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STAGE 1  序曲
 時は六月。快晴。まだ梅雨明けしていないのが不思議な天候である。そしてここはある高校のある教室。
「いざ! 勝負!」
 トランプを掲げた五人は、一斉に机の上に出した。
「やったー! またあたしの勝ちぃー」
 紅一点である樹里が叫んだ。
「うげっ。またおいらの負けじゃん」
 武藤雄治が肩を落とす。彼は樹里とバンドを組んでいる同級生で、ドラムを担当をしている。
「俺、コーラね」
 トランプをまとめながら、新藤拓実がリクエストをした。拓実は晴樹や樹里と幼馴染で、ギターを担当している。ちなみに彼は生徒会長でもある。
「あたし、スポーツドリンクね。虎太郎は?」
「オレンジジュース」
 小さく呟いた彼は虎太郎・J・スミス。彼はキーボード担当。名前からも分かるようにハーフだ。
「涼は?」
「俺、サイダー」
 そしてベーシスト七瀬涼。彼は樹里たちより二歳上で、この学校の卒業生である。
「分かったよ。行きゃいんだろ? 行きゃあ」
 全員にリクエストされた雄治は、半ばムキになりながら立ち上がった。
 雄治が教室のドアを開けようとした時、先にドアが開いた。
「おわっ。びっくりした」
 そのドアを開いけた人物が一歩後ろへ下がる。
「こっちがびっくりしたわ!」
 雄治も負けじと叫んだ。そこにいたのは、晴樹だった。
「どうかしたの? ハル」
 通称のハルと呼ばれた晴樹は、慌てた様子で教室に入ってきた。
「樹里、みんな、大変だよ!」
「落ち着けって。何が大変なんだ?」
 拓実が落ち着かせようと、晴樹の両肩を押さえる。晴樹に深呼吸をさせ、落ち着いたところで晴樹が口を開く。
「今度の文化祭、また涼が出られないかもしれない!」
「それ本当?」
 晴樹の言葉に樹里が詰め寄った。ドキッとした晴樹は接近してきた彼女を思わず避けながら、頷く。
「拓実。お前、生徒会長だろ? 何とかなんねーの?」
 雄治が拓実の肩を叩いた。
「そんなこと言われてもな・・・・・・」
 拓実は困ったように頭をかいた。
「おい、ハル。その話、どこで聞いてきたんだ?」
 渦中の人である涼だけが一人落ち着いている。
「貴寛だよ。去年と同じく、涼はやっぱりOBだから出られないんじゃないかって」
 涼は二年前にこの学校を卒業している。今まで練習に顔を出すこと自体は、一度も文句を言われたことはない。
「貴寛が?」
 五人は一斉に聞き返した。
「うん。学校も認可してないって」
「おいおい、生徒会長。副会長に勝手に決められてんじゃん」
 雄治が拓実に掴みかかったが、涼にはがされる。
「俺、貴寛に聞いてくる」
 悩んだ拓実は事実を確かめに教室を飛び出した。
「あたしも行く!」
「俺も」
 結局メンバー全員が拓実の後に続いた。

「貴寛!」
「どうしたんだ? 怖い顔して」
 生徒会室には副会長であり、晴樹や樹里のクラスメートでもある仁科貴寛が仕事をしていた。
「涼が文化祭出られないって本当か?」
 拓実が慌てて聞くと、貴寛は拓実の後ろにいた晴樹に気づく。
「ん? ああ。ハルに聞いたのか。俺は可能性の話をしたんだよ。去年は結局出れなかったんだから、今年もそうなんじゃないかって」
「やっぱり出られないの?」
 樹里が念押しで聞くと、貴寛は頷いた。
「多分ね。その可能性のが高いと思うよ」
「そっかぁ」
 樹里が溜息をつく。その様子が今にも泣き出しそうだったので、晴樹は慌てて樹里を励ました。
「だ、大丈夫だって! 先生たち、説得すりゃ何とかなるって!」
「ハル。そんな簡単なことじゃ・・・・・・」
「そっか。そうだよね。」
 拓実の言葉は樹里には聞こえていなかった。拓実は頭を抱える。
「説得って、どうやってすんだ? 去年だってできなかったのに」
 雄治が鋭いツッコミをした。
「それなんだよね。ねぇ。どうしたらいいと思う?」
「へ?」
 いきなり樹里に話題を振られ、貴寛は驚いた。
「知らない。俺には一切関係ない」
 思わずプイっとそっぽを向くと、樹里は頬を膨らませた。
「けちぃ」
 樹里のかわいさにドキドキしながら、平静を装う。
「好きなのに、無理しちゃって」
「なっ!」
 後ろから涼に囁かれ、図星だった貴寛の顔が真っ赤になる。それを見た涼は、忍び笑いをした。
「?」
 涼の囁きが聞こえていなかった樹里は、貴寛の様子に首を傾げた。しかしそのやり取りが聞こえてしまった晴樹は相当焦ってしまった。
(やっべぇ。貴寛も樹里のことが好きなのかよ。これ以上ライバルが増えてどうすんだ?)
 晴樹は周囲を見渡した。
 それにしてもなぜ樹里の周りには、モテる男がたくさんいるのだろう?
