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ACT.8 追憶
ロスにレコーディングに来たメンバーだったが、曲を作りながら録るという作業が続いていた。
「なぁ、龍二。」
「ん?」
亮のレコーディング風景を見ていた透が隣に居た龍二に話しかけた。
「亮の歌い方・・変わってきた?」
「お前もそう思う?」
透は頷いた。
「何て言うか、やわらかくなった?」
「やな。俺もそう思った。」
「ライヴしてたときからちょっとずつ変わってた気はしてたけど。」
「葵ちゃん効果やな。」
「せやな。」
龍二の言葉に透は笑って頷いた。
「歌い方だけちゃうよ。変わったんは。」
慎吾が割って入ってくる。
「さっき亮の作った曲聴いたけど、曲自体も変わってる。」
「もっとハードなのが来るかと思ってた。」
武士も入ってくる。
「バラードまではいかんけど、トゲトゲしてたものがなくなった気はする。」
慎吾は言葉を付け足した。
「いい方向に向かってるってことか。」
透はもう一度亮を見た。いつも眉根を寄せていた顔は少しずつ確実に変化していた。
「バラードが歌えるようになるとええな。」
龍二の言葉にメンバーは頷いた。

B・Dメンバーがロスへ旅立ってから、香織はまた日向家に入り浸っていた。
「亮から連絡ないの?」
「無理ですよ。仕事だし。時差もあるし。」
香織の問いに葵は苦笑しながら答えた。
「そっかぁ。仕方ないっちゃ仕方ないけどねぇ。」
香織は膝の上で龍哉をあやしながら言った。葵はソファに座っている香織にコーヒーを出した。
「ありがと。・・あ、そうだ。会いに行けばいんじゃない?」
「会いにって・・そんな無茶苦茶な。」
「そうかなぁ?葵ちゃん、亮に会いたいでしょ?」
「でも会いに行くなんて無理ですよ。それに邪魔だし。」
「そんなことないと思うけどなぁ。」
「香織さんこそ、龍二さん居なくて寂しいんじゃないですか?」
「うーん。まぁ寂しいけど・・今までツアーだったし。ちょっとは免疫できたかな?葵ちゃんは毎日メールとか電話とかしてたから余計かもね。」
香織の言葉に頷いた。
「こればっかりはどうしようもないし。第一、あたしと亮くんは付き合ってるわけじゃないし。」
「まぁそうだけどさ。気になるんでしょ?」
香織の質問に少し悩んで頷いた。
「まぁでも、きっとすぐ会えるよ。」
香織は慰めるように隣に座った葵の頭を撫でた。
「だと・・いんですけどね・・。」
葵は力なくそう言った。

亮は早く仕事を終わらせて日本に帰りたかった。かと言って中途半端な曲を作りたくなかった。
「何か違う。」
龍二のベースラインに文句をつける。亮は自分で作曲した曲はとことんこだわるタイプだった。
「イメージがか?」
怒るわけでもなく聞くと、亮は頷いた。
「もっと・・何て言うか・・。」
「柔らかく?」
隣にいた透が問う。
「そんな感じ。」
素直に認める。意外な展開に透と龍二は思わず目を合わせた。
「柔らかくか・・。ちょっと考えてみる。」
龍二はそう言って1人ベースを抱え、曲のイメージに合うように考え始めた。
「キーボードはこんな感じでええんか?」
「うん。あー、メロディはいいんやけどさ。もうちょっと明るい音ないか?」
亮から『明るい』という単語が出てくると思わなかった透は一瞬戸惑った。
「明るい音ね・・。高めってこと?」
「うーん。微妙やけど。」
「鳴らしてみるから亮が決めて。」
透はそう言ってキーボードの音を変えながら、鳴らし始めた。亮は目を閉じてイメージに合う音を探した。

葵はいつものように振舞っていたが、弟たちは何となく気づいていた。
「亮さんたちが行ってから2週間か。」
「葵ちゃん日増しに元気なくなってるね。」
快人と直人は姉の様子をリビングから見ていた。葵はキッチンで何かを作っている。いつもなら料理をしている時、楽しそうな顔をしているのに、最近はボーっとしている気がする。
「なぁ。直人。俺ちょっと考えたんだけどさ。」
「うん?」
快人は直人に耳打ちした。

