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ACT.7 距離
10月に入り、ツアーも終わったB・Dメンバーは東京に戻ってきた。東京に戻ってきても仕事は毎日続いた。雑誌の取材にアルバム製作、ラジオ等々、仕事はたくさんあった。電話はなかなかできないので、ただメールで話をするだけだった。
『声を聴きたい』
いつしかそんな思いが募っていった。でも状況がそんなことを許さなかった。曲や詞を書いていても、気にかかる。そんな亮に透は気づいた。
「亮、どうした?」
たまたま2人きりになったとき、聞いてみる。
「別に・・。」
素っ気無く返す。
「葵ちゃんのことやろ?」
そう言うと亮は睨んだ。
「電話、してないんやろ?」
携帯を指差す。亮は小さく頷いた。
「声が聞きたい?」
その問いに少し戸惑いながらも頷く。
「電話すればええやん。」
「できん。」
透の提案をすぐに却下する。
「何で?」
聞かれ、亮は無意識に両手の拳を握った。
「今電話したら・・もっと声が聞きたくなって・・会いたくなる。」
「何で気持ち抑えてるんや?」
「仕事忙しいのに・・会いに行く時間なんてないのに・・。」
亮なりに考えてのことだった。
「それは分かるけど。でもな、会いに行く時間なけりゃ、作るんだよ。」
「作る?」
「合間ぬってでも会いに行くんだよ。」
「でも・・葵にだって都合がある・・。」
亮の言い分も分かる。
「今葵ちゃんは?」
「バイト・・。」
「うん、会いに行こう。」
「は?」
イキナリの提案に亮は戸惑った。
「今なら俺ら時間あるし。」
「向こうバイトしてんやで?」
「うん。葵ちゃんは花屋やろ?客がおれば近くまで行って姿見るだけでも十分ちゃう?」
透の言うことがもっともな意見に思えた。
「飽くまで葵ちゃんの邪魔はしない。これならええやろ?」
その言葉に頷いた。
「そうと決まったらさっさと用意しな。近くまで乗せてくから。」
透は車の鍵を持った。亮は言われた通り、上着を着て帽子を深めに被り、サングラスをかけた。そして透の車に乗り込んだ。

透は花屋がある通りの近くまで来て、路肩に停止した。
「ここで待ってるから、行って来い。」
その言葉に亮は車を降り、花屋のある通りに出た。確かここから少し行ったところだ。ちょうどそのとき、花屋からお客が花束を持って出てきた。葵も一緒に出てきて「ありがとうございました」と頭を下げているのが見えた。走って行って抱きしめたい衝動に駆られる。でも抑えた。
『葵の邪魔しちゃいけない。』
そう言い聞かせる。様子を見に来ただけなんだから。そんな事を考えてると、また1人客が来た。

「あーおいちゃん。」
呼ばれ葵は振り返った。
「俺のこと、覚えてない?」
忘れるはずがない。あの一度だけ行った合コンの時にいた嫌な奴。名前は・・覚えていないが。
「相川弘樹。合コンの時は邪魔入っちゃったけどさぁ。」
葵は引きつった笑顔を見せた。
「何か御用ですか?」
「冷たいなぁ。あの時あんまししゃべれなかったからさ。前に見かけたから葵ちゃんかなぁとは思ってたんだけど、いつもタイミング合わなくってさぁ。」
タイミング見にいつも来てたんだろうか・・。どうでもいいが、バイトの邪魔はしないで欲しい。
「俺、結構真剣に葵ちゃんとお話したいと思ってたんだよ?」
「はぁ・・。」
早く帰ってほしい・・。

見てる限り客じゃなさそうだ。さっき笑顔だった葵が、少し迷惑そうな顔をしている。助けに行った方がいんだろうか・・?亮が迷ってる間に、男は葵の手を握った。とっさに走り出したが、途中で走るのを止めた。もう一人の背の高い男がそいつの手を捻ってるのが見えた。

「新ちゃん。」
現れたのは新一だった。こんなタイミングで現れるとは。
「よぉ。」
新一は、弘樹の腕を捻ったまま挨拶する。
「ててて。離せよっ。」
「あぃよ。」
新一は捻ったまま、突き放した。弘樹はかっこ悪く地面にたたきつけられる。
「くっ。」
「葵に触れるなんざ、百年早いんだよ。」
「くそ。覚えてろ。」
捨て台詞を吐き捨て逃げ出す。
「誰が覚えてるかよ。」
新一は溜息と共に吐き捨てる。
「ありがと。新ちゃん。」
「いえいえ。たまたまココに用事があったからさ。」
「珍しい。」
「サークルの先輩に花買って来いって言われてさ。」
「へー。どんなのがいいのかな。」
2人は店内に入って行った。

一部始終を見ていた亮はその場に立ち尽くしていた。
『誰だ・・今の・・。』
何だか見たことある気がするが、思い出せない。それよりも葵が笑顔だった。その前にあの言い寄ってきたっぽい男に対しての顔と違っていた。
『まさか・・彼氏・・?』
そう思うと、亮は何だか胸が苦しくなった。何だろう。この気持ち。何だかモヤモヤする。亮はとりあえず透の待つ通りに戻った。

