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いつかは終わらせなきゃいけない恋だって、分かってる。
だけど少しだけ期待してしまうのは、本気の恋になりかけているから? 鏡に向かい、残り少なくなったルージュを唇に乗せる。 「分かってるよ。分かってる」 鏡の前の自分に言い聞かせるように言った可南子は、ルージュをバッグに入れた。 彼と会うのは、いつも金曜の夜。彼が車で迎えに来て、薄暗いレストランで食事をして、お酒を飲んで、ホテルに向かう。いつもお決まりのデートコース。 彼に好かれるようにいろいろ研究だってした。彼が好きだと言うので髪を伸ばし、化粧の仕方、仕草だって全部彼好みに変えた。 本当は彼の左の薬指に光る指輪に、最初から気づいてた。だけど気付かないフリをしてる。 「どうした? 気分でも悪い?」 食事中、突然彼に顔を覗き込まれた。 「ううん。何でもない」 可南子がそう笑うと、彼はワインを勧めた。可南子は喜んでワインを口に運ぶ。 苦手だった赤ワインだって、今では飲めるようになった。これも彼に近づくため。 「今日のは、また味が違うわね」 「そうだろ? このワインはね・・・・・・」 話を振ると、彼は嬉しそうにワインの知識を披露し始めた。まるで小さな子供が自分が知っていることを一生懸命話すように、目を輝かせて。 そんな彼をとても愛しく感じる。 (あ、また触った) すぐに気づく彼の癖。自分の左手の薬指にはめている結婚指輪をふとした時に触る。それはきっと無意識のうちの行動。 彼の心が此処にはないことくらい、既に知っている。だけど本気で好きになっている自分が怖くなる。 「行こうか」 真夜中のドライブ。行先はいつもと同じ。 こんなにも好きなのに。彼を愛しているのに。伝えることさえままならない。 だってこれはいつか終わってしまう恋だから。 「ねぇ。私のこと、好き?」 そう聞くと、彼は笑った。 「どうしたんだ? 急に。・・・・・・好きだよ」 彼の横顔が対向車のライトに照らされる。 こんなことを聞いて、何になるんだろう? 彼が帰る場所は自分じゃない。こんなこと聞いたって、空しくなるだけなのに。 いつも見慣れた景色も、滲んで見えた。 彼の求めるものが、例えこの体だけだとしても、それでもいいと思ってた。だけどそれだけじゃ満足できなくなってる。 「そろそろ潮時、かな?」 可南子は溢れ出した涙をシャワーで洗い流した。 いつか別れが来るのだとしたら、彼のくれたこの真っ赤なルージュを使い切ったとき。 残された時間はあとわずかだと、短くなったルージュを見つめては溜息をつく。 だけど、別れのその時には、笑って「サヨナラ」しよう。 あの人が好きだと言ってくれた、最高の笑顔で。 |