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『明日は、必ずやって来るのだろうか?』 こんなことを考え始めたのは、彼女に出会ってからだ。 それまでの俺は、ただ当たり前に毎日を過ごしていた。健康な体を持ち、将来のことを特に考えることもなく、明日がやって来るかどうかなんて疑ったことすらなかった。 ある時、俺は盲腸で入院した。手術も成功し、後は経過を見るだけだった。それまで大きな病気をしたことが無かった俺は、退屈なだけの入院生活に飽き飽きしていた。学校の友達が見舞いに来てくれたり、家族が妙に優しいのも、気を使わせているみたいで嫌だった。 彼女に出会ったのは、俺が退院する一週間前のことだった。 俺は誰も来ないと分かっている午前中、散歩にでも行こうと思い病室を出た。あの病室に居ても、何もすることないし、テレビを見るのにも飽きていた。 気分転換になるだろうと、外の空気を吸うことにしたのだ。 空は快晴。雲一つ無い秋空だった。暑かった夏が過ぎ、涼しい風が吹き抜ける。俺はベンチに座り、ただぼんやりと空を眺めていた。 「何やってんだろ・・・・・・俺・・・・・・」 今頃なら普通に学校に行って、「だりぃ」とか言いながら授業を受けている時間だ。病気のためとはいえ、病院に居ることがいい加減嫌になってきた。学校の方がマシに思えてくる。 「ねぇ、貴方も入院してるの?」 突然話しかけられ、俺は驚きながら声の主を探す。そこには色の白い、今にも壊れてしまいそうなほど華奢な女の子が立っていた。 「あ、あぁ。そうだけど?」 「そうなんだ。ここいい?」 頷くと、女の子は嬉しそうに俺の隣に座った。 「君は? 君も入院してるの?」 そう尋ねると、彼女は頷いた。 「生まれたときからここに居るの。だから家みたいなものなのかな?」 そう言って彼女は苦笑いを浮かべた。 「生まれたときから?」 「うん。先天性の病気でね。あ、あたし、佐倉由依。よろしくね」 由依が自己紹介をしたので、俺も慌てて自己紹介をする。 「俺は藤原慶樹。よろしく」 「慶樹くんか。同い年・・・・・・くらいかな?」 「俺は十六。高一だよ」 「あ、じゃあ慶樹くんの方が一つ年上だね」 そう言いながら、由依は微笑んだ。 「じゃあ中三?」 「うん。って言っても院内学級しか行った事ないんだけどね」 由依は下を向いた。次の瞬間、顔を思い切り上げ、俺の顔を見た。 「ねぇ。学校ってどんな感じ? 先生って優しい? 友達ってたくさんいる?」 矢継ぎ早にされる質問に俺は戸惑った。 「そんな一気に質問されても・・・・・・」 「あ、そうよね。ごめんなさい」 由依は反省したように俯いた。クルクルと変わる彼女の表情が、何だか可愛い。 「学校は・・・・・・何て説明したらいいのかな? 決められた時間に行って、決められたことを勉強して・・・・・・」 「つまらない?」 「って思うだろ? でも先生によっちゃ面白い授業もあるし、休み時間とかには友達と馬鹿なことやったりして結構楽しいよ」 「そっかぁ・・・・・・」 由依は溜息と共に言葉を吐いた。 「やっぱり・・・・・・楽しいんだねぇ」 由依の言葉にハッとした。由依は学校に行けないんだった。こんな話しない方がよかったかもしれない。しまったなぁと思いつつ、思わず口が動く。 「院内学級はつまんない?」 「ううん。とっても楽しいよ。でも・・・・・・体調がいい時しか行けないし・・・・・・」 彼女が曖昧に笑う。 「今はいいの? 体調」 「うん。病室抜け出して来ちゃった」 由依はえへへと笑った。何て明るく笑う子なんだろう。それが彼女の印象だった。 「由依ちゃん!」 突然大声で呼ばれ、俺たちは声がした方へ向いた。 「あ・・・・・・山田さん」 看護師がこっちを見て怒っている。どうやら勝手に病室を抜け出した由依を探しに来たらしい。 「もう。勝手に居なくなったりして!」 