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 勤労感謝の日。それは「勤労をたっとび、生産を祝い、国民互いに感謝しあう」ことを趣旨とする祝日である。
 大抵、勤労と言うと、外に働きに出ている人だが、労働をしているのは働きに出ている人だけとは限らない。
 その労働は当然のことで、日常的なことであり、あまり感謝されないことも多い。
 だけど、そういう人にこそ一番感謝を示すべきなのだ。


 日向家でもそのことにようやく気付いた様である。

「ただいま」
 仕事が早く終わった亮は玄関を開け、中に入った。
 いつもはすぐに「おかえり」と返事があるのに、今日はそれが聞こえてこない。
 買い物にでも出ているのかと思いつつ、リビングに入る。
 ふと見ると、リビングのソファで、妻である葵が眠っていた。
「なんや。寝とったんか」
 亮が近寄ってみると、葵は何やら眉間に皺を寄せ、難しい顔をして眠っていた。
 暖房が効いてるとはいえ、葵は何もかけずに寝ているので、亮は押入れから毛布を取り出し、葵にかけてやる。
「そんな難しい顔しとったら、痕いくで」
 亮は顔を近づけ、葵の眉間の皺を指でなぞって和らげると、少し皺が取れた。
「おか・・・・・・さ・・・・・・」
 珍しく寝言を呟いた葵をよく見ると、その目にうっすら涙が見えた。
 葵にも亮にも親はいない。だが、二人の境遇は全くと言っていいほど違う。
 葵は高校生の時に両親を事故で亡くした。しかしそれまでは、幸せに暮らしていた。
 一方、亮は幼い頃、母親に養護施設に預けられた。「必ず迎えに行く」とだけ言い残して。しかし、母が迎えに来ることは来なかった。
 親に愛された葵と、親の愛を知らない亮。親を亡くして数年経つのに、葵は未だに恋しいのだろう。
 亮には分からない感情だ。今更会いたいとも思わない。

 それにしても葵の寝顔を見るのは、久しぶりだ。
 別に関白宣言をしたわけでもないのに、いつも葵は亮より先に起きて、亮より後に寝る。というより、先に亮が寝てしまうと言ったほうが正しいかもしれない。

 ふと窓の外を見ると、洗濯物が風に揺れていた。日も陰ってきたので、亮は外に出て、庭に干してある洗濯物を取り込むことにした。
 独身時代、洗濯なんてまともにしたことがなく、いつもクリーニングに出すか、コインランドリーで乾燥までやってしまうかだったので、洗濯物を取り込むのが意外と重労働だと初めて気づく。
 葵はこれを毎日、干して、取り込んで、たたんで、きちんとタンスにまでしまう。そのおかげで、独身時代みたく洗濯してなくて服がない、という状況に今まで陥ったことすらない。
 しかも葵からすれば、自分よりも大きい男三人分なのだ。あの華奢な体で干したり取り込んだりするのは、亮がやるよりも重労働だろう。