「葵ちゃん、忙しそうだった?」
車に乗り込むとそう聞かれるが、亮は答えなかった。
「何かあったんか?」
「別に。」
素っ気無く答える。何も言わず透は車を発進させた。葵の花屋の前を通る。チラッと見えたその状況に透は何となく気づいた。
「あぁ。あの子が彼氏だって思ったのか。」
その言葉に動揺する。チラッと見えただけだが、透はすぐに分かった。香織が携帯で見せてくれたのを覚えていた。
「あの子、葵ちゃんに告白して振られた子やん。」
その言葉で亮はなんとなく思い出した。卒業式のとき、葵に告白したって言うのを香織から聞いた。
「あの子確か葵ちゃんの幼馴染なんやろ?」
仲良くて当たり前という口調で話す。亮はその言葉で少し落ち着いた。何でだろう。よく分からない。自分の事なのに自分じゃないみたいな・・。

亮は少し葵の姿を見ただけで、何だか元気が沸いてきた。いつも通り仕事をこなす。葵に会いに行ったことは亮自身からは言わなかったので、透がこっそりメンバーに伝えた。
「それでさっきよりも元気んなってる気がしたんか。」
武士は亮の様子に気づいていたようだ。それは他のメンバーも同じだった。
「葵ちゃんが亮の元気の素かぁ。」
慎吾は呟くように言った。
「そやな。」
龍二は頷きながら同意した。
「でも亮はまだ『好き』って気持ちの自覚がないみたい。」
透は溜息と共に言葉を出す。
「こればっかは時間かかるんちゃうか?」
龍二が仕方ないと言わんばかりだ。
「だけど・・もうすぐ11月。11月下旬には俺らロス行くんやで?今みたいに簡単に葵ちゃんに連絡取れなくなる。」
確かにそうだ。ロサンゼルスへはアルバムの製作のために行くのだ。国内ならまだ電話やメールを出来ても、海外となれば時差もあるので、そんなことできない。
「丁度えんちゃう?」
慎吾はあっけらかんと言った。3人は慎吾を見つめた。
「もし連絡も取れん、簡単に会えんってなったら嫌でも『好きなんや』って自覚するんちゃう?」
それはそうかもしれないが・・。メンバーは溜息を吐いた。
「まぁ・・なるようにしかならんし。今俺らがこんなとこで悩んでてもしゃーないやろ。」
武士も明るく言う。
「せやな。俺らができることやればええねん。」
龍二も同意する。透は少し心配しながらも、メンバーの意見を受け入れた。

「またドタキャンか・・。」
美咲は携帯を見て呟いた。婚約者の優人からのメールだった。
〈ごめん!急に仕事入った。また埋め合わせするから。〉
「いつになったら埋め合わせが全部埋まるのかしら。」
溜息と共に携帯を閉じる。ずっとこうだった。確かに優人は一流カメラマンで、海外に居るのがほとんどだから日本に居る間に仕事がたくさん入るのは仕方のないことだと分かっている。でも、今日でもう5回もドタキャンされている。いい加減にして欲しい。
「あたしと仕事、どっちが大事なのよ・・。」
泣き声に似た声が漏れる。最初、優人のことは大嫌いだった。なのにいつしか惹かれていた。モデルになれたのも、人をもう一度信じれるようになれたのも、優人のおかげだった。
『結婚を前提に付き合ってください。』
そう言った時の優人の目は真剣そのもので、それまでに優人に惹かれていた美咲は『もちろん』と頷いた。でも最近では優人に会うことすらできない。忙しいのも分かる。でも・・もう少し自分との時間を大事にして欲しい。そんな事を考えながらボーっとテレビ局の廊下を歩いていた。
ドンッ。
肩がぶつかる。
「あ、ごめんなさい。」
「あれ?美咲?」
そう言われ顔を上げると、透だった。
「透くん・・。」
「どした?こんなとこで。」
「透くん、時間ある?」
「うん。今仕事終わったとこやけど・・。」
「ちょっと付き合って。」
「え?」

美咲に強引に連れ去られた透は居酒屋に来ていた。
「美咲、飲みすぎ。」
「いいのよ、これくらい。」
そう言って日本酒を何杯飲んだだろうか。透がいい加減にしろと止めても、聞きやしない。
「何かあった?」
透はツマミを食べながら、何となく聞いてみた。
「あいつが・・悪いのよ・・。」
「あいつ?」
そう聞き返したが、すぐに優人だと気づく。
「優人、ドタキャンでもしたん?」
そう聞くと、美咲はキッと睨んだ。
「そう!もう今日で5回目。」
「5回も・・。」
「いつも仕事仕事。埋め合わせするからって言ったのに、また今日も約束破った・・。」
美咲は泣きそうだったが泣かなかった。透は思い出していた。小学校の頃から美咲は男の子に負けないくらい強い子だった。
『泣けない性格やったな、こいつ。』
そう思いながら隣に座っている美咲を見ると机の上に突っ伏していた。
「おい、美咲。」
「・・ん・・。」
完全に酔っている。透は支払いをして、美咲を負ぶった。近くの駐車場に置いていた自分の車に乗せ、透はエンジンをかけて気づいた。
『・・家知らねぇ・・。』
でもまさか自分の所に泊める訳にも行かない。透は携帯を取り出し、香織に電話をかけた。
『もしもし?』
「香織?透だけど。」
『どうしたの?』
「美咲と飲んでたんやけどさ、美咲のやつ潰れちゃって。家とか知らん?」
『うーん。いつも家に来るから・・。じゃあ、悪いけど家まで連れて来てくれる?』
「分かった。」
透は電話を切って、車を走らせた。

