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それは月が綺麗に見える夜だった。部活で遅くなった敬太は、夜道を急いでいた。 ふと空を見上げると、流れ星が見えた。 「うおっ。流れ星やっ。」 急いでお願い事を言わなきゃ。 そう思った瞬間、その星は目の前の空き地に墜落してきた。 「なっ!」 敬太は空き地を見て驚いた。地面には円盤が突き刺さっている。SFじゃあるまいし、こんなことはありえない。ほっぺをぎゅっとつねってみる。 「いってぇええ。」 という事は。これは夢じゃない。強くつねりすぎた頬をさすりながら、空き地に目をやる。 カタンと物音がした。敬太は怖くてのけぞった。 (変な宇宙人とか出てきたらどないしょー・・・。) 敬太は怖がっている割には、興味津々だった。近づくのは恐ろしいので、遠目で円盤を観察した。 もう一度カタンと音がして、円盤から誰かが出てきた。 (う、宇宙人!) 敬太は暗闇に人影のようなものが浮かび上がるのを見た。 「!」 出てきたのは、美少女だった。よく映画で見るような銀色のスーツを纏っている。 (うっそぉ・・。女の子やん。) 敬太は驚き入っていた。すると、彼女(宇宙人)は敬太に気づいた。 「☆*○□△?」 「へ・・・?」 「☆*○□△?」 「・・・えーっと。何語?」 何て事だろう。見た目はそのまま地球人なのに、言葉が通じない。敬太は焦った。彼女は首を傾げた。 「俺の言うてること分かる?」 そう聞いてもやはり首を傾げるだけだった。 「言葉通じんのかぁ・・・。どないしょ・・・。」 敬太は頭をかいた。すると彼女は突然敬太の手を握った。 「え?え?」 彼女は何を言う訳でもない。ただ敬太の手を握り、目を閉じているだけ。 「へ、変なことせんといてや。」 そうは言っても言葉が通じないので、どうにもならない。 「えーっと・・・。俺の名前は敬太。分かる?け・い・た。」 ゆっくりと子供に教えるように言う。 「け・・・た?」 彼女は音を聞き取り、繰り返した。 「そうそう。け・い・た。」 「け・い・た。」 「せやせや。」 敬太が笑顔で頷くと、彼女も笑顔になる。 (かわええ・・・。) 美少女な宇宙人に惚れそうになる。 (あかんあかん。) 頭を振って、変な考えを排除する。 「えっと・・・・どないする?円盤、壊れてもうたやろ?」 握られていない方の手で、宇宙船を指差す。彼女はそれを見ると、悲しそうな顔になった。 「たすけ・・・よぶ。」 彼女は片言で話した。敬太は驚いた。敬太の手を握ることで、言葉を習得したのだろうか? 「あぁ・・・せやな。でもどうやって助け呼ぶん?」 「あれ、なおす。」 彼女は宇宙船を指差した。 「え?直せるん?」 「わからない。けどやらないと・・・。」 少しずつ流暢になっていく言葉に、敬太は驚きつつそれを表情に出さないようにした。 「あ、せや。君の名前は?」 そう聞くと、彼女は首を傾げきょとんとした。 「名前・・・。俺は敬太。君は?」 身振り手振りで聞いてみる。すると彼女は分かったのか、口を開いた。 「○@*+#。」 「え?」 またしても分からない。と言うか聞き取れない。 「ごめん。発音が分からへん。」 敬太は謝った。彼女はしょんぼりしてしまった。 「じゃ・・・じゃあさ。『かぐや』って名前はどう?」 とっさに思いついた名前を提案すると、彼女は頷いた。 「かぐや、どうするん?」 「?」 かぐやは質問の意図が分からず、きょとんとしていた。 「今日は夜遅いし、俺んとこ来る?」 かぐやはこくんと頷いた。 敬太は悩んだ。 (どうやって家に入れよう・・・・。) 問題はそれだった。絶対家族にばれる。と言っても・・。 敬太はすぐに考えを持ち直した。 (あいつらなら大丈夫か。) 「行こう。」 「ま・・て。」 かぐやは敬太を引き止めた。 「ん?」 敬太が顔を向けると、かぐやは宇宙船を指差した。思い切り地面に突き刺さったままである。 