に行っても怪しまれない。 「よし。龍二に相談してみるよ。また龍二から連絡行くかと思うけど。」 「はい。お願いします。」 2人は頭を下げた。 「そんなかしこまらんで。亮に元気になってもらわな、仕事できんしな。」 慎吾は苦笑した。 そのすぐの日曜日。たまたま休みになった龍二は香織たちと共に日向家に訪れた。双子は仕事で出かけていた。葵が出迎える。 「久しぶりやな。葵ちゃん。」 「お久しぶりです。」 葵はリビングに龍二たちを通し、コーヒーを入れてもてなした。 「何か改まった感じでごめんな。」 「いえ。」 「聞きたい事あってん。」 龍二は葵を見た。 「亮に会えんくなって、亮のことどう思ってる・・?」 「どうって・・。」 葵は考えた。 「寂しいですよ。そりゃ。毎日メールや電話、してたんだし。」 少し間が空く。 「でも・・仕方ないですよね。あんな大々的に雑誌に載っちゃったし。亮くんの近くに居て、亮くんに迷惑がかかるんなら、会えなくて寂しいなんて・・言えないですよ。」 葵は泣き出しそうな想いを抑えていた。それが龍二や香織にも伝わった。 「葵ちゃん。亮のこと好きなんでしょ?」 香織の問いに、葵は笑ってごまかした。 「好きですよ。友達として。」 「葵ちゃん・・。」 「それ以上の気持ちは・・ないです。」 「ホンマに?」 龍二に駄目押しをされ、葵は苦笑しながら頷いた。表情を見て分かった。葵の本当の気持ち。でも彼女は、亮に迷惑がかかると、必死に気持ちを抑えているようだった。それが、痛いくらいに伝わってきた。 翌日。ツアーのリハも兼ねてスタジオで練習をしていた。前奏が鳴り、亮はマイクを持ち直して歌いだそうとした。 「・・っ・・。」 声が出ない。出そうと思っても出ないのだ。 「亮?」 異変に気づいた龍二と慎吾が駆け寄る。 「亮?どした?」 「・・。」 口を動かしているが、声が出ていない。メンバーは顔を見合わせた。 即病院へ連れて行かれ、診察された。 「先生。何で声出ないんですか?」 付き添いで着いて来た龍二が亮の代わりに問う。 「恐らくストレスでしょう。何らかのストレスが溜まって、声が出ない、と言う症状に表れたんだと思います。」 「・・声は出るようになるんですか?」 「そのストレスが取り除かれれば、自然に出るようになるでしょうね。」 ストレス・・葵に会えない、ということ以外思い当たる節がない。いくら口では「大丈夫」と言っていても、それはやはりストレスとなって、亮の中で蓄積されていたのだろう。 「「「ストレス?」」」 メンバーは一斉に聞き返してきた。 「あぁ。それで一時的に声が出ないんやと。」 「葵ちゃんと会えないことが、そこまでストレスになってるなんて・・。」 透は一人遠くに居る亮を見やった。 「しゃーないって分かっとっても、ストレスにはなるやろな。」 龍二の言葉に、一同頷いた。 「龍、やっぱ葵ちゃんと会わせてあげよう?」 慎吾が意見する。 「どうやって?」 「社長にでも掛け合えばええやん。これからツアーやし、テレビやって出たりすんやで?それやのに生で歌えんなんて・・。」 「確かにな。」 「少しの時間でもええよ。きっと。」 「せやな。もう亮のあんな姿見たぁないし。直談判してみっか。」 龍二の提案で、亮以外のメンバーは事務所の社長(つまり美佳の父親)に掛け合った。 「お願いします。このままじゃ、亮は一生歌えなくなってしまうんです。1時間だけでも・・葵ちゃんに会わせてあげてもらえませんか?」 「お願いします。」 一同頭を下げる。 「美佳から話は聞いてるよ。葵ちゃんの元気もないそうだね。