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花を買いに来る人は様々で、彼女にプレゼントしようとドキドキしながら買いに来る若い男性や、お小遣いで買えるギリギリの一輪だけ買っていく小さな子供(多分お母さんへのプレゼントだろう)、最近ガーデニングにハマっているらしい主婦、そして毎月同じ日に花を買いに来るOLさん。 「桜。配達、ここな。」 父親に地図を渡され、桜はバラの棘を取っていた手を止めた。 「親父、配達何?」 「これ。」 指差された先に、既にラッピングされた花束が置いてあった。 「これ、いらねーんじゃね?」 「あん?」 桜が花束に文句を付けると、父親に睨まれた。しかし桜は動じない。 「ここはこの色じゃなくて黄色いの入れたほうがアクセントに・・。」 「やっぱり桜兄がやった方が綺麗じゃん。」 にょきっと妹の椿が生えてくる。 「椿もそう思う?」 「父さんがやるとどっかおかしいのよねぇ。」 二人はうんうん、と頷いた。父がわなわなと震えている。 「お前らさっさと学校と配達行けぇぇぇ!」 「はぁい。」 二人は父から逃げるように店を飛び出した。 花崎桜、21歳。実家の花屋を手伝いながら、大学に通っている男子学生である。名前のせいでよく女に間違えられるが、 花屋の親父が付けたので文句も言えない。と言うか言っても相手にしてもらえない。子供の頃は本気で嫌だったが、今となっては結構気に入っていたりする。 「えーっと・・。この辺なんだけどなぁ・・。」 桜は比較的近所だったので、徒歩で家を探していた。地図を片手に花束を抱えて表札を見ながら探す。 「あ、あった。」 何とか家を見つけインターホンを押そうとすると、ドアが勢いよく開いた。 「ぶっ。」 ドアは見事に桜の顔面にクリティカルヒットした。 「あ、ごめんなさい。大丈夫?」 大丈夫なわけないだろっ!と言いたいところだが、ここはグッとこらえる。 「だ、大丈夫です。あの、ご注文のお花をお届けに来ました。」 「まぁまぁありがとう。あら、うちの旦那からだわ。」 「結婚記念日ですか?」 桜は配達記録を取り出しながら問うと、奥さんは顔を赤らめた。 「えぇ、今年でちょうど十年なんですよ。でもまさか花を贈ってくるとはねぇ。」 奥さんは嬉しそうに笑いながら、配達記録にサインした。 「おめでとうございます。いい旦那様ですね。」 桜は営業スマイルを浮かべた。 「ありがとう。」 やっぱりお客様の笑顔を見るのは気持ちがいい。花を見るとどんな人でも笑顔になれる。 その後、何軒かの配達を済ませ、桜は満足しながら夕方の道を歩いていた。 「桜ぁぁぁぁああ!」 気持ちよく道を歩いていると、背後から物凄い雄たけびが聞こえる。恥ずかしいヤツだ。桜は脱力した。21にもなってまだ免許の一つも持っていない友人、正が、自分の目の前で自転車を止める。 「桜ぁぁあ。」 「あんだよ・・。」 思い切り通行人の注目の的じゃないか。やめて欲しい。 「振られたぁぁ。」 今にもここで大声で泣きそうな正に桜は肩を叩いた。 「家で話聞くから、ここでは泣くな、な?」 「うん。」 本気で泣きそうな正を慰めながら、桜は帰宅した。 「で?振られたって・・こないだ言ってた子?」 「そうなんだよぉ。」 桜は呆れた。正は飽きもせず合コンに行っては、一番かわいい子にアタックして玉砕している。今日ので通算57回目。しかも連続で、だ。ちなみに記録は高校時代から加算されている。 「そりゃ・・桜はいいよ。男前だし・・モテるし・・。」 「モテねぇよ・・。」 モテてると言うなら、なぜ彼女が未だに居ないのか。 「それよりさぁ・・ちゃんと聞いてよ!」 「聞いてるじゃん。」 「バラの棘のけながらな・・。」 「・・・。」 それくらいいじゃんと思いながら、桜は手を止めた。 「これでいい?」 桜は正に向き直った。正は満足そうにニコッと笑った。 「うん。」 「で?今回も相手にされなかったのか?」 「・・何でそう言うかなぁ・・。」 「だっていつもじゃん。」 「むー。お前こそどうなんだよ。」 「は?俺?」 突然自分に話を振られ、桜はドギマギした。 「好きな人くらいいるんだろ?」 「好きな人・・。」 「じゃあ気になる人は?」 気になる人・・。居ないことはない。 「いるんだ?」 桜が黙りこくっていると、正がニヤニヤと言う。 