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確かに愛し合ってた。少なくとも玲子はそう思ってた。
彼のためなら何でもした。総てを捧げても構わなかった。愛していたから。どんなことがあっても、ずっと傍にいると誓った。 それなのに・・・・・・。 玲子はいつの間にか彼が住んでいた街の駅に来ていた。彼にはもう会えないと分かっているのに。 もう生きてる意味なんてない。だって、幸せな時はもう戻ってこない。 玲子は少し膨らんだお腹に触れた。ここには新しい命が宿っている。 嬉しいはずの命なのに、涙が溢れてきた。必死で堪える。行き交う人は誰もこちらを見ようとはしない。 一筋涙が頬を伝った。 彼、圭一は二十二歳の大学生で、玲子の五歳も年上だった。友達伝えに知り合い、恋に落ちるまで時間はかからなかった。 圭一はすごく優しくて、とても大切にしてくれた。彼の腕の中にいることが何よりも幸せで、それ以外何もいらなかった。 ある日、彼の子を身ごもったことを知った玲子は、驚きと嬉しさが込み上げてきた。圭一との愛の結晶をとても喜んだ。 気づけば、あの時から圭一は避けるようになっていたのかもしれない。 「圭ちゃん。あたし、子供できたみたい」 「え?」 彼の驚き入った顔を今でも覚えてる。 「驚いた?」 「あ、ああ」 玲子の嬉しそうな声に、圭一は頷くしかしなかった。 「圭ちゃん。嬉しいね」 そう言った玲子の言葉に、圭一は曖昧に笑った。 両親に報告した時、父は激高した。娘はまだ十七歳なのだ。それでも玲子が何とか父を説得し、結婚の承諾をもらった。 それなのに・・・・・・。 ある日、突然彼は居なくなってしまった。 彼の部屋へご飯を作りに行った時に見つけたメモ。「ごめん」とだけ書かれている。玲子はそのメモを握り締め、外へ飛び出した。 圭一の背中がかすかに見えた。追いかけようとしたが、力が入らない。 「圭ちゃん! 待って!! やだっ! 行かないで!!」 玲子は必死に叫んだが、圭一に聞こえるはずもなかった。 「やだよ・・・・・・。圭ちゃん」 玲子はその場に座り込み、泣きじゃくった。 母親が様子を見に来た頃にはどうにか落ち着いたが、あまりに突然の別れと裏切りにショックを隠せなかった。 「玲子。大丈夫?」 母親が優しく声をかけても、玲子は虚ろな目でただ彼の名を呟いていた。 彼が去った後も、玲子のお腹は順調に膨らんでいった。予定では春頃生まれるそうだ。 (あたしなんかが母親でいいのかなぁ・・・・・・) きっと辛い思いばかりさせてしまう。それじゃあこの子がかわいそうだ。 彼にとっては幸せじゃなかったんだろうか? あの愛し合った日々は嘘だったの? こんなにも嬉しいはずの新しい命は、あの人にとっては迷惑だったの? 答えが出るはずもない疑問が頭の中を駆け巡る。 言葉を交わさずに逃げた彼の残像が今でも浮かんでくる。人ごみの中、思わず彼を探してしまう自分がいる。 (こんなんじゃ、ダメなのにね) 本当は分かってる。彼はもう二度と戻ってこないと。 (電車に轢かれると、傷みも感じないで死ねるのかな・・・・・・) 思わずそんなことを考えてしまう。 それを制すかのように、お腹の中で命が動いた。 「ごめんね。もう変なこと考えないから」 お腹にいる我が子に誓う。 「元気に生まれてきてね」 まだ見ぬ我が子にそう言うと、玲子は実家へ戻る電車に乗り込んだ。 inspired:十七歳/ガゼット |