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− 絶対、音楽で有名になってやる。

− 親の七光なんて受けない。

− 俺は絶対やってやるんだ!


目を開けると、数ヶ月前越して来たばかりの部屋の天井が見えた。
「夢か・・。」
懐かしいあの頃の夢に、まだ少し酔っているようだ。起き上がって時計を見る。午前六時。少し早く目が覚めた。かと言って二度寝する気にもなれず、遼平は体を起こした。とりあえず顔を洗い、パンを焼きながらテレビを付け、コーヒーを入れる。一人暮らしにもようやく慣れた。実家と言っても両親は仕事でほとんど家にいない。実質妹と二人暮らしだった。実家にいるときは妹がほとんどやってくれていたが、家事を分担していたので、一人暮らしになっても別段困らない程度には家事ができる。
焼けたパンにバターを塗りながら、遼平はボーっとテレビを見ていた。
今朝見た夢をふと思い出した。心配する親に啖呵切って、家を飛び出した時に言い放った台詞。
遼平は高校時代の友人たちとバンドを組んでいた。遼平の担当はドラム。他に四人の仲間がいる。
遼平の父親は有名なメイクアップアーティストで、主に海外で仕事をしている。日本に帰ってくるのはごく稀で、帰国しても忙しさは変わりなかった。一方母親は有名な洋服のブランドを立ち上げているデザイナーである。母親も仕事が忙しく、ほとんど家に帰らない。こんな両親なので、遼平はまだ幼かった妹を一生懸命育てた。寂しくないようにいつも一緒にいた。今は妹も高校を卒業し、勉強のために海外へ行っている。兄としては寂しいような嬉しいような複雑な心境だ。
そして遼平も実家を出、上京していた。高校時代からずっとやっているバンドが認められ、デビューを果たしたからだった。
だが、遼平は悩んでいた。多少夢には近づけたような気はするが、本当にこのままでいいんだろうか?不安は募る一方だった。

仕事場に着いた遼平の様子がいつもと違うことに、メンバーはすぐに気づいた。
ヴォーカルの鷹矢が、早速遼平に近づいた。
「リョウ?大丈夫?」
「え?」
「顔色悪いよ?」
「あぁ・・大丈夫。新曲、覚えたか?」
話を逸らそうとしていることは、鷹矢にも分かった。
「覚えた。リョウこそちゃんとリズム叩けるん?」
「俺が作った曲やで?」
苦笑しながら遼平が返してくる。
「リョウ、悩み事あるんやったら、遠慮せんと言うて?」
「悩み事って言うか・・不安・・かな?」
「不安?」
「今朝懐かしい夢見てさ。バンド組んだ頃の・・夢ばかり見てた時の・・。」
「夢?」
鷹矢の言葉に頷いた。
「そっ。『絶対音楽で有名になってやるんだ!』って意気込んでた時の夢。」
遼平は曖昧に笑った。
「あの頃よりは確実に近づけてるとは思う。だけど・・同時に少し不安なんや。このままでホンマにええんかな?って・・。」
「リョウ・・俺も不安な時あるよ。」
鷹矢の言葉に遼平は驚いた。
「ホンマに俺が歌ってええんかなって・・。俺の歌い方で伝わるんかなって。不安で寝れない時もあった。けど・・みんながおってくれたから、今までやってこれたんやと思う。」
いつも明るい鷹矢から、こんな言葉を聞くとは思っていなかった。少しだけ勇気付けられる。
「リョウも一人で悩んでないで、もっと俺ら頼ってや。頼りないかもしれんけどさ。」
「あぁ・・そうやな。」
「うんうん。きっと大丈夫だよ!」
突然現れた譲に二人は驚いた。譲はキーボード担当で、かなりの神出鬼没である。ちなみに彼が時々する妙なお告げはめちゃくちゃよく当たる。
「うわっ。びっくりさせんな。」
「ユズル、シンシツキバツやからなぁ。」
「それを言うなら神出鬼没・・。」
アメリカで育った鷹矢は難しい日本語を無理やり使おうとしてちゃんと使えていないのがほとんどだ。鷹矢にツッコミを入れながらも、この二人に癒されている自分がいた。
「最終確認するで。」
リーダーでベーシストの哲哉が召集を掛ける。今日は今度のライブの曲順の相談だった。まだ小さい所でしかやったことのないライブだが、いつもとても白熱した。
「今度のライブはアルバム中心にやろうと思ってるんやけど、何かやりたい曲とかある?」
「アルバム曲でほとんど埋まるんちゃう?」
「何曲かアレンジしてみるとか?」
意見は飛び交うが、一向にまとまらない。数時間話し合って決まったのは、数曲だけだった。
「明日にはまとめなあかんから、明日までに一人一曲決めてこいよ。」
哲哉のその言葉で解散になる。
「遼平〜。たまには二人で飲みに行かん?」
のんきに話しかけてきたのは、遼平の幼馴染でもあるギタリストの響介だった。
「ええよ。」
いつもはここに哲哉や譲が混じるのだが、今日は珍しく二人で行くことにした。