 まず自分と同じく樹里の幼馴染の新藤拓実。彼はルックスよし、頭よし、運動神経よしと三拍子揃っており、更に性格も人当たりもいい。非の打ち所のない彼がモテないわけがない。
 樹里とも仲が良く、現に一緒にバンドを組んでいる。実は晴樹も入りたかったのだが、動機が不純な上、楽器が何もできないので残念ながら入ることができなかった。
 そしてバンド内で拓実と並んで人気があるのが、ベーシストの七瀬涼。彼は樹里の二歳上の兄と大親友。
 樹里たちがベースを捜していた時、涼はバンドを解散したばかりだった。ダメ元で誘ってみると、あっさり承諾され、現在に至る。
 涼は長身で、クールな性格、そして切れ長の涼しげな目を持つ整ったルックス。更に趣味は単車という、これまたカッコよさがプラスされ、拓実とはまた違うタイプで人気がある。
 そしてドラムの武藤雄治。彼は小学校からの友達。つまり腐れ縁である。彼もまた涼に負けず劣らずの長身で、何より力持ち。樹里なんかひょいっと何気なく抱き上げられる。チビな晴樹としては、羨ましい限りだ。そして見かけは威圧感があって一見怖いのだが、性格は優しいので意外と人気があったりする。
 そしていつも樹里の後ろについて歩いている、キーボード担当、虎太郎・J・スミス。ハーフである。それだけでモテる要因なのだが、帰国子女で更にピアノの腕はピカイチで、繊細でかわいらしい顔立ちをしている。何だかどこかの国の王子様的オーラを放っているように見える。
 しかし彼には欠点があった。それは人と接するのが大の苦手、ということ。
 彼がアメリカにいた頃、イジメに遭っていたらしく、そのせいで人と距離を置くようになってしまったのだ。
 彼は母親を早くに亡くし、父と兄の三人で暮らしていた。父親の転勤で日本に来たのだが、アメリカ人の父に育てられたため、日本に来た当初は日本語は全くと言っていいほど話せなかった。
 転校して来たのは中学二年生の一学期。その頃、英語しか話せずクラスに全く馴染めずにいた。アメリカン・スクールにでも行けばよかったのだろうが、虎太郎の父親はアメリカでイジメに遭っていたことも知っていたし、日本語を覚える良い機会だと、地元の中学校に転入させたのだ。クラスに馴染めない虎太郎を見かねた樹里が声をかけたのが始まりだった。初めは警戒していたが、徐々に心を開くようになり、今ではバンドメンバーや晴樹とは話せるようになった。しかしやはり、人と壁を作るきらいがあるらしく、晴樹たち以外とは自分から話そうとしない。
 そして生徒会副会長の仁科貴寛。この学園で拓実と人気を二分割している男。こいつは中学の時から拓実のライバルで・・・・・・。いや、正確には貴寛が勝手にそう思っているみたいだが、晴樹の知る限り、テストでもスポーツでも今まで一度も拓実に勝った事はない。しかし貴寛にはファンクラブまであったりする。
 晴樹は今の今まで貴寛も樹里が好きだということには全く気づかなかった。
(勝ち目ねーじゃん。俺)
 思わず溜息をついてしまう。
「ねぇ、ハル。どうしたらいいと思う?」
「え?」
 急に樹里に話し掛けられ、我に返る。
「せっかく五人で練習してたのに・・・・・・」
「去年みたく、四人で出れば?」
 貴寛はぶしつけにそう言った。
「ダメ! 今年は絶対五人で出るの!」
 樹里は自分の両手をギュッと握った。それを聞いた涼はおもむろに樹里の頭を撫でた。その光景を見た晴樹は妙な嫉妬に駆られる。
「何?」
 突然の意味不明な涼の行動に樹里が困惑した。
「いや、カワイイなと思って」
 恥ずかしい台詞をさらりと言う涼に、一同唖然とする。
「もー。こんな時に何言ってんのよ。涼はいいの? このまま出られなくなっても」
「いいよ。別に。お前が体で慰めてくれんなら」
 涼の発言に驚いたのは、晴樹と貴寛だけだった。
「バカ!」
 樹里は怒鳴り、メンバーはいつものことだとスルーした。
「こんな時に何言ってんだよ。おい、拓実。何か良い考えないのか?」
 雄治がじれったそうに尋ねた。
「うーん。ま、とりあえず俺から先生に聞いてみるよ。もしやっぱりどうしてもダメって言うんなら、何か方法を考えよう」
「そうだな」
 拓実の言葉に、涼が頷いた。
「今日はとりあえず解散だな」
「んじゃ、明日また同じ時間に」
 拓実の言葉に、雄治が締めくくる。
「「お疲れっした」」
 バンドメンバー五人と晴樹はそこで解散した。
「ハル。帰ろう」
「うん」
 樹里に誘われ、晴樹は上機嫌になる。しかし一緒に帰ると言っても、同じ方向の虎太郎ももれなく付いてくる。
「拓実は?」
 晴樹が聞くと、拓実は生徒会室を覗いて答えた。
「生徒会の方の仕事、終わらせて帰るよ」
「そか。んじゃ、俺らは先帰るな」
「うん。また明日」
 拓実を残し、五人は家に帰る用意をしに、元いた教室に戻った。

 帰り道。晴樹、樹里、虎太郎の三人は夕闇に染まる街並みをゆっくり歩いていた。
「そういや、ハル。今年は出ないの? ダンスコンテスト」
 樹里に尋ねられ、晴樹は唸った。
 この学園の文化祭ではダンスコンテストとバンドコンテストが開かれる。文化祭前日に出場希望者が集まり、全校生徒の前で予選が行われ、生徒たちは自分たちが一番いいと思ったバンドとダンスグループにそれぞれ一票ずつ投票する。生徒会がそれをそれぞれ集計し、上位三バンドと三チームが、文化祭当日客の前で発表ができる。そこで更に投票が行われ、それで順位が決まる、というシステムだ。
「うーん。だって去年のメンバー、今年は受験に集中したいからって、断られたし。一人で出てもな・・・・・・」
 昨年は樹里たちのバンドと晴樹が作ったチームがそれぞれ優勝した。
「メンバーかぁ。今から探すのも難しいもんね」
「・・・・・・うん」
 晴樹の唯一得意なものはダンスだ。しかし将来のことを考えると、悩んでしまう。
 幼馴染の樹里や拓実はそれぞれの夢に向かってちゃんと歩き出している。二人の夢はプロのミュージシャン。今現在、バンドを結成して、その夢に向かって進んでいる。それなのに晴樹自身は何もできていない。
 そんなことを考えながら歩いていた時、通りかかった公園から音楽が聞こえてきた。何だろう、と三人が公園を見ると、ダンスをしている三人が見えた。
「あれ? ねぇ、あれって、うちのクラスの佐伯くんたちじゃない?」
 樹里が踊っている三人を指差す。
「ホントだ。おーい!」
 晴樹は三人に駆け寄った。樹里と虎太郎も晴樹の後を追う。
「おう。ハルじゃん」
 駆け寄る晴樹に気づいた一人、吉岡恭一が顔をこちらに向ける。
「今帰り?」
「うん。三人は何してるの?」
「見ての通りのダンスの練習」
 佐伯要がタオルで汗を拭きながら答えた。
「俺たち今、ストリートダンスにハマっててさ。それで練習してたんだ」
 氷浦陽介が言葉を付け足すと、樹里が納得して頷いた。
「そうなんだ」
「文化祭とか出るのか?」
 思わず晴樹が質問すると、恭一が苦笑する。
「うーん。出られればね」
「どういうこと?」
 樹里が首を傾げた。
「だってどうせなら優勝したいじゃん? でもうちのコンテストって、毎年ハイレベルだから勝ち目ないかなーって」
