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光也は、三年ぶりに思い出の坂道に立った。ここは町が一望できる唯一の場所だ。
そしてここは、三年前、恋人の亜紀と約束した場所だった。 『三年後。またここで会おうね』と。 今日がその約束した日だった。 光也は亜紀を思い出していた。 クセがある長い髪。大きな瞳。長いまつげ。 亜紀の冷たい手足を温めたこともある。 ワガママを言っては困らせて、思い通りにならないとぷぅと頬を膨らませた。 寝言は必ず食べ物がらみで、たまに光也の名前が呼ばれると、何だか嬉しかった。 亜紀の全てを愛していた。 そしてこの坂道は、二人で住んでいたアパートへ帰る時、必ず通る道だった。坂道がきつくて、愚痴をこぼしそうになると亜紀は必ずそれを見抜いた。 「あたしはこの坂道好きよ」 そう言って笑う顔が、とても愛しくて。この辛い坂道さえも愛しく思えた。 亜紀はデザイナーになるのが夢だった。あーでもない、こーでもないとデザイン画を描いては、光也に愚痴った。 愚痴を聞くことしかできなかったが、それでも頼られていると実感できた。 そしてそんな亜紀の夢は確実に近づいていた。 別れの日は、呆気なかった。光也の海外勤務が決まった時だった。光也は亜紀に一緒に来て欲しいと思っていた。 だが亜紀は自分の夢を追いかけていた。 「ごめん。光也。一緒に行けない・・・・・・」 亜紀は悩んだ末、こう言った。 「どうして・・・・・・」 「今は行けないの。もうすぐ・・・・・・あたしの夢が叶うの・・・・・・。だから、今・・・・・・日本を離れるわけにはいかないの・・・・・・」 亜紀の気持ちも痛いほどよく分かった。夢のために、亜紀がどれほどの努力をしてきたかも全て知っていた。余計に無理に来て欲しいとは言えなかった。 「ごめんね。光也」 亜紀はずっと謝った。 「分かった。じゃあ・・・・・・三年後、またここで会おう。この坂道で」 「光也・・・・・・?」 「三年経てば、俺も帰って来れる。だから・・・・・・三年後・・・・・・。またこの坂道で会おう」 亜紀は少し悩んだ様子だったが、頷いた。 『さよなら』は言わなかった。 会えると信じて、疑わなかった。三年もの間、亜紀を忘れることはなかった。 今日、この日が来るのをどれだけ待ち続けていただろう。きっと亜紀も同じ気持ちで居てくれている。そう思い、辛い仕事もがんばってきた。 暮れかけた空を見上げる。あの頃と何も変わらない。変わったとするなら、隣に亜紀がいないことだけ。 辺りをゆっくりと見渡すが、亜紀が来る気配は全くない。 「しょうがないか・・・・・・」 光也は呟いた。 あの日、別れの日。実は条件を付けていた。 「三年経っても、亜紀の気持ちが変わっていないなら・・・・・・俺を・・・・・・本当に愛し続けてくれていたなら、また・・・・・・ここに来て」 「分かった」 亜紀は短く答えた。 あれから三年。人の心は変わってしまうものなのだろう。 光也は三年前まで当たり前のように共に過ごした亜紀と帰った坂道の先を見つめた。 亜紀の残像が目の前をちらつく。 だけどきっと・・・・・・いつかは亜紀の事を忘れてしまうんだろうな。 光也は胸ポケットから煙草を出し、銜えた。慣れた手つきでライターで火を点ける。 (亜紀にはいつも『体に悪いからやめなさい』って怒られてたなぁ・・・・・・) 煙を吐いて、もう一度坂道の先を見つめた。 「さよなら・・・・・・亜紀」 そう呟くと、光也は思い出の坂道に背を向け、一歩を踏み出した。 inspired:坂道/SOPHIA (ALBUM【ALIVE】収録)
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