「・・さぁね?」 「ええ?」 意地悪く言う桜に正がムスッとする。 「すいませーん。」 「あ、はーい。」 ちょうど客がやって来たので、すぐに店の方へ出る。 「あ、いらっしゃいませ。」 客は、毎月同じ日、24日に花を買って行くOLさんだ。 ここだけの話、桜はこのお姉さんがとっても気になっている。なぜ決まった日に花を買いに来るのかとか、誰のために買ってるのかとか。 今年の1月から毎月24日に花を買いに来る。11月24日である今日も例のごとく買いに来たのだ。仕事帰りなのか、彼女はスーツだった。 「今日はどうしますか?」 「また見立ててもらえる。」 「はい。」 要望通りの花を見立て、いつも通りラッピングする。 「あの・・誰かにプレゼントですか?」 思い切って聞いてみた。少し驚いたような顔をしたが、伏目がちに答えてくれる。 「ええ、そうね。大切な人へのプレゼント。」 ガーンとショックを受ける桜だったが、そういう彼女が何故か元気がなかった。大切な人へのプレゼントなのにどうしてこんなに悲しい顔をしているんだろう? 「いつも見立ててくれてありがとね。」 「あ、いえ。ありがとうございました。」 お会計を済ませ、桜は彼女を見送った。 「ほぉぉ。」 「なんだよ。」 店の奥からちょっとだけ顔を出し、一部始終を見ていた正はニヤニヤと笑った。 「桜ぁ。お前、あのお姉さんのこと好きなんだろ。」 正に言われ、ボンッと顔が赤くなる。 「なっ、違・・。」 「正直になりなって、あのお姉さん綺麗だもんなぁ。」 正はやっぱりニヤニヤしていた。 「違うって言ってんだろ!彼女はお客さんなんだぞ。」 「何やってんの?」 振り返ると、椿が呆れた顔で立っていた。 「店の中で喧嘩しないでよ。カッコ悪いわね。」 「喧嘩じゃなくて・・。」 「椿ちゃーん。しばらく見ない間にかわいくなっちゃって・・。」 「それ以上近づいたら、投げ飛ばすからね。」 両手を広げて椿に抱きつこうとした正は、椿の一言で凍りついた。行き場のない手をゆっくりと下ろす。 「うぅ・・。」 拒絶された正は店の隅っこでいじけた。 「父さんは?」 椿は靴を脱ぎながら桜に問う。 「夕飯当番だから台所で夕飯作ってんじゃね?」 「そ。」 椿は素っ気無く返事すると、奥へと入って行った。 桜たちの母親は、桜が小学校1年生、椿が3歳の時に、事故で亡くなった。 桜と椿を連れて、散歩していたある日。飲酒運転の車が、三人に突っ込んできた。母はとっさに桜と椿を突き飛ばし、二人は軽症で済んだが、母は搬送された先の病院で亡くなったのだった。 それ以来、家事は三人で分担し、父と母が作ったこの花屋を大事に守ってきた。それはきっとこれからも変わらないだろう。 店を片付けている時、何かに躓く。 「うをっ。」 「いてぇ。」 「・・何やってんの?お前。」 見ると正が小さくなっていた。 「見て分からんのか。いじけてんだよ。」 「まだいじけてたのかよ・・。」 「あーもーそういう意地悪言うぅ。」 「お前見てると苛めたくなるんだよ。」 「うわぁぁん。」 ・・こいつどっかに埋めてぇ・・。 「あのっ・・。」 「あ、はい。」 「まだやってます?」 「えぇ。大丈夫ですよ。」 桜は営業スマイルを浮かべた。 「二重人格。」 ボソッと呟いた正に蹴りを入れておく。 「よかったぁ。どこももう閉まっちゃってて・・。」 客は椿ぐらいの年齢の女の子だった。まだ制服姿なので、学校帰りなんだろう。少し緊張気味に口を開く。 「あの・・フリージアってあります?」 「あー・・フリージアは・・あるけど・・季節の花じゃないから高いよ?」 そう言うと彼女はショックを受けていた。 「高いって・・やっぱ花束にすると高くなっちゃいますかぁ?」 泣き出しそうな声で言う彼女に桜は考えた。 「そりゃ・・フリージアだけだと高いけど・・。」 「やっぱり・・。」 「誰かにプレゼント?」 「はい・・。今日お母さんの誕生日だから・・お母さんが好きなフリージアの花束を贈ろうと思ったんですけど・・。やっぱりバイト代足りなさそうで・・。」 「予算いくら?」 「あ。えと・・3000円ちょい・・です。」 「待ってて。」 桜は落ち込む彼女に優しく微笑み、店内の花を物色し始めた。もちろんフリージアの花はしっかりと入れておく。見た目豪華に、それでいて予算内に納める。 見繕った花を持って、彼女に見せる。 