それから3日後の朝。
「葵。」
「ん?」
「俺たちさ、ずっと考えてたことがあって。」
「うん?」
快人が何を言おうとしているのか、葵には全く分からなかった。
「亮さんとこ、行って来い。」
「え?」
乱暴に言った言葉の意味を葵は理解できなかった。
「無理だよ。亮くんは仕事してるんだし。第一どうやって・・?」
「これ。」
そう言って直人が差し出したのは航空チケットだった。
「ロス行きのチケット。松木さんに頼んで手配してもらったんだ。」
「でも・・。」
「行って来いって。美佳も一緒に行くって言ってるし。」
「え?」
「美佳ちゃんにもね、話したんだ。葵ちゃん、段々元気なくなってるの、美佳ちゃんも気づいててさ。」
「でも・・そんな・・急に・・。」
「パスポートはあるだろ?」
「一応・・。」
未だ両親が健在のとき、一度だけ海外へ行ったことがあった。
「美佳ちゃんに頼んだんだ。亮さんのスケジュール確認とか。後は葵ちゃんが行くだけだよ。」
「でも・・そしたら家空けちゃうし・・。」
「そんなの気にすんな。」
「家事とかも自分たちでできるしさ。」
「ずっと家に居て、段々元気なくしてく葵見てる方が辛いんだぞ。」
「快・・。」
「たまにはさ、気分転換も必要だよ?」
「直・・。」
2人の優しさに胸が熱くなる。
「ありがとう。行くよ。あたし。」
「楽しんでおいで。」
「うん。」

それから美佳と旅行の準備をした。出発は1週間後。会える喜びと邪魔じゃないかという不安が過ぎる。
「大丈夫よ。亮くんだって、葵に会えて嬉しいはずだよ?」
美佳はそう言うが不安は胸の奥で渦巻いていた。

そして話を聞いた香織たちも一緒に行くことになった。
出発の日。葵は不安に押し潰されそうだった。
「大丈夫だって。いきなり行ってびっくりさせるんでしょ?」
俯いている葵に美佳が元気付けるように言う。
「龍二と響さんしか知らないんだっけ?」
香織の質問に美佳は頷いた。
「そだよ。皆をびっくりさせようと思って。」
「なるほど。」
「ほら、葵。行くよ。」
美佳は葵の手を引いて搭乗手続きをし、飛行機に乗り込んだ。

17時間の空の旅を終え、空港に辿り着いた4人を出迎えたのは響だった。
「お世話になります。」
香織が一番に挨拶する。葵と美佳も頭を下げる。
「いやいや。あいつらも喜ぶやろうしな。」
響はそう言いながら、現地スタッフが運転する車へと4人を案内した。
車の中でも葵は俯いていた。
「どした?酔った?」
響が俯いている葵に声をかけた。
「いえ・・。」
「この子、邪魔にならないかって心配してるんです。」
美佳が説明する。
「なるほど。」
何となく納得する。
「亮のやつ、今回は特に張り切ってたのは、そういうことか。」
「?どうゆうことですか?」
美佳が問う。
「今回の仕事、早く終わればそれだけ帰国するのも早くなるって言ったら、亮のやつ張り切って仕事しててさ。きっと早く日本に帰って葵ちゃんに会いたかったのかなぁって。」
「ほらぁ。亮くんだって葵に会いたがってるってことだよ。」
響の話を聞いて、美佳が付け足す。
「う・・うん。」
「大丈夫よ。葵ちゃん、心配しすぎ。」
香織は龍哉をあやしながら言った。香織の言葉に葵は頷いた。

