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「ごめんなさい」 何度聞いたか知れない。 「な、何で・・」 「他に好きな人が居るの。だから・・ごめんなさい」 彼女はそう言うと、去って行ってしまった。 牛込正。23歳。合コンで知り合った女の子に告白し、ことごとく玉砕すること80回。高校時代からの連続記録は今も更新中である。 木枯らし吹く季節、正の心の中も木枯らしが吹き荒れていた。 「何でだよぉ・・」 泣きそうになりながら、正は自転車を漕いだ。 自分の一体何が原因なのかは分からないが、振られ続けている。 「何で俺ばっかり・・」 周りの友達には『彼女』というものが必ずと言って良いほどいた。だから負けじと正も彼女を作ろうとした。しかし、上手くはいかないもので、80連敗中なのだ。 正は花屋の前に自転車を停めた。店の中にずんずん入っていく。 「桜ぁぁぁあああ」 叫ぶと、親友(と正が勝手に思っている)桜がうんざりした顔でこちらを見た。 「・・また振られたのか・・」 「うわぁぁああん」 「泣くな、ウザイ」 桜はプイッと横を向いた。最近彼女ができたからって冷たすぎないか? ちなみに桜は女みたいな名前だがれっきとした男である。 「冷たいのぉ」 「俺は昔からこうだ。」 嘘だ。もっと優しかったもん。 「愚痴ならいつも聞いてやってるだろ?」 確かにそうだけど・・。正はいじけながら、店の奥の方にある椅子に腰掛けた。 「お前さぁ、月一ペースで振られてねぇか?」 「はぅ」 痛いところを突かれる。確かにそれくらいのペースで、振られ続けている。 「痛いとこつくなよ・・」 泣きそうになりながら呟くと、桜が溜息をついた。 「お前が惚れやすいのは知ってるけどさ。周りから見たら、あんまりいい印象は持たれないんじゃないのか?」 桜の言葉が胸にグサリとくる。 「だから・・ダメなのかなぁ・・」 「俺はお前をよく知ってるから、本気で好きになるのは分かるけどさ。せめてもう少し時間をおいて告白したら?」 桜の言うとおり、好きだと直感して我慢できなくなって告白するパターンが多かった。そのせいで相手のことをよく知りもしないのに、好きになっていた、ということが多い気がする。 「あ、そうだ」 桜は急に思い出したように、こちらに向き直った。 「今度高校の同窓会あるだろ?」 年末に同窓会をやると、ハガキが着ていたことを思い出す。 「あー、うん」 「お前も行くだろ?」 「うん。一応参加にしてるけど」 「会場まで椿が送ってくれるらしいんだけど、お前も一緒に行く?」 「行く!」 桜の申し出に正は即答した。椿とは桜の妹で、フラワーデザイナーを目指して今専門学校に通っている。 「楽しみだな。皆に会うのはホントに高校卒業以来だもんな」 「だねぇ」 正は桜に思い切り話をそらされているのに気づいていなかった。 そして年末の同窓会当日。椿に会場まで車で送ってもらった二人は、早速会場に入った。高校時代の懐かしい友人たちが声をかけてくる。 「桜に正じゃん。懐かしいなぁ」 「久しぶり。元気か?」 「おうよ」 そんな他愛もない会話をして、正は少しずつテンションが上がってきた。クラスメートだけじゃなく、元担任も来ていたので、二人は挨拶した。担任も変わりなく元気そうだった。お酒も入り、更にテンションが上がってくる。 「正、お前まだ記録更新中なんか?」 「・・おかげさまで・・」 したくてしてるわけじゃないのに。急激にテンションが下がってくる。 「ギネス載るんじゃね?」 ケラケラと笑う友人の頭をカチ割ってやろうかと、ふと思ってしまう。でも実際にしたりしちゃったら彼女どころじゃなくなるので、ここは自分を抑えておく。 バカにされてテンションがた落ちなので、一人お酒を持って隅っこでいじける。それに気づいた桜が近づいてきた。 「酔っ払いなんだから気にすんな」 「うん・・」 それも分かるが、やっぱりバカにされると辛い。事実だから言い返せないし・・。 