居酒屋に入った二人はとりあえずビールで乾杯する。
「かぁー!うめぇ!!」
ビールのCMにでも出られそうな飲み方をする響介に、遼平は思わず笑った。
「お前いっつもうまそうに飲むな。」
「だって仕事の後ってビールうまいやん。」
あっけらかんと言う響介に返す言葉もない。
「なぁ、遼。何か悩んでるん?」
急に真顔で聞いてくる響介に驚く。いつもおちゃらけているのに、こういう時だけ妙に敏感だ。
「別に・・って言っても、しつこく聞いてくるんやろ?」
「当たり前やん。」
自信たっぷりな台詞に笑いながら遼平は夢の話をした。高校時代、初めてバンドを組んだときのあの頃の夢。初めて組んだときは、響介と哲哉と遼平の三人しか居なかった。
「懐かしいな。」
響介も思い出したらしい。
「あの頃はホンマにここまでやれるって思ってなかった。いつか・・どこで終わっちゃうかもって思ってた。」
遼平の言葉に響介は頷いた。
「せやな。俺・・ずっと小さいときから遼の後ろついて歩いててさ。バンド組むときも、実は遼平に置いてきぼりにされたくなくて『やる』って言うてしもたんよな。」
「そうなん?」
遼平は苦笑した。響介が恥ずかしそうに頷く。
「俺・・アホやから、ギターしかできんかったけど、それでも遼平たちはのけ者にせんかった。俺、めっちゃ嬉しかった。遼や哲哉が曲作ってても、俺・・何もできんくて。お荷物なんちゃうかなって・・俺おらん方がえんちゃうかなって何度も思った。」
「響・・。」
響介がそんな風に思っていたなんて知らなかった。ずっと一緒に居たのに・・・。
「いつも恥ずかしくて言えんかったけど・・遼平には感謝しとる。」
「え?」
突然の言葉に驚き入る。
「ここまでやって来れたんは、このメンバーやったからやと思う。俺、気づいとったよ。お前が一番バンドの事、考えてくれとるって。いつも意地悪なコトばっか言うてるけど、全部俺らのこと思って言うてくれてるんやなぁって。」
「響介・・。」
少しの沈黙が支配する。少し考えながら、響介が口を開いた。
「遼平が今日見た夢ってさ・・。」
「ん?」
「初心に帰れってことちゃうんかな・・?」
「初心?」
思わず聞き返した遼平に、響介は頷いた。
「あの頃はただ純粋に音楽がやりたかった。一つの音を作るんに何時間もかけて、一つの曲完成させるのにアホみたいに時間かかっとった。今も確かに時間かかるときもあるし、別になぁなぁでやってる訳ちゃうけど。何かあの頃みたいな気持ちを忘れとる気ぃする。」
響介の言葉は的を射ている気がした。
「もっと・・音を楽しむべき・・なんちゃうかな?」
「そうかもしれんな。」
遼平は呟くように相槌を打った。グラスを見つめて、口を開く。
「確かに忘れてたかもしれん。あの頃見てた夢は確かに『有名になりたい』っていうんもあったけど、それより自分たちが納得の行く曲を作って、それをたくさんの人に聞いてもらいたいってそう思ってた。今もその気持ちはあるけど、少し・・忘れてたかも。」
遼平は俯いていた顔を響介に向けた。
「まだ・・戻れるよな?あの頃の夢に。」
「もちろん。」
響介は笑顔で頷いた。

遼平は家に戻ると、ふと思い立った。夜中なのでアコースティックギターより音が小さいエレキギターを選んだ。アンプにさえ繋がなければ、大丈夫だろう。
遼平は響介の言葉を考えていた。
『もっと・・音を楽しむべき・・なんちゃうかな?』
音を楽しむ。あの頃、バンドを始めた頃はもっと音を楽しんでいた。今より技術はまったくなくて、イメージ通りになかなか作れなくて。だけど、悪戦苦闘をしながらでも、思ったとおりの音になったときは、本当に嬉しかった。今だって音を楽しんでいる。けどあの頃みたいな楽しみ方をしてるだろうか?
『やっぱり、原点に戻った方がええんかもな・・。』
遼平は生まれて初めて作った曲のコードを鳴らしてみた。呆れるくらい単純なコード進行。だけどその時は生まれて初めて作れた曲に感動してた。俺もやればできるんやん、と調子に乗っていた。懐かしく思い、思わず笑みが零れる。
ふと壁にかけてある写真に目が止まる。高校の時、初めてのバンドコンテストで特別賞をもらったときの写真だった。あの頃はまだ哲哉、響介、遼平の三人で組んで間もなく、手探り状態だった。音はまだまだ拙く、今の自分からしたらよくあんなので人前で演奏できたなと思うが、あの時はあれが精一杯だった。
『もっとたくさんの人に俺たちの音楽聞いてもらえたらええな。』
あの時哲哉が言った言葉が蘇る。今はあの頃よりもたくさんの人に聞いてもらえる立場に居る。だけどまだたくさん自分たちを知らない人たちだって居る。
遼平はギターを抱え直した。

