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novela 【花の声】【緑の心】エントリー作品−

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「今日からよろしくね」
 彼女はそう言ってボクに優しくキスをした。彼女の名前は咲子。今日からボクのご主人様だ。

 ボクは観葉植物。生まれたのは・・・・・・覚えてない。気づいたら花屋に置かれていた。
 ボクは他の仲間たちと違って、ひときわ成長が遅かった。そのせいか、他の仲間たちは次々と売れて行くのに、ボクだけが残ってしまった。
 残されたボクは店の主人に【見切品】という札を付けられた。何て読むのか分からないけど、きっといい意味じゃない。

 彼女と出会ったのは、その札が付けられてから一週間後のことだった。相変わらず売れ残っているボクに店長もどうしたものかと考えている時。
「その鉢植え、ください」
 優しい声がボクを救った。店長は嬉しそうに【見切品】の札を外し、ボクをビニール袋に入れた。
「一週間に一回は液体肥料を与えてください。水は夏場はたっぷりやってもいいですが、冬は少なめにしてください」
 店長はどうやらボクの育て方を説明しているようだった。彼女は楽しそうにそれを聞いていた。
「ありがとうございましたー」
 ボクは彼女のおかげでやっと店の外の世界に出ることができた。袋を覗き込んでくる彼女は、何だかとても嬉しそうだった。

 彼女の部屋はお世辞にも広いとは言えないワンルームだった。ボクは窓際の日がよく当たるらしい場所に置かれた。
「あたしは咲子。花が咲くって言う字なの。あ、キミの名前聞いてくるの忘れちゃった」
 彼女はそう言って笑った。笑顔がとてもかわいい。
「名前、何がいいかな?」
 彼女はそう言いながら、ボクの小さな葉っぱを触った。何だかくすぐったい。
「んー・・・・・・。幸せって書いて【(さち)】。さっちゃんはどうかな?」
 とっても素敵だと思った。だけどボクは返事ができない。
「今日からよろしくね。さっちゃん」
 彼女はそう言ってボクに優しくキスをした。
 彼女は鞄の中から携帯電話を取り出し、ボクに向けた。パシャッという音が部屋に響く。
「がんばって大きくなってね」
 咲子はボクの葉っぱを撫でた。

 そうして咲子とボクの生活が始まった。
 彼女は会社勤めをしていて、毎朝七時に起きる。
「おはよう。さっちゃん」
 彼女は起きるとボクのところにやって来て、水をくれる。そして窓のカーテンを開けて、空を見上げる。晴れの日なら
「太陽の光、いっぱい浴びるんだよ」
 と声をかけてくれる。また雨の日には
「今日は雨か。太陽出なくて残念だね。でも雨も必要なものだからね」
 とボクを慰めてくれる。
 だからボクは彼女の部屋の窓から、外を見るのが好きだ。

 彼女はボクにたくさん話しかけてくれる。ボクは彼女と会話はできないけど、彼女の話を聞くのが好きだった。
 時には愚痴を聞くこともあるけど、ボクにそれを話すことで彼女がすっきりしてくれるのならボクはそれでも構わない。
 ただその話が愚痴だと気づいた彼女は必ず謝った。
「ごめんね。こんな話、聞いててもおもしろくないよね」
 そんなことないよ。だってその度にキミを知る事ができたから。
 何でボクは植物なんだろう? せめて犬や猫なら、もっと意思表示ができるのに。

 ボクができることは、彼女がカーテンを開けてくれた窓から太陽の光をいっぱい吸収することだけだ。元々小さな葉っぱのボクは、それを一生懸命太陽の光に当てた。
 そして彼女が一週間に一度くれる液体肥料で、ボクはみるみる成長した。

 咲子の家に来て一ヶ月が経ち、彼女は再び携帯カメラで写真を撮った。一ヶ月前のボクと比較して、彼女は驚いていた。
「すごい! さっちゃん。めちゃくちゃ大きくなってる!」
 彼女は嬉しそうにそう叫んだ。ボクはやっと花屋で売られていた仲間と同じような大きさになったくらいだと思った。
 だけど咲子があまりにも嬉しそうに笑うので、何だかボクも嬉しくなった。

 ある日、彼女はボクが植えられている鉢より一回り大きな鉢を持って家に帰って来た。
「ただいま。さっちゃん」
 いつものようにボクに水をくれながら、あの鉢を指差す。
「今日帰り道ですごく素敵な鉢を見つけたの。さっちゃん、大きくなってきたから、こっちに引越ししようね」
 そう言って彼女は空っぽの鉢をボクの隣に置いた。
「明日休みだから、土買ってくるね」
 彼女は本当に嬉しそうだ。ボクは言葉は話せないけど、彼女とは意思が通じてる気がした。