「せっかくの同窓会なんだから、楽しもう?」 「・・うん」 だけど落ちてしまったテンションは、なかなか上がるもんじゃない。 「俺に構わなくていいよ・・。ほっといて」 優しい桜についそう言ってしまう。 「分かったよ。好きにしろ」 桜は溜息と共にそう吐き出すと、友人たちの輪の中に戻って行った。 (ホントに行くなんて・・) 分かってたけどメソメソしてしまう。 何となく会場を見渡していると、入り口から遅れて誰かが入ってきた。 正は入ってきた彼女に目を奪われた。綺麗な長い黒髪に、ぱっちりした瞳。ばっちり着こなしたスーツ。まさに理想だった。 彼女は桜たちと合流して何やら話している。 (あれ?うちのクラスにあんな美人いたっけ・・?) 正は脳をフル回転させて思い出そうとしたが、該当するクラスメートは思い出せなかった。 (じゃあ・・誰だ?あれは・・) そんなことを考えていると、彼女がこっちに向かってきた。何やらニヤニヤしてる。 「よー。久しぶりだな」 その声を聞いて正はやっと思い出した。 「な・・あ・・え・・?」 「何うろたえてんだよ。相変わらずだなぁ。正。忘れたとは言わせねぇぞ」 忘れる訳ない。この口の悪さは・・紛れもなく天敵、小島祥子だ。正はショックだった。こいつを一瞬でも『理想だ』と思った数分前の自分を葬り去りたい。 「・・口が悪いのは相変わらずだな・・・」 やっとの思いで言葉を出す。皮肉も物ともせず、祥子はニヤニヤと笑っている。 「お前、まだ記録更新してんだろ?」 その言葉がグサッと思い切り胸に突き刺さる。 「うぅ・・」 「やっぱりな。まぁそのうちいい人見つかるさ。」 何だか妙に優しい。こいつは高校時代、正が振られる度に思い切り馬鹿にしていた一人なのだ。トラウマになりかけるくらい・・。 いつもなら 『お前に彼女なんてできたら、この世も終わりだな』 とか 『お前に彼女ができるわけねーんだよ。バーカ』 とか傷心の正を地獄へ突き落とす発言ばかりしているのに・・。泣きべそかいては桜に慰められていたのだ。 『こいつは女じゃねぇ!いや、人間じゃねぇ!悪魔だっ!』 と何度思ったことか・・。 なのに今日は何だか違う。大人になったってことなのか・・?何だ?何だか怖いぞ・・。今日で世界は終わりなのかっ? 「何だよ?」 正が変な汗をかいていると、祥子が睨んでくる。でもここで間違っても 「今日で世界は終わりですか?」 なんて聞こうものなら、その場で正の人生が終わってしまう。 「・・今日は・・機嫌いいの?」 「は?」 苦し紛れに聞いた問いに、思い切り『何言ってんだ、こいつ』的な返しをされる。 「あたしはいつも機嫌いいじゃん」 機嫌よく悪口を言ってたんだな。 「それよりさ、 何でこんなとこにいんの?向こうで皆と飲まないの?」 祥子に聞かれても、上手く答えられない。 「ほら、行くよ」 正は祥子に引きづられながら、桜たちの元へ戻ってきた。桜は苦笑している。 「そいつまだ記録更新中なんだってよー。」 さっき馬鹿にしていた一人がまた言う。ホントに頭カチ割ってやろうかな・・。 「聞いた聞いた。こいつに彼女できるなんて奇跡としか言いようがないよなぁ」 祥子の毒舌は健在だった。やっぱりだ・・。さっき馬鹿にしなかったのに。正は泣きたくなってきた。 「まぁ、がんば」 バシッと正は背中を思い切り叩かれる。 「ってー」 女の癖に妙に力があるんだから、手加減して欲しい。祥子の顔を思わず見たが、その目は全然応援しているような感じがしなかった。 『おめーに彼女できるわけねーよ』と目が言ってる。 (やっぱり鬼だ・・) 正は肩を落とした。だけど何だろう。何か違和感がある。だが、それが何なのか、全く分からない。 祥子の顔を見てみる。綺麗になったとは思うが、他に特に変わった様子はない。卒業以来会っていなかったのに、こんな勘は働く。 (でも俺には関係ないよな) 正はそう思うことにした。 二次会、三次会と飲み屋をはしごし、最終的にカラオケボックスになだれ込む。 解散するころには朝日が昇り始めていた。 