 すべて取り込み終わると、亮は服をたたむことにした。
「・・・・・・どうやるんや?」
 今まで服をまともにたたんだことがないので、服のたたみ方すら分からない。
 とりあえず服を置いといて、靴下をまとめることにした。これくらいならできる。しかし自分のや葵のならまだ分かるのだが、双子のものがどちらのものなのか分からない。
「・・・・・・後で聞こう」
 その時、玄関のドアが開く音がした。二つの足音はまっすぐリビングにやって来て、リビングのドアを開けた。
「ただいまー」
「おかえり」
 返事をしたのが亮だったので、帰って来た双子は驚いた。
「あれ? 亮くん、今日早かったんだ?」
 直人に聞かれ、亮は頷いた。
「葵は?」
 今度は快人に聞かれ、ソファを指さす。
「そこで寝よる」
 双子が同時にソファを見ると、そこで葵が熟睡していた。
「あれ? 珍しいね。昼寝してるなんて」
 直人がそう言うと、快人が頷いた。
「寝てても誰か帰ってきたら、いつも起きるのにな」
「疲れてるのかな? 眠りが深いみたい」
 試しに直人が葵の頬を突いてみるが、全く起きる気配がない。
 ふと快人が気づく。
「洗濯物、亮くんが取り込んでくれたの?」
「おう。でもたたみ方分からん」
 正直にそう言うと、二人は微笑んだ。
「手伝うよ」
 そうして三人で洗濯物をたたむことになった。
「そういや最近全然葵ちゃんの手伝いやってないね」
 ふと直人が呟く。
「仕事忙しくなったしな」
 快人が続く。
「葵は、これ、毎日やってんやんな?」
 亮の問いに二人は「そうだよ」と頷いた。
「俺、一人ん時はまともに自分で洗濯したことなくて。さっき取り込んでみて初めて分かったんやけど、結構な重労働なんやな」
「干す前は水分があるから余計にね」
 直人が付け足した。
「あんな華奢な体でこんだけの量をやってんやろ? そりゃ疲れるって」
「それから家中の掃除と俺らの夕食とか弁当とか作ってくれてさ・・・・・・」
 今度は快人が付け足した。
「いつの間にかそれが当たり前になってたね。葵ちゃんが文句も言わずに全部やってくれてたから」
 不意に三人は葵を見つめた。未だに熟睡している葵は、また難しい顔をしている。
「葵は、何でもかんでも背負い込みすぎなんだ。もっと俺らを頼ればいいのに」
 快人はそう言いながら手を伸ばし、葵の眉間の皺を和らげた。
「今日の夕飯、俺が作る」
 突然の亮の申し出に、二人は驚いた。
「え? でも亮くん、料理したことあるの?」
「いや、ない」
 直人の質問にあまりにもあっさりきっぱり答えたので、二人は脱力する。
「初心者でも作れそうなんって何?」
 亮に聞かれ、二人は頭の中で自分たちでも作れる料理を並べた。
「うーん。カレーライスとか?」
「まぁ無難だな」
 直人の言葉に、快人が頷く。
「んじゃカレーで」
「それなら俺、手伝うよ」
 直人が申し出たので、快人は別の仕事を探した。
「んじゃ、俺は風呂でも入れるわ」
「とりあえず洗濯物片づけないとね」
 直人の言葉に、二人は笑って頷いた。

「ん・・・・・・」
 ようやく葵は深い眠りから醒めた。
「お。姫様起きた」
 快人が顔を覗き込んでいる。
「あれ? 快人?」
「おはよー。って言うのもおかしいけど」
 直人がクスクス笑いながら、ソファに近づいた。
「ちょうどええ時に目ぇ覚ましたな」
 亮も何やら笑っている。
「あれ? 三人とも仕事は?」
 どうやらまだ寝ぼけているらしい。
「今日はみんな早く終わったんだよ」
「そっかぁ・・・・・・」
 沈黙が流れる。
「あっ!」
 ようやく覚醒した葵はガバッと起き上がった。
「ご飯作ってない!」
「大丈夫。できてるよ」
「え?」
 直人の言葉に、状況を呑み込めずにいた葵だったが、キッチンを見ると、グツグツと煮込む音といい匂いが漂ってきた。それを確認し、ホッと胸を撫で下ろす。
 ふと視界にすっかり暗くなっている外が見えた。
「あっ! 洗濯物っ!」
「それも全部取り込んで片付けた」
 今度は快人が答える。その言葉に、再び葵はホッと胸を撫で下ろした。
「ごめんね。ありがと」
「それを言うのは俺らの方だよ」
 直人の言葉に驚き、葵は直人を見る。
「え?」
「いつも葵ちゃんにしてもらってることに甘えすぎてた」
 直人の言葉に、快人も亮も頷いている。
「いつの間にか当たり前になってたんだよな。仕事が忙しくなってから全然手伝えてなかったし」
 今度は快人がそう言った。
「俺も初めて家事が重労働なんやって気付いた。いつもありがとな」
「ありがとう」
 亮に続いて、双子もお礼を言った。三人の言葉に、葵は何だか胸が熱くなる。
「そんな・・・・・・。あたしにとってはこれが日常だし、三人のためにできることなんて、これくらいしかないもん」
 何だか穏やかな空気が流れる。口火を切ったのは快人だった。
「んじゃま、飯食おうぜ」
 その言葉に全員賛成し、食卓に着く。
「葵はええから座っとって」
 手伝おうとした葵を亮が無理やり席に着かせる。
「え? でも・・・・・・」
「ええから」
 それでも立ち上がろうとする葵を抑えた。
「今日は葵ちゃん、何もしなくていいからね」
 直人がそう言いながらご飯を装い、亮がカレーをかける。
「今日は亮くんが作ったんだ」
 亮から皿を受けった快人が葵にそう言いながら、葵の前にカレーを置いた。
「え? そうなの?」
「うん。でも直人にほとんど手伝ってもらったけどな」
 亮は照れたようにこっちを見ないで答えた。
「おいしそう」
 目の前に置かれたカレーの匂いを嗅ぎ、葵は嬉しそうに笑う。
 全員分が揃うと、全員が合掌し「いただきます」とスプーンを手に取った。
 まず葵がカレーライスにスプーンを入れた。一口分取って口に運ぶのを、全員で見守る。
「おいしい!」
 葵の顔がほころんだのを見て、亮はホッと胸を撫で下ろした。快人と直人もカレーを口に運ぶ。
「お。うまい」
「野菜の固さがちょうどいいね」
 二人の言葉にも、亮は何だか嬉しくなった。
「でも俺一人やったら、こんだけうまくできんかったわ。ありがとな、直人」
「ううん。俺、大したことしてないし。野菜だって亮くんが全部切ったじゃん」
 直人のその言葉に、葵は驚いた。
「え? そうなの? 綺麗に揃ってるから直人が切ったのかと思った」
「亮くん、結構器用だからね」
 直人が笑うと、亮は照れたように少しだけ笑った。
「美味しいよ。ありがとう。亮くん、直人」
 葵がお礼を言うと、二人は嬉しそうに笑った。