「円盤・・・どうするん?」 するとかぐやは敬太の手を離し、宇宙船に近づいた。そして何かを取り出し、何かを呟いた。 「うそぉ・・・。」 宇宙船は彼女が差し出す手の中に吸い込まれるように消えた。自分の目を疑う。宇宙船を消したかぐやは敬太の元に戻ってくる。 「今の・・・。」 どうやった?と聞こうとして、敬太は言葉を飲み込んだ。 「行こっか。」 そう言うとかぐやは頷いた。 「・・・敬太くん。このお嬢さんは・・・?」 父が美少女を目の前にし、どぎまぎしながら敬太に問う。 「えーっと・・・帰り道に流れ星やって思ったら、空き地に円盤刺さってて・・・。」 「ちょお待て!」 長男の悠太が敬太の話を止める。 「円盤って・・・じゃあ・・・この子、宇宙人なんか?」 悠太の問いに敬太はコクンと頷いた。すると、隣にいた次男の康太と三男の翔太が大笑いした。 「ぶははははは。」 「お前、もっとまともな嘘つけや。」 「嘘ちゃうもん!」 あまりにも大笑いされるので、何だかムキになる。悠太は大笑いする二人の弟の頭をペチペチッと叩き、黙らせた。 「で?円盤が刺さってたってことは、不時着したってこと?」 悠太が確認するように問う。敬太は「そうや。」と頷く。敬太が嘘をつくような子ではないと知っている悠太は、父と目を合わせた。 「親父・・・。」 父は少し考えながら、敬太に向き直る。 「不時着したって・・・彼女はどうやって帰るんや?」 敬太は思わずかぐやに目をやった。彼女は状況がよく分かっていないのか、首を傾げた。 「あー・・・、何か円盤直して助け呼ぶって・・。」 「直せるん?」 「分からんけど・・・でもかぐや・・・彼女が直すって・・・。」 「かぐや?」 思わず敬太が口走った言葉を康太が拾う。 「あー・・・名前聞いたんやけどさ、何て言うてるんか分からんくって・・・それで俺が『かぐや』って・・・。」 「何言うてるか分からんって?」 翔太が突っ込んで聞いてくる。 「やからさ、宇宙語って言うん?それで分からんかってん。」 康太と翔太は顔を見合わせた。 「「宇宙語?」」 双子でもないのにステレオで聞いてくる。 「う、うん。」 「なぁなぁ、何か喋ってや。」 翔太がかぐやに近寄った。かぐやはよく分かっていないようだった。敬太が説明する。 「かぐや。名前、言うてみて。自分の名前。」 「○@*+#。」 「・・・ホンマや・・・。」 康太と翔太はやっと納得したようだった。 「やから・・・円盤直るまで、かぐやの迎えが来るまで置いてやってくれんかな?」 敬太のお願いに父と悠太は顔を見合わせた。 「・・・まぁいいだろう。彼女だって行くところないやろしな。」 「ありがと!親父。」 「ただしっ。」 悠太が口を挟む。何だか妙に迫力があり、それだけで身構えてしまう。 「な、何?」 「さゆりを呼ぶ。」 さゆりとは悠太の彼女で、婚約者である。敬太はもうすぐ結婚するとか何とか言ってたのを思い出した。 「へ?何で?」 「一応見た目は女の子やからな。さゆりがおった方が、彼女・・・かぐやも気が楽やろう。」 「そっか。」 敬太も納得し、悠太は早速さゆりに電話をかけているようだった。 「つーか、兄貴がさゆり姉ちゃんに会いたいだけちゃうんか?」 翔太がぽつりと言う。敬太も康太もうんうんと頷いた。 「まぁそれは言わんでやろう。兄貴も忙しくてさゆり姉ちゃんに会われへんからな。」 康太の言葉に、また敬太は頷いた。 兄、悠太は15年前に亡くなった母の代わりをずっとしている。当時2歳だった敬太はあまり覚えていないが、その時10歳だった悠太は、それからずっと母親代わりとして家事をこなして、弟たちの面倒を見てきた。父が仕事で遅くなった時も、悠太はちゃんと弟たちを寝かしつけて、戸締りをしっかりして就寝した。悠太がいたから、敬太たちは母がいなくても寂しくはなかった。 大きくなってからは、家事は分担してやるが、料理の腕は悠太が一番だし、家事の要領も分かっているのは悠太だった。