「おい、祥子。大丈夫か?」 「うにゃー」 「ダメっぽいな・・」 相当お酒を飲んだらしい祥子は、一人で立ち上がれなくなっていた。仕方なく桜と正が送っていくことにした。 「こいつ・・実家だっけ?」 ふと桜が正に問う。 「・・さぁ?」 よく考えると、卒業してから祥子に会っていなかったので、今どこでどう生活しているのかさっぱり分からない。 「おい。祥子。家どこだ?」 「んー・・」 会話もままならない祥子に困り果てる。 「あー、祥子の家知ってる」 一人の元クラスメートが名乗り出てくれる。 「マジで?教えて」 「一緒に行ってあげたら一番いいんだけど、あたしの家逆方向なの〜」 「あー、じゃあ地図書いてもらえる?」 「ちょっと待ってね」 彼女はカバンから手帳を取り出し、一枚に地図を描いてくれた。 「分かる?」 地図を渡しながら問われる。桜は受け取って、大体の位置が分かったようだった。 「うん。この辺配達で行ったことあるから。何とか行けると思う。サンキュ」 「ううん。じゃあ祥子よろしくね」 「おう」 桜と正は祥子をタクシーに乗せ、家の近辺まで来た。祥子がすっかり寝てしまったので、何故か正がおんぶする。まぁ力には(これでも)自信はある方なので、全然気にはしていないが。桜が地図を見ながら、祥子のマンションを探す。 「桜ー。分かった?」 「待って。この辺なんだけど・・」 きょろきょろしながらそれらしき建物を探す。 「あ、あった」 メモを確認して、ここだと言う桜について、正は祥子を背負い直した。 「・・淳一・・」 祥子の呟きが聞こえた。 (誰?) 聞いたことのない名前に、正は首を傾げた。だが、恐らくは彼氏の名前だろう。そう思いながら、正は桜について歩いていると、祥子の家に着いた。 「祥子、家着いたぞ。鍵は?」 桜が正の背中で気持ちよく寝ている祥子に声をかける。 「んー?」 少しだけ目が開く。 「か・ぎ」 スタッカート付ではっきりと言うと、祥子がゆっくりと桜の持っていた自分の鞄を指差す。 「この中か?」 そう聞くと、祥子は頷いた。 「ぽけっとー」 そう付け足すと、祥子はまた目を閉じた。桜は言われたとおり、鞄のポケットを探り鍵を見つけ出した。その鍵で、玄関を開ける。二人は祥子の靴を脱がせ、ベッドに寝かせた。スーツがしわになりそうだが、着替えさせる訳にもいかないので、とりあえず上着だけ脱がせ、布団をかける。 「一人暮らしの割りにいいとこ住んでんだな」 部屋を見渡しながら、桜が呟く。確かに一人で住んでる割に、とっても広い。 「こいつ仕事何やってんだっけ?」 「さぁ?」 そう言えば聞くのを忘れていた。 「ま、いっか。俺らも帰るべ」 桜の言葉に頷きながら、正は部屋を見渡していた。そこに写真があるのが目に入る。男の人とのツーショットのようだった。どうやらあれが彼氏らしい。少し年上っぽい感じだった。 (まぁおいらには関係ねぇけどさ) そう思いながら、玄関を出る。 外から桜が鍵をかけ、ドアポストに鍵を滑らせる。鍵はポストだとメールを送って、二人は家路に着いた。 それから正は合コンの誘いを受けても前ほど熱心に行かなくなった。なぜか分からないが、祥子の顔が浮かんできて、合コンどころではないのだ。 「俺・・何か変だ・・」 そう呟くと、仕事をしていた手を止め、桜が正を見やった。 「お前はいつも変だ」 「失敬なっ!」 失礼な一言に、思わず怒鳴ってしまう。 「何が変なんだよ?」 桜がうざったそうに問う。 「ずっと・・同窓会終わってからずっと・・・祥子が頭から離れないんだ」 思わぬ正の言葉に桜は正を見据えた。 「なぁ、俺どうしたんだろ?気にしてないつもりなのに、何故か気になるんだ」 桜が何か言おうとしたとき、客がやって来る。店番をしている桜は、口ごもり接客の方に回った。放置された正は泣きたくなってきた。 「なぁ・・桜ぁ・・」 「あんだよ?」 忙しくなってきて、桜は正の相手をする余裕がなくなってきた。 「俺どうしたらいいんだ?」 「知るか」 「冷たいー」 「うっせー。