 一方、相沢家。
「ただいまー」
 龍二が帰宅したのは、午後六時過ぎだった。いつもよりかなり早い帰宅に、妻である香織は驚いた。
「早いじゃない。どうしたの?」
 龍二がリビングに入ると、香織はソファに腰掛けてお茶を飲んでいた。少し膨らんできたお腹を押さえながら、ゆっくりと立ち上がる。
「早くて悪いか?」
「悪かないけど。今日仕事遅いとか言ってなかった?」
 香織にそう言われ、龍二は頭を掻いた。
「うーん。まぁそのつもりやってんけどな。ちょっと早う切り上げてん」
 龍二の曖昧な言葉に、香織は何か事情が変わったのだろうと察する。
「パパ、おかえりー」
 龍二の声が聞こえたからか、隣の部屋で遊んでいたらしい長男の龍哉が走って来て龍二の足に絡みついた。
「ただいま」
 足に絡みついている龍哉を龍二が抱き上げると、龍哉は嬉しそうに笑った。
「香織。出かける用意しろ」
「は?」
 突然何を言い出すのかと、香織は眉根を寄せて聞き返す。
「今日は外で飯食うで」
「え? いいの?」
 香織が思わず聞き返すと、龍二は笑った。
「たまにはな。何が食いたい?」
「フランス料理フルコース」
「子連れでか」
 香織があまりに即答したので、思わずツッコんだ。別にそれが食べたいのならいいのだが、子連れで行くところではないと思う。
「冗談よ。パパと一緒ならどこだっていいわよね?」
 香織が龍哉に聞くと、龍哉は元気よく「うん!」と答えた。いかに自分が家族サービスをしていなかったのかを龍二は痛感する。
「まぁとにかく、出かける準備してき」
 龍二が龍哉を下ろすと、香織と龍哉は嬉しそうに着替えに行った。


 葵が食器の片付けをしようとすると、三人に止められた。
「今日は葵ちゃん、何もしなくていいってば」
「え? でも・・・・・・」
 葵の手に持っている食器を、直人が受け取る。
「葵は風呂でも入って来なよ。たまには一番風呂ってのもいいだろ?」
 快人は親指で風呂場を差した。
「え? お風呂も入れてるの?」
「二人が飯作ってる間にな」
 葵の質問に快人が答える。
「いっつも葵ちゃん最後でしょ? たまには一番で入りなよ」
 直人にも言われ、葵は頷いた。
「うん。ありがとう。じゃあ、先にお風呂いただきます」
 葵はそう言うと、リビングを出た。


 その頃の独身チーム。
「男三人で居酒屋か・・・・・・」
 溜息を吐きながら、武士が呟く。
「たまにはええんちゃう? このメンツで飲むってあんまないし」
 慎吾がポジティブにそう言うと、透が頷いた。
「確かにあんまこのメンツ揃うことないな」
「こういうとき一緒に過ごす彼女もいない組?」
「嫌なチームやな」
 武士の言い方に慎吾が即効でツッコむ。
「大体急に透があんなこと言うから・・・・・・」
「たまにはね」
 武士が睨むが、透は気にせず酒を口に含んだ。