 恭一の答えに、晴樹が反論した。
「でも諦めんの、もったいねーよ。せっかく練習してんのに」
「そうだよ。やるだけやってみなきゃ」
 樹里も晴樹と同じく三人を励ました。
「って言ってもな・・・・・・」
 二人の励ましに、恭一は頭を掻いた。
「! なぁ、ハル。お前、確か去年出てたよな?」
 陽介がいきなり晴樹の肩を掴んだ。
「え? うん」
「ハルのチーム、優勝したんだよ」
 樹里が自分のことのように嬉しそうに話す。すると、陽介が首を傾げた。
「今年は出ないのか? コンテスト」
「いやぁ、出たいんだけどさ。去年のメンバーに受験に集中したいからって断られちゃって・・・・・・」
 そう言うと、陽介は嬉しそうに笑った。
「ちょうど良い!」
「え?」
 話が見えず、思わず聞き返す。
「ハル、俺たちと一緒にやろうぜ」
「へ?」
 陽介の突然の提案に、晴樹は状況を飲み込めずにいた。
「な、いいだろ? 恭一、要」
 陽介が後ろにいた二人に聞くと、二人は驚いた顔をしつつも頷いた。
「え? まぁ、そりゃハルが一緒にやってくれんなら心強いけど・・・・・・」
「俺も別に構わないけど・・・・・・」
 二人の答えを聞いて、陽介はもう一度晴樹を見た。
「と言うことだ。一緒にやろうぜ」
「え?」
 話がどんどん進んでいくので、晴樹は付いていけなくなる。
「で、でもオレ、ストリートダンスなんて、やったことねーぞ!」
 そう言うと、陽介は笑った。
「いんだよ。俺らも素人なんだから」
「ハル。良かったじゃない。仲間、見つかって」
 樹里にそう言われてしまうと、やるしかなくなってくる。晴樹は腹を括った。
「んじゃ・・・・・・よろしく」
「「よろしく」」
 晴樹が頭を下げると、三人も頭を下げた。
「じゃあさ、入ったってことで、とりあえずどんなのやってんのか、見せてくれよ」
 晴樹は三人にダンスを催促したが、三人は動こうとしない。
「どした?」
「踊る・・・・・・のか?」
「そうだよ」
 恭一の確認に、晴樹は頷いた。
「誰が?」
「お前ら三人」
 要のボケに晴樹がツッコむ。三人は顔を見合わせた。
「どうしても?」
「どうしても! お前らの実力が分からなきゃ、どの程度のレベルでやるのか、見当つかねーだろ?」
「そりゃそうだけど・・・・・・」
 三人はチラッと樹里を見た。その視線に気づく。
「ん? あたし、邪魔だった?」
「そんな!」
「違うよ!」
 樹里の問いを三人は焦って訂正した。
「何だよ。はっきりしろよ」
「いやぁ・・・・・・」
 晴樹にそう言われても、曖昧な返事しか返ってこない。
「大方、樹里にカッコ悪い姿、見られたくないんだろ?」
 ふと頭上から声がした。見上げると見慣れた顔があった。
「雄治」
「よっ!」
 雄治がニカッと笑う。
「何やってんの? こんなところで」
 樹里が訊ねる。雄治はとっくに帰ってると思っていたのだ。雄治の家はこの道を通らない。
「そこ通りかかったら、ハルたちがいるの見えてさ。何やってんのかと思って」
「そうなんだ。ねぇ、雄ちゃん。さっき言ってたの、どういう意味?」
 樹里に聞かれ、雄治は説明をした。
「男にはプライドがあるって話。女の前でカッコ悪い姿なんか見せらんないってことだよ。でもさ、大丈夫だって。お前らの実力、俺が保証してやる。」
「見たことあんの?」
 晴樹の問いに、雄治は頷いた。
「おう。だってここでよく練習してるだろ? たまに見かけてさ」
「ノゾキ?」
「ちゃうわ!」
 晴樹の素の返しに雄治は思わず関西弁でツッコんだ。
「とにかく! やってみって」
「そうだよ。やってみてよ」
 雄治の言葉に晴樹も同調する。三人は渋々曲を再生させ、踊った。
「何だ。結構踊れんじゃん。全然踊れないのかと思った」
 晴樹は感心した。
「すごーい。カッコよかったよ」
 樹里が踊り終わった三人に拍手を送ると、三人は照れた。しかし三人が一番気になるのは、晴樹の反応である。
「どうだった?」
 恐る恐る恭一が尋ねた。
「いいじゃん。やり始めたばっかって言うからもっとお遊び程度のもんかと思ってた」
 晴樹の言葉に三人はホッと胸を撫で下ろす。
「そういや雄ちゃん、あたしに用あった?」
 樹里が雄治に話を戻した。
「そうそう」
 思い出した雄治はかばんをごそごそと漁った。
「この間言ってた曲、CDに落としてきた」
 雄治がCDを樹里に見せると、すぐに樹里は気づいた。
「あ、新曲?」
「そ。メロディーとコードだけだけど」
 雄治が頷く。
「聞きたい! じゃあ、ハル。私たち、先帰るね」
「おう」
 樹里は晴樹にそう言うと、手を振った。
「バイバイ」
「バイバイ」
 全員が手を振り返す。残された晴樹を含む四人が、樹里に見とれた。
「樹里ちゃん、カワイイよなぁ」
「いーなー。ハル。樹里ちゃんと幼なじみなんだろ?」
 陽介と恭一が樹里の後ろ姿を見送りながら言うと、晴樹は何だか得意になった。
「まーな」
「いーよな。樹里ちゃんと接点あって」
「何で?」
 思わず聞き返すと、恭一が呆れた。
「何でって、樹里ちゃんっていやぁ、校内のアイドルだぞ? 知らないのか?」
「それは知ってるけど・・・・・・」
 樹里の人気はやっぱり気になるし、嫌でも耳に入ってくる。
「ブロマイド一枚、百五十円!」
 おもむろに恭一が樹里のブロマイドを取り出した。
「な、何持ってんだ! お前!」
 晴樹が慌てて、その写真を取ろうとするが、恭一にひらりとかわされた。
「オリジナルCD、千円!」
 今度は陽介が鞄からCDを取り出して見せた。
 それは昨年の文化祭のバンドコンテストで大きな反響があり、生徒会の依頼で自主制作したCDだった。全校生徒の約九十%が持っていると言う噂がある。
「写真集!」
「「写真集?」」
 要が鞄から取り出したものに三人が首を傾げる。
「何? 写真集って」
「俺、初めて聞いたぞ」
 恭一と陽介が要に詰め寄った。
「げ、限定なんだって! 三千円以上のグッズを買うと抽選で買えるっていう」
 詰め寄られた要は、逃げ腰で答えた。
「え? 知らねぇ。そんなの」
 恭一が眉をひそめた。
「ってか、抽選な上に金出すのかよ」
 要の言葉に晴樹は冷静にツッコんだ。
「おい。見せろよ」
「見てもいいけど、大事に見てくれよ」
 要は渋々写真集を渡した。全員で写真集を見る。
「ってか、隠し撮りとかばっかじゃん」
 写真集を見た晴樹が一言。写真集というより、アルバムみたいなものだった。
「ブロマイドもだぜ? たまーにカメラ目線あるけど」
「これ、どこで買ったんだ?」
 晴樹は思わず要を睨んだ。
「よ、よく知らねーよ。写真部だとは思うけど」
 要が答えると、突然晴樹が走り出した。
「あ、おい。ハル! どこ行くんだよ!」
 陽介の問いに答えることなく、晴樹が走り去った。三人は慌てて片付けて、晴樹に付いて行った。

「樹里!」
 晴樹は樹里の家に勝手に上がり、樹里の部屋の扉を開いた。
「びっくりしたぁ」
 部屋では樹里と雄治と虎太郎の三人がコンポでさっきのCDを聞いていた。
「樹里、お前知ってたか?」
「何が?」
「写真が売られてるぞ」
 晴樹の言葉に、樹里は首を傾げた。
「写真?」