レコーディングは順調に進んでいた。時間的な余裕があるので、曲のアレンジをしたりして曲作りを楽しんでいた。
「なぁ、亮。」
透は歌入れをしようとしている亮を呼び止めた。
「この歌、歌ってみる?」
そう言って譜面を渡す。亮は受け取り、何気なく見ていた。
「これ・・。」
「どう?」
「無理や。俺には・・。」
そう言って亮は譜面を透に返した。
「そうか。ならしょうがないな。」
無理強いはしない。飽くまで本人が歌いたいと言う気にならなければ意味がない。亮はブースの中に入って行った。
「透、何渡してたん?」
気になったのか、武士が尋ねる。透は無言で譜面を武士に渡す。
「うわぁ・・。幾ら何でもこれは無理やろ。」
曲がバラードだと言うことに気づいた武士が言う。
「もう・・歌えそうなのにな・・。」
透はがっかりしたように言った。
「まぁまぁ、透ちゃん。焦らない、焦らない。」
武士は透の肩を組んだ。
「焦ってるのか?俺は?」
「かもね。」
透に問われ、武士は苦笑しながら答えた。そこに龍二が入ってくる。
「透、この曲のアレンジやけどさ。」
「うん?」
透は龍二と話している。武士は何となく亮を見た。少し前とだいぶ違う感じになってきた。これも全部葵のおかげなのだろうか?武士は少し羨ましくなった。普段はおちゃらけている武士だったが、亮ほど深刻ではなくても自分も悩んでることくらいある。メンバーにすら打ち明けられない、本当の自分。武士は泣きたくなるような衝動を懸命に抑えた。
「武士、ちょっと来て。」
龍二に呼ばれ、また元のように笑顔になる。
「何?」
「ココのリズムやけどな・・。」
武士はさっきの感情を表に出さないように仕事に戻った。

歌入れが終わった亮がブースから出てくると同時に、スタジオのドアがノックされる。入ってきたのは響だった。
「響さん、どっか行ってたん?」
武士が問うと、響は頷いた。
「お前らにちょっと早いクリスマスプレゼント。」
そう言うとドアを大きく開け放った。入ってきた人物に全員が驚いた。ただ龍二だけは知っていたのでそんなに驚かなかった。
「葵ちゃん!どうして?」
慎吾が駆け寄る。
「来ちゃった。」
葵ははにかんだ。
「あたしも来ちゃった。」
そう言って美佳が葵の後ろから顔を出す。
「美佳ちゃん!」
「ついでに言うとあたしも。」
香織が龍哉を抱いて入ってくる。
「かおちゃん!」
「慎吾、驚きすぎ。」
落ち着けと言わんばかりに透が言う。亮は驚きすぎて何も言えなかった。目の前には葵。夢か幻じゃないかと疑ってしまう。
「亮、何硬直してんねん。」
龍二に背中を押され、葵の前に一歩踏み出す。
「久しぶり。」
そう言って笑った葵に、「おう。」としか返事できなかった。

この日はクリスマスイヴということもあり、仕事は早く切り上げた。メンバーは気を使って、葵と亮の2人で街へ出るように促した。
「ごめんね。急に押しかけちゃって。」
沈黙を破ったのは葵だった。亮は首を横に振った。
「快人と直人がね、行って来いってチケット手配してくれて。」
「そなんや・・。」
「亮くんがロスに行ってから、分かってるけど何か寂しくて、明るく振舞ってたんだけど、2人にはバレちゃってたみたい。」
葵はそう言って苦笑した。『寂しい』と思ってくれていることに、亮は胸が熱くなった。
「俺も・・葵に会いたかった・・。」
ポロッと出た言葉に亮は驚いた。
「いや・・あ・・深い意味ないけど・・。」
葵は微笑んで頷いた。
「あたしも会いたかったよ。」
葵は素直にそう言った。亮は何だかよく分からない感情に襲われた。

