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あの日の夜空にも三日月がただ静かに佇んでいた。
理恵は夜空を見上げ、溜息を吐いた。そこにはあの日と同じ月が浮かんでいる。まるで涙を流しているような形の月。 もう一ヶ月経つのだと言う実感が今更沸いてくる。 あの人は今、何しているんだろう? 一ヶ月前、ちょうど彼が地元を離れる前日。その日も夜空には細い三日月が浮かんでいた。 その日、夢を叶えるために地元を離れる彼と二人で夜道をゆっくりと歩いた。 「もう明日なんだな」 「・・・・・・うん」 彼に聞かれ、頷く。すぐに沈黙が襲ってくる。口を開いたのは彼の方だった。 「がんばろうな、お互い」 「うん」 理恵はやっとの思いで彼の顔を見た。その瞬間、涙が込み上げてくる。 「泣くなよ。一生の別れじゃねーんだから」 彼が苦笑する。理恵は込み上げてくる涙を必死に堪えた。 「いや、やっぱり泣け。だけど今日だけな」 人気の少ない通りに入った時、彼が突然そう言った。ゆっくりと理恵を抱き締める。暖かい温もりが全身を駆け巡る。 いつも二人で歩いた一本道は永遠に続くものだと思っていた。今はたった一人で歩いている。 もちろん毎日の電話やメールは欠かさない。耳元に響く彼の優しい声が、不安になる気持ちを抑えてくれる。だけど、会いたい気持ちは日に日に増して行く。 「はぁ・・・・・・」 溜息を漏らすと白い吐息が漏れる。彼の温もりが恋しい。 ふと携帯電話が鳴った。彼からの着信音だ。理恵は急いで電話を取る。 「もしもし?」 『よう。元気?』 相変わらず優しい声に安心する。 「元気だよ」 『仕事どう?』 「だいぶ慣れたよ。怒られてばっかだけどね」 そう言って笑うと、『俺もだよ』と彼も笑う。 「仕事、忙しいの?」 『そうだな。新人だから色々やることあって・・・・・・』 「そっか・・・・・・」 分かりきってる答えだったのに、何だか寂しい。 「いつになったら会えるのかな?」 『・・・・・・分からない。ごめん。俺のせいで・・・・・・』 「悟志のせいじゃないよ」 急に謝られ、理恵は慌てて弁解する。 「ごめんね。あたしのワガママなの」 『でも・・・・・・』 受話器の向こうの声は心配しているようだった。 「大丈夫だから。強くなるって決めたから。いつまでも悟志に甘えてばかりじゃダメだもんね」 『理恵』 「ん?」 『無理すんなよ』 「大丈夫。しないよ」 理恵は心配させないように笑った。 『俺たち、距離は離れてるけど、空が繋がってるように、心も繋がってるもんな』 彼の言葉に理恵は夜空を見上げる。涙の形をした三日月が視界で揺らぐ。溢れてくる涙を悟られまいと、理恵は必死に取り繕った。 「うん。大丈夫だよ」 あの日、抱きしめられた夜。耳元でささやいてくれた「愛してる」の一言は、今でも胸の奥にある。 彼も遠い場所でがんばっているのだから、自分もがんばらなきゃ。 そう思わせてくれる。今自分を動かす電池。 どれだけ電話で「好き」だと言われても、温もりを感じることはできない。涙がこぼれそうなくらい、寂しい日だってある。 だけど強くなるって決めたんだ。もう泣かないって。 空には雲に隠れてしまいそうな三日月。不安に駆られ、消えないでと思わず手を伸ばす。 『空で繋がってるから大丈夫』 彼の言葉が不意に響く。 うん、大丈夫。例えこの三日月が雲に隠れてしまっても、いつかきっと晴れるから。 一度引き戻した手をもう一度三日月に向かって伸ばす。 届け。この想い。 inspired:三日月/絢香
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