「ブロマイドだよ。一枚百五十円で」
「買う人いるんだぁ」
 樹里は妙なところで感心している。
「いや、そうじゃなくて・・・・・・。それから、三千円以上買ったら、写真集とかも買えるってとかって・・・・・・」
「誰から聞いたの? そんな話」
 突然の情報に、樹里は苦笑して聞き返した。
「要が持ってた」
「バラすなよ」
「うぉ」
 気が付くと晴樹の後ろに要たち三人が立っていた。
「ごめん。樹里ちゃん。勝手に上がって来ちゃって」
 恭一が謝ると、樹里は首を振った。
「いいよいいよ。それよりそんなとこ立ってないで、こっち入ったら?」
 樹里は入口に立ち尽くしている三人を迎え入れた。
「樹里! そいつらが持ってんだぞ。写真とかCDとか」
「だからバラすなって」
 陽介が晴樹の頭を小突く。
「いーじゃん。そんくらい。こいつらん中で、樹里はアイドルなんだから。なぁ?」
 雄治のフォローに三人は頷くしかない。
「でも写真なんてどこで手に入れたの?」
「多分、写真部・・・・・・」
 樹里の質問に三人はもごもごしながら答えた。
「写真部?」
 その答えに樹里は首を傾げた。
「さーってと、おいらはバイト行くべ」
 雄治が不自然に立ち上がる。
「お待ち!」
 樹里はガシッと雄治の服を引っ張った。捕まれば最後。逃げられない。
「そういや、最近写真部によく行ってたヨネ」
 珍しく虎太郎が口を開いた。
「雄ちゃん?」
 樹里がにっこりと笑う。しかし目は全く笑っていない。
「ハハッ」
 雄治は力なく笑った。次の瞬間、観念した雄治は樹里の目の前で合掌した。
「わりぃ! 樹里! おいら今月金欠でさぁ。お前の写真高く買ってくれるっつーからつい・・・・・・」
「つい・・・・・・じゃないでしょ! どーゆーことよ! 仲間を人に売るなんて信じらんない!」
 樹里はとっても怒っていた。当然のことだ。
「この際、全部吐いちゃえば?」
 晴樹は雄治の肩を叩いた。この調子だと余罪はたっぷりとありそうだ。
「スマン! 虎太郎の写真も売った!」
「ええっ!」
 全員が驚くが、晴樹はやっぱりと溜息をつく。
「拓実や涼も売ったんだろ?」
 晴樹がツッコむと、雄治は土下座した。
「ごめんなさい!」
「信じらんない。呆れて物も言えないわ」
 樹里も溜息をつく。
「そしてスマン! ハルも売った!」
「なっ、俺もかよ! 俺のなんてよく買ってくれたな」
 思ってもみなかった展開に、自分のことのようには感じられなかった。
「アホか。お前、意外と人気あんだぞ」
「そーゆう問題?」
 雄治の言い分に、恭一がツッコむ。
「これでようやく分かった。最近、バイト代で新しいドラムセット買ったって言ってたけど、本当は写真売ったお金だったんでしょ?」
「うっ」
 樹里のツッコミに、雄治は顔を歪めた。どうやら図星らしい。
「やっぱり」
「肖像権とかあるんだからさ、半額は俺らのだよな」
 自分も関わったことが分かった晴樹が訴える。そういう問題でもないような気がするが、誰もツッコまなかった。
「だね」
「ん? 虎太郎、何やってんの?」
 頷いた樹里の後ろでゴソゴソしている虎太郎に晴樹が話し掛ける。
「ホーコク」
 よく見ると虎太郎は携帯をいじっていた。
「報告?」
 晴樹が首を傾げると、虎太郎は笑顔で言い放った。
「タクミとリョウに送信カンリョー」
「げっ」
 その言葉に雄治の顔が引きつる。
「雄治。ここで正座」
 樹里に命令され、雄治は渋々座った。
「吉岡君たちはくつろいでていいからね」
「う、うん」
 樹里の意外な一面を見て、恭一たちは戸惑った。樹里はそう言うと、晴樹たちの飲み物を取りに一階に下りて行った。
「なぁ。ハル。樹里ちゃんって、意外と普通なんだな」
「普通って? 樹里のイメージってどんなの?」
 恭一の言葉に晴樹が問う。ずっと一緒にいるので、みんなのイメージが分からない。
「何て言うか、もっとお嬢様的というか、近寄りがたそうな感じだと思ってたんだけど、そうでもないって言うか・・・・・・」
「近寄りがたい?」
 意外なワードが出てきたことに、晴樹は驚いた。
「放つオーラが他の女子とは違うというか・・・・・・」
 陽介が言葉を付け足す。何となく分かる気もする。
「お前ら、見かけに騙されちゃダメだ」
 雄治が樹里に言われた通り正座をしたまま、会話に入ってきた。
「あいつはな、見かけはカワイイが、怒るとすんげぇ怖いんだ! そらぁもう、血の雨が降るくらいにな!」
「雄治が怒らすようなことばっかしてっからじゃん」
 晴樹がすかさずツッコむと、虎太郎も頷いた。
「ジュリ、ボクには優しいヨ」
「俺にもだ。お前だけだよ。樹里によく怒られてんのは」
「そ・・・・・・ですね」
 二人にそう言われ、雄治は何も言えなくなった。するとその時、階段をバタバタと駆け上ってくる足音がした。
「おい。雄治! どういうことだ?」
「てめぇ。何してんだ! ゴルァ!」
 意外と冷静な表情の拓実と今にも怒りが爆発しそうな涼が入ってくる。いや、もう爆発している。
「二人とも、ケンカするなら外でやってよね」
 飲み物とお菓子を手に入ってきた樹里に諭される。
「俺たちの写真を写真部に売ってたって本当なのか? 樹里、虎太郎」
 拓実の問いに樹里と虎太郎は頷いた。
「ちなみにおいらも被害者です」
 晴樹も挙手する。
「どうしてお前はそうやって勝手なことするんだよ!」
 涼が雄治の胸倉を掴んで怒鳴る。
「涼、もういいよ。しょうがないよ。売っちゃったもんは」
 拓実が涼を抑える。
「拓実・・・・・・」
 雄治がホッとしたのも束の間だった。
「ま、これからしばらくは俺らの言うこと聞いてもらって、ジュースも全部おごりな」
「し、しばらくっていつまで?」
 拓実の言葉に恐る恐る問う。
「そりゃ、飽きるまで」
 拓実は満面の笑みでざっくりと宣告した瞬間、雄治が凍りついた。
「あ、オチた」
 雄治は涼に胸倉をつかまれたまま、魂が抜けていた。
「拓実が怒ると一番怖いの知ってるくせに」
 樹里が溜息をつきながら、恭一たちの前に持って来た飲み物を出す。
「それより涼。バイトじゃなかったのか?」
 雄治を無視し、拓実が問う。
「そうだよ。バイト抜けて来たんだよ!」
 怒りながら答える。
「俺に怒んなよ」
「涼、はい。お茶」
 樹里に差し出された冷たいお茶を、一気に飲み干すと、空になったコップを返した。
「んじゃ、俺、戻るわ。あとよろしく」
「行ってらっしゃい」
 全員で涼を見送る。涼は嵐のように帰って行った。
「拓実は? 生徒会の仕事、もう終わったの?」
「ああ。帰り道でメール見たから」
 拓実の答えに、樹里が納得する。
「ところで吉岡たちは? どうしてここにいるんだ?」
 拓実が珍しい客人に目を向けた。
「あ、ハルについて来ちゃって」
 恭一が何故か恐る恐る答える。
「ま、そのおかげで雄ちゃんが自白したんだけどね」
「こいつら、樹里のブロマイド買ってたんだ」
 晴樹がまたしてもバラす。
「ま、樹里は校内のアイドルだからな」
「そうなの?」
 拓実の言葉に樹里が聞き返す。
「知らなかったのか?」
「うん」
 樹里はコクンと頷いた。本人の耳には情報は入らないのだろうか?
