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秀明はいつものように交差点に立った。相変わらずの人の多さだ。それが妙に秀明の心を落ち着かせた。
いつもここで待ち合わせた彼女は、もう来ない。それくらい分かってる。 だけどどこか期待をしているのか、気がつくとここに立っている。 「来るわけ・・・・・・ないか・・・・・・」 小さく呟く声が自分の胸に響いた。 いつからすれ違っていたんだろう? 何を怖がっていたんだろう? もう思い出すことすらできない。 ただ一つ言えること。 どんな時でも、彼女、由香里がいてくれたこそ今の自分があるということだけ。 由香里に貰ってばかりだった。自分は何をしてあげられたんだろう? 『秀明の、笑った顔が好きよ』 挫けそうになった時、由香里は必ずそう言った。それだけで少し心が軽くなった。由香里が居なければ、この夢だって諦めていたかもしれない。 この交差点で秀明は由香里に出会った。 忘れもしない。秀明はミュージシャンを目指し、ギターを片手にここで路上ライブをしていた。 由香里は初めての客だった。拙い歌をずっと聴いてくれた。そして声をかけてくれた。 『あたし、貴方の歌好きです。だからがんばってくださいね』 そう言ってもらえた時、どんなに嬉しかったろう。 由香里の言葉があったからこそ、どんなに辛くて挫けそうでもがんばることができたのだ。 少しずつ縮まっていく距離。客が増えても、彼女は必ず聴きに来てくれた。最後まで聴いてくれた。それが秀明にとって、一番の支えになっていた。 ライブが終わってからいろんな話をした。自分のこと、今日の出来事、趣味など。時にはシリアスな話もしたが、それでも確実に二人で笑いあった日の方が多かった。 秀明は夢を追いかけた。 一番の理解者だったはずの由香里は、いつしか安定を求めた。 薄々は感じていた。だけど、秀明には夢を諦めることができなかった。 何度も挫折しかけたときに、支えてくれたのは由香里だった。だからこそ諦めたくなかった。 彼女のために夢を捨てることもできたかもしれない。だけど、それで本当にお互い後悔しないかというと、そうでもなかった。 もし夢を諦めたなら、由香里は自分のせいだと思ってしまうだろう。 秀明は苦渋の選択を迫られた。そして選んだのは・・・・・・。 「ごめん・・・・・・由香里・・・・・・」 人ごみの中、秀明は呟いた。涙がこみ上げる。 『秀明の、笑った顔が好きよ』 不意に由香里の声が聞こえる。顔を上げても、居るはずないのに探してしまう。 街にはこんなにも人が溢れているのに。一番会いたい由香里の姿はどこにもなかった。 明日、ここを旅立つ。由香里と過ごした時間はこれからもずっと忘れないだろう。 言わなきゃ。あの言葉を。 秀明はいつもライブをしている位置に立ち、真っ直ぐに前を見据えた。傾きかけた太陽が街をオレンジ色に染め上げた。 深呼吸して、口を開く。 「さよなら」 小さく漏れた声は、雑踏にかき消された。 秀明はギターを持ち直すと、一歩を踏み出し、人ごみに紛れた。 inspired:hello,good-bye/SOPHIA (ALBUM【EVERBLUE】収録)
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