翌日。昨日話がまとまらなかったライブの曲について再び話し合う。
「なぁ。俺、やりたい曲あるんやけど。」
遼平がそう言うと、メンバー全員がこっちを向いた。
「何?」
「『SPARK』やらへん?」
その言葉に全員が硬直した。それは初のバンドコンテストで特別賞をもらった曲だったが、それ以後あまり演奏しなかった曲だ。もちろんこの世には出ていない。
「お前・・本気で言ってんの?」
哲哉が呆れたように言う。
「当たり前やん。」
「何で『SPARK』なん?」
興味を持った譲が問う。あの頃まだ譲はメンバーじゃなかったが、曲は知っている。
「初心に・・戻ろうと思って。」
遼平の言葉に返す言葉が見つからなくなる。
「戻りすぎちゃうか?」
「でもな、言うたらあの曲で特別賞もらって、バンド続けようって決意できたやん?やっぱりあの曲は俺にとってもバンドにとっても大事な一曲やと思うねん。」
遼平の言葉に頷きながら哲哉が口を開く。
「そうやな。久しぶりにやってみてもええかも。」
「でも俺・・歌ったことないよ・・?」
最後に加入した鷹矢が不安そうに言う。
「大丈夫。ライブまで日はあるし、確か音源録っとったよな?」
遼平が哲哉を見ると、哲哉は頷いた。
「最初デモテープ、あれで作ったからな。」
まだ三人でやってた時代に。
「オリジナルそのままじゃなくて、アレンジとかするんやろ?」
「多少はな。でもなるべく世界観を変えないアレンジにしたいって思ってる。」
「じゃあアレンジは譲と遼平でやって。鷹矢にはデモ渡すから。アレンジ変わるかもしれんけど。」
哲哉が話をまとめる。メンバーが乗り気になってくれたことに遼平は内心嬉しかった。

仕事が一段落して、帰り際、哲哉に飲みに誘われる。
「まさかあの曲やろうって言うとは思わんかった。」
哲哉は来たばかりのビールを飲みながら呟いた。
「俺もやろうって思うとは思わんかった。」
哲哉はフッと笑って、話題を変えた。
「昨日は響介と飲んでたみたいやな。」
「珍しくマジメに話したよ。」
昨日の話題になっていた夢の話を哲哉にもした。
「響介が『その夢は初心に帰れってことちゃうか?』って言うてて、そうかもしれんなぁって思った。あの頃見てた夢を今どれくらい叶えられてるんやろうって。まだまだ有名ちゃうし、まだ俺らの曲を聴いたことない人がたくさんおる。けど忘れちゃいけないのは、俺らがどれだけ人の心に訴える曲を届けられるかやと思う。そのためには俺ら自身も音を楽しまなきゃって思ったんや。」
遼平の言葉を哲哉は黙って聞いていた。
「でもやっぱり心配やった。そんな甘い考えで大丈夫かって思ったりして、不安は募るばっかりやった。でも皆何だかんだ言って励ましてくれて、嬉しかった。」
「俺も。遼平と組めてよかったって思っとる。ずっと親の敷いたレールの上走らされてて、それが嫌で日本に戻ってきたけど、やっぱり親が言うとおりの学校に行ってて。俺何やってんやろってずっと思ってた。でもその高校で遼平たちと出会ったからこそ、今の俺があるんやと思う。」
「芹華にも会えたしな。」
意地悪く彼女の名前を出してみる。哲哉は少し睨んだが、苦笑した。
「そうやな。あの頃、誰も信用できんかった。だけど遼たちだけは何故か信用できた。そんな仲間とバンド組めて俺は幸せもんやと思う。」
「哲・・。」
「俺も不安になったことはあるよ。一人やったら乗り越えられそうにない山みたいな障害でも、お前らがおったから、乗り越えられたんやと思う。一人やないって思うだけでこんなにも強くなれるんかって改めて思った。それが今までやってこれた一番の理由や。」
哲哉の言葉に遼平はいつになく勇気付けられていた。
「そうやな。」
大切な仲間、守るべきもの、それがあるだけで人はとても強くなれる。遼平にもよく分かっていることだった。
「哲・・。」
「ん?」
「これからもよろしくな。」
差し出された右手に戸惑いながらも、哲哉はその手をつかんだ。しっかりと握手をする。
「こちらこそ。」
「俺らの夢が叶うまで、絶対諦めんよ。」
遼平の言葉に哲哉は力強く頷いた。


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