・・まだマスコミが嗅ぎ回ってる可能性も高いが。」 社長はしばらく考えていた。 「こうしよう。葵ちゃんを私の長男に連れてこさせる。美佳と一緒にね。それでこの事務所の建物の中で会うんだ。それなら多分大丈夫だろう。」 社長の言葉でメンバーの顔が明るくなる。 「でもあまり長い時間は無理だな。1時間・・短すぎる気もするが、それくらいが妥当だろう。」 「「「「ありがとうございます。」」」」 「声が出なくなるほどのストレスとは・・よっぽど葵ちゃんのことが好きなんだな。」 社長は嬉しそうに笑った。 「でも本人は気づいてないみたいです。人を好きになったことないやつですから。」 龍二は苦笑した。 「そうか。でも葵ちゃんも亮のこと、気になってるみたいだし。あの2人には幸せになってもらいたいんだけどね。」 亮や葵の境遇を知っている社長は溜息と共に言葉を漏らした。 葵は突然のことに焦っていた。美佳と美波が家にやってきた。そこまでは日常的なことなので、何の疑いもなかったのだが。 「どういうこと?」 「だからぁ、亮くんに会いに行くよって言ってんの。」 パニクっている葵に美佳が念押しする。 「だから何で?」 「亮くんがね、声が出なくなったんだって。」 美波が説明する。 「え?」 「美佳、ちゃんと説明した方がいいよ。」 強引に連れて行こうとする妹を制しながら、美波が話し始める。 「医者に見せたら、ストレスだろうって。葵に会えないことが相当のストレスになってたみたいなんだ。」 美波の説明で状況は分かったものの、何だかよく分からない。自分に会えないことがストレス? 「毎日葵と電話やメールしてたのに、急にできない状況になったろう?メールっても、忙しいからそんなにできないだろうし。」 「そんな・・。それで・・声が出なくなったの?」 葵は整理しようと、質問した。 「多分ね。今のままじゃ、歌えない。」 「亮くんに元気になってもらいたいでしょ?」 美佳が言うと、葵は頷いた。 「あたしなんかでいいの?」 「葵じゃないとダメなの!」 ネガティブな言い方に、美佳が強く返した。 「今事務所で待ってるんだ。そんなに時間は取れない。会えても、1時間くらいだろうけど。葵、来てくれないか?」 「分かった。行く。」 そうして3人は車に乗り込んで、事務所に向かった。 事務所では、亮を一室に1人にしていた。本人がそう希望したためだった。葵が来ることを亮は知らない。メンバーは別の部屋で葵が来るのを待っていた。しばらくすると、3人が入ってくる。 「連れて来たよ。」 美波に背中を押され、葵が一歩前に出る。 「おお。すまんなぁ。葵ちゃん。」 武士が大げさげに言う。 「いえ。」 「早速やけど、亮に会いに行ってもらえん?今1人になりたいって、引きこもってんねん。」 龍二の言葉に頷く。 「隣の部屋だよ。」 慎吾が指で『アッチ』と方向を指しながら言った。 「はい。」 葵は返事すると、部屋を出、亮の居る部屋に向かった。 ノックが聞こえ、顔を上げた亮は、入るように促した。ドアを開け、入ってきたのは葵だった。 「!?」 何故ここに居るのかも分からず、突然現れた葵に驚きが隠せなかった。葵は相変わらず優しく微笑みかけてくれた。 「声・・出なくなっちゃったんだって?」 龍二たちにでも聞いたのだろうか。亮は頷いた。 「そっか・・。」 しばらくの沈黙の後、葵はふと笑った。 「何か・・久しぶりだね。」 亮は頷き、葵に隣に座るように合図した。葵は言われた通り、亮の隣に座った。こんなに近くに居るのは久しぶりだった。こんなに近くに居るのに、遠く感じる。