 数時間前。メンバーはスタジオで仕事をしていた。
「今日何日やっけ?」
 カレンダーを見てスケジュールを確認していた透がメンバーに訊ねた。
「今日は・・・・・・十一月二十三日やな」
 携帯電話で確認した龍二が答える。それで透は気づいてしまった。
「・・・・・・今日って勤労感謝の日やん」
「あー。そんな祝日あったな」
 透の言葉にメンバーはノンキに返した。
「俺らには祝日なんて関係ないもんなぁ」
 武士はノビをしながら言った。確かにこの職業は、土日祝日は関係ない。透は自分の腕時計を見た。現在午後三時過ぎ。
「今日の仕事は五時までな」
「は?」
 急に何を言い出すのかと、メンバー一同驚いた。
「龍二と亮は仕事終わったらすぐ帰って家族サービスして来い」
「え? 何で急に?」
 透が何を考えているのか分からず、武士は思わず聞き返した。
「今日が勤労感謝の日だから」
「は?」
 透の答えの意味が分からず、全員が聞き返す。すると透は、二本の指を立てた。
「世の中には二種類の仕事がある。一つは俺らみたく給料をもらってする仕事。もう一つは給料などを一切もらわずにする仕事。どっちも大事だし、どっちが上ってこともないが、実際給料をもらわずに仕事をしているんだから、たまにはその報酬はもらうべきだと思う」
 武士はその説明を聞いて、ピンッと来た。
「給料もらわん仕事ってことは、家事とかってこと?」
 その問いに、透は「そうや」と頷く。
「やから龍二と亮なんか・・・・・・」
 ようやく透の意図を全員が汲み取った。
 そうして五時までみっちり仕事をしたメンバーは、五時で仕事を切り上げ、亮と龍二は自宅へ、残りのメンバーは居酒屋にやって来たのだった。


 結局、龍二たちは焼肉屋に来ていた。もちろん下手に騒がれないように個室だ。
「ホンマによかったんか? 焼肉で」
「うん! お肉食べたかったの」
 龍二が訊くと、香織が嬉しそうに頷いた。
「それならええけど」
 龍二は香織の笑顔を見てホッとする。
「ほら、焼けたで」
 龍二は焼けた肉を香織の皿に置いた。今日は焼肉奉行に徹しようと思う。隣に座っている龍哉にも肉を取ってやる。
「龍二が食べてないじゃない」
 やはり香織にツッコまれた。
「ええねん。今日は俺、焼肉奉行なるから」
 そう答えると、香織は笑った。
「じゃあ任せたっ!」
「おう」
 龍二は空いた場所に新たに肉を置きながら、返事した。


「あー、そっか。今日祝日だったんだね」
 風呂から上がった葵は、早く帰って来た訳を亮に聞き、納得した。
「と言うかそんな簡単に仕事を切り上げてきて、大丈夫なの?」
「何とかなるやろ」
 葵の後に風呂に入った亮は、頭をガシガシと拭きながらあっさりと答える。あまりにあっさりと答えたので、葵は思わず笑った。
「でもこんなにゆっくりできるのは久しぶりでしょ?」
 葵に聞かれ、亮は頷いた。
「せやな。たまにはこういうんもええな」
 葵は亮の前におつまみとジュースを置くと、亮の隣に座った。
 リビングのソファに腰かけた二人は、前々から一緒に観ようと言っていた映画のDVDを再生した。

