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「志穂?」
 突然名前を呼ばれ驚きながら、志穂は声がした方へ顔を向けた。
「明?」
 驚いた。目の前には二年前に別れた彼が立っていたのだ。
「やっぱ志穂か。髪型変わってたから自信なかったけど」
 明は笑った。志穂は突然のことに戸惑いながらも、あの頃よりも伸びた自分の髪を触った。
「明は相変わらずみたいね」
 そう言うと、明は苦笑した。懐かしいあの頃の気持ちが、溢れ出しそうだった。気付かれないように必死で堪える。
「元気にしてた?」
 明はそう問いながら、志穂の進行方向へ足を踏み出した。志穂も彼に並んで歩き始める。
「うん。明も元気だった?」
 ふと見た彼の目線は、志穂ではなく前を向いていた。志穂も彼とは違う方へ顔を向けた。
「うん。元気だったよ」
 懐かしい感覚。二年前のあの日までは当たり前だったこの感覚は、不思議な感じがした。 忘れかけた彼への想いが溢れ出しそうになる。
「でもまさかこんなところで会うとはな」
 明が苦笑した。
「ホントにね」
 志穂も笑う。この道はよくデートコースになっていた場所だった。別れたあの日もこの道を通った。
「志穂が元気そうで良かったよ」
 久しぶりに聞く優しい彼の声が胸に響く。なぜだか分からないが、泣きそうになる。
 もう戻れないから悲しいの? それとも再び出会えたから嬉しいの?
 自分に問いかけても、分かるはずがない。ただこの気持ちは気付かれないようにしなきゃ。
「あれからどうしてた?」
 明に問われ、志穂は今までの生活をかいつまんで話した。
 その時、見つけてしまった。彼の左手薬指に光る指輪を。ドクンと胸が疼く。
(今のあたしに関係ないじゃん)
 そう思っても、気になる。思わず拳をぎゅっと握る。
(このままで充分だってば)
 明とたわいもない話をするが、心の中で変な葛藤があった。
 ふと掌を見ると、爪の跡がくっきりとついている。
「どうかした?」
 明に問われ、志穂は慌てて「何でもない」と首を振った。明は再び前を向いて、たわいもない話を始める。
(勇気、出そう)
 ドキドキする胸を押さえ、志穂は顔を明に向けた。
「ねぇ」
 その声に、明はやっと志穂を見た。志穂は何でもない振りをして、笑顔で聞いた。
「明は今、何してるの?」
 その問いに、明は正直に話してくれた。
「俺は今しがないサラリーマンだよ」
「えぇ! 絶対なりたくないって言ってたのに?」
 嫌味げに言うと、明は苦笑した。二年前、お互い学生だった二人はよく将来の夢を語り合っていた。明は『人に使われるような仕事は嫌だ』と散々言っていたのだ。
「仕方ないって。世の中そんなに甘くないしな」
 明が溜息混じりに言う台詞に、志穂は思わず笑ってしまった。
「笑うなよ」
「だって。あの頃の明は、何があっても嫌だって言い張ってたじゃない」
 昔を思い出し、志穂は更に噴出した。
「あの頃の俺はお子ちゃまだったんだよ」
 あの頃とは変わってしまった彼を見て、少し寂しく思う。
「ねぇ。彼女は? 彼女できた?」
 指輪に気付かない振りをして、志穂は尋ねた。
「あぁ。できたよ」
 予想通りの答えが返ってくる。
「ちゃんと大切にしてる?」
「してるよ」
 意地悪く訊く志穂に、明は苦笑しながら答えた。
「彼女のこと、好き?」
 そう訊くと、一瞬明は驚いたが、照れながら口を開いた。
「すごく好きだよ」
 明はそう言いながら、自分の後頭部に手をやった。昔からの癖。照れると手を頭にやり、髪を触る。それを見て、少しだけ安心する。
「なんだ。変わってないじゃん」
 ボソッと呟いた志穂に、「何?」と聞かれるが、志穂はまた「何でもない」と首を振った。

「じゃあ、俺、こっちだから」
「うん。じゃあね」
 二人は駅近くで別れた。あの日と同じような別れ方。変に胸が疼く。
 彼の背中を見送り、志穂は彼に背を向けて歩き始めた。
(大丈夫)
 そう自分に言い聞かせる。
(あたしだって、前を向いて歩いていける)
 まだ彼のことを完全に忘れられたわけじゃない。それでもきっといつかは忘れられるはず。

 この気持ちは、誰にも気付かれないように・・・・・・。


inspired:気付かれないように/aiko

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