龍二と香織の家はマンションの最上階だ。仕方なく美咲を負ぶってエレベーターに乗り込む。
「・・ん・・。」
「起きたか?」
「何ココ・・。」
エレベーターに乗っているのに不信感を抱く。
「香織ん家。」
「えー・・何で・・?」
「お前潰れたやろ。お前ん家知らんから香織に聞いたら連れて来いって。」
「そかぁ・・。」
そう言いながらまた寝かかった。
「・・透くんだったら良かったのに・・。」
その呟きは透にも聞こえた。
『そういうことを寝言で言うなや。』
そう思いながらエレベーターを降り、香織の家のチャイムを鳴らす。
「いらっしゃい。入って。」
香織はすぐに透を中に入れ、美咲を寝かせる部屋へ案内した。
「ホントに潰れてるのね・・。」
香織は呆れながら言った。
「優人がドタキャンした事にキレてた。」
「それでか。ってまた優人くん、ドタキャンしたの?」
「何だ。知ってたんか。」
「そりゃ愚痴られるからね。『香織はいいわねぇ。』って・・。」
「なるほど。」
納得してしまう。
「5回目って言ってた。」
「もうそんなになるのか。」
香織は溜息と共に言った。
「透くん、コーヒーでも入れるけど?」
「あぁ。じゃあもらうよ。」
2人はリビングに移動した。
「龍二は?」
「お風呂。」
「そか。」
「もうそろそろ上がってくるだろうけど。」
香織はコーヒーを入れながら言った。
「はい、どうぞ。」
香織はコーヒーを入れてリビングに持ってくる。自分の分もちゃんと入れていた。
「ありがと。」
「どういたしまして。・・ねぇ、今だから言える話したげよっか?」
「ん?」
「美咲の初恋って、透くんだったんだよ。」
「そうなん?」
「あら。あんまり驚かないの?」
「驚いてるやろ。」
ふと違う方から声がした。見ると、風呂上りの龍二がいた。
「透の初恋も美咲やってんもんなぁ。」
冷蔵庫からビールを取り出しつつ、意地悪く言う。
「そなの?」
香織が驚く。
「まぁ昔の話やけどな。」
透はコーヒーに口を付けながら言った。
「そういや透くんモテるのに、恋の噂とか全然なかったよねぇ。」
香織が思い出しながら言う。その間に龍二はビールを持って香織の隣に座る。
「モテないよ。」
「ええ?だってあたしの周り皆透くんのこと狙ってたよ?」
「お前よく告られてたやん。」
「お前もな。」
龍二は意地悪く言ったが、透にあっさり返される。
「でも誰とも付き合ってなかったよね?」
確認するように香織は尋ねた。その質問に透は頷いた。
「もしかして未だ美咲のこと・・。」
「んな訳ないやろ。」
笑って返す。
「だとしたらすごい長いって。」
龍二も笑いながら返す。
「そっかぁ。透くん、いい人いないの?」
「今の所ね。」
苦笑して返しておく。
「お前、亮のことより自分の心配した方がえんちゃうか?」
「るせ。」

透は他愛のない会話をした後、龍二宅を後にした。エレベーターに乗り込んだとき、美咲の呟きを思い出した。
『・・透くんだったら良かったのに・・。』
何でそんな事を言うんだろう。もう胸の奥に閉まってたハズの気持ちが込み上げてくる・・気がする。ダメだ、と首を横に振る。恥ずかしい話、美咲の事をなかなか忘れられなかった。やっと忘れられたと思ったのに・・。美咲と再会しても、気持ちを抑えてた部分はあった。
『ったく。優人がしっかりしてないせいやで。』
原因である優人を恨む。今日ちゃんと約束を守っていれば、美咲だってあんな事を言わなかった。溜息と共にエレベーターを降りる。
それからどう家に辿り着いたのか、よく覚えていない。

翌朝、美咲はいつもと違う天井に気づいた。起き上がってみる。
「いたっ。」
昨日飲み過ぎたせいで、頭痛がする。確か昨日は・・優人がドタキャンしたので、偶然会った透を捕まえて、居酒屋で愚痴って・・。微かに思い出した記憶。透の背中に負ぶわれ、香織の家に来たのだ。と言う事はここは香織の家。透は・・家に帰っただろう。美咲はズキズキする頭を抑え、リビングの方へ行った。
「おはよ。」
リビングに行くと、キッチンの方で料理をしていた香織が気づく。
「うぅ・・香織・・。頭痛薬頂戴・・。」
「二日酔いね。」
呆れたように言いながら、薬箱から出して水と一緒に渡す。
「ありがと・・。」
「全く。透くんに感謝しなさいよ。負ぶって上まで上がってきてくれたんだから。」
「うん・・。」
「覚えてるの?」
「ちょっとだけ。」
「そぉ。どっちにしても透くん居なかったら居酒屋で寝泊りしてるところよ。」
「・・はぃ・・。」
「今日、仕事は?」
香織に聞かれてハッと気づいた。ヤバイ。時計を見る。
「げ。遅刻ぅ。」
「待ちなさい。」
慌てて出て行こうとする美咲を止める。
「コレ。飲んで行きなさい。」
「何コレ・・。」
物凄い色の液体を渡される。
「酔い止め。」
「え・・。」
「見た目すごいけど、効くから。モデルは頭痛なんて顔に出しちゃダメでしょ。」
「・・ありがたくいただきます・・。」
美咲は一気に飲んだ。凄まじい匂いと味。こっちで余計具合悪くなりそうな気がするが、香織の気遣いをありがたく思う。
「ありがとね、香織。またお礼するわ。」
「あたしより透くんにね。」
「分かってるよ。行ってきます。」
「いってらっしゃい。気をつけてね。」
香織の言葉を最後まで聞かずに、美咲は仕事場へ向かった。

