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ACT.1 チャレンジ
 四月十二日。快晴。とある病院で、新しい命が生まれた。
 分娩室の前の椅子に座っていた葵と美佳は、廊下に響き渡る元気のいい声に顔を見合わせた。
「生まれた?」
「生まれた!」
 葵の疑問を美佳が肯定する。二人は思わず立ち上がった。
 しばらくして分娩室のドアが開き、立ち会っていた龍二が出てくる。その腕には龍哉が抱かれている。
「龍二さん。生まれた?」
 美佳が聞くと、龍二は嬉しそうに笑いながら頷いた。
「どっち?」
「女の子」
「女の子かぁ」
 検診で分かっていたとはいえ、やっぱり聞いてしまう。
「香織さんは? 大丈夫ですか?」
 葵が聞くと、龍二は頷いた。
「大丈夫。二人とも健康や」
 その言葉を聞いて葵はホッとした。龍哉が龍二の腕を離れ、葵に抱っこをせがむ。葵が抱くと同時に香織がベッドに乗せられたまま出てくる。
「香織さん、お疲れ様」
「ありがと、葵ちゃん」
 全身に汗をかいているようだったが、香織は清々しく笑った。

 病室に戻ると、香織の隣に生まれたばかりの赤ん坊が寝かされた。
「うわぁ。小さー」
 美佳が生まれたばかりの赤ん坊の手を指で掬い取る。小さな手は美佳の人差し指をぎゅっと握った。
「いやん。めちゃくちゃかわいい」
 早速美佳はメロメロになった。
「あれ? 龍二さんは?」
 葵が病室に居ない龍二に気づく。
「電話しに行ったわ。メンバーに」
「なるほど。今日抜けれる日でよかったですね」
「そうね」
 香織は笑顔で頷いた。
 今日は曲作りのために全員でスタジオにこもっている。香織に陣痛がきた時点で葵が連絡を入れ、龍二は仕事を抜けて立ち会ったのだ。

 その頃。龍二は一旦外に出、一服しながら透に電話をかけた。
『もしもし?』
 龍二からの着信と分かっている割に冷静な透の声に龍二は肩の力が抜けた。
「生まれた。女の子」
 短くそう告げる。
『そうか。おめでとう。香織は?』
 相変わらず落ち着いたトーンだ。
「今病室に移って休んどる」
『お前のが疲れた声してるやん』
 透が意地悪く笑う。
「そりゃ、立ち会うなんて初めてやったもん。香織が気張っとる横で一緒んなって力入ったわ」
 そう言うと透は笑った。
『まぁ無事に生まれてよかったやん。こっちも後少しで生まれそうや』
「期待しとる」
 香織の出産の前に作りかけていた曲のことだろう。今は多分亮が詞を付けてる段階だ。
 電話を切り、煙草を携帯灰皿に押し付ける。
 見上げた空は雲一つ無いどこまでも広がる青だった。