「これでどお?」 「わぁ。すごい綺麗です!」 「3000円でいいよ。」 「ありがとうございます!」 彼女は嬉しそうにお辞儀をした。 「これラッピングするから、カードでも書く?」 「あ、はい。」 彼女を店内に案内し、カードを書いてもらう。その間に桜は花かごを作り、お会計をする。 「カード、ここに刺しとくね。」 「はい。」 「はい、どうぞ。」 「ありがとぉ。」 「お母さん、喜んでくれるといいね。」 「はい。」 彼女は満面の笑みで帰っていった。 「いいよなぁ・・。」 突然背後にどよ〜んとした空気が流れ、桜はビクッとなった。 「うわっ。何がいいんだよ。」 「お前ほど花の似合う男はいねぇよなぁ・・。」 「何訳分かんないこと言ってんだ?」 こいつの言うことは、何の脈略もないので、話すのが疲れる。 「だってさぁ・・男前が花持ってたら絵になるじゃんよぉ。」 ただの僻みにしか聞こえない。実家が花屋じゃなかったら、自分だって花を好きになっていたかなんて分からない。 「いいなっ、いいなっ。女子高生ともおしゃべりできてっ。」 「アホかっ!客じゃ!」 「でもいいじゃんん!」 桜は頭を抱えた。誰かこいつどっかに捨てて来てくれ・・。 「もうお前帰れ!片付けの邪魔!」 「ええええ。何でそんな酷いこと言うのさぁ?」 お前がウザイからじゃ!とは言わない。そんなこと言ったら余計ややこしくなる。 「用事は済んだだろ!」 十分愚痴は聞いてあげた・・と思う。 「ええ?済んでないよぉ。親友でしょ?」 いつお前は俺の親友に昇格したんだ?お前はただの幼馴染だろうがっ! と言いかけた時軽快な着メロが鳴った。その持ち主である正が慌てて出る。 「もしもしっ!」 桜は電話に助けられた思いで店の片付けの続きを始めた。 「え?何?合コン?」 どうやら合コンのお誘い電話らしい。桜は溜息をついた。また性懲りもなく行くな、こいつは。そしてかわいい子にアタックして玉砕するんだ。目に見えてる。学習能力ないのか?こいつ・・。 「分かった!すぐ行く!」 場所を聞くとすぐに電話を切った。 「んじゃね〜。」 正はあっさりと帰っていった。疲れる・・。あいつと居るといつもの二倍以上に疲れる。桜は脱力した。 「・・ちゃん。お兄ちゃん。」 「んあ?何?」 「お風呂開いたよ?」 「あ、うん。サンキュ。」 「コタツなんかで寝てると風邪引くよ。」 「うん。」 いつの間にかコタツでうたた寝していたようだ。見ていたはずの番組が終わっていた。桜はのっそりと起き上がり、コタツの天板に突っ伏した。 「どしたの?」 椿に声をかけられ、桜はボーッとしながら言葉を出した。 「母さんが死んで、もう15年近く経つんだなぁって・・。」 「・・そうね。」 「今日最後に来たお客さんさ、椿ぐらいの女の子で、母親の誕生日プレゼント買いに来たんだ。母さん生きてたら、やっぱり俺らもそうやって誕生日プレゼントとか買うのかなぁとか思っちゃってさ。」 「今だってお父さんの誕生日プレゼント買いに行くじゃない。それと一緒じゃない?」 「そっか・・。そういやお前、今日珍しく親父は?って聞いてたけど、何だったんだ?」 「あぁ、あれね。進路相談の日程のこと。」 「あーそっか。もうそんな時期か。」 椿はいつの間にか高校2年生になっていた。来年は受験だ。 「お前進路決まってんの?」 「まだよく分かんないけど・・考えてはいる・・。」 その言葉に桜はガバッと起き上がった。 「何何??」 「内緒。」 目を爛々と輝かせる桜に、椿は冷たくそう言った。 「何だよ〜、それ・・。」 「決まったらちゃんと言うわよ。」 「むー。」 「お兄ちゃんは、花屋、継ぐの?」 「ん?まぁ・・そりゃな。花は好きだし。この店、父さんと母さんが作ったもんだから、残したいって言うか・・。」 「そっか。」 桜の言葉に、椿は嬉しそうに相槌を打った。 「お前はどうするんだよぉ。」 「内緒って言ったでしょ!」 「何だよ、ケチィ。」 「こういうのケチって言わないと思う。」 「いいじゃん。減るもんじゃなしぃ。」 「減る。」 「ええ?」 そんな切り返しをされると思わなかったので、桜は困った。椿はフッと笑った。 「そのうちね。」 桜の頭をポンッと叩いて、椿は自室へ戻っていった。 「何だろなぁ・・。」 「なぁ、親父。椿の進路のこと知ってる?」 翌日、桜は気になったので聞いてみた。父は桜の顔を見た。 