就職してからは、料理を悠太が、他の家事は他の三人で分担することに決定した。もちろん悠太が仕事で遅くなるときは代わりに誰かが食事を作ることになっている。 そんな悠太から彼女を紹介されたのは、2年前だった。元々大学の同級生だったらしいさゆりを家に連れてきて、結婚を前提に付き合っていると紹介された。さゆりは美人だが、サバサバした性格で、自身も弟がいるからか、敬太たちのことも血の繋がった弟のように接してくれる。変によそよそしいより全然いい。既にさゆりはこの家の家族も同然なのだ。 そして20分後。自転車を飛ばしてやって来たさゆりが到着する。大荷物を持って家に上がり、大荷物は必然的に悠太が家の中に運んだ。 さゆりはかぐやをじっと見つめた。かぐやはきょとんとした顔で、同じくさゆりの顔を見ている。 「はぁ・・・。」 「どした?」 突然溜息をついたので、悠太が聞いた。 「いやぁ・・・宇宙人って聞いた時は嘘かと思ったけど。こうして見ても信じられんなぁって。」 「まぁ・・・人間に見えるよなぁ。」 悠太が頷く。 「そうやんなぁ。それに・・・。」 「それに?」 「めっちゃ美人やん。」 「さゆり姉ちゃんも美人やで。」 間髪入れずに敬太がそう言うと、機嫌を良くしたさゆりは敬太の頭をなでた。 「敬太はええ子やなぁ。・・・でもホンマこんな美人やとは思ってなかったわ。」 「俺も・・・・出てきたときびっくりした。」 敬太もかぐやを見つめる。 かぐやは敬太に笑顔を見せた。思わずドキッとしてしまう。 「んー・・・かぐやちゃんは、敬太に懐いてるみたいやね。」 「そりゃ敬太が拾ってき・・・・。」 ゴスッ。 「ってーーーーーーーーーー。」 翔太の脳天に思い切り悠太の拳が落ち、身悶えた。 「何すんねん!」 「拾ってきたじゃなくて、連れて来た、やろが!」 「確かに。動物ちゃうんやから。」 さゆりがうんうんと頷いた。ここの教育は、何かが間違っている。 「で、かぐやちゃんは、円盤直すのにどれくらい時間かかるんかな?」 ゆっくりとさゆりはかぐやに問いかけた。言葉は一応通じたようだが、目処が立っていないのか、かぐやは首を傾げた。 「分からん・・・か。」 さゆりは腕を組んでうーんと唸った。 「まぁえっか。でも・・・突然この家に女の子が来たってこと分かったら、近所のおばちゃんたちがなぁ・・・。」 おばさんたちはなぜか噂好きな人が多い。男所帯の家族に突然美女が来たら、気づかれない訳がない。 「まぁ・・・それは遠い親戚を預かってるとか何とか言うて誤魔化すわ。」 悠太の申し出にさゆりは頷いた。 「そやね。納得するにしてもせんにしても、変に動揺したらすぐ感づかれるから。」 ふと隣に座っていた敬太に目をやる。頭をなでながら、注意をしておく。 「あんたは嘘つけん子やからなぁ・・・。でもこればっかりは、がんばって誤魔化すんやで?」 「う、うん。」 そして康太と翔太にも目を向ける。 「あんたらも・・・。」 言いかけて止まる。 「あんたらは大丈夫やな。」 「「どーゆーことや、さゆり姉ちゃん!」」 「口から先に生まれてきたってな。」 「ひどいわ・・・。」 「何で俺らこんな扱い・・・。」 そりゃ脇役だから。 「「ナレーションは黙っとれ!」」 ・・・・コホン。 さゆりは持ってきた大荷物を悠太に持ってこさせ、鞄を漁った。 「とりあえず・・・・服は何枚か持ってきてんけど・・・。明日買い物行こうな。」 さゆりがにっこりと微笑むと、かぐやも微笑んだ。多分意味は分かっていない。 「・・・さゆり。それだけ服あったら、十分ちゃうんか?」 後ろから荷物を見た悠太が、冷や汗をかいている。 「何言うてんの!女の子はおしゃれせなぁ。」 「それさゆり姉ちゃんがやりたいだけやろ。」 「何やて?」 ポツリと呟いた翔太に鬼の形相で睨み付ける。 「ひっ。何でもありましぇん!」 「敬太、明日は学校休みやろ?」 「え・・・でも部活が・・・。」 