font-size L M D S |
人は死ぬとどうなるのだろう? 何処へ行くのだろう?
そんなこと、考えたことは今まで一度もなかった。彼女に訊かれるまでは。 それはある日の放課後。夕日が差し込む教室の中。今日の日直である清水健介は日誌を書いていた。もう一人の日直である斉藤美沙は黒板の掃除をしている。 美沙は少し、いやかなり変わっていた。変わっている、と言う表現は適切ではないかもしれない。 彼女は時々不思議なことを口走った。だが周りからは特に変わり者扱いはされることはない。それどころか彼女は今まで考えなかったようなことを考えさせてくれる。 その日もやはり今まで考えたことなかったことを質問された。 「ねぇ、死後の世界ってあると思う?」 唐突過ぎる質問に健介は虚を衝かれた。健介が顔を上げると、美沙はこちらに背中を向けたままだった。 「何? 急に」 しかし美沙は健介の質問には答えず、クルリと振り返った。 「あると思う?」 美沙は真面目に聞いているようだ。健介は日誌を書く手を止め、考えた。 「うーん。どうだろうなぁ。あるんじゃないかな?」 健介の答えに不満なのか、美沙は俯いた。 「そう」 「斉藤はどう思うんだ?」 そう尋ねると、美沙は顔を上げたが健介の方ではなく窓の外を見つめた。 「私はないと思う。きっと眠ってるのと一緒で、無なんじゃないかな?」 美沙の口調はいつになく真剣だった。返答に困った健介が茶化す。 「眠ってるのと一緒なら、いつか起きたりするの?」 「神様の気まぐれであるかもね?」 美沙はそう言って、ニヤリと笑った。しかしすぐに表情が曇る。 「結局、死後の世界なんて遺された人が作り上げた空想の世界なのよ」 そう言った美沙が涙を堪えているようにも見えた。 「どうしてそう思うんだ?」 ほんの少しの間が空く。美沙は俯き、健介は美沙を見つめた。しばらくして美沙は小さく口を開いた。 「会いたいって思う度、いつも無駄なことだと思い知らされるから」 「会いたい人でもいるの?」 思わずそう聞いてしまう。美沙はコクンと頷いた。 「私の大切な人」 その言葉を聞いた時、胸の奥が痛んだ。何故なのかは分からない。 すると美沙がフッと笑った。 「ごめんね。変な話して」 いつもの美沙に戻ったのを見て、心なしか安心を覚える。 「いつもだから慣れてるよ」 そう言うと美沙が笑った。 「帰ろうか」 日誌を書き終わった健介が立ち上がった。美沙も掃除を終え、二人は一緒に教室を後にした。 それはあまりにも突然過ぎて、理解するのに相当な時間を有した。 「嘘・・・・・・だろ・・・・・・?」 健介は笑顔の美沙の遺影に向かって呟いた。 「相手、飲酒運転だったらしいよ」 健介の後方で誰かが噂をしている。美沙は下校途中に飲酒運転の車に轢かれ、打ち所が悪く即死状態だったらしい。 「お母様も二年前に亡くなったらしいのにねぇ・・・・・・」 その言葉に健介はハッとした。あの時の美沙の言葉がフラッシュバックする。 『会いたいって思う度、いつも無駄なことだと思い知らされるから』 『私の大切な人』 「そっか・・・・・・。お前の大切な人はお母さんだったんだな」 ようやく理解できた。そしてあの時の胸の痛みも。 健介はギュッと拳を握った。 どうして早く気づかなかったんだろう? 早く伝えていれば何か変わったんだろうか? 美沙はもう目を醒ますことなんてないのに。 伝えられないと分かった瞬間、涙が頬を伝う。 「・・・・・・っ」 言葉にできない美沙への想いが溢れる。遺影に写っている美沙は相変わらず笑顔で佇んでいた。 もし死後の世界があるとするなら、彼女は母親に会えたんだろうか? もし死後の世界がないのなら、彼女はただ眠っているだけなのだろうか? 健介は溢れる涙を袖で拭った。 特別に開けてもらった棺の窓から見える美沙の顔は、本当に眠っているようで、今にも起きてきそうな雰囲気だった。 涙で美沙の顔が滲む。 「いつか・・・・・・神様の気まぐれで君が目を醒ましたら、その時ちゃんと伝えるよ。俺の気持ち」 少しだけ美沙が笑ったように見えた。 君が目を醒ますまで、この気持ちは胸の奥にしまっておくよ。 |