亮は葵の髪に触れた。茶色に透ける髪が、とても綺麗だった。 「亮くん?」 不思議に思った葵が問う。亮は何だか分からない感情に駆られた。葵の肩に顔を埋める。 「りょ・・亮くん?」 亮の行動に戸惑う葵。 「・・少しだけ・・このまま・・。」 そう呟いた。 「亮くん・・声・・。」 声が出た。本人も驚いた。葵の傍に居ることで何だか不思議なくらい落ち着いた。葵も声が出たことが自分のことのように嬉しくて、思わず微笑んだ。 「なぁ・・ずっとあぁしてるんかな・・。」 「ガバッと行かんか、ガバッと。」 「武士、おっさんくさい。」 ドアの隙間から覗き見しているメンバーが小声で話す。 「亮・・声出たな。」 透がホッとしたように呟く。 「やっぱり葵ちゃんに会えないことがストレスやってんね。」 そっとドアを閉めながら、慎吾が言った。 「葵ちゃん・・すげぇな・・。」 龍二が妙に感心している。 「亮の中であんなにも葵ちゃんが大きい存在になってたなんてな・・。」 透は予想していた以上の亮の想いに、少し戸惑った。 「でも・・前みたいに会うってことはできんやろ。何か・・張ってるみたいやし。」 「会うとしたら、事務所内ってことになるね。」 「葵ちゃんにえらい迷惑な話やけどな。」 「そんなことないと思いますよ。」 美佳が口を挟む。 「葵も・・亮くんのこと、気になってると思います。亮くんだって。端から見れば両想いなんだけど・・。葵は亮くんの立場気にしてるし、亮くんにいたっては自分の気持ちに気づいてないみたいだし。」 「前途多難かぁ・・。」 慎吾は溜息を吐いた。 「葵ちゃんから動くってより・・亮が自分の気持ちに気づいて行動せな意味ないよな。」 武士が言うと、メンバーが頷いた。 不思議なくらい落ち着く。何でこんなに落ち着くのか、よく分からない。葵の存在が、自分の中で大きくなっているのが分かる。でもどうしたらいいのか、全く分からない。好きだとかそういう感情が分からない亮は、少し戸惑った。顔を上げると、葵は微笑んでいた。 「落ち着いた?」 その問いに、亮は素直に頷く。 「ありがと・・。」 何だか素直に言葉が出た。葵は照れたように笑いながら、首を横に振った。 それからの亮は声が出なくなったなんて嘘のように、いつも通り歌えるようになっていた。 「これはまさに葵ちゃん効果かな?」 武士がリハーサルをしている亮を舞台袖で見ながら言った。 「そうやろね。あんな短時間やったのに・・。」 慎吾も信じられないという様子で言った。 「不思議やな。」 龍二は短くそう呟いた。亮はきっとずっと温もりを求めていたのだろう。あの喉を痛めるような歌い方さえも、必死の叫びだったのかもしれない。龍二には分からない、亮の心の闇。それを葵がそれとは知らずに取っ払ってくれているのかもしれない。 「龍?」 「え?何?」 呼ばれていることに気づき、龍二は我に返る。 「やからさ、曲順、これでええかなって。」 慎吾が曲順のリストを見せる。 「あぁ、えんちゃう?」 「適当やなぁ。」 「なぁ。」 透が話に入る。 「俺、今曲作ってんやけどさ。それ・・ツアーに間に合ったら入れてもええかな?」 「ええんちゃう?1曲ぐらい入れても大丈夫やろ。」 時間計算をしながら作ったリストを見ながら、慎吾が答える。 「でも・・亮が歌ってくれるかな・・。」 透は目線を亮に向けた。 「バラードなん?」 「バラードちゃうけど・・ポップ?」 「ええっ!?大丈夫かな・・。」 慎吾も心配そうに言う。ほとんどロックなので、ポップ系はやったことがない。 「大丈夫ちゃうか?葵ちゃんもおることやし。」 