「どっちが大事?」 さゆりに睨まれると、何も口答えできなくなる。 「うぅ・・・・。」 「でもあれやな。イキナリ部活休んだら疑われるか。」 さゆりの呟きに、敬太はうんうんと頷いた。 「部活は何時まで?」 「朝から・・・夕方まで。」 「そんなやってどないするん?」 聞かれても困る。 「し、試合が近いから・・・・。」 「ふーん。って、あんた何やってたっけ?」 「バスケ。」 「・・・・。」 さゆりは何も言わず、微笑み、敬太の頭をなでた。 「・・・姉ちゃんひでぇ・・・。」 「何も言うてへんやん!」 「だってだって・・・哀れな目ぇしたぁぁぁ。」 「そんなことないって!」 さゆりが言い訳していると、楽しそうに康太と翔太が近づいてきた。そして肩をポンッと叩く。 「まぁしゃーないわ。敬太。」 「そうやな。お前だけチビやってのは、しゃーないって。」 「うわぁぁぁああん。」 敬太は悠太の後ろに隠れた。悠太は170にも満たない敬太の頭をなでた。 「大丈夫。まだ伸びるって。」 慰められても素直に喜べない。慰め手の悠太は185もあるし、康太や翔太も180以上ある。なのにまだ自分は170にもなってない。高校生なんだから、もっと伸び率よくてもいい気がする。 「兄ちゃんたちが俺の分の身長吸い取ったんやぁ。」 「無茶言うな。」 「なぁ・・・。」 そこで親父がやっと会話に入ってくる。 「かぐやちゃんほったらかしやで。」 その言葉に、一同我に返る。山野家では、敬太イジリは日常茶飯事なので、つい遊んでしまった。 「えーっと・・・。」 さゆりが話を修正しようと頭を回転させる。 「とりあえずお父さん、空いてる部屋ってあります?」 「あ、あぁ。客間が空いとるよ。」 「じゃあ、悠太、そこに布団持ってきて。二組ね。」 「分かった。」 テキパキと動き始め、敬太はさゆりが持って来た大荷物を客間に運んだ。 寝る準備も整い、さゆりとかぐやは客間でパジャマに着替えた。 さゆりはまじまじとかぐやを見た。どう見ても人間にしか見えない。本当に宇宙人なんだろうか? 「かぐやちゃん、ホンマに・・・宇宙人なんよね?」 かぐやはさゆりを見つめたまま、頷いた。 「・・・そっか。そうやな。敬太が嘘吐く訳ないしな。」 さゆりが納得していると、かぐやはふと窓の外を見た。月が綺麗に見える。かぐやは吸い込まれるように窓辺に近づいた。瞬く星を眺め、溜息を吐いた。 「帰りたい?」 さゆりの問いに、かぐやは頷いた。 「そうやんね。帰りたいよね。大丈夫!きっと帰れるから!」 さゆりが励ますと、かぐやは微笑んだ。 翌日の日曜日。敬太はいつものように部活に行き、その間にさゆりはかぐやと買い物に行くことにした。 もちろん荷物持ちの悠太も同伴である。康太が上手く逃げたため、翔太がさゆりに捕まった。 一番張り切っていたのはもちろんさゆりで、何を着せても似合うかぐやの服選びは丸1日かかった。 部活から帰った敬太が目にしたのは、今日買ってきた服の山だった。 「・・・これ、全部買ったん?」 「そうや。かぐやちゃん、何でも似合うからついねー。」 つい、でこんなにも買うものだろうか。さゆりの暴走は誰にも止められなかったらしい。 「ほら、敬太。ご飯にするから、着替えてき。」 「はーい。」 今日はさゆりお手製らしい。悠太のご飯も美味しいのだが、さゆりの料理も美味しい。敬太はさっさと自室に戻ると服を着替えてリビングに戻ってきた。 テーブルの上に並べられた料理に、敬太は思わず涎を垂らしそうになる。 「ほら、ボサッとしてんとお前も手伝え。」 悠太に怒られ、敬太も食器を運んだ。 全員が食卓につき、手を合わせる。 「「「いただきます。」」」 その言葉が合図になったように、敬太、康太、翔太はご飯をかき込んだ。 「お前ら・・・ちっとは大人しく食べろ。」 悠太が呆れながら注意するも、聞く耳は持っていないようだ。 そんな敬太たちを見て、かぐやは微笑んだ。だが悠太には寂しい笑顔に見えた。 