「ここだけの話だけど、フラワーデザイナーになりたいみたいだ。」 「そうなん?」 「あいつが持ってた資料をチラッと見ただけだけどな。」 「へぇ・・。」 椿がフラワーデザイナーねぇ・・。でもまぁ合ってる気はする。 「桜。」 「ん?」 「お前、無理してこの店継がなくていいぞ。」 「え?」 「やりたいこと、やったらいい。店は俺の夢だけど、息子にまで強要するつもりはないよ。」 親父にそう言われ、桜は何だか悲しくなった。 「そんなこと言うなよ・・。俺、花好きだし、それに・・親父と母さんが作った店、無くしたくないんだ。母さんが生きてたって証、残してたいって言うか・・。」 思わぬ息子の言葉に、父はじーんとした。 「桜ぁ。」 「うを。」 抱きついてきた親父に驚く。 「・・泣くなよ、親父。」 「泣いてない。」 鼻をすする音が聞こえるんですけど・・。でもそこは敢えて言わないでおく。 午後からは講義を受けに大学へ向かう。 「桜くん。」 呼ばれ振り返ると、高校からの女友達が数人いた。 「桜くん、今日空いてる?」 「今日?」 「そう。飲みに行こうって言ってんだけど。」 「あー、ごめん。今日は夕飯当番なんだ。」 「えー。」 一斉にブーイングが起こる。 「誰かに代わってもらえば?」 「無理。」 「じゃあ作ってから来れば?」 「めんどくせぇ。」 「もぅ。付き合い悪いんだからぁ。」 そんなこと言ったって、女ばっかの飲み会に何で男の俺が入らなきゃいけないんだよ。って思ってしまう。 「じゃあ今度は来てよ?」 「予定が空いてたらね。」 適当にあしらっていると、友人の達平がやって来る。 「もったいねぇなぁ。」 「何がだよ。」 「女の子のお誘い断るなんて男じゃねぇ!」 ビシッと指を指される。 「何だよ。いいじゃん、別に。」 「お前なぁ。そんなこと言ってたら誰も寄ってこなくなっちゃうよ?」 「いいよ、寄ってこなくて。」 「はぁ・・。」 大きく溜息をつかれ、桜は内心焦った。何だ?何か間違ってるのか? 「お前、今モテてるって自覚ないだろ?」 「は?」 「もったいねぇえ。分けてくれよ!」 「意味わかんね・・。」 どうして自分の周りには、こうぶっ飛んだヤツしかいないのか・・。 桜は溜息をつきながら、窓の外を見た。冬を告げる木枯らしが吹いていた。 12月に入ると、一層寒さが増した。寂しくなる歩道の木々にイルミネーションが飾られる。毎月24日に花を買いに来る彼女は、いつも通勤に桜の花屋の前を通っていた。今日も彼女はいつもと変わらず出社して行った。だけど、心なしか日に日に元気がなくなっているような気がする。特に12月に入ってからは、彼女の眉間のしわが深くなっている気がする。 (仕事忙しいのかな・・。) 師走は何かと忙しくなるので、そのせいで疲れているんだろうと桜は思った。 花屋も何だかんだと忙しい。年末の大イベント、クリスマスに向けて街は賑わい始めていた。 「桜、これ配達。」 「あいよ。」 配達はほぼ桜の仕事だった。この時期になると、三人では店を回せないので期間限定でバイトを雇ったりもするのだが、今年はまだ雇っていない。意外とハードな花屋の仕事に、バイトに来る人がいないのかもしれない。その辺は、父に任せているので桜は全く知らない。 「さみ・・。」 一応ジャンパーを羽織っているのだが、やっぱりこの季節は寒い。 (帰ったら鍋でもすっかなー。) とノンキに考えていた配達の帰り道。ふと視界に見たことのある人物が入る。 (あれ・・あのお姉さん?) 黒いコートをまとい、マフラーをしている。今帰宅時間なんだろう。 (声・・かけたら変かな・・。) 一度ゆっくり話してみたいと思っていた。単なる花屋の店員とお客なのに・・・。 そう思っていると、彼女の後ろから一人の男性が走ってきた。彼女に声をかける。見た感じ知っている人のようだ。 (もしかして・・あの人が・・。) 彼女の大切な人? 少し胸がチクッとした。その痛みが、何なのかよく分からない。 桜は二人を目で追っていた。でも何だか様子がおかしい。彼女が拒否しているようだ。最初は穏やかだった彼女の顔が次第に険しくなってくる。桜は少しずつ近づいた。 「いいってば!」 彼女の声が聞こえた。その言葉を聞いて駆け寄る。 「いいじゃん。どうせ暇なんだろ?飲みにくらい・・。」 「いやっ!」 本気で拒絶している。桜は思わず割って入った。 