「お前の写真やらグッズやら、めちゃくちゃ売れてるらしいぞ」
「何で拓実そんなこと知ってんの?」
 晴樹が問うと、拓実が頭を抱えた。
「生徒会室になぜか樹里のグッズがある」
「ってことは、生徒会の誰かが樹里のファン?」
「っていうより、俺を除いた男子生徒会員全員だな」
 拓実の答えに全員が納得する。
「何それ。あたし、全然得してないんですけど」
 話を聞いていた樹里が抗議する。
「ま、それは明日抗議しに行くってことでさ。でもまさか俺のまで売られてるとは思わなかった」
 拓実はそう言いながらベッドの上に堂々と座った。
「それより、俺だよ。びっくりしたのは。俺のまで売ってるとはな。まだ要とかなら分かるけどよ」
「は? 俺?」
 晴樹に突然話題を振られ、要は驚いた。
「あー、要くんかっこいいもんねー」
 樹里に言われ、要は照れ笑いを浮かべる。すると恭一と陽介に睨まれ、愛想笑いに変わった。
「そう言えば、ダンスってどうなったの?」
「あ」
 樹里に聞かれ、晴樹はようやく思い出した。
「そういや、ほったらかしで来ちゃった」
「いいよ。どっちにしても今日はもう練習する気ないし」
 恭一が出されたジュースを飲んだ。
「にしても樹里ちゃんの部屋、広いなぁ」
 陽介が辺りを見渡した。樹里の部屋は優に十畳ある。しかも置いている家具もシンプルなので、でかい図体をした男たちが数人いても余裕なのだ。
「樹里ん家は金持ちだかんな」
 ノンキにお菓子を食べながら晴樹が答えた。
「お金持ちってほどじゃないけど・・・・・・」
 樹里が訂正する。
「指揮者の父親とバイオリニストの母親だからねぇ」
「そうなの?」
 晴樹の言葉に陽介たちが驚いた。
「うん。だからうち、両親が家にほとんどいないの」
 そう言えば、勝手に家に上がった時、一階には人の気配がなかった気がする。
「じゃあ、樹里ちゃん。家で一人?」
「ううん。二個上に兄がいるの。だから兄と二人暮らし」
「そうなんだ」
 樹里の話を初めて聞く三人は感心した。
「知らなかったのか?」
「うん」
 晴樹の問いに三人が頷く。
「なんだ。樹里のファンって言っても、あんまプライベートなことは知られてないんだな」
 拓実があっさりと言う。そう言われると何も言い返せない。
「拓実、言い方がイジワル」
 樹里がツッコむが、拓実は謝る気はないらしい。
「んで、こいつはいつまで寝てるんだ?」
 拓実は足元に転がっている雄治を軽く蹴った。しかし全く起きる気配がない。
「完全に寝に入ってる」
 晴樹は雄治を覗き込んで言うと、樹里たちは呆れた。
「いいよ。ほっとけば。そのうち起きるでしょ」

 それがそうでもなかった。結局、皆が帰る頃になっても起きなかったので、仕方なく晴樹と拓実が起こす。
「んあ? 何? 朝?」
「アホか」
「帰るぞ」
 晴樹と拓実にののしられ、雄治はブーたれながら起き上がった。
 そして三人は藍田家を後にした。

 翌日の放課後。その日の授業が終わったバンドメンバーは、いつもの教室に集まっていた。
 ここはもう使われていない教室で、バンド練習をするために教師の許可を得て借りている。だが、練習時間よりもトランプ等で遊んでいる、もとい勝負している方が多い。しかもその勝負に負けた者が全員にジュース等を奢るという罰ゲーム付きだ。
 大抵負けるのは雄治と相場は決まっているが、毎日一回は必ず勝負する。しかし昨日の一件もあり、今日は確実に雄治の奢りが決定していた。なので今日は勝負ではなく、完全なる遊びである。
 しかし現在教室には、樹里、雄二、虎太郎の三人しかいない。
「拓実、遅いなぁ」
 生徒会室に行ったっきり戻って来ない。
「しょーがねーべ。涼が出れるかどうかセンコーに掛け合ってんだから」
 雄治が手持ちカードを出しながら言った。
「そうだけどさ」
 樹里はむくれた。
 昨日貴寛が言っていた一件が気になり、生徒会長である拓実が教師に相談してみることになった。ややこしくなったらいけないので、今日は拓実一人で掛け合うことになっている。
「涼も来ないし・・・・・・」
「それこそしょーがねーべ。今日はバイトなんだろ?」
「むー」
「ノド渇いた・・・・・・」
 虎太郎が呟く。
「そうだね。雄ちゃん。ジュース買って来て」
「へいへい。何にしやしょう?」
 雄二は机の上のトランプをかき集めながら、聞いた。
「オレンジジュース」
 虎太郎がリクエストすると、雄二は意地悪く笑った。
「お前好きだな。オレンジジュース。そんなに飲んでたらオレンジみたいな顔んなるぞ」
「ウソツキ」
 冗談なのに素で返されてしょんぼりする。
「・・・・・・樹里は?」
「あたしスポーツドリンク」
「了解」
 二人のリクエストを聞くと、雄治は教室を出て行った。
 樹里はふと窓の外を覗いた。見たことのある後ろ姿に窓から身を乗り出して叫ぶ。
「ハルー」
 その声に気づいた晴樹が振り返る。樹里が手を振ると、晴樹は大げさなくらいに手を振り返した。
「ハルー。今から練習?」
「そー」
「じゃあ、終わったらでいいから後で吉岡君たちと一緒に上がってきてー」
「へ?」
 樹里がなぜそんなことを言うのか分からなかったが、言う通り練習が終わってから、恭一たちと樹里が待つ教室へと向かうことにした。

 教室に行くと樹里と虎太郎と雄治の三人がいた。
「あれ? 三人だけ?」
「涼はバイトで、拓実は昨日の一件を先生に確かめに行ってる」
「ふーん。あ、連れて来たよ」
 晴樹が後ろを振り向くと、恭一たち三人は入口で固まっていた。
「どうしたの? 入ってきたら?」
 樹里に声をかけられ、ようやく三人は教室に入って来る。
「で? 何?」
「これこれ」
 じゃーんと樹里が出したのは、クッキーだった。
「クッキー?」