かぐやはまるで御伽噺から飛び出した本当のかぐや姫のようだった。長い黒髪、大きな瞳、そして夜になると月を眺める姿。 「そりゃ帰りたいわな。」 かぐやを見つめていた敬太の背後から悠太が現れる。 「知らん星に来て、誰や分からんやつらに拾われて・・・円盤やって直るかどうかも分からんのやろ?」 悠太の問いに頷く。 「敬太、彼女のこと、ちゃんとフォローしたりや?」 「分かっとる。」 「早う自分んちに帰れたらええな。」 悠太の言葉に敬太は複雑に思いながらも頷いた。 翌日の早朝からかぐやは円盤の修理をする準備を始めた。広くはない山野家にある猫の額のような庭で円盤を取り出した。 敬太は円盤を吸い込んだ場面を見ていたので、そんなに驚かなかったが、悠太やさゆりたちは流石に驚いていた。 「まぁ・・・宇宙から来るくらいなんやから、もっそい技術が発達したとこなんやろな・・・。」 辛うじて悠太がそうコメントしただけだった。 「そういやかぐやって何歳なんやろ?」 悠太の問いに全員が顔を見合わせる。見た目には高校生に見えないこともない。 「お前、聞け。」 康太に命令され、敬太はしかめ面をした。 「えー。嫌や。」 「お前も気になるやろ!」 翔太にそう言われると頷かざるを得ない。 「いいから行け。」 康太と翔太に背中を押され、慶太はかぐやの隣に押し出された。それに気づいたかぐやはチラリとこちらを見て微笑んだ。敬太は顔が熱くなるのが分かった。 「あ・・・あのさ。」 かぐやはきょとんとした顔で敬太を見つめた。敬太は恥ずかしくて目を見れなかった。 「・・・仕事、何してたん?」 「あー・・・宇宙開発。」 思わぬ言葉が出てきたのに驚き、敬太は思わず顔を上げた。 「宇宙開発!?」 敬太の大きな声が響き、家の中から見守っていた悠太たちも驚いた。 「じゃあ・・・科学者か何か?」 敬太の問いに頷くかぐや。 「宇宙探索をしていたトキ、ワタシの船だけみんなとはぐれちゃって・・・。その上突然故障して・・・。」 そしてあの夜、敬太の目の前で墜落したのだ。 「な、なるほど。」 「きっと・・・みんな心配してる。早く、連絡取らないと・・・。」 かぐやの顔が曇る。本当は昨日から取り掛かりたかったのだろうが、さゆりに買い物に連れ去られたので、できなかったから余計かもしれない。 「だ、大丈夫やって!俺、学校帰ってきたら手伝うし!」 「ありがと。」 かぐやの笑顔に、敬太はノックダウンしかけた。 「敬太!早うせんと遅刻するで!」 悠太に呼ばれ、敬太は「分かっとる」と返事を返す。 「じゃあ、俺行ってくるわ。絶対、大丈夫やから!」 それしか言えない自分が歯がゆい。 「けーた。いってらっしゃい。」 かぐやに笑顔で言われ、敬太は嬉しくなった。 「行ってきます。」 その日の授業も部活も身が入らなかった。一日中かぐやのことが気になった。 部活が終わると、敬太は急いで家に帰ってきた。 「かぐや!」 夕食作りの手伝いをしていたかぐやは、呼ばれて振り返った。 「けーた。おかえり。」 にっこりと微笑むかぐやに、敬太の勢いが失せる。かわいすぎるその笑顔に力が抜ける。 「た、ただいま。」 敬太は気を取り直して、気になっていることを聞いた。 「どう?直せそう?」 「うん。少し、時間、かかるかもしれないけど、直せると思う。」 その言葉を聴いた敬太は、ホッとしたような寂しいような複雑な気分になった。 「よかったやん。俺も手伝うから。」 「ありがと。」 かぐやの笑顔に、敬太は気持ちを飲み込んだ。 翌日から敬太はなるべく学校から早く帰るようにした。部活も早々に切り上げ、かぐやの宇宙船の修理を手伝った。 敬太としては、かぐやに帰って欲しくはなかった。このまま居て欲しいと思った。 だが、かぐやの寂しげな顔を見る度、それが自分の我侭だと痛感した。 やっと気づいた。かぐやが好きになっている自分に。だけど伝えることなんてできない。伝えたとして何になる?彼女は自分の星へ帰らなければいけないのに。 