「何だ君は?」 男はイキナリ割って入ってきた桜を睨み付けた。 「嫌がってるじゃないですか!」 「あん?お前には関係ないだろ?」 そりゃそうだけど・・。 「か、関係あります。俺の・・友人ですからっ。」 彼女、とは恥ずかしくて言えなかった。男はジーっと桜を睨み付けた。しかし周りの通行人の目が気になったのか、すぐに諦めた。 「・・今度こそ飲みに行くぞ。」 強引にそう言い残して、何処かへ消えて行った。桜はホッと胸を撫で下ろした。 「あの・・。」 彼女に声をかけられ、振り返る。 「あ・・ごめんなさい。余計なことしちゃいました?」 「いえ。助かりました。ありがとう。」 「いえ。よかったです。」 「あ・・花屋の・・。」 「あー、はい。」 今頃気づかれる。それも多分顔じゃなくて、花屋のエプロンをしていたからだと思われる。ちょっぴり悲しい気もする。 「あの・・すいません。勝手に友人とか言っちゃって・・。」 そう言うと、彼女は首を横に振った。 「いいえ。あ、もし時間あったらお茶しません?あ・・でも仕事中ですよね。」 思わぬ彼女からの誘いに、桜は嬉しくなった。 「だ、大丈夫です!配達終わったところだし。」 そう言うと彼女は微笑んだ。 二人は近くの喫茶店に入った。コーヒーを注文する。 「さっきは本当にありがとう。助かったわ。」 「あー、いえ。」 目の前にいる彼女に幾分か緊張する。 「私は、澤田優貴って言います。ココで働いてるの。」 彼女は名刺を取り出した。住所からしてオフィス街にあるビルの会社の一つだろう。 「あ、俺は花崎桜って言います。」 「桜?」 男にしては珍しい名前に、優貴が聞き返す。桜は曖昧な笑顔で頷いた。 「へぇ。綺麗な名前ね。」 思わぬ反応に、桜は驚いた。ちょうど運んできたコーヒーカップを思わず両手で握る。 「ありがと・・ございます。」 優貴はニコッと笑い、コーヒーをすすった。 「あの・・さっきの人は・・知り合いですか?」 「ええ。会社の同僚。だけどしつこくって。」 優貴は迷惑そうに言った。でもしつこくする気持ちも分かる。近くで見れば見るほど綺麗な人だ。でも、彼女には大切な人がいる。あの男性は知らないのだろうか?いや、でも彼女は最初に拒む理由に使うはずだ。それなのにしつこいって・・。男として恥ずかしくなってくる。 「あの・・一つだけ聞いていいですか?」 「なぁに?」 「どうして毎月24日に花を買いに来るんですか?」 思い切って聞いてみる。24日に何か意味はあるんだろうか? 「それは・・。」 優貴は目を伏せた。 「あ、言いたくなかったらいいんです!ただの興味なんで・・。」 優貴は桜を見た。口を開きかけた途端、着メロが鳴った。桜は慌ててジャンパーのポケットから携帯を取り出す。 「す、すいません。」 「いえいえ。」 「もしもし?」 『どこまで配達行ってんだぁ!てめぇ、サボってんじゃないだろうな?』 耳を劈く声が響き渡る。親父様がご立腹のご様子だ。 「さ、サボってなんかないよ!」 『だったら早く帰って来い!こっちは手が足りねぇんだよ!』 「わ、分かったよ。」 それよりバイトを雇えよ、と思ってしまったが、ココで言うともっとキレられそうなので言わないでおく。 携帯を切り、優貴に向き直った。 「すいません。もう戻らなきゃいけないみたいなんで。」 「ううん。無理に誘ってごめんなさいね。」 「いえ。」 桜はまだ暖かいコーヒーを一気に飲んだ。伝票に手を伸ばした桜を優貴が制する。 「私がおごるわよ。」 「え・・でも・・。」 「桜くんに払ってもらったらお礼にならないでしょ?」 クスクスと彼女が笑う。 「ご馳走様です。」 桜は素直におごってもらうことにした。早く帰らないと、雷が落ちる。 「あの・・またお店にも来てください。」 「もちろん。」 「じゃあ、失礼します。」 桜は一礼すると、急いで店を出た。 帰ると、親父に案の定怒られた。だけど忙しいからか、長々と説教されずにすんだ。 桜は仕事をしながら、彼女のことを思い出していた。 苗字じゃなく、「桜くん」と呼んでくれた。恥ずかしいけど嬉しい。思っていた通り、素敵な人だった。 くふふ、と笑っていると、椿が睨んでいた。 「何ニヤニヤしてんのよ。気持ち悪いわね。」 プイッと顔をそらし、椿は家の方へ歩いて行った。こんな素敵なお兄様に向かって気持ち悪いはないと思う。 「そんなツンツンしてちゃ、彼氏もできないよん。」 