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ずっとずっと彼女が好きだった。
俺は二歳年上の幼馴染、 いつからか甘く香るバラの香りと彼女の時折見せるその強いまなざしがずっと俺を惹きつけている。 だけど好きだと伝えられないまま、今年もまたクリスマスの時期になっていた。 「ちーあき」 「また来たの?」 彼女はそう言いながらも笑顔で部屋に上げてくれる。今、彼女はこの部屋で一人暮らしをしている。 「仕事先でケーキもらったから、食うかなあと思って」 俺はケーキの箱を智明に渡した。 「わー。ありがとう」 彼女は本当に嬉しそうに笑った。彼女は無類のケーキ好きだったりする。俺はそんな彼女の笑顔が見たくて、パテシエを目指してケーキ屋で仕事をしている。 「久志はパテシエになりたいんだっけ?」 智明が紅茶を入れながら、不意に聞いてきた。 「おう。智明が驚くようなお菓子作りてぇからな」 「何それ」 彼女はクスクスと笑った。やっぱり智明は笑顔が一番かわいい。 「そうそう。雪降ってたよ」 「あー、やっぱり。道理で寒いはずだわ」 智明はそう言いながら、淹れたての紅茶を俺の前に置いた。 「今年は実家帰るの?」 「そうだな。一応顔くらいは出そうと思ってるけど」 俺たちの実家はここから電車で約一時間ほどの場所にある。正月くらい顔を出しておかないと、また親にうるさく言われる。 「智明は?」 「あたしも一応帰るよ」 「・・・・・・智明は好きな人とかいないの?」 突然の質問に、智明は驚いていた。 「え? どしたの? 急に」 「いや、クリスマスとか好きな人と過ごすのかなぁと思って」 「まさかー。いないよ、そんな人」 智明はそう言って笑った。 「それよりケーキ食べよー」 智明はケーキの箱を開け、お皿に乗せた。そしてその一枚を俺の前に置いた。 「いただきまーす」 智明の笑顔に俺は何だか安心した。早くこの気持ち、伝えた方がいいのかな・・・・・・。 だけどもしダメだったら? もうこの関係は終わってしまうかもしれない。それが怖い。 ケーキ屋にクリスマスなんてない。クリスマスイヴとクリスマスはいつもの売り上げの倍以上にもなるのだ。 「杉山、クリームよろしく」 「はい!」 一番下っ端の俺は先輩に言われた通りに仕事をこなす。何とか慣れてきたとはいえ、いつも以上の忙しさに半ばパニックになっていた。 怒涛の二日間が終わり、仕事が終わった頃には、もうクリスマスは終わっていた。 智明は今何してるんだろう? 俺は携帯を開いたが、もう寝てるかもしれないし、友達と楽しく過ごしているかもしれないと言う考えが過ぎった。 「メールならいっか」 俺はメールを送ることにした。文面は簡単に。 『メリークリスマス。って言ってももう終わっちゃったけど。今日は智明にとっていい日だった? 俺は仕事忙しすぎて、クタクタだよ。また明日ケーキ持ってくからな』 送信完了画面が現われ、俺は携帯を閉じた。閉じた携帯の上に白い雪が舞い落ちて消えた。空を見上げると、雪の結晶が舞っていた。 「ホワイトクリスマスか」 思わず呟く。俺はカップルばかりの街中を、一人寂しく帰路に着いた。 翌日、俺は仕事終わりにケーキの箱を持っていつものように智明の部屋を訪れた。 「はい。一日遅れのクリスマスケーキ」 「あはは」 智明は相変わらず明るく笑う。ふと見えた左手の薬指に指輪が見えた。それを見た瞬間、思わず俺の眉間にしわがよる。 「どうかした?」 「あ、いや。別に」 いつもと変わらない智明。 『その指輪、誰からもらったの?』 口をついて出そうになるが、やっぱり聞けない。 「智明・・・・・・」 「ん? 何?」 智明は相変わらず無邪気に笑いかける。 「・・・・・・今日のケーキは、新作なんだ」 「そうなんだ。楽しみぃ」 やっぱり聞けない。 「ハァ・・・・・・」 彼女の部屋から出ると、思わず溜息が漏れた。やっぱり聞けない。 大体、もし彼氏がいるとして、何で俺に隠す? 今までだって彼氏ができた時は、俺に報告してたじゃないか。それを聞く度、子供だった俺は不機嫌になっていた。そのせいなのだろうか? 本当に気になる。あの指輪は一体誰からの物? それだけが頭の中をグルグル駆け回る。パニックになりそうだ。 溜息が白く染まる。気づくと、また白い雪が降り始めていた。傘を持たない俺に降り注ぐ雪は、火照った体を冷やしてくれる。 もしこの雪が溶ける頃には気持ちを伝えられるんだろうか? (いや・・・・・・) 俺は首を振った。こんな自分じゃダメだ。臆病で弱虫な俺なんかじゃ・・・・・・。 指輪は気になるのに、聞けない。好きだなんて告白してしまえば、今までのようには居られないかもしれない。いつまで彼女を見守っていればいいのだろう? 我慢できないこの気持ちは、指輪が邪魔して伝えられない。 彼女の心は今何処にあるんだろう? inspired:指輪/山下智久
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