「そう。おととい焼いてたの忘れててさ。昨日家に来てもらった時も出すの忘れてて。だから食べてもらおうと思って」
「これ、樹里ちゃんが作ったの?」
「そうだよ」
 陽介の問いに満面の笑みで答える。それを聞いた三人は我先にとクッキーを口に入れた。
「「「うーまい!」」」
 三人は樹里の手作りということとそのクッキーが見かけに違わず美味しいことに感動した。
「良かった。どんどん食べてね」
 褒められて嬉しくなった樹里はクッキーを勧めた。
「樹里」
「あー。拓実、お帰り」
 ようやく拓実が帰ってくる。雄二が声をかける。
「どうだった?」
「おい。やべーよ。このままじゃ」
 拓実は頭を抱えた。
「ヤバイって? どうゆうこと?」
「やっぱりダメだって」
「えー? 何で?」
 拓実の答えに納得の行かない樹里が、眉をしかめる。
「OBは基本的に出られないって決まりだからって」
「決まり? 去年と一緒かよ」
 雄治が言葉を吐き捨てるように言った。去年もその一点張りで、結局何も進展しなかった。今年も同じパターンであることにメンバーは思わず溜息を漏らした。
「でもどうすんだよ? 貴寛の言う通りじゃねーか」
 晴樹が聞くと、樹里が溜息のように言葉を漏らした。
「どうするったって・・・・・・手がないよ」
「去年は結局、樹里がベースボーカルやったんだったな」
 樹里の言葉に続くように雄治が言った。
「今年もそうするしか・・・・・・」
「ダメ!」
 拓実が諦めかける言葉を言うと、樹里が怒鳴った。
「今年は絶対五人で出るの!」
「何こだわってんだ?」
 樹里があまりにこだわるので、拓実が質問する。
「だって今年で文化祭終わりなんだよ? それにうちは五人が揃ってバンドなんだよ? それなのにメンバーが揃わないなんて・・・・・・。五人じゃなきゃ意味ないよ」
 樹里は泣き出しそうだった。
「樹里の気持ちも分かるよ。でも・・・・・・結局無理じゃないかと思う」
 拓実が樹里を説得する。
「でも! 諦めらんない。去年だってギリギリまで交渉したじゃない。今年も交渉してみる!」
「樹里」
 拓実の説得には応じず、樹里は意地になっているように見えた。
「みんながやらなくても、あたしはやるから」
「誰もそんなこと言ってないだろ」
「拓実・・・・・・」
「そうだよ。俺らだってできれば五人でやりたいって思ってる」
 雄治が樹里の肩をポンと叩いた。
「ボクもそう思う」
 虎太郎が続く。
「みんな・・・・・・」
 自分ひとりじゃないと感じ、樹里は嬉しくなった。
「あのさ・・・・・・」
 今まで置いてきぼりだった晴樹が口を挟む。
「ん? 何? ハル」
「先生は『OBは基本的に出られないって決まりだから』って言ってたんだろ? 『基本的に』ってことは特例もあるってこと?」
「あっ。そっか」
「なるほどね」
 晴樹の言葉に何となく突破口が見えた気がする。
「でもその特例ってのが何か分かんないとどうしようもないよね」
「がんばれ。生徒会長」
 考えるのを諦めた雄治が拓実の肩を叩く。
「お前もちっとは何か考えろよ」
「頭脳は拓実専門じゃん」
 頭の良い拓実にすべて押し付けようとする魂胆が見え見えである。
「とにかく練習だね! 拓実も来たことだし、そろそろやる?」
「涼がいないけど」
 晴樹が言うと、樹里は笑った。
「いなくても大丈夫」
 拓実がギターを抱え、虎太郎と雄治も自分の楽器のスタンバイをする。そして樹里はベースを抱えた。
「アレね」
「アレな」
 アレで通じるのがすごい。雄治がカウントを取り、カウントに合わせ樹里のボーカルから入る。
「すげ・・・・・・」
 初めて間近で見た恭一が呟く。やはりこんなに間近で見るのと、文化祭のステージで見るのとでは迫力が違う。
 曲が終わると、恭一たちは思わず拍手を送った。
「すげー。かっこよかった!!」
「カンドーした!!」
「俺たちのダンスの曲作ってくれ!!」
「え?」
 最後の恭一の言葉に一同驚く。
「恭一。また変なこと言い出すー」
 要は呆れていた。
「あ、うん。いいよ」
「ホント?」
 樹里の即答に恭一が喜ぶ。
「いいのか?」
「そんな簡単に決めて」
「大丈夫だよー」
 口々に言うメンバーに樹里が笑う。
「どうせ依頼きたのが初めてだから、舞い上がってんだろ」
「うっ」
 拓実に図星を指される。流石幼馴染でバンドメンバーなだけある。
「いいじゃん。別にみんなに迷惑かけるわけじゃなし」
「いいよ。でも途中で放り出すなよ」
「うん!」
 兄のような口ぶりで拓実が言うと、樹里は嬉しそうに頷いた。
(カワイイ)
 樹里の笑顔にダンス組四人はメロメロになった。
 その時、突然思い切り教室の扉が開いた。
「樹里!」
「あれ? 沙耶。風邪、治ったの?」
「治った」
「授業出てなかったよね?」
「だってさっき来たもん」
 樹里のツッコミにあっさり答える。
 突然入って来た彼女は高井沙耶華。樹里の唯一の女友達である。幼稚園の頃からの幼馴染で、もちろん晴樹とも幼馴染である。彼女は風邪をこじらせ、ここ数日休んでいたのだった。
「聞いたよ。涼くん、また出られないかもしれないんだって?」
「誰から聞いたの?」
「貴寛」
 その名前を聞き、樹里は溜息をついた。
「そうなんだよね。昨日貴寛に言われて、今日拓実が先生に聞きに行ったらやっぱりそうなんだって・・・・・・」
「じゃあ、今年も状況的に難しい訳か」
 樹里の言葉に、沙耶華も溜息をついた。
「高井って樹里ちゃんと仲良かったんだ?」
「うわっ! びっくりした」
 要が話し掛けると沙耶華は驚いた。どうやらダンス組のメンバーは沙耶華の視界に入っていなかったらしい。
「そんなに驚かなくても」
「気づいてなかったんだな」
 雄二が笑う。
