font-size L M D S |
有里子は放課後の教室が好きだった。
誰も居ない空間に、秩序正しく並べられた机や椅子。大きく取られた窓から見える青い空。下に目線を移すと、部活動をしている生徒たちが見えた。 有里子は窓際の一つの席に腰を下ろした。 静かに流れる時間。耳を澄ますと聞こえてくる部活動をしている生徒の声。 折り重ねた両腕を枕にして、窓際に顔を向け、有里子は目を閉じた。 暖かく射す日差しが、この上なく気持ちがいい。 静寂を破る足音が聞こえる。バタバタと慌てたように教室に入ってきた。 「・・・・・・あれ・・・・・・?」 忘れ物を取りに教室の扉を乱暴に開けた雄太は、有里子の姿を認めて驚いた。雄太を見つめる彼女は知らない顔だった。一瞬、時が止まる。 思わず教室を確認した。・・・・・・自分の教室だよな、と有里子に向き直る。 「えーっと・・・・・・」 「ごめんね。勝手に入って」 そう言いながら、彼女は立ち上がった。傾きかけた夕日を背にしているので、顔がぼんやりとしか見えない。 「あ・・・・・・いや・・・・・・」 何て返したらいいのか、分からない。卒業生、なのだろうか? だけど制服を着ている。 じゃあ、違うクラスだろうか? でも見たことない顔だった。 「あたしは山田有里子。貴方は?」 「・・・・・・は、浜崎雄太・・・・・・」 有里子の名前を聞いても、聞いた覚えがない。 (転校生?) そう思ったが、何だか違う気もした。 有里子は雄太に笑顔を向けながら、ゆっくりとこっちに歩いてきた。 「ねぇ。探検しない?」 突然の有里子の申し出に、頭が真っ白になる。 「た、探検?」 「そう、探検」 有里子は楽しそうに笑った。 「いいけど・・・・・・。探検って何するのさ?」 「学校を探検するのよ。したことある?」 聞かれた雄太は首を横に振った。二年生になったのだが、学校を探検したことなんか一度もない。 「行きましょ」 有里子は楽しそうにそう言うと、雄太の手を引っ張った。有里子の体温が伝わる。温かい彼女の手に、なぜか雄太は安心した。 二人はいろんな場所を巡った。 普段なら絶対に行かない体育館の裏とか、入ったことのないような教室。実験室の準備室や、誰も居ない校長室。 全てが新鮮だった。陽も落ちかけた頃、誰も居ない食堂へやってきた。 「楽しかったー」 有里子は両手を空へ向け、深呼吸した。雄太も思いがけず楽しかった。 先生に見つからないように隠れながら歩いたり、入ったことのない教室でいろんな物を見つけて、二人で笑った。 こんなに笑ったのは、本当に久しぶりだった。 「あたしね、こうやって探検したの、初めてなの」 「俺もだよ」 その言葉に有里子は、優しく微笑んだ。 「付き合ってくれてありがとう」 「ううん。俺も楽しかったし」 「よかった。雄太君、友達に・・・・・・なってくれる?」 「うん」 『変なことを言うなぁ』と思いながらも頷く。すると有里子は安心したように微笑み、雄太に抱きついた。さっきとは打って変わって、有里子はひんやりとしていた。 「ありがとう」 耳元でそう呟くと、有里子はゆっくり離れた。 「もう・・・・・・行かなきゃ・・・・・・。楽しかった。ありがとう」 有里子がそう言うと、彼女の姿がどんどん透明になって消えていった。 「え・・・・・・?」 自分の目を疑った。今までそこに居て笑っていた有里子は、跡形もなく消えていた。彼女と繋いだ手に温もりだけを残して。 雄太は有里子のことを知りたくなり、担任教師に彼女のことを尋ねた。すると教師は複雑な表情を浮かべた。 山田有里子は、もうこの世には居なかった。 彼女は酷いイジメを受け、それから逃れようと、誤って階段から落ちたという。 五年前。彼女が高校二年になったばかりの春の出来事だった。 それからもう二度と有里子は現れることはなかった。 雄太は赤く染まる空を見上げた。有里子が笑っているような気がした。 |