そんなに気になるんなら、本人に会って聞けばいいだろ?」 「聞ける訳ないだろー」 大体何を聞けというのだ。 「あーもう!仕事の邪魔だから、出てけっ!」 桜にポイッと店から追い出される。 「うぅ・・」 正は仕方なく自転車を押した。 なぜこんな気持ちになるんだろう。気にしないようにしてるつもりで、どこか引っかかる。今までこんな気持ちになったことはなかった。少し祥子の様子がおかしかったからって、何でこんなに気になるんだろう。何でこんなにモヤモヤするんだろう。不思議でたまらない。 ふと顔を上げる。クリスマスも終わり、街は正月ムードになっている。あと数日で今年も終わるんだと、妙に感慨深くなる。 夕方のこの時間は、仕事が終わってカップルがデートを始める時間帯のようで、正の周りにはカップルばかりだった。 (くそー。見せ付ける気かっ) もちろんカップルたちにそんな気はこれっぽっちもない。 (どいつもこいつも・・) どうしてこんなにカップルだらけなんだろう。クリスマスにくっついたカップルが多いからだろうか? (別れちまえ!) 思わず呪ってしまう。町中がカップルだらけで、正の居場所なんてないような気がした。 自転車にまたがり、漕ぎ出そうとすると、あるカップルに目が止まる。正の呪いが効いたのか、修羅場っぽい。正は自転車をおり、何となくそのカップルにゆっくりと近づいた。 (あ・・・) 何処かで見たことがあると思ったら、修羅場っぽいカップルの女性の方は、祥子だった。そしてよくよく見ると、黙り込んでいる男性の方は、祥子の家で見たツーショット写真の相手だった。正は適度なところに自転車を止め、気づかれないように二人に近づいた。 「何か言いなさいよ!」 祥子の声が聞こえた。 「・・ごめん」 男は謝る一方だった。何が「ごめん」なのかは分からないが、この喧嘩は男の方が悪いようだった。 「ごめん?そんな言葉で済むと思ってんの?」 「本当にごめん」 男が頭を下げる。 「じゃあ・・」 「待ちなさいよ!」 男が去ろうとすると、祥子が彼の袖を掴んだ。 「祥子。もう終わりだよ」 その言葉に祥子は固まった。男は祥子の手をそっと解くと、背中を向けて歩いていってしまった。 取り残された祥子は、しばらくその場に立ち尽くしていたが、涙が零れ始めると、その場にしゃがみこんでしまった。 思わず正は近づき、屈んでハンカチを差し出す。それに気づいた祥子は顔を上げた。涙で化粧がボロボロになっていた。 「・・正・・」 「化粧・・ボロボロだぞ」 「・・見てたの?」 祥子はハンカチを受け取ると、涙を拭いた。 「・・うん」 「そっか」 しばらくの沈黙が流れる。正はどうしたらいいのか分からなかった。あんなに強気な祥子からは考えられないほど、目の前に居る祥子は弱く見えた。 「変なとこ・・見せちゃったね」 祥子はそう言いながら立ち上がった。正も一緒に立ち上がりながら首を振る。 「寒いしさ、どっか入る?」 正の申し出に祥子は頷いた。 二人は近くのコーヒーショップに入った。注文をし、コーヒーを持って店の奥の席に向かい合って座る。暖かいコーヒーをすすり、祥子は気分が落ち着いたのか、口を開いた。 「さっきのはあたしの彼氏・・だった人」 過去形にしたことに気づく。だけど黙って話を聞くことにする。 「五つ年上でね、結婚の約束もしたの」 思わぬ単語が出てきたので、正はコーヒーを噴出しそうになった。何とか堪える。 「でもね、今度上司の娘さんと結婚するんだって」 正は思わず祥子の顔を見た。呆れているような、悲しいような目をしていた。 「そりゃそうだよね。あたしなんかと結婚しても、出世なんてできないもの」 何て言えばいいのか、言葉が浮かばない。何を言っても彼女を慰めることなんてできないと思った。 「でも・・ふざけてるわよね。あたしと二股かけてたのよ?」 「許せねーな」 それしか言葉が出てこない。 「でしょ?一発ぐらい殴ってやればよかった」 強気な発言をしている祥子が何だか悲しく見えた。