その頃、龍二と香織に龍哉は外食に出かけ、慎吾と透もいつの間にか居なくなっていて、ホテルには武士と美佳が残っていた。葵たちのホテルは響がメンバーと同じホテルに泊まるように手配していた。
「透たち居らんくなってるけど・・。何か食いに行く?」
「うん。」
武士に誘われ美佳は一緒に外食に行くことにした。
「あー、でも俺英語ダメなんよな。」
「大丈夫。任せて。」
そう言うと美佳はフロントマンに英語で何かを尋ね始めた。
「Thank you。」
辛うじてそれだけが聞こえた。
「行こう。」
「美佳ちゃん、英語できたんや・・。」
「失礼ね・・。これでも英才教育受けてるんです。それに高校は英文科だったんだから。」
「あ、そっか。」
すっかり忘れていたが、美佳は社長令嬢だった。そんな雰囲気が全くないので、忘れていた。
「で、さっき何聞いたん?」
「この辺で安くて美味しいとこないかって。教えてもらったわよ。」
美佳は地図らしきものを手にしていた。
「おぉ。美佳ちゃんやるなぁ。」
「まね。行こっか。」
美佳と武士はホテルを出た。

葵と亮も近くのレストランに入っていた。亮は驚いた。葵が英語を話していることに。
「英語しゃべれるんや。」
「うん。一応ね。将来役に立つからって、お父さんが教えてくれたの。高校は英文科だったし。」
「そか。」
亮は英語は聞き取れるが話せなかった。英歌詞は歌えるのだが。
「海外なんて来る事ないって思ってたけど・・思わぬところで役に立ったわ。」
葵はそう言って笑った。葵と居るだけで亮は落ち着いた。話すことが苦手なので、葵がしゃべる方が多いが、それでも亮は普段より断然話していた。葵は不思議な人だと思った。唯一安心できる存在。その反面少し怖くなった。葵は優しいから一緒に居てくれて、寂しいって言ってくれる。でももし葵に身を預けてしまったら、葵を傷つけてしまいそうで怖かった。傷つくくらいなら、自分を抑えたらいい。自分が壊れた方がいい。
「亮くん?食べないの?」
葵の声にハッと我に返る。
「食べるよ・・。」
そう言って亮はまた料理を口に運んだ。
「大丈夫?疲れてない?」
普通なら葵のほうが旅行疲れしてそうなのに。
「大丈夫。」
「よかった。無理しないでね。」
葵は笑顔で言った。どうしてそんなに他人の心配ばかりするんだろう?自分のことよりも他人のこと気にして、疲れないのだろうか?
「葵は・・疲れんの・・?」
「ん?」
突然の問いに葵は驚いた。
「他人の心配ばっかして・・。」
「大丈夫だよ。そういう性分なのかな?」
葵は苦笑した。
「その人が笑顔ならあたしも嬉しいし、その人が困ってたら助けてあげたい。お節介かもしれないけどね。でも、お節介でもその人が笑顔になるなら、それでいいって思う。心配するのは、その人のことを想ってるから。心配して当たり前だと思う。」
亮は葵の言葉に胸が熱くなった。

武士と美佳はホテルからほど近いレストランに入った。ここでも美佳の英語が役に立つ。
「かっちょえーなー。俺も英語やろうかな・・。」
「あって損はないね。こっちでレコーディングするなら現地のスタッフが入るだろうし。通訳が入るより自分の伝えたいニュアンスが伝わるだろうし。」
「やんなぁ。うわぁ、英語習いてぇ。」
「でもそんな時間ないんでしょ?」
美佳が意地悪く言った。
「う゛ー。意地悪やなぁ。」
「毎日5分でもいいからヒアリングやスピーキングするだけで全然違うよ。」
「ほぇ。サスガやなぁ。」
「分かんなかったら教えるし。」
「おぉ、美佳先生!」
「先生はやめてよ。そんな大層な教え方できないし。それこそ葵に習った方がいいだろうし。」
「葵ちゃんもしゃべれんの?」
「そらね。」
「あ、そっか。高校一緒やったっけ?」
武士の問いに美佳は頷いた。
「家庭教師のアルバイトとかもしてたから、葵は教え方上手いよ。」
「ほー。・・そういや美佳ちゃんって将来何になるん?」
「いきなり話飛ぶわね・・。そうねぇ、あたし物を作るのが好きだから、そういう系のお仕事かなぁ?」
「物って?服とか?」
「うーん。服も作るの好きだけど、小物のが好きかな?アクセサリーとか・・そっちかな?」
「スゴイなぁ。」
「全然すごくないよ。武士くんだって、音楽って言う物作りしてるじゃない?」
「そうやけどさ・・。」
「自分が好きなこと、仕事にできるのってすごく素敵だと思うよ。」
美佳の言葉が何だかとても嬉しかった。