看護師が小走りに近づいてくる。由依は悪びれた様子もなく言った。 「ごめんなさい。外の風に当たりたくなったの」 「まったく・・・・・・お散歩するなら私に言ってくれればいいのに。心配するでしょ。あら? お友達?」 俺に気づいた看護師が由依に問うと、由依は嬉しそうに頷いた。 「うん。ナンパしちゃった」 由依の言葉に驚きすぎて俺は言葉を失った。 「どこでそんな言葉覚えて来るんだか。由依ちゃん、病室戻りましょ。風邪を引いたら大変だわ。貴方も病室戻った方がいいわよ」 「あ、はい」 「慶樹くん。またね」 由依は笑顔でそう言いながら手を振った。俺も「またな」と手を振り、由依が帰っていく後姿をずっと見つめていた。 翌日、昨日と同じ時間に病室を抜け出し、俺は昨日由依と出会ったベンチに座った。何故か彼女と話をしたくなったのだ。 昨日は突然の事で、病室を聞くのを忘れていた。聞いたところで行くのも恥ずかしいんだけど。でもここに居ればもしかしたら会えるかもしれない。 淡い期待は抱かない方がいい。お昼近くになっても彼女は現れなかった。 このまま外にずっと居たら本当に風邪を引くかもしれない。俺は病室に戻ろうと立ち上がった。 「慶樹くん」 声の主を辿ると、そこに由依が居た。まさか本当に来るとは思ってもみなかった。 「また病室抜け出したの?」 俺が意地悪く聞くと、由依はえへへと笑った。 「また看護師さんに怒られるよ?」 「だって・・・・・・慶樹くんが見えたから」 「え?」 思ってもみない言葉に驚く。 「病室の窓から慶樹くんが見えたの。だから来ちゃった」 そう言って笑う彼女。俺は少し・・・・・・いや、かなり嬉しかった。 「あ、ありがと」 照れながらそう言うと由依は笑った。 「あ、看護師さんが心配したらいけないから、由依の病室行こうか?」 「うん」 俺は由依と二人で由依の病室に戻り、そこで他愛のない話をした。 時間はあっという間に過ぎた。由依の体調も考えて、あまり長居をしないようにしたからかもしれないけど。 それから数日が経ち、ようやく俺も退院することになった。明日退院する事を告げると、由依は少し寂しそうな顔をした。 「そっかぁ。せっかく友達になれたのにね」 「あー、お見舞い、来るよ」 由依のあまりにも悲しそうな顔に思わずそう言っていた。すると由依の顔は一瞬にして明るくなる。そして念を押すように聞いてきた。 「ほんと? ほんとに来てくれる?」 「ああ。約束」 俺が小指を差し出すと、由依が細い小指を絡めた。 「嘘ついたら針千本だよ?」 由依は笑いながら指切りをした。 それから俺は約束通り、毎日由依の病室に通った。学校帰りに必ず寄り、日曜日も通い続けた。 そんな俺を由依は喜んでくれていた。病室から俺の姿を見つけると、体調がいい日はベッドの上に座って待っていてくれた。 いつの間にか由依と話すことが自分の日課になっていた。由依の笑顔を見たいがために、毎日通っていたのかもしれない。 俺は知らないうちに、由依に惹かれていた。 しかし由依の病気を知って、俺は愕然とした。治療のしようがないと言うのだ。悪化はしても良くはならないらしい。由依の母親がこっそり教えてくれた。本人は知らないのだという。だけどもしかしたら、由依は気づいているのかもしれない。 だからこそ俺は一秒でも長く由依の傍に居たいと思った。 冬が近づいてきたある日。開け放たれた病室のドアを覗くとベッドに横たわったままの由依が窓の外を見ていた。 「由依?」 近づいて声をかけると、由依はこちらを向いた。 「あ、いらっしゃい」 笑顔だったが、心なしか元気がないように思えた。顔色も少し悪いようだ。 「具合・・・・・・悪いの?」 「少しね。・・・・・・今日は横になったままでいいかな?」 「もちろん。病人なんだから無理しなくていいよ」 「ありがとう」 いつもの微笑みだが、やはり力がない。俺は話題を探した。 「さっき、何見てたの?」 