何とか間に合った。今日は春服の雑誌撮影。スタジオに入り、いつものようにメイクをして着替え、カメラの前に立つ。この瞬間が好きだった。頭を真っ白に出来る瞬間。
「美咲ちゃん、こっちに目線。」
カメラマンの指示通りに動く。最初、笑顔を作るのが苦手だった。
『無理して笑わなくていいよ。』
ふと優人の声が過ぎる。
『笑いたいときに笑えばいい。』
「美咲ちゃん?」
顔が凍りついた美咲にカメラマンが声をかける。その声に我に返る。
「あ、ごめんなさい・・。」
「ちょっと休憩しようか?」
「はい・・。」
休憩に入り、美咲は落ち着くために置いてあった水を飲んだ。
「どうしたの?疲れた?」
マネージャーが心配して見に来る。
「あ、いえ。違うんです。大丈夫です。」
「そう?ならいいけど。」
美咲は椅子に座り、メイクや髪を直されていた。
『どうしてあんな事を思い出したんだろ。』
もう忘れかけていた。モデルを始めた頃、笑顔が作れなくて、スタッフを困らせた。どうしても作り笑いになってしまっていた。
『作ってる笑顔なんて要らないよ。今の美咲を出せばいい。』
そんな事言われても・・と躊躇した。優人が撮る美咲は最初の方こそ敵意剥き出しみたいな表情だったが、心を開いてからは、自然と優人の前でも笑えるようになった。それが今の事務所の社長の目に留まり、モデルを始めることになった。優人以外のカメラマンの前で笑えるようになるまでに時間がかかった。
優人と居る時間が、何よりも嬉しかった。また人を信じられるようになるなんて思っていなかった。親戚をたらい回しにされ、絶対に人を信じられなかった。自分は要らない人間。ならこっちから捨ててやる。そう思って家を出た。高校にも行かず、バイト尽くしで15で1人立ちをした。優人に会ったのは町の雑踏の中。急に声をかけられた。
『モデルをしない?』
突然そんな事を言われた。変な人だと思い、バイトへ急いだ。それでも優人はついてきた。相手にしなくても、自分の名前を名乗り、連絡先を渡してきた。本当に勝手な人間。そんな印象だった。バイトが終わり、外に出ると優人がいた。関わりたくなかったのに、優人は毎日バイト先に現れた。毎日来られると、変な感情が生まれるもので、来ないと心配になったりした。でも必ず現れた。遅れてくる時は大体何かを夢中を撮っていた時だった。本当に写真が好きなんだと思った。渋々OKを出したのは、半年後の事だった。
『勘違いしないで。今回限りだから。』
そう言ったが、優人は本当に喜んでいた。その時撮った写真は、美咲は全く笑っていなかった。ただ敵意を剥き出しにしているような何も信用していない強い瞳。優人はその瞳を撮りたかったのだ。満足な写真を撮った優人だったが、その後も美咲のバイトの送り迎えをした。
『もう写真は撮ったんだから来ないでよ。』
『俺さ、美咲ちゃんのこと好きになったみたい。』
照れたようにそう言う優人。だが、美咲は冗談だと思い、軽く流した。自分を好きだなんて、奇特な人も居るもんだ。そう思っていた。
最初に美咲を撮った写真が認められ、優人は一躍有名になった。その写真のモデルをしていた美咲にも声がかかった。でも正直笑いたくもなかったので、モデルなんて職業自体やりたくなかった。初めは、優人が専属カメラマンだった。優人の前なら何故か自然に笑えるようになった。それから少しずつ他の仕事もするようになった。そして今は優人が居なくてもカメラの前で笑えるようになった。こうやってやりがいのある仕事ができるのは優人のおかげだ。もう一度正式に交際を申し込まれたとき、嬉しくて涙が出そうだった。まだ自分のことを好きで居てくれる。それが何よりも嬉しかった。付き合い始め、優人は海外へ行くのが多くなってしまった。でも付き合っていると言う絆が美咲を強くした。どんなに離れていても、通じ合ってると。
最近では日本に居ても会えない。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。想いは募る一方。
『優人は会いたいって思わないのかな・・?』
ふとそんな疑問が浮かぶ。ずっと会えてないのに、平気なのだろうか?胸が苦しい。
「休憩終わりー。」
その声で我に返る。今は仕事中だ。仕事に集中しなきゃ。美咲はカメラの前に立った。