「要、知らんかった? いっつも沙耶と樹里、一緒にいるぞ」
 晴樹に言われ、要は考えてみた。そうだったような気もする。
「お前どうせ樹里しか見てなかったんだろ」
「あ・・・・・・はは・・・・・・」
 陽介に指摘され、要は乾いた笑いを浮かべた。
「まぁ、樹里のが目立つしね。あたしが地味だから」
 沙耶華は自嘲した。
 長い黒髪が綺麗な樹里とは対照的に、沙耶華は長い髪を二つに分けてみつあみし、更には眼鏡をかけている。地味と言えばそうである。
「いや、そんなことは・・・・・・」
 要がフォローしようとするが、沙耶華自身はあんまり気にせず話題を戻した。
「いいのよ。気にしないで。それよりどうすんの? 涼くんが出られないんだったら、また樹里がベースやらなきゃいけないんでしょ?」
「それは今考えてない。今年こそ説得して、五人で出るのが目標だから」
「ノンキなこと言ってぇ。去年説得できなかったんだから、今年できるわけないでしょ?」
 沙耶華の言い分はかなり現実的だった。
「でもやってみなきゃ、分かんないでしょ? 何もしないで諦めるのは納得いかないもん。それに、今年は最終手段があるんだから」
「最終手段?」
 沙耶華が聞き返すと、「そう」と短く答え、樹里は拓実の腕に自分の腕を絡めた。
「生徒会長様がいるからね。いざとなったら、生徒会長命令でなんとかなると思うのね?」
「だから俺が言ったってしょうがないだろって。バンドメンバーなんだし」
 拓実は樹里の絡み付いている腕を払った。
(何てもったいないことを)
 樹里に思いを寄せるダンス組四人は拓実を恨みの目で見た。一瞬殺気を感じたらしいが、拓実は動じなかった。
「何で?」
 樹里は拓実の言葉に納得せず、聞き返した。
「拓実はバンドメンバーだから、この件に関しては権限は持てないはずだよ。職権濫用になるっしょ?」
 沙耶華が代わりに答える。
「それじゃあ、どうしたらいいの?」
「それを考えるんだろ」
 樹里の問いに拓実が答えた。
 その時再び扉が開いた。一斉に全員が見ると、そこにいたのは生徒会の後輩だった。全員に見られて驚いた後輩は驚いたが、すぐに目的の人物を見つけると声をかけた。
「会長」
「何?」
 拓実がノンキに聞き返す。
「何って。会長こそ何やってるんですか? 今日は文化祭の会議でしょう?」
「ああ。そうだっけ?」
 どうやらバンドのことで頭がいっぱいだったらしい。
「そうですよ。みんな待ってるんですから、早く来てくださいよ」
「はいはい」
 拓実はゆっくり立ち上がり、「じゃあな」と出て行った。
「後輩も大変だね」
「うん」
 樹里の一言に全員が頷いた。

 翌朝。一時間目、ホームルーム。この日のホームルームは、文化祭の準備だ。これから数ヶ月それである。ちなみに晴樹、樹里、沙耶華、虎太郎、貴寛、そしてダンス組三人が同じクラスだ。
「何でうちのクラス、劇なんだろう?」
「劇なんて演劇部に任せときゃいいのにね」
 沙耶華と樹里が呟く。ちなみに二人は小道具係だ。衣装は洋裁の得意な女子が担当している。特に樹里は手先が不器用なので、衣装を作るなどとんでもないことだった。
 一方晴樹たちは大道具で背景のセットを作っている。
「貴寛、ハマリ役だね」
 衣装合わせをしている王子役の貴寛が二人の視界に入る。
「ってか、ちょっとナル入ってるよね?」
「そうかも」
 本人が聞いたら怒りそうだが、第三者から見てそう思った。衣装合わせをしている女の子はとても楽しそうだった。恐らく彼女たちも貴寛に好意を持っているのだろう。
「樹里、沙耶。そこ、危ねーぞ」
 晴樹の声に二人が後ろを振り返ると、ジャージ姿の晴樹が大きなダンボールを抱えていた。中身はセットを作る道具だ。
「あ、ごめん。邪魔して」
「いいけどさ。どうしたんだ? 二人とも」
「ごめん。貴寛、見てたの」
 樹里の言い方に晴樹は少しムッとした。ただの嫉妬である。
「貴寛、ナル入ってると思わない?」
 それを察したのか、沙耶華が言葉を付け足した。
「ナル?」
 晴樹は貴寛を見た。ちなみにこの『ナル』というのは『ナルシスト』の意味である。
 貴寛は仮縫い状態の衣装を着て鏡の前で、じっくりと自分を見ていた。
「仁科くん。今度こっちの着てみて」
 衣装班の女の子が次々衣装を持ってくる。
「衣装あんなにいらねーだろ」
「遊ばれてんだって」
 晴樹のツッコミに樹里が答える。
「なあ。俺らがやる劇って何だっけ?」
「美女と野獣」
「野獣ってあんな衣装着るのか?」
「あれは違うと思う」
 あれは飽くまでも衣装班の着せ替え遊びだ。こんなに人気のある貴寛が王子役なのだ。ベル役は女子たちの間でかなりの激戦を引き起こした。結局は男子によるオーディションが開催されたが、男子受けのいい女の子が票を稼ぎ、見事ベルの座を奪い取った。
 そんな争いには樹里や沙耶華は参戦しなかった。そんな些細なことが晴樹には妙に嬉しかった。
「そういや、虎太郎見なかった?」
 ダンボールを床に置き、晴樹は辺りを見回した。
「虎太郎ならあそこに・・・・・・」
 沙耶華が指さした方向を見ると、すやすやと気持ちよさそうに眠っている虎太郎が目に入った。
「こら! 虎太郎! 起きやがれ!」
 晴樹は大声で叫びながら虎太郎を起こした。樹里と沙耶華はそれを見て笑った。

 それから数週間後。期末テストも終わり、生徒たちはようやく本格的に文化祭の準備を始めた。
 晴樹たちの高校の文化祭は毎年大盛況である。それは何と言っても、『バンドコンテスト』と『ダンスコンテスト』があるからだ。これらのコンテストに出るのは、大抵プロを目指している人たちが参加するので、かなりレベルが高い。