「うるさい!」 聞こえていたのか、椿がくわっとこっちを見た。・・恐ろしや、恐ろしや。 「桜ぁぁあ。」 ・・何か来た。桜は恐る恐る店の外を見た。正が駆け込んでくる。 「聞いてくれよぉぉぉ。」 「また振られたのか・・。」 「うわぁぁん。」 そろそろこいつどっかに埋めてこようかな・・。 「落ち着け。とりあえず店の片付けをするから、ちょっと待っとれ。」 桜の言葉に、正は頷いた。何か一気に疲労が出てくる。桜は店の片付けを始めた。正は大人しく待っている。 「あの・・すいません。」 「はい。いらっしゃいませ。」 入り口の方を見ると、この間お母さんへの誕生日プレゼントを買いに来た女子高生だった。 「あぁ、この間の・・。」 「あ、はい。・・あの・・この間はありがとうございました。」 一礼する彼女に、一瞬呆気に取られる。 「あ、いや。お母さん、喜んでくれた?」 「はい、とっても。」 「よかったね。」 「あの時、このお店に来てよかったです。」 少し照れたように彼女が言った。 「ありがとう。でも・・君からのプレゼントってことが、多分お母さんにとって一番嬉しかったと思うよ。」 そう言うと、また照れたように笑った。 「あの・・本当はもっと早くお礼に来たかったんですけど・・。実は母が入院しちゃいまして・・。」 「え?大丈夫なの?」 「あ、はい。明日、手術するんです。手術すれば治るらしいので・・。それで・・あの・・また花かご作ってもらえますか?・・お母さんに・・元気になってもらいたいから。」 「もちろん。予算はいくらくらい?」 「3000円ほど・・。」 「おっけ。ちょっと待ってて。」 桜は店内にある花をぐるりと見渡した。黄色系の花をチョイスする。ものの数分で花かごが出来上がる。 「こんな感じでどお?」 「わぁ。かわいい。」 「黄色は元気が出る色だからね。きっとお母さんよくなるよ。」 「はい。」 彼女は嬉しそうに笑った。 店の片付けをしている間に、また合コンの誘いを受けた正は、烈火のごとく消えて行った。よくもまぁ飽きないものである。このまま記録更新するのは、傍から見てたらおもしろいが、泣きつかれにくるのは困り者だ。 桜は夜空を見上げた。 (明日にでも雪降りそう・・。) 暖冬だとは言うが、この冷え込み方からして、そんな感じがする。今年のクリスマスも雪が降るのかな・・。 桜の予想通り、朝から雪がちらついていた。積もりはしないものの、冬を感じさせる。こんな日に大学に行くのは、辛いけど妙に楽しい。 (白い雪も綺麗だけど、色とりどりの花びらが降ってきたら、綺麗だろうなぁ・・。) ぼんやりとそんなことを考える。 「さーくーらっ。」 ニヤニヤしながら、達平が近寄ってくる。 「あ?」 「あ?じゃねーよ。見たぞぉ。綺麗なおねーさんとお茶してるとこ。」 その言葉に、一瞬何のことか分からずきょとんとする。 「彼女?」 「え?」 達平が楽しそうに尋ねる。 「なっ。ちがっ。」 桜は思い切り挙動不審になった。 「えー、違うのか?」 達平の言葉に何度も頷く。 「じゃあさ、俺に紹介してよ。」 「ダメ。」 「何でよ?」 「彼女はちゃんと彼氏いるから。」 自分でそう言いながら、胸がチクチクする。 「チェッ。」 チェッって言いたいのはこっちだよ、と思ってしまう。 だけどどうして彼女は、あんまり幸せそうな顔をしていないんだろう? 勝手な想像かもしれないけど、もしかして彼氏ってDVな人っ? 桜は「いやいや。」と頭を振った。そんなことあるはずない。 でも気になる。彼女は『大切な人』と言っていたが、彼氏の方が愛してくれないとか? まさか・・。だって彼女と話した感じでは、とっても素敵な人だったんだから。 それに、毎月24日に花を買って行くのも気になる。 (うがぁぁぁあ。) 桜は頭の中がパンクしそうだった。 「桜。」 声をかけられ、ふと我に返る。 「え?」 「お前、もしかしてあのお姉さんのこと、好きなの?」 「え?あ?は?」 どうだと言わんばかりの自信満々な顔に、桜はたじろぐ。 「な・・そ、そんなわけないだろっ。ただ・・ちょっと気になるだけ・・で・・。」 「それを好きだと言うんじゃないのか?」 「うぐっ。」 達平の言葉がグルグルと頭を駆け巡る。パンク寸前の頭がフル回転し、爆発した。 「〜〜〜〜たっぺーのバーーーーーカッ。」 桜はそう言って、逃げるように走り去った。 