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バレンタインデー。それは日本中の、いや世界中の人たちが心待ちにしている一大行事である。
そしてこの三人もやはりこのイベントに参加すべく、プレゼントを作成していた。

バレンタイン前日。いつものように日向家のキッチンに三人の姿があった。
「二人とも決まった?」
葵はダイニングテーブルに向かい合って座っている美佳と香織を交互に見やった。二人はレシピ本を見ながら唸った。
「うーん。これもおいしそうだなぁ」
「悩むよねぇ」
「二人とも、自分で食べるんじゃないんだからね?」
葵が一言突っ込んでおく。
「わ、分かってるよ」
美佳が慌てる。
「うーん。龍二、あんま甘いの好きじゃないからなぁ・・・」
香織はまだレシピと睨めっこしている。
「てか龍二が今更チョコもらって嬉しいのかなぁ」
「なーに言ってんですかっ!チョコもらって嬉しくない男がいる訳ないでしょ!」
弱気な発言をする香織になぜか美佳が力説する。
「そういうもん?」
「そういうもんです」
香織の問いに美佳が物凄く自信たっぷりに頷いた。
「甘くないチョコなら、ビターチョコを使った簡単なのがありますよ」
葵が提案する。
「お酒のおつまみとかにいいかも」
葵は香織にそのレシピを見せた。写真入りのレシピを見て驚く。
「ちょっと!これめちゃ簡単じゃない!」
「ええ。一分くらいでできちゃいます」
「それってどうなの?」
あっさり答える葵に香織がツッコむ。
「あまりに簡単すぎたら手抜きって思われない?」
「別に過程見られてる訳じゃないですし。美味しいんですよ?」
香織は何だかんだでこだわりたいらしいが、葵の一言に心が揺らぐ。
「じゃあこれを龍二の分にして、もう一個龍哉の分作ろうかなぁ」
「それいいですね」
葵が香織の意見に同意する。香織はまたパラパラと本をめくり始める。
「美佳は決まった?」
美佳に視線を向けると、何やら眉間に皺を寄せて物凄く悩んでいた。
「うーん。どれにしようかなぁ」
「自分が作ってみたいって言うのはある?」
「どれも手順的には同じだしなぁ。好みなんて分かんないし・・・」
美佳が呟いた言葉を香織は聞き逃さなかった。
「ねぇ。美佳ちゃんって誰か本命いるの?」
「へ?」
突然聞かれ、美佳が動揺する。しかしすぐにヘラッと笑った。
「いませんよぉ」
「えー。あやしー」
香織の目が思い切り美佳を疑っている。
「どうせあたしには本命いませんよー」
「じゃあ美佳ちゃんは誰に作るの?」
「え?」
香織にツッコまれ、一瞬返す言葉に詰まる。
「そ、そりゃあ、龍二さんと亮くん以外のメンバーですよ!義理くらいあげないと可哀相でしょ?」
「ふーん」
香織はつまらなさそうに返事をした。
「まぁまぁ。とりあえず作るものが決まったなら、材料揃えて作りましょうよ」
「そうね」
葵の言葉に二人は出かける準備を始めた。

三人とお昼寝をしていた龍哉を加えた四人で、材料を買い揃えた。
「はー。チョコ売り場恐ろしいことになってたわね」
香織がぐったりしている。まるで戦争のようだった。メインであるチョコレートはお菓子売り場に売ってある板チョコを買ってきたのだが、プレゼント用のチョコ売り場が女性で埋め尽くされていたのだ。
「まぁバレンタイン前日ですからねぇ」
葵は材料を袋から取り出しながら言った。
「皆明日の決戦に備えて大変なんですよ」
美佳も材料を揃えながら付け足した。年に一度のイベントに女性たちの気合が入っているのだ。
「見事にお菓子業界に踊らされてるわねぇ」
香織がぼやく。
「そういうあたしたちは何なんですか・・・」
香織に美佳がツッコんだ。思い切り準備をしているではないか。
「まぁ女の子にとって一番大事な行事って言うのは変わりないわね」
「都合いいなぁ」
香織の言い分に美佳が呆れた。
「そういう美佳ちゃんだって義理しかいないとか言いつつしっかり参加してるじゃない?」
「こういうのは準備するのが楽しいんです」
香織の意地悪な言葉を物ともしない。
「では材料が揃ったので、作りますか」
葵が提案すると、二人は急にかしこまった。
「「お願いします。先生」」
なぜか深々と頭を下げられる。
「先生はやめてよ」
「今日は葵先生に習って美味しいチョコを作るであります」
「美佳は何キャラなの?」
葵にツッコまれるが、気にしない。
「よーし、がんばろうねー」
三人は気合を入れてチョコ作りを始めた。