 翌日、彼女は言ったとおり土を買ってきた。土は重たかったらしく、彼女は男の人と一緒に帰ってきた。
「へー。これが姉貴の言ってた幸?」
「そう。かわいいでしょ。最初すごく小さかったんだけど、みるみる成長しちゃって」
 どうやら男の人は咲子の弟らしい。二人はベランダに出て、ボクを大きな鉢に植え替えてくれた。
「これって、花咲くの?」
 弟がボクを指差して訊く。すると咲子は首を振った。
「分かんない」
「種類は?」
「知らない」
「調べろよ・・・・・・」
 弟が呆れながら咲子を見た。
「いいの。花が咲くならどんな花が咲くのか楽しみだし、花が咲かなくても葉っぱが綺麗だからいいの」
「姉貴がいいならいいけどさ」
 彼女はどうやらとてもマイペースな人間らしい。弟もそれを分かっているのか、あまり深く突っ込まなかった。

 弟が帰ってから、彼女はボクにいつものように話しかけた。
「さっちゃんは花、咲くのかな?」
 それはボクにも分からない。やっぱり花が咲いた方が彼女は喜ぶのだろうか?
「でも今のままでも十分かわいいよ」
 ボクが思ってることが見透かされたようだった。彼女の笑顔はいつもと変わらなかった。

 ボクが新しい鉢に引っ越してから二週間後、彼女は暗い顔をして帰ってきた。
「あー・・・・・・もうやだ」
 泣きそうな彼女は帰ってくるなりそう呟く。落ち込みながらも、ボクに水をやるのは忘れていなかった。
「ごめんね。さっちゃん。今日はもう寝るね」
 彼女はそう言うと顔を洗いに洗面所へ行ってしまった。余程のことがあったのだろう。 いつもなら愚痴になったとしても今日一日あったことをボクに話してくれるのに。

 窓の隙間から吹き込んだ風が、雨の匂いを連れてきた。明日はきっと雨だろう。

 ボクは何で植物なんだろう?
 落ち込んだ彼女に優しい言葉をかけることもできなければ、ギュッと抱きしめてあげることもできない。
 大好きな彼女が泣きそうなのに、その涙を拭ってあげることも、頭を撫でてあげることもできない。
 どうしたらいい? ボクが彼女にできることは何もないのかな?

 彼女はいつもより早く起きた。やっぱり暗い顔をしている。
「おはよ、さっちゃん」
 声からしてどことなく泣き出しそうだった。夕べ、ベッドの中ですすり泣く声が聞こえた。泣いていたのだろう。目が赤い。
 彼女はいつものように水をくれた。元気がない彼女に声さえかけてあげられない。ボクは役立たずだ。
「さっちゃんがいてくれてよかった」
 なぜか彼女はそう言ってくれた。僕の葉っぱを撫でると、暗い顔が少しだけいつもの咲子に戻った気がした。
 彼女は泣き腫らした目を冷やし、いつもどおり出勤して行った。

 外は雨が降っている。予感が的中した。
 ボクが彼女にできること、何かないかな?

 数日後、ボクはこっそりつぼみを作ることに成功した。彼女はあれから普通に戻ったように見えたが、やはり元気がなかった。
 ボクが彼女のためにできるのは、ほんの些細なことだけど、彼女に笑顔になって欲しい。

 そしてボクは彼女が目を覚ます少し前に、やっと花を咲かせた。喜んでくれるかな?

 朝七時。いつもどおり彼女が目を覚ます。
「おはよ、さっちゃ・・・・・・」
 寝ぼけ眼でボクを見ていた彼女の目が大きく見開いた。慌ててボクに駆け寄った。
「さっちゃん! 花咲いてるっ!」
 彼女が驚き入っていた。そりゃそうだろう。だってこっそりつぼみを作ったんだもん。
「すごいすごい!」
 彼女はボサボサの髪のまま、携帯電話でボクを撮った。
「かわいいピンクの花だー」
 久しぶりに彼女の笑顔を見れたボクは、とても嬉しかった。

 彼女が家に帰ってくると、早速ボクに水をやりながら話しかけた。
「さっちゃんはゼラニウムっていう種類なんだって。真夏と真冬以外は、花を咲かせるらしいよ」
 誰かに聞いたのだろうか? でもよかった。ボクが花を咲かせられる種類で。
「さっちゃん、もしかしてあたしのために花を咲かせてくれたのかな?」
 咲いている花を彼女が優しく撫でた。ボクの気持ちは彼女に届いているんだと嬉しくなった。
「なんてね」
 彼女は笑った。うん、いつもの笑顔だ。

 ねぇ、咲子。
 ボクは植物だから落ち込んだキミに優しい言葉をかけることも、ギュッと抱きしめてあげることもできない。
 キミの涙を拭ってあげることも、頭を撫でてあげることもできない。

 だけどボクはキミの笑顔のために、精一杯花を咲かせるよ。
 それがキミにとってほんの些細なことでも、キミが笑顔になるのなら、ボクはいくらでも花を咲かせて見せる。
 ほんの少しでも幸せな気持ちになれるように。

 ボクが花を咲かせるのは、いつだってただキミのために・・・・・・。
※ゼラニウムとは背景の写真の花です。
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