数日後。美咲は何だかイライラしていた。優人から全く連絡が来なくなっていた。美咲は携帯を閉じた。
「来ても返事してやんないから。」
そう吐き捨て携帯を鞄の中に押し込めた。少しでも期待してた自分が馬鹿みたいだ。泣きたくなる気持ちを押さえ込む。
「エライ怒ってんなぁ。」
ふと声をかけられ、美咲は睨むように声の主を見た。そこに居たのは龍二と透だった。
「龍ちゃん、透くん・・。」
「美咲、龍ちゃんはやめろ。」
小学校時代のあだ名を言われ、龍二は照れる。大の大人を『ちゃん』付けで呼ばないで欲しい。
「原因は優人?」
透の言葉に動揺する。
「やっぱか。」
龍二も溜息を吐く。
「美咲、仕事終わり?」
透の問いに頷く。
「俺らも終わりなんや。飲みにでも行く?」
美咲は誘いに応じた。

案の定、美咲は日本酒を浴びるように飲んでいた。
「美咲、これ以上飲むなら俺んとこで飲め。」
「う゛−。」
龍二が止める。
「透、俺車取ってくるわ。」
「あいよ。」
飲んだくれの美咲を連行すべく車を取りに立ち上がる。
「あいつは・・あたしのこともう嫌いになったのかなぁ・・。」
ボソっと呟いた言葉が聞こえる。
「何で?」
「連絡、全然来ないの。前は毎日必ずメールが入ってたのに。あたしからしても、返ってこない。」
美咲は机に突っ伏したまま言った。
「あいつも忙しいからなぁ。」
「前だって・・忙しいときでもあいつからメール着てた。今は・・もう来ない。・・ねぇ・・もう・・飽きられちゃったかなぁ・・?」
泣き出しそうな声に居たたまれなくなる。
「美咲。」
顔を近づけ、耳元で囁く。
「辛いなら、俺にしとく?」
その言葉に驚いた美咲はガバッと起き上がった。驚いた顔で透を見る。
「な・・に言ってんの・・?」
「本気やで?俺、お前の事好きやったし。」
「な・・え・・?」
美咲の頭が混乱する。透は不敵に笑った。その時、車を取って戻ってきた龍二が店内に戻ってくる。
「美咲、行くぞ。透は?」
「俺、寄るとこあるから。」
「そっか。美咲、行くぞ。」
「う・・うん。」
龍二は美咲を連れて店を出た。透は飲んでいたグラスを一気に飲み干した。

優人は時計を見て溜息を吐いていた。
『また連絡できなかったや。』
数日連絡取れていないのが気がかりだった。なんだかんだで休む暇がなかった。
『美咲、怒ってるだろうなぁ。』
そんな事を思いながら機材を片付ける。
「日向さん、お会いしたいとい方がいらしてますが。」
スタッフの人が呼びに来る。
「誰?」
「BLACK DRAGONの透さんです。」
「あぁ。透くんか。」
優人は片付けをスタッフに任せ、優人は透が待ってるところまできた。
「よう。」
「悪かったな。仕事邪魔して。」
「いや、今終わったとこだよ。」
「そか。」
「どうした?わざわざ会いに来るなんて珍しい。」
「単刀直入に言うよ。美咲のことだ。」
意外な話題に優人は目を丸くした。
「美咲がどうかした?」
「お前、美咲のこと、ちゃんと考えてるんか?」
「も・・もちろんだよ。何言ってんだよ。」
「じゃあ何で5回もドタキャンした?」
「それは・・仕事が・・。」
「美咲より仕事のが大事か?」
そう言われ返せなくなる。
「美咲、辛い顔してた。今日もお酒飲みまくって忘れようとしてた。お前は、美咲がどんな気持ちでいるのか、考えた事あるのか?」
「そ・・りゃ・・。」
そう言ったが、正直考えていなかった。時間的なことばかり考えていた。
「お前がそう言う態度なら、俺も黙っちゃいないぞ。」
「え?」
「美咲は俺がもらう。」
「は?」
突然の事に頭が回らない。
「俺、美咲のこと、小学校のとき好きだった。でも中学入ってすぐ転校して。それでも忘れられなかった。最近再会して気持ちがよみがえったみたいだ。」
「・・ウソ・・だろ・・?」
「嘘言ってどうする?お前がその気なら美咲のこと、俺がもらう。」
そう言って透は去って行った。優人はその場に立ち尽くしていた。

翌日。透は仕事場で昨日の事を龍二に打ち明けた。
「そんなこと言ったんか。」
そんなに驚きもせず、龍二が返す。
「優人にはこれくらいが一番ええねん。」
「そうかもな。」
少しの間が空く。
「透。本気ちゃうやろ・・?」
ふと気になった。
「さぁね。」
「さぁねって。お前なぁ。」
「俺も分からん。」
透は溜息と共に言葉を吐いた。
「未だ美咲のこと・・。」
「分からん。再会したときは、懐かしいって感情しかなかった。でも・・今はよく分からん。」
「ホンマお前亮のこと言うてる場合ちゃうやん。」
「やな。」
透はまた溜息を吐いた。

仕事も順調に終わり、龍二は留守電やメールをチェックするため、携帯を開いた。珍しい優人からメールが来ていた。恐らく透のことだろうとおおよその見当はつく。
〈相談したいことがある。今日時間空いたら連絡ください。〉
「ったく。」
煙草の火を消しながら、龍二はメールを送った。

メールを受信したとき、優人は丁度休憩中だった。メールを受信してすぐに開く。龍二からだ。
〈今日はもう仕事終わったからいつでも空いてる。〉
「よかったぁ・・。」
そう呟きながら電話をかける。
『もしもし?』
「ごめん、龍二。」
『いや、ええけどな。』
「今どこ?」
『事務所。』
「そっか。えっと・・今俺Kスタジオなんだ。」
『近いからそっち行くわ。』
「ごめんよ。ありがとう。」
『いやいや。んじゃあ着いたらまた電話でもするわ。』
「分かった。」
電話を切り、優人は急いで仕事を終わらせた。