そして数時間後。あとは冷やすだけの手順になり、三人はようやく休憩を取ることにした。
「問題は葵ちゃんがどうやって亮に渡すか、よね?」
香織は葵の顔を見つめた。付き合っているとは言え、なかなか会えない状況なのだ。
「手っ取り早いのは龍二から渡してもらう、だけど。それじゃ意味ないしね」
香織は溜息をついた。
「やっぱり直接手渡しですよねぇ」
美佳も溜息をついた。
「でもそんなの無理だし・・・」
「何弱気なこと言ってんの!?」
葵の言葉に美佳が声を上げる。
「直接手渡ししないと気持ち、伝わんないよ?」
「そう・・・だけど」
美佳の言い分も分かるが、状況が状況だけにそれが難しいとすぐに分かる。
「あたしにいい考えがある!」
美佳が妙に自信たっぷりに叫んだ。
「明日、絶対亮くんに手渡しするんだよ!あたしは準備してくるから!チョコは明日ラッピングしに来る!」
そう言うと、美佳はあっという間に帰って行った。
「香織さん、あたし物凄く嫌な予感がするんですけど」
「同じく」


そして翌日。美佳は午後に昨日作ったチョコレートをラッピングしにやってきた。
「よし、完璧」
美佳は自分でラッピングしたプレゼントを見て、満足した。
「ねぇ、美佳。どうやって手渡しするの?」
葵が尋ねると、美佳はニッと笑った。
「今日の六時。うちに来て」
「え?美佳の家に?」
「そう。呼んでおいたから」
日向の家ではマスコミが嗅ぎつければバレてしまうが、美佳の家はBLACK DRAGONが所属する事務所の社長宅だ。そうそう怪しまれはしないだろう。
「それからちゃんとおしゃれしてくること。」
「え?」
「久しぶりに会うんだから、可愛くしてきなさいよぉ」
「え?でも・・・」
矢継ぎ早に言われ、葵は戸惑った。
「あ、やっぱり葵。今からうちに来なさい」
「へ?」
「服のコーディネートしてあげるから。どうせ葵、可愛い服なんて持ってないだろうし」
そこは反論できない。
「でも、香織さんがまだ・・・」
今日ラッピングをしに来る約束なのだ。
「大丈夫よ。ラッピングはあたしがやっておくから。電話しておけば大丈夫。香織さんだって呼ぶんだから」
美佳はそう言いながら、香織の分のプレゼントのラッピングを始めた。ちなみにラッピング材は昨日材料を買い揃える際に買っておいたのだ。
「葵は出かける用意だけしておいで〜」
結局美佳に全て決められてしまった。こうなると止められない。葵は観念して出かける用意をしに自分の部屋に戻った。