 透から無事子供が生まれたと聞くと、メンバーは一気にテンションが上がった。
「んじゃこっちもがんばらにゃなぁ」
 武士はノビをしながらそう言った。
「って言ってもあと亮が詞付けるだけやん」
 慎吾がツッコむ。
「レコーディング忘れてないか?」
 透のツッコミに慎吾はぷぅと口を膨らませた。
「とりあえずは、って意味やん」
「にしても今回は難産っぽいな」
 武士は亮のいる部屋のドアを見つめた。亮は今隣の部屋で黙々と作詞をしている。もう一時間近くこもっている。
「ポップス系は苦手やからな」
 透は煙草を銜えた。
「分かってて作る透は鬼やな」
 武士が呆れる。
「愛だよ」
 さらりと言う透に二人は呆気に取られた。
「色んなジャンル、やっていきたいやろ?」
 煙草に火を点けながら問う。武士と慎吾は顔を見合わせ、頷いた。
「その為にも亮にはリハビリしてもらわんとな」
 言葉と同時にふぅっと白い煙を吐き出す。透の言い分は確かに合ってる。亮もきっとそれを分かっているのだろう。
 葵と結婚してからは特に、少しずつだが変わった。発作も滅多に起きなくなっていた。それでも仕事が忙しかったり、精神的に疲れていると発作を起こした。しかし葵の声を聞くと落ち着くようで、発作が起きると薬を飲んで葵に電話をかけていた。
 そんな二人を武士は羨ましく思っていた。揺るがない信頼関係。
 瞬間、美佳の顔が浮かんだ。
(え?)
 自分でも驚いた。何故美佳の顔が浮かぶんだろう? 最近変だ。ふとした瞬間に美佳の顔が浮かぶ。
(これは・・・・・・もしかして・・・・・・)
 ガチャと扉の開く音で我に返る。見ると亮がやっと部屋から出てきた。
「できた?」
 慎吾の問いに、亮は無言で譜面を渡した。
「飲み物買って来る」
 そう言って亮は部屋を出た。まず透が歌詞に目を通す。
「英語に逃げたな」
 短くなった煙草を消しながら、譜面を武士と慎吾に渡す。二人は仲良く覗きこんだ。サビ部分の英詞の割合が多い。もちろん以前に比べ断然英詞の割合は減っているのだが、亮は悩むと英詞に逃げる癖がある。
「んー。でもがんばった方ちゃう?」
 武士が言うと、透は「まぁな」と頷いた。
「英語は喋れないのに英詞が書けるミステリー」
 慎吾が呟く。
「まぁ何だかんだで頭ええからな。中学ではトップの成績やったみたいやし」
「「マジで!?」」
 透が言うと、二人が驚いた。
「まぁ色々あったんちゃうか? 親おらんからって変な言いがかり付けられたりしてたみたいやしな」
 何で世間は自分と違う人間を卑下するのだろう。されたら嫌なことぐらい分かるはずなのに。
「あ、でも最近は葵ちゃんに英会話習ってるみたいやで」
 武士が言うと、二人は驚いた顔をした。
「そうなんや」
「英会話より日本語教えてもらった方がえんちゃうか・・・・・・」
 透が溜息をつく。
「あはは。確かにね。亮は頭はええけど、感情表現が苦手やからなぁ」
 慎吾が苦笑しながら言うと、武士が頷いた。
「まぁなぁ。一時期に比べたら、恋愛のことも書けるようになってきたけどな」
「まぁもう少し気長に待ちますか」
 透の言葉に、二人は頷いた。

 戻ってきた龍二に歌詞のOKをもらい、その日のレコーディングはリズム隊のみで終わった。
 ふと亮が携帯を見ると、メールが着ていた。早速開いてみると、兄弟同然に育った雅紀からだった。
『仕事もし早く終わったら、二人で飲まん?』
 本文は短くそう書かれていた。誘いが来るのは本当に久しぶりなので、お酒は飲めないが合流することにした。メールをすると、店の場所を教えてくれた。葵に遅くなるとメールをし、バイクにまたがった。

 着いた店はおしゃれな居酒屋で、店内は薄暗くそれぞれのテーブルが個室っぽく、とてもいい場所だった。店員に雅紀のいる場所まで案内してもらうと、雅紀は既に飲んでいた。
「よお。久しぶりやな」
「久しぶり」
 向かい合って席に着く。すかさず店員が注文を聞きに来るので、烏龍茶を頼む。
「何や、酒飲まんのか」
「俺が酒飲めんの知っとる癖に」
 そう言うと、雅紀は意地悪く笑った。彼は今、妹の由香と共に亮と同じく音楽活動をしている。
「由香は?」
「あいつは置いてきた。仕事溜まっとるし、今日はお前とゆっくり話したかったし」
「そか」
 何だか少しだけホッとし、運ばれてきた烏龍茶に口を付ける。
「で? どうや? 新婚生活は」
 雅紀は唐突に聞いた。
「どうって・・・・・・別に何も」
「えー。何かあるやろー?」
 完全に酔っ払いだ。亮は少し考えた。
「誰かが待っとってくれるんは・・・・・・嬉しい・・・・・・かな」
 そう言うと雅紀はホッとしたように笑った。
「幸せそうでよかったわ。発作は?」
「だいぶなくなった。忙しかったり、疲れてたらたまに起きるけど、前ほどやない」
「そっか」
 雅紀はお酒に口を付けた。
「母親は、もうええんか?」
 雅紀の言葉に亮は瞬間顔が強張った。
「もう・・・・・・どうでもええよ。今更・・・・・・例え会いに来ても許せんやろうし、関係ない」
「そっか」
 亮の拒絶した言葉に、雅紀は短く同意した。沈黙が訪れる。沈黙を破ったのは雅紀だった。
「なぁ。昔、俺が言うたこと、覚えとる?」
 亮はすぐに思い出した。
「『いつかヒマワリみたいに前向いて歩いていける』ってやつ?」
「そう。お前は変わった。あの頃とは別人みたいに。俺が言うた通り、ちゃんと前向いて歩いとる」
「それは・・・・・・葵のおかげやな」
 亮が呟く。
「葵がヒマワリみたいに笑っとったから。葵だけが大丈夫やったんも、雅紀が言うたみたいな、ヒマワリみたいな人やったからかもしれん」
「そうやな。葵ちゃんに出会えて良かったな」
 雅紀の言葉に亮は頷いた。
「葵ちゃんに出会えたんてさ、運命ちゃうかな」
「運命?」
 雅紀から聞くと思わなかった言葉に亮は驚いた。
「運命ちゃうかったら・・・・・・奇跡?」
「奇跡・・・・・・」
 思わず繰り返す。
「亮が好きになった人が、同じように亮を好きになってくれる。それってすごいことやろ?」
 雅紀の言葉に頷く。
「似たような経験をした二人が出会って、恋に落ちて結ばれるって物凄い確率やと思う。やからさ、絶対葵ちゃん手放すなよ」
「もちろん」
 亮は力強く頷いた。

