原案:鮭川様(ピンポンダッシュ
※このお話は、↓の鮭川様のイラストと設定を見た嘉月が勝手に妄想して書いたものです。 元記事は此方

イラストを宝物ページにも飾らせていただきました。著作権は鮭川様にあります。無断転載・転用禁止です。

  

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 それはほんの出来心だった。何でそんなことをしたのか、自分でもよく分からない。
 でも、それはきっと彼女があまりに寂しそうだったからだ。


 男は町の外れにある山奥に住んでいる。姿を現すのは、夜の帳が下りてから。人知れずひっそりと姿を現す男は普通の人と変わった点があった。
 それは、花が主食ということ。男は人間が普段食するものを食べられない代わりに、花を食べて生きていた。
 そんな男を人々は気味悪がり、男を町から追い出してしまった。男は仕方なく山奥に小屋を作り、そこに一人で住んでいる。そしてみんなが寝静まった頃、男はひっそりと町に姿を現わし、散歩をすることが日課になっていた。

 今日も男はいつものようにみんなが寝静まった頃、町に現れた。もちろん町全体は眠りに就いており、明かりは夜空から降り注ぐ月の光だけだった。
「今日はどうしよっかなぁ」
 ふと見つけたある家の二階に空を見上げている少女を見つけた。セミロングの髪を綺麗に巻いてある。歳は十四、五といったところだろうか。彼女は何度か溜息を吐いて、部屋の中に戻って行った。
「この家って確か・・・・・・」
 男は一階にある店の名前を見て、やっぱりと頷いた。
「さてどうしたものか」
 男はその家を見つめ、考え込んだ。

 翌日。男は一張羅のスーツを着込み、深めに帽子をかぶって町へ向かった。こんな明るい時間に行くのは初めてかもしれない。普段の格好と違うからか、町の人は誰も男に気づかなかった。
 男は昨夜見かけた少女がいる店に向かった。外から少し店内を覗くと、都合のいいことに青いワンピースを着たあの少女が一人で店番をしていた。男は好都合だと店内に足を踏み入れる。入った瞬間、花の香りが男の鼻をくすぐる。そう、この店は花屋なのだ。
「いらっしゃいませ」
 少女は入ってきた男に声をかけた。男が少女をよく見ると、彼女は車椅子に座っていた。
「どのような花をお探しですか?」
 少女に話しかけられたが、男は逆に少女に質問をした。
「歩けないのか?」
 少女は一瞬にして表情を曇らせた。少女は目線を伏せると、「はい」と頷いた。
「それより・・・・・・何をお探しですか?」
 少女は話を変え、顔を上げた。その笑顔はどこか寂しげだった。
「君、名前は?」
 その質問には少女は驚きを隠せなかった。一瞬戸惑い、口を開く。
「のばら・・・・・・です」
 少女の名前を聞いた男はニヤリと不敵な笑みを浮かべる。
「そうだな・・・・・・。この店の花をすべてもらおう」
「え?」
 男の言葉に驚き、少女は男を見つめた。見つめられた男はのばらを見下ろしながら言った。
「そして君もだ」
「は?」
 男が何を言い出したのか分からないのばらは、固まってしまっていた。男はその間にさっさと店内の花を根こそぎ取っていた。ようやく我に返ったのばらは、男の行動をたしなめようとした。
「ちょっと、何してるんですか?!」
 男は店内の花を抱え、のばらに向き直った。
「さぁ、君の出番だ」
 男は軽々とのばらを抱きかかえた。
「え? ちょ、ちょっと!」
 のばらが抵抗しようにもどうしようもない。
 男は白昼堂々、店内のありったけの花と一人の少女を盗み出した。

 男は自分の小屋に戻ると、のばらを下ろし、花を台所に置いた。
「私をどうする気?」
「知ってるか? 俺の主食は花なんだ。だから花の名前である君も食べようと思ってね」
 男はニヤッと笑った。しかしのばらは動じなかった。
「いいよ」
 その返事に男は驚いた。
「本当にいいのか?」
「いいよ。だって私は皆のお荷物だもん。生きてる価値なんてないもの」
 のばらは今にも泣き出しそうな顔でそう言った。男はそんな彼女を見て、溜息をついた。
「やっぱやめた」
「え?」
「花は満開の時が一番美味しいんだ。だけどお前は蕾すらつけてないじゃないか」
 男が言おうとしている意味が、のばらには分からなかった。
「のばら。どうして君は自分の殻に閉じこもってるんだ? どうしてすぐに諦める? そんなんじゃいつまで経っても咲けないぞ」
 男の言葉に、のばらは顔を上げた。
「私も、咲けるの?」
「もちろん。だって君は【のばら】だろ?」
 男はそう言って笑った。

「ねぇ、貴方の名前は?」
「名前? さぁ・・・・・・何だろう?」
 男の返事にふざけているのかと思ったが、本当っぽくも見える。
「名前、ないの?」
「ないことはないのだろうけど。俺の名前を呼ぶやつなんていないから、自分の名前なんて忘れちゃったよ」
 そう言って笑う男がのばらには悲しく見えた。この男は花が主食だと言った。町で噂されている彼の噂は、のばらの耳にも届いていた。
(この人はずっと孤独を抱えて生きてきたんだ)
 人はどうして自分と違うだけで、排除しようと思うのだろう?同じ人間なのに。皆と同じ感情を持った一人の人間なのに。
「貴方は、ずっとここで一人で暮らしてるの?」
 のばらの質問に男は頷いた。
「そうだよ。俺には家族なんていないからね」
 男を見ていると、まるで自分を見ているようだった。
「ねぇ。私もここで住んでもいい?」
「どうして?」
「貴方と私、似ている気がする」
 そう言うと、男は苦笑いを浮かべた。
「例えば?」
「そうね。いつも仲間はずれにされることかしら」
 そう答えると、男は笑った。
「確かにそうだな。いいだろう。君もここに住むといい。だけど、俺は別に君を世話するわけじゃないからね。ここでは自分のことは自分でやるんだよ」
「もちろん」
 のばらは大きく頷いた。

 そうして山奥の小さな小屋で奇妙な共同生活が始まった。
 その小屋から笑い声が絶えなくなるのは、そう遠くはない未来のお話。


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