「ねぇ・・・美佳?」
「ん?」
美佳は嬉々として葵の服を選んでいる。
「可愛い服を着ておしゃれをしろって言うのは分かるんだけど」
「うん?あ、こっちのがいいかなぁ?」
美佳は選んだ服を葵に宛がっている。
「何でドレスを選んでるの?」
そう尋ねると美佳はきょとんとした。
「あれ?言ってなかったっけ?」
「何?」
「今日パーティー開くのよ」
「は!?」
美佳のとんでもない発言に葵は思わず叫んでしまった。
「パ、パーティーって何で?」
「何でってただメンバー呼び出すだけじゃおもしろくないじゃない」
「そういう問題?」
「そういう問題」
美佳の笑顔に葵は呆れて言葉も出てこない。
「今回はメンバーだけじゃなくて事務所のアーティストで来れる人呼んだから、カモフラージュばっちりよ」
美佳がえっへんと威張った。
「ちょっと・・・。カモフラージュはいいとして、余計に亮くんに渡せなくなるじゃない」
葵と亮が親しくしていれば、それこそバレてしまう。
「大丈夫。二人にはとっておきを用意してるから」
「とっておき?とっておきって何?」
葵が問うと、美佳は自分の唇に人差し指を置いた。
「内緒。あとのお楽しみ」
「何それ・・・」
葵が呆れても美佳は動じない。
「ほら、葵。これ着て」
葵は仕方なく美佳に手渡されたドレスを着ることにした。

そして六時。続々と水嶋家にアーティストが現われた。パーティー会場の大広間は徐々に埋め尽くされて行く。
「ねぇ。美佳。本当に大丈夫なの?」
「何が?」
「こんないきなりパーティー開いて。亮くんたち忙しいのに・・・」
思いついたのが前日なのだ。いくらスケジュール調整をしても難しいだろう。
「そこは響さんの腕の見せ所よね」
思い切りマネージャーの響が被害を被っている。
「響さんかわいそう・・・」
「何か言った?」
葵の呟きに美佳が睨みを効かせる。
「何でもない」
葵は顔を背けた。例え亮が来たとしても、こんな状況で本当に渡せるのだろうか?
不安が過ぎる。下手すれば、来られないかもしれない。
(どうか来てくれますように)
葵はそう祈らずにはいられなかった。

そして六時半になり、いよいよパーティが始まる。しかし亮はおろか他のメンバーもまだ現われない。社長である美佳の父が挨拶をする。
「今日は突然のパーティーに出席ありがとう。今日はバレンタインということもある。と言う訳で(ねぎら)いの意を込めて特製スイーツをたくさん用意した。料理ももちろんだが、どんどん食べてくれ。」
社長が挨拶すると、出席者が拍手をした。挨拶が終わると立食パーティーが幕を開ける。
「よく思いついたわね。パーティーなんて」
香織が龍哉を抱いて登場する。
「あ、香織さん。いらっしゃい。はい。チョコ」
「ありがとう」
美佳からラッピングされたチョコを受け取る。
「まだ来てないみたいね?」
香織が辺りを見回して言った。
「仕事が押してるのかも。まぁ終わるまでには来るように響さん脅しておいたから大丈夫」
「脅すって・・・美佳何したの・・・」
美佳の恐ろしい言動に葵の顔が真っ青になる。
「んー。『首切られたくなかったら絶対連れて来い』って」
「鬼・・・」
「やだぁ。冗談に決まってるじゃない。あたしにそんな権限ないわよ」
美佳はケラケラと笑った。
「美佳にはなくても、おじさんにはあるでしょ」
葵が溜息をつく。何だかとっても響がかわいそうになってきた。今頃青い顔をしながら仕事を終わらせようとしてるだろう。
「まぁ皆来るまではあたしたちもパーティーを楽しみましょ」
美佳は葵たちを連れて用意された料理に手をつけ始めた。