武士と美佳は、食べ終わるとすぐにホテルに帰ってきた。街中はクリスマスイヴということでもあり、やけに人が多かったからだ。2人はホテルのラウンジで夜景を見ていた。
「スゴイ、綺麗。」
美佳は感動していた。
「美佳ちゃんってさ。」
「ん?」
「社長令嬢って感じせんよな?」
「えー?そう?」
「うん。何て言うか着飾ってないって言うか。俺ん中で社長令嬢ってツンケンしてるイメージがあってさ。でも美佳ちゃんは普通のどこにでもいる感じがする。」
「それって褒め言葉?」
「もちろん。」
大真面目な顔で切り返され、美佳は照れた。
「ありがと。」
「美佳ちゃんと葵ちゃんって姉妹みたいやんな。」
「え?うーん。まぁそりゃ、ずっと一緒にいたからね。」
「ええね。そういう人居ったら。」
いつもの武士と違うのに美佳は気づいた。
「武士くんは居ないの?幼馴染とか。」
「おったよ。昔ね。」
武士は俯いた。
「昔?」
「俺にも兄弟同然で育った友達がおった。俺の親友で、兄弟みたいで、いっつもそいつと一緒やった。」
武士は無意識に過去を話し始めた。少し間を置いて武士は窓から離れ、ソファに座った。美佳は窓を背に黙って話を聞いた。
「俺が高校生の頃、ケンカばっかしてた俺をそいつがいつも止めに来て、俺のこといっつも守ろうとしてくれてた。その頃、俺ん家荒れてて、両親は毎日ケンカしとった。どうにもできない自分の無力さに、俺はケンカでストレス発散してたのかもしれん。ある時、俺にやられたってやつが仕返しに来て、1人で大勢の相手してて、前後左右から攻撃来たのを避けきれなくて、後ろから鉄パイプ振り下ろされて、『もうだめだ』って思ったとき。そいつが俺を庇うように現れて・・俺の代わりに・・頭殴られて・・。」
武士はそこまで言って泣きたくなる衝動を抑えた。呼吸を整えて、続きを話す。
「サスガにヤバイって思ったらしくて奴らは全員逃げた。俺は必死で救急車呼んで、そいつにずっと付き添ってた。でも、そいつ・・自分のことよりも俺の心配ばっかしてて・・。自分は死ぬかもしれないのに、俺の心配ばっかして。『もうケンカすんなよ』って笑ってた。・・そいつの顔今でも忘れられなくて。そいつは・・出血多量で死んじゃって・・。それから俺はケンカしないって、誓った。でも遅いよな。大事なヤツ、亡くしてから気づくなんて・・。」
武士はいつの間にかずっと押さえてた涙を堪えきれずにいた。美佳は武士を思わず抱きしめた。
「大丈夫だよ。その友達・・身を呈して武士くんのこと守れて、嬉しかったと思うよ。だから笑ってたんだよ。ケンカしないって約束守ってるなら、その友達だってきっと喜んでるよ。」
美佳は溢れる涙を抑えながら必死で言った。
「そうやと・・ええんやけどな・・。」

「あ、雪。」
外に居た葵と亮は雪が降ってくるのに気づいた。
「ホンマや。」
「道理で寒いわけだ。」
葵は白い息を吐きながら言った。その時、葵はすれ違う人と肩がぶつかった。
「sorry。」
ぶつかった人はそう言って去っていった。
「大丈夫か?」
「うん。びっくりしたけど。」
亮は無言で葵の手を取った。
「え?」
「こっち。」
亮はそう言って繋いだ手を優しく引っ張った。葵は何だか分からなかったが、人ごみの中から出ようとしていることがすぐに分かった。
ほんの少しの時間、手袋越しに手を繋いだ。葵は亮の手の温もりを感じた。