我慢しているようにしか見えない。 「我慢・・しなくていいよ」 「え?」 「お前・・口悪いし、いつも強気で、男みたいだけどさ」 正の言葉にカチンとくる。 「お前は、どうあがいたって女なんだから、我慢しなくたっていいよ」 正が何を言わんとしているかは、何となく伝わってきた。 「泣きたい時は・・泣けばいいよ。俺、お前が泣き終わるまでここに居るからさ」 正の言葉と暖かいコーヒーの湯気に祥子は再び涙を流した。正は何も言わず、祥子の頭をなでた。その優しさに余計に涙を流した。 「まさか正にあの場面見られると思わなかった」 ひとしきり泣いた祥子と正は、店を出て、賑わい始めた街を歩いていた。 「俺もお前の泣き顔見るなんて思わなかった」 どっちかと言うと泣かされている方なので、祥子が泣く姿は今日初めて見た。 「おあいこか」 祥子はふふっと笑った。 「ありがとね。正。今日、正が居てくれてよかった」 祥子が妙に素直なので、何だかくすぐったかった。 「いや・・俺は別に。たまたま通りかかっただけだし」 そう言うと祥子が笑った。 「あー、そうだ。同窓会の日、送ってくれてありがとね」 そういやそんなこともあったと、今頃思い出す。 「ううん。別に」 「桜も送ってくれたんでしょ?」 「うん」 「桜にもお礼言いたいなぁ」 正は時計に目をやった。いつの間にか8時過ぎていた。 「あー。もう店閉めたから、今なら行っても大丈夫かも」 「ホント?行こ行こ♪」 さっきまで泣いていたとは思えないようなテンションの祥子に、ついていけない自分が居る。 「お兄ちゃんなら優貴さんとデートに行ったわよ」 椿があっさりと言う。 「デートじゃ仕方ないわねぇ」 祥子は諦めたようだった。 「にしても椿ちゃん・・美人になったわねぇ」 「祥子さんこそ」 二人して褒め合う。どうして女性はお互いを褒め合うんだろう。祥子は高校時代、よく桜の家に来ていた。桜と付き合ってた訳ではないが、桜の家がよく溜まり場になっていたからだろう。もちろん椿とも友達だ。 二人は少し立ち話をした後、花屋を出た。正は祥子を家まで送ろうとしたが、まだ人通りも多いから大丈夫だと断られた。 少し心配だったが、一人になりたいのかもしれないと思い、あまりしつこくは言えなかった。 正は自室に戻ると、ベッドに寝転んだ。何だか一段とモヤモヤしている。すっきりしたいのに、どうしたらいいのかすら分からない。この気持ちは一体何なんだろう? だが、ずっと考えていても答えなんて出るはずもない。正は何とか眠りに就こうと布団に潜り込んだ。 「なー。俺の話聞いてるー?」 「俺は今忙しいんだっ」 桜に冷たくあしらわれる。そりゃ仕事中に来る正も悪いのだが、ちょっとくらい聞いてくれてもいいと思う。 「大体お前・・バイトはどうした?」 「俺今日休みだもん」 桜からしたら、正は年中休んでいるように見える。が、これでも一応バイトをしていたりする。本来なら就職でもして、サラリーマンになっているはずなのだが、予定が狂ったため、まだ大学生だったりする。桜は正を 「ぶーぶー」 桜は正を完全無視していた。接客に忙しいらしい。 「恋?」 いきなり耳元で囁かれ、正は椅子から転げ落ちた。 「な、な・・」 「やっぱりー?」 椿がケラケラと笑っている。 「しかも今回はいつもと違う感じだぁねぇ」 椿はニヤニヤしながら、正に言った。正は一瞬驚いたものの、よくよく考えるとおかしいと思い始めた。 「お、俺が祥子なんかに恋する訳ないだろー!」 「へー。祥子さんが相手なんだ」 正は思い切り自分で墓穴を掘っていた。椿は楽しそうに正で遊ぶことにした。 「ねぇねぇ。この間一緒に居たのって、デートしてたの?」 「なっ!そんな訳ないじゃん!!」 焦って墓穴を掘りまくっていることに、正は気づいていなかった。 「何々?お前今度は祥子な訳?」 今まで興味を示さなかった桜がにゅっと出てくる。 (何だよ何だよ。さっきまで全然相手にしてくれなかったのにさっ) 「白状しろよ〜」 桜と椿は明らかに正で遊んでいた。