 それは突然だった。翌日、レコーディングに集まったメンバーに龍二がとんでもないことを言った。
「え? 映画出演?!」
「そ。もちろん全員な」
「ちょ、それ受けたん?」
 驚いた武士が声を荒げる。
「いや、まだ正式には返事しとらん」
「映画って何の?」
 意外と冷静な透が尋ねる。
「タイトルはまだ未定なんやけど、音楽中心の青春映画とか言っとったかな?」
「俺らの役は?」
 今度は慎吾が尋ねる。
「ミュージシャンを目指す主人公が憧れるバンド」
「なんやー。それやったらあんま出番ないんちゃうん」
 武士が残念がる。
「まぁ映画の中の出番は少ないな。でも主題歌も依頼されたし、映画内の音楽も依頼された」
「龍二はどう思ってるん?」
 透は飽くまで冷静だ。
「俺はおもろいと思うで。こういう経験滅多にできんやろうし、俺らにとってマイナスにはならんと思う」
「龍二が受ける気なら、俺は構わんと思う」
 透があっさりと承諾する。
「俺もやってみたい」
「俺も」
 武士と慎吾が続けて承諾する。
「亮は?」
「俺は・・・・・・ごめん。もうちょっと考えてもええかな?」
「そりゃもちろん。別に急いで返事しなくてもええって言われとるし、よう考えたらええよ」
 龍二が優しくそう言った。
「さてと、じゃあとりあえずレコーディング終わらせるか」
 透が立ち上がり、ブースに入って行った。

「え? 映画?」
「そう」
 亮は家に帰ると、早速葵に話した。
「音楽でってこと?」
「出演もやってさ」
「すごーい! 映画出るんだ!」
 葵は亮に遅めの夕食を出し、向かい合って座った。
「どんな映画?」
「音楽の青春映画?」
「へー。亮くんの役は?」
「主人公が憧れるバンド?」
 質問に答えているはずなのに、なぜか亮の語尾にクエスチョンマークが付いている。
「聞かれても・・・・・・」
「でもまだ返事してなくて、どうしたらええか分からん」
 亮は持っていた箸を下ろした。
「大丈夫だよ。亮くんなら」
「え?」
 思わぬ言葉に顔を上げる。
「確かに演技だってしたことないだろうし、初めての経験をする時は誰でも不安になるよ。でもきっと亮くんなら大丈夫だよ」
 葵にそう言われるとなぜか大丈夫な気がしてきた。
「そう?」
「うん!」
 葵の笑顔が勇気に変わる。
「やってみよ・・・・・・かな・・・・・・」
「うん! でも何か不思議な感じ」
 葵が笑う。
「何で?」
「だって亮くんが演技するとか想像つかないもん」
 そう言われると、確かにそうだ。
「俺もやけど、他のメンバーもな」
「そうだね」
 葵はまた笑った。ヒマワリのような明るい笑顔。
 ふと雅紀の言葉が浮かんだ。
『絶対葵ちゃん手放すなよ』
 言われなくても分かってる。
「亮くん、おかわりは?」
 不意に葵に話しかけられ、思考が現実に戻ってくる。
「あ、もらう」
 空になったお茶碗を渡すと、葵がご飯をよそって渡してくれた。
「味、大丈夫?」
「美味いよ」
「良かった」
 葵の笑顔にとても安心感を覚える。心が穏やかになる。絶対、手放したくない。絶対、手放さない。何があっても。