そう尋ねると、由依はまた窓の方に顔を向け、力なく外を指を差す。 「あそこの木」 由依が指差した先には、寂しそうに一本の木が立っていた。舞い散る枯葉を見て、俺は居たたまれなくなった。 あの木の葉がすべて落ちる頃には、由依は居ないかもしれない。そんなことが脳裏に浮かび、俺は頭を振った。そんなこと、考えてはいけない。 由依はその木をずっと寂しそうに見つめていた。いつでも明るく笑っていた由依。 今、由依は何を思ってるんだろう? それから一週間後。少し病院に行くのがいつもより遅くなった。由依が待っているはずだと思い、歩を早める。 病室に着くと、由依は窓にへばりつくように外を眺めていた。 「由依。風邪引くよ?」 由依に話しかけると、由依は窓の外を見たまま力なく口を開いた。 「風、強いの?」 「うーん。少し強いかも。どうかしたの?」 「ううん。何でもない」 由依はそう言いながら、いつものようにベッドの上に座った。俺は椅子に腰掛ける。 ふと窓の外を見ると、風に煽られた木の葉が大量に舞っていた。由依はこれを見ていたんだろう。 激しい風が悪戯に揺らした木の葉は、由依の心をも揺らしていた。 「由依?」 様子がおかしい由依を覗き込むと、目にいっぱいの涙が溜まっていた。俺はぎょっとした。 「由依? 大丈夫? どこか具合悪いの?」 俺が焦って問いかけると、由依は無言で首を横に振った。 「・・・・・・い・・・・・・」 「え?」 か細い声が聞き取れなかったので、聞き返すと、由依の目に溜まった涙が零れた。 「怖い・・・・・・」 そこにはいつも明るい由依ではなく、病気と闘い、死と向き合ってきた女の子が居た。 そうだ。由依は俺に心配をかけないように、ずっと明るく振舞ってきたんだ。今更ながらにそんな事に気づく。 目の前で泣いている由依を俺は思わず抱きしめた。 自分でもよく大胆な事ができたなと思う。由依は驚いたようだったが、俺の腕の中でずっと堪えていた涙を流した。 そこで初めて俺は由依の事が好きなんだと気づいた。 でも気づいたからと言って簡単に口には出せない。由依を困らせるかもしれない。 俺が由依にできることは何だろう? それから俺はいろんな事を考えるようになった。自分が由依に出来る事、これからの事。 由依は一日一日を大切に生きていた。それは自分の病気のことについて、気づいているからかもしれない。 普通の人には当たり前のようにやって来る明日が、由依には……。 そう考え、俺は無駄に過ごしてきた日々を悔やむようになっていた。 でも今更悔やんでも仕方がないと分かっている。これからは由依のように毎日を大切に生きよう。そう心に強く誓った。 俺は相変わらず毎日由依の病室を訪ねた。俺が由依に出来る唯一の事。毎日病室に行って由依の話し相手になること。 由依の両親は俺が毎日話し相手になっているのを、喜んでくれた。俺が病室に通うようになって、由依が明るくなったと言うのだ。 それは俺にとっても嬉しかった。由依が喜んでくれるならと、俺は毎日病室に通った。 時々お土産を持って現れると、由依は本当に嬉しそうに笑ってくれた。 そんな由依の病気は、治るどころか確実に進行していた。由依の傍に居る事しか出来ない自分が歯痒かった。 由依と居る間は笑顔で居ようと心がけた。他愛もない話をして笑い合った。 天気がいい日は、由依を車椅子に乗せ、外を散歩した。あまり長く外には居られないがそれでも病室の中に閉じこもっているよりは全然いい。 ポカポカして気持ちいいのか、由依も自然に笑顔になっていた。怖いと泣いたあの日とは大違いだ。 俺はふと思い立ち、携帯を取り出した。 「ゆーい」 振り返った瞬間、シャッターを押す。 「え? 何?」 「よし。保存」 「え? ちょ、ちょっと慶樹くん、何したの?」 まだ分かっていない由依に携帯画面を見せる。 「写真、撮ったんだ」 「えー? あたし変な顔してるー」 写真を見て、由依が文句を言う。 