「来ないわね」
香織が会場を見渡す。美佳も会場を見渡して唸った。
「うーん。そろそろ来てもいい頃なんだけどなぁ」
時刻は八時を過ぎていた。多忙を極める出席者たちは入れ替わりが激しい。
「あ、いたいた。葵ちゃん」
突然呼ぶ声がしたので、葵が振り返ると、そこに居たのは双子の弟たちだった。
「快、直。仕事終わったの?」
「うん。でもびっくりした。パーティー開くなんて」
直人が笑った。
「あたしもびっくりしたよ。イキナリなんだもん」
「ほんと、急だったよねぇ」
葵の言葉に直人が頷いた。
「何よ。何か文句でも?」
パーティーの首謀者、美佳が睨んでいる。
「やっぱりお前が主犯か。」
快人がまるで犯罪者のように言う。
「あたしは犯罪者か」
「似たようなもんじゃね?」
美佳の返しに快人が(わら)う。
「あんだってぇ?」
「やめなさいって」
快人と美佳の戦いが始まりそうだったのを、葵が間に入って止める。
「せっかくのパーティー、台無しにする気?」
葵の言葉に二人は突っかかるのを辞めた。
「でも何で急にパーティーを?」
直人が話題を戻す。
「今日、何の日か知ってる?」
美佳の問いに直人と快人が顔を見合わせた。
「「バレンタインデー?」」
「そう。バレンタインデー。女の子の一年に一度の決戦の日!」
段々美佳のボルテージが上がってきた。
「手作りチョコを手渡す!これがバレンタインデー!そうよね?!」
なぜか同意を求められ、快人と直人は勢いに押されとりあえず頷いた。
「手渡すことに意味があるの。郵送や他の人を介してなんて言語道断!」
何だか段々テンションがマックスになってきた。
「美佳、声が大きいよ」
ざわつく会場に葵が囁く。美佳はコホンと咳払いをして落ち着く。そし今度はて快人と直人に小さな声で言った。
「これは葵のために開いたパーティーなのよ」
「葵ちゃんのため?」
美佳の言葉を直人が繰り返した。
「そうよ。せっかく彼氏ができたのに、バレンタインのチョコも渡せないなんて寂しいじゃない」
その言葉にようやく快人たちが納得する。
「なるほどね」
「そういうことか」
「そういうこと」
二人の相槌に美佳が頷く。
「で?肝心の人が来てないみたいですけど?」
快人が意地悪く言う。
「もう来てもいい頃なんだけど。何やってんのかしら」
美佳は腕時計を確認した。時計の針が八時二十分を差している。
「で。俺らの分は?」
快人が葵に向き直る。チョコの催促だとすぐに分かる。
「いるの?」
「当たり前だろ」
「毎年トラックいっぱいに積み込まれてくるのに?」
少し嫌味っぽく言ってみる。毎年ファンからのチョコは尋常じゃないくらいに届くのだ。
「それとは別」
「ちゃんと家にあるよ。二人の分」
「今年は何ー?」
直人が早速お菓子の種類を尋ねる。
「それ言っちゃうとおもしろくないでしょ」
「そっか。家に帰ってからのお楽しみだね」
直人が笑う。その時、会場に誰かが入ってきた。
「あ、やっと来た」
その人物を認め、香織が呟く。葵もその方を見やる。丁度BDメンバー全員が会場に入ってきたところだった。
いつぶりなのか正確なことは覚えていないが、本当に久しぶりだった。テレビで見るのと、実際に会うのとでは全然違う。
「龍二」
香織が龍二を呼んだ。それに気づいたメンバーが全員でこちらにやって来た。
「何だ。香織も来てたのか」
香織の腕に抱かれていた龍哉を龍二が抱き上げる。
「遅かったわね」
「仕事が詰まってたかんな」
そう言う龍二の後ろから武士が顔を出す。
「何か響さんが今日は一段と怖くてさー。『何が何でも終わらせろ』ってすごい形相で急き立ててたんよなぁ」
それを聞いて葵と香織が顔を見合わせる。そして無言で美佳を見やった。
「な、何よ」
二人にジーッと見られた美佳が動揺する。
「ほら、言ったじゃない」
「後で響さんに謝っておきなよ」
香織と葵に口々に言われる。
「え?何なん?」
状況を掴みきれていないメンバーを代表して慎吾が尋ねる。
「美佳が元凶なの」
「その言い方酷くない?」
葵の言い草に美佳が傷つく。
「いくら何でも脅しちゃダメでしょ」
横から香織が突っ込んでくる。
「そういや今日のパーティー突然決まったみたいやったけど・・・」
透が話題を変える。
「そう。あたしが前日に言い出したからね」
美佳が素直に言う。
「え?美佳ちゃんが主催なん?」
武士が驚く。
「まぁ厳密に言えば葵のために開いたようなもんなんだけどね」
美佳が葵の肩を抱く。
「ん?そう言えば、亮は?」
香織が気づく。そう言えば亮の姿だけ見えない。
「美波さんにさらわれた」
龍二が短く答える。美波とは美佳の兄だ。
「さ、さらわれた?」
思いがけない返答に葵が驚く。
「葵、二階のあたしの部屋の隣、行って」
「え?」
「いいから」
美佳が葵の背中を押す。葵は訳が分からないまま、美佳の言葉に従った。
「あー、なるほどね」
香織がようやく事態を把握する。
「あの二人には何が何でも幸せになって欲しいからね」
美佳は葵の背中を見守った。