正にだってそれくらい分かる。 「誰が話すかぁ!バ〜〜〜〜〜〜カッ」 正はそう言いながら、店を飛び出した。 「・・からかいすぎた?」 「みたいね」 (ふーんだ) 正は花屋を飛び出し、街を一人で歩いていた。 「正くん?」 不意に下の方から声がして、そちらに顔を向けた。そこには桜の年上の彼女である優貴がいた。その小さな背に優しい微笑みが、正にとって天使そのものだった。 「優貴さぁぁぁあん」 泣き出しそうな正に優貴は驚いていたが、抱きついてきそうな正にストップをかける。 「ここじゃなんだから、あそこに入りましょ?」 近くにある喫茶店を指差す。正はこくんと頷いた。 喫茶店に入った二人は、早速注文を済ませた。しばらくすると、暖かい湯気を立ち上らせながら、コーヒーと紅茶が運ばれてくる。ミルクティーを飲んで落ち着いた正は、優貴に少しずつ話し始めた。 「こないだ・・高校の同窓会で、昔の天敵に会ったんです」 「天敵?」 聞き返され頷く。 「俺・・高校時代から振られまくってて、その度にいつも悪口言ってたヤツがいて。女なんですけど・・。口悪いし、意地悪だし、大嫌いってか苦手だったんですよ」 「その彼女と再会したのね?」 確認するように問われ、また頷いた。 「だけど・・何だか様子が変だったんです。何が変って聞かれても困るけど・・。とにかく様子がおかしかったんです」 優貴は桜と違い真面目に聞いていた。 「それからずっと彼女が気になって仕方なくて・・。ある時、彼女が元彼と言い合ってるとこ目撃しちゃって・・。あいつの泣き顔、初めて見て・・それからまた余計に気になって・・。気づいたら、あいつのこと考えてるんです」 優貴は正を見据えた。 「それって・・彼女に恋してるんじゃない?」 「え?」 椿と同じことを言われ、正は拍子抜けした。 「だって・・気になるんでしょ?彼女のこと」 「そ・・だけど・・。ありえないっすよ・・」 正の言葉に優貴はフッと笑った。 「どんなにありえないって思っても、恋ってそんなもんよ」 優貴の言葉は説得力があった。頭が混乱してきた。 「あいつ・・元彼に酷い振られ方したんです・・。だから・・俺・・同情してるのかなとか思ったり・・」 「同情だけでそんなに悩むほど気になったりする?」 優貴の問いに更に混乱する。 「ねぇ、正くん。どんなに強がって見せても、女って弱いもんよ?大切な人を失ったりしたら、どれだけ自分を保とうとしても、もろく崩れちゃうもんなのよ。」 元彼を目の前で事故で亡くした優貴の言葉は、真実味を帯びていた。今の彼女が笑っていられるのは、桜の努力の賜物なのだろう。 正は冷めかけた紅茶を口に運んだ。 一人になって、ゆっくり考えてみた。やっぱり浮かんでくる祥子の顔。意地悪な顔も泣き顔も笑顔もすぐに浮かぶ。 (ありえねぇよ) どれだけそう思っても、優貴の言葉が頭をよぎる。 『彼女に恋してるんじゃない?』 「んな訳ねーよ」 呟く声は言い訳がましく聞こえた。 「・・俺は・・祥子が・・好き・・?」 ありえない。そう思っても、彼女の顔が浮かぶ説明がつかない。今までと違う。好きだって思うのは、ある意味直感みたいなものだった。 『この人が好きだっ!』と直感して、アタックしていた。今回は違う。 好きなのかどうなのか、自分でもよく分からない。 「好き・・なのかなぁ・・」 正は溜息のように言葉を漏らした。 正が考えあぐねている間に、年が明けていた。 新年の挨拶も言い飽きてきた頃、新年会に誘われた。この間の同窓会に来ていた数人が来るとのことだった。また馬鹿にされそうで、正は乗り気じゃなかったが、祥子に会えるかもしれないと思い、行くことにした。会ってどうするわけでもないが、会いたかった。あれから祥子に会えないまま、数日が過ぎていた。今、彼女はどうしているんだろう。 思ったとおり、そこには祥子の姿があった。傍目には分からないように明るく振舞っているが、どこか元気がない。 『どんなに強がって見せても、女って弱いもんよ?