「けーた。ありがと。」 修理を手伝うと、必ずかぐやはそう言った。その度に胸が痛んだ。 かぐやの笑顔を見たいがために、修理を手伝ってる。不純な動機なのに、かぐやの笑顔は純粋すぎて、敬太は苦笑いを浮かべることしかできなかった。 月を眺めるかぐやは相変わらず本当のかぐや姫のようだった。 「かぐや、風邪引くで。」 縁側に座り込んで月を眺めているかぐやに、敬太が上着を着せた。と言っても宇宙人が風邪を引くかどうかは分からない。 「ありがと。」 かぐやの笑顔に照れつつも、敬太はかぐやの隣に座った。 「かぐやのおった星ってどんなんやったん?」 「地球に少し似てるかも。」 「そうなんや。」 「うん。地球と違うのは、もっと機械的なのかな?」 「あー、そっか。宇宙開発してんねんもんな。」 かぐやはその言葉に頷いた。 「かぐやの星って地球とめっちゃ離れてんの?」 「あたしの星は何億光年も向こうにあるの。だけど、その何億光年もの距離をもっと短時間で移動できる手段を最近開発したの。」 「開発したって・・・かぐやがっ?」 かぐやははにかみながら頷いた。 「すげ・・・。」 「すごくないよ。あたしだけの力じゃないから。あたしはたくさんの科学者の一人に過ぎないもの。」 「いや、でもすごいって。」 「だけど・・・・見直しが必要になったわ。」 「え?」 「あたしだけはぐれちゃったってことは、欠陥があったってことだもの。何が悪かったのか見直さなきゃ。・・・帰れたらの話だけど・・・。」 沈んだ声でそう言ったかぐやを、敬太はどうにかして励ましたかった。 「大丈夫!帰れるって!宇宙船やってもうちょっとで直るんやろ?連絡取れたらすぐ帰れるよ!」 敬太がそう言うと、かぐやは笑顔を浮かべた。 そしてかぐやが山野家へやって来て三週間後。宇宙船の修理が終わった。 「できた。」 そう言ったかぐやは、敬太に笑顔を見せた。 「ホンマに?これで連絡取れる?」 「やってみる。」 かぐやは何やら機械を色々といじっていた。敬太はその様子を見守った。 かぐやが機械を触り始めて1分後、ラジオのチューニングをしているときのように雑音交じりで声が聞こえた。もちろん敬太には何を言っているのかは分からない。かぐやはその音に標準を合わせているようだ。 数分後、声がはっきりと聞こえるようになった。何を言ってるかはやっぱり分からないが。 「○☆□*※。」 かぐやが何やら話しかけると、向こうからも応答があった。 「繋がったん?」 そう聞いた敬太にかぐやは微笑んで頷いた。応答があった声に必死に呼びかけ、話が通じたようだった。 話し終わった後、かぐやは今まで見せたことのないような笑顔を見せた。 「迎えに来てくれるって。」 その言葉を素直に喜べない自分を押し殺し、敬太は微笑んだ。 「よかったやん。」 「うん。ありがとう。」 かぐやは極上の笑顔を見せた。 その夜。かぐやの宇宙船が直り、連絡が取れたことを山野家全員に知らせた。 「そっか。よかったな、かぐやちゃん。」 さゆりは少し寂しげな笑顔でそう言った。 「寂しくなるなぁ。」 寡黙な父がポツリと言うと、何だかしんみりしてしまった。 「でもさ、ホンマ自分の星に帰れるんやから、よかったやん。」 敬太は精一杯明るくそう言った。 「そうやな。いつまでもこの家には居れんのは、最初から分かってたことやし。」 悠太が敬太の言葉を拾ってそう言った。 「迎えにってことは、かぐやちゃんの宇宙船は完璧には直らんかったんやな。」 翔太がポツリと言う。 「何とか連絡は取れるようにはなったんやけど、やっぱ飛行は難しいって。」 修理を手伝った敬太が説明する。 「そっか。そらそうやわな。」 地面に墜落した話を敬太から聞いているので、損傷具合も何となく想像できる。 「かぐやちゃん。帰ったら一番に誰に会いたい?」 さゆりが興味津々に尋ねる。かぐやは少し悩みながらも口を開いた。 「恋人。」 「かぐやちゃん、恋人おったんや。」 