「 (たっぺーのイジワルっ。) 桜はプンプンと怒りながら、家に帰ってきた。講義は午前中だけだったのだが、まさか自分が正のような振る舞いをすると思ってみなかった。 「はぁ・・。」 自己嫌悪に陥る。やばい。正がそのうち乗り移ってきてしまうっ・・。どうにか対策を練らねば・・。いや、違う。そうじゃなくてっ。それよりも今考えなきゃいけないのは。 (俺が優貴さんのことを好き?) 思い返して、顔が赤くなるのが自分でも分かった。 (うわーうわー。マジかよー。) だって優貴には相手がいるのだ。それなのに好きになったって、ただ辛いだけじゃないか。そんな諦めが渦巻く。優貴だって、自分なんかより、『大切な人』を選ぶだろう。 「はぁ・・。」 再び溜息をついた。 「どうした?」 父が顔を覗き込む。 「いや・・別に・・。」 「そーか。ならこれ配達頼む。」 もう少し息子の心配してくれてもいいんじゃないのか・・。 「何か言ったか?」 「イエナニモ。」 「忙しいんだから、とっとと行って来い。」 半ば親父に追い出された桜は、今日は車で配達していた。雪のせいか、渋滞に引っかかってしまう。 (あとちょっとで店なのに・・。) 帰り道なのがまだ幸いだった。とりあえず暇なので、ラジオをつける。FMから今年もクリスマスソングが流れる。 (バラードだし・・。) 眠くなりそうだけど、がんばって起きてなきゃ。クリスマスに恋人と過ごすなんて、ここ数年全くない。 (そりゃ店にかかりっきりじゃぁなぁ・・。) 高校時代はそれなりに彼女もいたのだが、この時期は店の手伝いをさせられて、店が終わってから彼女と会っていた。その彼女とも、高校卒業と共に別れてしまい、それ以来彼女がいない。 (はぁ・・彼氏いる人に恋してる場合じゃないよな・・。) ふとそう思い、また顔が赤くなる。 (違う違う。優貴さんは、お客さんだから!) 言い聞かせるように、繰り返す。深呼吸をし、動かない渋滞の先を見る。 (いつになったら動くんだよ・・。裏道にも入れねぇじゃん・・。) 大通りだから仕方ないのかもしれないが、これではいつになっても店に帰れない。また親父にどやされる。 「はぁ・・。」 深い溜息が出る。溜息をついて幸せが減ってしまうのなら、もうとっくに幸せなんてなくなってる気がする。 桜が顔を上げると、歩道に見たことのある人を見つけた。 (あ・・優貴さん・・。) 今日は一人じゃなく、もう一人と歩いている。背の高い男の人だった。この間のしつこい男とは違うようだ。 (じゃあ、あれが優貴さんの『大切な人』?) やっぱりそう思うと胸がチクッとする。それでも彼女が幸せならそれでいい、と思うことにする。 ようやく動き出した車の列に、桜はゆっくりとアクセルを踏んだ。 そしてあっという間にクリスマスイヴ。今日は24日だから、優貴がまた花を買いに来るかもしれない。桜は午前中に優貴の分の花束を作り、よけておいた。もしかしたら優貴が買いに来る時には、もう花がないかもしれないのだ。何てったってクリスマスイヴ。彼女へのプレゼントを買っていく人が多い日なのだ。 案の定、今日の売れ行きはよかった。だけど、肝心の優貴が現れない。いつもなら六時くらいにはもう来ているはずなのに。 (あぁ・・きっと彼氏と一緒に過ごしてるんだろうな・・。) 何てったってクリスマスイヴ。くどいようだが、クリスマスイヴ。 (それなのに、俺はいつも通り店番で終わる・・。) 肩を落としつつも、仕事はきっちりこなす。何だかんだでこの仕事が好きなのだ。 夜8時。そろそろ店を閉めようと、片付けを始める。 「すいません。」 「いらっしゃいま・・。」 顔を向けると、そこには優貴がいた。 「あの・・まだやってます?」 「あ、はい。」 「よかった。」 優貴はホッと胸を撫で下ろした。 「仕事が思ったより長引いてしまって・・。」 「あー、仕事だったんですか。大変ですね。イヴなのに。」 「・・桜くんだって同じでしょ?」 優貴はクスッと笑った。桜はドキドキする胸を押さえながら、作っておいた花束を差し出す。 「これでよかったですか?」 「ええ。ありがとう。取り置きしておいてくれたのね。」 「今日も買いに来ると思ってましたから。」 そう言うと、彼女は曖昧に笑った。 「今日はこれから・・その大切な人と過ごされるんですか?」 桜の質問に優貴は溜息と一緒に言葉を出した。 