 ある日、日向家にはBDメンバーが揃っていた。今日は香織と赤ちゃんの退院日で、葵と美佳が腕を振るった。大皿に乗せれた大量の料理をが用意していた。
「「「おめでとう」」」
 カチンとグラスが鳴る。
「名前ってもう決まったん?」
 慎吾が自分の分をお皿に盛りながら聞いた。龍二は香織と顔を見合わせて笑った。
「決まったよ」
「何って言うん?」
「あのねー、あいりちゃんって言うんよ」
 龍二が言う前に龍哉が教えてくれた。
「へー。どういう字?」
 武士は龍二の膝に乗っている龍哉の頭を撫でながら聞いた。
「愛を理解するで愛理」
 龍二は龍哉が食べられるように箸で小さくしながら食べさせた。
「こりゃまた知的な名前やな」
「龍二にしてはな」
 武士の言葉に透が毒を吐く。
「どういう意味だ」
 龍二が睨みを効かすが、透はまったく堪えていないようだ。
「あ、そういや映画やるんだって?」
 葵に聞いた美佳が尋ねると、武士が頷いた。
「ちょい役らしいんやけどねー」
「でも今まで演技とかしたことないんじゃないの?」
 美佳に突っ込まれるが、透が淡々と返す。
「PV撮影の時は台詞はなくても一応演技っぽいことはしてるよ」
「あ、そっか」
 ストーリー性のあるプロモーションビデオなら尚更だ。
「でも意外よね。俳優業はしないんだと思ってた」
 香織は眠った愛理を自分の背後にある籠に寝かせた。
「まぁ何事も経験ってヤツやって」
 慎吾が言うと、武士がうんうんと頷いた。
「それに映画音楽ってジャンルも面白そうやったしな」
 龍二の言葉に美佳が反応する。
「あ、そっか。映画音楽もやるんだっけ? 皆でやるの?」
「とりあえず透中心で、曲持ち寄ろうって話かな。今んとこ」
 武士が説明すると、美佳は納得した。
「そっかー。透さんがほぼアレンジとかやってるもんね」
「良く知ってんね」
 透が笑うと、慎吾が指摘した。
「美佳ちゃんはうちのファンやもん」

「また酔い潰れとるし・・・・・・」
 亮はリビングに転がったメンバーを見て溜息をついた。
「まぁいいんじゃない? 久しぶりでしょ。皆で飲んだの」
「そうやけど・・・・・・」
 葵は寝転がっているメンバーに毛布をかけた。もう暖かくなっているとは言え、布団ではないので風邪を引いてしまいそうだ。仕方なく亮も手伝った。
「てか香織まで一緒になって寝とるけど・・・・・・」
 ふと龍二の隣に香織が居ることに気付いた。
「香織さんは飲んでないから、疲れて寝ちゃったんじゃない? 二時間毎にミルクあげなきゃだし」
「そっか」
 ちなみに龍哉は既に葵の部屋のベッドで寝ている。
 全員に毛布をかけ終わり、二人はダイニングの方に移動した。
「暖かいものでも飲む?」
「じゃあ紅茶がいい」
「分かった」
 亮のリクエストに答え、葵はお湯を沸かし始めた。葵の淹れる紅茶は亮のお気に入りだった。
「映画撮り始めたら、また忙しくなるね」
 ふと葵に言われ、そうだったと気付く。
「発作、大丈夫かな?」
 こんな自分をいつでも心配してくれる葵が愛おしく思う。亮は後ろから葵を抱きしめた。
「大丈夫やって。薬やってあるし・・・・・・電話だってできる」
 例え会えなくても声を聞けば、いつだって安心できる。
「ならいいけど・・・・・・。無理、しないでね?」
「うん」
 亮は一層強く葵を抱きしめた。