「ここなら大丈夫やろ。」
人気がない場所まで来て、亮は手を繋いでいることに気づいた。
「あ、ごめん。」
「ううん。」
慌てて手を離す。葵は首を横に振った。
「にしてもスゴイ人だったね。」
葵の言葉に亮は頷いた。
「あ、そうだ。」
突然何かを思い出したように葵が鞄をゴソゴソしている。
「はい。」
葵は小さな包みを亮に渡した。
「何?」
「クリスマスプレゼント。」
そう言って笑った。もらえると思っていなかったので、亮は驚いた。
「あ、でも・・俺何も用意してない・・。」
「気にしないで。急にこっち来たからそれはしょうがないだろうし。それより、見てみて。気に入るといんだけど。」
葵の勧めで亮は包みを開けた。
「ピアス?」
「うん。何が良いかよく分かんなくて・・。ピアスなら亮くんしてくれるかなぁって思って。」
そう言って葵は照れたように笑った。
「あ・・りがと。」
そう言うと葵はまた笑った。
「気に入ってもらえた?」
葵の問いに亮は頷いた。
「うん。落としそうやから、ホテル帰ってから着けるな。」
「うん。」

そんな幸せそうな2人をファインダー越しに覗く人影があったことに、2人は気づいていなかった。

翌日はクリスマスである。この日ももちろんB・Dメンバーは曲作りに没頭していた。しかし今日は日本からわざわざ来た葵、美佳、香織に龍哉が一緒にスタジオにいた。
「作業なんか見てもつまらんやろ?」
武士は見学している女性陣に言った。
「おもしろいよ?」
美佳に普通に切り返される。武士は昨日のことを思い出し、何だか恥ずかしくなってきた。
「なら・・ええけど・・。」
そう言うと何処かに消えてしまった。
「美佳ちゃーん?武士と何かあったんじゃないのぉ?」
意地悪く香織が聞いてくる。
「あるわけないでしょ?」
美佳ははぐらかした。昨日あったことを思い出す。
『さっきの話、メンバーには内緒な。』
武士はそう言った。メンバーに、と言うより誰にも言ってないような話だった。何故自分に打ち明けられたのか全く謎だった。美佳は誰にも言わないと約束した。
「本当にぃ?」
香織がしつこく聞いてくる。
「ホント!何かあったって言うなら葵と亮くんじゃないのぉ?」
今度は話題を葵に変える。
「えっ。あたしだって何もないもん。」
「「ホントにぃ?」」
ユニゾンで聞いてくる。
「ホントに!」
「こら。何騒いでんだ。」
龍二が注意しながら、香織が抱いていた龍哉を抱き上げる。
「あ、ごめん。」
香織が謝る。葵と美佳も続いて謝る。
「ほら、亮が歌入れするで。」
龍二はブースの方角を顎でしゃくった。3人はブースの中に亮を見つけた。亮はヘッドホンをつけてマイクの前に立っていた。
「行くよー。」
ディレクターらしき人が合図すると、亮は頷いた。イントロが流れ始める。さっき他のメンバーが音入れしたものだ。
ライヴの時とは違う雰囲気に、ファンである美佳は見入っていた。
美佳はたまたま見ていた音楽番組で初めてBLACK DRAGONを見た。未だその時はデビューしたばかりで、あまりちゃんとは見ていなかった。でも亮の喉を痛めそうな歌い方に驚き、音のセンスにも驚いた。今までに見たことのない存在感。B・Dはその容姿からもすぐに女の子に人気が出た。美佳にとって容姿はどうでもよかった。楽曲が今までにないバンドサウンドだったので、何となく気になっただけだった。父の事務所のアーティストだと知った時、もっと驚いた。嬉しい反面複雑な思いだった。自分と父は関係ない。ファンだからってコネでライヴチケットを手に入れたりはしたくない。他のファンの子と同じように自分の手でチケットを買い、手に入らなかった時は残念に思いながらも諦めた。それが今ではこうしてレコーディング風景まで見られるようになっている。複雑な思いだったが、仲良くなれたことは本当に嬉しい。
「歌い方・・変わった?」
美佳はふと思ったことを口に出していた。
「おー。よぉ気づいたなぁ。」
龍二が褒める。
「そりゃ、一応ファンですから。」
「流石やな。」
「でもホント、前よりちょっと柔らかくなった?」
「うん。きっと葵ちゃんの影響やと思うよ。」
いつの間にか隣に居た慎吾が答える。
「え?」
突然言われた葵は驚いている。
「葵ちゃんとメールしたり電話したりしたら、あいつ落ち着くみたいなんや。前は頭痛に襲われるのが多かったんやけど、今は滅多にならん。それが葵ちゃんの影響っていう証拠。」
「そんな・・大層な事してませんよ。」
慎吾の言葉に葵は驚きを隠せなかった。
「それでええねんって。自然な葵ちゃんが、あいつにとっては安心できるもんなんやから。」
葵は亮を見た。確かに最初に会った時のトゲトゲしたオーラは見られなくなっている。心を開いてくれたのだろうか。もしそうならこんなに嬉しいことはない。
「前みたいに女嫌いの症状も出なくなったしな。」
龍二に言われ、気づいた。今は葵以外の女性、香織や美佳が居ても、前みたいに逃げたりしなくなった。
「見知らぬ女性はダメみたいやけどね。」
慎吾は苦笑した。
「香織たちとあと美咲もだいぶマシんなったな。」
龍二は思い出しながら言った。そう言えば、距離を置いているが、前ほど酷い症状に襲われたりはしない。
「このままいい方向に行けばええんやけどなぁ。」
龍二は呟くように言った。一同、同じ気持ちだった。

