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例えば、もし今から一時間後にこの世界が終わってしまったなら、それまでのことはすべて永遠になる。有限のものが、無限になる。
ほら、『永遠』なんて言葉はこんなにも曖昧で不確か。 まるで私と彼のように……。 鳴り響く目覚まし時計を止めて、二度寝したい衝動を抑えつつ体を起こす。 いつもと同じ時間に起きて、朝食を食べ、着替え、準備して、家を出る。電車に揺られて会社に行き、仕事をこなして同じように帰ってくる。 彼と選んだお気に入りの照明をこの手で消して、眠りに就く。 毎日同じことの繰り返し。 時々分からなくなる。何のために仕事をしているのか。何のために生きているのか。 仕事は楽しいし、やりがいもある。だけど何か大切な物が欠落しているような気がしてならない。 以前はそんな風に思ったことはなかった。それは本当に心から愛した人が傍にいたから。 だけど今はもう居ない。 彼とは職場恋愛だった。少し先輩の彼が新人で入った加奈の教育係だった。 お互い、惹かれるのに時間はかからなかった。しかし社会人として、恋人であることは周囲に隠していた。仕事に支障をきたさないためだ。それが良かったのか、悪かったのか、未だに分からない。 別れを切り出したのは、彼の方からだった。 「ごめん。俺……他に好きな人ができたんだ」 その言葉に衝撃を隠せなかった。 「え? 何……言ってるの?」 あまりに唐突すぎて聞き返した。 「加奈のことは好きだよ。だけど……それ以上に好きな人ができてしまったんだ」 彼が何を言っているのか、理解できない。 「だから、ごめん。……別れよう」 「……分かったわ」 自分でもなぜそう答えたのか分からない。ただ、もうお互い子供じゃないし、泣いてすがるようなそんなみっともない真似もしたくはなかった。 「だけど、仕事は辞めないわよ。だから、仕事ではいつもと同じ。ただの同僚に戻っただけ」 加奈がそう言うと、彼は頷いた。 「もちろんだ。本当にすまない」 彼はもう一度頭を下げた。その時の自分は、今思い出しても驚くほど冷静だったと思う。 あの時どう言えば良かったんだろう? 泣いてすがれば、彼は考え直してくれただろうか? 「……馬鹿みたい」 吐き捨てるように呟く。どうしたって彼との関係は戻らない。 どんなに願っていたって、叶わないことだってある。子供じゃないんだから、それぐらい分かってる。 だけどずっと『あの時、何であんなことを言ったんだろう』と、後悔して泣いてばかりの日だった。 時折、仕事でふと見せられる優しさに気持ちが揺らぐ。 だけど隣に居るのは、自分じゃない女で、確かにあったはずの居場所はもうない。 「中村さん? どうしたの? 気分でも悪い?」 声をかけてきたのは、彼だった。 「いえ。何でもありません。すみません」 他人行儀に返す。 「そう? 顔色悪いみたいだけど」 気持ちなんてもうとっくにないくせに、どうして優しくなんてするの? そんなことをぶつけてやりたい。だけどグッと堪える。 「……ちょっと寝不足なだけです。すみません」 そう言ってその場を立ち去る。 一体何をしてるのだろう? 息苦しくなる胸を押さえ、会社の外へ出る。深呼吸をすると、少しだけ落ち着いた。 いつまでも引きずっててはダメだ。 そんなこと頭では分かってる。だけど気持ちはついて行かない。 どうして彼はあんなに普通にしていられるのだろう? まるで何もなかったかのように。 確かに愛し合った日はあったはずなのに……。 俯いた視界の中にオレンジが飛び込んでくる。ふと視線を上げると、そこに居たのはふわふわと飛ぶマダラ蝶だった。 「もう……そんな季節」 別れを切り出されたのは、冬が本格的に始まろうとする時期だった。それからもう三ヶ月以上経ってるなんて……。 昔、本で読んだことがある。マダラ蝶の種類の中には直線距離で千五百q以上もの距離を飛んで行ったりするらしい。 例えばあの蝶のように、海を渡って遠くまで行けたなら、何か変われるのかな? あの青い空を高く飛んでいけば、違う自分になれるのかな? 『本当に加奈のこと、好きだったよ』 ふと彼の言葉が蘇る。 やめて。もうそんな言葉で心を占領するのはやめて。 思わず耳を塞いで、ぎゅっと目を瞑る。 騒がしいこの街も、明るい世界も、すべてなくなってしまえばいい。 この世界が終わってしまえば……永遠になるのに……。 「……先輩? 大丈夫ですか?」 ふと近くで声がして、加奈は顔を上げた。 「多田くん……」 目の前にいたのは、加奈の後輩だった。今、加奈は彼の教育係をしている。 「何か具合悪そうだったんで……大丈夫ですか?」 ふと彼の優しさにすがりたくなった。いや、誰でもいい。思い切り泣いて、甘えたかった。 だけどそんなことできるはずもない。加奈はその衝動を胸の奥にぎゅっとしまって蓋をした。 「大丈夫。ごめんね。心配かけて」 「それならいいですけど。仕事しすぎじゃないですか? ちゃんと寝てます?」 まるで彼氏のような口ぶりに加奈は思わず笑った。 「大丈夫よ。そんなお母さんみたいなこと言わないでよ」 「すみません」 加奈が笑ったので、彼も苦笑する。 「戻りましょ。あんたには教えること、たくさんあるんだから」 「はい」 二人はそう言って、再びオフィスへと戻った。 時間はかかるかもしれない。 だけどいつか、振ったことを後悔するようないい女になってやる。 あいつよりも素敵な人を見つけて、幸せになってやる。 きっと、いつか。 inspired:マダラ蝶/UVERworld
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