龍二はニヤッと笑った。 数日後。メロディが完成したので、デモをメンバーに聞かせる。 「ポップやな。」 武士が珍しがっている。 「そろそろこういう曲、やりたいと思ってさ。」 作曲者の透が答える。 「亮?どお?」 隣に座っている慎吾が問う。 「どうって・・えんちゃう?」 あっさりとした答えに一同固まった。 「え?俺何か変なこと言うた?」 メンバーが硬直したので、亮が聞く。 「いや・・珍しいと思って。」 「なんで?」 「お前こういうの嫌がってたやん?」 武士が言うと、亮は少し考えた。 「嫌って言うか・・歌える自信なかっただけや。」 「今は自信あるん?」 慎吾が間髪入れずに突っ込む。 「自信はないけど・・せっかくやったらやってみたらええかと思って。」 亮の口からこんな言葉を聞けるなんて!メンバーが軽い感動に包まれた。 「このデモ、借りるわ。詞書いてみる。」 亮はデッキからデモのMDを取り出した。 「う、うん。」 透は驚きつつ返事をした。そして亮はMDを持って1人になれる部屋に移動した。 「葵ちゃん効果かな・・?」 「多分な。」 亮は自分のMDウォークマンにさっきのMDを入れ、再生した。今度は目を閉じ、イメージを膨らませながら聴く。こんなに明るい曲の作詞をするのは初めてかもしれない。本当は皆こういう曲もやりたかったのかもしれないが、歌う自信がなく、いつも断ってきた。悪いと思いながらも、中途半端な歌は歌いたくなかった。それを分かってくれたメンバーはそれからは亮が歌いやすいような曲を作ってくれた。作詞はいつもヴォーカルの亮が書いている。今までの曲はほとんど暗い曲が多いのはそのせいだと、亮自身が思っている。別に暗い詞を書こうとしている訳ではないが、明るい詞を書こうとも思わない。今の自分の素直な気持ちを詞に込めていた。 この曲を聴いていると何故か葵の顔が浮かんだ。意識してないのに、何故浮かぶのだろう。 何度も何度も繰り返し曲を聴く。イメージを膨らませ、ペンを握る。亮は不思議な感覚に襲われていた。 「・・なぁ・・亮、出てこんな・・。」 武士は亮が入っていった部屋を見ながら呟いた。 「いつものことやん。」 慎吾が言うが、少し心配になってきた。いつもならもう出てきてもいいころだ。 「苦戦してんちゃうか?今まであんな曲調の詞書いたことないから。」 龍二は煙草をもみ消した。 「かも。」 慎吾は返事しながら笑った。でもどんな詞が出来上がるかかなり楽しみだ。 どれくらいの時間が経ったのだろう。メンバーはそれぞれの仕事をこなし、もうそろそろ解散しようと言い始めた時だった。亮が部屋に入ってきた。 「亮、できたんか?」 「できたから出てきたんやけど?」 龍二の言葉にあっさりと返す。 「見してぇ。」 慎吾は亮が持っている歌詞に手を伸ばす。 「ん。」 亮は慎吾に歌詞を渡した。 「自販機行って来る。」 そう言って亮は部屋を出て行った。メンバーは歌詞を机に置き、各々で読んだ。 『出会いはあまりに突然で 怖がりな僕は逃げてばかりだった 君は太陽のように眩しくて 臆病な僕は目を伏せた 君の優しさに触れる度 凍てついた僕の心が溶けていく 君が隣に居るだけで 優しい気持ちになれるんだ 明けない夜はないと 君が教えてくれた 言葉は要らない 君が傍に居るだけで ただそれだけでいいんだ』 一番の歌詞を読み終わった一同は、一斉に突っ込んだ。 「これって・・。」 「うん・・これは・・。」 「「「「葵ちゃんのことやん!」」」」 「大体・・『君』なんて表現使ったこと自体初めてちゃうか・・。」 龍二は煙草に火を点けながら言った。 