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「奈々、帰るぞ」
「あ、待ってよ!」 幼馴染の浩太と奈々はいつものように二人で帰って行った。 「あの二人、変わんないねえ」 「いくら幼馴染でも、もうちょっと進展あってもいいのにねぇ」 クラスメートたちの噂なんて、二人には聞こえるはずもなかった。 浩太と奈々は幼馴染。生まれたときから一緒だった二人は兄妹同然に育ってきた。 夕暮れに染まる道を二人で歩く。 「部活、忙しいんじゃないの?」 奈々はいつの間にか身長を抜かれた浩太に意地悪く言った。 「俺、レギュラー確定だもん」 浩太はなぜかいつも持っているサッカーボールを操りながら答えた。彼はサッカー部でも有望な部員で、一年なのにレギュラーなのだ。 「今日は何作ったんだ?」 少し前を歩いていた浩太が急に振り返った。 「・・・・・・やんないよ」 意地悪くプイッと横を向く。 「えー。腹減ったー」 「あたしはあんたの召使じゃないっつーの!」 そう強く言っても、そんな子犬のような目をされたら、あまり強く出られない。 「ハァ・・・・・・。しゃーなしだよ」 奈々は溜息をつき、家庭科部で作ったカップケーキを一個渡した。 「サンキュっ!」 浩太は本当に嬉しそうに受け取った。 (そんな顔するなんて、ズルイ) いつからだろう? 兄妹同然に育ったのに、彼を意識するようになったのは・・・・・・。 「うを! めちゃくちゃうめーじゃん!」 浩太は相変わらずクルクル表情を変える。まるで子供みたいだ。 「もー。がっついて食べるのやめなさいよ。みっともない」 「だって。うまいんだもん」 浩太がニカッと笑う。笑顔が夕日に染まり、何故だかドキッとする。彼の姿なんて、見慣れているはずなのに、ドキドキが止まらない。 「おだてたって、二個目はないから」 厳しく言うと、浩太はショックを受けていた。 「ええ? もうないの?」 「しつこい」 そう言うと、浩太はしょぼんとうなだれた。さっきまで景気良く蹴っていたボールを小さく蹴りながら背中を丸めて歩き始める。 (子供だ・・・・・・) 夕日に向かって歩く彼の影が伸びる。奈々は彼が前を向いていることを確認して、影とこっそり手を繋いだ。 妙に嬉しくなって、顔がニヤケる。 「あ、そうだ」 急に浩太が振り返り、奈々は心臓が飛び出るほど驚いた。 「な、何?」 「今度の日曜、空けとけよ」 彼の顔が逆光でよく見えない。 「何で?」 「練習試合があるんだよ」 「あたし、関係ないじゃん」 つい言ってしまう。かわいくない言葉。 「俺の弁当作ってこい」 「何それ? 命令?」 浩太の意図が全く読めない。 「そうだよ。命令だ」 「何で浩太に命令されなきゃいけないのよ」 「お前の作るメシじゃねーと力が出ねーんだよ」 浩太はそう言うと、また前を向いて歩き始めた。 その言葉が嬉しくて、ニヤけてしまったのは内緒にしておこう。 雨の日も、うだるような暑さの日も、凍えるくらい寒い冬でも、登下校が苦ではなかったのは、隣に浩太がいてくれたからだ。 浩太が好き。だけど、彼の気持ちが全く読めない。弁当を作れって言ったのだって、本当にただ弁当を食べたいだけなのかもしれないし・・・・・・。 「同じ気持ちだったらいいのに・・・・・・」 溜息が漏れる。そんな虫のいい話、あるわけない。だから告白なんてできない。 奈々は告白できない代わりに、日ごろのお礼を兼ねて特製の弁当を作った。 浩太は目を輝かせて食べ、試合でも活躍した。 だけど、その試合は負けてしまった。 夕暮れの帰り道。浩太はやはり少し前を歩いた。 「悪かったな」 「え?」 突然謝られ、奈々は驚いた。 「弁当まで作らせたのに、負けちまって」 「それは・・・・・・」 浩太が悪いわけじゃないのに。うまく言葉が出てこない。 「カッコ悪いとこ、見られちゃったな」 少し冷たい風が吹き抜けた。浩太の茶色に透ける髪が流れる。 「カッコ悪くなんか、なかったよ」 「え?」 奈々の言葉に、浩太は振り返った。 「浩太は、一生懸命やってたじゃん。がんばってる人が、カッコ悪いわけないでしょ」 「奈々・・・・・・?」 浩太は驚いているが、奈々は勢いが止められなかった。 「あたしは、そうやってがんばってる浩太が好き! 試合に勝ったとか、負けたとか、そんなの関係ない!」 言い切った瞬間、自分が何を口走ったのかに気づいて顔が真っ赤になる。 「あ・・・・・・いや、あの・・・・・・」 勢いだったとはいえ、告白してしまった。馬鹿だ。自分からこの関係を壊してしまうなんて。 「何でお前が先に言うかな」 いつの間にか浩太は、奈々の目の前まで戻ってきていた。頭一つ分違う浩太を見上げる。 「俺だって、お前のこと好きだよ。ずっと前から」 ぶっきらぼうに言った浩太は、逆光で良く見えなかったが、耳が赤いことに気づいた。 それを見た瞬間、強張っていた顔が緩む。 「何だ。一緒だったんだね。あたしたち」 奈々が笑うと、浩太も笑った。 「帰るぞ。奈々」 そう言うと、浩太は右手を差し出してきた。 「うん」 奈々は自分の左手を浩太の右手を絡ませた。 夕暮れの帰り道。 今度は手を繋いで一緒に帰ろう。 |