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 届かない想いは、どこに消えるんだろう?

「ねぇ。遼」
 譲は縁側に座って庭をボーっと眺めながら、後ろでギターを抱えて曲作りをしている遼平に話しかけた。
「んあ?」
 何ともマヌケな返事が返ってくるが、気にせずに問う。
「例えば好きな人が居て、その人に別に好きな人が居たら、遼ならどうする?」
「そうやな・・・・・・」
 少し間が開いて答える。
「俺は伝えんでおくかな」
「そっかぁ」
 譲は溜息と一緒に言葉を出した。
「何やお前。好きな人でもおるんか?」
「ん、まぁね」
 からかう気満々でいた遼平は、譲の様子を見てからかうのをやめた。何だか重症っぽい。
 いつもは元気すぎるくらいテンションが高い譲は、遼平とバンドを組んでいる。譲はキーボード担当。そしてギターを抱えて曲作りをしていたのが、ドラマーの遼平。このバンドのほとんどの曲を彼が作っている。
 ここはリーダーでありベーシストでお坊ちゃまでもある哲哉の家のリビングで、他のメンバーは買出しに行っている。
(こんな譲、初めて見るや)
 遼平は様子がおかしい譲の背中を見つめた。

 その日の夜、哲哉の家でいつものように夕食をとった後、一人縁側で夜空を眺めていた譲に遼平が近づいた。
「譲。ここ座ってもええか?」
 譲は振り返り遼平を認め頷くと、再び外を眺めた。遼平は譲の隣に腰を下ろす。持っていたビールを譲に渡し、缶蓋を開け、一口飲む。
「譲、俺でよかったら話聞くよ」
 遼平の言葉に、持っていた缶を握り締める。
「俺が好きになった人、兄貴のことが好きだって気づいたんだ」
「そっか」
 内心きつすぎると思ったが、口には出さなかった。
「そりゃ兄貴のが大人だし、仕事もできてかっこいいだろうなって思ってさ」
 ちなみに譲の兄は実家の大病院で医者をしている。
「その人って年上?」
 その問いに譲はゆっくりと頷いた。そのまま俯く。かける言葉が見つからない。迷った挙句に口を開く。
「・・・・・・俺が好きになった人は、俺の友達を好きやったんやで」
 遼平の思わぬカミングアウトに譲は顔を上げた。
「遼は……伝えんかったん?」
 遼平は頷きながら笑った。
「俺はあいつの笑顔が好きやったから、余計なこと言うて変に困らせるんは嫌やったからな」
「そっか」
 そしてまた俯く。
「譲は?」
「え?」
 聞くと、譲は驚いて顔を上げた。
「どうしたい?」
「・・・・・・分かんない」
 そしてまた下を向く譲の頭を、遼平は優しく叩いた。
「俺はさ、秘めて終わらせる恋もあれば、ぶち当たって砕ける恋もありやと思う。お前はどうしたい? どっちの恋を選びたい?」
 遼平の言葉が譲の胸に響いた。

 一晩考えた譲は、昼休みの時間を狙って実家の病院に姿を見せた。
「譲くん。いらっしゃい」
 迎えてくれたのは、ナースの大石亜希子だった。譲はこの人に想いを寄せている。
「今、時間いいですか?」
「えぇ」

 二人は誰も居ない屋上にやってきた。
「どうしたの? 譲くん。こんな所に呼び出して」
「俺、亜希子さんのこと、好きです」
 思いがけない告白に亜希子は固まった。
「え?」
「ずっと前から好きでした」
 見たこともない譲の真剣な眼差しに戸惑う。
「あ・・・・・・でも・・・・・・」
「知ってます。兄貴のこと、好きなんでしょ?」
「え?」
 亜希子は図星を当てられ、顔が真っ赤になった。
「俺、ずっと見てたから、知ってるんです。知ってて告白しました」
「そう・・・・・・」
 譲の言葉に、亜希子は目線を落とした。
「俺じゃ、見込みないですか?」
 沈黙が怖くて、そう問いかけた。時間がとてもゆっくり動いている気分になる。
「ごめん・・・・・・なさい」
 亜希子はそう言って頭を下げた。思った通りの結末に、譲は妙な安心感を覚える。
「すみませんでした。急にこんなこと言って」
 そう言うと、亜希子は首を横に振った。
「聞いてくれてありがとうございました」
「ごめんね」
「謝らないでください。分かってたことですし。虫のいい話ですけど、これからも同じように接してくださいね」
 精一杯の笑顔でそう言うと亜希子はこくんと頷いた。
「もちろん」

 病院の玄関を出ると、遼平が煙草を吹かしながら待っていた。
「遼・・・・・・」
「お疲れ」
 ポンと肩を叩かれると、妙な安心感が生まれた。我慢していた涙が頬を伝う。
「ようがんばったな」
 遼平の優しさが暖かくて心地いい。
「遼、どうやったら忘れられるかな?」
「そうやな。曲でも書いたらいいんちゃう?」
 そう言って笑う遼平に譲も思わず噴出す。
「あは。遼平らしいね」
「そうかー?」
 涙が止まった譲を見て、遼平はヘルメットを渡した。
「ほれ」
 譲はそれをかぶり、遼平のバイクの後ろにまたがった。
「今日はええ天気やな」
 遼平の呟きに譲も見上げると、真っ青な空に陽が高く昇っていた。

 それから譲は届かなかった想いを歌にした。

 今でも思い出す。あの淡い恋心を。

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