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  ACT.2 crawler is crazy? 2-3  

 受験当日。今日は筆記試験のみである。
 奈月は一真にバイクで校門近くまで送ってもらった。一真はフルフェイスのヘルメットをかぶっているので、周りには気付かれていない。
「大丈夫か? 受験票とか忘れてへんか?」
「うん。ちゃんと確認した」
「じゃあ、終わった頃に迎えに来るから、ここら辺で待っとけよ」
「はーい」
 元気よく返事する。
「うし。じゃあ、行ってこい」
「うっす」
 奈月は元気よく体育会系の返事し、試験会場に向かって歩き出した。
 ここからはたった一人だ。周りに知っている人はいない。奈月にほどよい緊張感が生まれた。

 一真は奈月が校舎に入るまで見送り、バイクを走らせてスタジオへ向かった。

「いよいよ、今日やな」
 スタジオに着くと、すぐに衛が近づいてくる。
「あ?」
「奈月ちゃんの高校受験。今日が試験日やろ?」
「ああ」
 それはそうなのだが、なぜ衛が張り切っているのか分からない。
「ああ……って冷めてるな。黒ちゃん。大事な妹の将来がかかってんねやろ?」
「オーバーやな」
 一真は鼻で笑った。
「オーバーなことあるかい。大切なことやろ?」
「まーな。でも俺らが気を揉んでもしゃーないやん。たとえあそこ落ちても滑り止めはあるんやし」
「うっ。まっ、まーな」
「俺らは俺らの仕事を果たしとけばええの」
 一真は何故か自信に満ちた笑みを返した。その笑顔に衛は何も言えなくなった。

 しかしメンバーに何を言われようと気のない返事で返す一真を見て、衛は彼なりに心配なんだと気づいた。


(結構問題解けたな)
 奈月は全ての筆記試験を終えて、校舎から出た。公立なのでそれなりに難しい問題も出たが、勉強した甲斐もあり、答案用紙を埋めることができた。まぁ埋めただけであって、正解かどうかは分からないが。
「見つけたぁー」
 奈月が校門を出ると、道の向こう側から声がした。ガラの悪そうなのが三、四人こっちを見ている。
「げっ。しつこー」
 奈月の頭上で声がした。奈月が驚いて振り向くと、そこには背の高い男が立っていた。
 制服を着ているのを見ると、どうやら同じ受験生らしい。奈月の目線の位置からして、百八十くらいありそうだ。きっと一真よりも背が高い。
 奈月がそんなことを考えていると、ガラの悪そうなヤツらはこっち側に渡って来ていた。
「またっスか? 俺が何したって言うんスか?」
 背の高い男が鬱陶しそうに言うと、キレかけた男が叫ぶ。
「てめぇーがこいつの腕をへし折ったんだろ?」
 男は隣にいる男を指差しながら言った。その男は右腕にギプスに三角巾で固定していて、とても痛々しかった。
「言いがかりっすよ」
「うっせー」
 言い争いが始まる。奈月は巻き込まれないように横に避けた。
「ちょっと待ちな」
 奈月に気付いた一人の男が腕を掴んだ。
「何ですか? 離してください」
 奈月が鬱陶しそうに振り返る。
「あんた、こいつの彼女やろ?」
「「は?」」
 奈月と背の高い男は思わず聞き返した。
「何言うてるんですか? うちはこの人とは何の関係もありません。第一、名前も知らんし。たまたま通りかかっただけです。あしからずっ」
 奈月は手を振り解いた。
「そうそう。彼女とおいらは全くもって関係ないっスよ」
 男が笑いながら付け足す。
「そう言われてもな」
 振り解かれた男がしつこく奈月の腕を掴む。
「離してください」
「ヤだね」
 何で一真はまだ来ていないのだろう? 早く来ていれば、こんな喧嘩に巻き込まれずに済んだのに。
 瞬間的に奈月は一真を恨めしく思った。
 早く帰りたい。大体何で全く関係ない喧嘩に巻き込まれなければいけないのだろう?
 今度はさっきよりも強く腕を掴まれていた。必死に抵抗しても、振り解けない。
「てめぇが大人しくやられたらええねん」
「そう言われてもねぇ」
 背の高い男は余裕の笑みを浮かべている。
「それより、場所、変えません? 視線が痛いんで」
 受験生たちが続々と校舎から出て来ている。視線が集まるのも仕方がない。
 それで男たちは場所を変えることにした。
 奈月は数人に掴まれ、更に口まで押さえられて、連れ去られた。