葵は美佳に言われた通り、二階に上がり美佳の部屋の隣にやってきた。確かここは空き部屋だったはずだ。一応ノックをする。
「どうぞ」
返事があり、葵は中に入った。そこには亮と美波がいた。葵を認めると、美波は席を立つ。
「じゃあ俺は会場戻るわ」
そう言って美波が葵の隣を通った。
「がんばって」
小声で応援される。パタンとドアを閉められ、部屋には葵と亮だけが残された。
「久しぶり、だね」
葵の方から話かける。
「そう、やな」
亮が答える。葵は亮に少しずつ近づく。
「元気だった?」
「おう。葵は?」
「元気だったよ」
久しぶりに見る亮の顔は幾分疲れているように見えた。忙しいせいなのだろうか?
葵は持っていたバッグの中から亮のために作ったチョコレートを取り出した。
「はい。バレンタインチョコ」
亮は驚いた顔をしながら受け取った。
「あ・・・今日バレンタインか・・・」
どうやら日付も分かっていなかったようだ。
「サンキュ」
その瞬間、亮の顔が緩んだ。その顔を見れただけでも何だか嬉しい。
「開けてもええ?」
「もちろん」
亮は早速プレゼントを開いた。プレゼントの箱の中にはたくさんの種類のチョコレートが入っていた。
「これ、全部葵が?」
亮の質問に葵はコクンと頷いた。亮は早速一つを取り上げ、口に入れた。
「んまい」
亮の顔が綻ぶ。その笑顔に葵も嬉しくなる。

