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 どうすれば、忘れられるのだろう?
 こんなに苦しい思いをするのならば、いっそ忘れてしまいたい。

 なのにどうして忘れられないんだろう?

 いっそあの人みたいに・・・・・・この青の中に消えてしまいたい。


「亜美!」
 名前を呼ばれ、声のした方に顔を向けると、幼馴染の和憲がこちらに走って来た。
「やっぱここにおったんか」
 和憲は息を切らせながら傍までやって来た。高く昇った太陽がじりじりと照りつける。 梅雨が明けてからは、なお一層気温が高くなってきた気がする。和憲はTシャツで顔の汗を拭った。
「おばさんが心配しとったで」
 亜美はその言葉に何も答えず、目の前に広がる海に目線を戻した。
 そんな亜美に和憲は溜息をつき、和憲も目の前に広がる海に目線を向けた。
「綺麗・・・・・・やな」
 目の前の海に、太陽が吸い込まれるように沈んで行く。見慣れたはずの光景だが、やはり息を飲むほどの美しさがある。
「また夜が来る・・・・・・」
 亜美が呟く。その言葉に和憲は思わず眉間に皺を寄せた。
「なぁ。亜美。分かってるんやろ? ホンマは」
 和憲の言葉に亜美は前方を向いたまま頷いた。
「お前がいつまでもそんなんやったら、いつまで経っても雄介が浮かばれんぞ」
「分かっとる」
 亜美はムッとした口調で言い放った。
 和憲からプイッと顔を背け、自分の家の方へ足を向けた。
「待ちぃや」
 和憲は慌てて亜美を追いかけた。

 森川亜美。十八歳。海の見える小さな町に住んでいる。幼馴染の和憲とは家が隣同士で、兄妹同然に育った。和憲は亜美よりも二歳年上で、今は漁師である父親の仕事を手伝っている。
 本来ならここに居るはずだったもう一人の幼馴染、雄介は和憲と同い年で、和憲と同じく漁師をしていた。そんな雄介が好きで、亜美はいつか告白しようと思っていた。
 半年前、彼は漁の途中で突然激しい風嵐に襲われ、他の船員が波に攫われたのを助けるため、自分を犠牲にした。船員は助かったが、雄介はダークブルーの海の中に消えてしまった。未だに遺体もあがっていない。

 あの日、彼を止めていれば今もここに居たのだろうか?
 後悔しても後悔しきれない。
(だって・・・・・・まだ告白すらしてない)
 気持ちを伝えることすらもう二度とできない。
 込み上げてくる息苦しい思い。胸が痛い。
「大丈夫か?」
 ずっと隣を歩いていてくれた和憲が、亜美を支える。亜美は一度和憲の顔を見、再び俯く。
「大丈夫・・・・・・」
 呟く亜美に、和憲は溜息をついた。
「全然大丈夫ちゃうやんか。そんな青い顔して」
 和憲は亜美の前に屈んだ。
「何?」
「おぶってやるよ。しんどいんやろ?」
「でも・・・・・・」
「ええから、早よし」
 和憲は本当の兄のようだ。亜美はその優しさに甘えることにした。素直に和憲の背中におぶさる。広い背中はとても居心地がよかった。
「ありがと」
 呟く亜美の言葉は辛うじて和憲に聞こえたようだ。
「ええって。俺はお前の兄貴みたいなモンやからな」
 夕焼けに照らされた褐色の肌が、とても綺麗だった。

「和くん、いつもありがとうね」
 亜美の母親が和憲にお礼を言った。
「いえ。亜美、おばさんに心配ばっかかけたらあかんで」
「分かっとるよ」
 亜美が膨れたように言うと、和憲は笑いながら亜美の頭をポンッと優しく撫でた。
「じゃあ、また」
 和憲は相変わらず優しく微笑むと自分の家に戻っていった。

 食事もそこそこに亜美は自分の部屋に戻った。家族と居るのが嫌な訳じゃない。ただ自分が居ては、空気が重くなるだけだと、亜美なりに遠慮していたのだった。
 以前はこんなことはなかった。食事が終わっても寝るまではリビングに入り浸り、父や母と話するのが好きだった。
 だが、今は・・・・・・雄介が居なくなってからはそんな気力がなくなってしまった。
 溜息が多くなるばかりの娘に、両親も何と声をかけていいのか分からないのだろう。

「亜美、お風呂入りなさい」
「はーい」
 ドア越しに母の声がしたので、返事する。お風呂に入る準備をして、部屋を後にした。

 シャワーで全てを洗い流す。頭にこびりついている優しい記憶も全て洗い流せたらいいのに・・・・・・。
 思い出すのは、雄介がいた平凡な毎日。幸せだった。それが例え雄介にとって“妹”のような存在でも。ただ雄介が居てくれるだけでよかったのに。

 神様、いるのなら教えてください。
 どうして雄介だったんですか? どうして雄介が死ななきゃならなかったんですか?