葵たちはそれから3日間滞在し、日本へ帰国した。BDメンバーはまだまだレコーディングが続く。しかし葵たちが来たことで、少なからずいい影響を受けたようで、それぞれの曲作りに専念した。

それから1ヵ月後。何とかレコーディングも終え、メンバーはやっと日本に帰国した。
「ふぁあ・・疲れた。」
17時間の長旅を終え、やっと着いた空港で武士は大きく伸びをした。
「よー寝とったくせに。」
龍二が意地悪く言う。
「寝が足りんのやろ。」
透も毒を吐く。どうしてこの2人は揃って口が悪いんだろうか。
「るせ。」
小さく言い返す。
メンバーはとりあえず事務所に寄った。何故か慌しい。
「どうかしたんすか?」
武士が問うと、丁度電話を切った事務員が週刊誌を差し出す。
「これ。」
全員で覗き込むと、そこに写っていたのは、亮と葵だった。葵は後姿だったが、ロスでの出来事だと分かる。
「これ・・いつの間に・・。」
武士がそう言いながら、亮を見やる。亮は驚いて言葉も出ないようだ。
「それで電話鳴りっぱなしか。」
溜息と共に透が言う。
「ホント参るわ。」
一足先に戻っていた響が溜息を吐く。
「亮、悪いけどしばらく葵ちゃんたちと連絡取らないようにして欲しい。」
「え?」
突然のことに驚く。
「ちょっと待ってよ。せっかく亮、よくなってきたのに。」
慎吾が訴える。
「分かってるよ。でもこのままじゃ葵ちゃんたちにも迷惑かけることになる。それはダメだろ?」
響の言うことも分かる。
「電話も・・メールも?」
慎吾が代わりに聞く。
「メールはいいが・・電話は盗聴される可能性があるからな。特に携帯だと。」
「そっかぁ。亮、しょうがないよ。メールだけで我慢するしか・・。」
慎吾は亮の肩を叩いた。亮は静かに頷いた。
「せっかく早く終わらせて帰ってきたのにな。」
残念そうに龍二が呟く。
「まさかロスにまで追いかけてきてるとね。」
透は呆れ混じりで言った。その間にも亮は帰る準備をして、1人で先に帰った。
「亮と葵ちゃん、これ以上距離が離れなきゃいいけどね・・。」
透は亮の背中を見送りながら、呟いた。