2人はスタジオの1階にある喫茶店で落ち合った。
「ごめんな。呼び出して。」
「ええよ。別に。」
「相談・・龍二にしかできなくて。」
「その相談ってのは?」
すぐに話題を切り出す。
「実は・・。」
と優人は昨日の出来事を話した。透から聞いていたので、予想はしていた。
「んで慌ててるって事か。」
注文したコーヒーに口をつけながら聞き返す。優人は頷いた。
「確かに最近美咲と連絡取れてなかったけど・・。何でそれを透くんが知ってるのかって思ったんだ。美咲が言ったんだよな。」
「まぁそれは俺も知ってたけどな。よく香織と飲んでたから。透が知ったのはたまたまや。」
「だろうけど・・。」
「そもそもお前がドタキャンなんかしなかったら、こんな事にはならんかったんやろが。」
正論を言う。
「そうだけど・・。」
「仕事も大事やってことは、俺もよく分かってる。でもそれ以上に美咲が大事なんちゃうか?」
龍二の言葉に頷く。
「だったら、どうしたらええか、分かってるやろ?どうしたら美咲の不安がなくなるのか、どうしたら透も納得させれるか。」
「俺・・美咲に甘えてたのかも・・美咲は強くてしっかりしてて、離れても大丈夫だって。そんな訳・・ないよな。いくら強いっても女の子なんやし。不安にならないなんてないよな。」
「美咲が泣けない性格なんも、知ってるやろ?ギリギリのところで泣かない。今の美咲、泣きそうで泣かない。何でか分かるか?」
龍二の問いに首を横に振る。
「泣いたら、優人を困らせるから。それ以上に泣いたら今まで保ってる気持ちを壊してしまうから。」
龍二の言葉が胸に突き刺さる。優人は拳を握り締めた。自分の甘さに腹が立ってくる。
「優人は、どう思ってる?美咲のこと。」
「今でも愛してる。」
龍二の問いに即答する。
「ならその気持ちがどうやったら伝わるか、お前自身が考えることやな。」
「うん・・。ありがとう。もう少し自分でどうすればいいか、考えてみるよ。」

優人は悩んでいた。龍二に言われたように考えてるが、どうしたらいいか分からない。車を走らせ、ある場所へ向かう。インターホンを鳴らす。
「あれ?優兄、珍しいね。」
出迎えたのは、葵だった。
「起きてた?」
「まだ起きてるよ。」
葵は笑いながら優人を迎え入れる。
「こんな遅い時間にごめんな。」
「ううん。全然。」
「快と直は?」
「自室に行ってる。」
「そっか。」
葵は優人をリビングのソファに座らせ、キッチンで紅茶を入れて戻ってくる。
「どうしたの?優兄が来るなんて珍しいよね。」
葵は笑った。変わらない笑顔。優人は少し癒された。
「顔が見たくなったから・・。」
「よく言うよ。ずっと見に来なかったくせに。」
葵は意地悪く言った。
「だな。」
優人は入れてもらった紅茶に口をつけ、気持ちを落ち着けた。
「ホント、俺って勝手だな・・。」
「?何かあったの?」
葵に感づかれ、優人は事の成り行きを話した。
「なるほどねぇ。」
葵は全ての話を聞いてからそう言った。
「どうしたらいいか・・どうすれば伝わるのか・・分からない。」
「簡単だよ。」
即答する葵に驚く。
「え?」
「簡単だよ。優兄の気持ちを素直に伝えればいんだよ。」
「そんな簡単に・・できるわけないだろ・・。」
「優兄はどんなことされたら嬉しい?」
「俺は・・。」
葵の質問に少し考える。
「美咲さんは、優兄の言葉を待ってると思うよ。きっと一言だけで、不安なんてなくなるよ。」
葵の言葉が突き刺さる。
「なあ。葵・・。明日、ちょっと付き合ってくれる?」
「うん?いいけど?」
優人は何かを決断したようだった。

翌日。葵は午前中だけバイトに出た。午後から優人との待ち合わせ場所へ向かった。
「葵、ごめんよ。待った?」
「ううん。今来たとこ。」
「そうか。ご飯食べた?」
「ううん。まだ。優兄は?」
「俺も未だなんだ。どっかで食べよう。」
既に1時過ぎていたので、適当にレストランに入った。
「今日は俺の奢りだから。」
「ありがと。」
優人の言葉に甘えて、昼食を取る。
「優兄、美咲さんにどうやって伝えるか、決まったんでしょ?」
葵の問いに、深く頷く。
「ただ俺1人じゃどうすればいいか分かんなくて・・。葵に付いてきてもらったんだ。」
「あたしなんかで良ければ。お役に立てるかどうか分かんないけど。」
葵は照れたように笑った。

