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ACT.2 同調-シンクロ-
翌日も新は学校をサボり、いつもの土手に寝転んでいた。空は相変わらず青く澄み渡っていて、まるで吸い込まれそうだった。「いっそ吸い込まれた方が楽かもな・・・・・・」 そんな考えが頭を過ぎる。 だって・・・・・・自分はいてもいなくてもいい存在なんだから・・・・・・。 目を閉じる。川から舞い上がってくるような風が心地いい。 ふと頭上で足音が聞こえた。土手の上の道を誰かが歩いているのだろう。静か過ぎるこの場所では、たまにしか通らない人の足音は良く分かる。 足音と共に何かが石に当たる音がした。カツン、カツン、と、同じような速度で地面を探るような小さな音がした。 (まさか) 新が起き上がり、歩いてくる人物を見ると、やはり彼女、まどかだった。昨日も持っていた杖で道を探りながら歩いていた。 いつもこの道を通るのだろうか? いや、それより・・・・・・声をかけるか否か・・・・・・。 そう考えた次の瞬間、新は首を横に振った。 ダメだ。声なんてかけちゃ。昨日は思わず家まで送ってしまったけど、もう関わっちゃいけない。自分なんかに関わるとろくなことにならない。 新は身を起こしたまま、目の前の川を見つめた。このまま気づかれないようにしなければと、息を潜めた。 彼女の足音が近づいてくる。まどかの気配を背中に感じる。 (動いちゃダメだ。気付かれる) 新はじっと座っていた。まどかは目が見えない分、耳や鼻がよくなっていると言っていた。もし動いたりして、服のこすれる音でもすれば、きっと気付かれる。 息を潜めていると、まどかは新に気付くことなく、通り過ぎて行った。 思わずホッと胸を撫で下ろす。 これで彼女と関わることはない。これでいい。これでいいんだ。 自分に言い聞かせるように呟く。 ふと、まどかが消えて行った方向から声がした。何事かと顔を上げ、そちらを見る。 「・・・・・・あいつら・・・・・・」 どこのどいつかは知らないが、二人組がまどかに絡んでいる。きっとナンパだろう。 新は立ち上がろうとして、一瞬躊躇った。このまま出て行って彼らを蹴散らすのなんて、朝飯前だ。しかし・・・・・・彼女は気付くだろう。自分が不良だということに。 だけど・・・・・・このまま見過ごせば、彼女は・・・・・・。 新はヤツらにキッと睨みを効かせた。向こうがこちらに気付くわけがない。 ゆっくりと立ち上がると、堂々とまどかたちの近くまでやってきた。 「おい。お前ら」 「あん?」 軽そうな頭をしている一人がこちらを見た。新は動じず、彼らを見下ろした。 「お前ら、何、人のツレに手ぇ出そうとしてんだ?」 「ああん?」 やはり軽そうな頭のヤツが睨んでくる。すると隣にいたヤツが新の存在に気付く。 「お、おい。やべーよ」 情けない声を出し、相方を引っ張った。 「何がだよ」 「こいつ、須藤新だよ!」 「え!?」 名前を出され、今まで睨みを効かせていたヤツは、急に震え始める。 新が上から見下ろすと、二人は「ヒッ」と声を上げたかと思うと、一目散に逃げ始めた。 「あ、新くん?」 まどかの声で我に返る。しかし新は何も答えられなかった。 まどかはもう一度尋ねる。 「新くんなんでしょ?」 「・・・・・・あぁ・・・・・・」 バレてしまった。こういう人間なのだと。 彼女だってきっとこんなヤツだと知ったら、口なんて利いてくれなくなるだろう。 「ありがとう」 「へ?」 突然お礼を言われ、拍子抜けする。拒絶されると思っていた新は、この瞬間は自分でも情けない顔になっていたと思う。 「助けてくれてありがとう」 まどかの笑顔は昨日と全然変わっていなかった。 「いや・・・・・・俺は別に何も・・・・・・」 「ううん。新くん来てくれなかったら、あの人たちに何されてたか・・・・・・」 まどかは視線を落とした。目が見えない彼女にとって、その恐怖は通常の倍以上だろう。 「・・・・・・怪我、なかった?」 新は思わずそう聞いていた。 「うん。大丈夫。ありがとう」 まどかが笑う。そのかわいさに新は思わず顔をそらした。 (やべぇ・・・・・・) また心臓が早くなる。静まれ、心臓! 「新くん、今日もサボリ?」 「あ、うん」 突然話しかけられたことに驚きつつ、返事する。胸を押さえ、暴れる心臓を鎮める。 「あたしもサボリなんだ。一緒にサボろう?」 変な誘いだと思いながら、新は「いいよ」と返事した。 彼女は不思議な子だった。一見真面目そうなのに、サボリとは・・・・・・。 「新くんは何でサボってるの?」 土手に一緒に腰掛け、しばらくして聞かれる。 「・・・・・・何て言うか・・・・・・ 自分でも良く分からないのに、説明なんてできず、しどろもどろに答える。 「そっかぁ。でも分かるよ、それ」 「え?」 まどかの言葉が信じられず、思わず彼女の顔を見つめた。 「あたしも居場所ないって思っちゃって。溶け込めないって言うか・・・・・・。どうしたらいいか、自分でも良く分からなくて・・・・・・」 信じられない。自分と彼女と同じように感じていたなんて。 「盲学校だから、クラスの皆もあたしと同じように目が見えないし、先生だって優しいんだけど……。何か違うんだよね。あたしの居場所じゃないような気がする」 「それ、分かるっ!」 新も同じように考えていたので、思わずまどかの方を向いた。 「新くんも?」 まどかが驚きながら、問いかける。新は思わず頷いたが、彼女には通じないと気付き、「ああ」と小さく声を漏らした。 「そうだったんだ。似た者同士だったんだね」 まどかがそう言って笑った。新も思わず笑った。 「不思議だね。昨日会ったばかりなのに、全然そんな感じしない」 「そうだな」 お互い前から知っているような、そんな感覚がしてならなかった。 それから二人はいろんな話をした。自分の生い立ちや、不安に思ってること。不思議と彼女には打ち明けられた。 ただ、新は不良であることを隠し続けた。 もしバレてしまえば、まどかは怖がったり避けたりするだろう。 それが怖かった。まどかに拒絶なんてされたら、もう立ち直れないかもしれない。 「俺、母親に捨てられたんだ」 新の言葉に、まどかは特に驚く様子もなく口を開いた。 「あたしの親も実際はそんなもんだよ。上辺だけ繕ってるの、すごく分かるもの」 まどかの言葉に新は驚いた。 「向こうは気を使ってるんだろうけど、何だかよそよそしいって言うか・・・・・・。きっとあたしにどう接していいのか分からないんだろうね。あたしも接し方なんて分かんない」 まどかの言葉はまさに自分が感じていること、そのままだった。 「俺も・・・・・・親父とどう接していいか分からない・・・・・・」 「やっぱり似た者同士なんだね」 まどかは優しく笑った。 「こんな風に話したの、新くんが初めてかも」 「そうなんだ?」 「うん。あたしのことなんて・・・・・・誰も必要としてないって・・・・・・思っちゃう自分がいて。自分のこと、深く話すのが怖かったの」 「そんな・・・・・・」 新は驚いた。まるで自分と瓜二つだった。環境は違っても、感じてることが、まるで同じだった。 「でも・・・・・・俺もそう思ってた」 新の言葉にまどかは驚いた顔をした。 「俺のこと、必要としてる人間なんて誰もいないんだって。ずっとそう思ってて・・・・・・。そんなんじゃいつまで経ってもダメだって分かってるけど、踏み出すのが怖いんだ」 「そうなんだ。あたしと同じなんだね」 まどかは複雑に笑った。 「でも・・・・・・まどかちゃんは一人じゃないよ。今はこうして・・・・・・俺もいるんだし・・・・・・。って何言ってんだ? 俺」 何を言っているのか自分でも良く分からない。しかしまどかは俯き加減だった顔を上げた。 「うん。新くんに出会えてよかった」 「え?」 思いもよらぬ言葉に、新は驚いた。 「一人じゃないって・・・・・・思えたから。同じように感じてる人もいるんだって・・・・・・感じたから。そう言ってくれて、嬉しいよ」 それは新も同じ思いだった。まどかに会えてよかったと、本当に思っている。 しかし、同時に怖かった。彼女は『手の中の飴玉』。きっと自分が傍にいれば、溶けてしまう。 「ごめんね。変なこと言って・・・・・・」 まどかは慌ててそう言った。新はすぐに口を開いた。 「いや。