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 バタンッと勢いよく閉まったドア。その風圧で部屋中に散らばった枕の羽が舞い上がる。
 部屋の中に残されたのは、未だに状況が飲み込めない一人の男。
「・・・・・・え? 何で?」
 目の前で舞う羽のように、真っ白になった頭を必死で回転させる。
 この部屋の住人である哲史は、今起こっている状況を一つずつ順を追って思い返してみた。
 さっきこの部屋を出て行ったのは、付き合って一年になる彼女の舞花で、今部屋が真っ白なのは彼女が怒って何度も枕で殴ってきたため、その羽が飛び散ったのだ。
 それでは彼女は何に対して怒ったのか。
「・・・・・・やっべー」
 哲史は慌てて部屋を飛び出した。

 アパートの玄関を開け、彼女の行方を考える。もう遅い時間だから、終電は出てしまっている。それに荷物は部屋に置きっぱなしだ。
 となると・・・・・・。
「空地かっ」
 思い立った哲史は急いで鉄製の階段を降り、道路に飛び出した。
 よく見ると、道に白い羽が落ちている。彼女の髪や服に付いていた羽が、まるで探してくれと言わんばかりに落ちていた。
 空地の方向へと伸びているその白い足跡を、哲史は急いで辿った。

 彼女が怒った理由は、実に単純明快。総て自分のせいだ。
 原因は、元カノにもらった目覚まし時計を何度言われても捨てなかったから。
『この時計、早く捨ててよ』
 最初は穏やかにそう言っていた。だけど自分は何かと理由を付けて捨てなかった。
 とうとう堪忍袋の緒が切れた彼女は枕で哲史を何度かぶん殴ると、目覚まし時計を持ったまま家を飛び出してしまった。

 どうして気付かなかったんだろう? きっと彼女はいつも嫌な思いをしていたに違いない。

 元々友人関係だった二人は、いつしか惹かれあうようになり、恋人になった。
 だけどいつの間にか一緒にいることが当たり前になっていて、彼女の気持ちを深く考えることもなくなってしまった。
 どんなにキスしても、どんなに抱き合っても、挨拶みたいに当たり前だと思ってた。
 それは、大きな間違いだ。

 五分もしないうちに空地に到着すると、見覚えのある後姿がそこにあった。
「舞花っ!」
 叫ぶが、彼女は振り返ってくれない。
「舞花、ごめん」
 そう言いながら近づこうとすると、彼女が口を開いた。
「・・・・・・どうしてここに来たの?」
 何とか聞き取れたが、どう答えていいのか分からない。
「どうしてって・・・・・・」
「そんなにこれが大事?」
 舞花は振り返り、目覚まし時計を掲げて見せた。チクタクとやけに針の音が響く。まるで時限爆弾だ。
「違う! 俺は舞花を追いかけて来たんだ」
「だったら、これはもういらない?」
 確かめるように訊かれ、哲史はすぐに頷いた。
「うん。いらない」
 すると彼女は、目覚まし時計を胸に抱き、お辞儀をして見せる。不思議に思っていた次の瞬間、両手を高く空へと向けた。その勢いで、目覚まし時計は宙に放たれる。
 哲史はただ、呆然とその様子を見ていた。ふと見えた彼女の目にはうっすらと涙が浮かんでいて、誰かを見送るかのようにそっと微笑んだ。
 なんて馬鹿だったんだろう。彼女は、こんなにも傷ついていたのに・・・・・・。
 哲史の胸がチクチクと痛み始めた。
 重力に逆らえなかった目覚まし時計は、地面へと吸い込まれ、音を立てて壊れた。
 その壊れてしまった時計よりも、彼女は傷ついていたんだ。今更気づいた自分が情けない。
「ごめん。舞花」
 ゆっくりと近づき、舞花の髪に触れる。パーマがかった黒い髪に絡みついている白い羽をつまんでのけた。
 無数についた白い羽がやけに綺麗で、思わず見とれてしまう。
 俯いたままの舞花の頬に優しく触れると、舞花は顔を上げた。冷え切ってしまったその頬が、何だか愛しい。
「ごめん。俺、ずっと舞花を傷つけてたな」
 そう言うと、舞花はゆっくりと首を横に振った。
「・・・・・・あたしもごめん。子供みたいなことしちゃって・・・・・・」
「俺のこと、許してくれる?」
 そう尋ねると、彼女はこくんと頷いた。哲史はホッと胸を撫で下ろす。
「舞花、枕の羽、いっぱいついてるぞ」
 そう言って笑うと、彼女も笑った。
「哲史くんだって、たくさんついてるじゃない」
 そう言われ、自分の髪を触ると確かに羽がついていた。
「ホントだ」
 その様子を見て、舞花はまたクスクスと笑う。彼女の笑顔を見て、何だか妙に安心した。
「帰るか」
「うん。・・・・・・あ。部屋、すごいことになってたよね?」
 枕の羽は哲史の部屋に見事に散らばっていることを思い出した舞花が尋ねる。
「・・・・・・あー・・・・・・それは・・・・・・俺が掃除します」
 そう申し出ると、舞花はきょとんとした。
「珍しい・・・・・・。どうしたの?」
「いや、俺が悪いんだし・・・・・・。それに・・・・・・」
 チラリと舞花を見ると、聞き返される。
「それに?」
「・・・・・・いや、何でもない」
 言葉にするのが、何だか恥ずかしくなり、言葉を濁した。しかし彼女は聞きたがる。
「何? 気になるでしょ!」
 袖を引っ張られて催促されても、口にするのはやっぱり恥ずかしい。
「何でもねぇよ。帰るぞ」
 哲史は強引に舞花の肩を抱くと、歩き始めた。
「何? 恥ずかしいこと?」
 赤くなった哲史の顔を覗き込んで、舞花が問う。
「うるせーよ。俺が悪かったから掃除するだけだ」
「ふーん」
 舞花は哲史の反応を見て、ニヤニヤと笑った。そして壊れた時計を拾い上げ、胸に抱く。
「哲史くん」
「ん?」
「明日のデートは、あたしのワガママ聞いてね」
 そう言って無邪気に笑う彼女に、敵うわけがない。
「・・・・・・仰せのままに」
 哲史はまるで執事のようにお辞儀をして見せると、舞花は嬉しそうに笑った。
 やっぱり彼女の笑顔は世界最強だ。

 どうして彼女はこんな自分の傍にいてくれるんだろう? 彼女を傷つけてばかりの、こんなどうしようもない自分の隣に。
 チラリと右隣にいる舞花に目を向ける。彼女はどこか嬉しそうに、目覚まし時計を胸に抱いていた。
 白い羽が絡まったその黒い髪も、少し潤んだ目も、自分より少し小さなその背も、全てが愛おしい。
 その瞬間、さっき考えいたことが頭をよぎり、再び一気に恥ずかしくなる。
 赤くなる顔を彼女に気づかれないように、左手で口元を押さえた。

 そう、口が裂けても言えるはずがない。
 彼女が天使に見えた、だなんて・・・・・・。
 でもあながち間違っていないと思う。

 きっと彼女は、どうしようない僕に降りてきた天使だ。


 ・・・・・・なんてな。


inspired:どうしようもない僕に天使が降りてきた/槇原敬之

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