透は龍二から優人が相談したことを聞いた。
「やっと焦りだしたか。」
「お前も意地悪やな。」
龍二は煙草をくわえたまま言った。
「見てらんないよ、あんな美咲・・。」
透は溜息と共に言葉を吐いた。
「確かにな。・・でも、お前ホンマに美咲んこと狙っとる訳ちゃうやろ?」
前に聞いたことをもう一度念押しして聞く。
「よくよく考えたら、俺のがだらしないよな。」
「何でや?」
「未だに初恋の子のこと気になるなんてさ。」
「そんなもんやろ。それ言うたら・・俺も人のこと言えんな・・。」
お互い好きと言えないまますれ違っていた香織と結婚した龍二は、自嘲して笑った。
「お前らは不器用すぎやねん。」
「るせーよ。」
いつもの透の毒に、龍二は少し安心した。
「お前にはお前にちゃんと合った子が現れるって。」
「さんきゅ。」

美咲は携帯を握り締めたまま、硬直していた。久々に着た優人からのメール。
〈大事な話がある。仕事が終わってから、何時でも構わないから、連絡下さい。〉
『大事な話・・?まさか・・別れよう・・とか・・?』
不安で胸が押しつぶされそうになる。どちらにしても決着はつけなきゃいけない。
《仕事が終わるのは、8時の予定。伸びるかもしれないから10時くらいの方がいいかも。》
返信完了すると、すぐに返事が返ってくる。
〈OK。そっちまで迎えに行くから終わったらメールしてくれ。〉
「美咲ちゃん、続き行くよ。」
「あ、はい。」
美咲は仕事に戻った。

美咲の仕事は9時過ぎに終わった。優人にメールを送る。それから着替えながら優人を待った。裏口近くに優人の車が現れた。美咲は無言のまま乗り込む。
「ごめんな、今まで。」
そんな切り出しに美咲は首を横に振った。
「飯、食った?」
「未だ。」
「そか。じゃあどっか入ろうか。」
そう言いながら、優人は車を走らせた。

着いたレストランは高級レストランだった。
「どしたの?優人。こんな・・高いとこ・・。」
「気にすんな。今までの埋め合わせ。」
そう言いながら、優人は美咲を中に入れた。席に案内され、注文をする。ウェイターが下がったところで、優人は話を切り出した。
「今まで・・ごめんな。ドタキャンばっかで。」
美咲は首を横に振った。
「俺さ、美咲に甘えてたのかもな。美咲のこと考えないで、何も文句言わない美咲に甘えて・・。不安にならないなんて、そっちのがおかしいよな。」
「優人は・・。」
「ん?」
「優人はあたしに会いたいって・・思ってた?」
勇気を出して聞く。ずっと不安だったもの。
「もちろん思ってた。でも仕事も大事だった。美咲は理解してくれてるって思ってたから。」
「理解はしてるけど・・頭では分かってるけど・・あたしは・・ずっと会いたかった・・。」
美咲は涙を堪えてるように見えた。
「ごめん。俺のせいだね。・・透くんに言われたんだ。」
不意の言葉に美咲は顔を上げた。
「仕事と美咲とどっちが大事なんだ?ってね。正直、胸が痛かった。どっちも俺にとって大事で、かけがえのないものだから。でも・・俺は仕事を優先しすぎてた。美咲がどんな気持ちでいるかなんて、考えてなかった。」
美咲は黙って聞いていた。
「俺は美咲のこと愛してる。それはずっと変わらない。」
不意に出た言葉に美咲は堪えていた涙が溢れた。
「どうして・・どうして言ってくれなかったの?ずっと・・その言葉を待ってたのに・・。」
「ごめん。言いたかった。でも・・言えなかった・・。」
「どうして?」
「俺は美咲を愛してても、美咲はもう俺に愛想尽かせたんじゃないかって。そんな下らない事考えて。でも・・やっぱり俺は美咲を愛してる。」
「あたしだって・・あたしだって・・優人のこと愛してるよ。」
美咲の言葉に優人はホッとした。その時、料理が運ばれてくる。美咲にワインを注ぎ、自分の分も注ぐ。乾杯をしてワインに口をつける。食事は進み、メインディッシュを食べていた時だった。優人は途中でナイフとフォークを置いた。
「どうしたの?」
「あのさ・・美咲。大事な話、実はまだ終わってないんだよね。」
「え?」
思ってもみない言葉に美咲は驚きを隠せなかった。
「・・もっと早く言うべきだったのかもしれない。」
そう言って優人は小さな箱を美咲の目の前に置いた。
「これ・・。」
「俺と・・結婚してください。」
真っ直ぐな瞳で美咲に申し込む。美咲はその箱を開ける。
「・・どんなのがいいのか・・分かんなくてさ。葵に見てもらったんだ。でもそれならきっと美咲も気に入ると思ってさ。」
美咲はただ涙が溢れていた。ずっと待ち望んでいた言葉。
「も・・ちろん・・だ・・よ。」
声にならない声で返事をする。その言葉に優人はホッと一息吐いた。
「長い間待たせてごめんな。」
美咲は涙を拭いながら、首を横に振った。

鳴り出した携帯を手に取り、透はすぐにメールを開けた。
〈おかげ様で、美咲にプロポーズして、OK出たよ。透には絶対美咲渡せないからな。〉
「よく言うよ。全く。」
溜息を吐きながら返信する。
《おめでとさん。別に俺、本気じゃなかったよ。ああでも言わないと、優人動かなかったろ?》
意地悪く返してみる。すぐに返信が返ってくる。
〈ははっ。でもホント透くんが言ってくれないと、美咲に辛い思いさせてただけかもしれない。ありがとう。〉
「ありがとうか・・。」
その言葉に妙な感覚がする。まだ美咲への想いを吹っ切れてないんだろうか。
《礼言われるほどじゃない。本当良かったな。おめでとう。》
おめでとうの文字を打つのにも少し躊躇った。
「あかんな・・俺・・。」
透は溜息を吐き、頭を抱えた。