全然変じゃないよ。俺も、君に会えて良かったって思う」 それは嘘じゃない。そう言うと、まどかは嬉しそうに微笑んだ。 (ちょ・・・・・・マジでヤバイんですけどっ・・・・・・!) 新は赤くなる顔を片手で覆った。変な話、彼女の目が見えなくて良かったと思う。 (何考えてんだ。俺) 新は首を振った。いくら何でも自分勝手すぎる考えに、腹が立つ。 大体、さっきの台詞だって今考えるとめちゃくちゃ恥ずかしい。あんな台詞を言うなんて、自分のキャラに合わない。 新は隣に座るまどかをチラリと見た。 「新くん」 「ふぁいっ!」 突然話しかけられたので、思わず声が裏返った上に噛んだ。が、まどかは気にしていないようだ。 「明日もここにいるね」 「え?」 「新くんともっといろんな話、してみたいから。ここで待ってるね」 翌日。まどかはその言葉の通り、昨日と同じ場所にいた。 昨日はあれからまどかを家まで送り、家に帰った。 父親は相変わらず息子を見ようともしない。だが、その方がありがたかった。うるさく言われるより、全然いい。 (話しかける・・・・・・べきなのか?) まどかの姿を発見したのはいいが、声をかけるかどうかで悩んだ。 近づかない方がいいと分かっているのに、どうしてもそれが抑えられない。彼女がいると分かっているのに。 (つかあの子一人にしといたら何か危なっかしいんだよなぁ・・・・・・) 前科はある。 まずバランスを崩して、転がり落ちそうになった。あの時だって、新の真上に落ちてきたのだ。咄嗟に新が受け止めなきゃ、お互い怪我していただろう。 それにナンパ。カワイイから仕方ないとは思うが、それでも何だか危なっかしい。 (って・・・・・・これ、あの子の傍にいるための言い訳みたいだよな) 自分に言い訳を作って、まどかの傍にいようとしてる。 このままじゃ、ダメなんだって分かっていても、感情は抑えられない。 (何やってんだか・・・・・・) 自分が情けなくなる。 もう一度、まどかを見やる。距離がだいぶあるせいか、まどかはこっちに気付いていないようだ。 それを見て、新はくるりと来た方向へ足を戻した。 と、その時。 「センパーイ!」 ・・・・・・何か面倒くさいのが来た。 「先輩! ここにいたんですねっ!」 嬉々としてやって来たのは、言わずと知れた洋二だ。 「チビ。お前は俺のストーカーか」 「やだなぁ。ストーカーじゃなくて、舎弟すっよ」 嫌味が通じない。チッと小さく舌打をする。 「だから俺の周りウロウロすなって言ってるだろ」 「先輩が何を言おうと俺は先輩についてくって決めましたからっ!」 「勝手に決めんな!」 こいつはマイペースと言うか何と言うか・・・・・・。新は頭を抱えた。 「新・・・・・・くん?」 不意に後ろの下の方から声が聞こえた。まさかと思い、ゆっくりと振り返り、視線を下にずらす。 「まっどか・・・・・・ちゃん」 急に心臓が早鐘のようになった。そんな唐突に現れないで欲しい。 「先輩、誰ですか?」 洋二は初めて見る顔に、怪訝そうな顔をした。 「新くんのお友達?」 洋二の声を聞き、まどかが問う。新はまた頭を抱えた。しゃーねーな、と呟く。 「洋二。彼女は三浦まどかさん。最近知り合った子だ」 「初めまして」 まどかは紹介されて、頭を下げた。 「まどかちゃん。彼は土谷洋二。俺の後輩」 「初めまして」 今度は洋二が頭を下げた。 「ところで知り合ったって、どうやって知り合ったんです?」 洋二がわくわくしながら、新を見上げた。 「知り合ったも何も、俺が土手に寝転がってたら、彼女が降って来たんだよ」 「新くん!」 新の適当すぎる説明に、まどかが思わず吠える。顔が赤くなっているところからすると、よほど恥ずかしいのだろう。 「ホントのことじゃーん」 思わず意地悪く言ってしまう。 「いや、ホントだけどっ・・・・・・!」 「認めたし」 まどかの切り返しに新は思わず突っ込んだ。洋二はそのやり取りを見て笑った。 「誤解しないでね。飽くまであたしはバランスを崩して転んだだけだからっ」 「うんうん」 まどかの弁解に、洋二は笑いながら頷いた。三人は土手に座り、新を真ん中に両脇にまどかと洋二が座った。 『先輩。