 焼肉屋を出る頃には、龍哉は寝てしまっていた。
 家に着くと、龍二は寝ている龍哉を着替えさせて布団に寝かせた。
「龍哉、よっぽど嬉しかったみたいね」
「え?」
 香織の言葉の意味が分からず、龍二は思わず聞き返す。
「いつもより興奮していっぱい喋ってたでしょ」
「せやな」
 普段からあまり一緒に居てやれない龍二でも、興奮してるのは分かった。
「久しぶりに外食したから?」
 そう聞き返すと、香織は首を振った。
「それだけじゃそんな興奮しないわよ。龍二がいたからでしょ」
「へ?」
「パパ、パパってずっと龍二に話しかけてたでしょ?」
「そう言えば・・・・・・」
 思い出してみると、確かにそうだ。
「パパと外食なんて久しぶりだから興奮して疲れちゃったのね」
 香織が笑いながら、キッチンに立った。
「コーヒー飲む?」
「飲むけど、俺が淹れるわ」
 龍二は妊婦である香織をソファに座らせた。
「え? でも・・・・・・」
「ええから」
 龍二に押され、香織は大人しくソファに座った。
「でも何で急に家族サービスなんてする気になったの?」
 香織に問われ、龍二は言葉に詰まった。
「・・・・・・いつもできてへんから」
「とか言って、本当は透くんにでも言われたんでしょ?」
「うっ」
 図星をさされ、龍二は固まった。
「やっぱりね。じゃなきゃ家族サービスしようなんて思わないわよね」
 香織の言葉がグサッと刺さる。確かに言われなければしようとは思わなかったかもしれない。
「でもありがとね」
 香織の言葉に何だか妙に照れる。
「お礼、言わなあかんのは俺の方や。いつも・・・・・・ありがとな」
 言い慣れてないない言葉に何だか恥ずかしくなる。それでも香織が嬉しそうに笑ってくれるからよしとしよう。
 コーヒーを淹れ、香織の右隣に座る。コーヒーを渡すと、香織は「ありがとう」と受け取った。
「もう動くん?」
 龍二が香織のお腹を指差すと、香織は頷く。
「動くよ。触ってみる?」
 龍二が頷くと、香織はコーヒーカップをテーブルに置き、龍二の右手を自分のお腹に当てた。思わず指先に神経を集中させる。すると、微かに動いた気がした。
「!」
 思わず香織を見ると、香織はフフッと笑った。
「動いたでしょ?」
 何だか不思議な感じだ。このお腹の中に人間がいるなんて・・・・・・。
「どうかした?」
 お腹に手を当てたまま固まっている龍二に声をかける。
「何か不思議やなぁって・・・・・・」
 命を宿すという奇跡を、香織はもう二度も経験しているのも変な感じだ。
「あと四ヶ月経てば、生まれてくるんだよ」
 香織は龍二の手の上に自分の掌を重ねた。
「龍哉ん時、一緒におれんかった分、家におるようにするから。これからもっとお腹大きいなったら、色々大変やろうし・・・・・・」
 龍二があまりに真剣にそう言うので、香織は嬉しくて笑みが零れた。
「うん。あたしもこの子をちゃんと産むからね」
「お前も無事やないとあかんで」
 龍二は左手を香織の肩に回して抱きしめた。
「分かってるよ。大丈夫」
 香織は優しく笑った。

 映画を見終わると、葵は食器を片付け、亮は窓の戸締まりをした。ふと窓の外を見ると、今日は何だか妙に綺麗な月が見えた。
「どうかしたの? 亮くん」
 片付けが終わった葵に声をかけられ、我に返る。
「ん? あ、いや。今日はやけに綺麗に月が見えるなぁって」
 亮に言われ、葵も亮の隣で窓の外を覗く。
「ホントだ」
「満月・・・・・・かな?」
 そう呟くと、葵は首を傾げた。
「どうだろ? ちょっと欠けてる気もするけど・・・・・・」
 少し下から聞こえる優しい声が、何だか心地よく感じる。思わず葵の肩を抱いた。
「亮くん?」
 突然の行動に、葵は驚く。
「いつも・・・・・・ありがとう」
 傍に居てくれて。隣でこうして笑っていてくれて。
「どうしたの? 急に」
「ん・・・・・・何か言いたくなった」
 そう言うと、葵は笑った。
「あはは。じゃああたしからも。ありがとう」
 そう言って葵は亮に抱きついた。お礼を言われ、亮は何だか照れるが、葵の温かい体温に自然と口の端が緩む。亮は葵の柔らかいこげ茶色の長い髪を指に絡ませた。
「今日は寒いから、暖かくして寝ないとね」
 胸元で葵の声が響く。それが何だか妙に嬉しい。
「せやな」
 窓のカーテンを閉めると、亮は葵の肩を抱き、葵は亮の腰に手を回したまま、リビングを出た。

 亮は隣で先に眠りに就いた葵の寝顔を見つめた。
 こんなに長い時間、二人で過ごしたのは結婚以来初めてかもしれない。
 葵が家事をしてくれることをもちろん感謝してるし、本当はもっと一緒に居たいとも思う。
 だけど仕事に集中すると、家に帰れなかったり、せっかく作ってくれたご飯も食べられなかったりする。
「ごめん・・・・・・な」
 亮は葵の頬を撫でた。
 気持ちは言葉にしなきゃ伝わらない。そんなこと十分分かってるつもりだった。
 だけど今日、改めて言葉にすることの大切さを知った。
 これからだって、一緒にいられる時間がほとんどないかもしれない。だけど、葵は絶対自分を置いて行ったりしない。彼女がそう誓ってくれた。
『ずっとずっと亮くんの隣にいるから。傍にいるからね・・・・・・』
 葵の言葉が甦る。亮は思わず葵をそっと抱き寄せた。
「俺も、ずっと傍におるから。絶対離さへんから」
 強く心に誓う。
 窓から降り注ぐ優しい月の光に照らされて、亮はいつの間にか眠りに落ちていた。

 ずっとずっと一緒にいよう。言い尽くせない「ありがとう」と共に。 


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