11月半ば。B・Dのメンバーはレコーディングのために海外へ行く準備をしていた。亮は毎日葵とメールや電話ができなくなることが一番不安だった。
「お前、香織たちはどうすんだ?」
メンバーで打ち合わせ中、透が龍二に尋ねた。
「こっちに残るってさ。まぁ行ってもつまらんやろし。葵ちゃんたちと居た方が楽しいやろしな。」
龍二は煙草の火を消しながら答える。
「まぁそうやな。」
「亮、準備全部できたんか?」
武士が尋ねる。数ヶ月滞在する予定なので、身の回りのものを少し持っていかなくてはいけない。亮は質問に頷いた。
「亮は荷物少ないもんね。」
慎吾が意地悪く言う。
「お前が多いだけや。」
亮が冷たく突っ込む。
「むぅ。」
「痛いとこ突かれたな・・。」
武士が同情する。
「出発は28日。それまでに荷物は送って、俺らも発つ。いいアルバム作ろうな。」
龍二が閉めの言葉を言い、メンバーは頷いた。

B・Dメンバーが日本を発つ2日前。一同は日向家に集まっていた。優人と美咲のお祝いをするためだった。2人は籍を来年の美咲の誕生日、1月に入れることにしていた。今日はB・Dメンバーが日本に居る間に祝うために集まったのだった。料理は香織と葵が担当し、仕事を早めに切り上げたB・Dメンバーと快人と直人が会場の準備をした。
「透、大丈夫か?」
「ん?何が?」
突然龍二がこっそり話しかけてきた。
「美咲んこと。」
「あぁ。もう何とも思ってないよ。」
「ホンマにぃ?」
「ホンマやって。」
「ならええけど。辛いんちゃうかなぁって・・。」
「気遣いは嬉しいけど、ホンマもう大丈夫やから。」
「そか。ならええや。」
龍二は透から離れた。

しばらくして呼ばれた優人と美咲が現れる。幸せそうな顔を見て、透はホッとした。
『もう大丈夫やな・・。』
自分の気持ちにも安心する。今なら心から言える。おめでとう、って。
「本日はお招きありがとう。」
「硬いって。」
優人の言葉に葵が突っ込む。
「まぁ、こっちで座りや。」
龍二がソファに2人を座らせた。
「では改めて。」
龍二が咳払いをしながら、皆に合図をする。
「「おめでとーーーーーーーーー。」」
その言葉と共にクラッカーが鳴る。クラッカーの後に拍手が盛大に鳴る。
「ありがとう。」
祝福された優人と美咲は照れながらお礼を言った。次々とお祝いのプレゼントが渡される。その間に料理が次々と運ばれてきた。しかし亮だけはやっぱりダイニングに1人で居た。葵が近づいてくる。
「亮くんの分ね。」
そう言って取り分けた料理を持ってくる。
「さんきゅ。」
「あたしもこっちで食べようかな。あっち座れないし。」
リビングにはもう座る余裕がなくなっていた。葵は自分の分の料理を取り、ダイニングに戻ってきた。葵が戻って来てから、亮は「いただきます。」と言って料理に手をつけた。
「亮くんたち、もうすぐロス行っちゃうんだって?」
葵の言葉に亮は顔を上げた。未だ葵に言ってなかったのに。
「聞いたの。美佳に。」
美佳は事務所の社長令嬢だ。スケジュールくらい分かるはずだ。
「しばらく電話もメールもできないね。」
葵は少し悲しげに笑った。悲しいのと同時にそう言ってくれた言葉が嬉しかった。
「そやな・・。」
「いつ戻ってくるとか決まってるの?」
その問いに首を横に振った。
「そっか。」
溜息と共に言葉を出した。
「寂しいね。」
葵の言葉が亮にとって物凄く嬉しかった。でも上手く感情を出せない。自分が居ないことで「寂しい」と言ってくれることが何よりも嬉しかった。
「でも・・終わればすぐ戻って来れるし・・。」
亮はそう付け足した。
「そっか。そうだよね。」
亮の言葉に少しホッとした表情を見せた。何かよく分からないが、亮は今までにない感情があった。何だかとても嬉しいのだ。
「別に永遠の別れとかじゃないし・・。」
亮がそう言うと葵は「そうだね。」と言って笑った。
「あ、そだ。亮くん、まだあの歌い方してるの?」
あの・・とは喉を痛めるような歌い方ということだ。亮は頷いた。
「ホントに喉痛めるよ?」
苦笑しながら葵が言う。
「ずっとあれやし・・。」
「んー。でも声出なくなったら大変でしょ?」
「大丈夫やって。」
「そう?いい曲できるといいね。」
葵はそう言って笑った。亮はとにかくこの時間がずっと続けばいいと思った。

そしてロスへ発つ日。亮は空港で最後のメールをしていた。
「亮、そろそろ行くで。」
「うん。」
メンバーに呼ばれ、亮は葵に最後のメールを打って携帯を閉じた。最後にぎりぎりでメールを受信する。
〈がんばってね。〉
その一言だったが、亮はすごく元気付けられた。気合を入れ、機内に乗り込んだ。