カワイイ子っすね』 洋二がこっそり耳打ちする。そう言われ、新はこくんと頷いた。 その新の表情が、いつになくかわいかったので、洋二は確信した。 (先輩、もしかして・・・・・・) 思わず顔がニヤケる。こんな新の表情を見たのは初めてなので、何か楽しい。 「にしても・・・・・・俺ってよく分かったな」 遠くにいた上に、洋二は『先輩』としか呼んでなかったのに。 「話し声がしたから、近づいてみたの。そしたら新くんの声だったから」 「声だけで分かんの?!」 新は驚いた。まどかはこくんと頷いた。 「耳と鼻はいいから。みんなは目で相手の顔をインプットして覚えてるかもしれないけど、あたしは耳でみんなの声をインプットして覚えてるの」 「へー。スゲーな」 思わず感嘆の声が漏れる。するとまどかは照れくさそうに笑った。 「新くんって不思議な反応するね」 まどかの呟きに新は「へ?」とおかしな声を出してしまった。まどかはふふっと笑った。 「洋二くん・・・・・・だっけ?」 「あ、はい!」 突然振られ、洋二は焦った。 「新くんってどんな先輩?」 「どんな・・・・・・」 そう聞かれ、洋二は思わず新の顔を見た。新の目が何か怖い。『不良だってことをバラすな』と目で脅され、洋二は違うことに触れた。 「えーっと・・・・・・優しいっすよ!」 「へぇ。やっぱり」 洋二の言葉にまどかが納得した。新は二人の言葉に驚きを隠せないでいる。 「何だよ。そのやっぱりって」 新が問うが、まどかはクスクスと笑った。 「だって。普通避けるもの。あたしのこと」 まどかの衝撃的な言葉に、新は何も返せなかった。 「目が見えないから。普通じゃないから。みんな、あたしを避けるの。けど新くんは不思議なくらい普通に接してくれる。優しい人じゃなきゃ、二度とあたしの前に現れようとしないよ」 まどかの言葉に胸が痛んだ。それは洋二も同じだったようだ。複雑そうな顔をしている。 「そりゃ・・・・・・もったいねーな」 居たたまれなくなった新が言葉を発した。その言葉にまどかは驚いた。 「え?」 「だって・・・・・・さ。まどかちゃん、カワイイし、何かヌケてておもしろいし・・・・・・それに天気予報だってしてくれる。一緒にいた方が得じゃん」 「ヌケ・・・・・・」 『ヌケてる』と言われたことに一瞬ショックを隠せなかったが、まどかは嬉しそうに笑った。 「ありがとう」 (何で俺はあんなこと言ったんだ・・・・・・?) 嘘は言ってないが、これじゃあ彼女に気があるってバレバレではないか。それにこのままじゃ彼女の傍から離れられなくなる。 「うがー!」 「何もがいてるんですか? 先輩」 隣に洋二がいることをすっかり忘れていた新は、洋二の声で我に返った。 「何だ。お前いたのか」 「いたのかって・・・・・・ヒドイっすねぇ。さっきまどかさん送り届けてきたばっかりじゃないですか」 それはほんの五分ほど前の出来事。彼女と別れた途端、洋二の存在を無視して自分の世界に入ってしまった自分が情けなくなる。 新は上着の胸ポケットにしまってある煙草の箱を取り出し、口に銜えた。それを見ていた洋二も欲しそうにこちらを向いた。 「先輩。いいっすね。俺も吸っていいっすか?」 「お前吸うんだっけ?」 煙草を差し出しながら、聞くと洋二は横に首を振った。 「いえ。初めてですよ」 サラリと言い放った洋二に驚きつつも、新は慌てて煙草の箱を引っ込めた。 「あ」 「あ、じゃねーよ。お前は吸うな」 「何でっすか?」 洋二はまるで小さな子供のようにぷぅと頬を膨らませた。新は煙草を胸ポケットにしまいつつ、ライターを取り出す。 「お前は自ら進んで悪い方に走るな」 「何でっすか?」 同じ質問が返ってきた。新はライターでくわえていた煙草に火を点けた。一口吸い、煙を洋二と反対方向に吐き出した。 「悪い方に転げ落ちるのは簡単だ。だけど元に戻ろうと思ってもすぐには戻れなくなる」 「先輩は・・・・・・戻りたいんですか?」 洋二の質問に、新は「さぁな」と返す。 「さぁなってまたはぐらかすんですかー?」 「うるせーよ」 騒ぐ洋二を置いてさっさと歩き始める。 「あ、待ってくださいよ。センパーイ」 洋二は慌てて新を追いかけた。 |