(……おらんし。まだ出てきてへんのか?)
 奈月が拉致されてから五分後。何も知らない一真が到着した。
 まだ他の受験生たちが出て来ていたので一真はあまり目立たない所で門から出て来ている人波を見ていた。
 しかし奈月はいつまで経っても出てこない。
 その時、一真は何かが落ちているのを発見して、それを拾った。
(手袋? コレ……確か今朝、奈月がしてたような)
 一真は今朝の奈月を思い出す。確か、黒いコートを着て、緑のチェックのマフラーに手袋をしていた。そう、確かにこの手袋をしていた。
 ということは……。
(奈月は誰かに拉致られた?)
 そう考えるのが妥当だ。
 手袋が落ちているということからして、奈月は校舎から出て、この校門のところにいた。そして無理やり誰かに連れ去られた。
(誘拐?)
 一真は自分の考えを疑った。
 奈月に限ってそんなことがあるだろうか? 空手有段者である。
 だが相手が大人数なら? 話は別だ。
 しかしこんな人通りの激しい所で誘拐などするだろうか?
 だが何故だか嫌な予感が胸をよぎる。一真は急いでバイクに跨った。きっとそう遠くへは行っていないはずだ。
 エンジンをかけ、出発しようとした時、一真の携帯が鳴った。バイクを止め、ヘルメットを外し、緊張しつつ電話に出る。
「はい。……なんや。衛か」
 一真は溜息を漏らした。
『なんや、とはなんやねん。遅いから心配して電話したのに』
 電話の向こうで衛が怒っている。
「わりぃ。ちょっと事件が起こってな」
『事件? なんや? 何があったんや?』
「奈月が多分……拉致られた」
『拉致られた? どういうことや?』
 電話の向こうでざわめきが起こる。衛の大声で周りにも事態が伝わったようだ。
「分からん。とにかく迎えに行ったら、奈月がおらんかったんや。しばらく待っても出てこんかって。そしたら奈月の手袋が落ちてるん見つけて……」
『そうか。でも奈月ちゃん。空手やってへんかったっけ?』
「せやけど、あれでも一応女やで。男が束んなって襲ってきたら……」
 一真はそれ以上言えなかった。そんなこと考えたくない。
『せやな。でも多分、意外と近くにおるんちゃうか? そんな遠くへは行けんやろ』
「ああ。今から少し捜してみようと思ってな」
『うんうん。でもヤバくないか? 確か親父さんの条件って、東京(こっち)で問題起こしたら即連れて帰るんちゃうかったっけ?』
 衛の言葉に、そう言えばそんな条件があったと思い出した。
「そうや。でもあんまオオゴトにせんかったら大丈夫やろ。とにかくもう少し捜してみるわ。帰りは遅くなるかもしれへんけど……」
『ああ。それは大丈夫や。今、悠一が凝った音作ってるから結構皆ヒマなんや。心置きなく捜してや』
「……わりぃな。なんか」
 衛の優しさが胸に染みた。いつもはおちゃらけているが、こういう時はしっかりしている。まぁ前科持ちではあるが。
『ええって。そんなん。俺ら、仲間、やろ?』
 電話の向こうで衛が笑ってるのが分かった。その言葉が妙に照れくさい。
「そうやな」
 一真も思わず笑みが零れる。
『とにかく早よ電話切って、捜しや』
「ああ。おおきに」
『じゃあな』
「おう」
 電話を切った一真はヘルメットをかぶり直すと、バイクを走らせた。
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