「亮らしくない詞やね・・。」 慎吾も放心状態だった。意外すぎる亮の一面を覗いた気がした。 「詞はええけどさ・・。あいつ、歌えるんかな?」 武士が鋭く突っ込む。 「あ・・。」 その頃亮は、自販機でスポーツドリンクを買っていた。蓋を開け、飲む。 「はぁ・・。」 何だかよく分からない溜息が出た。自分でもまだ信じられなかった。何であんな歌詞が書けたのか自分でも本当に分からなかった。少しずつでも変われているんだろうか?変われたのはやっぱり葵のおかげ・・。 「あ、やっぱり!」 突然声がし、顔を向ける。そこには女の子が立っていた。 「うちやって。覚えとる?」 亮は怪訝そうに彼女を見た。知り合い?だとしても覚えてない。 「由香。何やってん?」 「お兄ちゃん。ほら、亮。覚えとるやろ?」 後ろから来た男が亮を見る。亮も男の姿を確認する。 「おお。亮、覚えとるか?俺や。雅紀や。」 そう言われ、亮はようやく思い出した。 「あぁ。雅紀か。」 「何やの?お兄ちゃんは覚えててうちのことは覚えてへんの?」 由香がぷぅと膨れる。 「しょうがないやろ。こいつの女嫌い忘れたんか?」 雅紀は由香をなだめた。 「そうやけどさぁ・・。あれ?そいや亮、今日は逃げへんね?」 ふと由香が言う。いつもの亮なら由香が現れた時点で、無言で何処かへ消えてるはずだ。 「ほんまやな。亮・・女嫌い治ったんか?」 亮自身、不思議だった。同じ空気を吸うのすら、亮にとって地獄だったのだ。 「嬉しい。治ったんやね。」 由香はノリで亮の腕を組んだ。その瞬間鳥肌が立つ。 「やめっ!」 亮は勢いよく手を振り払う。 「きゃっ。」 転びそうになった由香を雅紀が支える。 「お前、極端すぎ。悪いな、亮。」 「いや・・。俺も悪かったよ。」 謝った亮に二人は驚いた。 「あ・・うちも・・ごめん・・。」 「そうだ。亮、携帯番号交換していいか?今度飯でも行こう。」 「あぁ。」 亮と雅紀は携帯番号を交換した。それに便乗して由香も交換する。 「そういや・・何でここにおるん?」 今頃になって気づく。ここはスタジオだ。 「ひでぇ。俺らのこと知らんのか。」 「うん。」 はっきりきっぱり頷く。 「うちらこれでも路上ライブしててんで?それで実力が認められて、こないだデビューしたの。」 由香が説明する。 「へー。」 「興味なさそうやな・・。」 「んなことは・・。」 そう言おうとした時、雅紀と由香を呼ぶ声が聞こえた。 「あ・・マネージャーが呼んどるから行くわ。」 「おぅ。」 「また連絡するなー。」 そう言って雅紀たちは呼ばれた方へ姿を消した。 由香は思わぬ再会に胸を躍らせていた。亮は由香の初恋の相手である。施設の中でも一番クールでカッコよかった。ただ一つ問題なのが、亮の女嫌いだった。近寄るだけでも嫌な顔をされ、酷い時は何も言わずに何処かへ消えてしまった。兄の雅紀の話で、極度の女嫌いだとは分かったが、どうしたら亮と一緒に入れるかを考えた。ボーイッシュな格好をしてみたり、わざと男の子みたいに接した。しかし全く効果はなかった。もう諦めかけていた。亮が施設を出、バンドのヴォーカリストとして活躍しているのをテレビで見るしかできなかった。でも自分もミュージシャンとして認められ、こうして亮と同じ場所に来れるようになった。 『運命の再会やわぁ。』 そう思えて仕方なかった。亮の女嫌いも多少治っているようだし。あと少しで亮は振り向いてくれそうな気がした。 由香たちは仕事を終わらせ、スタジオの外に出た。由香は雅紀が車を回してくるのを、スタジオの玄関口で待っていた。