「そんなことないって」 そう宥めたが、由依はぷぅと頬を膨らませた。 「そんなことあるよぉ。撮り直して」 「分かったよ」 由依がふてくされるので、もう一度カメラを起動させる。 「ねぇ、慶樹くんも一緒に撮ろうよ」 由依に袖を引っ張られる。 「え? 俺も入るの?」 「だってあたし一人じゃおもしろくないもん」 またぷぅーと頬を膨らます。何だかかわいい。 「分かった」 俺は観念し、フレームに納まるように由依に顔を近づけた。 「いくよー。はい、チーズ」 パシャ。 シャッター音が響く。ツーショットで撮るなんてすごく恥ずかしいけど、かなり嬉しかった。 「これでいい?」 由依に画面を見せると、由依は笑顔で頷いた。 「それって、現像できるの?」 「うん。カメラ屋さん行けばすぐできるよ」 「その写真欲しいな」 「分かった。じゃあ明日持ってくる」 「ありがとう」 由依は本当にうれしそうに笑った。 翌日。俺は早速写真屋さんに行って、携帯画像を現像することにした。文明の利器ってのは便利なもんだ。由依の分と自分の分との二枚現像する。 由依は俺なんかとのツーショットで、喜んでくれるんだろうか? そんなことを考えながら、病院へと歩を速めた。 由依に早速写真を手渡す。 「わぁ。ありがとう!」 「どういたしまして」 彼女の笑顔が見れて、俺はホッとした。 「大切にするね」 由依は写真を胸に当て、俺に笑顔を向けた。 「でも俺なんかとのツーショットでよかったの?」 「もちろん」 嬉しそうに頷かれ、何だか照れる。俺もこの写真を大切にしよう。 その日はいつもより寒く、冬の訪れを告げる初雪が降り始めた。 いつものように病院に向かう途中、俺は嫌な予感に襲われる。何だか胸騒ぎが止まらなかった。 俺は由依の病室へと急いだ。 病室の前には由依の両親が立っていた。開け放たれた病室を見ると、医師や看護師たちが慌ただしく動いている。 何が起こっているのか分からず、俺はその場に立ち尽くしていた。 「慶樹くん。来てくれたのね」 由依の母親に声をかけられ、顔を向ける。 「あの・・・・・・由依は・・・・・・?」 「容態が急変したの。お医者様が言うには・・・・・・今夜が・・・・・・山かもしれないって・・・・・・」 その言葉に俺は全身の力が抜けて行ったように感じた。壁に寄りかかって、体を支える。 「そ・・・・・・んな・・・・・・」 それしか言葉が出てこなかった。 昨日笑っていたじゃないか。由依はあんなにも楽しそうに俺の他愛もない話に笑ってくれてたじゃないか。 なのに・・・・・・どうして・・・・・・? それからの時間がとてつもなく長く感じた。 俺はそれまで信じてなかった神様に祈った。 神様・・・・・・どうか・・・・・・由依を・・・・・・由依を助けてください。 俺・・・・・・由依に何もしてあげられてないよ。 今まで経験した事ないくらい胸が苦しい。自然と涙が溢れ出てくる。 俺に見せてくれていた由依の姿が映画のフィルムのように頭の中を流れた。 透き通るような白い肌。色素の薄い髪。抱きしめたら壊れてしまいそうな華奢な体。そして太陽のように明るい由依の笑顔。 そのすべてが消えてしまう気がした。 恐ろしい白昼夢に俺は嫌な汗を掻いていた。 「慶樹くん。由依ちゃんが・・・・・・呼んでるわ」 看護師の山田さんが俺を呼びに来た。 俺が病室に入ると、由依の周りに居た医師たちが場所を譲ってくれる。俺は由依に駆け寄った。力なく手を差し出され、俺は由依の手を握った。 「・・・・・・由依・・・・・・」 言いたい事はたくさんあるはずなのに、上手く言葉にならない。 由依の唇が動くのを見て、その声を聞き取ろうと俺は顔を近づけた。微かに聞こえた由依の声。 「・・・・・・会えて・・・・・・よ・・・・・・かった・・・・・・」 今にも消えてしまいそうな声に胸が苦しくなる。由依は苦しそうに顔を歪めながらも笑顔を見せてくれた。 その笑顔に俺は堪え切れず、涙が零れた。