 当日のコンテストは一般人を含めた見学者が審査員となり、予選と同じく投票する。学校の入口の門で色の付いた紙切れを二枚もらう。一枚はバンドコンテスト用、一枚はダンスコンテスト用と色分けされており、見学者が聞いて(もしくは見て)いいと思ったバンド若しくはダンスチームの名前が書いてあるボックスにそれぞれ紙を入れる。これで投票完了。それを生徒会と実行委員会が開票し、文化祭終了後に結果を校舎内に張り出し、放送で案内するシステムになっている。
 しかし優勝したからと言って、特に賞や賞品などはないのだが、レベルの高い戦いなので、参加者は優勝できたことだけで感慨深いものなのである。しかもこのコンテストがきっかけでプロデビューした人たちもいるのだ。コンテストはまさに学校公認のオーディションみたいなものでもあった。
「あー。雨だ」
「またかぁ」
「梅雨なんだから仕方ないじゃん」
「そりゃそうだけどさ」
 ここ連日降り続く雨にバンドメンバーはうんざりしていた。しかも学校側との交渉は捗らず、困難を極めていた。そしてダンスチームも外で練習ができず、樹里たちの練習場に溜まっていた。そんな中、樹里だけが机に向かって黙々と何かを書いていた。
「樹里は何やってんだ?」
 晴樹が覗き込む。
「作詞」
 樹里はウォークマンで繰り返し音源を聞き、ノートに言葉を書いていた。
「作詞ってこうやってするんだぁ」
 要が興味津々で樹里に近づく。
「やり方は人によるけどね」
 樹里はそう言って笑った。その時、教室の扉が勢いよく開いた。
「大変! 大変!」
「どうしたの? 沙耶」
 息を切らして沙耶華が駆け込んでくる。
「大変なのよ!」
「だからどうしたの? 沙耶。落ち着いて」
 樹里は沙耶華を落ち着けようと肩を叩いた。
「山本さんが怪我したって」
「えー?!」
「それホント?」
 晴樹は沙耶華の言葉を聞き返す。ちなみに山本さんとは熾烈な争いを見事勝ち抜いてベル役を勝ち取ったクラスメートである。
「うん」
「何で?」
「事故に遭ったみたい。幸い怪我程度で済んだんだけど」
「だけど?」
 沙耶華の言い方に引っかかった樹里は聞き返してみた。
「骨にヒビが入ってるみたいで。完治するのに二ヶ月かかるんだって」
「二ヶ月って事は、文化祭出られないってこと?」
「そう」
 樹里の問いに沙耶華は頷いた。練習はおろかこのままだと本番も危うい。
「またあの死闘が繰りかえされんのか」
 恭一がうんざりする。
「いっそのこと樹里がやれば?」
 雄治が他人事のように言う。
「無茶言わないでよ。あたしはバンドで手いっぱいなんだから」
「樹里!」
 今度は拓実が駆け込んで来た。
「え? 何?」
「来い」
「え?」
 拓実は樹里の手を取ると、そのまま走り出した。呆気に取られていたメンバーも二人を追って教室を飛び出した。

「ちょっと拓実? どこ行くのよ?」
 樹里が話し掛けたが、拓実は無言で走り続けた。
 そして樹里が連れて来られたのは、樹里たちのクラスの教室だった。
「貴寛。連れて来たぞ」
 拓実はそう言うと樹里を前に出した。
「え? 何?」
 樹里は状況が飲み込めなかった。それは晴樹たちも同じだ。
「貴寛、どういうことだ?」
 晴樹が尋ねると、貴寛は晴樹や樹里を見回した。
「山本さんが怪我したって言うのは?」
「沙耶から聞いたけど・・・・・・」
 貴寛の質問に樹里が答える。
「樹里、五人でコンテスト出たいって言ってたよな?」
「うん」
 貴寛の主旨がよく分からず、とりあえず頷く。
「条件を受け入れてくれるなら、涼さんが出るの、許可するよう掛け合ってもいい」
「え?」
「じゃあ・・・・・・涼も出られるのか?」
 晴樹が思わず会話に入る。この件に関しては生徒会長の拓実ではなく、副会長の貴寛に権限があるのだ。
「そうだ」
「条件は?」
 樹里が恐る恐る尋ねる。何だかとっても嫌な予感がする。
「ベル役、引き受けてもらうってのは?」
「は?」
 樹里たちは思わず聞き返した。周りのクラスメートもざわめく。
「ちょっと待ってよ。仁科君。藍田さんにやってもらわなくても、あたしたちがいるじゃない!」
 熾烈なバトルに参加したクラスの女子たちが言い張る。確かにベル役をやりたい人がたくさんいる。わざわざ樹里にやらせるのは、納得がいかない。
「でもね。山本さんが出られない今、ベル役ができるのは樹里しかいないと思うんだ」
 貴寛はやんわりと女子たちを突き放した。
「でもあたし、コンテスト出るから、手いっぱいなんだけど」
「ほら、本人もそう言ってるし。あたしたちの中から選べばいいじゃない」
 樹里が言い返すと、女子たちはそれに便乗した。
「でも俺は樹里がいいんだ」
 何とも恥ずかしいセリフを公衆の面前で堂々と言うのはどうかと思う。
「条件は悪くないと思うけど? この条件飲んで、五人で出るか。それとも条件を飲まずに、四人で出るか。どっちか決めてよ」
 貴寛の笑いに晴樹は少々怒りを覚えた。
(こいつ。樹里に近づこうとしてわざとやってんな)
 でもこの条件を飲んだとしても、確実に涼が出られるとは限らない。しかし条件を飲まなければチャンスはなくなる。何とも卑劣なやり方だ。
「さあ。どうする?」
 考える樹里に貴寛が問う。樹里はしばらく悩み、目線をキッと上げた。
「分かった。やる」
「そりゃあ、嬉しいな」
 貴寛が満面の笑みを浮かべる。女子たちは腑に落ちない様子だった。当然だ。拓実や雄治も納得していない。
「でも絶対に五人が出られるようにしてよね!」
「分かってるって」
 念押しの樹里に軽く返事した。
「樹里」
 拓実が樹里に心配そうに話し掛ける。どうやら拓実はこの話を知らなかったらしい。
「大丈夫。そんな顔しないでよ。あたしなら大丈夫だから」
 樹里はそう言って笑っていた。
 しかしこの後起こる事件のことは誰一人として予想もしていなかった。