ふと見ると、外を亮が歩いてるのが見えた。声をかけようとしたら、どうやら携帯電話が鳴ったようだった。亮の仕草で、メールだと分かる。 「・・・・。」 由香は目を疑った。亮が・・あのクールで笑顔すら見せなかった亮が、少しだけほんの少しだけ笑ったのだ。幼馴染の由香にはそれが分かった。 「わら・・った・・?」 誰とのメール何だろう?嫌な気分になってきた。由香は思い切って亮に話しかけた。 「亮。」 「ん?」 「誰とメールしてんの?」 「おめーに関係ないやろ。」 あっさりと返される。確かにそうだ。関係ないと言えば関係ない。だとしても気になるものは気になる。 「教えて!誰としとるん?」 「何でお前に言わなあかんねん。」 亮は目線を携帯から離さずにそう答えた。まだメールを打っている。 「見せて!!」 「アホかっ!!」 由香は亮に掴み掛かり、亮は避けた。 「何で見してくれへんの?」 「何で見せなあかんねん。」 亮は由香を睨んだ。でも本人は睨んでいるつもりはない。 「何やってん?」 そこに車で雅紀がやって来る。 「こいつがメールの相手誰やってしつこいねんけど。」 亮は雅紀にそう言った。 「はぁ?由香、お前何でそんなん知りたがるん?」 「だって・・だって・・亮が笑ったんやもん・・。」 泣き出しそうな声で答える。 「は?」 言われた本人も雅紀も頭の上にクエスチョンマークを浮かべる。 「うちの前では笑ってくれへんかったのに・・メール着たら笑ってたんやもん。」 「んで、そのメールの相手が気になったんやな。」 雅紀が補足して言うと、由香が頷いた。 「お前なぁ、極端過ぎんやって。物には順序っちゅーもんがあるんやで?」 「だってぇ・・。」 由香の性格を分かりきっているので、それ以上言うのを辞めた。 「・・・で?相手は誰なん?」 「は?」 今度は雅紀が気になったのか、亮に聞いた。 「お前アホか。言う訳ないやろ。」 「ハハーン。さては彼女やなぁ?」 「彼女やおらへん。」 雅紀の意地悪な言い方にも、あっさりきっぱり返す。しかし由香はそれで何となく分かった。彼女じゃないとしても、一度亮とスキャンダルになったあの子だと。あのニュースを見たときは半信半疑だった。亮に彼女が居る訳ないと思っていた。あの女嫌いが克服できたならまだしも・・と。しかし、治りかけている女嫌いを見て、由香は確信した。亮はその女の子が好きなんだと。 「わっ。由香、何泣いてんねん?」 突然泣き出した由香に雅紀が声をかける。 「何でもないー。」 そうは言っても溢れてくる涙を抑えられなかった。自分じゃない誰かが亮を変えたこともショックだった。 「悪いな・・亮。」 「いや。」 「ほら、帰るで。」 雅紀は由香を助手席に乗せた。そして自分も車に乗り込む。 「ホンマ、今日は悪かったな。今度埋め合わせするわ。」 「あぁ。」 「じゃあな。」 雅紀はエンジンをかけ、車を発進させた。 車を見送り、携帯を見直す。葵からのメール。 『お仕事お疲れ様。新曲ってどんな感じなのかな?何だか楽しみ。』 亮は返信をかける。 『できたらデモ聞かせるよ。今までと感じちゃうから、聞いたらびっくりするかも。』 何となく口元が緩む。早くあの曲を完成させたくなってきた。今日はまだ詞ができた状態で、音を少し作ってみただけだ。まだ本格的な音にはなっていない。何だか早く葵に聞かせたくなってきた。でもその反面何だか恥ずかしい気もする。あんな詞を書いたのは初めてだからかもしれない。 何だか少しずつ変われているような気がして、気分が良かった。 空を見上げると、雲一つ無く、星が浮かんでいた。 |