 ぽっかりと空に浮かんだ下弦の月は、鋭く引っかかれた自分の心の傷口のように見えた。


「亜美」
 今日も和憲に見つかった。亜美はもう特等席になってしまった場所で海を眺めていた。
「お前、このクソ暑い中こんなとこおったら、日射病で倒れるで」
 和憲はそう言いながら、冷たいスポーツドリンクを手渡してくれた。日陰すらないこの場所では、確かにありえる話だ。
「いっそ・・・・・・日射病にでもなりたいわ」
「アホか」
 和憲は自分がかぶっていた麦藁帽子を亜美に無理やりかぶせた。
「潮の匂いがする・・・・・・」
「俺様の汗が染み込んだ帽子やからな」
 意地悪く和憲が笑う。亜美は即行で帽子を和憲に突っ返した。
「冗談やって。かぶっとき」
 和憲は再び帽子を亜美にかぶせた。和憲を見ると、彼は頭にタオルを巻いていた。
「お前さ、雄介んこと、好きやったんやろ?」
 和憲に図星を指され、亜美は顔が真っ赤になった。気づかれていたのかと今更ながらに思う。
「気、づいてたん?」
「何年一緒におると思ってんねん」
 和憲は自分用に買ってきたスポーツドリンクを開け、口を付けた。
「でも・・・・・・結局は告白、できんかったし・・・・・・。うちの片思いで終わってしもた」
「片思いちゃうで」
「え?」
 思わぬ和憲の言葉に、亜美は俯いていた顔を上げた。
「雄介もお前んこと好きやったで」
「ウソや」
 そんな言葉、信じられない。口だけなら何とでも言える。
「嘘やないよ。あいつは隠しとったみたいやけどな。俺が問い詰めたら白状したわ」
 だけど何だか複雑だ。雄介が亡くなってからそんなこと聞いたって、もうどうすることもできないのだから。
「それが例えホンマやったとしても! ・・・・・・もううちには何もできんやん!」
「できるで」
 感情的になった亜美とは対照的に、和憲の口調は穏やかだった。
「お前が雄介の死を受け入れることや」
 和憲の言葉は矛盾しているように思えた。
「何よ・・・・・・それ」
「お前が雄介の死を受け入れん限り、お前はずっとそのままや!」
 突然口調が荒くなる。亜美は何も言えなくなってしまった。
「雄介が死んでから、お前はずっと下を向いたまんまや。やけど雄介は、そんなお前見たくないで」
 和憲は亜美の目を見た。亜美はすぐに目をそらす。
「雄介は明るいお前が好きやった。それやのに・・・・・・お前が下ばっかり向いてたら、雄介は心配で成仏できんやないか!」
 和憲の言葉にハッとした。
 やっと気づいた。ずっと自分ばかりを責めてきた。周りなんて見ようとしていなかった。自分ばかりが辛いと思っていた。
「辛いときは泣いたらええ。雄介がおらんよなって、皆寂しいって思ってる。やけど・・・・・・やけどお前まで元気なくしたら、他のやつらまで元気なくなるわ。空元気はあかんけど・・・・・・。笑え! 雄介も・・・・・・俺も、お前の笑顔が一番好きや」
 和憲の言葉に亜美は込み上げてくる涙を必死で抑えながら、笑った。
「ごめんね。和くん。ずっと自分だけが苦しいって思ってた」
 溢れ出し零れた涙が頬を伝う。必死で繕った笑顔はすぐに泣き顔になってしまった。
 和憲は優しく亜美を抱きしめた。
「ええよ。泣いても。今は泣いてもええよ」
 優しい言葉と抱きしめられた腕が温かくて、亜美は雄介が亡くなって以来、一滴も流れなかった涙を流した。
 苦しいのに、悲しいのに、出てこなかった涙は、自分では制御できないほど溢れ出し、その涙は全て和憲が受け止めてくれた。

 亜美が泣き止んだのは、日もすっかり暮れてしまった頃だった。
「ごめんな。和くん。夜んなってもうて」
「ええよ。気にすんな」
 相変わらず優しい。いつの間にか大きくなった背中が、頼もしく見えた。
「和くん」
「ん?」
「うち、ずっと雄くんのこと忘れたいって思ってた」
「うん」
 呟くような声で話す亜美の言葉を、和憲は真剣に聞いた。
「苦しいから。思い出す度、苦しくなるから、いっそんこと全部忘れたいって思った」
「うん」
「でも・・・・・・忘れるなんてできんのよね」
「そやな」
 亜美の言葉に、和憲は頷いた。和憲もきっと同じようなことを考えたのだろうと亜美には分かった。
「今はまだ雄くんの死を受け入れられんかもしれん・・・・・・。けど・・・・・・けど・・・・・・」
 また涙が込み上げてくるのを、必死で堪える。
 それに気づいた和憲は頭をポンポンと優しく叩いた。それだけで何だか勇気が出てくる。
「背負って・・・・・・行こうと思う。雄くんとの思い出は、すごい優しくて、楽しくて、嬉しい毎日やったから、思い出す度、今はまだ苦しいけど・・・・・・。きっと、きっといつか受け入れられるようになるから・・・・・・」
「うん。ゆっくりやったらええよ。俺も、まだ受け入れられへんから」
 雄介の親友だった和憲の言葉に、少しだけ勇気付けられる。
 亜美はふと漆黒の海を見つめた。
「雄くん。まだ真っ暗な海ん中におるんやね」
 遺体はもうあがらないと言われた。それだけが何だか心残りだ。
「大丈夫や。ほら、夜も月が照らしてくれとるよ」
 見ると、夜空に浮かぶ月が、海に反射し、キラキラと光っていた。
「ホンマや。・・・・・・よかった。真っ暗やなくて」
「せやな。帰ろうか」
「うん」

 浮かんでいる下弦の月が、雄介の笑顔に見えた。

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