大切な人を失ったりしたら、どれだけ自分を保とうとしても、もろく崩れちゃうもんなのよ』 優貴の言葉を思い出す。 今、祥子は必死に自分を保とうとしてるんだろうか? 「正、飲まないの?」 祥子がビール瓶を持って正に近づく。笑顔で居ようとする祥子を痛々しく感じる。 「飲むけどさ。・・なぁ、祥子」 「ん?」 祥子は正にビールを注いだ。 「まだ吹っ切れてないんだろ?」 その言葉に祥子は動きが止まる。 「な、何言ってんの?もうあんなやつ忘れたわよ」 祥子は乱暴にビール瓶を机の上に置いた。 「無理して笑うなよ」 正はビールに口を付けた。祥子は正の影に隠れるように座っていた。桜は二人に気づき、他の人に気づかれないようにその場を盛り上げた。 正も祥子も二次会には行かなかった。桜が上手く誤魔化してくれたので、特に突っ込まれることなく二人は抜け出すことができた。 静かに降り始めた雪は、アスファルトに触れるとすぐに消えてなくなった。街には他にも新年会を開いているグループがいるようで、いつもより騒がしかった。 二人は何を話すわけでもなく、黙って歩いていた。正は何か話題を探したが、何も浮かばなかった。祥子も何も話そうとしなかった。 ふと祥子が立ち止まる。正はそれに気づき、立ち止まった。祥子の目線の先を見る。 正は目を見張った。祥子の元彼が、違う女性と腕を組んで歩いていた。幸せそうな二人は、笑顔だった。女性の左手の薬指にはリングが光っていた。向こうはこちらに気づく気配など全くなかった。 「しょ・・」 祥子を見ると、その目には涙が溢れていた。再び見る祥子の泣き顔。この間とまた違う祥子の表情に、どうしたらいいのか、分からなくなる。 「どうして・・。あたしじゃなかったんだろ・・」 祥子が呟いた。二人を追っていた目線を足元へずらす。 「何が・・いけなかったんだろ・・」 誰に問うわけでもなく、ただ自分に問うように呟いた。正は黙ってハンカチを取り出し、祥子に渡した。祥子はハンカチを受け取ると、それを握り締めた。 結婚の約束までしていた彼に裏切られた彼女に、どんな言葉をかけたらいいのだろう。どんな言葉も慰めにならない気がする。 「・・男はあいつだけじゃないよ!」 正の言葉に祥子はうなだれていた頭を上げた。 「俺だっているじゃん!」 その言葉に、祥子は驚いた。それ以上に言った本人が驚いていた。 (何言ってんだ、俺) 慌てて訂正する。 「いや、だから・・その・・」 上手く言葉が見つからずに、しどろもどろしていると、祥子が潤んだ瞳で笑った。 「ありがと」 祥子にそう言われ、照れて何も言えなくなる。 「泣いてばっかじゃ、ダメだよね」 祥子はそう呟き、何かを決意した。 「正。ちょっと付き合って」 「お、おう」 祥子が何を考えているのか分からないが、正は祥子について行った。 祥子は元彼を追いかけた。幸せそうに歩く二人の目の前に祥子が立ちはだかる。 「・・何だよ」 元彼はうざったそうに祥子を睨んだ。祥子は気にする様子もなく口を開く。 「さよならを言いたくて・・」 その言葉に、男は溜息をついた。女性は祥子を不思議そうに見ている。どうやら祥子と彼の関係を知らないらしい。 「それともう一つ」 祥子はそう言うと、振りかぶって思い切り男を殴った。 (グー・・) 正は自分の血の気が引くのが分かった。女が普通グーで殴るだろうか。 「ざけんじゃねーよ。バーカ」 祥子は明らかに祥子だった。口が悪い祥子が戻ってきて、正は嬉しいような悲しいような不思議な気分になる。 「女舐めんじゃねーぞ。クズ」 男は何も言い返さなかった。それまで祥子が猫をかぶっていたのか分からないが、グーで殴られたショックと思わぬ悪口に、ただ祥子を見つめていた。 祥子は右手を腰に、左手を前に差し出し、親指を地面に向けた。 一緒にいた正の方が清々しい気分になっていた。 それから正と祥子は時々会うようになった。恋人、と呼ぶには程遠いが、一緒に居る時間が多くなっていった。 もう少し時間が経って、もう少し距離が近づいたら、伝えよう。 81回目のI Love You. |