さゆりは驚いた。一番驚いたのは、敬太だった。そんな話を一度も聞いたことなかったし、考えたこともなかった。 でも納得はできる。容姿端麗で、秀才。控えめな性格で、気配りできる。彼氏がいたっておかしくはない。いや、彼氏が居ない方がおかしい。 そんなことを考えていると、隣に居た悠太に頭を撫でられた。驚いて顔を上げると、悠太は哀れむような目をしていた。 (なんや。バレバレか。) 敬太はもう溜息しか出てこなかった。 「敬太、入ってもええか?」 寝る準備をしていると、悠太が部屋をノックした。 「ええよ。」 そう言うと悠太は部屋に入ってきた。 「何?」 「これ、お前の洗濯もん。」 「あー、ありがと。」 洗濯物を受けとり、タンスにしまう。 「なぁ。お前、かぐやちゃんのこと好きなんやろ?」 「え?」 突然の問いに固まってしまう。敬太は少しの間を置いて頷いた。 「そうか。やっぱりな。」 やっぱり悠太には分かってしまってたようだ。 「俺、バレバレやった?」 「いや。俺の勘がええだけや。」 「何やそれ。」 兄の言葉に思わず笑ってしまう。 「このままでええんか?」 その言葉に敬太はまた止まる。 「分からん。俺・・・どうしたらええんか分からん。」 「まぁ確かに複雑やとは思うけどさ。自分の気持ちを伝えるか伝えんかは、お前が決めることや。」 「うん・・・。」 「にしても、かぐやちゃん帰ったらホンマに寂しーなるな。」 「そうやね。」 敬太は苦笑した。悠太は敬太の頭をポンポンと優しく叩くと、部屋を出て行った。 かぐやの迎えが来たのはそれから一週間後だった。今日は満月。かぐやが墜落した日とちょうど同じような月が浮かんでいた。 敬太たちはかぐやと共に墜落した空き地で、迎えの船を待っていた。 あれから敬太は、悩みに悩んだ挙句、気持ちを伝えないままでいようと決めた。もし伝えてしまったら、かぐやを困らせることになってしまう。それだけはしたくなかった。 空き地で待つこと1時間。空からゆっくりと宇宙船が降りてきた。まるで映画を見ているような気分になる。宇宙船はかぐやのとは比べ物にならないほど大きなもので、かぐやが言うにはこれが母船らしい。 その母船から、一人降りてきた。かぐやはその人物を認めると、すぐに走り出した。抱き合うその姿はまるで映画の一シーンのようで、敬太は思わず見入ってしまった。 しかしその人物がかぐやの恋人であることは、すぐに分かった。かぐやの顔を見ればそれくらい分かる。 「けーた、みんな、今まで本当にありがとう。」 かぐやは全員に向かって一礼した。かぐやの恋人も一礼する。 「ご親切にしていただいたみたいで、本当にありがとうございます。」 日本語を喋った事に驚いたが、かぐやの手を取っていることからすると、かぐやと同じ方法で言葉を習得したんだと気づく。 「いえ。彼女と一緒に過ごせて、本当に楽しかったです。こちらこそありがとう。」 悠太が代表して答える。 「気をつけてね。」 さゆりはかぐやを抱きしめて言った。それぞれがかぐやに別れの挨拶を告げる。 敬太の番になり、敬太は何を言おうか迷った。 「元気で・・・。今度は墜落せんようにな。」 精一杯の笑顔でそう言うと、かぐやは微笑み、敬太の頬に優しくキスをした。 「けーた。ありがとう。」 今まで何度となく聞いたその言葉は、敬太の心に一番響いた。泣きたい気持ちを抑え、かぐやが宇宙船に乗り込むのを見守る。 かぐやを乗せた船はゆっくりと上昇すると、流れ星のように消え去った。 「早っ!」 そのスピードに思わずそう言ってしまう。 「寂しくなったな。」 「意外とあっさりしてたな。」 翔太や康太がそう言いながら、家の方へ足を向ける。 「敬太。」 立ち尽くす敬太に悠太が優しく声をかける。ポンポンと優しく頭を叩かれ敬太は振り返ると、悠太に抱きついた。 「がんばったな。」 悠太の優しい声に敬太は我慢していた涙を流した。 満月になると思い出す。 不思議な夢のようなあの日を。 |