「できればいいんだけどね。」 また曖昧に笑顔を作る。桜はその言葉の意味が分からない。クエスチョンマークを飛ばす桜を認めた優貴が口を開いた。 「ねぇ、これでお店終わり?」 「はい。」 「じゃあ、一緒に来る?」 「え?」 突然の誘いに驚くが、こくんと頷く。会計を済ませ、店のシャッターを下ろす。 優貴は桜を店から程近いある交差点に連れてきた。 「ちょうど1年前に、私の大切な人はここで、私の目の前で亡くなったの。」 優貴の言葉が信じられず、桜は何も言えなかった。そして1年前の事故のニュースをふと思い出す。 「彼はとっても優しい人だった。あの日も、誤って飛び出した子供を助けるために・・。」 彼女の声が震える。優貴は買った花を道路に供え、手を合わせる。桜も一緒に手を合わせた。優貴は1年間、一時とも彼のことを忘れたことはないだろう。目の前で大切な人を失った悲しみは、桜にも分かる。まだ幼かったとはいえ、母は自分の命と引き換えに、桜と椿を助けたのだ。そして15年経った今でも、母のことは胸に焼き付いてる。 「忘れようとも思った。けど・・忘れられないの。だから、こうして毎月24日に花をお供えしてるの。」 桜は優貴の両肩をつかんだ。 「忘れちゃ、ダメですよ!」 「え?」 「辛いかもしれませんけど・・彼のこと忘れちゃダメです。」 彼女は首を傾げた。 「亡くなってしまった人は、生きている人の記憶の中でしか生きられないんです。だから・・もし優貴さんが彼のことを忘れてしまったら、彼は本当に死んでしまう・・。」 優貴はどうリアクションしたらいいのか、分からないようだった。桜は続けた。 「俺も・・母を亡くしたんです。事故で。俺はまだ小1で、妹なんてまだ3歳の時に。飲酒運転の車が、俺たちに突っ込んできて・・母は俺たちを庇って・・。」 言葉に詰まる。桜は零れそうになる涙を必死で堪えた。 「15年近く経った今でも、母は俺や妹や父の中で生きてるんです。・・だから・・辛いけど忘れちゃダメなんです。」 「・・そうね・・。」 優貴は目を伏せたまま、頷いた。 その時、止んでいた雪がまた降り始めた。桜は空を見上げ、近くに歩道橋があるのを見つけた。状況は分からないが、その子供がこの歩道橋を使っていれば、優貴の彼は死なずに済んだかもしれない。 優貴には彼を忘れないでいて欲しい。でも優貴としても幸せになって欲しい。桜のワガママかもしれないが、そう思う。 ふと桜はひらめいた。 「あの・・午前0時きっかりに、またここに来てもらえませんか?」 「え?ええ、いいけど。」 優貴は不思議に思いながらも頷いた。 「ありがとうございます。あの・・俺ちょっとやること思い出したんで、これでっ。」 「ええ。」 桜は急いで店に戻った。 店に戻ってきた桜は急いで準備を始める。 「何やってんの?お兄ちゃん。」 店でゴソゴソしている兄に、椿が怪訝そうな顔で見ている。 「おー、椿。手伝ってくれ。」 「何を?」 桜は事情を説明すると、椿の表情が明るくなった。 「素敵!協力してあげる。」 「さんきゅ。」 二人は、早速準備に取り掛かった。 そして約束の0時。 「優貴さん!」 現れた優貴を手を振って迎える。 「すいません。夜中に呼び出しちゃって・・。」 「それはいいけど。ここで何をするの?」 優貴がそう聞くと、桜はニッと笑った。 「こっち来て下さい。」 桜は定位置まで優貴を誘導する。そして桜が合図をすると、上から何かが降ってきた。 「・・花・・びら?」 色とりどりの花びらがひらひらと舞う。まるで雪のように。 「綺麗・・。」 優貴は嬉しそうにそう言った。 「これで、ここは悲しい場所なんかじゃ、なくなったでしょ?」 桜がそう言うと、彼女は微笑んだ。 「ええ。そうね。」 「うん、笑った方が、彼氏さんも喜びますよ。」 「そうね。ありがとう。」 彼女のその言葉に、桜は胸いっぱいになった。 椿と正の協力のおかげで、彼女の笑顔を見ることができた。まぁ・・親父の雷は落ちたけど。椿は上手いこと逃げたようだ。末っ子って結構要領がいいと思う。 後日。優貴は出社時、帰宅時、店の前を通る時に桜を見つけては手を振ってくれるようになった。そして彼へのプレゼントは2ヵ月に1回、3ヵ月に1回と少しずつ減っていった。 ほんの少しずつ、二人の仲が近づいた。 そして優貴も桜と同じ店で働くようになるのは、もう少し先のお話。 |