「あー。そこでガバッと行けや!」
覗きこむ慎吾が小声で言う。
「亮には無理やって」
武士が苦笑する。
「何やってんの?」
突然の声に二人は驚いて後ろを振り返ると、美佳がこちらを睨んでいた。
「まーた覗き?」
「あー、いや、あの・・・」
「覗きなんてとんでもない。・・・見守ってるんやって」
しどろもどろする武士に慎吾がそう言い張る。
「よく言う。そんな覗き趣味の人たちにチョコはいらないわね」
「え?」
「チョコあるん?!」
美佳の言葉に反応したのは慎吾だった。
「義理だけどね」
美佳が袋を二つ持ってる。
「わーい」
慎吾は袋に飛びかかろうとしたが、美佳にひらりとかわされる。
「もう覗きしない?」
まるで母親のようだ。
「しません!」
慎吾が敬礼すると、美佳は「よろしい」と言って袋を一つ渡した。
「ありがとー!」
チョコをもらうやいなや、慎吾は会場の方へと戻って行った。
「で?そちらでボーっとしてるお兄さんはいらないの?」
美佳は武士を見やった。
「へ?」
「いらないならいいけど・・・」
美佳はチョコを持って一階へ降りて行こうとした。
「わー!待って!いる!!いります!」
武士は急いで美佳を呼び止めた。美佳がゆっくりと振り向く。
「ホントにいるの?」
「いる!もう覗きません!」
美佳の質問に武士が慎吾と同じように敬礼する。
「じゃあ今回は特別ね」
そう言って美佳は持っていた袋を渡した。
「言っとくけど、義理だからね!」
【義理】を強調しておく。
「分かっとるよ。ありがとう」
素直にお礼を言われると何だか照れてしまう。
「これ、美佳ちゃんの手作り?」
「そうよ。悪い?」
何だか素直になれず、嫌味な言い方をしてしまう。
「ううん。悪くない」
武士はそう言って笑顔で返した。
(何でそんな嬉しそうな顔するのよ)
武士の表情に戸惑う。調子が狂うではないか。
武士は早速袋を開けた。
「お。うまそうやん。いっただきまーす」
一つ取り出し、口の中に入れる。甘い香りが鼻を抜けるが、程よい甘さでしつこくない。
「うまい!」
武士の笑顔に美佳はホッとした。
「当たり前じゃない。葵と作ったんだから」
何だか照れてそっぽを向く。
「美佳ちゃんも料理うまいやん」
武士があまりに素で言うので、何て返したらいいか分からなくなる。
「別にあたしは・・・」
「たまに葵ちゃんと作ってくれてるやん。ご飯。いつもおいしいで」
「それは・・葵が味付けしてるから・・・」
褒められるとどうしても素直になれない。武士はフッと笑った。
「素直ちゃうな。こういう時は素直に『ありがとう』って言うもんやで」
(ずるいよ・・・)
六つも年上の武士は自分なんかよりよっぽど大人で、余裕たっぷりで、何だかずるい。
美佳は自分より二十センチ以上背の高い武士を見上げた。
「武士くん」
「ん?」
目が合って、恥ずかしくなり俯いた。
「何?」
美佳はもう一度顔を上げた。
「ありがとう。・・・褒めてくれて」
やっぱり恥ずかしくなってすぐにそっぽを向く。
突然素直になった美佳に、武士は驚いた。
「か、会場戻ろう。皆に怪しまれるからっ」
美佳はそう言うと、さっさと行ってしまった。取り残された武士は顔が赤くなるのが自分でも分かった。左手で口を覆う。
「今のはヤバイって・・・」
少し照れた美佳の映像が再び頭の中で再生される。
「かわいすぎるやろ・・・。今のは」
武士はおでこをペチッと叩いた。

「あ。雪だ」
葵が窓の外にちらつく雪を見つける。
「ホンマや」
葵は窓に近寄った。
「積もるのかなぁ?」
「どうやろな?」
亮も葵と同じく窓に近づいた。後ろから葵を抱きしめる。
「亮くん?」
驚いた葵が声を出す。亮は葵の耳元で囁いた。
「しばらく・・・このままでもええ?」
「いいよ」
葵の返事を聞くと、亮は少し強く抱きしめた。

雪が舞い落ちる二月半ば。ほんの少しずつそれぞれの恋が動いた夜。
雲の切れ間から覗いた月が恋人たちを優しく見守っていた。



−オマケ。

「はい」
自宅に戻った香織は龍二に手作りチョコを渡した。ちなみに龍哉は既に夢の中だ。
「え?俺?」
「他に誰がいるのよ」
もらえると思っていなかった龍二は嬉しそうにチョコを受け取った。
「味の保証はしかねるけど。葵ちゃんと作ったから多分大丈夫」
「味見してへんのかい」
ツッコみながら、龍二は包みを開けた。中には丸いチョコレートが入っていた。龍二は一つを取り、口に入れた。
「お。甘くない。つーかうまい」
龍二の言葉に香織はホッとした。
「よかった。龍二、甘いもの嫌いだから口に合うかどうか悩んだんだけど・・・」
「いや。これなら食える」
龍二はグッと親指を立てた。
「ワイン開ける?」
「ええな、それ」
香織は龍二のためにワインを開けた。

そうして恋人気分に戻った二人は夜中までゆっくりとした時間を過ごした。


−Happy Valentine


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