それでも由依が笑顔を見せてくれているのだからと、俺も必死に笑顔を作った。 そしてまた由依の唇が何かを伝えようとしていた。俺は聞き取ろうとしたが、聞き取れなかったので、唇を読むことにした。 そして言い終わると由依は最後にニコっといつものように微笑み、静かに息を引き取った。 「由依? ・・・・・・由依!!」 呼びかけても、もう笑ってくれない。 「由依ぃぃぃぃいいいいい!!!」 由依は二度と目を覚ますことはなかった。その顔はとても穏かだった。 由依の通夜の日。横たわる由依を見ていたら、また由依が目を覚ますかのような錯覚に陥っていた。 由依が死んだなんて信じたくなかった。ただ眠っているだけで、朝が来たら目を覚ますんじゃないか、なんて現実味のないことを考えていた。 その日俺はずっと由依の傍に居た。 由依の葬儀が始まる前、俺は由依の母親から一冊のノートを渡された。由依が毎日書いていた物だと言う。 両親にすら見せなかったそのノートを受け取り、ページをめくる。 そこには、俺と出会う前からの日記が綴られていた。 由依は俺を見た時から友達になりたいと思っていてくれたらしい。どうやって声をかけようかと悩んでいることや、やっと声をかけて友達になれたと喜んでいることが書かれていた。 そして俺が毎日見舞いに行ったことを、本当に嬉しそうに書いていた。携帯で撮ったツーショット写真を大切にしようと思っていることなど、そこには由依の俺への想いが綴られていた。 由依の気持ちが流れ込んでくるようだった。涙が込み上げてくるのを必死に抑えた。 最後のページをめくると、中から封筒が落ちてきた。拾ってみると、俺宛の手紙だった。封を開けて読む。 『これを慶樹くんが見る頃には、私はこの世にもう居ないんだろうね。慶樹くんに会えてからの毎日は本当に楽しくて、あっという間に時間が過ぎてた。私なんかのために毎日お見舞いに来てくれてありがとう。本当に嬉しかったよ。慶樹くんが会いに来てくれるから、辛い治療も乗り越えられたんだと思う。本当にありがとう。何度言ってもきっと足りない。ずっと言えなかったけど、慶樹くんのこと大好きだよ。』 最後の言葉に、俺は胸を締め付けられた。由依も俺と同じ気持ちで居てくれたのだ。俺はふと由依の唇が最期に描いた文字を思い出した。 そうあれは紛れもなく『大好きだよ』と言う言葉だった。 それなのに俺が臆病なばっかりに、由依に気持ちを伝えられなかった。悔やんでも悔やみ切れない。 俺は一人になれる場所を探し、そこで由依の日記と手紙を見ながら、これでもかというほど涙を流した。 親族に混じって、俺も献花をさせてもらった。由依の顔を見るとまた涙が溢れてきた。 由依の母親が由依が大切に持っていた俺とのツーショット写真を胸元に置く。 あの日、携帯で写真を撮ったのは、由依を永遠に収めておきたいと思ったからかもしれない。 由依が煙になって、天へと昇って行くのを見つめながら、俺は由依に報告をした。 「俺、由依のような病気で苦しんでる人のために、薬を開発する人になるよ。一人でも由依のような人を救いたいから・・・・・・。これが俺にできる、唯一の事だと思うから」 涙を堪えながら報告すると、空で由依が笑っているような気がした。 それから俺は死に物狂いで勉強をした。 それでも辛いとは思わなかった。由依が傍で見守ってくれているような気がした。 時折苦しくなっても、あの写真を見ると、何だか落ち着いた。 まるで夢のように過ぎ去った時間。だけど彼女と出会えた数ヶ月間は、今までの人生の中で一番大切で貴重な時間だ。 由依に出会わなかったらきっと今の自分は居ないだろう。今まで無駄に過ごしてきた分、これからは一日も無駄にしないように生きようと誓った。 俺が生きている今日は、由依が生きたいと願った明日なのだ。 それでも時には逃げ出したくなるようなこともある。 そんな時、俺はこう自問するようにしている。 『明日は、必ずやって来るのだろうか?』 |